日本経団連タイムス No.3008 (2010年8月5日)

夏季フォーラム2010

−各セッションの概要


日本経団連は、7月22、23の両日、長野県軽井沢町のホテルで「夏季フォーラム2010」を開催した。同フォーラムでの各セッションの概要は次のとおり。

第1セッション
「世界のなかのニッポンのあり方、日本企業・経済界への期待と進むべき道等
−国際社会や経済活動のなかでのWIN-WIN」

講演

「世界のなかのニッポン−新たな成長を目指して」
外交ジャーナリスト・作家 手嶋龍一氏

弱小国であった日本は、脱亜入欧を唱えて開花を成し遂げ、東アジアの新興勢力となった。その際、民の立場から国づくりを行い、同時に伝統文化の復興に貢献したのは経済人たちであった。
キショール・マブバニ氏は『“アジア半球”が世界を動かす』という著書を記している。また、ある金融機関は、2050年のGDP上位国について、1位中国、2位アメリカ、3位インド、4位日本と予想している。いずれもアジア国家といえる。
その2位・4位連合である日米同盟の共通基盤は自由な市場経済であり、日米同盟が東アジア安定の礎である。
「もっとも信頼できる国は日本である」との調査結果がありながら、日本の影は薄い。フランスのドゴールは、超大な国の庇護にある国は高い志を失い、衰退の道をたどると言った。日本は、日米同盟の影の影響として、米国の庇護のもと、政治のリーダーシップが衰退している。
グローバル化のなかで日本は自らのアイデンティティーを問いながらも、志を同じくする国と連携し、世界から尊敬される国であり続けてほしい。

「アジアのなかの日本−国際分業と経済統合の未来」
慶應義塾大学経済学部教授 木村福成氏

アジア太平洋での地政学上の中国の存在は大きく、今後、米中の「G2」に陥ることは避けられない。そのなかで、東アジアという地域概念の共有が重要で、アメリカの関心を中国一国でなく、東アジアに向けさせることが必要である。5.5億人の人口を持つASEANをハブにして東アジアの経済統合を進めていく際、広域インフラ開発や政策研究などの魅力的なアジェンダが必要である。
東アジアでは、研究開発から流通までを含む生産ネットワークの国際的な工程間分業が進んでいる。分散立地によって、先進国の空洞化を防ぎつつ、生産コストを低減できる。そのためには、部品や中間財の流通コストを下げ、生産ブロックを結ぶ必要がある。
アジアの成長を日本に取り込むためには、やはり日本経済そのものの発展が必要である。企業は国際競争のなかで、イノベーティブな生産体制の確立と、新たな需要構造への対応を図る必要がある。
さらに、生産ネットワークの国際的な工程間分業のうち、日本に残すべき生産ブロックを特定し、立地の優位性を確保すべきである。日本の立地条件の整備は政府の役割である。

「iPS細胞研究の進展にみる科学技術をめぐる国際競争の課題」
京都大学iPS細胞研究所所長 山中伸弥氏

日本が今後成長を続けていくためには、科学・技術に基づくイノベーションの創出が極めて重要であり、大学での研究はその基盤となっている。大学における研究は大部分が萌芽研究であり、有望な技術に投資を行うプロジェクト研究はその後の段階である。
幹細胞研究は、根治治療や画期的な予防医療を創出する可能性があり、多くの国が国家プロジェクトとして研究を進めている。カリフォルニア州だけでも、10年で3000億円を投入する。
われわれが研究するiPS細胞は、皮膚細胞に山中因子と呼ばれる遺伝子を組み込んでつくった細胞であり、ほぼ無限に増殖可能で、さまざまな細胞に分化できる。専門誌で取り上げられるなど、大いに注目を浴びている。
大学発の研究を社会で活用するためには、知的財産の保護が極めて重要であるが、日本の大学には知財の専門家がいない。米国のように、研究者、事務職員、知財の専門家、技術員などが有機的に結びついて研究を行う体制づくりが、日本でも急務である。また、そのための資金源として、国からの研究費に加え、民間からの資金提供も欠かせない。

課題提起

副会長 槍田松瑩氏

国際社会や経済活動のなかでWIN-WINを達成するためには、まず日本が強くなり、魅力ある国にならなければならない。また、日本だけの利益ではなく、相手国の経済発展や地域の厚生に貢献するという意識が重要である。ヒト、モノ、カネそれぞれの面でなすべきことがある。そのなかで、企業として最も重要なことは、日本のみならず世界経済の成長を担っていける人材の育成である。これは、社会における企業の役割であり、責任でもある。

副会長 榊原定征氏

科学技術・イノベーションにおける、人材育成の重要性は言うまでもない。その他の課題として、(1)わが国の将来を見据えた明確なビジョン・目標の設定とその実現に向けたコミットメント(2)世界最先端の研究が行われるための具体的な仕掛け(3)世界の優れた人材・組織が集う「世界的な研究開発拠点」の形成(4)国内外の知を活用する観点から、わが国特有の政策や制度の改革(5)アジアとの連携強化――の5つを提起したい。

自由討議

第2セッション
「国民の視点からみた日本企業や経済界への期待等
−社会とのWIN-WINをいかに築いていくか」

講演

「消費者目線からみた日本の企業経営者や日本経団連への期待など」
雪印メグミルク社外取締役 日和佐信子氏

消費者問題は企業の発展に従って発生してきた。わが国では消費者団体・消費者運動が先行し、その後に消費者行政が構築された。当初、行政が業法や行政指導により企業活動を規制・育成することで、消費者の安全を担保していた。その後、行政を介さず、企業と消費者との間で対応せよという民事ルールを重視する方針に変わっていった。
2004年に消費者基本法が成立し、初めて「消費者の8つの権利」が明記された。同時に、「事業者の5つの責務」も規定された。ただ、「消費者の責任」は明記されなかった。消費者基本法にはそれまでの問題意識が集約されており、消費者団体は同法を非常に重視している。企業経営者も、消費者基本法をご一読いただき、消費者の8つの権利ぐらいは言えるようにしていただきたい。消費者と企業が同じレベルの関心を持ったうえで、WIN-WINの関係を構築することが必要である。
一方で、学校教育に消費者教育をどのように取り入れていくかが大きな課題である。企業においても、社員教育に消費者教育を取り入れるなど、取り組んでほしい。
企業、経団連には、コンプライアンス、CSRを基本とした経営を確立してほしい。また、企業と消費者がそれぞれの立場を堅持したうえで、平等の土俵のうえで、良好な関係を構築すべきである。さらに、消費者に関係あるリスク情報は、できるだけ早く公開することが重要である。

「活気のある社会に向けた企業の役割−『新しい公共』の担い手としての企業」
慶応義塾大学大学院教授 金子郁容氏

鳩山政権の下で「新しい公共」円卓会議の座長を務め、「新しい公共宣言」を取りまとめた。「成長戦略」の実現には、技術革新だけでなく、「社会イノベーション」が不可欠である。環境や医療などの成長が期待される分野の課題解決にはWIN-WINの関係構築が重要であり、「新しい公共」としての「協働の場」が必要である。
地域医療について、医師が定着せず問題となった兵庫県伊丹市の事例を紹介すると、母親同士で医師に配慮するネットワークを形成することで時間外受診者が激減し、常勤医師5人を確保した。これは住民たちの意思があってできたことであり、こうした動きをどう広げていくかが課題である。
「新しい公共」円卓会議では2つの提案を行った。第1は社会イノベーション特区である。政府による規制緩和が必要であり、産業界とも協力して取り組んでいきたい。 第2は「子ども手当」を現金ではなく、地域限定のバウチャーとして地域に還元すべきである。
福沢諭吉は「私」の人でもあると同時に「公」の人であり、公徳、公知を大事にした。「私」であり、また「公」である領域は多い。それらの領域を工夫することで、思わぬところから成長の芽が出てくる可能性がある。

「一般の目からみた企業とは」
スポーツプロデューサー 三屋裕子氏

一般の消費者は、企業や経団連の活動について、メディアを通してしか知ることができない。リスク管理の問題については大きく報道され、そこで対応のまずさがあれば、今まで培ってきた信頼が一気に失墜してしまう。
どのように伝えるかでブランドは失墜してしまう。これは企業もスポーツ界も同様である。それにより、すべての国民がその企業の体質を計ってしまうという状況にある。情報の主導権はメディアにあり、不祥事があれば面白おかしく報道されてしまう。それにどのように対応するかで企業体質や企業文化がわかってしまうのだ。
スポーツ選手も企業トップも、結果を出して当然の世界である。ある職人の方が言っていた。「お金を残すのは2流、技を残すのが1流、人を残すのが超1流」。行き過ぎた市場主義により金融不安が生じたが、今一度、「買い手よし、売り手よし、世間よし」の「三方よし」の考えを持つことが大事である。ぜひ、そのような三方よしの人材の育成を行ってほしい。

課題提起

副会長 佃和夫氏

企業は、付加価値の増加を通じ、雇用や所得等を創出する存在であり、豊かな国民生活の実現に不可欠の存在である。また、事業活動や社会貢献活動を通じて「公」を担う存在である。社会からの信頼なくして企業経営は成り立たず、CSR経営に一層取り組むことが必要である。経団連では、企業行動憲章を3年ぶりに改訂し、今年9月をめどに公表し、10月の企業倫理月間で普及・徹底を図る予定である。

副会長 坂根正弘氏

社会とのWIN-WINを図るため、「環境と経済の両立」を目指す必要がある。生産段階のみならず、使用段階も含めた「ライフサイクル」でCO2排出量を見るべきである。製品使用時の省エネの徹底により、日本企業は世界に貢献できる。
経団連は低炭素社会実行計画を策定している。同計画の「ビジョン」では、「2050年の世界の温室効果ガス排出半減目標達成に向け、日本産業界が技術力で中核的役割を果たす」ことを掲げ、「目標」において、「商品・サービスについても、世界最高水準のエネルギー効率を実現し続けていく」ことを掲げている。

自由討議

第3セッション
「成長に向けての企業・経済界のアクション等
−新しいWIN-WINに向けてのアクション」

課題提起

副会長 森田富治郎氏

経済・社会基盤の弱体化が、社会保障制度の持続可能性への不安、雇用や所得格差、多くの企業の売上や収益の停滞等、さまざまな社会の歪みを浮かび上がらせ、社会に閉塞感を充満させた。
日本経済が停滞から脱出するには、部分的な治療ではなく、すべてを修復する作業が必要になる。その解決策が「経団連成長戦略2010」や政府の「新成長戦略」であるが、取り組むべき課題は膨大であり、優先順位をつけてすべての課題に取り組む必要がある。今すぐ取り組めない課題は期限をはっきりさせるべきである。課題間の整合性や実行可能性を吟味したうえで、全体構図と工程表を策定し、PDCAサイクルを着実に回すことが重要である。
経済成長の基本的な担い手は企業であり、企業活動を阻害するような規制や仕組みを可能な限り撤廃・緩和し、企業が円滑な活動を行えるような環境を整備する必要がある。また、政治との真摯な対話に一層努力する必要がある。

副会長 西田厚聰氏

わが国のデフレギャップは対GDP比マイナス5%程度、約25兆円にも及んでおり、この状況からいかに脱却するかが重要である。デフレ脱却に向けて、法人税率の引き下げや研究開発促進税制の拡充、アジアへの社会的インフラの輸出などが有効である。
政府の「新成長戦略」では各施策に関する工程表が示されているが、さらに詳細かつ具体的な工程表が必要である。
産業競争力を強化するためには、工程表に掲げられた各施策を含め、科学・技術・イノベーション政策の強化をいかに早期に進めるかに尽きる。経団連としてどのようなアクションをとるべきか、検討する必要がある。例えば、海外ミッションでは具体的なビジネス案件を必ず提言するようにしたり、アジア新興国市場の社会インフラ事業を取り込むため、アジアの主要拠点に経団連のブランチ・オフィスを設置し、情報収集に努めるといった取り組みも重要である。
環境関連では、新興国市場への技術移転や普及促進のための支援活動を推進すべきである。また、広報活動の充実とともに、複数の大学とさまざまな政策提言についてシンポジウムや研究会を企画し、産学連携で多様な意見を集約することも検討してはどうか。

自由討議

【政治社会本部】
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