日本経団連タイムス No.2870 (2007年8月2日)

第6回東富士夏季フォーラム 第1セッション

「今後の教育のあり方」


<第1部>社会総がかりでの教育再生に向けて(初等中等教育を中心に)
教育再生会議座長代理  池田 守男 氏

問題提起−喫緊の課題は学力向上

教育再生会議では、「すべての子どもに高い学力と規範意識を身に付けさせる」ことに特に力点をおいて議論している。知と心のバランスをとり、社会に役立つ人間を育成しなければならない。このため、「ゆとり教育」の見直しと、心については徳育を教科とする方向で検討している。

教育界の最大の問題は、現場に「ガバナンス」の概念がないことである。「学習者第一」の視点に立ち、「評価」と「公開」を軸に、教育界のガバナンスを確立し切磋琢磨する環境を整備する必要がある。こうした観点から教員免許更新制や副校長・主幹といった新たな職階の導入を提言した。今後もメリハリのある給与体系の導入や教育バウチャー制、学校・教育委員会の第三者評価のあり方等を検討していきたい。

喫緊の課題は、学力の向上である。「ゆとり教育」が「ゆるみ教育」になっているのではないか。日本は、世界の中でも、子どもたちが最も勉強しない国になっている。

親の経済力や地域の状況等によって教育の機会に格差があってはならない。現在、大都市圏では私立中学受験が熱を帯びているが、公立学校の再生を急がねばならない。

道徳の授業は現在、教科化されていない。命の大切さへの理解や規範意識を涵養するため、教育再生会議では「徳育」という名称で教科化することを提言した。同時に、小学校での1週間の自然体験、中学校での1週間の社会体験、高校での奉仕活動の必修化を提言した。

規範意識の原点は、家庭である。家庭が子どもの教育に第一義的責任を持つことが改正教育基本法で示された。現状では家庭において基本的な社会規範が教えられていない。義務を放棄している保護者がいる一方で、親のエゴイズムが顕著になり、モンスターペアレンツという言葉さえ生まれている。こうした現状を踏まえ、教育再生会議では、地域社会で学校支援チームをつくってほしいと提案した。国民生活白書によると、家族や職場、地域社会の「つながり」が弱くなっていることが浮き彫りになっている。学校が核になることによって、地域社会の絆が再生できるのではないか。また、高校の段階で、社会人としての適切な権利と責任に関する意識を育む「主権者教育」を行い「希望の国、日本」を支える若者を育てていきたい。

コメント

張富士夫副会長

教育再生会議において、教育再生に向けた企業の取り組みに対する期待が寄せられたことから、日本経団連では、現在の教育支援事業を一層充実する方針を示すとともに、教育と企業の連携促進に向けた教育界への要望などを取りまとめた。また「企業行動憲章実行の手引き」 <PDF> 改訂に当たり、新たに「ワーク・ライフ・バランスの推進」に関する記述を追加した。
初等中等教育には、「数理的思考力」と「言語技術」といった基礎学力に加え、自らの力を伸ばしたいという強い意思と何度でも挑戦する気持ちを育むことを期待したい。
脳の発達段階を踏まえて徳育を行うことも重要だ。幼児期から小学校低学年まではあいさつなどの基礎的な習慣を、中学年は思いやりの気持ちといった社会性の習得を目標としてはどうか。

草刈隆郎副会長

日本経団連は教育改革のキーワードとして、「多様性」「競争」「評価」を掲げ、具体的な改革案として「学校選択制の全国的導入」「教育の受け手に選択材料を提供するための学校評価制度の導入」「教育の受け手に選択の材料を提供するための教育予算制度」の3点を一体的に導入するよう提案している。これらの改革案は、骨太の方針などの閣議決定に盛り込まれているにもかかわらず、立案段階や運用段階において十分に改革の趣旨が反映されていない。日本経団連の基本スタンスは、「国主導」「先生主権」でなく「学習者主権」の確立である。学習者の立場にたった教育再生に向けて日本経団連としても発信を続ける必要がある。

三村明夫副会長

教育の現状については、(1)明治維新以来の遺産を使い尽くしている(2)戦後60年かけて悪くした教育を立て直すためには、時間もかかり、エネルギーと資源を投入する必要がある(3)家庭にも問題がある――の3点が指摘できる。
教育予算について教育再生会議が示した「効率化を図ると同時にメリハリを付けて真に必要なところに付ける」という方針については、さらに具体的な議論が必要である。
既に企業は、社会貢献活動費用の約16%を教育事業に向けている。「この部分は教育界で、この部分は企業で」というマップがあればさらに効率的に貢献できると思う。

意見交換―教育者育成策など

参加者

小学校の教育をみると、人為的な平坦化で子どもたちの自然な社会形成、人間関係の構築を妨げている。また教師には過大な期待を寄せるべきではない。教育は、“普通の人”で回せる仕組みにすることが重要だ。

参加者

高度な教育の基盤となる読み書き能力が低下していることは重大な問題だ。

参加者

日本の高校生には偉くなりたいという者が少ない。これは、勉強へのモチベーションを与えられない社会全体の問題ではないか。

参加者

初等中等教育において、チームワーク力を身に付けさせる教育を行うべきである。

参加者

優秀な指導者の下に優秀な人材が輩出する。教育者の育成に予算を割くべきだ。

池田氏

教育再生会議も同じ認識だ。教員養成のカリキュラム見直しも課題である。

参加者

知能、体力、技能など、いずれの面で自分は社会に貢献できそうか、早い段階で認識させることが重要だ。

参加者

学校のアドバイザリーボード(応援団)を組織し、地域なり企業なりの力を借りて問題に対応する事例を普及すべきである。

参加者

子どもに害となる刺激を抑制するのは企業の責任でもある。

参加者

初等中等教育の段階で、天文学、地理、自然などに関心を持たせることも重要だ。

<第2部>イノベーション創造型人材の育成
内閣特別顧問  黒川 清 氏

問題提起

イノベーションは技術革新だけでなく、社会革新、人材育成であり、生活者の視点に立脚した戦略づくりである。世界人口増加の中で、人類の持続可能性、貧富の差の拡大という課題を解決するカギがイノベーションにある。

「イノベーション25」の政策提言では、エネルギー、環境問題を経済成長と国際貢献のエンジンに据えている。また、若者への投資を取り上げ、早いうちから異文化に接することが必要としている。さらに、国際的に通用する場としての大学改革として、一斉入試や文系理系区分の廃止を盛り込んだ。全体として“出る杭人材を育てる”が強調されている。

技術革新がもたらしたパラダイムの変化は、まず18世紀末の産業革命に始まり、蒸気鉄道の時代、鉄鋼、電気・重工業の時代へと移った。第4の波は石油・自動車の時代であり、T型フォードに始まる大量生産、道路の拡大など社会の変化をもたらした。その後、1974年の石油危機を経て、現在は情報・通信の時代に至っている。

インターナショナル(国家権力主導)の時代から、グローバル(民間主導)の時代となり、企業による優れた技術開発やサービス分野のイノベーションが生まれた。今までの直線的イノベーションから、生活者の視点によるイノベーションに変わってきた。

インターネットは当初普及しなかったが、接続料が安くなったことで急速に普及した。新しいビジネスにおいては、産業構造、社会的規制などの抵抗勢力をどれだけ早く破壊できるかがカギになる。

また、技術にばかりこだわっていると成功は収められない。ユーザーが何を求めているかを理解し、コンセプトやブランドを確立することが重要である。

2025年の日本を考えると、人材への投資(ヒューマン・キャピタル)、一人ひとりがどのような新しいバリューを生み出すかが重要であり、コアコンピタンス(強み)を伸ばし、弱みを認識した上で人的国際ネットワークをつくることが求められる。

意見交換

参加者

イノベーションを行う上で、異の視点は極めて重要である。日本人の同質で異を嫌う国民性がイノベーションの阻害要因になっている。多様性からイノベーションを見つけ出し、社会的に意義のあるものにする、社会に役立つ仕事をするという意識を持つことが大事である。

参加者

産業のパラダイムシフトとは、顧客に対して製品だけでなくサービスも提供することを意味している。欧米ではさまざまな提案がなされており、日本もこの点で国際競争力を持たなくてはならない。
大学院について考えると、ビジネスマンにとって学部の後期課程に当たるのが修士であるが、大学からみると博士の前期課程が修士であり、企業と大学のミスマッチがある。
またポスドクの問題があり、博士課程の出口管理が重要である。

黒川氏

日本の大学院は世の中に役立つ人材を育てていない。新しいビジネスモデルをどのように構築していくかが課題である。

参加者

企業がほしい人材はどんな仕事に対してもやる気を持った人であり、志を持った人材である。志がなければ、社会に還元しようという気持ちも生まれない。

黒川氏

大学は起業家精神を育成する必要がある。

参加者

企業も過去の成功体験に引きずられる。人材育成についても同様であるが、技術だけでなくマーケティング、調達などの才能も見い出し、幅広く活躍できる人材を育成しようとしている。

参加者

博士の質の問題がある。本来は専門性と知識を有し、イノベーティブなはずである。大学院改革については、企業としても能動的に行う必要がある。例えば、化学系では、採用の15%を博士にすることをめざすとともに、インターンシップを活用している。

参加者

日本は平等主義であり、欧米と比較すると競争に弱い。初任給が同じで入社後も年功序列では、競争原理が働かず、イノベーションは生まれない。米国企業では能力に応じて給与は異なる。平等でなく公平を重視し、能力で処遇することで競争原理が働くようになる。

黒川氏

企業人がボランティアなどの形で、教育現場に行くとよいのではないか。

参加者

学部の垣根を取り払えば大学院が変わる。入学時ではなく、2年後に決めるということでよい。企業から大学のシステムを変えるよう働き掛けていってはどうか。

参加者

フロントランナーをめざすために、イノベーション創造人材を育成すべく産学官が真摯に取り組む必要がある。大学・大学院には優れた人材を輩出してほしい。教育機能を強化しないと世界から取り残されてしまう。
政府は科学技術予算の拡充、大学・大学院への支援に取り組んでほしい。
一方、産業界は大学との対話、交流を深め、求める人材の明確化、インターンシップ、講師派遣、教育に配慮した採用などに取り組む。筑波大学や九州大学等との協力で進めているIT人材の拠点づくり、電力業界のパワーアカデミー、化学業界の博士セミナーの開催などできる限りの貢献をしていきたい。

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