日本経団連タイムス No.2777 (2005年7月28日)

日本経団連・第4回東富士夏季フォーラム <第1日> 第2セッション

歴史の声を聞く―戦後60年の日本の歩みと今後の課題

−東京大学先端科学技術研究センター教授 御厨 貴氏


戦後60年経ち、政治の状況はすっかり変わった。自民党が横綱相撲をとっていた時代には、総理のリーダーシップはいかにあるべきかが議論された。そうした状況だったのは中曽根総理の時代が最後で、以降、総理は調整役であるとされてきた。
90年代、細川政権が誕生したことにより二大政党制という幻想が生まれ、選挙制度も小選挙区制へと変わった。その後、小泉政権が誕生した。

長期政権を担った総理には後継者を育てる義務があるが、小泉政権は長期政権にもかかわらず後継者を育てていない。政策面ではさまざまな事項に積極的に取り組んでいるが、自分以後の路線を決めることについては、何も行っていない。二大政党的な政治の枠組みになっているが、小泉総理の後継者がリーダーシップを発揮できるか、あるいは民主党の党首がリーダーシップを発揮できるのかは、いまだに不透明な状況にある。
小泉総理が考えなければならないロングレンジの政治的課題としては、(1)憲法改正 (2)天皇制 (3)国連安保理常任理事国入り――の3つが挙げられる。これまでタブー視されてきたこれらの問題は、歴史認識の問題にかかわるもので、深く議論しないと解決しない。20世紀中は実現可能性ある問題として取りあげられなかった問題でもある。小泉総理が、タブー視されてきたこれらの問題全てに取り組んだ点は評価できる。

国連の機能不全や、男性に限定した皇位継承の問題、憲法9条の解釈の限界などの問題が噴出しており、実態に合わせて制度変革を図る好機、1世紀に1度あるかないかの改革の好機が到来しているといえる。しかし、事は容易には進まない。惰性という落とし穴に陥る危険があるからだ。
例えば、改革を行うと、国際貢献・軍事的貢献を断われなくなるのではないか。それならば今のままのほうがいいのではないか、という意見が出てくる。こうした問題は、政治のリーダーシップで動かしていく必要があるが、政治がある意味で「やせ細って」きた中では、なかなか事態が動かないという現実がある。
また、国政選挙やこれに準ずる選挙における投票率が低下しているのも問題だ。年齢別にみると特に20代、若者が投票に行かない。政治が「やせ細って」いる上に、これを支える基盤も弱いわけで、投票率が40%を切れば代表制民主主義は危機に陥る。
靖国神社問題などについて、日本には日本の歴史認識や対応を、海外に合理的に説明できる人材が不足している。仮にそういうことのできるスポークスマンが20人程度でも育成できれば、事態は相当変わるだろう。
人間は、矛盾に満ちた決定をしているはずなのに、自分のやってきたことを合理的に説明しようとする。いろいろな選択肢があったはずなのに、後になると、それ以外の選択肢はなかった、それだけが正しい道だったと説明する。政策決定の記憶を蘇らせ、どのような選択肢があったのか洗い出すことは重要な作業だと考える。

質疑応答・討議

日本経団連:政治家の中には勉強熱心で、豊富な情報を持っている人物もいるが、それが合理的な政策決定に結びついていない。

御厨教授:特に若手政治家はよく勉強している。しかし、ある意味で勉強のし過ぎであり、あまり勉強しないほうがいい。政治家は官僚と違うのだから、ある特定の政策領域について詳しくなっても仕方がない。むしろ、立法の必要性であるとか、国会で法案を通過させるための勘所などを鍛えるべきである。

日本経団連:今後の日本を考える場合、国民はしっかりとした歴史観を持つことが必要だ。高校までの教育カリキュラムや、大学での教養課程の見直しが必要だと考える。

御厨教授:一般に、今をどうみるかという視点が欠けている。現代を知るために歴史を学ぶことを教えるべきである。現代史教育をきちんと行わないのは、教師に教える自信がないからだ。現代を説明するとなると、必然的に自己の価値観を示さざるを得ないから、教師は、それをしたがらない。

(文責記者)
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