[経団連] [意見書]

厚生労働省「医療制度改革試案」に関する見解

2001年10月17日
経団連社会保障制度委員会
日経連社会保障特別委員会

【基本的考え方】

 2002年度医療制度改革において真に求められるのは、中長期的に持続可能な医療保障制度の姿と、良質で効率的な医療サービスを低コストで提供できる体制のあり方を示すとともに、その具体的な道筋を明らかにすることである。
 従来の改革は、負担増中心の弥縫策に終始してきた。例えば、97年度改正では負担増のみが先行し、その際の公約であった2000年度改正でも抜本改革は先送りされた。これ以上抜本改革に踏み込むことなく、さらなる負担増を繰り返すことは許されない。
 厚生労働省が公表した医療制度改革試案には、一部評価できる点もあるものの、以下の点に踏み込まなければ、医療制度に関する国民の不安感を払拭する改革とはなり得ない。

(1) 公的医療保険の守備範囲の見直しと、医療費総額の実効ある抑制策の実施

 経済・財政と医療保障制度を両立させ、将来にわたって持続可能なものとするためには、老人医療費のみならず公的医療保険で賄う医療費全体について、実効ある総額抑制策を講じる必要がある。
 医療の質を確保しながら、総額抑制を行うためには、国民皆保険の維持を前提としつつ、公的医療保険でカバーする範囲を必要不可欠なものに見直す一方、国民の選択と負担に委ねる範囲を拡大することが求められる。これによって、多様なニーズの追求が可能となり、医療の質の向上や医療分野における新たな需要の掘り起こしを通じた経済成長への貢献も期待できる。

(2) 医療サービス効率化プログラムの具体化と計画的推進

 良質で効率的な医療制度を構築していくためには、医療分野における「患者や保険者による選択と医療提供機関間の競争」の理念を盛り込むことが不可欠である。介護保険制度には、部分的ではあるが、「選択と競争」の理念が盛り込まれている。医療分野においても、患者本位の医療サービスの実現を図るため、同様の理念を活用していく必要があるが、そのためには医療のIT化を一層推進するとともに、医療に関する徹底した情報開示が欠かせない。
 経済財政諮問会議が示した「医療サービス効率化プログラム」に関する厚生労働省の提案は、各種のメニューの提示にとどまっており、その着実な実現のためには各項目ごとの具体的なスケジュール、数値目標を明らかにして、進捗状況を国民に開示しながら、計画的に推進することが求められる。

(3) 高齢者医療制度の抜本的見直し

 高齢者医療制度については、既に本年5月の共同提言で指摘した通り、医療保険制度の安定性を損なう原因となっている現行の枠組みを抜本的に見直し、世代内・世代間の負担の公平を図る観点から、高齢者自身の「自立・自助・自己責任」を求めるとともに、医療の効率化を前提として、国民の公平な負担に基づく新たな制度を構築する必要がある。
 2002年度においては、老人保健拠出金廃止への道筋をつけ、併せて、退職者医療制度についても、その存在意義を根本から見直すべきである。

(4) 政策決定過程の透明化

 これまで医療制度に係わる政策決定は、国民にとって極めてわかりにくいプロセスを経て決定されてきた。抜本的な改革となるべき今次改革においては、広く国民1人ひとりが制度のあり方について考えていくことができるよう、判断材料として必要なデータをあまねく国民に開示するとともに、政策決定過程を誰が見ても判り易いものとする必要がある。経済財政諮問会議や社会保障審議会などにおいて十分な検討が行われ、そこでの議論を広く開示しつつ、得られた結論を最大限尊重するべきである。
 併せて、パブリックコメントの実施等により、国民各層の広範な意見を吸い上げ、早期に総理のリーダーシップに基づき、国民の信頼に足りる医療制度改革の成案を得ることが強く求められる。

【具体的課題と改革の方向】

1.保健医療システム改革の早期実施

 今回、「21世紀の医療提供の姿」が提示され、わが国医療が目指すべき姿とそのための方策が示されたことは評価できる。患者本位の医療の確実な実現を図るためには、各施策を早急に実施すべきであり、具体的なスケジュールと数値目標を示す工程表を明らかにして取り組むとともに、定期的に進捗状況を国民に開示すべきである。とりわけ、根拠に基づく医療(EBM)の推進など医療分野における標準化や情報基盤整備は医療制度改革を推進するためのツールとして不可欠であり、今後3年程度を目途に、重点的な整備を進めることが肝要である。
 医療分野におけるIT化の促進は、患者や被保険者の代理としての保険者機能の強化を図る観点からも不可欠である。

2.持続可能で安定的な医療保険制度の構築

(1) 公的医療保険の守備範囲見直しが不可欠

 持続可能で安定的な医療保険制度を構築するためには、国民1人ひとりの「自立・自助・自己責任」を基本とし、国民の選択肢を拡大して、自助努力を促すための環境整備を図ることが重要である。そのためには、特定療養費制度の拡充のみでは不十分であり、初診から治療の終了に至るまでの一連の診療において、公的保険診療と保険外診療などを併用する混合診療を容認していく必要がある。
 併せて、公的医療保険の守備範囲について国民的な議論の場を早急に設置し、2002年度内に結論を得るべきである。当面、少なくとも入院時の食事代、室料など疾病リスクと直接関係のないアメニティ部分については、料金に関する適正な情報開示と低所得者対策を前提に、原則として公的医療保険の給付から除外することを検討すべきである。

(2) 公的医療保険で賄う医療費の実効ある総額抑制策の実施

 持続可能な医療保障制度構築のためには、医療制度そのものに自律的な医療費抑制の仕組みをビルトインしていく必要があり、公的医療保険の守備範囲の見直しや、医療の標準化、情報基盤整備、診療報酬の包括払い化などをさらに進めなければならない。
 併せて、公的医療保険で賄う医療費については、老人医療費のみならず、現役世代も含めて、経済の動向を踏まえた一定の伸びの範囲内におさめる伸び率管理を導入すべきである。
 試案で示された老人医療費の伸び率設定方法は不十分であり、医療の効率化等の視点をさらに加味したものとする必要がある。一方、現役世代の医療費の伸び率上限は、保険料収入の基礎となる国民所得の伸び率に準拠したものとすべきである。その上で、実効ある伸び率管理を行うために、医療費の動向に関する情報を迅速に開示し、目標を超過した場合は次々年度でなく、早期に診療報酬支払にあたっての調整を行えるようにすべきである。

(3) 財政対策としての患者・保険者の負担増は問題

 健保組合の財政悪化の根因は、老人保健拠出金制度、退職者医療拠出金制度のあり方によるものであり、これらが解決されないまま、患者・保険者への負担増が先行することは認め難い。健保組合は基本的に自己責任で運営されており、給付率について一律に他の制度と統一を図るのは問題である。
 また、医療保険への総報酬制導入は、公的年金と異なり、保険料水準の見直しが給付に反映されない。その検討にあたっては、単なる増収策としてでなく、各医療保険制度のコスト削減、納税者番号制度の導入などによる保険者間の所得捕捉や保険料徴収率の格差是正等を前提とすべきである。

(4) 保険者機能強化に向けた環境整備の早期実施

 保険者等によるレセプト審査・支払、レセプト電算処理の推進、医療機関と保険者との直接契約などが盛り込まれている点は評価できる。これらの実現までの具体的なスケジュールを明示し、それに沿って早急に推進すべきである。

(5) 保険者の一元化を前提とした検討は問題

 保険者機能のあり方や各制度間の負担と給付の衡平が議論されないまま、先に「保険者の統合ありき」とすることは問題である。何よりも、保険者同士の競争が効率化やサービス向上を生み出す原動力であり、統合論議よりも、保険者としての本来の役割を発揮できるような環境整備が急がれる。

3.高齢者医療制度改革

(1) 老人保健拠出金の廃止に向けた道筋を明確にすべき

 現役世代の保険制度から老人保健拠出金を徴収する仕組みを残したままで、老人保健制度の対象年齢引上げや公費負担の重点化を行うことは、問題の解決にはつながらず抜本改革にはならない。
 少子高齢化の急速な進展や雇用やライフスタイルの多様化など、わが国が直面している社会の構造変化に対応できる新たな高齢者医療制度を創設すべきである。そのためには、高齢者の受益と能力に応じた負担を求めるとともに、医療の効率化と自助努力で賄い切れない分について、公費によって国民全体で広く支える財源の仕組みを構築する必要がある。
 老人保健拠出金については、消費税率等の引上げによって廃止する方針を明示するとともに、現役世代の保険制度は保険原理に純化させていくことが望ましい。

(2) 退職者医療制度の存在意義の見直しが必要

 雇用が流動化する中で、被用者OBのみを区別することの意義は薄れつつあり、現行の退職者医療制度の拡大は認められない。

(3) 受益と能力に応じた患者一部負担は評価

 高齢者であっても、一律に経済的弱者と見なすことは適切でなく、試案に盛り込まれたように、受益と能力に応じた窓口定率負担を求めていくことは評価できる。

(4) 老人保健拠出金の算定方法見直しによる財政調整に反対

 高齢者医療制度についての抜本改革がなされないまま、国保への事実上の財源移転が行われることには反対である。

4.診療報酬・薬価基準等の見直し

(1) 合理的な診療報酬水準の設定

 近年の賃金水準や物価動向等に鑑み、2002年度の診療報酬はマイナス改定とすべきである。今後の診療報酬の見直しにあたっては、現行の非効率なコスト水準を前提にするのではなく、医療提供体制の効率化を促す水準とすべきである。また、診療報酬、薬価等の合理化によるメリットは当然国民に還元するべきである。

(2) 診療報酬の包括化促進

 診療報酬の包括化は医療費総額抑制の実効性確保、医療サービスの効率化を図る上で急務であり、診断群別定額報酬支払方式(DRG/PPS)の導入や包括化の推進スケジュールと数値目標を掲げ、実施を急ぐべきである。

(3) 薬剤費の合理化

 患者のコスト意識を涵養するため、薬剤費に関する適正な情報開示を進めるとともに、205円ルールについては直ちに廃止すべきである。

以 上

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