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「住みやすさ」で世界に誇れる国づくり

−住宅政策への提言−

2003年6月17日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

わが国経済が、デフレスパイラルの危機に直面するなかで、社会保障制度をはじめとする構造改革に対する政府の対応の遅れや、失業や犯罪の増加に対する懸念などから、将来への不安が増大し、そのことが社会全体の閉塞感を強め、活力を失わせている。すなわち、これまで私たちが享受してきた安全・安心、活力を支える制度的枠組みに揺らぎが生じているといえる。本提言は、そうした揺らぎを住宅および住環境の整備という面から克服することを狙いとし、思い切った住宅政策を講ずることを政府に提言するものである。
住宅は、経済活動および社会生活の基盤であり、重要な社会インフラであることを、ここで再認識する必要がある。空間的にも余裕があり、かつ快適な住宅は、住む人に精神的なゆとりと豊かさをもたらし、明日への活力を生み出す源泉ともなる。また、思いやりに基づく家庭の形成や家族の絆の強化を通じて、わが国社会の安定化にも寄与する。
しかしながら、こうした目的は、住宅単体に関する政策のみでは達成できない。相互扶助の精神が生まれるコミュニティの形成・街づくりが必要であり、そのなかで、住宅・住環境を適切に位置付けることが必要である。少子・高齢化時代を迎え、社会保障制度の限界が指摘されるなかで、それに代わるものとしての助け合いや協働の精神が育まれ、老人と子供が声を掛け合う街づくりが求められている。そうした街では、犯罪が生じにくいとも言われている。日本経団連ビジョンで指摘した「近所付き合い以上、家族未満」の関係に基づいた、「安全・安心・快適・元気溢れる美しい街づくり」の必要性は着実に高まっている。
加えて、国民の価値観の多様化など住宅を巡る環境変化も視点に入れなければならない。高齢化や環境に配慮した住宅の建設、既存(中古)住宅や賃貸住宅など、ライフステージに合わせた多様な住宅の供給、それらを流動化させる循環型住宅市場の整備、SOHOや在宅勤務など多様な働き方を可能とする住環境の整備など、社会の多様性とダイナミズムに対応した住宅の供給に努力しなければならない。
このように、住宅および住環境の社会インフラとしての機能が高まっていることに加えて、住宅投資の経済波及効果が大きいことも考えると、住宅・住環境の整備は、わが国経済・社会の発展と安定の観点から、国家的課題と言える。したがって、住宅政策を国家戦略と位置付け、官民がそれぞれの役割に基づき、連携して良質な住宅・街づくりに取り組んでいくべきである。
よって、本提言では、「住宅・街づくり基本法」の制定を呼びかけるとともに、「住宅投資減税」の実現など大胆な政策の実施を要望する。

I.わが国における住宅をとりまく環境の変化

バブル経済の崩壊後、わが国における住宅をとりまく環境は、下記の通り、大きく変化した。このような環境変化を踏まえるとともに、わが国経済社会が抱える諸課題の克服にも対応しうる住宅政策を講じていく必要がある。

1.成熟社会の到来

右肩上がりの経済が終焉し、今後は高成長は望めないとの見方があることに加え、とりわけ、近年の長引く景気低迷により、雇用面をはじめ、先行きに不安感を抱く国民が増えている。こうした先行き不安の下で、多額の住宅ローンを抱えることに慎重になる傾向が見受けられる。
また、土地神話が崩壊したことにより、継続的に地価が上昇することを前提に、土地の担保価値に着目した経済取引が成り立ちにくくなった。こうした状況のもと、住宅ローン債務者は多額の住宅評価損を抱えることとなり、いわゆる「住宅すごろく」を前提とした、住宅の買替え・建替えが進まなくなった。
さらに、成熟社会のなかで、国民の価値観が多様化しており、必ずしも持家に多額の資金を投入する人ばかりではなくなるなど、住宅を「資産価値」よりも「使用価値」で捉える傾向が強まっている。今後、住宅は個人が「占有」する「『不』動産」ではなく、「住み替え・住み継ぐ」ものとして社会全体で「『流動』化させる資産」であるとの意識を高めていく必要がある。

2.本格的な少子・高齢社会の到来

わが国の合計特殊出生率は2001年に1.33まで落ち込むなど、欧米諸国に比べて急ピッチで少子化が進展している。また、少子化に伴い、親からの持家相続を期待できる者が増えることもあり、必ずしも現役世代中に自らが持家を取得することに拘らない傾向も見受けられるとの指摘もある。さらに、わが国の人口は、2006年をピークに減少することが予測されている。こういったことから、今後、住宅総数の大幅な増加は見込めない状況にある。
一方、平均寿命の伸長により、2015年には高齢者のいる世帯が全世帯の約4割を占めると見込まれるなど、世帯の高齢化が急激に進行している。そのなかで、住宅のバリアフリー化が立ち遅れていることから、高齢者対応型住宅へのニーズに応えていく必要がある。
さらに、必ずしも広い居住空間を必要としないと考えられる65歳以上の単身あるいは夫婦のみの50%以上が、100平方m以上の広い住宅に住む一方で、広い居住空間が求められる4人以上家族の31%が、100平方m未満の住宅に住むなど、住宅の広さについて世代間のミスマッチが生じている。ライフステージに応じた住宅の住み替えを容易にする環境整備が求められている。
本格的な少子・高齢社会の到来によって直面する最大の問題は、労働力の不足である。今後、老人福祉施設や保育所等の整備にとどまらず、労働力のミスマッチ解消に向けて、郊外や地方に在住する人材の活用、あるいは介護や育児と両立しうる環境を整備する観点から、SOHOや在宅勤務等を実現する「生産拠点としての住環境の整備」も、わが国経済発展の観点から欠かせない。

3.環境制約の高まり

地球温暖化問題への関心の高まりを受けて、1997年に「京都議定書」が採択され、これに基づき、わが国では、「温室効果ガスの総排出量を2008年から2012年までに1990年比で6%削減すること」を目標に掲げた。
わが国のCO2排出量の推移をみると、産業部門のCO2排出量は横ばいであるのに対し、民生・運輸部門の排出量は増加傾向にあり、結果的に1990年から1999年の間に10.3%増加している。家庭部門におけるCO2排出量をいかに削減するかが大きな課題となっている。
上記の地球温暖化問題に加え、廃棄物の削減やリサイクルの推進といった環境問題にも関心が高まっており、こうした環境制約のもとで、住宅についても長寿化や省エネルギー技術の活用が求められている。

4.安全・安心・快適・元気へのニーズの高まり

1995年1月の阪神・淡路大震災によって住宅倒壊被害の恐ろしさを目の当たりにしたことや、東海地震等の大地震の発生可能性が強く指摘されていること等を受けて、近年、住宅や街づくりにおける安全性・防災性・耐震性等の確保に対する関心が高まっている。
また、近年、犯罪発生件数が急増する一方で犯罪検挙率は低下傾向にあることもあって、住宅のセキュリティ対策にも関心が高まっている。コミュニティが良好に機能している住環境からは犯罪は生じにくいと言われており、防犯対策、教育・福祉等の観点からも、「近所付き合い以上、家族未満の関係」に基づく街づくりの必要性は高まっている。
さらに、「2005年に世界最先端のIT国家となる」べく策定されたe-Japan戦略を着実に展開することによって、ブロードバンドを活用した電子商取引等が普及するとともに行政・公共分野の情報化が進展すれば、働き方、暮らし方、住まい方が大きく変わっていく。SOHOや在宅勤務の実現に向けて、IT等を活用した快適な居住環境の整備が期待される。加えて、ネット家電への期待も高まっている。

5.行財政改革への対応

わが国は現在、国・地方を通じた深刻な財政赤字に陥っており、財政再建が大きな政策課題となっている。新規着工される公共住宅等は、公営住宅・公団住宅といった直接供給型よりも、「特定優良賃貸住宅制度」及び「高齢者向け優良賃貸制度」といった間接供給型の住宅の割合が増える傾向にある。また公営住宅の建替えにあたって、PFI的な手法等の採用によって民間活力を積極的に活用する動きも出てきている。
また、「官から民へ」という行政改革の取組みの一環として、2001年12月に特殊法人等整理合理化計画が決定された。本計画では、1950年から長年にわたって、長期・固定・低利の住宅購入資金を提供してきた住宅金融公庫を5年以内に廃止し、証券化支援業務を行う新たな独立行政法人を設置することとし、その融資業務を段階的に縮小すること、利子補給を前提としないこと等が盛り込まれた。加えて、都市基盤整備公団も廃止し、都市再生に民間を誘導するための事業施行権限を有する新たな独立行政法人(都市再生機構)を設置することとされ、新規の宅地分譲事業や、自ら土地を取得して行う賃貸住宅の新規建設は行わないことなどが決定された。その他、地方住宅供給公社についても、廃止・民営化の方向で検討している地方公共団体も出始めている。
こうした動きを受けて、戦後わが国の住宅政策の柱となっていた、「公庫・公営・公団の公的資金による住宅供給体制の3本柱」が崩れることから、民間事業者・民間資金が主体となった住宅供給体制の強化、民主導の住宅市場・住宅金融市場の開拓に向けた取り組みの強化が必要であり、新しい住宅政策のあり方が求められている。

II.国家戦略としての住宅政策の推進

1.良質な住宅及び住環境が有する社会・経済的意義

良質な住環境の整備は、個々人にゆとりある生活を実現させ、精神的な豊かさをもたらすとともに、ひいては家族の絆の強化やコミュニティの形成等を通じてわが国社会の安定化にも寄与するといった点で、わが国経済・社会の安定的発展に繋がるものである。そういった意味で住宅は経済社会の礎であり、社会インフラの一つである。
とりわけ、自宅での休息や余暇、家族との団欒などは、明日への勤労意欲を増進するとともに、大人に限らず明日を担う子供の豊かな創造力を培うといった意味において、住宅は明日への創造と活力を生み出す源泉である。
加えて、近年の住宅を取り巻く環境変化によって、「社会インフラとしての住宅」の機能は以前に増して強まっている。国民の価値観の多様化、環境制約の高まりによって、住宅を個人が「占有」するのではなく、「住み替え・住み継ぐ」ものとして社会全体で「流動」化させる資産として意識を高めていく必要がある。防犯対策等の観点からも、「近所付き合い以上、家族未満の関係」に基づく街づくりの必要性が高まっている。さらに、国際的な都市間競争の激化のなかで「都市再生」が迫られているが、住宅は都市や街並みを形成する重要な構成要素であり、住宅ストックの向上なくして魅力ある都市づくりは成し得ない。
よって、わが国経済社会の発展ならびに国民の豊かな生活の実現のため、住宅の「社会インフラ」としての機能を一層高めていく必要がある。

2.「住みやすさ」で世界に誇れる国づくりに向けた住宅政策の転換

以上のように、住宅は、極めて社会性の高い資本ストックであり、外部性を有する財である。「衣」「食」は相当程度満たされたわが国において、「豊かさ」を実感できる社会の実現に向けた新たな政策目標として、「『住みやすさ』で世界に誇れる国づくり」を掲げ、国家戦略の一つとして、住宅および住環境の整備に官民を挙げて取り組むべきである。その際重要なことは、わが国の住宅が既に量的に充足していることから、従来の住宅取得者に対する支援に加えて、住宅・住環境の質の向上に着目した政策をより一層重視することである。
その一環として、住宅建設計画法の見直しを契機に、住宅のみならず住環境も含めた整備目標や国・地方公共団体・民間等のそれぞれの役割を示した、「住宅・街づくり基本法」の制定を提案する。
住宅は、基本的に私有財産であり、個々人の自助努力を前提として、市場から調達することが基本であるものの、他方で、既に指摘したように、極めて社会性の高い資本ストックであることから、国・地方公共団体においては、良質な住宅・住環境の整備に向けて、(1)国民の良質な住宅取得・建替え等(賃貸住宅も含む)の支援とともに、(2)民主導の住宅市場・住宅金融市場が適正に機能するような環境整備、さらには (3)都市計画道路や街区の整備など、街づくり・景観づくりに資するインフラ整備といった役割を果たすことが求められる。
国際的にみても、住宅関係予算総額のGDPに占める比率は、イギリスが1.48%、フランスが0.70%、アメリカが0.34%、ドイツが0.22%なのに対して、わが国は0.18%と低い(国土交通省調べ)。住宅ストック構築の歴史が長い欧米諸国でも、住宅政策に力を入れていることの証である。わが国では、財政再建が求められているところであるが、国際比較の観点からも、住宅政策を重点分野の一つとして、その充実・強化を図るべきである。

III.豊かな住生活の実現に向けての政策目標

住宅をとりまく環境変化のなかで、限られた資源を有効に活用して、豊かな住生活を実現させるためには、「1.活力とゆとりが生まれる住宅ストックの形成」と、それらを社会全体で有効に活用し、国民がライフステージに応じて住み替えることを容易にする「2.循環型の住宅市場の構築」、さらには、豊かな住生活は住宅単体だけでは実現しないという観点から、「3.安全・安心・快適・元気溢れる美しい街づくり」といった、三点に注力して、官民を挙げて積極的に取組むべきである。

1.活力とゆとりが生まれる住宅ストックの形成

わが国では、1968年に住宅総数が世帯数を上回り、その後も着実に増加した結果、既に住宅の絶対的不足は解消された。しかしながら、わが国の居住水準は国際的にみて必ずしも満足できるものではない。引き続き、住宅の質の向上を図るべく、良質な住宅の建設および建替えを促進していくことが必要である。とりわけ、下記の視点が重要である。

(1) 「狭い住宅」から「ゆとりある住宅」へ

明日への活力・創造力を生み出すためには、家族が集うための広い居間、書斎、子供部屋など、ゆとりある居住空間や間取り等の確保が必要である。「狭い住宅」のままでは、SOHO・在宅勤務を推進することも難しい。
わが国の居住水準をみると、住宅の広さは年々着実に拡大しているものの、国際的には、一人当たり平均床面積は依然として低い水準に止まっており、アメリカの半分の広さしかない。特に三大都市圏の整備水準は劣っている(三大都市圏79平方m/戸、地方圏106平方m/戸)。それは誘導居住水準達成率を見ても明らかである。全国では約半数の世帯が達成、三大都市圏では4割の達成率である。また、年代別の誘導居住水準達成率では、世帯主が30〜40歳代のファミリー世帯では30〜40%程度と、他の年代と比較して低い。さらに、借家の広さは持家の半分程度であるなどファミリー向けの優良な借家ストックが不足している。
第八期住宅建設5箇年計画()では、(1)床面積の拡大と (2)居住水準(誘導居住水準・最低居住水準)の二つの指標についてそれぞれ政策目標を掲げており、特に、(1)ファミリー世帯、(2)都心部、(3)借家の3つの層の居住水準の向上に重点をおいて、「広くゆとりある住宅」の建設・建替えを促進すべきである。また、こうした良質な住宅を適正な価格で取得できるような環境整備も必要である。

2015年度を目途に、床面積100平方m以上(共同住宅は80平方m以上)の住宅ストックの割合を全住宅ストックの5割、50平方m以上(共同住宅は40平方m以上)の住宅ストックの割合を8割とする。
2015年度を目途に、全国で概ね全世帯の2/3の世帯が誘導居住水準を確保する。
2010年度を目途に、全ての都市圏で半数の世帯が誘導居住水準を確保する。 等

(2) 「不安が潜む住宅」から「安全でやさしい住宅」へ

阪神・淡路大震災における大規模な被害、東海地震等の発生可能性の高まり等により、地震などに対する防災性や安全性に対する関心が高まっている。特に、阪神・淡路大震災において、新耐震基準以前に建てられた建物の倒壊被害が大きかったことから、1980年の新耐震基準施行以前に建築された住宅の耐震性に対する懸念が高まっている。
しかしながら、現在、新耐震基準以前の住宅が、既存住宅ストックの約半数にあたる約2,100万戸もあるとされており、これらの住宅の建替えを促進することは、国民の安全確保の観点から国家的な課題である。近年の耐震技術の向上等を踏まえて、地震が起きて慌てて「外へ駆け出す住宅」から「逃げ込める住宅」に建替えを促進することが重要である。
また、高齢社会の到来を踏まえて、バリアフリー化の推進など高齢者対応型住宅の普及を図るとともに、地球温暖化問題への対応の観点から、省エネルギー化の推進、さらにはシックハウス等の問題にも対応するなど、「人や環境にやさしい住宅」が望まれる。さらに、防犯対策を強化する観点から、まずは、戸締りを確認するといった国民の防犯意識の醸成に加えて、防犯ガラスやピッキング対策設備の設置など、各種のセキュリティ対策を講じていく必要がある。

(3) 「寿命の短い住宅」から「多世代にわたって大事に住まう住宅」へ

わが国における住宅の平均寿命は約30年と、アメリカの44年やイギリスの75年に比べて短い。これは必ずしも住宅そのものの耐久性の問題ではなく、住み方や国民の意識とも関係すると考えられるが、廃棄物の削減といった環境制約の強まりや、既存住宅や賃貸住宅へのニーズの高まり等を踏まえて、今後は、住宅の耐久性を向上させることはもちろん、「住宅を長く大事に使って資産価値を保持していく」という国民の意識改革を促し、こまめな修繕やリフォーム等を重ねることにより、住宅の平均寿命を伸長させていくことが必要である。
「住宅市場整備行動計画(アクション・プログラム)」(2001年8月)の施策を講じた場合、「住宅の耐用年数はアメリカ並みに40年以上」になるとの見通しが示されているところであるが、技術の向上や国民の意識改革等を通じて、100年程度は持つような良質な住宅ストックの形成を目指すべきである。

2.ライフステージに応じた循環型の住宅市場の構築

(1) 「住まいにあわせた暮らし」から「暮らしにあわせた住まい」へ

戦後わが国では、持家志向が極めて強かった。住宅政策においても、公庫融資、住宅ローン減税など、持家主義の推進を基本としていた。しかしながら、第一章に記したような住宅を巡る環境変化のなかで、下記のように、以前に増して、国民の住宅ニーズは多様化している。

こうした住宅ニーズの多様化のなかで、中古物件への信頼性が確保されれば、既存住宅を取得したいというニーズも増えている。また、自らのニーズと条件に合致した物件があれば、賃貸住宅を選択する層も増えることが想定される。今まで、とかく、「持家の取得」が人生の大きな目標となって、その目標達成のため、あるいはその住宅ローンの返済のために、生活が規定されてしまう、さらには、一旦持家を取得したために、その後の生き方の選択肢が狭められてしまうといった、いわば「住まいにあわせた暮らし」を求められた側面があったことも否めない。
今後、より一層、個々人の居住環境のレベルを上げていくためには、国民の価値観の多様化に対応した多様な住宅を供給するとともに、ライフステージに応じた住み替えが可能となるような住宅市場を整備し、自分の「暮らしにあわせた住まい方」ができるようにすることが必要である。

(2) 「住み続ける住宅」から「住み替え・住み継ぐ住宅」へ

環境制約の高まり等のなかで、「住み続ける住宅」から「多世代にわたって大事に住まう住宅」にすることが求められている。しかしながら、個々人がより一層豊かな生活を享受していくためには、住宅単体政策にとどまらず、ライフスタイルの変化に対応して、現在の住宅が自分のニーズに合わなくなった場合に、適宜、住宅を増改築したり、あるいは売却、賃貸化できるような環境整備、すなわち市場の整備が必要である。現に、広い住宅に住む高齢世帯と狭い住宅に住むファミリー世帯といった、世代間の住宅のミスマッチが既に生じている。こうした観点からも、住宅の流動性を高めていく必要性が高まっている。
しかしながら、住宅ストックに占める既存住宅流通量の割合は、アメリカでは3.7%であるのに対して、わが国では0.3%とアメリカの12分の1しかないなど、わが国における既存住宅の流通は、欧米諸国に比べて極めて少なく、既存住宅市場は整備されていない。住宅投資に対する増改築の割合も欧米に比べて少ないとされている。
このように、資源の有効活用、廃棄物の排出抑制、さらにはライフステージに応じた住宅選択の自由を拡大する観点から、住宅の長寿命化、既存住宅の流通市場の活性化、良質な賃貸住宅の供給など、「循環型住宅市場」を形成していくことが必要である。

3.安全・安心・快適・元気溢れる美しい街づくり

(1) 「危険と隣り合わせの街」から「安全な街」へ

密集住宅市街地は、防災上、居住環境上の課題が極めて大きい。特に大震災等が発生した場合の影響はその住民だけに止まらず、地域全体、場合によってはわが国経済全体にも影響を及ぼす可能性が強い。「都市再生プロジェクト第三次決定」(2001年12月)においても、密集市街地は「20世紀の負の遺産」であるとして、早急に整備・改善を行うこととされた。本地域の改編を急ぐべきである。
また、挨拶を交わす習慣のある街やゴミ収集が整然と行われている街などは犯罪が生じにくいと言われており、防犯・セキュリティ対策の面からも、良好なコミュニティの形成が居住環境の整備のうえで重要な課題である。

(2) 「寝に帰るだけの街」から「ふれあいと元気溢れる街」へ

最近でこそ、都心マンションへの人気が高まっているものの、わが国では、戸建住宅へのニーズが強いこともあって、通勤・通学時間に要する時間が長く、ゆとりとふれあいのある生活の視点からは、職住近接の街づくりを推進すべきである。これにより、働く人にとって「寝に帰るだけの街」ではなく、余暇を楽しみ、自己啓発の時間を持てる街にする必要がある。すなわち、「生産拠点としての街」に加えて、ボランティア活動や趣味等の様々な活動を通じて、地域の子供から高齢者まで、多年代の人々が交流しあうといった、「コミュニティが存在する街」にしていくことが求められる。こうした活動は、教育、福祉、防犯、地域の活性化に役立つなど多面的な意義を有するものであり、地域の相互扶助により、様々な行政コストの縮減にもつながる。

(3) 「雑然とした街」から「美しい街」へ

わが国の街は、綿密な都市計画に基づいて形成された街というよりも、人々が集積し、その都度必要な機能が付け加わってできた、いわゆる「できちゃった街」のケースが多い。したがって、道路が狭い、電柱が林立している、家並みの調和がとれていないなど、「雑然とした街」であることが多い。今後、住宅ストックの更新を含め、街づくりの推進にあたっては、従来にまして、電線の地中化など、街並みや景観等に配慮するとともに、憩いの場として、緑や水の持つ意義にも着目し、緑地やオープンスペース等を確保するなど、行政や民間事業者のみならず、個々の住民としても、「美しい街」にする取組みが大事である。

IV.具体的な政策提言

1.活力とゆとりが生まれる住宅の建設・建替えの促進

わが国において良質な住宅ストックを蓄積・更新していくため、民間事業者として良質な住宅供給に努めていくことはもちろんであるが、政府・地方公共団体においても、上記の考え方に基づき、国民の住宅の取得等に対して、下記のような支援策を講じるべきである。

(1) 住宅税制の充実
  1. 本格的な住宅取得支援税制の導入
    今般、持家政策の重要な柱であった住宅金融公庫の廃止が決定され、利子補給・直接貸出の縮小の方針が打ち出された。これに見合ったかたちで、本格的な住宅取得支援税制を導入し、それを住宅政策の根幹に据えるべきである。
    全世帯の持家率は、全世帯の平均ではここ10年間で横ばい(1988年61%→1998年60%)であるのに対して、30代の持家率はここ10年間で10ポイント低下(1988年49%→1998年39%)している。働き盛りの30〜40代のファミリー世代が、持家を取得したいと考えた場合に、将来不安を軽減し、持家を取得しやすくするような政策的な支援が必要である。

    (a) 住宅投資減税の導入
    良質な住宅は、個人の活力や創造力を生み出し、経済社会の安定的発展に寄与することに加えて、個人が「住み続ける」資産から「住み替え、住み継ぐ」資産へと転換を図り、社会全体で活用していくことが求められていることから、社会性が極めて高い財である。同時に、経済波及効果も大きいことから、眠っている1400兆円もの個人金融資産を積極的に住宅に振り向けさせる施策を講じることは、社会的にも経済的にも非常に意義が大きい。長期低迷に陥っているわが国経済の活性化を実現するため、政府は、今こそ、従来の発想に囚われない、大胆な施策を講じるべきである。そこで、個人が一定以上の質(耐震性、耐久性、省エネ性など)や条件を満たす住宅投資を行う場合に、ローンか否かを問わず、また、リフォームやセカンドハウス、SOHO、賃貸住宅の建設等も含め、住宅投資額(住宅及びその敷地となる土地への投資額)に対して一定率の減税措置を講じる「住宅投資減税」を導入すべきである。

    (b) 住宅ローン利子の所得控除制度の創設
    この10年間でとくに持家率が低下している30代を中心に、住宅ローンの重い負担を軽減し、確かな生活設計のもとで住宅を取得しやすくすることが必要である。また、今後は住宅金融公庫の直接貸出から民間金融が主体となる方針が打ち出されたこともあり、金利変動に対して調整機能を内在している住宅ローン利子の所得控除制度の導入意義は大きい。

    (c) 来年度税制改正に向けて
    現行の住宅ローン減税制度は、本年12月入居分までとその適用期限が迫っており、引き続き強力な住宅取得促進税制を絶え間なく実施していく必要があることから、住宅投資減税もしくは住宅ローン利子所得控除制度を基本的な住宅取得支援税制として早急に導入することを検討すべきである。少なくとも、来年度の税制改正において、現行の住宅ローン減税制度は維持・拡充する必要がある。
    日本経団連としても、年末にむけ、住宅取得支援税制のあり方について引き続き検討していく。
  2. 住宅の取得(流通)に係る税負担の大幅軽減
    住宅の取得にあたっては、消費税、不動産取得税、登録免許税、印紙税といった「四重課税」が課せられ、国民の住宅取得に対する負担を大きくしているとともに、住宅不動産の円滑な流通を妨げている。
    消費税の過度な負担は住宅取得支援税制の効果を相殺し、住宅取得機会を減じるとともに、質の良い住宅への投資も阻害している。イギリスの付加価値税でも新築住宅にはゼロ税率を適用し、中古住宅や土地取引に対しては非課税としているなど、欧米諸国でも住宅・不動産取引に対して課税していないところが多い。住宅等の取得・新築・増改築に係る消費税率についてはゼロ税率もしくは軽減税率を適用すべきである。

  3. 住宅の保有に係る税制(固定資産税)の見直し
    住宅に係る土地及び建物の保有に対して固定資産税が課せられているが、特に、建物の固定資産税は、建物の質や設備の付与に応じて課税されるため、質の高い住宅を建設・建替えしようとすればするほど、固定資産税が高くなる仕組みとなっている。
    そこで、耐震性・耐久性の向上やバリアフリー化の推進など、質の高い住宅ストックへの更新を促進するため、建物評価基準をシンプルなものにするとともに、住宅家屋に対する固定資産税の負担水準を軽減すべきである。

  4. 居住用財産の譲渡損繰越控除制度の延長・拡充
    現行の居住用財産の譲渡損繰越控除制度は、再び住宅ローンを組んで住宅を買い換える場合のみが適用対象となっている。本制度について、ローンを組まずに買い換えた場合や賃貸住宅に住み替えた場合にも適用するなど、買い換え要件を撤廃したうえで、延長すべきである。

(2) 住宅金融市場の整備

特殊法人等整理合理化計画(2001年12月)によって、住宅金融公庫は、『5年以内に廃止し、証券化支援業務を行う新たな独立行政法人を設置することとし、融資業務は段階的に縮小すること、民間金融機関が円滑に業務を行っているかどうかを勘案して、独立行政法人設置の際に最終決定すること』等が決定された。これにより、今後、わが国の住宅金融市場は、「官主導」のマーケットから「民主導」のマーケットに大きく転換していくこととなった。
住宅金融公庫から民間金融機関に住宅金融の担い手をシフトしていくことは、官から民への流れのなかで評価できる。但し、住宅金融公庫の融資は、長期・固定・低利の住宅ローンを安定的に供給するといった大きな役割を果たしてきたところであり、引き続き、国民の円滑な住宅ストックの形成が可能となるよう、長期・固定・相対的低利の住宅ローンが民間金融機関から広く国民一般に提供されることが肝要である。
既に、民間金融機関では各種住宅ローン商品を開発・提供してきているところであるが、今後一層、長期・固定・相対的低利の住宅ローンが、不合理な選別なく、広く国民一般に円滑に提供されるよう、民間金融機関として努めることが重要である。加えて、民間金融機関は、消費者が自己責任の下で住宅ローンを適切に選択できるよう、情報提供等に努力することも必要である。
しかしながら、民間金融機関が、長期・固定金利の住宅ローンを大量かつ安定的に提供するためには、現在の市場では対応困難な長期・固定金利のリスクヘッジを可能とする仕組みが必要であり、住宅ローンの証券化の役割は大きい。わが国では住宅ローン証券市場が未だ未成熟であることに鑑み、住宅金融公庫の証券化支援業務を活用した証券化型住宅ローンの普及について官民を挙げて積極的に取り組む必要がある。また、幅広い投資家が参加しやすい流動性の高い証券化市場を育成するため、10月から開始予定の買取型の証券化型住宅ローンに加え、来年度以降開始予定の保証型の証券化型住宅ローンも早期かつ積極的に活用することが重要である。
さらに、証券化型住宅ローンの普及の観点からは、特殊法人等整理合理化計画で指摘されているように、住宅金融公庫の融資業務を段階的に縮小していく必要がある。一方、経済金融情勢の大幅な変化などにより必要が生じた場合や、災害時の緊急融資ならびに防災上危険な密集住宅市街地の解消整備等の政策的重要度の高い課題に対応するため、税制・財政・金融など政策面での対応が求められることも念頭に置かなければならない。
なお、これまで住宅金融公庫融資は、その融資基準の設定等を通じて、住宅ストックの質の誘導に大きな役割を果たしてきたところであり、公庫融資の縮小に伴って、この機能をいかに引き継いでいくかは今後の課題である。住宅ローン証券化における買取・保証審査等において、住宅の質に関する基準を設定すべきである。

(3) 新耐震基準以前に建築された住宅の建替え・リフォーム等の促進

前述のように、新耐震基準以前の住宅は、既存住宅ストックの約半数にあたる約2,100万戸(平成10年住宅・土地統計調査)もあるとされており、安全・安心な住環境の整備のみならず、国民の安全確保の観点から、これらの住宅の建替え促進が国家的な課題である。
そこでまずは、1980年以前に建築された住宅について、行政の主導のもとで、簡易な耐震診断を早急に実施し、危険性の高い住宅の実態把握をすべきである。その診断結果を数値等で提示することにより、住居の安全性に対する意識の向上と健全な危機感を醸成し、耐震補強等のリフォームや建替えなど、住宅の資産価値の向上の促進を図ることができる。
そのうえで、国民生活の安全性の確保の観点から、新耐震基準以前に建てられた住宅の耐震化(耐震改修、建替え)の促進を図るため、時限立法を制定すべきである。具体的には、国民の生命と財産を守るため、10年間の時限措置として、新耐震基準を満たしていない住宅を質の高い住宅に建て替えたり、耐震改修を行う場合には、耐震診断費用や改修費用の補助、固定資産税の軽減、耐震性・防災性のある建物を建てた場合の容積率等の規制緩和といった支援策を講じるべきである。但し、当該住宅が「緊急に改善すべき密集住宅市街地」にある場合には、その改編計画との連携が求められる。

(4) 省エネ・IT・セキュリティ対策など革新的技術の導入促進

良質な住宅ストックの蓄積にあたって、民間事業者は、家庭用燃料電池や家庭用CO2冷媒ヒートポンプ式給湯器等の省エネルギー技術や、ブロードバンド等のIT技術、セキュリティ設備の開発、その他耐震技術など、革新的な技術を活用した住宅並びに住宅設備を積極的に開発し、より快適な新しいライフスタイルのあり方を国民に提供することによって、広く供給・普及を図っていくことが重要である。
政府においても、これらの技術開発に対して支援を行うとともに、省エネ設備の設置やIT対応設備の設置のインセンティブ措置として、本施設の設置に係る床面積については容積率の算定から除外すべきである。また、家庭用燃料電池の普及を図るために、電気事業法で求められている電気主任技術者の選任を不要とする措置をできる限り早期に実施するとともに、建築物からの離隔距離を家庭用ガス給湯器と同等程度とすることを認めるべきである。
さらに、昨今の巧妙かつ悪質な住宅犯罪の急増により国民の防犯に対する不安は大きくなりつつある。もはや安全もタダではなくなりつつあり、自分の身や財産は自分で守るという基本に立ち返り、国民の防犯意識を一層高めていかなければならない。さらに、住宅犯罪はすでに社会問題化しており、官民協力して安全な住宅づくりに努力していくことが重要である。たとえば、国・地方公共団体は、セキュリティ装置の開発事業者等に対し、住宅犯罪に関する手口やその対応策に関する情報提供を迅速に行い、民間事業者はこれらの情報をもとに最新技術やITを活用して、高性能かつ低コストの各種防犯装置や設備の開発・普及に積極的に取り組む必要がある。政府もその開発や普及に対する支援策を講じるべきである。
加えて、個々の住宅における防犯対策のみならず、住民や地方公共団体が協力し合いながら、良好なコミュニティの形成に地道に取り組んでいくことが、長期的には大きな効果を持つ。
また、住宅の流動性を高めるためには、ライフステージの変化に応じてリフォームを実施しやすくしたり、また、既存住宅を購入した際にリフォームしやすくすることが重要である。そういった意味で、スケルトンインフィル住宅の建設・普及は大きな意義がある。民間事業者は、スケルトンインフィル住宅など、リフォームしやすい住宅や住宅部品の開発普及に取組むことが必要である。
さらに、21世紀の社会問題に応え得る住宅・住環境の実現に向けて、上述のような、省エネルギー技術、IT技術、耐震技術等の革新的な技術を駆使したモデルハウス、ならびに、教育・医療・福祉・商業・憩い等の各種機能も備えたモデルシティを建設すべきである。そういったモデルを示すことによって、各地・各世帯への普及を図るべきである。

(5) 住宅性能表示制度の普及・充実

「住宅品質確保促進法」の成立により、2000年10月から、新築住宅に係る住宅性能表示制度が実施されることとなり、住宅の品質に関して客観的な基準が設けられた。また、既存住宅への住宅性能表示制度も2002年8月から開始されたところである。本制度の充実・普及によって、たとえば、耐震性、耐久性、省エネ性などで、より高品質な住宅の建設促進を図ることが期待できる。また、住宅性能表示制度は、流通マーケットでの評価を高めるうえで必要不可欠なものである。
しかしながら、本制度を利用するか否かは建築主の任意の制度であり、なかなか普及していない。その背景には、性能評価を受けるためのユーザーのコスト負担が大きいことに加え、本制度が市場で評価される状況になっていないことがある。
従って、持家住宅の質を高めるとともに、既存住宅市場のインフラとなる住宅性能表示制度を積極的に普及・促進するため、例えば、一定以上の住宅性能表示等級を満たした、質の高い住宅(例えば、耐震・省エネ・長寿命・バリアフリー性能など)に対して、住宅性能表示申請費用を補助するといった、インセンティブ措置を付与すべきである。民間事業者としても、本制度の普及・促進に積極的に努めるべきである。同時に、公共住宅については、率先して住宅性能表示を取得すべきである。

(6) 質の良い住宅を適切な価格で取得しやすくするための施策

国民が自らのニーズにあった、質の良い住宅をより安価に取得できるように、引き続き、年収の4倍程度で購入できる住宅圏の拡大などにつき、官民を挙げて取り組んでいく必要がある。
そのためにも、住宅に係る租税負担を軽減する必要があるが、住宅の品質を確保する観点から、住宅取得支援税制をはじめとした各種税制の優遇措置の適用にあたり、建築基準法に基づく検査済証の提示を条件とすることも検討すべきである。また、社会情勢の変化や技術革新等に応じて適宜国・地方の諸規制を見直し、住宅に係る建設・保有コストを削減することが必要である。
さらに、民間事業者においても、住宅技術に関する共同研究を促進したり、部材の共通化などコスト削減にむけた地道な努力を進めるとともに、適正な競争を通じて適正な価格での良質な住宅供給に努めることが重要である。
加えて、容積率を引き上げることは、床面積あたりの土地コストを引下げることにつながる。特に都心部において高度利用を図ることは、職住近接の街づくりの観点からも重要である。従って、都心部に立地する住宅に対しては、思い切って容積率を引き上げるべきである。また、地方自治体の開発指導要綱による過剰な規制も適宜是正すべきである。

2.ライフステージに応じた循環型の住宅市場の構築

(1) 既存(中古)住宅市場・リフォーム市場の活性化

前述のように、環境制約の高まりのなかで、成熟社会における豊かな居住環境を実現するためには、良質で耐久性の高い住宅ストックを形成し、それを流動化させることを通じ、個々人がライフステージ毎の住宅ニーズに応じて妥当な価格水準によって住宅を売買、あるいは賃貸できる住宅市場を整備する必要がある。そういった意味で、今後のわが国経済社会において、循環型の住宅市場を構築していくことが極めて重要になってくると考える。
わが国では、既存住宅の質に応じた適正な価格設定が行われないために、メンテナンスをこまめに行い、住宅の資産価値を維持しようとする意欲が生じないという面もある。良質な住宅ストックの蓄積のためにも、既存住宅市場の活性化は必要である。また、住宅の質に係る評価システムが確立することによって、国民の既存住宅取得にあたって合理的な判断が可能となる。

  1. 住宅の質や管理状況等を考慮した価格査定システムの構築
    わが国では、既存住宅売却時の価格査定や住宅金融の担保評価において、土地の評価が重視され、建物については築年数のみで評価される傾向がある。このため、築後15〜20年経過すると、たとえ十分な使用価値が残っていても建物の評価価格はほとんど認められないのが実情である。一方、米国と英国の既存住宅価格は、新築に対して70〜80%の水準を維持しているといった調査がある。
    わが国においても、既存住宅の価格査定にあたって、築年数だけでなく、住宅の質の評価やリフォーム履歴等が的確に価格評価に反映されるような、既存住宅の質を考慮した価格査定システムを構築する必要がある。
    さらに、良好かつ景観に配慮した街づくりの誘導に向けて、「住みやすさ」など住環境の評価手法についても検討すべきである。
    わが国でも、既存住宅の住宅性能表示制度が2002年8月より導入されたところであるが、本制度の積極的な活用を図るとともに、本制度を価格査定にどう反映させていくか等について検討を深めていく必要がある。

  2. リフォーム履歴等の情報開示
    安心で公正な取引に向けて、宅地建物取引業法上の重要事項の説明事項等を通じて、新築・既存の住宅性能評価やリフォーム履歴情報等の建物情報を容易に入手できるようにするなど、消費者が安心して既存住宅を選択・購入できるよう、情報開示に努めることが重要である。
    行政においても、土地の宅地開発図面、砕石跡地、防空壕跡地、残留化学物質の有無など、業務上知り得ている情報を閲覧できるようにすべきである。

  3. 住宅関係税制に係る築年数要件の見直し
    現在、住宅ローン減税や生前贈与特例、流通課税などの住宅関係税制において築年数要件が定められている。良質な既存住宅の流通を促す観点から、当該物件が木造築20年以上、耐火建築物築25年以上であっても、性能表示制度で高いポイントを有しているなど、耐震性・耐久性の面で優良な物件については、築年数要件を緩和し、住宅ローン減税や生前贈与特例等の対象とすべきである。

(2) 優良な賃貸住宅市場の整備

前述のように、借家に対するニーズも以前に増して高まっていると言える。例えば、リストラの一環として社宅を閉鎖する企業も多いなかで、転勤族を中心に、賃貸住宅への入居のみならず持家の賃貸化も含め、民間賃貸住宅へのニーズが高まっている。
しかしながら、借家ストックは持家に比べて質の面で著しく劣っており、賃貸住宅ストックは広さや質の点において、利用者のニーズに応えられる物件が少ない。特に、ファミリー向けの優良な賃貸住宅ストックは、4大都市圏で著しく不足しており、それは253.9万戸にものぼるとのデータもある。この背景として、ファミリー向けの賃貸マンション・アパートは、分譲に比べて投資回収が遅れるなど、供給者側にとって投資の魅力に欠けることが挙げられる。借主にとっても、居住水準の高い借家は賃料が高く、入居したくても入居できない、家賃と同程度の住宅ローンで持家を取得できるという面がある。

  1. ファミリー向けの優良な賃貸住宅の供給促進
    賃貸住宅を住宅選択の際の選択肢の一つに加えていくためには、「狭い」「高い」といった賃貸住宅の現状を是正し、ファミリー向けの優良な賃貸住宅の供給を増やすことが必要である。
    他方で、行政改革により、公営・公団住宅の新規着工を控える動きや、地方住宅供給公社の廃止・民営化の動きがあることに加えて、リストラの一環として社宅を閉鎖する民間企業も多いことなどから、今後はより一層、市場機能を活用した民間賃貸住宅を整備するための施策を強化すべきである。
    そこで、広さ、耐久性などの面で、一定以上の条件を満たす優良な賃貸住宅を供給する場合に、大幅な割増償却を認めるべきである。
    なお、中堅所得者層に対して優良な賃貸住宅を供給する制度として「特定優良賃貸住宅制度(特優賃)」が実施されているが、ファミリー向け優良賃貸住宅の健全な経営を可能とするため、一定期間(10年程度)は補助金額を一定とするなど、「高齢者向け優良賃貸住宅制度(高優賃)」と同等の制度とすべく、特優賃制度の改善を図るべきである。

  2. 高齢者の持家の賃貸化による賃貸住宅の供給
    また、居住面積の広い持家戸建に住む高齢者の単身・夫婦のみの世帯が増加している一方で、働きざかりのファミリー世帯の居住面積は一般的に狭く、世代間に住宅のミスマッチが生じている。そこで、高齢者の持家を定期借家権等を活用して賃貸化を促進し、高齢者に適した住宅やファミリー世帯に適した住宅への住み替えを促進することの意義は大きい。そのため、賃貸化のためのリフォーム費用に対する支援(再生賃貸住宅供給促進税制の拡大)や上記の賃貸住宅に対する割増償却を本件についても適用するなど、高齢者の持家の賃貸化による賃貸住宅の供給促進のためのインセンティブ措置を講じるべきである。

  3. 居住用財産の譲渡損繰越控除制度の延長・拡充
    現行の居住用財産の譲渡損繰越控除制度について、賃貸住宅への住み替えにも適用させるなど、買い換え要件を撤廃したうえで、延長すべきである。これは、既存住宅ストックの有効活用による賃貸住宅供給の増加、住み替えを希望する持家所有の高齢者への支援、資産デフレにより住み替え困難となっているファミリー層の、ライフステージに合わせた住み替えの促進など、循環型住宅市場構築の観点から意義が大きい。

  4. 定期借家制度の見直し
    また、賃貸住宅市場の活性化の観点から、平成12年3月に導入された定期借家制度の普及を図っていく必要がある。
    同制度は、(1)契約書とは別に書面で期間満了により賃貸借が終了することの説明を義務付けるなど手続きが煩わしい、(2)居住用の場合、既存の借家契約を定期借家に切り替えることができない、(3)借主からの中途解約が認められているといった問題点があり、ファミリー向け賃貸住宅の供給を阻害しているとの指摘がある。
    本法は、平成16年を目途に見直しを行うこととされていることから、上記の問題点等について検討を深め、適宜改善を図るべきである。
    また、公営住宅居住者は、一度入居すると、長年占有的に居住し、その子供まで優先権を有している傾向が強い。そこで、公営住宅の賃貸契約は、原則として定期借家契約とし、その時点の優先順位で入居させるなど、契約・運営のあり方を見直し、真に住宅を必要としている住宅困窮者が利用できるようにすべきである。

  5. 公営・公団住宅の整備のあり方
    公営住宅の建替えにあたっては、PFI的な手法の活用など、民間の資金や創意工夫を活用すべきである。その際、高齢者や働きながら子育てをする女性等に配慮して、福祉・医療・保育等の機能も含む、複合的な住宅とするのも一案である。官民協力による複合住宅の実現にむけて、東京都をはじめとした地方公共団体や公団が、その仕組み作りに積極的に取り組むよう期待する。

(3) 高齢者向け住宅の整備

多くの高齢者世帯が現在の居住面積に満足している一方で、高齢者の中には、(1)もっと便利なところに住み替えたい、(2)高齢者(特に一人暮らし、女性等)でも受け入れてくれる賃貸住宅を増やしてもらいたい、(3)医療・福祉機能が充実した住居に移りたい、といったニーズも存在する。
そこで、高齢者が自らの持家を賃貸化ないし処分することによって、高齢者に相応しい住宅に住み替えることが容易となるような措置を講じるべきである。具体的には、上述のように、賃貸化のためのリフォーム費用の支援等のほか、持家を処分して得た資産を元手に一定の高齢者用住宅(有料老人ホーム、高齢者用賃貸住宅等)に住み替えた場合の譲渡所得課税の軽減、賃貸化した場合の賃貸収入に対する所得税等の優遇措置等を実施すべきである。
そのほか、老後の生活資金を安定的に確保していく選択肢の一つとしてリバースモーゲージが考えられる。リバースモーゲージが実施されれば、長期間にわたる資産価値の保持が必要となることから、住宅の質の向上にも資する。しかしながら、リバースモーゲージには、不動産価格下落・金利変動等の経済社会情勢の変化や相続発生後の相続人とのトラブルといった大きなリスクが伴うため、純粋な民間事業として導入することは容易ではなく、保険など公的運営システムが必要との指摘も強い。持家を活用した老後生活資金の安定的確保のための方策については、官民の役割分担および持家の賃貸化や売却等も含めて、幅広い観点から検討を深めていく必要がある。
また、ひとり暮らしの高齢者が賃貸住宅に入居したくても断られるケースも多いとされていることから、地方公共団体の福祉政策とも連携して、高齢者が賃貸住宅に入居しやすくする方策についても検討すべきである。その他、高齢者用住宅にエレベータを設置しやすくするよう、住宅用エレベータ設置に係る諸規制を見直すほか、特定施設認定を受けた老人ホームへの併設医療機関の株式会社参入許可の見直しについても検討すべきである。

3.安全・安心・快適・元気溢れる美しい街づくり

(1) 密集住宅市街地の改編

防災上、居住環境上の課題を抱えている密集住宅市街地の改編を急ぐべきである。防災上極めて危険性の高い密集住宅市街地は、東京都区部だけをみても山の手線の内側に相当する面積があり、大地震により火災が発生した場合にはその80%が焼失し、多くの人命が失われると推定されている。こうした都市圏における震災は、被災地のみならず経済全体に非常に深刻な影響を与える。従って、倒壊や延焼の危険性の高い木造密集地域を防災性の高い街へと改編していくことは国家的見地からも極めて重要である。
2001年12月に決定された「都市再生プロジェクト三次決定」において、特に大火の可能性の高い危険な密集市街地を対象に重点整備し、今後10年間で最低限の安全性を確保することとされた。

緊急に改善すべき密集住宅市街地の推計:
全国約20,000ha(うち東京都約5,800ha、大阪府 約6,180ha)
大火の可能性の高い危険な密集市街地の推計:
全国約8,000ha(うち東京,大阪各々約2,000ha)

上記の重点的に整備すべきとされた密集住宅市街地に対しては、前述の新耐震基準以前の住宅の建替えの促進に係る時限立法措置と連携するかたちで、今後10年間の時限措置として、政府・地方公共団体の強力な指導のもとに、公共の福祉の観点から私権の制限を強化するとともに、官民の資源を集中的に投入し、これらの地域の改編を促すべきである。
具体的には、都市基盤整備公団ならびにその廃止後に設置される都市再生機構などの公的セクターが、コンセンサス作りなど実務面で積極的な役割を果たすとともに、行政代執行など適宜強制力を発揮させながら、市街地再開発事業や土地区画整理事業等を強力に推進すべきである。その際、国・地方公共団体は、資金のみならず、国・公有地を種地として提供するなど、円滑な事業の推進に向けた施策を講じるべきである。また、本地域における住宅の建替えにあたっては、その政策的重要性に鑑み、住宅金融公庫およびその後の新独立行政法人が一定の役割を果たすことも考えられる。

(2) 老朽化マンションの建替え促進

高度成長の過程において建てられたマンションは、住戸規模が小さい、耐震性が劣る、共用部分が貧弱であるなど、質の面で問題のあるものが多い。負の遺産となったこれらのマンションについては、建替えを促進して優良なストックに更新していくことが必要である。
しかしながら、所有者が単独の賃貸住宅の場合と異なり、区分所有マンションは、購入時から相当な期間を経た現在においては、それぞれの所有者の経済的状況や住まいに対するニーズが異なってきており、建替えに向けての認識を共有し、合意に至ることが極めて困難になっている。マンション建替法の制定と区分所有法の改正によって権利調整手続きが明確化されたことは大いに意義があるが、残された問題は、建替費用の工面と、建替えるとそれまでより延床面積を小さくしなければならない既存不適格マンションが存在することである。ここに何らかの政策的手当てを行なわなければ、公団住宅のような容積率に余裕のあるもの以外のマンションは建替えが進まず、次第に歯抜け状に住民がいなくなって、スラム化することが予想される。こうしたマンションはかなりのエリアに広がって存在しており、この影響は都市全体の環境の悪化をもたらす。大胆な容積割増制度などを導入して、マンション建替え費用を余剰容積の売却等によって補填できるよう、対策を講じる必要がある。

(3) 街づくり・街並み形成に資するインフラ整備等の推進

良好な街並みの形成、住みやすい街づくりのため、道路や公園等の社会資本整備も重要である。
街路・街区が未整備なため、容積率を活用できていない面がある。都市基盤整備公団廃止後に設置される新しい独立行政法人が実施する市街地整備改善事業等の促進を通じて、街路・街区の整備を推進すべきである。
また、住みやすい街づくりのためには道路渋滞の解消を図る必要がある。特に、東京における道路混雑は著しい。環状道路の整備を急ぐとともに、開かずの踏み切り等の解消のため連続立体交差等の整備を着実に推進すべきである。
その他、快適で美しい街づくりを推進するため、緑が溢れ、人が集うオープンスペースを確保すべく、都市公園や都市河川などその他公共施設も着実に整備すべきである。また、地域の事情に応じて、特色ある街並みの形成にコンセンサスが得られる場合には、必要に応じて規制を設けることも含め、公的部門が積極的な取り組みを行うことも考えられる。街の景観や周辺環境等の住環境を良くすることで、住宅への投資も促進され、住宅・住宅地の資産価値も向上していく。住宅単体のみでなく、住環境を重視した政策を推進するため、緑化や電線類の地中化等の事業を推進するとともに、住環境の評価の仕組みづくりについても検討されるべきである。

(4) 地域コミュニティの形成に配慮した街づくり

個々の住宅の改善だけでは、人々が求める「住まい方」ひいては「暮らし方」を満足させることはできない。安全・安心・快適な生活、職住近接の街づくり、少子・高齢社会への対応、男女共同参画型社会といった、各種の社会的な要請にも応え得るような、安全・安心・快適・元気溢れる美しい街づくりの整備を図っていくことが重要である。
とりわけ、各種の社会的な要請に応えるためには、地域コミュニティの存在が重要である。住宅、オフィス、店舗、病院・ケアハウス・保育所等の福祉機能、学校等の教育機能などの複合的な機能を有し、歩いて暮らせるコンパクトな街づくりを目指すとともに、地域コミュニティを醸成するような取り組みが重要である。
こうしたコミュニティの形成を重視した優良な街づくりプロジェクトについては、都市再生特別措置法において「コミュニティ特区」として位置付け、現在の用途規制の対象外とするなど、大胆な規制緩和により柔軟な街づくりを認めるべきである。

以上

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