2001年、台湾は戦後50年余の中で最も低いGDP成長率となった(マイナス2.12%)。マイナス成長は戦後はじめてであり、1999年のプラス5.4%、2000年のプラス5.9%から大きく急落したことがうかがえる。このマイナス成長の主因としては、世界的なIT不況による台湾ハイテク産業の低迷が挙げられる(この点については、第2節において詳述)。
このようなマクロ経済の低迷により、台湾の失業率は2001年平均で4.57%と過去最悪を記録した。特に、昨年後半は5%台に乗り(10月は5.33%)、2001年平均で失業者数は45万人を超えた。
2002年の見通しについては、各機関によって多少の違いはあるものの、概ね2〜3%のプラス成長を見込んでいる。今回の調査で意見交換を行った行政院の経済建設委員会は「今後、従来のような5%成長は不可能に近い」と発言するなど、台湾経済が成熟化の過程に入ったことがうかがえる。今後継続的に安定的な成長を実現するためには、ITを活用した生産性の向上、独創的な基盤技術の開発、さらには知識財の活用などが求められよう。
台湾は元来、繊維、靴、皮製品、木材製品などの軽工業において、内需向けに加えグローバルな輸出財の生産拠点として成長を遂げてきた。また80年代後半以降は、重工業、ハイテク産業が次々と立ち上がり、産業立国として世界に認知されてきた。現在、IMD(International Institute for Management Development)が発表している国・地域の競争力比較では、台湾は90年代を通してほぼ同じポジションを維持しており、2001年は18位とアジアではシンガポール、香港に次ぐ3番手につけている(因みに日本は26位)。
しかしながら、台湾における製造業のGDPに占めるシェアは年々低下を続けており、90年の33.3%から、2000年には26.3%まで低下している。代わって対GDP(シェア)を高めているのがサービス業であり、90年の54.6%から2000年には65.6%にまで上昇している。1997年のアジア経済危機以降はこのトレンドが顕著であり、なかでも物流、卸、飲食、通信などの伸長が著しい。付加価値ベースでの上昇とともに、就業者数の面でもサービス業のシェアが上昇している。
90年代後半より製造業の中で、従来の組立加工に加えて、より付加価値の高い産業が急速に立ち上がってきた。縦軸に付加価値(または収益性)、横軸にバリューチェーンを採る。いわゆる「スマイルカーブ(Smiling Curve)」(右図参照)は、台湾PC大手エイサー社のCEOであるStan Shih氏が名づけたものであるが、元々台湾企業が得意とした、PCや簡単なPC関連機器の製造・組立は、スマイルカーブのボトムにあったものである。しかしながら近年の台湾産業は、ハイテク産業を中心にスマイルカーブの両側へのシフトを鮮明にしている。バリューチェーンの川上への展開としては、半導体、液晶産業の急激な成長や、研究開発への取り組み強化が顕著な事例であり、川下方向では、IPO(国際物流調達)センターの設立などである。一方で、組立産業の中国へのシフトも起こっており、自国内に設ける機能の役割・位置付けが極めて早いスピードで変化していることがうかがえる。
一方、素材型産業については、鉄鋼、化学産業の分野など一部の資本集約型産業においては、設備のビンテージが比較的新しいことや設備効率に優れた事業運営が行われていること等から、比較的高い国際競争力を維持しており、その製品もより高付加価値化、高度なものになってきている。鉄鋼産業は、中国鋼鐵がビンテージの比較的新しい設備により、IT関連を中心とする製品向けに供給を行っており、また化学産業は、電子材料に注力するなど、台湾産業はまさに「スマイルカーブ」の両端に向かって駆け上がっているのが現状と言えよう。
台湾企業の特徴としてまず挙げられるのは、その殆どが中堅・中小企業で占められていることであろう。2000年時点での企業総数は109万社であるが、このうち社数ベースで98%、就業人口ベースで87%を中小企業が占める構造となっている。事業別では、商業を営む企業が64万社と、製造業の15万社を大きく上回っている。また企業の開業、解散・廃業なども活発であり、2000年には、約3万4,000社が開業する一方で、3万9,000社以上が解散・廃業している。台湾では、古くから旺盛な企業家精神があり、それが中小企業を中心とした産業の成長を支えてきたものと思料される。
また、もう一つの台湾企業の特徴として、その資金調達方法が挙げられよう。台湾企業のファンディングにおいては、株式資本によるところが日本に比べて大きい。台湾株式市場全体における個人投資家の割合が7〜8割とも言われるなど、台湾では個人が非常に積極的な株式投資を行っており、この旺盛な投資意欲により台湾企業の新規投資は成り立っているものと考えられよう。
一方、雇用に関しては、原則として終身雇用ではなく、日本とは全く異なるドライかつフレキシブルな雇用形態がとられている。また、ハイテク産業を中心に従業員に対するストックオプションの付与も活発に行われており、1999〜2000年のハイテク好況の際には、このストックオプションから巨額の利益を得た従業員が多数生まれた。
前述の通り、90年代を通じて台湾はハイテク産業への傾注を進め、PC、半導体、電子部品(基板など)において、「世界のOEM工場」(下表参照)としてハイテク市場拡大の恩恵を享受してきた。日本からも、殆どの大手PCメーカーが台湾EMS事業者に対して機器の生産委託を行っており、このトレンドは今なお継続している。このような台湾産業の構造により、2000年夏をピークとする全世界的なIT景気とその後のIT不況は台湾経済に対して大きな影響を及ぼした。
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出典:「台湾の経済事情」(財)交流協会 |
世界のIT産業は、2000年の夏を頂点として、市場の縮小に陥っている。2002年に入って、最悪期は脱しつつあるものの、回復感に乏しい展開が続いている。例えば、半導体産業については、2001年、グローバルベースで前年比マイナス32%となっており(世界半導体メーカーによる統計WSTSによる)、台湾を含むアジア・太平洋地域合計でも2001年はマイナス22%と、他地域よりも落ち込み幅は小さいものの、深刻な状況は同様である。特に、台湾に多いファウンドリ事業については、今般の世界的な不況に伴う設備余剰の影響をまともに受け、稼働率が大幅に落ち込んでいる。全世界ベースの半導体市場は、2001年の第3四半期に一応の底を打ち、最悪期は脱したとみられるが、2002年の半導体市場も、前年比プラス2.6%(WSTS)と、その伸び率はそれ程高くないと見込まれており、さらに将来を展望しても、2004年の推定市場規模が2000年のレベルに達することはないとされるなど、中期的に再び大きく伸張することが期待できない状況にある。
PCについても、世界需要の4割を占める米国市場が、企業業績の悪化と家庭へのPC普及によりマイナス成長となったことなどを背景として、不冴えな状況となった。また90年代後半、エレクトロニクス産業を支えた携帯電話市場についても、世界全体でみると踊り場を迎えている。端末出荷の低迷に伴う製品・部品在庫の増加は端末メーカーにとどまらず、部品・半導体メーカーにもネガティブな影響を与えた。過剰在庫問題は既に解決されているものの、各地域における次世代(2.5G、3G)端末の立ち上がりが遅れていること、また先進国において一定の普及率に達していることなどを考えると、今後の端末需要の伸長は限界的とみるべきであろう。
このように先進国市場を中心に、全体的に先行きの暗いIT産業であるが、例外的に爆発的な成長を実現しているのが中国市場である。中国の携帯電話市場は2001年時点で1億5,000万加入を達成、既に世界最大規模となっている。中国政府の第10次5ヵ年計画では、2005年時点の携帯電話市場の目標を2億5,000〜9,000万加入としており、また2003年からは3Gの商用サービスを開始する旨の目標を設定している(若干の開始遅延が見込まれる)。PCについても家庭への普及が始まったことで、2001年の市場成長率はプラス27%となっており、都市部の世帯普及率が2000年末時点で9%台であることを考えれば、今後沿岸部・都市部を中心に市場が急拡大することが期待されよう。
1993年の貿易法公布・施行により、台湾の貿易政策はネガティブリストによる輸出入管理制度が実施されることとなった。なかでも特に対大陸貿易は、「中国大陸貿易許可弁法」が93年4月に公布され、売り手、買い手ともに、直接貿易可能な国・地域の業者であることとされ、輸送に関しても、第三国経由の間接貿易が義務づけられている。また輸出に関しては、軍用途に転用可能なハイテク製品の制限、輸入に関しては、国家安全を害せず、関係産業に悪い影響を与えず、製品輸出競争力強化に資するもののみが認められている。
こうしたなか、両岸貿易は増加の一途をたどり、2000年には貿易総額が前年比プラス25.8%の324億ドルとなった。うち、輸出が261億ドル(前年比プラス37.5%)と台湾総輸出額の17.6%を占め、中国は国別でも米国に次ぐ第二位となった。一方、輸入は62億ドル(前年比プラス37.5%)と急増しているものの、現在のところは台湾の対中貿易黒字の基調は続いている。製品別では、輸出、輸入ともにエレクトロニクス関連機器、部品が上位を占めている。
台湾の大陸投資は飛躍的に拡大した。その大半は、香港、またBVI公司(英領ヴァージン諸島:タックスヘイブン)を経由したものである。まず大陸に生産拠点を移転させた産業は、労働集約的であり設備投資額が比較的小額のアパレル、靴などの軽工業である。これらの産業では、中国内陸部の豊かな労働力を活用することによりコストメリットを享受し、中国国内需要に加えてグローバル市場への輸出拠点としても競争力を獲得した。
また90年代半ばから後半にかけて、台湾において成長したOEM中心のIT関連企業が供給能力の拡大を求められたことから、これらハイテク機器(PCや周辺機器)の組立生産拠点として、中国への事業展開が始まった。
現在、台湾の対中直接投資は既に日本の2倍の件数(2000年合計3,108件)となっており、金額面でも、第三国経由分も含めると累計投資額は1,500億米ドルを上回るとの説もある。また、雇用面でも中国国内で1,000万人分の雇用を生み出していると言われている。業種別では、全体の45%が電子機器であり他産業を圧倒している。
また、その投資スタンスにも変化が見られている。台湾企業が中国投資を行い始めた当初は、多くの企業が華南地方(広州、深など)に工場建設を行っていた。これは、労働コストが中国の中でも比較的低く、また国際物流の拠点である香港から近く輸出には適している、といったメリットが背景にあった。当時の進出が「グローバル市場への輸出向け製品の生産におけるコストメリットの享受」であったことは明白である。しかしながら、近年の台湾企業の直接投資は、華南地方から華東地域(上海近郊、長江デルタ)へとその軸足を移しつつある。2001年の投資地域別統計では、華東地域である江蘇省が51%、浙江省が7.5%と、広東省の28.3%に比べて2倍以上となっている。これは、近年の台湾企業の中国投資が、従来よりもさらに付加価値のある事業に移行してきていることにより、雇用面で「低い労働コストのメリット享受」から「有能なエンジニアの獲得」にその目的が変わってきていること、また対象とする市場が「グローバル市場」から「巨大な中国市場」に変わりつつあることの証左であると言えよう。近年では、直接ではないものの、台湾系企業による、半導体前工程、表面実装といった資本集約的で付加価値の高い工場の建設も行われており、製品のレベルを問わず、量産品は中国で生産するといった傾向がますます顕著になってきている。
生産拠点の中国移転が進むにつれて、「台湾国内が空洞化している」という声も少なからず聞かれる。しかし、台湾企業の中国への生産拠点の移転は、事業拡大戦略の一環として行われているケースが多い。例えば、台湾国内で約4,000人の従業員を雇用している台達電子(電子部品メーカー)は、事業規模拡大のため、1985年に広東省東莞に進出したが、現在東莞の事業所には約4万人の従業員を抱えるまでになっている。また世界的なOEMの靴メーカーとして有名な宝成も同様の理由から東莞に進出し、18万人の従業員を雇用している。
一方、台湾国内の拠点は、グローバルなヘッドクォータやIPOセンター、また次世代製品の開発拠点として、さらに付加価値の高い拠点にしていく流れが鮮明になりつつある。但し、特に産業自体の付加価値が低下している伝統産業、軽工業については、台湾における空洞化が顕著であり、これら産業分野を中心に失業率が上昇しているものと思われる。
台湾から中国への直接投資に関する大きな問題点としては、投下された資本からの利益が殆ど台湾に還流されていないことが挙げられる。この要因としては、中国当局が利益の自国への配当、送金に対してネガティブな姿勢であること、中国・台湾両国間に租税協定が締結されておらず、二重課税問題が残っていること、さらに、そもそも台湾の企業経営者、資本家が台湾元で資産を保有することにこだわっていないこと、などが挙げられる。これらの資金はBVI公司などタックスヘイブンでプールされ、オフショアマーケットで運用、中国に再投資されているとの話も聞かれた。これらの資金を如何に台湾国内に還流、国内産業の育成に繋げることができるかが政府にとっての一つの大きな課題となっている。なお、二重課税問題については、台湾側が一方的に中国で課税された所得について課税主権を放棄することにより、一応の解決を見ている。
このような台湾企業の急速な中国投資の拡大に対して、台湾政府は長らく「戒急用忍」の姿勢を維持、(1)性急な製造拠点移転に歯止めをかけ、(2)台湾内の製造拠点の維持を奨励する政策をとってきた。例えば、資本金額上限の設定や、対中投資に関するネガティブリストの作成、さらには台湾域内における設備建設に対する補助金、免税措置などである。
しかしながら、既に述べたように第三国を経由した中国への投資が拡大するにつれ、台湾政府も現状を追認し、これに即した産業発展のための施策をとることが求められている。上記(1)については、ネガティブリスト項目の削減や、投下資本金額の上限撤廃、小額投資の簡易審査化などの「積極開放、有効管理」の姿勢を鮮明に、また(2)についても内外のハイテク産業などに対して、台湾域内での拠点維持に向けたインセンティブを付与するスタンスを明確にしている。
2000年から2001年にかけての台湾は、マイナス成長、失業率の上昇、株価低迷といった厳しい環境にあり、2000年3月に発足したばかりの陳水扁民主進歩党政権は、種々の課題解決を迫られることになった。しかしながら、50年にわたる国民党政権の後を引き継いだ同政権は、立法院(立法機関で日本の国会に相当)において少数派であること、十分な政権運営のノウハウが蓄積されていないこと、さらには原子力発電建設問題への対応に混乱が生じたこと、さらには多数派野党である国民党の政治的駆け引きもあって立法院運営に手間取ったことなどから、行政院から立案された経済産業政策等の立法・実施が停滞する事態に直面した。
このような情勢の下、厳しい経済情勢に対応するため、政官産学の有識者を集め、両岸問題を含めた新たな政策の方向性を定めるために提案されたのが、台湾版産業競争力会議ともいうべき「経済発展諮詢委員会」であった。本会議は、陳水扁総統の指導の下に開かれたものであり、当初国民党の参加が危ぶまれていたが、政治的思惑が有効な政策遂行の足枷になっているとの世論に押され、2001年末の立法院選挙を睨んで国民党が最終的に妥協、関係するセクターが全て参加する挙国体制の会議となった。
本会議は、陳水扁総統を主任委員とし、張俊雄行政院長(行政院は日本の内閣に相当)をはじめとする5人の副主任委員をトップとする5つの分科会(両岸、産業、投資、財金、就業)に政官産学から選出された120人の委員が集まり、2001年7月22日から開催された予備会議を経て、8月24日から26日の3日間にわたり本会合が開催された。
(副主任委員の顔触れ) 投資組:張俊雄 行政院長 就業組:王金平 立法院長(国民党副主席) 財金組:蕭万長 国民党副主席 両岸組:辜振甫 海峡交流基金会理事長(台湾セメント董事長) 産業組:王慶永 台湾プラスティック董事長本会合では、合意事項が322項目、コンセンサスには至らなかったものの多数意見とされたものが36項目、その他の意見12項目(合計370項目)が提言事項として決議された。閉幕にあたり、陳総統自ら、それらの早期実現に向けた決意表明と法案成立に対する協力呼びかけを行い、それ以降は提言に沿った政策の具体化が進められた。
本会議の提言はコンセンサスに達したものだけで322項目に達し、その内容は、大陸、即ち中国との関係にかかる基本方針から国内農業対策などの個別事項まで極めて多岐にわたっている。また中には相矛盾する提言(例:伝統産業に対する対中直接投資の緩和と国内における競争力強化策を同時に別の分科会にて提言)や一部内容が重複する提言(例:海外人材の招聘に関する規制緩和)も見られる。台湾在住の識者によると、「本会議の意義は、与野党間の政争によって必要な政策遂行が妨げられることを回避するため、セクター横断的なコンセンサスを形成して政治的思惑による行動に一定の歯止めを掛けるという性格のものであった。したがって、合意事項として盛り込まれた提言を見渡すと、その時点において既に政策として大枠は固まっていたものの、政治的要因から立法手続等において店晒しとされていたものが大半を占めるとのことである。
以下では、合意事項となった提言のうち、今回の会議において最も注目度が高く、かつ台湾の経済産業の方向性を考えるうえで重要な意味合を持つ対中国関連政策、並びに台湾国内における産業競争力確保に向けた諸施策に焦点を当て述べることとする。
対中国関連政策(両岸政策)
一説によると、直接・間接の台湾企業による対中投資総額は累計で1,000億米ドルとも1,500億米ドルともいわれている。またJETROや(財)交流協会の調べによると、中国国内における台湾企業の雇用者数は既に1,000万人規模(台湾国内の就業人口に匹敵)に達していると見られている。このように、製造業を中心とした大陸における事業活動は、台湾企業にとってもはや分離不可能といってもよい水準にまで達している。こうした現実を踏まえ、対中経済活動の開放は台湾産業界が強く政府に要望していたものである。したがって、対中国経済政策、いわゆる「両岸問題」(台湾海峡を挟んだ二つの中国の意)は、本会議の中でも最も注目を集めたテーマであった。本件は主に「両岸組」において討議され、合意事項として合計30項目の提言が行われた。以下合意事項のテーマを列挙する。
台湾国内の産業競争力強化方策については、「産業組」おいて論議され、143項目の合意事項(本会議合意事項の44%を占める)、コンセンサスに至らなかった多数意見6項目の提言がとりまとめられている。以下合意事項の大項目を列挙する。
本会議の事務局機能を担当した行政院経済建設委員会によると、322項目の合意事項実施にあたっては、合計670件の法的行政的措置(法案改正等)が必要であるとしている。また同委員会は、2002年1月末日現在において、前記670件の必要手続きのうち419件が既に完了し、進捗率は63%である旨を公表している。
立法あるいは行政措置として完了しているもののうち、主要な事項をいくつか列挙する。
経済界を中心とする関係者の本会議に対する評価を総括すれば、「コンセンサス形成や国内経済対策について一定の評価はできるが、両岸問題に関する具体的な緩和措置の進捗が遅い点に不満がある」といったところとなろう。
特に、「三通」問題について大きな進展が見られない点が経済界の不満の中心となっている。台北から上海までは、直行便が就航すれば1時間半程度で結ばれ、日帰り出張も不可能でない距離にあるが、現在は直接渡航が認められておらず、香港を経由して数倍の時間を掛け往来しなければならない。物流面でも、高雄や台南の港から半日〜1日程度の行程で物資運搬が可能であるが、現時点では第三国経由でしか輸送できないため、同様に数倍の時間を要しているのが現状である。このような通航上の利便性の低さが、かえって台湾企業の大陸進出を促進しているとの指摘も聞かれる。今後の政府の対応が注目されるところである。
国内産業の競争力確保策については、総じて良い評価を受けているものと推察される。産業関連の提言において評価すべき点は、その明確な方向性であろう。台湾の産業は製造分野における高い国際競争力を武器として、現在の世界経済における地位を確立したが、サプライチェーンにおける付加価値の源泉が、川上(開発・設計・部材等)及び川下(マネジメント、ブランド、流通等)にシフトしていることに対応し、台湾国内産業の存立基盤を製造部門から両分野にシフトさせるという政府のメッセージが、それぞれの具体的政策の中に反映され、誰でもそれが認識できる点は、わが国の政策立案を考える上で、多いに参考とすべき点であろう。
新竹科学工業園区
ハイテク産業の競争力強化に大きく貢献しているのが、現在国内2か所に設けられている科学工業園区である。
台湾政府は1980年、海外の高度先端技術、並びに科学技術研究スタッフを導入し、台湾国内の工業技術の研究開発を促進する目的で、新竹市郊外に「科学工業園区」を設立した。この園区では多くの起業を促し、アジアのシリコンバレーと呼ばれるほどの発展を遂げた。台湾政府の総投資額(累計)は6.2億ドル、入居企業の総投資額(累計)は153億ドルにのぼっている。
この園区の発展は、単にインフラの整備だけでなく、研究開発の推進、人材の育成・確保、優遇税制などの政策が一体的に進められた結果であると考えられる。例えば、近隣の理工系大学や研究機関の支援および人材等の豊富な資源の提供を受けている。工業技術研究院の研究者の約1〜2割が毎年スピンアウトして園区内企業に迎えられており、米国留学からの帰国者もここで積極的に創業をしている。優遇税制として5年間の営利事業所得税(法人税)の免除、免税期間後の税額上限措置、海外からの設備調達にかかわる関税等の免除などがあり、効果の高かった施策だと言われている。
1998年末現在、面積約600ヘクタールの園区に約272社(うち外資系50社)の企業が立地し、エレクトロニクス分野に限れば台湾国内の売上の4分の1を占める。2000年の統計では、全国の研究人員137,622人の13%に相当する17,799人が2つの科学工業園区内で働いている。
主な製品としては、生産額の多い順に、ウェハー,MOS RAM,ノートブックPC, IC Packing, Main Boardなどが挙げられる。
台南科学工業園区
新竹科学工業園区には立地スペースがなくなったため、台南に研究開発をベースとした生産拠点の建設が進められることになった。第1期建設(1996年着手−2005年完成予定)、路竹サテライト建設(2001年着手)、第2期建設(2002年着手)と工事が進捗している。園区の開発は科学工業園区設置管理条例に基づいて行われている。最終目標として、第1期基地は200社、従業員72,500人、営業額9,000億NT$、路竹サテライト基地は100社、従業員52,000人、営業額5,000億NT$、第2期基地は100社、従業員54,800人、営業額5,000億NT$の規模を目指す。
科学工業園区ではワンストップサービスの窓口があり、保税区の設定や研究開発・人材育成の奨励、機械設備の関税免税などで優遇され、土地は極めて安価なリース方式である。
新竹では今後の用地造成が全て完成しても約1,100ヘクタールの規模であるが、台南はこれを上回る1,600ヘクタールの規模で造成が計画されている。新竹では産学官連携をベースにしたハイテク企業の誘致・育成に成功した一方で、交通・生活環境整備などは不十分であったという反省もあり、台南では極めて計画的な整備がなされている。例えば、汚水排水処理設備、就業者用住宅、学校や自然保護区域の整備なども進められ、景観にも配慮されている。第1期地区には2001年までに242億NT$が投入され、1997年から企業の操業が始まっている。造成の約73%が完成し、奇美電子、TSMS、TMC、UMCなど66社が入居している。入居できる産業分野は明示されており、IC、コンピュータ、通信、オプトエレクトロニクス、精密、バイオである。IC関係が20社と多く、次いでバイオ関係(13社)が多い。引合いは好調で、2001年における園区企業の売上は800億NT$にのぼる。
第1期、第2期の広大な用地は、もともとサトウキビ畑であり、排水が良い土地ではなかったが、排水路と調整池の整備により、水害は全く起きていない。また、園区の中央を南北に貫く台湾新幹線が建設中であるが、IC生産にかかわる振動問題は、ほぼ解決策が明らかとなっている。具体的には、線路近くに制振用の設備を設けるとともに、線路の近くにはバイオ産業を立地させるなどの措置がとられている。
学術研究機関と産業の連携をベースにしている点において、台南科学工業園区は、新竹科学工業園区と同様である。今後、成功大学、中山大学、中正大学、国立研究所との学術・人材交流が期待される。
中部科学工業園区
2004年には、新竹、台南に続く第3の科学工業園区として、中部科学工業園区の建設が開始される予定である。同園区の敷地面積は約440ヘクタールである。
産業昇級促進条例
同条例は、産業の高度化を促すため、1991年に投資奨励条例に代わるものとして導入された。同条例は1999年12月末で失効予定だったが、2000年1月から2009年12月31日までさらに10年間延長された。2001年8月の経済発展諮詢委員会における議論を受け、2001年11月に条例の一部が改正されている。
条例では投資奨励対象とする産業および具体対象項目を定め、該当する事業に税制上の優遇措置を定めており、具体的には、新興重要策略性産業(ハイテク産業;半導体、情報通信、バイオ、精密機械等)について、研究開発、人材育成のための支出の35%を営利事業所得税から税額控除するほか、台湾のヘッドクォータや物流センターに関する税制特別措置、政府が認可した事案について合併に関する営業税、証券取引税を免除、知的サービス産業(例えばソフトウェア)や研究開発型企業を対象に加えることなどの措置がとられている。
このようにハイテク関連企業に対して税制上のインセンティブを付与した結果、最先端の設備投資が促進されつつある。
科学技術専案計画
同計画は行政院経済部が1979年から実施しているもので、主に政府が経費を提供し、財団法人研究機関や政府研究機関に委託して応用技術研究を実施させ、その成果を民間企業の製品開発に移転するものである。これまでの活動を通じて、研究開発機構の研究能力の育成、研究人材の誘致と育成、産業発展の促進、といった効果があがったとされている。
科学技術専案計画は、約20年にわたる期間を通じて、公的セクターが科学技術研究に果たすべき役割の変遷を反映している。初期には政府と工業技術研究院などが研究テーマや方向性を定めていた。以後次第に産業界が企画・評価に参加するようになり、最近では公立研究機関は、コンソーシアムや戦略提携におけるコーディネート、オープン・ラボを通じた民間部門のサポートなどの役割を果たすようになってきている。
第6次全国科学技術会議
2001年1月に第6次全国科学技術会議が開催され、科学技術知識創出システムの強化、産業競争力促進、国民生活向上、持続可能な発展の実現、工業標準の整備、自立的国家防衛能力の強化などについて討議された。すなわち、台湾を科学技術知識立脚型の国家にし、「グリーン・シリコン・アイランド」を実現しようとするものである。会議の結論として示された中から、数値化された国家科学技術目標を下表に示すこととする。
指 標 | 2010年 目標値 | 1999年 統計値 | |
研究開発 費用 |
GDPに対するR&D費用率(%) | 3.0 | 2.05 |
公的セクターと民間セクターのR&D費用比率 | 30:70 | 38:62 | |
R&D費用全体に占める基礎研究費用率(%) | 15 | 10.6 | |
製造業の売上高に対するR&D費用投資率(%) | 2.5 | 1.27 | |
研究人員 | 大学卒以上の研究者数 | 100,000 | 68,311 |
人口1万人に対する大学卒以上の研究者数 | 45 | 31 | |
大学卒以上の研究者に対する修士・博士の割合(%) | 65 | 47.4 | |
企業内の大学卒以上の研究者に対する修士・博士の割合(%) | 55 | 29.3 |
国家科学技術計画
台湾の競争力強化と当面の社会経済問題に対する解決策として、1998年に「国家科学技術計画履行ガイドライン」がとりまとめられた。これは4つの分野別の計画から構成されている。具体的には、防災、農業にかかわるバイオテクノロジー、通信、製薬とバイオテクノロジーが挙げられている。
台湾における高等教育は日本の統治下に始まり、その流れをくむ国立台湾大学、台湾師範大学、成功大学などがある。一方で、第二次大戦中に大陸から移転してきた清華大学、交通大学、中央大学等もある(これらは1950〜60年代に台湾で再興されたが、大陸でも清華大学は北京に、交通大学は北京・上海・成都・西安の各地において再興されている)。台湾の清華大学と交通大学は新竹科学工業園区に立地し、産業技術開発に大きく貢献している。
2000年における台湾の総研究開発費は1,976億NT$、GDP(96,634億NT$)の2.05%であり、日本の4〜5%程度の規模である。このうち大学セクターは237億NT$(全台湾のR&D費用の12%)を占める。また、同年における大学セクターの研究員総数は18,531人である。大学セクターの費用と人員を研究領域ごとに示せば、下表のようになる。
理 | 工 | 医 | 農 | 人文社会 | 合計 | |
研究開発費(億NT$) | 40 | 102 | 39 | 16 | 40 | 237 |
研究員(人) | 3,031 | 6,221 | 2,909 | 1,203 | 5,167 | 18,531 |
理 | 工 | 医 | 農 | 人文社会 | 合計 | |
研究開発費(億NT$) | 40 | 294 | 74 | 69 | 23 | 501 |
研究員(人) | 1,886 | 8,268 | 3,702 | 2,055 | 1,432 | 17,343 |
2000年における台湾の労働人口は約978万人、就業者数は約949万人である。主要産業別の就業者人口の内訳をみると、製造業従事者が最も多く就業者数を抱えていることが分かる。
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出所:行政院主計処「人力資源統計月報」 |
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出所:行政院主計処「人力資源統計月報」 ※( )内は前年比伸び率(%) |
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出所:行政院労工委員会 |
経済発展諮詢委員会においては「就業組」が設置され、雇用労働関係の諸課題が議論された。以下はその合意事項である。
台湾における外国人労働者の雇用に関しては、台湾と諸外国との労働協定によって外国人労働者の導入体制を整えている。現在タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナムと二国間の労働協定を結び、受け入れ業種を限定して労働者を受け入れている。
現在、台湾における外国人労働者数は約30万人である。出身国別にみると、タイが約13万人、インドネシアが約9万人、フィリピンが約7万人などであり、東南アジア諸国出身者が9割を占めている。タイ人は主に公共工事などの建設業で就労が多く、フィリピン人は製造業、看護婦、メイドなどの女性の出稼ぎ労働者が多くを占める。外国人労働者は台湾人の嫌う3K職場で労働するケースが大半である。
外国人労働者に対する給与は、台湾における基本賃金(最低賃金)を下回ることが許されないため、ブルーカラーの外国人労働者が台湾人の同じ職務に就く労働者の賃金を著しく下回ることはない(外国人労働者には、企業業績に連動する賞与は支給されないケースが多い)。
企業が外国人労働者を雇用する手順としては、まず、求人企業が公的就業服務センターに求人情報の登録を行うことから始まる。求人情報は、3日間公募された後、14日間求職者からのアプローチを待つ。この間何ら台湾人からの照会がない場合にのみ、外国人労働者を雇用してもよいことになる。したがって、外国人労働者を雇用することが台湾人の雇用を奪っているとは必ずしも言えず、むしろ製造業をはじめとする台湾企業を自国に残すため、外国人労働者を雇用していると言うこともできよう。
外国人労働者を雇用した企業は、供託金を銀行に供託することを求められる。外国人労働者の雇用期間中に同労働者が失踪した場合は、供託金が没収されることになるが、当該労働者が雇用期間満了まで合法的に労働すれば供託金は企業に返還される。また同じく外国人労働者を雇用する企業は、求職者向け職業訓練チケットの財源(就業安定基金)に資金の拠出が求められる。
製造業企業のヘッドクォータ化、研究開発機能の高度化に伴い、一部企業のなかには、単純労働の外国人労働者よりもホワイトカラー外国人労働者の台湾域内への受け入れを求める声も強くなってきた。そこで2001年、行政院労工委員会はハイテク関連産業の人材不足と企業のグローバル化を後押しするため、外国人技術者や特定分野の専門家に対する居留ビザ申請の条件の緩和も行った。
従来の「就業服務法」の施行規則では、居留ビザ申請の条件として、修士号資格者の場合には1年間、学士の場合には2年間の実務経験を必要としていたが、今回の改正により、主管機関(経済部投資審議委員会)に許可を得た場合には、上記の業務経験の条件を適用除外とすることを決めた。これによってホワイトカラー職種の就労期間は、一定条件のもとで実質1年の期間延長を無期限に繰り返せることとなった。なお、ブルーカラー職種の外国人労働者は、3年間まで滞在が認められるが、3年間の滞在期間中または、滞在期間後に1回出国しなければならない。そして、滞在期間中に1回出国していれば、最長6年まで滞在することが可能となっている。
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出所:就業服務法施行細則 |
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出所:台湾内政部警政署 |
今回の調査におけるインタビュー及びインタビュー企業先から入手した情報に基づき、社内の分業の状況を整理すると以下のとおりになる。
社名 | 業種 | 台湾に残す機能 | 中国に移す機能 | 備考 |
意![]() | 鋳造部品 経営管理 開発 | 製造 | 中国国内での営業部門 | 製品はニッチ、少量生産 顧客への機動的かつ柔軟な対応のためには台湾内での製造が最適 |
青志金属工業 | 粉末冶金部品 | 経営管理 研究開発 高機能品製造 | 低価格量産品の製造 中国に移転した顧客向けの製品の製造 | 中国移転は量産品の製造が中心 技術上コアになる製品製造は絶対大陸に移転せず |
良達科技 | 電子部品 (プリント配線基板) | 経営管理 研究開発 高機能品製造 | 低価格量産品の製造 中国に移転した顧客向け製品の製造 | 中国に製造拠点を移転した顧客向け製品を現地生産化 高付加価値品等の製造は生産効率・柔軟性を勘案し台湾国内で対応 三通問題が解決すれば台湾から直接供給することも視野に |
立隆電子工業 | 電子部品 (コンデンサ) | 経営管理 国際調達 研究開発拠点 | 量産品の製造日本企業との合弁事業 | 量産品の製造 本社機能・研究開発機能は移転せず |
東元電機 | 電気機械・部品 | 経営管理 国際調達 研究開発 | 量産品の製造 | 台湾企業がコスト競争力のある大陸に移転するのは経済的に必然 |
台達電子 (DELTA) | 電気機械・部品 | 経営管理 国際調達 研究開発 | 量産品の製造 | 製造部門は資本集約的部門も含め大陸に移転 台湾国内は研究開発関連を中心とし、高学歴人材の雇用を増加 |
台湾松下電器 | 家電一般 | 経営管理 研究開発 台湾向け製造 大陸部門コントロール | 量産品の製造 | 台湾国内の製造を可能な限り維持 台湾、大陸向け製品の研究開発機能、台湾・大陸の管理機能は台湾国内に維持 |
台湾森永製菓 | 菓子 | 経営管理 製造販売 研究開発 | 当面、進出の予定無し | ブランドイメージ向上させ、台湾国内で生産維持する方針採用 |
前記結果及び文献情報等をベースに、台湾企業の一般的な国際分業に関する考え方を整理すると、以下のようになろう。
2000年における産業セクター(公営ならびに民営企業の両方を指す、以下同じ)の研究開発費用は1,238億NT$(全台湾のR&D費用の63%)、うち電力・電子産業部門が849億NT$(69%)というシェアとなっている。また、同年の産業セクターの研究開発人員は87,543人で、うち研究員が51,520人(59%)、技術員が25,512人(29%)、支援要員が10,511人(12%)となっている。研究開発人員においても、電力・電子産業部門が60%を占める。
科学工業園区における2000年の研究開発費用は401億NT$(台湾全体のR&D費の20%)で、研究開発人員は17,799人、うち17,267人がIC・コンピュータ・通信・オプトエレクトロニクスなどのエレクトロニクス産業関係であり、科学工業園区がいかに電子産業中心に発展しているかがうかがえる。
台湾企業では、一般に投資回収期間の短い製品を扱う傾向が強く、先進技術・製品のフロンティアを指向することは少ない。したがって、すぐに製品化に結びつく開発研究が中心になっている。中小企業の多くは、受託生産という国際分業の枠組みにあって「技術は外部から導入する」というスタンスに全く違和感を感じていないようである。
これを裏付けるように、1999年における台湾の技術輸出額は12億NT$、技術輸入額は390億NT$で、大変な入超となっている。最大の技術輸入相手国は日本である(174億NT$)。また、産業部門別技術輸入額では、電力・電子産業部門が297億NT$(76%)と群を抜いて多い。因みに、日本の技術貿易は1998年に輸出額9,161億円、輸入額4,301億円であり、日本の技術輸出額の64%を自動車とエレクトロニクスが占める。
日本では、競合する大企業が類似の研究開発を一貫して内部で実施し、必要に応じてクロスライセンスをするという知的財産戦略がとられている。したがって、他社の技術を入手するために自社内での技術レベルを確保する必要に迫られ、安易に技術を買うことはできない。今後、台湾企業が技術フロンティアに立つ、あるいは自社ブランドを確立する段階に進むと、国家的な基礎研究投資の重要性が一気に高まるものと予想される。
今回の調査を通じて、台湾から大陸に進出した企業は、研究開発部門を台湾国内に残すことが重要であると認識していることが分かった。特にソフトウェア産業などでは大陸の大学との連携が進むと考えられるが、材料やプロセス研究は今後とも台湾国内に残ると考えられる。
生産拠点の中国移転に伴い、各企業は台湾国内により高度化した機能を残そうと努力している。それに伴い求められる人材の質が大きく変わりつつある。広東省東莞市にパソコン関連部品の工場(従業員数4万人)を移転させたDELTAは、台湾国内にも4千人弱の従業員を抱えている。しかし、その内訳が大きく変わっており、高卒のオペレータの割合が下がる一方で、大学卒、院卒の割合が急上昇している(大卒・院卒比率93年約25%→98年約45%)。台湾本社の機能がR&Dセンター化するとともに、グローバルオペレーションのヘッドクォータ化しつつある証左と言えよう。
台湾内において求められる人材の質が高度化するに伴い、ブルーカラーとして雇用される外国人労働者数が減少しているところも見られる。台湾松下は6社の関連子会社を持っているが、そのなかで福建省廈門のJEX(従業員数1,700名)は、台湾松下で生産していた製品を大陸に移転する拠点として、現在、電子部品、カーオーディオなどを生産している。かつて台湾松下では5,000名の従業員がいたが、現在は3,100名程度で、その差は廈門のJEXで埋めていると考えられる。台湾松下にはかつて500名の外国人労働者が勤務していたが、現在は70名ほどになっており、廈門の設立によって台湾松下が雇い入れる外国人労働者が急減したことがうかがわれる。
日系、台湾系企業を問わず、台湾企業では、外国人労働者を雇用していない企業のほうが珍しい。二国間協定によって外国人労働者が勤務できる職種を限定していることや各企業が台湾人の求職がなかった仕事を外国人労働者に開放するという制度的な枠組みがしっかりしていることもあり、外国人労働者は、ブルーカラーとして雇用されていることが目立つ。外国人労働者の雇用なくしては、もはや台湾おける競争力の維持は図れないと断言する製造業企業の経営者も少なくない。
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※商務:事務、営業、管理職等 | 出所:台湾内政部警政署 |
本章では、台湾現地調査の結論として、中国の台頭に伴う国際分業の構造変化の中で、台湾の政府や企業が着手しつつある取り組みを評価し、わが国に示唆することをとりまとめたい。
今回の現地調査では、政府、企業の製造業の空洞化に対する政策や経営戦略について官民関係者にインタビューした、わが国に示唆する点も少なくなかったが、わが国と台湾の産業構造、企業行動、資本構造の相違による空洞化のスピードとインパクトの違いを痛感した。
台湾産業は、90年代を通じ、繊維、食品等の伝統的産業から家電、パソコン、電子部品といったハイテク産業にいたるまで、広範な製造業企業がその生産拠点を中国大陸に移転させている。台湾企業の対中投資は、政府の公式統計では年間28億米ドル(2001年)であるが、一説には香港やタックスヘイブンの投資会社を通じた投資を加えれば、累計1,000億米ドルとも1,500億米ドルとも言われている。また、台湾企業は中国大陸で1,000万人の雇用を創出し、中国大陸で働く台湾人は40万人に達する。
一方、世界的なIT不況が台湾経済の成長エンジンであったハイテク産業を直撃し、2001年、実質GDP成長率が戦後初めてマイナスとなり、失業率も10月には5.33%に達するなど、台湾経済を支えてきた製造業の空洞化が懸念される状況となっている。
台湾の製造業は、鉄鋼、石油精製、石油化学といった国営・元国営産業を除き、生まれながらにして「世界市場における組立加工工場」としての発展を遂げてきた。政府も、60年代に世界に先駆けて「輸出加工区」を発足させ、80年代にかけて、「世界のOEM工場」として、製品分野を繊維、雑貨から家電、パソコンへ産業の高度化を実現させ、さらに90年代には特定の製品や生産プロセスに特化する形で、電子部品や半導体の分野でEMS、ファンドリといった企業の国際競争力を急速に強化した。つまり、台湾の製造業は従来、国際分業に組み込まれる形で水平展開的に発展してきたため、「世界市場のなかで台湾が最適生産拠点となる製品分野」が見つけられる限り、労働集約度の高い製品の海外への生産移転は、空洞化を引き起こすのではなく、むしろダイナミックな産業高度化の原動力となってきたわけである。
しかしながら、90年代の成長を支えてきたデジタル・エレクトロニクス製品では、モジュール化の進展、即ち標準的な部品の寄せ集めによりハイテク製品であっても簡単に組み立てられるようになった(オープン・モジューラー型生産)。この結果、スマイルカーブによって示されるように、組立加工の付加価値が縮小し、キーデバイスや新材料、さらには開発・設計、ソフトウェア、ロジスティクス、ブランドの付加価値が拡大している。中国がいわゆる、雁行形態型の産業発展モデル(一国の産業発展は、労働、資本、技術の生産要素の賦存状況の変化に応じ、軽工業→重化学工業→技術集約型産業の経路を取る)を超え、90年代後半から、エレクトロニクス産業を急成長させているのは、外資による活発な中国投資による資本制約の低下と、モジューラー型プロセスの登場による、製造工程の技術制約の低下がその背景にあるものと考えられる。
台湾の企業は、世界市場のなかで成長する製品分野を発掘し、いち早くその生産拠点となって競争力を失った製品分野を入れ換えることを企業戦略の中核としてきた。したがって、台湾企業にとって、投資懐妊期間の長い技術開発や周辺産業は外部にアウトソースする戦略が一般的であった。台湾経済成長の原動力となったエレクトロニクス産業においても、技術開発は商品化技術を含め政府の工業技術研究院や外国企業に依存することが多かった。また、企業の資金調達がオーナー経営者を含む個人投資家に依存していることも、投資収益や企業価値の早期実現を促す要因となっている。台湾の製造業のこうした「商業資本的」な性格は、90年代の「製品分野の選択と集中」による成長を促したこと、ニッチ製品で国際競争力のある中小企業が数多く存在すること、さらには、中国進出を契機に一気に世界企業へと変身する中小企業があること等、急速な企業成長を促してきた。
しかし一方で、経営戦略の中核には、いまだに短期的な企業価値の実現があり、「技術は買ってくるもので自ら開発するものではない」との認識も根強く残っている。また中国投資についても、その収益を移転価格等を活用してタックスヘイブンの投資会社に蓄積し、台湾に還流、再投資されることが少ないといったマイナス面も出てきている。なお、中国に進出している台湾企業の多くは、現地での販売代金回収や投資資金回収に不安を抱いており、販売先や調達先が台湾企業である場合、資金決済は、第三国の中国出資会社同士で完結させ、中国にはできるだけ資金を流さないところも少なくないとのことである。
エレクトロニクス製品に代表されるように、製品付加価値に占める組立加工のウエイトが低下するなかで、日米欧の企業はキーデバイスと新素材の開発に巨額の投資資金を投じつつあり、台湾企業もOEM主体の企業戦略だけでは立ち行かなくなってきている。中国においても、エレクトロニクス産業の集積は、華南の組立加工・労働集約型の集積から華東の部品生産・資本集約型の集積へと変貌しつつある。台湾企業は、政府の対中国投資規制の緩和を梃子に、半導体を中心に巨額な投資を必要とする部品生産を拡大しようとしている。今回の調査において、多くの台湾企業が、企業戦略の中核にR&Dの拡充、グローバルロジスティクス(IPO)機能の拡充を挙げていた。このことは、製造業の「商業資本的」な性格が変貌を迫られつつある証左である。
鉄鋼、石油精製、石油化学といった産業は、台湾と中国が共に輸入超過ポジションにあること、台湾の設備は比較的にビンテージが若く国際競争力があること、資本集約的であり中国の台頭が短期的には懸念されないこと、さらには台湾企業の中国投資が規制されていることから、空洞化の問題は出ていない。これらの産業では、中国との「三通」見直しのうち、政府に直接通航を求め、中国輸出の価格競争力をさらに強化することと高付加価値の素材生産を拡大することを企業戦略の中核にすえるようにしている。
台湾の国内市場向けの自動車、オートバイ、家電、食品といった産業では、WTO加盟によりグローバル競争に巻きこまれることから、いよいよ生き残りをかけた業界再編がはじまろうとしている。今回の調査では、こうした内需型製造業への部品サプライヤーにヒアリングを行ったが、ユーザーの中国進出に併せて、中国現地生産に活路を見い出そうとする一方、高度な加工を要する部品生産は、台湾に維持するといった企業戦略をとるところが多かった。
台湾版産業競争力会議とも言うべきこの会議には、政府、産業、学識経験者、労働代表に加え与野党の関係者が参加した。経済産業政策に関する合意事項は322項目にのぼり、2002年1月末現在、必要とされる法的措置670件のうち、419件が完了している。経済界のこの会議に対する評価は、「コンセンサス形成や国内経済対策について一定の評価をするものの、両岸問題に関する具体的規制緩和の進捗が遅いことに不満」といったあたりに落ち着くものと思われる。
台湾の企業が強く政府に要望した対中経済活動の開放については、基本原則が「戒急用忍」から「積極開放・有効管理」に転換され、対中直接投資の上限規制の撤廃、対中直接投資のネガティブリストの緩和、台湾と中国の二重課税回避といった政策が実現したものの、いわゆる、「三通」に関する規制緩和に具体性が乏しかったことが、中国において事業を行うことのメリットを減殺しているとの指摘も聞かれる。
産業政策については、政府が台湾の製造業の将来像を示し、競争力強化に関する政策を集中しているという点がわが国に最も参考になると思われる。製造業のサプライチェーンにおける付加価値の源泉が、製造工程の川上(開発、設計、部品生産)と川下(流通、メンテナンス、ブランド、ソフトウェア)にシフトしていることに対応して、税制等のインセンティブを集中していることは注目されよう。
ハイテク産業の競争力強化
経済発展諮詢委員会の提言を踏まえ、「産業昇級促進条例」(産業高度化促進条例)が改正された。「新興重要策略性産業」(ハイテク産業;半導体、情報通信、バイオ、精密機械等)については、研究開発、人材育成のための支出の35%が営利事業所得税(法人税)から税額控除されることになった。加えて、台湾のヘッドクォータや物流センターに関する税制特別措置、政府が認可した事案について合併に関する営業税(売上税)、証券取引税の免除、知的サービス産業(例えばソフトウェア)や研究開発型企業を対象に加えること等の施策がとられており、既存産業との公平性を考慮することなく、ハイテク産業の空洞化を回避すべく、台湾に生産プロセスの川上と川下部門を拡充するためのインセンティブ措置が講じられることとなった。
科学工業園区(ハイテク産業集積)の整備
台湾のエレクトロニクス産業発展の礎となった新竹科学工業園区(1980年設立)に続き、90年代後半から台南科学工業園区に国内・海外のハイテク企業を誘致し、新しいハイテク産業集積を構築中である。世界的IT不況のなかで、半導体産業の一部に投資を遅らせる動きもあるが、研究開発拠点と生産拠点の一体化、関連産業の同一地域での立地、圧倒的に安い用地リース料に加え、交通・生活環境の整備にも注力している。就業者用の住宅、学校等に加え、自然保護区域の整備が進められている。正に、ハイテク産業のクラスターを形成することにより、台湾のみならず日米欧の企業にとっても立地するメリットの高い地域となることを目指している。
台湾における失業率は、2000年までの2%台から2001年10月には5.33%まで上昇した。雇用問題は、政府関係者にとっては克服すべき重要課題となっているが、経済界ではそれ程大きな問題とは認識されておらず、台北、台南、高雄等訪問した都市も活気にあふれていた。ある経済人によれば、「雇用の流動性の高さに加え、共稼ぎや大家族で職を失っても生活の支えとなる社会であること、さらには個人レベルでの資産保有の高さや配当収入から、失業は深刻な問題ではない」と言う。確かに、2001年の失業手当の受給者は、失業者の約4分の1に過ぎない。
職業訓練制度の充実
台湾の雇用政策のうち、わが国に参考になるものとしては職業訓練施策が挙げられよう。台湾産業は、製造業を中心に製品の高度化によって生産性向上を図ってきた。したがって、雇用の流動化を前提に労働者の能力を継続的に高めていく必要がある。このため台湾では、公的機関による職業訓練制度に加え、失業者が民間機関で職業訓練を幅広く選択できる制度(職業訓練チケット制)が拡充されている。わが国では、雇用のミスマッチが大きな問題となっているが、失業者が企業のニーズを踏まえた職業訓練を受けることが可能な民間機間の活用は、参考とすべきものと言えよう。
外国人労働者の受け入れ
台湾では、外国人労働者の受け入れについて長い歴史を持っている。現在では、台湾政府と諸外国政府との間で二国間協定を締結し、外国人労働者を受け入れ、国内でも企業が外国人を雇用するための制度やルールが整っている。現在、正規の外国人労働者数は約30万人で、職場も建設業、病院の付添婦、メイドから広汎な製造業に広がっている。とりわけ、製造業では、台湾人が嫌う深夜シフト勤務等の3K職場が多い。
外国人を雇用する場合、企業が一定期間、台湾人に対し求人情報を開示することが求められる。したがって、外国人が台湾人の職場を奪っているとは受け止められていない。むしろ経済界には、WTO加盟により、内需向けの製造業(例えば素材型産業等)の国際競争力を維持するために、外国人労働者が必要であるとの認識が一般的である。