渡副会長
月刊・経済Trend 2006年7月号
巻頭対談

「希望の国」日本を築くために

御手洗会長
日本経団連副会長・広報委員長
新日本石油会長
渡 文明
わたり ふみあき
日本経団連会長
御手洗冨士夫
みたらい ふじお

日本経済にようやく明るさが出てきた。さらなる構造改革と新たな成長戦略が求められるなか、御手洗冨士夫キヤノン会長が日本経団連の会長に就任した。そこで、渡文明副会長・広報委員長が、御手洗会長に、今後の日本経団連の舵取りについて聞いた。

日本経済は、この6月で景気拡大が53カ月を数え、戦後最長のいざなぎ景気を超えそうな勢いです。御手洗会長は、就任記者会見で、この状況をさらによくしていきたいと言われました。そこで、まずその具体的な方向性についてお聞きしたいと思います。

社会、経済、科学技術を
イノベートしたい

御手洗

私は、「希望の国」日本をつくるために、社会、経済、科学技術をイノベートして、さらに新しい成長軌道を築いていきたいと考えています。
日本は資源のない国ですから、技術で生きていく科学技術立国が大きなテーマです。グローバリゼーションの波が押し寄せてきて、ものづくりでも、科学技術でも競争が激しくなるなかで、どんどん追いかけられてきている。今までの東西対立の中での経済大国というポジションを、もう一度再編成しなければなりません。
そのためには、まず、高付加価値産業への転換が必要です。日本は政府の科学技術投資が非常に少なく、基礎的な分野の技術がかなり遅れています。特許を見ても、原理的な特許はほとんどアメリカに握られており、日本は応用分野の特許が非常に多い。採算ベースで動いている民間にはできない基礎科学に対して、政府の投資が必要です。
具体的には、国家投資と産官学共同の研究が必要です。まず、宇宙開発などの大型の国家プロジェクトを推進しなければなりません。日本にも国家プロジェクトはありますが、どれも小さい。米国のNASAのプロジェクトは、ケネディ大統領の始めたアポロ計画から延々40年も続いていて、科学の面でも経済面でも大きな効果をもたらしています。
産官学共同研究につきましては、大学も法人化してよくなっていますが、その運営はまだまだ役所型で、インセンティブを高めたり、頭脳や資金を集めたりするのに適した形にするために、さらなる改革が必要です。
さらに、民間投資も大いに促進しなければいけませんので、さらなる投資減税が必要です。

確かに、これまでの民間における経営合理化や、政府の歳出削減は、「文武」の「武」、つまり体質強化のためのハード面の改革でした。今のお話は、「文」に当たるソフト面を強化し、「文武両道」を目指すということで、まったく同感です。

地方の自立を促す道州制の導入

ところで、これからはユビキタス社会などと言われています。そうなると、地方分権が進み、道州制の導入にもつながると思いますが、いかがでしょうか。

御手洗

経済圏が分散型の欧米諸国と比べると、日本は東京一極集中になっています。これは、国防上も、防災上も、非常にまずい。道州制を導入して、自立できる地方自治にすべきで、十分できると思います。
たとえば、九州には大学がたくさんあります。それを知的クラスターにして、政治経済は何々大学、物理は何々大学、法学は何々大学という形に統合して強化する。そのクラスターから新産業が生まれ、その道や州を本社とする会社ができると、産業の裾野が広がります。アメリカでは、P&Gはシンシナティ、コダックはロチェスターという具合に分散していて、地方を豊かにしています。
道州制にすれば、人口も増えると思います。世代を超えて子どもの面倒を見ることができるようになりますと、祖父母は生きがいを感じるし、共稼ぎもできる。地方には、物価をはじめ、工場のできる立地条件はたくさんある。今のように地方交付金で横並びで公民館や音楽堂、美術館をつくるのをやめて、地域の採算ベースに合う産業振興にお金を使えば、産業人口も増えると思います。地方のことは地方に任せて、地方を育てる形で交付金を出す。地方が発展する仕組みや実のある計画を地方自身につくらせて、それを国がバックアップするというふうに変えていくべきです。

教育の充実を

ソフトの充実と地方分権の重要性についてお話しいただきましたが、その展開を担う人材の育成について伺います。私は、今後の日本を支える人材を輩出するには、技術の大切さやものづくりを通じた社会貢献の意義など、人格形成とも関連付けつつ育成を図ることが重要だと思っていますが、特に、小・中学校の教育において、そのための制度・仕組みが足りないように思われます。

御手洗

大学まで含めてそういう制度・仕組みが足りないと思います。
さらに、小学校、中学校では、正しい価値観を植えつけることに重点を置くべきです。勤勉の精神、人を助けることは美徳である、あるいは勇気、正義感、卑怯なことはいけないなど、われわれが叩き込まれたようなことを教え、正しい価値観を持たせるべきです。
それから、誰もが安心安全で幸せに暮らせる国をつくるためには、皆が社会秩序を守らなくてはいけない。社会秩序を守るためには、公徳心を涵養しなくてはいけない。そして、昔のように礼儀正しく、親切で人の面倒を見る日本人を育む。21世紀の国際社会の中で日本は、尊敬され、親しまれる国であるべきです。それが、国の尊厳に結びつく。その基礎となるのは、教育です。
高校は、たとえば、工業高校を充実させて、現場技術を鍛え直す。メカ技術などが衰えているなかで、実務的な教育をすべきだと思います。
大学は、あまりにも専門性が低下しています。今は大学4年間が教養学部のようで、マスター(修士)になってやっと専門性が出てきます。その専門性も心もとない状況で、役に立たないことも多い。コンピューターソフトを勉強してきた人が自分でプログラムを組めない、単純な機械の設計図が描けないというようなこともあります。産業界の要望と大学の勉強の方法が、ずれてしまっている。産業界と接点を持つ大学の教育は、産学が交流することによって、もっと充実させるとともに実践向きにすべきだと思います。

専門スキルを持つ人材、そして幅広い視点でものを見る人材が不足しているということですね。企業では、知的財産権を含め技術管理がますます大事になってきますので、こうした能力を持つ人材を育成するシステムが重要となるわけですね。

御手洗

物事を総合的・俯瞰的に見ることができ、全体を見渡す大局観を持った指揮官が重要です。企業のみならず、国家の技術戦略、産業戦略を考える人を育てることは絶対に必要です。

対談の様子

人事や組織はその国の
文化に合ったルールで

さて、先日の日本経団連総会後の記者会見で、私は「商いの心」が大事だと申しあげました。最近、社会全体で「商いの心」が欠落しつつある気がしてなりません。日本をここまで発展させたのは、「日本ブランド」に対する絶対的な信頼ですが、それを支えてきたのが「商いの心」です。これをどう再構築するか、先ほど会長が言われた小・中学校での価値観の醸成もまさにそこに直結するテーマですね。

御手洗

そのとおりです。私は終身雇用がいいと言っていますが、それは、お互いに信頼関係が生まれるからです。自分が一生を過ごそうと思う会社のなかでは、誰でも悪いことをしたり、会社を傷つけたりしてはいけないと思う。これが文化的・基礎的なコーポレートガバナンスになっています。経営の質は、いかに経営意思が速やかに正しく会社の隅々まで行き渡るかによって決まりますが、それは信頼関係のある組織ほど速くて正確です。これは日本のコア・コンピタンスです。ただ、これが年功序列と結びつくと活力がなくなります。

鍵は成果主義ですね。

御手洗

そうです。私どもでは役割給と呼んでいますが、一つの仕事の価格は誰がやっても同じということにしています。

今お話のありましたコーポレートガバナンスですが、これにはアメリカ型や日本型など多様な形態があり、キヤノンは日本型のガバナンスですね。当社も日本型を採用しています。日本型のガバナンスは、さまざまなステークホルダーのバランスに配慮している点で、わが国の文化を象徴していると思います。

御手洗

研究開発や財務戦略はインターナショナルですが、人事や組織は各国別という意味でローカルです。会社は日本の国の一部だし、社員は日本人なので、日本人の発想や文化から出る必要はなく、それを活用するのが合理的だと思います。ローカルなことはローカルなルールで、インターナショナルなことはインターナショナルなルールで動くのが一番合理的だと思います。

一方で、時価総額重視の経営が行きすぎて、株価のために目先の利益だけを追求するようになると、長期の研究開発や投資がなおざりになり、最悪の場合、産業衰退ということになりかねません。経営者の高いモラルが一層求められる時代だと思います。

御手洗

資本の論理だけで動かすのは、日本にはなじまないし、アメリカでさえ、敵対的買収で成功した例はほとんどありません。日本は、経営と社員が近く、運命共同体です。こういう環境のなかで、まったく異質の文化を持った経営者がきて、本当に企業価値を上げるような経営ができるかというと、そうは思えません。

社会保障制度改革、税制改革、
EPA・FTA推進が
三大重要課題

次に、御手洗体制では、社会保障制度改革、税制改革、EPA・FTA推進の三つを最重要テーマとして掲げておられます。特にこの三つを重視されたお考えを伺えますか。

御手洗

より経済活力に近いところからテーマを選びますと、この三つになります。
社会保障は、国民が安心して暮らせる基盤であり、弱者に対するセーフティネットです。老人が安心して年をとれるために、非常に大事なものです。大事であるがゆえに、永続性がなくてはいけません。この持続性を保つためには、今、残念ながら痛みをもった改革が必要です。今の仕組みは、人口がどんどん増え、成長が右肩上がりの時につくられたものです。少子高齢化で、成熟国家としての日本の将来を考えると、今までの発想とは違う、今の身の丈に合った社会保障制度が必要です。現実を直視した長期的なビジョンに立脚した改革が求められているのです。
税制は、直接税に頼りすぎていて、直間バランスがよくありません。とれるところからとる直接税に偏っては、活力を失うことにもなりかねません。日本の法人税は非常に高い。今、アメリカもヨーロッパもアジア近隣諸国も、どんどん法人税を下げています。法人税を下げて日本の産業競争力を強化することが必要です。企業の業績がよくなれば、法人税率が低くても法人税収は多くなり、間接税の税収も上がります。今の財源で足りなければ、むしろ間接税を増やすことによってバランスをとっていくべきです。

とりやすいところからとるという安易な考えは改めるべきです。身近な例では、道路特定財源であるガソリン税を、道路をつくらなくなって余るので一般財源化しようという動きがありますが、いったんとった税は金輪際返さないという姿勢が目に余ります。

御手洗

三つ目のEPAについてですが、日本が人口の減少や高齢化に取り組まなくてはいけないことは事実ですが、目を外に開くと、世界の人口は増えており、特にアジアは爆発的に増えています。今、世界市場はBRICsをはじめダイナミックに拡張しており、市場は拡大し、国民は豊かになっています。しかも一,二の国を除いて、世界同時好景気という珍しい現象が起きています。特にアジアはダイナミックに成長しており、中国は9.5%、アジアの途上国全体で8.2%の成長率です。
EPA・FTAを通じて、このアジアのダイナミズム、発展力を取り込んで日本の持続的経済発展を図っていくことは、当然のことです。少子化・高齢化を嘆くのではなく、ASEANプラス3を中心としたEPA・FTAの推進を通じ、東アジア諸国との経済連携を強化すべきです。

世界的に問題となっているエネルギーについても、日本だけではなく、アジア諸国が一体となって取り組まなければうまくいきません。

御手洗

日本は、技術も資金も持っています。それを押し付けるのではなく、互恵平等の精神で、一緒になって発展すべきです。

まったく賛成です。

石油も含めたあらゆる
エネルギーの高度有効活用を

話題を変えますが、先般、日本経団連は、新しいエネルギー戦略に関する提言をまとめました。実に正鵠を射た内容だと思います。日本では、第一次石油危機後、代替エネルギー法(代エネ法)により、一貫して石油の利用を抑制する政策がとられてきましたが、今後は、あらゆるエネルギーを有効に使っていかないと、資源のない日本はたちゆかなくなると思います。技術革新により、CO2を極力出さない石油の利用方法も増えており、石油業界では、供給安定性、環境適合性、経済性を総合的に考慮しつつ、全てのエネルギーを徹底的に有効利用するため、代エネ法に代えて、「エネルギー高度化利用促進法」という新たな法律をつくるよう政府に働きかけています。
世界的に資源獲得競争が激化し、エネルギーを取り巻く情勢が厳しさを増す中、日本のエネルギー政策も新たな時代に対応したものに見直すべきと考えますが、御手洗会長は、いかがお考えですか。

御手洗

そのとおりで、多面的なエネルギー源を確保することが必要です。石油以外のもので全部堪えられるかというと、そんなことは不可能です。資源を安定して確保することは、国家プロジェクトだと思います。安定したエネルギー源をバランスよく確保することが大切だと思います。
資源・エネルギーは、国の基礎です。もっと国が乗り出していいと思います。また、日本の経済界と政府は、エネルギーやEPA・FTAなど国益に関する問題については、透明度を高くした上でもっと協力すべきです。

日本経団連の中東・北アフリカ地域委員会ではGCC(湾岸協力会議)諸国とのFTAを積極的に働きかけていますが、七月から交渉開始の予定です。

まず、コンプライアンスと
社会貢献を

さて、いろいろお話を伺ってきましたが、諸課題に対処するには、政府・企業はもちろん、広く国民の皆様のご理解も必要です。日本経団連は、国民生活に関わる税制、教育、社会保障など広く提言していますが、大企業中心の考え方ではないかという人もいます。広報委員長としては、企業の経営者・社員のみならず、一般の主婦や学生、若年層へのPRも強化したいと思っていますが、最後に、この点について会長のお考えをお聞かせください。

御手洗

企業活動を皆さんに理解してもらうように、また、会員が増えるように呼びかけていただきたいと思います。それには、まず、企業自らの姿勢を正すことが大切です。透明度の高い経営をし、コンプライアンスを徹底することを会員に呼びかけていきたいと思っています。また、企業の社会貢献の第一は、法人税を納めることと、雇用を確保することだと思いますが、企業は死に物狂いでそれを行っています。そうした企業の姿勢を大いにPRして、世間の理解を得ていくことが望ましいと思います。

産業の輪をより太く
より広くしていきたい

御手洗

今、日本は、大改革をしなくてはいけない時です。小さな政府をつくり、それが道州制に結びつき、効率の悪い官業を民業に変えていかなくてはいけない。法律も事前規制から事後チェックに変わってきており、日本の産業にとっても大きな変わり目です。お互いに情報交換をしたり、一緒になって日本をよくするために政府に働きかけていくためにも、日本経団連を広げていきたい。皆で日本国に対する理想と夢を多くの企業に語りかけて、それに賛同してもらって、多くの企業に会員になっていただきたいと考えています。
全産業がお互いを補完しあったサイクルのなかに収まっているのが21世紀の日本経済です。EPA・FTAも、国と国との間にサイクルをつくろうということです。縦のサイクル、横のサイクル、いろいろなサイクルがあり、それぞれの産業は孤独ではありえません。このサイクルが太くて広い国ほど豊かな国です。だからこの輪をどんどん広げていかなくてはいけません。

われわれ会員は、会長が掲げられた社会保障制度改革、税制改革、EPA・FTA推進の三大テーマを中心とする全ての課題解決に一丸となって取り組み、「希望の国」日本を築かれんとする御手洗体制を全面的に支援してまいりますので、頑張っていただきたいと思います。
本日はありがとうございました。

(2006年6月5日 経団連会館にて)

日本語のホームページへ