[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]
『新IT戦略に関する提言』添付報告書

新IT戦略のあり方について

2003年3月18日
(社)日本経済団体連合会
  情報通信委員会情報化部会

【概要】
新IT戦略のあり方について(概要) <PDF>
【本文】
  1. 戦略の現状評価
  2. 新戦略のねらい
  3. 具体的な方策
    1. 構造改革による効率性の追求
    2. 新価値創造による活力の醸成
    3. 情報ガバナンスによるネット社会の基盤整備
    4. 競争政策の推進とユビキタスネットワークの整備
    5. IT外交の展開
  4. オープンな推進体制

I.戦略の現状評価

現在、内閣のIT戦略本部では、専門調査会を設けるなど、IT戦略の今後のあり方について検討が進められている。
2001年から「5年以内に世界最先端のIT国家となる」との現行e-Japan戦略の下で各種施策が展開されてきた結果、ブロードバンドの常時接続環境の普及などインフラの整備、電子署名法・電子契約法など電子商取引のルール整備、さらには行政手続オンライン化法の施行など、いくつかの進展が見られる。しかし、国民や企業がITの恩恵を十分に実感できる状況には至っていない。
昨秋に日本経団連の情報通信委員会が実施した「『e-Japan戦略』のあり方に関するアンケート」においても、現戦略の成果は必ずしも十分なものではないとの評価がなされている。

II.新戦略のねらい

このような現状評価を踏まえれば、今後は、現戦略の下で進展したブロードバンドの常時接続環境をはじめとする成果をもとに、ITの利活用を推進することによって、わが国経済社会が抱える課題を解決し、産業競争力の強化や国民生活の質的向上につなげていくことが重要である。新戦略はそのためのものでなければならない。
企業活動のグローバル化、少子高齢化の急速な進展など、経済社会は大きく変化しているが、それを支えるべき制度、枠組みの改革は遅々としている。これこそが、わが国が長く病床に呻吟している根本的理由であり、構造改革の必要性が繰返し叫ばれる所以である。その一方、構造改革を貫徹するためにも、従来とは異なる発想や工夫で新たな価値を創造していく必要がある。即ち、今、わが国の再生に向けて取り組むべき課題は、構造改革による効率性の追求と新価値創造による活力の醸成の2つであり、ITは、このいずれにも有効なツールとなる。わが国の置かれた現状に鑑みれば、「やるべきこと」、即ち構造改革を成し遂げることが先決である。その上で、新しい価値を創造するための社会基盤をIT利用者の視点に立って構築することが新戦略に求められる課題であろう。
他方、ITは万能薬、即効薬ではない。人手や紙によって処理されている情報を単にITに置き換えただけでは、効率も活力も生まれない。かえって無駄を作り出し、後年の改革を遅らせることになる。組織やその運営のあり方の大胆な変更を厭わない目的意識とそれを貫く意志があってこそ、ITが活きてくる。企業活動のIT化を成功させる鍵が経営トップの積極的な関与と明確な企業経営戦略にあるように、新IT戦略も、総理の積極的な関与と明確な「国家経営戦略」がなければ、成功は覚束ない。その意味で、新戦略の名称も「国家経営戦略」に相応しいものとすべきであろう。
以下、新戦略の策定にあたって考慮すべき基本的な考え方と必要な施策の例を提示することとしたい。なお、前述のアンケートでは、戦略を推進する上で最も重要なことは官民の役割分担であるとの指摘がなされている。官と民の根本的な違いは競争原理が機能するか否かである。戦略は、当然のことながら競争原理の働かない官への処方箋が中心となる。戦略の効果は民にも及ぶが、民の行動の自由を制約することは厳に慎まなければならない。

III.具体的な方策

1.構造改革による効率性の追求

(1) 基本的な考え方

官、民は、それぞれ業務の見直し、情報の共有、資源の再配分に取り組むことによってコストを削減するとともに、サービスの質を改善する必要がある。
官は、「民ができることを行わない」との原則の下、自らの事業領域を限定し、効率化を図るとともに、民の競争、創意工夫を促すための環境を整備することが重要である。一方、民は、規制改革の成果や税制上のインセンティブを活用しながら、競争原理に基づき顧客志向の業務プロセスを確立することが求められる。
こうした構造改革を早期に実現し、ヒト、モノ、カネなどの資源を新価値の創造にシフトすることが重要である。

(2) 具体的な施策例
【「一つの」電子政府の早期実現と電子行政の展開】

行政手続のオンライン化法が成立、施行されるなど取組みが進展しているが、電子化が半ば目的化しており、業務改革、省庁横断的な類似業務・事業の整理などが未だ不十分である。「業務改革なき電子化」は不要な業務や手続きを温存することになるなど、かえって弊害が大きい。国・地方を通じて、申請・届出手続など国民や企業との接点業務(フロントオフィス業務)および給与、調達など各組織共通の基幹業務(バックオフィス業務)の効率化を加速すべきである。くれぐれも「一つ一つバラバラな電子政府・自治体」、「利用されない大きな電子政府」を作ることのないようにしなければならない。
その上で「一つの」電子政府を活用して、国民や企業のニーズに柔軟に応える電子行政を展開すべきである。「インフラ整備から利活用へ」というのが今回のIT戦略見直しの主なテーマであるが、「電子政府から効率的で利用しやすい電子行政へ」という課題こそ、その中心に据えられるべきである。
なお、電子行政の展開に歩調を合わせて、他の二権、立法、司法についても政治改革、司法制度改革の一環としてITを活用し、迅速性、透明性、信頼性を高めるとともに、政策本位の政治の実現、裁判の迅速化に努める必要がある。

  1. 業務改革による行政コストの削減
    フロントオフィス業務においては、行政手続ごとに必要性を検証し、不要なものは廃止し、必要なものでも極力簡素化、統合する。電子化によって期待できる効果の事前評価を義務づけ、効果の高いところから予算化し実施する。事後評価は、電子化された行政手続の数ではなく、電子化によって、何が、どう変わり、どのような便益がもたらされたのかを指標とする。以上により、行政コストを構造的に圧縮する。なお、業務改革により節減された費用の一部は、例えば後述の情報セキュリティ対策に充当する。
    バックオフィス業務においても、まず業務改革を行うとともに、レガシーシステムからオープンシステムへの移行を推進し、ライフサイクルコストを含め行政コストを削減する。また、ライフサイクルコストに基づき一般競争入札を実施する。さらに、インセンティブ付契約等(コストが当初予定を下回った場合にその差額の一部を落札事業者に還元するなど)を導入するとともに、外部専門家の活用等により調達側の体制を強化する。加えて、国家・地方公務員給与の全員・全額振込化を推進する。

  2. 中央省庁・地方公共団体のシステムの標準化
    各府省・団体の業務分析を行った上で、情報システムを、極力、共通化・標準化するため、システムの企画、調達、開発、運用を一元的に行う。各府省、地方公共団体間で電子申請・入札・納付等のシステムの仕様が異なる場合、システムを新たに導入する都度、整合性確認、動作検証、企業内システムの変更・増強、マニュアル整備、社内教育・説明等の負担が企業に発生することになる。そのようなことにならないよう、これらシステムを標準化する。その際、活用可能な民間のシステムが存在する場合は、それを活用する。
    さらに、地方公共団体は個別にシステムを開発するのではなく、共同利用・共同運用システム化を推進すべである。
    加えて、公印管理部門の負担増大等を回避するため、代表者以外の者による申請・届出を可能にする(属性認証、代理申請)。

  3. 利用しやすい電子政府の実現
    重要イベント別、ライフイベント別に府省横断的な行政ポータル機能を整備し、各種のワンストップサービスとサービスの24時間化を実現する。この点、日本経団連として予ねて主張している輸出入・港湾諸手続のワンストップサービスを「業務改革のベストプラクティス・モデル」とすべく、強力に推進すべきである。本件については、全ての手続を統合し、1回の入力・送信で複数の申請を可能とするシングルウィンドウシステムを、2003年度のできるだけ早期に供用開始することが決定されているが、電子化に先立って行うべき業務改革を一層推進する必要がある。
    また、電子的手段を利用した場合に手数料、税額等を割引くなどのインセンティブ措置を導入する。
    さらに、デジタルテレビ等を用いて、通信と放送の双方に対応できる、操作が簡単で利便性の高い電子行政サービスを提供する。
    加えて、行政機関等のデータベース、国土時・空間情報、文化情報などを整備し、民間利用の自由度を拡大する。

【企業における業務改革の推進】

企業は、経済合理性に従って自主的にITを活用して構造改革を進めていく。政府の「業務改革なき電子化」はコスト増となって、そうした企業の経営改革をも妨げ、産業の国際競争力にもマイナスの影響を与えかねない。一方、事業活動の電子化を妨げる規制については、IT書面一括法などによって改善を見た。また、日本経団連の要望を受けて実施された「事業活動のIT化に係る規制の総点検」により、企業のニーズに応じて適宜電子化を進めていく方向性は明らかにされている。
そのような中、税務関係書類全般の電子保存の容認という経済界の要望は、規制の問題ではないとして引き続き注視していくとするにとどまっている。国税関係帳簿書類については、電子帳簿保存法の施行により一定の制約の下で電子保存が可能となっているが、当初作成段階が紙によるものについては、スキャナー等を利用して電子データにより保存することが認められていない。課税処分の取消訴訟の立証責任が一般的に税務当局にあることがその理由の一つとされているが、そのために生ずるコストを企業側のみが負担するのは合理的と言えない。また、電子保存を行うためには、所轄の税務署長に事前申請しなければならないが、グループ企業やフランチャイズチェーンなどについては、本部一括申請も認められるべきである。

2.新価値創造による活力の醸成

(1) 基本的な考え方

官、民は、業務の連携、組織を越えた情報の共有、知識・経験の相互活用によって新たな行政サービスモデル、ビジネスモデルを確立することが求められる。
官は、政策の企画立案などコア分野以外の業務を省庁、国・地方の壁を越えて共通化する、あるいは民間へアウトソーシングする必要がある。一方、民も、コア分野以外の業務を、企業、業界の壁を越えて共通化、アウトソーシングする。コア業務においては、市場の先行情報を活用し、意思決定のスピードと精度を高め、技術・経営のイノベーションによって新しい製品・サービスを提供する。
以上により、民と民の競争、民と民あるいは民と官の協働が演出され、新しい価値を生み出すことが期待される。その場合の鍵は、ITなど技術のシーズだけではなく、社会のニーズを重視することにある。

(2) 具体的な施策例
【民が「公」を担う「電子社会システム」の実現】

高齢化、交通渋滞・事故など現代社会が直面する課題については、従来、国費や法制度などを前提とした官中心の社会システムの中で解決が図られてきたが、財政の制約や国民のニーズの多様化を背景に、それら既存のシステムだけでは対応が困難となっている。
官による民への不必要な介入を排除するという意味で規制の撤廃・緩和は引き続き重要な課題であり、構造改革の柱であることは言うまでもない。しかし、上記課題に対応するためには、官と民との境界線の明確化にとどまらず、これまで官が担ってきた「公」を、意志と能力のある民が補完、代替できるようにし、新たなサービスの創出、新たな価値の創造を促していく必要がある。そうした「官と民の協働」、「サービス提供のチャネルシフト」などをITによって支援し、社会問題を解決する「電子社会システム」の実現が求められている。そこでは、既存の社会インフラと新しい社会インフラが融合し、新しい価値を創造するためのプラットフォームが形成される。
それに向け、例えば、以下のような施策が考えられる。

  1. 患者等のQOL(Quality of Life)の改善等(医療福祉分野)

    1. 電子化された診療録の外部保存の容認と情報活用
      電子化された診療録の保存場所を医療機関等に限定せず、個人情報保護に十分留意した上で民間施設など外部での保存を容認するとともに、診療録情報を関係者で共有可能とする。
    2. 遠隔医療に関する診療報酬上の適正な位置づけ
      遠隔地からの管理診療行為を「在宅療養指導管理」とみなし、診療報酬上に適正に位置づける。「訪問」を前提とした診療報酬規定を見直す。また、遠隔医療診断の地域・条件を緩和する。
    3. 管理栄養士の有効活用のための規制緩和
      労働者派遣法の適用除外業務から管理栄養士を除外する。また、遠隔地からの管理栄養士による栄養指導が診療報酬の対象となるよう、報酬規定を見直す。
    4. 遠隔介護の指定居宅サービスおよび指定居宅介護支援としての位置づけ
      遠隔地からの介護・看護行為が介護報酬の対象となるよう、報酬規定を見直す。
    5. カルテの電子化・レセプトの電算化等の推進
      レセプトの電子保存を容認し、電子カルテと電子レセプトの同時作成を促進する。

  2. 付加価値を創造する人材の育成(教育分野)

    1. 最先端の専門的なIT人材基盤の強化
      産業界が必要とする最先端の専門的なIT人材の基盤を強化するため、高度な情報系学部・学科を増設し、定員を増やす。また、大学改革を推進すべく、各大学の公正な評価および結果の開示を着実に遂行する。公募制度によってIT人材育成のための優れたプログラムを重点的に支援する。海外のIT先進大学を誘致する。
    2. 地域単位のIT人材育成
      小・中・高校、大学、職業教育、生涯教育それぞれにおけるIT人材の育成にとどまらず、それらを地域単位で連携させることによって、子供から中高年層までITを使える人材の裾野を拡大するとともに、ITで知的付加価値を生み出せる人材を育成する。そのための活動拠点として公共施設を開放する。全国的に通用する基準で目標を設定し、コンテストを開催する。

  3. ゆとりある移動環境社会の実現(交通移動分野)

    1. ITS(高度道路交通システム)普及方策の強化、物流の効率化
      ITSスマートタウン(愛知県)を早期に全国展開する。物流トラックの自動運転(隊列走行等)導入を可能とするための政策を法制面から検討するとともに、自動運転走行可能空間を確保する。
    2. インターネットITS等の整備、公共コンテンツの充実
      ユビキタスネットワークの整備の一環として、インターネットITS、DSRC(狭域通信)、無線LANなどのインフラを整備・拡充する。防災情報と連携した「ITSによる防災体制」を確立する。
    3. 交通事故死者ゼロ空間の実現
      ゼロ空間地区を選定し、要素技術に関する研究開発の成果を集中的・体系的に投入する。また、研究開発に必要な事故多発箇所および当該箇所での事故データを開示する。以上を加速するため、「ITSによる安全オリンピック」を世界に向けて提唱する。
    4. 交通の安全確保と円滑化を両立させる技術の開発
      交通の実態に応じて、きめ細かい信号制御を行うインテリジェント信号制御システムを導入し、交通の安全確保と円滑化を両立させる。これを発展させるべく、見通し不良移動空間における安全確保のため、実世界情報処理技術や画像処理技術を活用した映像コンテンツの提供など新たなITを取り入れた研究開発を推進する。

3.情報ガバナンスによるネット社会の基盤整備

(1) 基本的な考え方

インターネットをはじめとするネットワークが企業や個人の活動に不可欠なインフラとなっている今日、ネットワークを通じて必要な時に真正な情報に確実にアクセスできるよう、個人情報の適切な取扱い、情報セキュリティの確保ならびに標準化など「情報ガバナンス」の推進が求められる。
個人情報の適切な取扱いと情報セキュリティの確保は、必要最小限の法的な基盤整備の上に、ネットワーク参加者の自主的な取組みと個のエンパワーメントを基本に実現する。官は、競争原理が機能しないだけに、厳格な対策を率先して講じるとともに、民の自主的な取組みを支援する。
標準化等は、ネット社会の基盤整備の一環として、官民が連携して推進する必要がある。

(2) 具体的な施策例
【「安心・安全で自由な」ネット社会の実現】

特に個人によるITの利用を促すためには、企業、政府による個人情報の適切な取扱いが不可欠である。個人の安心感を高めることは、電子商取引市場の拡大や電子政府の活用につながり、事業活動や行政の効率化と付加価値の創造に貢献することになる。また、ネットワークでつながれた企業、個人、政府など各主体は、取引や手続の重要性に応じて適切な情報セキュリティ水準を自らの責任において確保し、安全なネット社会を実現する責務を有する。
以上を実現するには、企業を含めネットワークに参加する者全てに相応の負担が伴うが、ネット社会の利便性と自由は、そのような自立、自助、自己責任に基づいた取組みなくして享受できないことを銘記すべきである。政府による規制ではなく、企業や個人の創意工夫が最大限発揮される環境を確保し、最も適切と考えられる措置を講じている取引等の相手方を選択することで市場原理の中で「安心・安全」を確保していく必要がある。ただし、市場の要求に直接さらされない政府については、国・地方を問わず、他に増して厳格な対策が求められることは言うまでもない。
電子政府は、ネット社会の最重要インフラであり、政府は、最高水準の情報セキュリティを目指して対策を講じることが不可欠である。その際、外部の専門家を活用することが重要である。また、地方公共団体の情報システムが全国的に連携する時代において、地方公共団体ごとにセキュリティ水準が異なるようなことがあってはならない。こと情報セキュリティの確保に関しては、地方自治に委ねるべきではない。
なお、企業、個人の自主的な取組みをも含めた考え方については、「安心・安全で自由なネット社会を目指して」(日本経団連情報通信委員会情報化部会電子商取引の推進に関するワーキング・グループ報告 2003年3月)を参照されたい。

(個人情報の適切な取扱い)
  1. 個人情報保護法制を整備する。
  2. 政府は、個人情報保護のための基本方針(プライバシーポリシー)を策定・公表する、また、コンプライアンスプログラムを策定するなど、国民の信頼に足る、また、他の組織の範となる実効的な体制を整備する。地方公共団体に対しても、同様の体制整備を要請する。
  3. 個人情報の保護に資する技術を積極的に採用する。
(情報セキュリティの確保)
  1. 国・地方公共団体は、共通の基本方針(情報セキュリティポリシー)を策定する(Plan)。基本方針に基づく計画に従って対策を実施・運用する(Do)。実施した結果を監査する(Check)。組織トップによって計画、基本方針を見直す(Act)。このPDCAサイクルを継続的に繰り返すことによって、高度なセキュリティ水準を確保する。その際、外部監査を継続的に実施する。また、情報システム系だけでなく、職員等に対する定期的な教育の実施など人間系も含めた包括的な対策を講ずる。
  2. 各地方公共団体が個々に情報システムを開発するのではなく、セキュリティ水準の高い複数の共同利用・共同運用システム化を推進する。
  3. 情報セキュリティの重要性に関する国民意識を向上させる。
  4. 情報セキュリティ教育を義務教育段階から実施する。
(サイバー犯罪等への対応)
安心・安全なネット社会を脅かす犯罪行為を効果的に抑止するため、必要最小限の法整備を行う。

【標準化等の推進】
  1. 商品のトレーサビリティの確保
    商品の製造、流通、販売、リサイクルなどライフサイクル全体にわたるトレーサビリティ確保のための消費者本位の業界横断的なルールづくりを関係省庁が連携して支援する。その際、各方面で進められている標準化との連関に留意する。また、商品のトレーサビリティへの活用が見込まれる無線タグ(RFID)については、国際的に調和のとれた周波数を割当てることが期待される。

  2. 情報システムにおける外字の取扱いルールの明確化
    現在、JIS漢字コードで規定され、コンピュータ上で利用されているのは、6,879字である。規格外の文字(外字)については、コンピュータベンダーあるいは個々のユーザーが独自に登録、使用しているため、他システムとの接続や他者とのデータ交換を行う場合には、コード変換が必要となる。したがって、JIS漢字コードで規定する文字数を拡大すれば、コード変換の手間とコストを削減でき、データ交換、電子商取引をはじめITの利活用を推進することができる。
    また、JIS漢字コードで規定する文字数を拡大しても、なお多くの外字が残ることから、外字取扱いルールを明確化することによって、ネットワーク上の情報流通を円滑化する必要がある。

  3. 長期保存電子文書の原本性保証要件の明確化
    行政上の要請等から多種多様な文書の長期保存が必要とされているが、それらを電子化した場合あるいは電磁的に作成された文書を保存する場合、原本性をいかに確保するかが重要な課題となる。企業では電子署名など電子認証関連技術でこれを担保しているが、暗号解読技術の進展などによって長期保存に耐えられなくなるなどの事態も想定される。そこで、原本性保証のための要件を明確化することによって、電子文書の証拠能力を確保する必要がある。

4.競争政策の推進とユビキタスネットワークの整備

(1) 基本的な考え方

上記1に掲げたような施策の展開によってITの利活用が促進されれば、より太くて安いネットワークインフラへの需要も高まってくる。その結果、需要が主導する形でネットワークインフラが整備され、それによって、新たな需要が創出されるという需要と供給の好循環が形成される。こうした好循環を作り出すためには、ITの利用面の制約を取り除くだけでなく、競争の促進による供給面の改革も不可欠である。
また、上記2で述べたような電子社会システムを実現し、様々な経済社会活動をITで支えていくためには、誰もが、いつでも、どこでも必要な情報に容易にアクセスすることができる、いわゆるユビキタスネットワーク環境が必要となる。この新しいIT利用環境の下では、ブロードバンドの常時接続環境を基盤に、パソコンのみならず、あらゆる端末がネットワークに接続されることによって人と人、人とモノのネットワークが形づくられる。また、無線タグ等によってモノとモノのネットワーク化も可能となってくる。

(2) 具体的な施策例
【競争政策の推進】

今通常国会に電気通信事業法改正法案が提出され、われわれが主張してきた一種・二種の事業区分が廃止される予定であるが、改革はこれで終わりではない。まず、(1)サービスの融合を踏まえて、通信サービスを再定義する必要がある。端末機器の機能の向上、ネットワークインフラの高度化、IPによる伝送の拡大などによって、音声、データ、映像といった様々な形態の情報がパッケージで伝送されるようになっている。このようなサービスの融合、不可分性が進む中、規制の範囲を限定し、自由な事業展開によるイノベーションを促す必要がある。また、(2)通信事業者に対する事前規制の撤廃を原則とした上で、市場での支配力に着目した競争ルールの確立が必要である。支配的事業者については、技術革新の動向を反映した接続ルールや、隣接・関連市場に進出する場合のルールを策定し、競争の進展に応じて見直していく必要がある。さらに、(3)競争の進展状況を継続的に監視するとともに、競争ルールを策定し、紛争を迅速に処理する機能を強化する必要がある。このような機能を担う機関は、利用者の利益を確保することを唯一の目的とし、公正な判断を下すために、事業者を含め利害関係者から独立していなければならない。短期的な利害調整を目的とした不当な政治介入を受けないようにすることに加え、予算の配分を伴う産業振興行政からも完全に分離されるべきである。加えて、(4)通信用、放送用、CATV用といった特定の設備に拘束されずに様々な情報を伝送することが可能となっていることから、伝送設備(ハード)に関する通信・放送共通の制度的枠組みの検討が必要である。
以上、具体的な内容については、「IT分野の競争政策と『新通信法(競争促進法)』の骨子」(経団連提言 2001年12月)を参照されたい。

【ユビキタスネットワークの整備】

ユビキタスネットワークでは、IPアドレスを豊富に割当てることができ、セキュリティ機能を付与することができるIPv6の普及が必要である。また、移動時に必要なモバイル端末や無線タグなどが不可欠の構成要素となることから、これらを支えるインフラとして電波の重要性が増すことになる。電波需要が高まる中、利用効率の向上と新規需要への対応が必要である。まずは、電波の利用実態を把握し、その結果を電波の分配、割当に的確、迅速に反映させていくことが重要である。また、電波利用技術は革新が著しいことから、UWB(超広帯域)無線システムやソフトウェア無線技術など有効利用技術の開発・導入を推進するとともに、その成果をいち早く政策に反映させることにより、利用効率の向上につなげていかなければならない。また、同一周波数帯域で競合する需要には、透明性、客観性、納得性の高い行政対応が求められる。その際、電波を有効に利用しようとするインセンティブを電波利用者に付与するような環境を整備することも必要である。
以上、電波の有効利用に向けた考え方については、「電波の有効利用に向けて」(日本経団連情報通信委員会通信・放送政策部会報告 2002年12月)を参照されたい。

5.IT外交の展開

(1) 基本的な考え方

インターネットなどグローバルなネットワークにおいては、国境を越えた取引やコミュニケーションが日々活発に行われている。そのようなネット社会のルールづくりでは、国や国際機関よりも民主導の自発的な取組みが有効に機能している感が強い。一方、その歩みは民の経済社会活動に比べて遅いとはいえ、二国間や多国間で政府が合意した内容は、長期的に民の活動を規定し、わが国産業の国際競争力にも影響を与えていく。また、ITが経済社会活動に広く深く浸透し不可欠なインフラとなるにつれ、国としての戦略、政策判断が問われる場面が増えることになる。
このような観点に立てば、官・民の壁を越えたコミュニケーションの強化によって、問題の把握、プライオリティづけを統一的に行い、その上で、アジアを中心に世界に向けてメッセージ、情報を発信していくために、e-Japanならぬe-Internationalとも呼ぶべきIT外交の展開が求められる。

(2) 具体的な施策例
【国際標準化の推進】

ITの利用面に着目すれば、様々な技術、機器の国際的な相互運用性(インターオペラビリティ)の確保が不可欠である。わが国としても、研究開発段階から日本発の国際標準獲得を目指して戦略的に取り組むと同時に、国際標準化活動に積極的に参画する必要がある。そのような民間の取組みに対する国の支援が求められる。例えば、ユビキタスネットワークを構成する端末機器、IPv6など、わが国が強みを有する分野において、そのような活動を展開すべきである。また、電波の有効利用を推進するため、国内の電波利用ニーズを的確に把握し、ITUにおける周波数調整に反映させるとともに、国内の周波数分配を国際的なそれと調和させる必要がある。
併せて、ITUやISOなど国際機関における標準化活動の現状を統一的に把握し、民間に情報を提供することによって、分野横断的な連携を推進する必要がある。

【電子商取引等の国際的自由化】

電子商取引の分野では、貿易上のソフトウェアの取扱い、新たに登場するビジネスについての市場アクセスや内国民待遇の確保、の2点がWTO新ラウンドの当面の課題となっている。わが国としては、(1)オンラインで行われるデジタルコンテンツの取引に対する関税不賦課の恒久化、(2)IT関連製品を対象とした関税削減協定であるITA(Information Technology Agreement)への参加国および対象品目の拡大、(3)IT・電子商取引関連分野の全面的な自由化、を主張していく必要がある。

【人の移動の自由化・円滑化】

経済のグローバル化に伴って、国境を越える人の移動が活発になっている。他方、IT関連など高度な技術・知識を有する人の契約ベースの移動に関する自由化レベルは総じて低く、グローバルな事業展開に支障を来している。そこで、WTOサービス貿易自由化交渉において人の移動の自由化・円滑化を推進する必要がある。

【「電子社会システム」の海外展開】

上記2の「新価値創造による活力の醸成」で述べた、民が「公」を担う「電子社会システム」を海外展開していくことは、国際貢献の推進、各国との関係強化、ひいては関連技術・産業の発展にとって有益である。途上国の中には、基本的な通信インフラ不足の解消を急務とする国が多く、引き続きその支援に重点を置く必要があるが、そうした「ハードインフラ」に加えて、「ソフトインフラ」ともいうべき医療、教育、交通分野などにおいても、限られた資源をITによって有効活用して、生活水準の向上に寄与していく必要がある。

IV.オープンな推進体制

以上の戦略、施策を、IT戦略本部が中心となって遂行することになるが、自身が策定した戦略の成果を自ら評価しては、ITの利用者である国民、企業の意識から乖離し、自己満足に陥りかねない。ITの利用者にとってわかりやすく、実感できる成果目標を明確にするとともに、その達成状況を国民、企業の声に支えられた第三者が監視、評価し、必要な改善策を勧告する必要がある。そうすることによって、戦略が経済社会活動に広く深く浸透し、国民、企業の声を原動力に必要な改革を推進することができる。
戦略の推進にあたっては、仮説と検証のサイクルが特に重要となる。即ち、経済社会の変化は速く、また、IT分野の技術革新は著しいため、それに遅れることなく施策を展開するためには、仮説に基づく「大胆な実験」とも言える施策の展開が必要である。ただし、時間の経過とともに、当該施策が適当でないと判断されるに至った場合には、それに固執せず、速やかに撤回する勇気も必要である。それを可能にするのが第三者機関による検証であり、仮説と検証のサイクルを既存の行政評価・監視機能をも活用して継続していくことが同機関の重要な役割となる。

以 上

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