日本経団連タイムス No.2935 (2009年1月22日)

日本経団連労使フォーラム

御手洗会長基調講演(要旨)


御手洗会長

■ わが国経済の状況

世界経済にとって厳しい局面が続く中、わが国経済も同様に厳しい状況にある。日本経済を牽引してきた輸出産業は、海外経済の減速と円高の影響を受け、需要の急減から大幅な減産を余儀なくされている。内需についても、企業の設備投資は企業収益の急減を受けて今後、計画の下方修正が相次ぐとみられ、個人消費も雇用情勢の悪化や将来不安の拡大などにより、消費マインドがさらに冷え込むことで伸び悩みが強まるおそれがある。

昨年12月の「月例経済報告」でも、わが国経済の先行きについて「当面、悪化が続くとみられ、急速な減産の動きなどが雇用の大幅な調整につながることが懸念される」との厳しい見方を示している。

2009年度の実質GDP成長率について、政府はゼロ成長との見通しを発表しているが、民間調査機関の多くはマイナス成長と予測している。内需・外需とも当面、日本経済を牽引し得る材料を見つけることは大変難しい状況にあり、景気後退がさらに深刻になることも覚悟する必要がある。

■ 雇用への取り組み

まず政府には、昨年取りまとめた経済対策を早急かつ着実に実施するため、関連予算の早期成立に向けて努力し、可能な限り早く景気回復のきっかけをつくっていくことが求められる。また、景気回復は最良の処方箋であるものの、その効果が上がるまでに雇用情勢が一層悪化するおそれがあることから、雇用のセーフティネットを拡充する必要がある。さらなる追加対策が必要な場合、躊躇せず弾力的な対応を行うべきである。

今回の不況の特徴は、これまでの経験をはるかに上回る規模とスピードで進行している点にある。雇用情勢の悪化は避けられない状況だが、雇用の維持・安定は人的資本の蓄積や労使の信頼関係構築の土台となり、企業の競争力の源泉になることを肝に銘じ、雇用の安定に最大限努力してほしい。

特に労働契約期間中の中途解約は「やむを得ない場合」でなければ認められないことから、経営者には十分な配慮が求められる。また、採用内定取り消しの問題については、回避に向けた努力が求められる。各社ごとに事情は異なるので、雇用の安定に向けた具体的取り組みについて一律には言えないが、緊急的に時間外労働や所定労働時間を短縮して対応する企業もあるだろう。景気後退がさらに深刻化すれば、企業の努力だけでは難しい場面も出てくることから、官民が一体となり、社会全体で雇用の安定を図っていく必要がある。

中長期的な取り組みとしては、介護や保育サービス、農業など人材不足の分野もあり、国全体として円滑な労働移動を可能とし、新しい雇用を生み出していくための施策が必要である。産業間をまたがった転職の場合、能力開発が不可欠であり、職業訓練の充実に向けて官民が協力して取り組んでいくことも重要である。

また、企業こそが経済のダイナミズムを生み出す原動力であるとの原点に立ち戻り、民間企業の果敢な活動によって、自律的な景気回復をめざすことが重要であり、新たな付加価値を生み出すイノベーションの推進やビジネスモデルの構築などに積極的に挑戦していくことが必要である。

一方、政府には、企業の取り組みを後押しし、新しい市場の開拓や需要の喚起につながるような環境の整備が求められる。世界トップクラスの省エネ・環境技術をもって世界に貢献することはもちろん、国内外で環境問題を切り口とした新しい市場を創り上げていくことも考えられる。低公害車の自動車関連税制の軽減措置が認められたように、家電など幅広い分野で、省エネ製品への買い替え促進のため同様のインセンティブを付与することで、新たな需要を喚起していくことも期待できる。

■ 今次労使交渉・協議に向けて

第一に、自社の経営実態を踏まえ、総額人件費を適正に管理することが重要になる。年齢・勤続年数を基軸とした賃金制度から、仕事・役割・貢献度を基軸とした賃金制度へ見直していくべきである。仕事や役割の価値に応じて賃金を決めることは、公正性を確保するだけでなく、有期雇用従業員からの転換や中途採用を容易にするなど雇用の維持・創出にも資する。大切なのは賃金水準を自社の時々の支払能力に即して決めるということである。今年は、雇用の安定を重視した労使交渉・協議が基本となるが、雇用の安定には単年度の対応だけでは限界がある。中長期的な視点に立って人事・賃金制度を見直すことが求められる。

第二に、ワーク・ライフ・バランスの推進が重要である。従業員のモチベーションの向上や、個人が能力を最大限に発揮できる職場環境を整備することは、従業員一人ひとりの生産性を高めていく上で極めて重要であり、その手段の一つがワーク・ライフ・バランスの推進である。それは単なる子育て支援、労働時間短縮の取り組みではなく、生産性向上を前提とした新しい働き方への挑戦である。自社の競争力強化に結び付くとの認識の下、粘り強く取り組んでいくことが重要である。

第三に、今回のような危機のときにこそ、企業内労使関係の真価が問われる。わが国は、過去の石油ショックやバブル崩壊後の長期不況という2度の経済危機を労使の努力によりはね返してきた。現在の第三の危機は過去の経済危機をはるかに上回る深刻なものだが、労使が自社の経営課題を共有し、一丸となって難局打開に向けて挑戦を続けていけば道は必ず開ける。

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