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「近い将来の税制改革」についての意見

−政府税制調査会中期答申取りまとめに向けて−

2003年5月29日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

日本経済は幾多の病巣を抱え重篤の状態にある。経済構造改革は郵政公社の創設など一部で進捗をみせてはいるが、国・地方を通じた財政構造改革や社会保障制度の抜本改革をはじめとする重要課題について帰趨が定まらないなど、各所で綻びをみせている。
一方で、デフレ・スパイラルの危機は現実となり、日経平均株価指数はバブル前の水準を割り込み、評価損の拡大は企業の収益向上努力を無に帰すとともに、最優先課題とされてきた金融機関の不良債権処理をも遅らせる原因となっている。国家財政をみるならば、経済全体の低迷による歳入欠陥の拡大と政府債務の累増の前に、プライマリー・バランス均衡の2010年初頭回復の目標は破綻に瀕している。
何よりも、将来に向けての国・地方の様々な財政需要や社会保障給付の増大とそのために必要な財源である税、社会保険料が増加すること、すなわち国民負担率の上昇によって、経済構造改革の最大の課題である政府から民間への資源・資金の移転は根本から覆されようとしている。
日本経団連は、本年1月1日「活力と魅力溢れる日本をめざして」を公表し、社会保障給付の合理化と消費税率の段階的引上げを提起したが、政府税制調査会が6月にも予定している中期答申の策定、ならびに経済財政諮問会議が同じく6月に予定しているいわゆる「骨太の基本方針2003年」を前に、改めて、国・地方を通じた徹底的な歳出削減による財政再建と、持続可能な社会保障制度の構築を前提にしつつ、わが国経済社会の活力を維持するために、今後数年の間の「近い将来」において実現すべき税制改革の具体的方向を示すものである。

I.国民負担のあり方と近い将来の税制改革

1.人口が減少する社会(国民負担率の現状と限界)

わが国の人口は、明治以来、終戦を迎えた1945年を除き、一貫して増加を続けてきた。それが、遅くとも2007年にはピークを迎え、以後、長期にわたり、減少が続く。これまで日本の経済社会が発展してきたシステムの基盤にあった人口増加、社会の拡大という前提が、大きく崩れることになる。
生産年齢人口は、既に、1995年をピークに減少過程に入っている。これに対応して、企業では、今後の成長を実現するために、既存の企業内制度を大幅に見直し、新たな給与体系の導入や退職給付制度の見直し、雇用形態の多様化などを模索しているところである。
同様に、日本の経済社会は、総人口がピークを打つのを転機に、システム全体を大きく転換せざるを得なくなっている。総人口が減少過程に入っていくなかで、活力と魅力溢れる社会を実現していくためには、発想の転換、パラダイムの大転換が必要である。
これまで、既存制度の維持とそれに伴う既得権の保護と負担の先送りは、人口が増大し、経済社会が拡大するなかで吸収することができた。しかし、人口が減少していくなかで、従来の制度、思考方法に囚われていれば、すべてのツケは将来世代に重くのしかかることになり、将来を担うべき若い世代、企業の活力を大きく削ぐことになる。
われわれが今なすべきことは、既存の制度をあらゆる角度から見直し、それらが人口減少時代においても持続可能な制度になるように再構築することである。その意味から、まず必要であるのは、国・地方を通じた徹底的な行財政改革により歳出入ギャップを縮小することであり、併せて経済構造改革の推進により官の役割を最小限に止めつつ、個人や企業がその潜在的な力を十分に発揮できる基盤を整えることである。
経済活力維持のためには、上記の取組みに加え、年金をはじめとする社会保障給付を見直し、国民負担率を50%以内に抑制することが大前提である。ところが、わが国の国民負担率は、過去の負担先送りを含めれば、既に47.1%に達しており、これ以上国民負担を増やす余地はほとんど残されていない。

2.個人の公的負担について

(1) 個人の公的負担の現状

現行の個人所得課税の負担水準は、少なくとも国民の多くを占める中堅以下の給与所得者世帯にあっては、他の先進諸外国に比べ、むしろ軽い。
また、所得税・個人住民税の負担に、社会保険料負担(給与所得者であれば被用者負担分)をあわせた公的負担額全体をみても、現状においてはヨーロッパ諸国よりも低い水準にある。
しかしながら、公的年金、医療保険、介護保険の保険料の水準(被用者負担分)は、政府の将来予測に従うならば今後大幅に増加し、税負担が現状の水準に止まるとしても、2025年には社会保険料負担と税負担をあわせた個人ベースでの公的負担全体の水準はヨーロッパ諸国並みかそれを上回るものとなる。

〔年金保険料率の引上げ幅〕
1980→2001年の引上げ2001年保険料率2001→2025年の見通し
日本 5.43%13.58%6.42%
米国 2.24%12.4%0.72%
イギリス 1.45%21.9%▲4.9%
ドイツ 1.10%19.1%1.3%
*2001年の保険料率は日、米、独は労使折半、英は本人10%、事業主11.9%
*日本の2025年は厚生労働省提案(保険料率20%)による

後述のように社会保障制度改革を断行するならば社会保険料負担の増加は政府予測より低位に抑えられるとしても、現行水準のまま維持することは困難である。加えて租税負担が増加するならば、個人の全体としての公的負担水準は今後、大幅に上昇し、経済活力に対する重大な阻害要因となる。
一方、所得税の課税最低限については、平成15年度税制改正で専業主婦に対する配偶者特別控除の上乗せ分が廃止されたことにより、モデル給与所得者世帯(夫婦子2人、うち1人が特定扶養控除の対象)について384.2万円から一挙に325万円まで低下し、ドイツ、フランスよりも低水準、ほぼ米国並みとなり、少なくとも現役世代については、これ以上の負担増を求めることはできない。
すなわち、将来とも個人所得課税の全体としての負担水準は現状程度に止める必要があり、各種控除の見直し等により課税ベースを拡大するとしても、現役世代の負担を増大する結果となってはならず、また、併せて累進税率構造の緩和により全体としての負担水準の増加を抑制していくことが不可欠である。

(2) 自助努力への支援と年金税制

年金税制については、後述のとおり、世代間の公平を図るとともに、国民の自助努力を促す仕組みとして再構築することが不可欠である。その際の基本的な考え方は、老後に備えての個々人の自助努力や世代間扶助を含めての現役世代の拠出は非課税としたうえで、高齢者を一様に弱者とみなして税制上で優遇する現行制度は極力撤廃すること、すなわち拠出時・運用時非課税、受給時課税の原則の徹底である。
第1に、高齢者世代と現役世代との間に税負担のひずみをもたらしている公的年金等控除については、原則として廃止すべきである。
第2に、運用時非課税の原則に鑑みて、現在課税が停止されている特別法人税については、即刻廃止すべきである。
第3に、確定拠出年金について、国民一人ひとりの自己責任、自助努力による老後の生活保障の確保を支援するとともに、資本市場の活性化の観点から市場の主要な担い手としてその活用に関する期待が高まっていることから、拠出限度額を大幅に引き上げるとともに、マッチング拠出や、脱退一時金の受給要件の緩和を含め中途引出しの容認などを行なうべきである。
第4に、確定給付企業年金制度については、自助努力支援の観点から本人拠出分の課税上の制限を撤廃すべきである。
第5に、公的年金の給付水準の削減が不可避であるなかで、私的年金制度等の自助努力に係る税制についてもできる限り、拠出時非課税、給付時課税の徹底のもとに見直すべきである。

(3) 課税ベースの侵食防止と累進税率構造の緩和
  1. 各種「特別控除」の見直し
    現行の所得税・個人住民税は、各種控除制度により、課税ベースが大きく狭められている。加えて、これらの控除制度は、少子高齢化の進展、単身・核家族世帯の増加等をはじめとする家族構成の変化、女性の社会進出や就業形態の変化等の社会の移り変わりに対応しないまま、半ば既得権化されている。
    国民一人ひとりが広く薄く税負担を分かち合うという基本理念に立ち、所得課税について課税ベースを適正化するとともに、累進税率構造の緩和を進めることによって、活力を引き出すことが喫緊の課題である。
    同時に、個々の納税者にとって分かり易い簡素な制度にすることによって、納税に対する意識と納得性を高め、より多くの国民が納税を通じた社会への参加意識を向上できる制度としていくことが重要である。
    具体的には、人的な所得控除制度は、基礎、配偶者、扶養の3控除に集中し、とりわけ扶養控除に重点を置くべきである。一方で、現役世代と高齢者世帯との負担のひずみを是正するために、公的年金等控除の廃止に加えて、老年者控除、および配偶者控除・扶養控除の老人加算は速やかに縮減すべきである。

  2. 給与所得控除、退職所得控除の見直し
    給与所得控除制度については、実質的に自営業者、農業者等との負担格差を緩和する効果、あるいは累進税率構造を緩和している効果があるとしても、給与所得者の必要経費の概算控除との性格を超えた優遇措置となっていることは否定できず、公的年金等控除の縮減と併せて、そのあり方を見直していく必要がある。
    なお、給与所得控除のあり方を見直すならば、同時に、累進税率構造の一層の緩和や恒久的な住宅税制、能力向上を目指す個人の自己投資を促す税制などの検討が不可欠であるとともに、自営業者などに対する所得捕捉を厳格に行ない、税負担の格差や不公平感の解消を行なわねばならない。
    また、退職所得控除制度は、退職一時金が賃金の後払いとの性格を有するところから、勤続年数に比例した控除額とすることが合理的であるとしても、勤続年数20年を超える場合に1年当たりの控除額が増加することは、結果的に長期継続雇用を税制上勧奨するものとなっている。雇用のあり方自体が大きく変化しているなかで、長期継続雇用を税制面で優遇する理由はなく、勤続年数にかかわらず1年当たりの控除額は一定とすべきである。

  3. 中堅所得層を重点とする累進税率構造の一層の緩和
    わが国の所得税は、急激な累進税率構造を特徴としており、各種控除の見直しを進めることにより課税最低限がさらに引き下げられるならば、中堅以上の所得層の負担は過重なものとなる。
    所得再分配が所得課税の機能の一つであるとしても、累進課税に過度に依存するならば、高い能力をもった個人の勤労意欲が損なわれ、ひいては経済活力が削がれる惧れがある。終身雇用制度や年功序列などの旧来の日本型労働慣行が急速に形を変え、年俸制度やストックオプション等により成果主義的な報酬制度を採用する企業が増えていくなかで、個人の勤労意欲を高め、その努力が実際に手にする報酬に結びつくような所得課税に改めていくことが必要である。
    そのためにも、恒久的減税として措置されている定率減税を制度化するとともに、所得税・個人住民税をあわせた最高税率を法人税実効税率の水準にまで引き下げることをはじめ、一層の税率の軽減を行ない、急激な累進税率構造を緩和していく必要がある。

(4) 公平かつ効率的な徴税システムの確立

納税者間の公平性を担保し、納税者が納得して納税できるようにするためには、確実に所得を捕捉することが不可欠であり、そのための手段として、納税者番号制の導入が必要である。
簡素かつ簡便な納税申告が可能になれば、納税者自身による申告の慣行が広がり、納税を通じた社会参加の意識を一層高揚させ、税金の使途や行政への関心をより高めていくことが期待される。経済社会の電子化・情報化の進展と歩調を合わせ、簡易な電子申告制度を確立・普及させていくべきである。
また、納税者番号制の導入と併せて電子申告制度が普及すれば、納税者にとって納税コストの削減などのメリットが大きいばかりでなく、徴税者側の徴税コストが大幅に削減されることも期待される。本格的な導入を急ぐべきである。

(5) 金融証券税制一元化の展望
  1. 資本市場活性化の必要性
    わが国は、戦後ながらく、国民の預貯金を重要産業に効率的に投入する間接金融中心のシステムを活用して欧米へのキャッチ・アップを達成したが、今後、中長期的に経済活力を維持・強化するためには、間接金融から直接金融へのシフトを図り、相応のリスクを許容しうる資金を新産業・新事業分野を中心に振り向けていく必要がある。かかる指摘は、かねてより行なわれてきたものの、現実には、懐の深い資本市場の構築に成功することができず、むしろ、個人の株離れや企業の株式持合解消などの動きも重なって、資本市場への参加はますます先細りしかねない状況にある。
    この際、資本市場の育成、活性化に向けて、個人が保有する金融資産の一定割合(例えば2割)を有価証券にシフトさせるなどといった大枠としての目標を掲げつつ、市場の信頼回復に必要な体制・ルールの整備、個人の株式取得促進、企業の自己株式取得や配当政策の見直し、市場の需給改善策など、国を挙げた総合的な取組みが必要であり、そのなかで、金融証券税制についても、骨太の改革を進めていくべきである。

  2. 平成15年度証券税制改革の評価
    金融証券税制については、平成15年度税制改正において、資本市場活性化の観点、さらには、金融証券税制一元化の展望のもとに、株式譲渡益、株式投信、配当について、確定申告を要しない簡素な課税の仕組みが導入されるとともに、税率についても当面5年間は預貯金利子よりも有利な10%に統一された。これまでにない大胆な制度改正として、大いに評価したい。
    ただし、新しい証券税制は、通常の経済環境であれば市場活性化にプラスの影響を与えるものと考えられるが、わが国証券市場は様々な要因から不振を極めている。仮に今後、株価が極端に下落し、金融システムの動揺などを通じて、わが国経済が壊滅的な打撃を受けることが予想される場合には、株式需給の改善をはじめとする緊急市場対策の一環として、譲渡損失の他所得との通算、配当・譲渡益の一時的非課税など、平時のロジックをこえた言わば有事としての税制措置の検討も必要になるものと思われる。

  3. 二元的所得税制に向けたさらなる改善
    日本経団連では、かねてより、資本から得られる金融所得を一括して認識し、金融商品間の損益通算や損失の繰越しを可能としたうえで、勤労所得とは別途に低率で課税する仕組み、即ち、「二元的所得税」の導入を主張してきた。平成15年度改正では、二元的所得税実現の方向でかなりの進展が見られたが、今後、株式配当を対象に含めるなど損益通算範囲の拡大を進めるとともに、納税者番号制度の導入をはじめとするインフラの整備を併せて行なうなど、引き続き制度改善を図るべきである。

(6) 相続・贈与税の残された課題

およそ1,400兆円とされるわが国の巨額の個人金融資産は、その相当の割合が高齢者の保有するところとされている。これに対し、わが国経済を長引くデフレ状況から脱却させるための一つの手段として、相続・贈与税を大胆に見直すことにより、資産を若年層に早めにシフトさせ、消費や住宅投資などに結び付けていくことが、かねてより求められてきた。
平成15年度税制改正では、こうした期待に応える形で、相続・贈与税が大掛かりに見直され、相続時精算方式のもとで、大きな枠での生前贈与が認められることとなった。なかでも、住宅資金贈与については上乗せ枠が認められるとともに、五分五乗方式による住宅資金贈与特例も別枠として存置されるなど、住宅投資の促進に手厚い配慮がなされた点は高く評価できる。
また、かねてより日本経団連が主張してきた、相続税の最高税率の引下げ、累進税率の緩和についても、平成15年度改正において一応の成果を見たところである。
一方、諸外国も相続税の見直しに積極的に取り組んでいる。カナダやオーストラリアなどには既に相続税は存在せず、米国も2010年に向けて、段階的に相続税を廃止することとしている。一般に、相続・贈与税の負担が過重であると、資産の蓄積・形成に対する個人のモチベーションが損なわれ、富の海外流出を招く要因ともなりかねない。他方で、社会保障制度によって老後の生活に対する公的なセーフティ・ネットと世代間の富の再分配が行なわれる社会では、一定程度の相続税の負担を薄く広く課すことは必要との考え方もありうる。わが国の相続・贈与税の今後のあり方を考えるにあたっては、これらの観点を踏まえつつ、総合的に考えていくことが必要である。
また、資本市場の活性化に向けて、個人の株式保有を促すことが喫緊の政策課題となっていることから、株価の状況等もにらみつつ、上場株式等に係る相続税評価を半減する等の措置を検討すべきである。

3.法人企業の公的負担について

(1) 企業活力と負担の限界

市場が世界的に統合され、グローバルな競争が激化するなかで、すべての企業は生き残りをかけて、生産・調達・販売の最適化を日々刻々と進めている。そのなかで、租税と社会保険料をあわせた企業の公的負担の水準が、企業が世界立地戦略を決定するにあたり、ますます重要なファクターとなっている。企業負担が相対的に高い経済は、国内産業の空洞化と海外資本の逃避を招き、必要な雇用を維持することすら極めて困難となる。
こうした現実を深刻に受け止めた国々においては、既に、法人税の引下げ競争が始まっている。法人実効税率は、かつては40%が国際標準とされたが、いまやヨーロッパ諸国では30%台前半が標準となりつつある。また、わが国が直接競合するアジア諸国も、もともと税率が低いところに加え、さらに引下げに動いており、諸外国に比べてわが国企業は相対的に劣位の環境におかれている。
一方、社会の高齢化が進んでいるわが国やヨーロッパ諸国では、社会保障費用の増大も経済の活力強化を阻む大きな要因となっている。所得の有無にかかわりなく負担しなければならない社会保険料は、企業活動にとって法人税以上に重い足枷であると言える。そこで、ドイツは国際競争力強化と雇用維持の観点から年金保険料を段階的に引き下げてきており、英国も引下げの方針であるなど、ヨーロッパ諸国では、社会保険料負担の引下げに向けて懸命の努力を行なっている。
こうした潮流とは逆に、わが国では負担の引上げが議論されている。仮に、厚生労働省の提案に沿って年金保険料率を引き上げた場合、法人税率に換算して10%以上の負担増となる。わが国では、厳しい財政事情のなかで20年近くかけて法人税率の引下げを進めてきたが、社会保険料負担の引上げはこうした努力を無にするものでもある。
現時点で、ヨーロッパ諸国に比べてわが国の社会保障費事業主負担が低いとしても、逆に法人実効税率は高い水準にある。また、わが国は、労働コストや企業負担の低い近隣のアジア諸国との競争に直接さらされており、域内のハーモナイゼーションが重視されるヨーロッパ諸国とは競争環境の厳しさが異なる。企業負担のあり方を議論するうえでは、企業を取り巻く状況を総合的に捉える必要があり、社会保険料率だけを単純に取り出して高低を議論することはできない。
さらなる保険料率の引上げの前に徹底した給付の見直しを行ない、わが国企業の競争力や現役世代の負担増にできる限り配慮すべきである。

(2) 活力重視の法人課税改革−国際的整合性の残された課題
  1. 15年度税制改正の評価
    平成15年度税制改正では、税制抜本改革の初年度として、「多年度税収中立」の考え方に基づいて2兆円規模の先行減税が実施された。そのなかで、まずは経済活力強化とデフレ脱却に焦点を絞って、研究開発・IT投資促進税制や、土地流通課税の軽減など、企業の税負担軽減が図られた点は大いに評価できる。
    各企業が、新しくとられた税制措置を活用しつつ、企業収益の改善に努め、経済を回復軌道に戻していくなかで、今後は、法人実効税率の引下げや、欠損金の取扱い、減価償却制度の抜本的見直しなど、法人税制の基本制度の改革を進めていく必要がある。
    一方で、法人事業税に対する外形標準課税の導入や、固定資産税の引下げの見送りなど、地方法人課税をめぐっては、問題が山積している。地方財政が厳しい状況にあるからといって、企業の高負担を硬直的に見直さずにいるならば、地方産業の空洞化がますます進行し、それが地方財政をさらに悪化させるという悪循環となる。地方税財政を全体的、体系的に見直すなかで、地方法人課税の軽減・合理化を図っていく必要がある。

  2. 多年度損益通算の拡充
    ゴーイング・コンサーンとしての企業に対する課税において、課税所得を計算する事業年度は人為的・便宜的に設けられたものに過ぎず、ある年度に欠損金が生じた場合は、当然に前後の事業年度との損益通算が認められるべきである。こうした観点から、欠損金の繰越・繰戻制度は、国際的にも普遍的に認められており、例えば、米国では、20年間の繰越控除、2年間の繰戻還付、英国でも、無制限の繰越控除、1年間の繰戻還付が認められている。
    これに対し、わが国では、繰越控除は5年間にとどまり、また、繰戻還付は本法において1年間に限られている上、現在は租税特別措置法において凍結されている。
    このような欠損金の厳しい取扱いは、わが国経済の再生を過度に遅らせている。例えば、欠損金が長期間持ち越せないことは、わが国企業に欧米のような大胆なリストラを躊躇させ、業績のV字回復を実現できない一つの要因とされている。また、繰戻還付が大きく認められていれば、バブル崩壊後の企業の再生は早まっていた可能性がある。米国では、80年代の不良債権問題の処理や、2001年の同時多発テロ後の対応として、欠損金の繰戻還付制度を大胆かつ機動的に活用している。
    わが国でも、法人税負担の合理化および欧米諸国とのイコール・フッティングの視点から、欠損金の取扱いの適正化を図るべきである。
    当面、帳簿保存期間も考慮し、繰越控除期間の7年への延長および繰戻還付制度の復活・延長を早急に行なうべきである。その上で、税務訴訟上の立証責任のあり方についても検討を加えつつ、繰越控除期間の10年以上への延長を図るべきである。

  3. 減価償却制度の見直し
    わが国経済を再浮上させるためには、経済成長の原動力である民間設備投資の活性化が欠かせない。しかし、わが国企業の設備投資意欲は依然低く、かつては米国に比べ優位にあった設備ヴィンテージも急速に上昇し、国際競争力の喪失につながっている。
    企業の投資意欲を刺激し、経済を活性化するためには、投下した資金をいかに早期に回収し、次の投資につなげていくかという「コストリカバリー」の観点から、欧米に比べ遅れをとっているわが国の減価償却制度を抜本的に見直すべきである。
    基本的な考え方としては、会計上の減価償却について、税法上の法定耐用年数によるのではなく、経済実態にあわせて基準となる耐用年数の前後一定の範囲内で償却を行なうことができるよう改めた上で、税務上の減価償却もこれとあわせる仕組みとするか、あるいは、税務上は政策的に短期間での償却を促進するために、法定耐用年数の簡素化・短縮を図った上で減価償却費計上の損金経理要件を撤廃すべきである。
    こうした抜本的見直しが行なわれるまでの当面の対策として、残存価額ならびに償却可能限度額の適正化が急務である。諸外国では耐用年数に沿って100%まで償却できるが、わが国の現在の取扱いは、残存価額が取得価額の10%、耐用年数経過後に償却可能な限度額は5%とされており、競争力強化の意味合いのみならず、国際整合性や経済実態の面から見ても極めて問題が大きい。残存価額を少なくとも2〜3%程度に、また、償却可能限度額を備忘価額に早急に改めるべきである。

  4. 連結付加税の撤廃をはじめとする連結納税制度の改善
    平成14年度税制改正において連結納税制度が導入されたが、制度導入に伴う法人税収減補填策の一つとして、連結納税制度採用企業に対して法人税率を2%上乗せする付加税が、2年間の時限措置として決められた。
    連結納税制度の狙いは、企業の経営効率を改善し、経済の活力を強化することにある。関係者の努力により精緻な連結納税制度が早期に完成したにもかかわらず、付加税の存在により、所得の大きい優良な企業であるほど制度を採用せず、結果としてわが国の経済構造改革が遅れる結果となったことは極めて問題である。連結付加税は2年間限りで必ず廃止すべきことを、改めて確認しておきたい。
    さらに、連結納税制度の普及の障害になっている、適用開始時・加入時の子会社の未処理欠損金の否認、一定の資産の時価評価・課税、連結グループ内の寄附金の全額損金不算入等の問題について見直しを行なう必要がある。

  5. 早期事業再生のための税制措置
    金融機関の不良債権処理の加速化は、過剰債務を抱える企業に対して、従来以上に早期の事業再生への取組みを促すとともに、自力再生が困難な状況に至った企業については、債権者の協力を得つつ産業再生機構を含む再生の枠組みを活用することを求めるものとなる。
    その際、会社更生法、民事再生法等の法的整理と私的整理との間における税制上の取扱いの違いが、迅速な再生に着手することを遅らせることのないよう、以下の見直しを早急に行なう必要がある。

    1. 民事再生法・私的整理ガイドラインについても、会社更生法と同様に債務免除益を期限切れ繰越欠損金から優先して利用できるようにすること
    2. 資産評価損益の計上
      1. 私的整理ガイドラインについても、会社更生法・民事再生法と同様に資産評価損の損金計上を認めること
      2. 民事再生法についても、会社更生法と同様に資産評価益を益金計上し欠損金との相殺を認めること
      3. 金銭債権についても、評価損の損金計上を認めること
    3. 私的整理ガイドラインについても、会社更生法・民事再生法と同様に申立て段階において貸倒引当金の計上を認めること
    4. 関係会社の整理・支援損の扱いについて、現行法人税基本通達9−4−1、9−4−2の要件を緩和し、経営悪化の段階での支援を弾力的に認めること
    5. 債務の株式化(デット・エクイティ・スワップ)について、債権の帳簿価額により株式化を行なう限り、債務免除益が生じないことの明確化
    6. 産業再生機構、整理回収機構が関与する私的整理について、私的整理ガイドラインによる私的整理と同様の扱いとすること
  6. 実効税率引下げの展望
    厳しい経済環境のなかで、各企業が懸命に経営改善に努めてきた結果、企業業績は2002年度には最悪期を脱し、大幅増益を果たした。2003年度においても、株価の低迷などの不透明要因はあるものの、引き続き、増益が予想されている。とくに、2003年からは、平成15年度税制改正で実現した研究開発投資減税、IT投資促進税制、改正産業再生法などがスタートし、これらを積極的に活用して、各企業が前向きの投資に取り組むことが予想される。
    一般に法人税収は企業収益の関数であることから、企業業績の改善に伴って、法人税収も増加することが期待される。その意味で、まずは大規模な政策減税により経済活力を強化するという平成15年度税制改正の考え方は積極的に評価できる。
    引き続き企業収益が改善し、わが国経済を回復軌道にのせていくなかで、次なる課題として、法人実効税率の引下げを断行すべきである。上述のように、諸外国は軒並み税率引下げに動いており、今やわが国の法人実効税率は世界的にみて高い水準にある。各種の政策減税、租税特別措置の見直しと併せて、少なくとも、ヨーロッパ主要国並みの水準への引下げが必要である。

  7. 企業会計制度改革と「確定決算主義」
    現行法人税法は、いわゆる「確定決算主義」のもと、法人の収益・費用等の額は一般に公正妥当と認められる会計処理の基準によって計算されるべき旨を定め(法人税法22条)、確定申告は確定した決算に基づき行なう旨を規定している(同74条1項)。この確定決算主義は、企業側の事務負担を軽減するのみならず、課税当局にとっても、税制の簡素化・徴税コストの軽減に資するものであり、なお当分の間は、課税の原則として維持されるべきであると考える。
    しかし、近年、国際的整合性の観点から企業会計制度の急速な見直しが進むにつれて、企業会計と税務会計の乖離が著しくなり、今後、減損会計、企業結合会計が導入されるならば、両者の乖離はますます広がっていく可能性がある。確定決算主義を維持するならば、企業会計制度の変化にあわせた税務改正が必要であり、とりわけ、固定資産への減損会計導入の際には、減損損失を税務上も損金として取り扱うべきである。

(3) 21世紀の企業課税の課題
  1. 新たな法人税課税のあり方の提案
    現行税法は、原則として、合名・合資会社などの人的会社も含め、法人税課税の対象としている。
    しかし、近年、特定目的会社(SPC)や投資法人のように、法人格に着目して法人税の対象とはするものの、支払配当について損金算入を認める法人や、特定目的信託のように、法人格がないにもかかわらず、法人税の対象としつつ、支払配当については損金算入を認め、SPC等と同様の扱いとする形態も生じている。また、中小企業等投資事業有限責任組合のように、合資会社同様に、有限責任の出資者と無限責任の出資者から構成されるにもかかわらず、任意組合と同様のパス・スルー課税が認められる事業形態も出現している。
    このような現象は、「法人」に対しては法人税を課すとの原則が現実的ではなくなってきていることの表れであり、また、法人格の有無により法人税課税の対象とするか否かを判断するという考え方は、比較法的にも普遍的とは言えない。例えば、米国では、LLC(Limited Liability Company)は法人格を有しているものの、パス・スルー課税を選択することができ、また、ドイツの合名会社、合資会社は、法人格を有するが、パス・スルー課税である。
    したがって、法人格に着目するのではなく、経済的実態に着目し、実際の担税力の主体に対して課税を行なうという観点から、法人税課税かパス・スルー課税かを決定すべきである。
    例えば、出資者の持分が転々流通しないことを前提とした組織(一般法で言えば、民法上の任意組合、合名会社、合資会社)はパス・スルー課税とすべきである。

  2. 日本型LLCの提案
    現在法制審議会において検討が行なわれているいわゆるLLC(有限責任会社)については、ベンチャー等の新規事業の育成、共同研究開発や戦略的な設備の統廃合のための合弁事業、投資ファンドの受け皿、専門的職業のための事業体となること等、わが国経済の活性化にとって、非常に重要な役割を果たすことが期待されている。こうしたニーズに応えるためには、上述の経済実態に着目した課税の考え方に沿って、LLCに法人格を付与する一方パス・スルー課税とするとともに、出資者全員の有限責任、ガバナンス・利益分配ルールに関するフレキシビリティを確保すべきである。出資者全員の有限責任の確保に関しては、(ア)財務情報の開示による債権者保護か、(イ)資本金による債権者保護が必要となると考えられるが、両者の間に、理論的・経験則的優劣はないため、この点でもフレキシビリティを重視し、(ア)、(イ)は、選択制とすべきである。また、ガバナンス・利益分配ルールに関するフレキシビリティの確保に当たっては、多数決による濫用が行なわれないよう必要な手当てがなされるべきである。

4.社会保障制度の再構築

(1) 経済活力と社会保障

人口が減少していく中で、既存の社会保障制度を維持し、従来の給付水準を確保しようとすれば、「大きな政府」となることは避けられない。「大きな政府」は、多くの国民の自立・自助の精神を妨げ、諸制度を支える現役世代や企業に過重な負担を強いることになり、わが国の経済活力は失われていくことになる。その結果として、国民に「安心」を提供すべき社会保障制度はその支え手を失い、破綻せざるを得なくなる。

(2) 公的年金
  1. 公的年金制度の役割の見直し
    これまで、公的年金、とりわけ被用者年金については、引退後の稼得能力の喪失に対する所得保障の大黒柱として位置付け、それだけで現役世代の平均的な手取り所得との比率(以下、所得代替率)で約6割を保障することを目標としてきた。1990年代中頃までは人口も経済も安定して成長してきたため、求められるままに給付水準を引き上げ、それに必要な保険料負担や税負担を先送りすることが可能だった。結果として、標準的な夫婦世帯で見ると、基礎年金だけで基礎的消費支出を、被用者年金のモデル金額は交際費や教養娯楽費を含む消費支出額のほとんどをカバーできる程度の水準にまで充実する一方で、公的年金(国民年金、厚生年金、各共済年金合計)全体で未だ財源手当てのなされていない給付現価が約530兆円を超える規模にも積み上がっている。
    しかし、この10数年間を振り返ると、経済の低成長傾向および人口構成の少子高齢化が定着した。そうした環境のなかで、公的年金について従来型の制度運営の手法を今後とも継続していては、その持続可能性は確保できない。仮に、既裁定者や現加入者の期待権部分を含めた給付の見直しを全く行なわないのであれば、現役・将来世代は極めて過重な保険料負担ないし税負担を担わなければならなくなる。また、国民負担率を50%以内に抑制することは極めて困難となる。
    これらを避けるためには、公的年金については、既裁定者を含め、年金全体の給付総額を削減することで、世代間で痛みを分かち合うとともに、今後は、制度を支える世代の負担力に見合った形で、高齢者の給付を調整するという考え方に転換し、その役割を再整理する必要がある。
    基礎年金については、全ての高齢者に一律に支給するのではなく、一定の所得を有する高齢者については、支給を停止または減額するなどにより、給付総額を抑制していく必要がある。
    報酬比例年金については、保険料負担に見合って一定割合支給される仕組みとしての位置付けを明確にしつつ、高齢者の所得も勘案して、給付総額を大幅に抑制していく必要がある。
    公的年金の給付水準については、現役世代や企業の負担を抑制し、経済活力を維持する観点から、標準的な高齢者夫婦世帯で、基礎年金と報酬比例年金を合算した所得代替率で50%程度にまで早急に見直す必要がある。

  2. 国民年金の未納・未加入問題への対応
    公的年金は、将来の老後所得について一定の保障を行なう制度であるとともに、現在の高齢者に対する給付を賦課方式により支える制度でもある。その意味において、国民年金における未納・未加入問題を放置することは、将来の無年金者を作り出すばかりでなく、現時点での給付に必要な保険料が集められなくなることにもなる。これでは、公的年金の世代間の不公平ばかりか、現役世代の間でも、義務を果たしている者と果たしていない者との間で不公平感が増幅してしまう。
    わが国法制上、国税、地方税と同様、社会保険料についても、国民に支払い義務があることを周知させるとともに、未加入者、未払い者に対する既存の法的措置を徹底させ、運転免許証やパスポートの更新、交付の際、社会保険料の納付状況を確認すべきである。また、納税者番号制も導入し、税と保険料の一体徴収を実現していくことも必要である。

  3. 保険料負担の限界
    保険料負担については、単純な保険料率の諸外国との比較において議論されることが多いが、今後の人口構成の変化(少子高齢化のスピード)、国民負担率、失業率など、様々な要素を考慮しながら検討すべき課題である。
    まず、冒頭に述べたように、わが国の潜在的国民負担率は、既に47.1%に達しており、活力ある社会を維持するために必要とされている50%程度までの余地は極めて小さい。
    今後50年以上にわたって、若年世代が減り続ける社会において、欧州の公的年金制度に見られる高い所得代替率を維持しようとすれば、保険料率は過重なものとならざるを得ない。
    また、諸外国における今後の年金保険料率の上昇は、ごくわずか、またはマイナスと予想されている。これに対して、日本の保険料率は、厚生労働省の提案通りに上限を定めたなら、今後6%以上も上昇すると見られる。社会保険料は、前述のように、税金と同様、経済活動に関するコストとなるものである。年金給付を高水準に維持し、それに必要となる財源を現役世代や企業の保険料から徴収しようとすれば、経済社会における労働コストが上昇し、ひいては雇用のさらなる抑制に繋がることになる。
    従って、厚生年金保険料率については、将来の人口構成、国民負担率、国際競争力等の観点から見て、極力その上昇を抑える必要がある。
    当面の課題として、前回改正法の附則で約束された基礎年金の国庫負担1/2への引上げは必要不可欠である。引上げにあたっては、前述のような基礎年金の給付総額の抑制を行なったうえで、安定した財源である消費税を活用すべきである。その後も、全国民で制度を広く支える、基礎年金の抜本的改革を推進するとの観点から、消費税のさらなる活用を検討していく必要がある。

  4. 制度設計の見直しの方向性
    家族のあり方や働き方が多様化するなかで、従来のような画一的な家族構成や就業形態を前提にした制度設計は、もはやわが国の経済社会に対応しておらず、そのために、国民の納得を得られないばかりか、国民の間の不公平感を助長している。今後は、納税者番号制の導入も視野に入れ、就業形態や家族構成ではなく、現役時代の所得に着目した負担と給付が行なわれるよう、公的年金制度を根本から見直すべき時期に来ていると考える。
    最後に、世代間の不公平の問題について指摘したい。この問題は、現役世代の納得の得られるよう、現行制度以上に不公平が拡大しないよう努力しつつ、少しでも改善することを制度運営の目標として、絶えず掲げることが重要である。その意味で、厚生労働省が現在提案しているような、給付は27年間引き下げ続け、負担は17年間も引き上げ続けるのではなく、経済情勢に十分配慮しつつ、早めに給付を抑制し、負担の上昇を極力避ける仕組みを採用すべきである。

(3) 医療・介護
  1. 医療費の効率化
    国民医療費は、経済が低迷した90年代においても増加の一途を辿り、2000年度で約30兆円に達した。今後、急速な少子高齢化が進み、高齢者の割合が高まれば、経済成長と医療費、介護費用の関係はますます乖離していかざるを得ない。厚生労働省の推計によれば、総人口のピークを迎えるとされる2007年には、国民医療費は34.7兆円に増加し、そのうち65歳以上の医療費は約19兆円である。それが2025年には、国民医療費は65.6兆円に達し、そのうち65歳以上の高齢者医療費は、45兆円を超える。実に、65歳以上の高齢者にかかる医療費だけで、全体の約7割を占めることになる。さらに、介護保険給付費も現在の5兆円から20兆円に急増する。
    今後、現役世代が急速に減少していくなかで、国民医療費、とりわけ高齢者に関する医療費と介護費用の増大を放置すれば、国民負担率を50%以下にとどめるという目標の達成は、不可能である。
    医療に関する国民の負担を極力抑制するためには、公的医療保険の対象となる医療費を抑制することが不可欠である。具体的には、医療についての情報開示を徹底して進め、医療の標準化や医療機関の評価体制を充実させることが急務である。さらに、医療提供体制の改革、包括払いの拡充、保険者機能の発揮・強化により、患者や保険者による医療機関の選択と医療機関相互による競争の促進を図るべきである。とくに、保険者は、被保険者・患者の立場にたって、医療機関へのチェック機能を持つとともに、被保険者の疾病予防・健康管理を行なうなど、医療費の効率化を進める上で重要な機能を発揮することが期待される。こうした努力を行なう保険者については、努力の成果を保険料の引下げなどでその保険者に還元できるようにすべきである。そのようなインセンティブの仕組みが組み込まれた制度を機能させるためには、安易な財政調整や拠出金を課すべきではない。
    また、1人当たり医療費の地域格差を適正水準の地域にあわせて是正するなど、地域ぐるみでの医療費抑制への取組みが必要である。そのためには、国庫負担について、現行のような医療給付の一定割合を補助するやり方ではなく、年齢別の平均医療費を用いて、各保険者の年齢別の人数構成に応じた一定額の補助を行なうやり方に改めるべきである。
    さらに、公的医療保険や公的介護保険の守備範囲を、自助努力で対応困難なリスクに集中させるとの観点から、日常生活において自ら負担している食費、光熱費等食住に関わるコストについては、完全に自己負担とすべきである。さらには、医療行為そのものについても、今後の医療技術進歩のなかで、患者自らの判断と負担の上乗せにより、医療の質やQOL(生活の質)を選択できるようにすべきである。こうした混合診療の導入に向けて、医療行為の有効性・安全性を評価するための仕組みや患者への情報提供ルールについて詰めておく必要がある。軽度の傷病については公的医療保険の対象から外す、一定の免責額を設けるなどの手法についても検討すべきである。

  2. 高齢者医療制度の財源
    2025年には、65歳以上に関わる医療費は、65歳未満に関わる医療費の2.2倍に膨らむと推計されている。上記のような諸施策により、医療費総額を抑制することができるとしても、なお、現役世代が高齢者医療制度を支えるという本質的な構造は変わらない。高齢者の医療費の財源を安易に現役世代からの支援に頼ることは、現役世代の負担感、不公平感をますます拡大させることになる。
    高齢者医療においても、高齢者自らが制度を支える仕組みを導入すべきであり、保険料、自己負担割合についても適切な負担を求めていく必要がある。とくに、後期高齢者については、現役世代からの支援を求めるとの基本方針が出されており、現役世代に一方的な負担を求めることは、高齢者医療制度に対する不信感、不公平感をいたずらに高めることになるからである。
    また、現役世代の負担感を過重なものとしないために、後期高齢者医療への現役世代からの支援については最小限度にとどめるべきであり、また、取りやすいところから取るような仕組みにしてはならない。少なくとも、現行の老人保健拠出金のように、保険者の運営責任があいまいなまま現役世代の保険料に自動的に賦課する方式は廃止し、高齢者の保険者側が財政責任を負い、効率化を促すインセンティブの仕組みを導入すべきである。後期高齢者に公費を重点的に配分するとの考え方が政府から示されているが、その財源については、経済変動に対して安定的な税収が確保され、高齢者も含めた全国民で広く、公正に負担することから、消費税により確保することが望ましい。前期高齢者については、保険者間の財政調整が予定されているが、保険者にモラルハザードが生じないよう、あくまで各保険者が財政責任を負い、保険者間の調整は必要最小限とすべきである。

  3. 公的介護保険制度の見直し
    介護保険制度は、医療と介護の役割分担を明確にするとの目的で導入された。高齢者個人における医療と介護の密接な連携が不可欠であることは当然だが、医療行為と介護行為を峻別するとともに、高齢者医療、介護を合わせた給付総額を抑制していく必要がある。
    高齢者医療制度と同様、介護保険制度についても、公費や第2号被保険者による保険料負担というかたちで、現役世代からの支援が行なわれている。今後も要介護者数の増加や、それに伴う介護保険給付の増加が予想されることから、現役世代の負担増を抑制するための制度の見直しが求められる。
    まず、社会的入院の解消という公的介護保険制度創設の目的実現に向けて、在宅介護を拡充するとともに、長期療養型病床群の公的介護保険への移行等を促すべきである。その際には、民間企業等のノウハウを活かせるよう、施設整備・運営に関しPFI方式の活用を図ることが望ましい。
    現在、地域によって要介護者の割合や1人当たり支給額にばらつきがあるが、現行制度上、保険者の財政責任が徹底されていない状況で、このような大幅な地域格差の存在は看過すべきでない。国および各保険者は、詳細な要因分析を行なったうえで、介護給付費の抑制に努めるべきである。
    公的介護保険制度の対象者や給付範囲については、サービスの効率的な提供と、社会保障制度全体としての効率的な運用を可能とする方向で見直す必要がある。例えば、施設介護サービスにおける食住に関わるコストは基本的に自己負担とすべきである。
    介護保険制度における公費についても、地方独自の財源や消費税による確保が望ましい。

5.基幹税としての消費税の構築

(1) 再び「国民負担率の現状と限界」

以上、述べてきたように、企業においても、個人においても所得に対する課税と社会保険料負担をあわせた「公的負担」の水準は既に限界に近づいている。
これ以上の公的負担の増大は、経済、社会の活力を急速に失わせることになるが、このことは、長期の低迷の末にデフレ経済を招来してしまった日本経済にとっては直ちに国家としての没落を意味するものでしかない。

(2) 国・地方を通じた歳出の抑制

まず、何よりも必要であるのは、国・地方を通じた行財政改革の徹底による歳出の抑制である。近年の歳出削減努力にもかかわらず、国・地方の財政は悪化の一途をたどっている。
国の財政だけをみても、長引く景気の低迷などによる税収の落ち込みにより、税収・税外収入(45兆3,441億円)を合わせても一般歳出(47兆5,922億円)すら賄えないまでに歳入欠陥が拡大し、平成15年度における公債依存度は過去最高の44.6%に達している(いずれも当初予算ベース)。
平成15年度末における国・地方を合わせた長期債務残高は686兆円、対GDP比137.6%(当初予算ベース)に上ることが見込まれており、当面の景気回復が望み得ない中で、プライマリー・バランスの早期回復はおろか、財政が破綻的状況に陥ることは必至である。
今直ちになすべきことは、国・地方を通じた徹底的な歳出削減の断行である。公共投資の削減、縦割り行政のムダの排除等にとどまらず、公務員の人件費など、義務的経費の削減もためらうべきでない。さらに、後述のように、累年増加を続けている地方交付税交付金をはじめとする国から地方への財政移転を大胆に見直す必要がある。また、国・地方のいずれにおいても、事業決定にあたっては費用対効果を厳しく吟味するとともに、PFIや外部委託の活用など、行政サービスの低コスト化を推進するべきである。

(3) 社会保障給付の抑制と受益への負担

加えて、前述のように、年金、高齢者医療、介護を含めた社会保障制度を持続可能なものに再構築する必要があり、そのためには現に受給を受けている者を含めての給付の徹底的な抑制が必要である。
厚生年金の既裁定者に対する給付の見直しが、本来制度が予定していることですら果たされていないことをみるならば、給付水準の抑制には極めて困難が伴うことは当然であるが、この困難を乗り越えることができないならば、いずれ現役世代の負担増が限界に達し、社会保障制度とりわけ公的年金制度、高齢者医療制度、介護保険制度は破綻せざるを得ない。
現に受給を受けている高齢者に対しての給付抑制とともに、高齢者に対しては受給を受けた後にしかるべき負担を課すことが不可欠である。当面、公的年金等控除の撤廃、さらには各種の老齢者向けの控除制度を見直し、少なくとも現役世代と同等の税負担を高齢者に求めることが必要である。

(4) 消費税率引上げの展望

年金・医療等における保険料の負担は、本質的には個人・企業の所得に対する課税と異ならず、所得捕捉の格差問題や、国民年金・国民健康保険の未納・未加入問題を併せて考えれば、これらを合わせた個人・企業の公的負担の水準が既に限界であり、国民の共感と信頼が得られていないことは、先に述べてきたとおりである。
これからの日本を見据えるならば、所得の多寡に応じた社会保険料や、個人・企業の所得に対する課税ではなく、消費に応じて広く負担を分ち合う仕組みである消費税を、わが国税制の根幹たる税制に拡充していくことが不可避であると考える。とりわけ、今後財政需要が最も増加する見込みの基礎年金、高齢者医療・介護を賄う財源としては、これまでのように現役世代や企業の負担する社会保険料に頼るのではなく、経済活力への影響が相対的に小さく、国民全体で広く支えることのできる消費税をより一層活用することが必要である。
当面する2004年における基礎年金の公費負担の増加、高齢者医療、介護の財源として、消費税率を、第一段階として3%程度は引き上げるべきであり、後述する国と地方の税源見直しをも考慮すれば、地方消費税をあわせた消費税率を遅くとも2007年度までには10%とすべきである。
なお、それまでには消費税の仕組みをより透明・公正なものに改めておくことが必要であり、食料品をはじめとする生活必需品に対する軽減税率ならびにインボイス制度の導入について検討に着手すべきである。
さらに、少子高齢化の進展のなかでわが国の経済・社会を持続可能なものとしていくうえで、税・財政・社会保障制度の改革が徹底されなければ、国民負担率は70%台にのぼることとなり、これを消費税で賄おうとすれば30%以上の税率にならざるを得ない。
しかし、そのような社会や経済が活力を維持できないことは当然であり、われわれが提案するように、徹底した歳出の削減と社会保障制度の改革、機動的な消費税率の引上げを中心とする税制改革を併せて進めることにより、2025年度までの消費税率の増加を18%程度までに抑えることが是非とも必要である。

政府は、今こそ、財政構造改革、社会保障制度改革、税制改革の一体とした断行と、それによる受益と負担の関係を国民に向けて具体的に示し、その中で消費税率の引上げが不可避であること、そして、早期に税率の引き上げに着手できるならば、最終的な税率はより低い水準に止めることが可能となることを提示し、国民に受益と負担の選択を迫ることが必要である。

II.国と地方のあり方と近い将来の税制改革

1.地方分権改革と補助金、交付税、税源移譲の三位一体改革

昨今、首長が強力なリーダーシップを発揮し、地域が主体となって先進的な改革を進めている自治体が現れ、自治体間の競争が徐々に始まりつつある。また、新たに導入された「構造改革特区」構想をはじめ、地方自治体などの自発的な立案により、地域の特性を活かした取組みが進められつつある。
一方で国・地方を通じた財政の悪化は著しく、地方自治体の行財政改革の遅れは地方交付税制度を通じて、国の財政に対しても深刻な影響を及ぼしている。
また、真の意味での地方分権を確立するためには、地域の主体性を最大限活かすよう、各種の行政権限を国から地方へ移管するとともに、各地方自治体が財源に対する責任も有し、自らの力で財政運営を行なうことが必要である。そのため、以下の通り、国庫補助負担金、地方交付税、税源移譲を三位一体の改革として早急に取り組むことが求められる。

(1) 改めて国と地方の役割を問う
  1. 委任事務(国の仕事の代行)と自治事務の峻別と財源
    2000年4月の地方分権一括法の施行により、国と地方自治体の業務分担は抜本的に見直されたが、それに見合う財源の見直しがなされていないため、多くの自治体が未だに財源の大部分を国よりの財政移転に依拠している結果、住民のニーズを迅速かつ的確に反映できる地方行政が構築されないままにある。
    これまでの地方分権改革のなかでは、国の事務をどのように地方に移譲するかが課題とされてきたが、今後はこれをさらに徹底し、国からの委任事務と自治事務を峻別する必要がある。その際、欧州における「補完性の原則」を活かし、地方でできること(やるべきこと)は地方に任せるという発想への転換を図り、国が担う役割は極力抑制していくことが重要である。
    また、財源についても、国からの委任事務については必要最小限に抑えたうえで全額国庫負担とし、地方の自治事務については、地方が独自の財源で賄うことを原則とすべきである。

  2. 受け皿としての市町村合併の徹底と広域行政圏の確立
    その前提として地方自治体の行財政基盤を強化し、地方自治体が自立的な行政・財政運営を営めるようにすることが不可欠である。現在、市町村合併への取組みが進められつつあるものの、その成果は十分なものとはなっておらず、未だ地方自治体が細分化されている。そのため、歳出について規模の経済性が図れず、効率化・合理化が進まないうえに、歳入も不安定となっている。
    市町村合併をさらに徹底し、「市町村合併後の自治体数を1,000を目標とする」(2000年12月『行政改革大綱』)という当面の目標を着実に実現するとともに、これに止まらず、より広域的で力強い行政圏を確立し、自治体間が切磋琢磨しあうことにより、少ない経費で質の高い多様な行政サービスを提供することも求められる。
    さらに、現在、青森、秋田、岩手の東北三県合併構想や大阪、京都、神戸の関西州構想など具体的な提案がなされているように、次なるステップとして、都道府県の役割やあり方についても検討し、将来的には、州制の導入も視野に入れた大胆な取組みを進めていく必要がある。

  3. 地方自治体の役割は地域住民に密着した行政サービスを中心に
    地方自治体の行なう行政サービスは、本来、地域住民の生活に根付いたものとすべきであり、地域の資本整備や環境対策、農業・地域産業政策、文化・教育、医療・介護、土地・住宅政策、消防・警察など地方住民の生活や企業の活動に密着した分野については、地方自治体が中心となって個性に応じた効果的な行政サービスを提供していくことが望ましい。
    一方で、景気対策を目的とする地方単独事業が不要不急の公共事業を自治体に強いる結果となり地方財政を圧迫してきたことからすれば、国全体としての経済・雇用対策については、原則として国家財政によって賄われるべきである。

(2) 国庫補助・負担金の削減と代替財源としての「税源移譲」

以上のように、国・地方の役割分担を明確化したうえで、地方が独自の判断で必要な施策に取り組むことができるよう地方財源を充実させる必要がある。すでに政府の「国と地方に係る経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(2002年12月)においてうたわれているように、まずは国庫補助・負担金など国から地方への財政移転を削減・廃止し、その代替財源として、国から地方への税源移譲も含めた地方財源の充実を行なう必要がある。
具体的には、地方分権改革推進会議から提案された重要検討項目に沿って、大胆な見直しを行なうべきであるが、その前提として、まず、国・地方を通じた事業自体(全体)の縮減を図る必要がある。そのため、真に必要性の高い事業を厳選し、国の関与する事業を限定することにより、地方の主体性を活かした効率的かつ合理的な財源投入を可能とすべきである。その上で、自治事務の経費については、地方自治体自らの負担として、地方の自主財源・起債によって賄える範囲におさめ、国による財政支援の対象外とすべきである。
具体的には、国と地方の事務区分に対応し、地方自治体の会計においてもそれぞれの歳出入を別勘定に分計し、両勘定間の相互内部補助は原則として禁止することとする。そのうえで、自治事務の税源については、個人住民税や居住用資産に係る固定資産税を基本とする。特に個人住民税については、地方自治体を支える基本的な税制であり、地方住民が薄く広く分担することが国税の所得税以上に重要となることから、所得税から住民税に税源の一部を移譲し、住民税の比例税率化を進める必要がある。
また、地方税においても、法人・個人の所得に対する直接的な課税に依存することには限界がある。そのため、税源の偏在性も小さく、広く負担を求める地方消費税を、将来の地方税の基幹税目として位置付け、税源の安定化を図るべきである。

(3) 地方交付税の抜本改革

地方交付税は、自治体間の財政力の格差を是正する(財政調整機能)とともに、一定水準の行政の計画的な運営を保障する(財源保障機能)ための制度として、わが国の地方財政の基幹機能を果たしてきた。
しかしながら、現行の地方交付税制度は、自治体が標準的な公共サービスを供給するために必要な財源を保証するものとなっているため、地域振興などを通じた地方自治体の財源涵養意欲の減殺を招いている。このような全国一律に均衡発展するという発想は、もはや地方分権の流れに逆行するものであり、地方交付税のあり方についても抜本的に見直す必要がある。
現行の地方財政制度の下では、地方自治体の9割以上が地方交付税交付金の交付団体となっており、地方行政の財源を自力で確保することができず、いわゆる「3割自治」が恒常化している。
このような国の財政への依存体質から脱却するために、地方交付税については、基本的考え方としては、将来的な廃止を前提に、国から地方へ財源を補填する制度から、地方自治体間においてその財政力格差を調整する制度へ転換していく必要がある。
当面、算定方法についてできるだけ客観的かつ明確な基準のもとで交付額を算定する仕組みとするとともに、基準財政需要額についても見直し、全体としての交付額の削減を図るべきである。その財源についても、国税(所得税、酒税、法人税、消費税、たばこ税の5税)収入の一定比率を地方交付税交付金として地方財政へ移転する制度を改め、国税収入にかかわらず、一定の所要額を拠出する仕組みに改めるべきである。

2.地方税のあり方

(1) 個人住民主体の受益と負担の選択を
  1. 行政サービスの受益に応じた個人住民負担の徹底
    本来、地方財政の規模と質のあり方は、それぞれの地域における行政サービスからの受益と負担の関係を明確にしたうえで、選挙権を有する地域住民の自立的な選択により決定されるべきものである。
    とりわけ、地方自治体が提供する行政サービスは、教育や福祉・衛生、消防・警察、ごみ処理など地域住民への直接の便益となることから、地方税の大層は、基本的には住民個々人が主たる担税者である税目によることが望ましい。

  2. 住民税、居住用資産への課税を基礎財源に
    具体的には、個人住民を直接の納税義務者とする個人住民税は、地方税の基幹税として最も重要である。個人住民税は、一応の標準税率は設定されているが、現行地方税法上も地方自治体の自主判断により独自に税率を設定することができ、上限となる制限税率もない。しかし、個人住民税の超過課税により住民に負担を求めている自治体は約20団体に過ぎず、法人住民税において約1,400の市町村、46の都道府県が超過課税を実施しているのに対し、ごく僅かにとどまっている。
    地方自主財源の基幹税となるべき個人住民税について、地方自治体が住民の理解を得つつ超過課税を活用するとともに、個人住民税均等割を大幅に引き上げることにより、地域住民が受益に見合った負担を行なうことこそ、地方財政の自立に向けた第一歩である。
    また、固定資産税・都市計画税については、評価のあり方に後述の抜本的見直しを行なったうえで、小規模住宅用地に対する軽減措置を縮小すべきである。

(2) 地方法人課税の課題
  1. 行政サービスの縮減と併せた法人住民税・法人事業税の縮減
    企業も地域の一員として、必要な応益負担を行なう責務があるとしても、現状の負担水準は、地方行政サービスからの受益とは何らのリンクがないまま、多くの自治体が法人に対する超過課税を実施しており、企業側には受益に対して過大な負担を強いられているとの思いがある。
    そもそも、法人所得に対する課税は景気状況により大きく変動する一方、不況期には景気対策として自治体に過大な単独事業や信用保証・融資の実施を求めるなど、景気変動リスクを自治体に負わせることは限界がある。前述のように、自治体の果たすべき役割から景気対策や中小・零細企業対策を除く産業振興を削除する一方、一般企業の応益負担はその負担の適正化を図った上で固定資産税・都市計画税、事業所税を中心とし、法人事業税・法人住民税を縮減すべきである。

  2. 法人事業税への外形標準課税導入問題
    平成15年度税制改正において、法人事業税の外形標準課税が法定され、16年4月から施行することとされた。しかし、地方法人課税全体を総合的に見直すことなしに、法人事業税のみを取り出して、従来にない課税ベースを新設することは、いたずらに税体系を複雑化させ、税制の簡素化に逆行するものである。しかも、14年末の税制改正論議では、十分な議論がないまま唐突に制度の案が示され、導入が強行されており、適正な政策決定プロセスの観点からも非常に問題である。
    とりわけ、今回法定された外形標準課税の仕組みは、以下のように多くの問題を抱えている。
    第1に、課税対象を資本金1億円超の法人に限ったために、そもそも外形標準導入の理由とされた赤字法人にも適正な負担を求めるとの意味が没却されている。
    第2に、「資本割」は、そもそも事業規模を表す適切な指標とはならず、そのことは算入率による調整を余儀なくされていることからも明らかである。加えて、資本等の金額に対する課税は、企業の自己資本の充実、分社化等の企業組織の再編、設備投資の拡大を阻害するものとなる。
    第3に、「付加価値割」は、その本質は賃金課税にほかならない。企業は、厳しい経済情勢のなかで、雇用の維持・拡大を図るために必死の努力をしているが、外形標準課税はこうした企業努力に大きな悪影響を与えるものである。雇用安定控除(報酬給与額が収益配分額の70%を超えた場合に一定額を控除)についても、利払いや賃借料の多い業種・企業には機能しない。
    外形標準課税は、このような極めて問題が多い税制であり、平成16年度税制改正において、改めて検討されるべきと考える。

  3. 固定資産税・都市計画税
    土地に係る固定資産税・都市計画税は、地価が一貫して下落を続けるなかで、その負担が過重なものとなっている。とりわけ、大都市部の商業地、工場用地は、税負担が平均の実効税率(全国商業地で0.57%[2001年度])を大きく超えているものも少なくなく、景気の低迷により収益力が悪化しているなかで、事業自体の存続を脅かすものとなっている。
    地方財政の逼迫を理由に、平成15年度税制改正において固定資産税・都市計画税の見直しがなされなかったのは大きな問題であり、固定資産税を市町村税の基幹税と位置付けていく以上、地価公示価格に対する7割評価の是非も含め、収益力に対して過重な負担とならないような評価のあり方とともに、あるべき税負担の水準(2001年度は全国商業地宅地平均で評価額に対する課税標準額の56.8%[94年度は14.9%])についての議論を尽くすべきである。
    小規模住宅用地(200平方m以下)の特例見直しについても、そうした水準の適正化が図られることが大前提である。

建物に係る固定資産税の実効税率は、バブル崩壊後もほぼ一貫して上昇を続け、非住宅の建物の実効税率は91年の0.59%から2000年には0.79%に達している。これはその間の固定資産税評価総額が非木造非住宅で1.49倍(7,407百億円→11,011百億円)に達していることに見られるように評価額の伸びに要因がある。建物の評価が実勢よりも高くなり、固定資産税評価額が時価を上回るケースも多いが、時価を上回る評価額を課税標準とすることは、地方税法の規定に反している。固定資産税の評価には、再建築価格を基準とする評価方法がとられているが、不動産の交換価値が担保価値=資金調達力を示していた時代の評価方法となっており、デフレ時代にあっては不適切である。建物の評価方法を抜本的に見直し、建物の収益力(収益還元価値)を基準とする評価方式へ転換することが必要である。
当面の措置として、(ア)固定資産税に係る建物評価の基準となっている経年減点補正率基準表に定める「経過年数」を、法人税法上の減価償却資産の「耐用年数」(投下資本の費用配分期間を算出)並みに短縮するとともに(鉄筋コンクリート造事務所の経過年数65年を50年、建物附属設備を15年(最長)とする等)、(イ)経年減点補正率基準表における残価率20%を、減価償却資産並みの10%に引き下げるべきである。

事業用の償却資産に対する課税は、特定の設備型産業に偏重しており、業種に対する課税の中立性に問題がある。そもそも生産財である償却資産に対する保有課税は国際的に見ても極めて異例であり、産業の国際競争力を阻害するものとなっている。償却資産に対する課税は廃止すべきである。

(3) 地方税の独自性と地方独自課税
  1. 受益と負担の選択と地方税率の自由化
    現在、個人住民税など一部の税目を除き、地方税の大部分の税率が地方税法により法定されており、超過課税を行なう場合の制限税率も標準税率の1.1倍から最大1.5倍の範囲に止められている。
    本来、地方税がそれぞれの地域の住民の受益と負担の選択によるものである限り、税率についても、国が一律に定める必要はない。地方自主財源の充実が求められるなか、住民の受益と負担の選択のうえで、超過課税や不均一課税を積極的に活用するのみならず、税率を各自治体の自主的な決定に委ねるべきである。
    その際、選挙を通じて意思決定に参加することのない法人企業に対してのみ多くの負担を求めることのないよう、少なくとも、個人が負担する税目の負担比率を減少させ、法人が専ら負担する税目の負担比率を増加させることへの歯止めを設ける必要がある。

  2. 法定外税の3原則(課税の合理性、水準の適正性、負担者の合意)
    2000年4月の地方分権一括法施行に伴う地方税法改正により、法定外税の実施が総務大臣の許可制から同意を要する協議制に改められ、全国の地方自治体に独自課税の動きが広がっている。
    地方自治体の独自課税においても、上述の地方税の原則に照らせば、地域住民の自己責任と自主的な判断に基づき、住民個々人が負担する税を基本とするべきである。しかし、実際には、法人企業を狙い撃ちするかのごとき課税も多く行なわれ、地域の企業活動を阻害し、かえって地域経済を停滞させる要因となっている。
    法定外税も税である限り、受益と負担の関連性を中心とする課税の合理性、負担水準の適正性、負担者である納税者や特別徴収義務者の納得、合意が不可欠な要件であり、法定外税に係る大臣同意要件について、適切な見直しが必要である。
    また、選挙を通じて意思を明らかにすることができない法人企業を対象として課税を行なう場合には、少なくとも、事前に納税者となる法人企業から意見を聴する制度を創設すべきである。

III.地球環境問題と近い将来の税制改革

1.地球環境問題に関するわれわれの考え

(1) 地球温暖化対策に対する政府のあるべき姿勢

温暖化問題は国民一人ひとりの日常生活や経済活動に深く関わる問題であり、その解決には国民全体の理解と主体的な参加、協力が不可欠である。環境問題に対する国民の意識は高まっており、温暖化対策の実効を上げるためには、政府は、税等の経済的手段に依存するのではなく、誠意をもって、ライフスタイルの変更など国民の努力を促すべきである。

(2) 京都メカニズムと経済的手法の位置付け

こうした観点から、地球温暖化対策を進めるうえで現在求められているのは、地球温暖化対策推進大綱に盛り込まれた施策を着実に実施することである。この点、産業界は、温暖化対策に自主的・積極的に取り組み、成果を上げている。
一方、民生、交通部門においては、機器の効率向上が進んでいるにもかかわらず、政府の対策が遅れており、CO2排出量が増加している。また、これまでの対策に対する評価もなされていない。
地球温暖化対策推進大綱においては、「第2ステップおよび第3ステップの前に対策施策の進捗状況・排出状況等を評価し、必要な追加的対策・施策を講じていくステップ・バイ・ステップのアプローチを採用する」としており、まず、第1ステップの各部門における対策の成果を評価し、これに基づいて必要な追加策を検討することが順当である。こうした手続を踏まずに、税に限って議論を進める理由はまったくない。
また、大綱は、税、課徴金等の経済的手法の位置付けについて、「他の手法との比較を行ないながら、環境保全上の効果、マクロ経済・産業競争力等国民経済に与える影響、諸外国における取組みの現状等の論点について、地球環境保全上の効果が適切に確保されるよう国際的な連携に配慮しつつ、様々な場で引き続き総合的に検討する」としており、政府税制調査会の平成15年度答申もこの考えを踏襲している。政府税調は、さらに、「あるべき税制の構築に向けた基本方針(平成14年6月)」のなかで「経済社会の活力が発揮されるよう、個人や企業の自由な選択を妨げず、経済活動に中立で歪みのないこと」との基本方針を示している。経済界は、このような考え方を基本的に支持するものである。

2.既存税制と「環境税」

また、「環境税」の議論にあたっては、歳入面では昨年、導入が決まった石油石炭税との二重課税の問題や、揮発油税をはじめとする既存税制との調整が欠かせない。一方、歳出面ではエネルギー特別会計等との調整や一般会計との整理の問題があり、税制全体の抜本見直しのなかで議論すべき課題である。
こうした総合的な検討が行なわれないまま、「環境税」導入の議論を進めるのは本末転倒である。そもそも、石油危機前後のエネルギー価格の動向とガソリン、電力の需要推移などを見てもエネルギー需要の価格弾力性は低く、環境税のCO2排出抑制効果は疑わしい。

3.技術開発の支援

産業界は地球温暖化対策に有効な技術開発にも取り組んでいる。政府には、産業界の自主的な取組みを尊重するとともに、地球温暖化対策に有効な企業の技術開発や、技術・製品の普及促進への支援が求められる。

おわりに

日本が将来とも、国際社会のなかでしかるべき地位と役割を果たすためには、少子高齢化の進展のなかでも、安定した国家制度を維持し、それなりの活力を有する経済社会を築いていかなければならない。
そのためには、今、直ちに、社会保障制度の抜本改革、国・地方を通じた財政制度の改革に着手することが不可欠であり、それらの改革と整合的・一体的な税制改革を進めることが必要である。とりわけ、諸改革が達成できるかは、消費税率をいつ、どれだけ引き上げることができるかに大きくかかわってくる。
われわれが提示した改革のメニューは決して心地よいものではなく、むしろ、将来にわたって厳しい自助努力と応分の負担を広く国民に求めていくものである。しかし、この厳しさに耐えかねて改革をこれ以上先送りするならば、国・地方の行財政は破綻し、持続的な社会保障制度の提供という国家としての基礎的な役割をも果たしえなくなる。
責任ある政府であるならば、国民に対して現状と将来展望をできるだけ詳細かつ正確に提示し、将来にわたる受益と負担の選択を改めて迫るべきであると考える。

以上

今後の日本経団連の活動における参考とするため、本提言について、
会員企業の皆様からのご意見やご感想をお待ちしております。

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