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経済連携の強化に向けた緊急提言

〜経済連携協定(EPA)を戦略的に推進するための具体的方策〜

2004年3月16日
(社)日本経済団体連合会

I.緊急提言の趣旨

1.WTOとEPAによる重層的な自由経済基盤構築の重要性

経済のグローバル化が進展する中、わが国が、自国の安定と更なる繁栄を図るとともに世界の中で責任ある役割を果たしていくためには、貿易・投資をはじめとする国境を越えた経済活動が、自由かつ円滑に展開しうる制度的基盤が不可欠である。「通商立国」【注1】たるわが国は、そのような基盤の構築に向け、率先して、国を挙げて積極的に取組んでいかねばならない。

【注1】 「戦略的な通商政策の策定と実施を求める」(2001年6月14日)において「通商立国」を「貿易・投資により国の維持発展を図る」と定義。

2.日本経団連のEPA推進に関する基本的考え

かかる観点から、日本経団連では、「次期WTO交渉への期待と今後のわが国通商政策の課題」(1999年5月18日)、「自由貿易協定の積極的な推進を望む」(2000年7月18日)、「戦略的な通商政策の策定と実施を求める」(2001年6月14日)、「日・ASEAN包括的経済連携構想の早期具体化を求める」(2002年9月17日)、新ビジョン「活力と魅力溢れる日本をめざして」(2003年1月1日)等の提言により、WTOを中心とする自由・無差別・多角的な国際通商体制の強化に取組むべきことを主張してきた。同時に、わが国にとって重要な国・地域との間では、WTOを根幹としながら、より高度な自由化や幅広いルール作りを目指し、地域的な自由貿易協定(FTA)/経済連携協定(EPA)にも積極的に取り組み、自由な経済活動を行いうる基盤作りを重層的に進めるよう求め、EPA推進にあたっての基本的考えとして、以下三点を主張してきた。

(1) 分野の包括性
目指すべき協定としては、実質的に全ての貿易の自由化を行うというWTO協定との整合的な自由貿易協定(FTA)の要素に加え、サービス貿易の自由化、投資ルールの確立等投資環境の更なる整備、アンチ・ダンピング等の貿易ルールの規律強化、政府調達市場の開放、知的財産権保護のための法制度の整備と実効的なエンフォースメントの確保、ヒトの移動の自由化・円滑化、基準・認証の統一化、相互承認の推進、競争政策、電子商取引等のルールの整備、紛争処理制度の整備、技術・研究・観光・文化・人材育成といった分野での交流・協力促進等の分野を含む、包括的な経済連携協定(EPA)を推進すべきである。

(2) 戦略的に重要な相手国・地域との締結
相手国としては、既に他国と自由貿易協定を締結しているために日本企業が相対的に不利な立場におかれている国は勿論、わが国と相互補完的な経済関係にあり互恵的な協定が結べる国・地域を選択して積極的に進めるべきである。
とりわけ、わが国としては、地理的に近く、経済関係が緊密で、今後更なる成長が期待される東アジアを重要戦略地域と改めて認識し、東アジアのバランスある発展とこれらの国々との「共生」を目指して、わが国は積極的に「東アジア自由経済圏」の実現に取組むべきである。

(3) 政治のリーダーシップの発揮
これらの実現のため、政治のリーダーシップにより、自らの手で市場開放を行うという「第三の開国」を目指し、国内の制度改革、構造改革を通商政策と一体的に推進するとともに、その際には、関係各省庁の縦割り体制の弊害を是正し、わが国一体となってこれらを推進するための体制を整備すべきである。

3.EPA締結に向けた動きと日本経団連の活動

一方、わが国政府においては、2002年1月にシンガポールとの間でわが国初の経済連携協定に署名したほか、日・ASEAN包括的経済連携構想を提唱し、2003年10月の日・ASEAN首脳会議において同構想の枠組みについて合意(2004年協議開始、2005年交渉開始目標、2012年までに完成)した。同時に、現在、2004年3月12日に大筋合意に至ったメキシコに続いて、韓国、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア等との交渉・協議を進めており、日本経団連では、産学官の共同研究会等に積極的に参画し、これらの基本的考えを主張するとともに、経済界としての具体的関心事項に関する我々の考えを述べてきた。

4.EPAの戦略的推進に向け解決すべき重要課題

しかしながら、各国との交渉の現状や交渉前段階の産官学の共同研究会における議論を見ると、今後の進展について楽観できる状況ではない。とりわけ、相手国側における高関税品目の自由化や投資ルールの整備、わが国におけるヒトの移動の分野での自由化・円滑化、農業とそのための国内構造改革の加速化、さらには、わが国における強力なEPA推進体制の整備等、早急に解決せねばならない重要な課題が明らかになってきている。
そこで、日本経団連では、2003年11月に、貿易投資委員会等の国際関係委員会、アジア・大洋州委員会等の地域別・国別委員会、農政問題委員会等の国内関係委員会、等の横断的組織として経済連携協定推進合同タスクフォースを設置し、EPA推進に不可欠なこれらの重要課題につき検討を進めてきた。その結果をここに、協定で実現すべき課題とわが国としてEPAを推進していくために早急に取組むべき課題に整理して、その具体的な解決方策につき、緊急提言として我々の見解を述べる。

II.EPAで実現すべき課題

1.モノの貿易

(1) 関税撤廃を含む貿易自由化・円滑化への強力な取組み
モノの貿易の自由化は、わが国及び相手国の企業にとっては、関税負担の軽減のみならず、原材料・部品の調達先や商品の販路の選択肢が広がるという点で、また、それぞれの国の消費者にとっては、商品の選択肢が拡大し、良質かつ安全な商品が安価に入手できる可能性が高くなる点で、大きな利益となる。
こうした観点から、モノの貿易の更なる自由化を拡大・推進するため、わが国はEPAにおいても相手国との間で、これまで高関税を課していた品目も含め、GATT24条に整合的な「実質的に全ての品目」を自由化する必要がある。
なお、いずれかの国にとってセンシティブな品目の取扱いについては、基本的に当該国内における産業の構造改革を促進し、国際競争力を強化することにより解決すべきである。ただし、国民の安全や地域経済等に大きな影響を及ぼす可能性がある品目については、わが国及び相手国の相互理解を前提に、幅広い関係者の利益を目指し、その取扱いを協議すべきである。

(2) 原産地規則の検討
EPAによるモノの貿易の自由化にあたっては、締約国の税関が輸入品について特恵関税を適用するかどうか判断するためのルール、すなわち原産地規則【注2】が焦点の一つとなる。
EPAを真にわが国及び相手国にとって利益のあるものにするためには、この原産地規則が全体を通じて、公平、中立、透明である必要がある。また、特に貿易を多角的に行う企業にとっては、各国との原産地規則間に一貫性を確保するとともに、予測可能性が高いものとすることが重要である。また、原産地証明に関する手続も最大限合理化し、迅速かつ低コストな通関手続を可能にする必要がある。
なお、わが国企業が現在進めているASEAN域内での国境を越えた生産・販売の最適化などに資するためには、前述の一貫性の確保とともに、将来の日・ASEAN累積原産ルール【注3】を視野に入れ検討する必要がある。

【注2】 特恵関税を受益するための原産地規則には、産品が1国で完全に生産される場合の「完全生産基準」と、産品の製造工程に2国以上が関与する場合には最終の実質的変更を行った国を原産地とする「実質的変更基準」がある。実質的変更基準には、輸入した部材と完成品の関税番号が異なれば実質的変更があったとみなす「関税番号変更基準」、輸入した部材に対して一定の付加価値があれば実質的変更があったとみなす「付加価値基準」等がある。

【注3】 わが国及びASEAN域内における複数国での加工を累積して原産地を判断することを可能にするルール。これを日・ASEAN間で合意することで、わが国が輸出した製品をASEAN域内で一部加工してASEAN域内に輸出する場合や、ASEANの複数国で分業して生産された製品を輸入する場合に、EPAによる特恵関税の適用が可能となる。

2.投資

(1) 投資交流を促進し、持続的な経済成長を確固たるものとする
国境を越えた投資交流は、投資国側の企業にとっての事業機会の拡大のみを意味するものではなく、投資受入側の国にとっても、国内雇用を創出すると共に、外国資本、新たなビジネス・モデル、技術・素材及び経営ノウハウといった、貴重な経営資源を導入する契機となる。また、投資と貿易及びヒトの移動は密接不可分であり、投資の交流が双方の経済の活性化に大きく資する。
こうした観点から、日本経団連は2002年7月16日に「国際投資ルールの構築と国内投資環境の整備を求める」を取りまとめ、WTOでの多角的協定、WTO加盟国での複数国間協定、日・ASEAN包括的経済連携などの地域協定、日韓投資協定など二国間などでの協定、日・シンガポール新時代経済連携協定のような協定の一部分としての協定等のあらゆる機会を多面的かつ戦略的に活用して、グローバルな投資交流の活性化を求めてきた。

(2) 先進的投資ルールの採用
わが国がEPAを推進するに当たっては、企業にとって自由かつ円滑で国際的に調和した事業基盤を確立するとともに、世界的な外国資本の導入をめぐる競争の激化を踏まえた投資受入国としての魅力向上のため、更には、互恵的なEPAを実現するためにも、先進的な投資ルールを整備するとともに、経済法制や司法制度等の基本的な各種インフラの充実を求める必要がある。
具体的には、相手国に対して、日・シンガポール新時代経済連携協定、日韓投資協定、日越投資協定同様の、高いレベルの投資ルール(投資許可段階での内国民待遇・最恵国待遇の原則付与、現地人の雇用義務や現地調達比率をはじめとするパフォーマンス要求の原則禁止等の実現)に関わる規定を包含する協定を締結するなど、投資の一層の自由化・円滑化を強く求めていく必要がある。
その際には、上記の通り、投資の交流が双方の利益に合致することへの理解を求めるとともに、教育や中小企業育成に関する協力、法整備支援等を通じて、相手国の投資環境の整備に協力することも重要である。

(3) 投資先としてのわが国の魅力向上
一方、わが国としては、既に1980年12月の外国為替及び外国貿易管理法の改正により、法制度上は原則自由な投資市場の体系が確立されている。ただし、外務省によると、日本の対内直接投資は、アメリカ、イギリス、ドイツ等の主要国に比べ、フローベース、ストックベース共にかなり低い水準となっており、この理由について、各種法規制、高コスト等が阻害要因となっているのではないかと分析されている【注4】
従って、2004年1月に小泉総理が施政方針演説で掲げた、5年後には日本への投資残高の倍増を目指すとする目標を達成すべく、更なる積極的施策を講じるべきであり、各種の規制改革等を通じて新たな事業機会を創出するとともに高コスト構造を是正し、市場としてのわが国の魅力向上を図る必要がある。

【注4】 対内直接投資の現状について(外務省)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tn_toshi/madoguchi/genjyo.html
アメリカ、イギリス、ドイツ等との比較については「資料第4 対内直接投資の現状」 <PDF> 参照。

3.ヒトの移動

(1) 多様な人材の交流による相互経済の活性化
経済のグローバル化を背景に、国籍を問わず優秀な人材を戦略的に活用する重要性が高まっており、わが国企業は、様々な形態で国境を越えたヒトの移動を活発に行っている。また、少子化・高齢化などわが国の社会構造が変化していく中、将来的に労働力不足が予想される分野も含め、これまで以上に多様な分野で外国人の受入れと交流を進めていくことも重要となっている。他方、EPAの交渉が開始されたタイやフィリピン等からは、看護や介護等の分野の労働市場の自由化・円滑化が強く要望されており、わが国としては、こうした交渉相手国の要望も踏まえつつ、わが国企業のグローバルな事業展開の円滑化とともに、わが国経済の活性化や国としての競争基盤の強化等の観点から、互恵的なEPAの締結等を通じて、ヒトの円滑な流れを確保することが極めて重要となっている。

(2) 多様な人材の積極的受入れと交流の推進

<1> 産業人材の円滑な受入れと交流の推進
わが国においては、いわゆる高度人材の受入れは積極的に推進することとしているが【注5】、企業からの高まるニーズへの対応やわが国経済社会の活性化の観点から、「投資・経営」「技術」「人文知識・国際業務」「企業内転勤」等の在留資格要件の緩和、在留年数の延長等とともに、手続きの透明性の確保と簡素化・迅速化等の施策を講じることで、産業人材の受入れを拡大し、人材の交流を促進すべきである。また、企業組織の再編やアウトソーシング化が国境を越えて進む中で、国外におけるこれら関係会社等の高度人材をわが国に円滑に受入れるべく、本邦企業と直接の雇用契約がない場合でも一定の要件の下で在留を認める等の措置についても検討が必要である。さらに、アジア諸国などのニーズが高いIT分野や、技術士【注6】等の資格の相互認証も一層推進すべきである。

【注5】 第9次雇用対策基本計画(1999年)、第2次出入国管理基本計画(2000年)

【注6】 技術士の相互認証については、APECエンジニア相互承認プロジェクト等がある。

<2> 看護・介護分野の人材の受入れ

a. 看護分野
わが国看護師資格の取得を条件に在留が認められている看護については、一定の日本語能力を有する海外での看護師資格者等に対する国家試験の受験資格の緩和・見直しを行うとともに、4年以内の研修のみ認められている就労内容・期間の制限を早急に撤廃すべきである。同時に、上記の資格・能力取得を支援すべく、現地での日本語教育充実や看護分野の養成所・講座の設置等を経済協力を活用し実施するとともに、現地での試験の実施等の試験方法の多様化や、国内看護師等養成所の外国人受入れ枠の緩和などを含めた国内施設での就学・研修・実習体制等を整備すべきである。

b. 介護分野
介護については、現在、介護を目的としての入国・就労が認められていないため、介護福祉士の資格取得者や外国における隣接職種の資格者で一定の日本語能力を有する者等については、例えば「技術」や「技能」の在留資格として就労を認めるべく検討すべきである。同時に、上記の資格・能力取得を支援すべく、現地での日本語教育充実や介護分野の講座の設置等を経済協力を活用し実施するとともに、現地での試験の実施等の試験方法の多様化や、現地での訪問介護員養成講座の受講者等に対する日本国内での補講・研修・実習を可能とするなどの体制整備を行うべきである。
なお、上記の看護・介護分野における人材の受入れに関しては、構造改革特別区域制度等も積極的に活用すべきである。

c. 雇用情勢等への配慮
上記分野での外国人受入れにあたっては、適切な能力・技術を確保しつつ、わが国雇用情勢等への影響に十分配慮することが重要であり、公的機関等による送出し・受入れ・国内における就労管理等業務の一元的な実施や、労働市場テスト【注7】、EPAを含む二国間協定等を通じた外国人の受入れ数のふさわしい水準の維持などを検討し、透明で安定した制度とすべきである。

【注7】 一定期間求人を出して国内の労働者によって充足されない場合に外国人の就労許可を与える。

(3) 円滑な企業内移動の推進
わが国企業が海外でビジネスを展開するにあたっては、国によっては、海外支店等への日本人職員の派遣等に際して、短期の滞在であっても就労許可が必要となるなど、企業内移動【注8】について厳格な要件が課されており、これら制限が緩和されることが必要となっている。
また、ビザや就労許可の手続きに関しても、人数制限により優秀な研究者や特定分野の専門家をタイムリーに採用することができない事例や、ビザ発給手続において相当な時間を要するほか、恣意的・差別的な扱いを受ける事例などもあり、透明性の確保と簡素化・迅速化が図られることが重要である。

【注8】 本提言では、企業内移動とは、本社、海外の支社・支店、子会社、関連会社間における人の一時的移動とする。

(4) 観光交流の促進
観光を目的とする外国人の受入れ増加を図ることは、わが国経済の活性化のみならず国際的な相互理解の増進に寄与するものである。そのため、ビザ免除措置の拡大、わが国在外公館における観光ビザ発給手続きの簡素化・迅速化・透明性の確保(審査基準・標準処理期間の設定・公表等)、及び入国管理体制の充実などを検討すべきである。併せて、外国語表示の充実をはじめとする国内の基本的なインフラ整備、高コスト観光の是正、産業観光の推進などに取り組むことが重要である。

(5) 秩序ある外国人の受入れに向けた国内の体制整備
人の移動の円滑化にあたっては、外国人にとってのわが国の魅力向上とともに、わが国の治安維持の観点から、総合的に外国人受入れ政策を実施することとし、とりわけ外国人が安定した生活ができるよう、外国人の就労・生活環境の整備や、滞在期間中における就労管理をはじめとする治安対策の強化を図るべきである。

III.国内構造改革の推進と強力な推進体制の整備

1.農業構造改革の加速化

(1) 農業をめぐるわが国の課題
わが国がEPAの交渉を進める上で、農業分野の取扱いは重要な焦点であり、農業分野全体をEPA交渉から除外することはありえない。しかし、EPAの締結が農業構造改革への取組み努力を無にし、わが国農業の荒廃を招くようなことがあってはならない。EPA交渉を促進し、国益に適った協定を締結するためには、国際化対応の観点も踏まえて農業界が目下取り組んでいる農業構造改革の動きを支援し、改革のスピードを加速することが必要である。
日本の農業は狭隘で山がちな国土で展開されているという不利な自然条件の下にある。加えて、これまで農業を支えてきた昭和一桁世代のリタイア期を迎えており、深刻な後継者難を背景に、わが国農業は担い手の面から重大な岐路に立っている。農業構造の改革を急がなければ、わが国農業は全面的に崩壊しかねないとの危機感を、農業者のみならず国民全体で共有する必要がある。
その際、わが国農業の国際競争力の強化を図り、若い世代が夢や希望を持って働ける産業として農業を活性化することが中心的な課題でなければならない。その眼目となるのは、差別化・高付加価値化と低コスト化である。消費者の求める安全かつ新鮮で、食味に優れる高品質の農産品を合理的な価格で生産することが、海外農産品との競争に打勝つ第一歩である。さらに、今まで想定してこなかったわが国農産品の海外輸出を実現し、販路の拡大を図る必要がある。

(2) わが国農業の国際競争力強化に向けて

<1> 農業構造改革の推進
競争力を強化するには、技術革新の推進や規模拡大による生産性の向上が不可欠である。土地利用型農業の中で畑作については、大規模化が進んでいる地域もあるものの、水田作は全国的に遅れている状況にある。それぞれの状況に応じた形での地域農業の再編が必要であり、地域における農業後継者の動向等を見据えて個々の農家レベルでの営農継続の是非をめぐる話合いを出発点にして、集落レベルでの土地利用・営農のあり方について合意を形成することが不可欠となろう。その場合、農協等の関係機関が合意を形成するための重要な役割を果たすことを期待したい。また、農地を農地として有効利用する観点から、税制上の取扱いも含め、耕作放棄地対策の検討も必要となろう。
地域農業の担い手としては、規模拡大に取り組む個別農家のほか、信用力や販売力、雇用力をもった農業生産法人が大きな核として期待できよう。消費者・実需者指向で経営者精神をもった農業経営が必要である。農業生産法人の形態や設立要件【注9】については、地域の実情に対応できるよう、できるだけ柔軟性のあるものにしていくべきである。株式会社の構成員要件などのさらなる緩和とともに、2005年の商法改正において導入が検討されている新たな会社形態(いわゆる日本版LLC【注10】)についても農業生産法人への採用を検討する必要がある。
競争力のある農業経営が相当なシェアを担う農業構造をつくっていかなければならない。ただ、構造改革への取り組みが成果をあげるには一定の期間を要することも念頭に置く必要がある。そこで、関税等の国境措置が縮小・廃止された場合に影響を受ける一定の農業経営に対し、所得減を補償する品目横断的な直接支払いなど、国内措置として新たな支援策の導入が必要であろう。ただし、新たな支援策は、国及び地方自治体の既存の農業予算の組換えにより行うのが基本である。なお、環境や国土の保全の観点からの支援対策についても、上記の支援策と併せ、既存予算の範囲での検討を要しよう。

【注9】 農地法は、農業生産法人の形態を農事組合法人(農民の農業生産についての協業を図ることでその共同の利益を増進することを目的とする簡易な法人)、合名会社、合資会社、有限会社、株式会社に限定するとともに、構成員をその法人に農地の所有権等を移転した者やその法人の行う農業に常時従事する者等に限るとともに、「その法人からその法人の事業に係る物資の供給もしくは役務の提供を受ける者又はその法人の事業の円滑化に寄与する者であって、政令で定めるもの」については、その比率を制限している。

【注10】 LLCとは、ベンチャー・ビジネスなどノウハウのある人材が集まって事業を展開する人材集約型の産業分野を中心に利用されている米国の会社法制であり、欧州でも同様の法人制度が活用されている。外見は株式会社と同様に、出資者は全員有限責任でありながら、会社の内部ルールについては組合と同様、法律で強制されることなく自由に決められるとともに、法人には課税されず出資者のみに課税されるといった特徴がある。

<2> 生産・流通コスト削減
営農規模の拡大による生産コスト削減努力の一方で、生産資材についても規制改革により価格の合理化が重要である。あわせて、物流コストの削減も課題である。物流拠点や配送ルート、配送効率等の輸配送の見直しなどといった取組みを通じて、流通コストの削減を図る必要がある。農産物流通において重要な役割を担っている農協の努力が期待されるとともに、流通業界の協力も必要である。
個別農家や農協、流通関連事業者の努力だけでは達成し得ない環境整備等については、国及び地方自治体が主体的に取り組む必要がある。高コスト構造の是正を図るため、大幅な規制改革を推進して、国際的に遜色のない物流サービスの提供を行うことができる環境を早期に整備することが求められる。

<3> EPAにおける農産品の取扱い
食料安全保障や地域経済への影響等から、真に守るべき品目については、GATT/WTOルールと整合性をとりながら、10年超、一部除外、再協議等という例外措置を組み合わせることで、現実を踏まえた柔軟な対応を行うことも選択肢として許容されよう。

2.一体的・集中的推進のための官邸主導の体制

(1) 推進体制整備の重要性
現在、わが国のEPA推進体制は、関係省が縦割り・横並びの状況にあり、閣僚折衝においても、わが国は複数大臣が交渉にあたっている。最近では、各省がそれぞれに本部等を設置しその充実を図るとともに、内閣に連絡組織を設けるなど、わが国としてのEPA推進体制の強化を図りつつあることは評価できる。しかしながら、今後、更なるEPAの推進体制を強化するためには、関係省間相互の連絡・連携を緊密化するとともに、内閣による調整機能を一層発揮させることが求められている。
関係省の縦割り・横並び体制は、基本的には、日本国憲法、内閣法に基づく分担管理内閣制度というわが国行政体制の根幹に関わる問題であるが、わが国を取り巻く内外の環境が大きく変化する中、わが国にとって重要な政策課題について国全体として大きな戦略を形成しつつ、関係省の枠を超えて適宜適切に政策展開を行っていく上で、行政各部中心の体制と硬直的な分担管理原則は、その弊害が顕著になっている。
こうした問題意識に立ち、1996年11月の行政改革会議の設置により開始された中央省庁等改革では、分担管理原則の基本は維持しつつも、その弊害を是正すべく、内閣総理大臣の指導性と内閣機能の強化が図られるなど、内閣総理大臣のリーダーシップの下、内閣が「国務を総理する」任務を十全に発揮し、国家の総合的・戦略的方向を決定しつつ時々の課題に対応できる仕組みを構築【注11】した。
EPAは、まさに、わが国が、今後、東アジア、更には世界の中で果たすべき役割に影響する重要課題であり、その推進のためには、関係省の枠を超えて総合的なEPA戦略を策定し、国内調整を行いつつ、広範な交渉分野に適宜適切に対応していくための体制が必要である。すなわち、内閣総理大臣のリーダーシップと、それを発揮し得る官邸主導の体制を早急に整備することが求められている。とりわけ、政府間交渉が進みつつある現状において、東アジアの主要諸国とのEPA推進を緊急の課題として一体的・集中的に取組むためには、中央省庁等改革の成果を活用し、現行の法律・体制の下で、なしうる有効手段を最大限動員して一刻も早く推進体制を整備することが重要である。

【注11】 中央省庁等改革において、内閣総理大臣の基本方針・政策等の発議権の明確化、内閣官房への企画立案機能の付与、内閣補助機関としての内閣府の設置、経済財政諮問会議等の重要会議の設置、特命担当大臣の設置と調整権限の付与、首相補佐官の増員等、内閣総理大臣の指導性と内閣機能の強化が図られた。

(2) 具体的な推進体制のあり方

<1> 「司令塔」としての「経済連携戦略本部」と「特命担当大臣」の設置
EPAの「司令塔」は、内閣の首長であり行政各部を指揮監督する権限を有する内閣総理大臣の直属の組織として、縦割り・横並びの関係省の一段上に立って、総合的なEPA戦略や交渉における対処方針を企画・立案し、必要な国内の総合調整を行いつつ、一元的・一体的かつ集中的にEPA交渉に臨み得る体制でなければならない。
そのため、例えば、内閣に、時限的組織として、内閣総理大臣を本部長、新たに任命する「経済連携特命担当大臣」(仮称)を本部長代理、外務大臣、財務大臣、農林水産大臣、経済産業大臣等の関係閣僚を本部員とする「経済連携戦略本部」(仮称)を設置すべきである。
なお、その際には、内閣官房に行政内外からの精鋭を集めた直属の事務局組織を設置するとともに、「経済連携戦略本部」(仮称)の運営に民間関係者の知見を活かす観点から、これら関係者を参与として参画を求めることや、内閣総理大臣のリーダーシップの発揮に資するべく、事務局組織の長に内閣総理大臣補佐官を充てることも、併せて検討されたい。

<2> 政府・与党間の連携
わが国全体としてEPAを推進するためには、政府内のみならず、政府・与党間の連携も不可欠である。
政府においては、「経済連携戦略本部」(仮称)を中心に、構造改革特別区域本部、経済財政諮問会議、総合規制改革会議(及びその後継機関)等との連携強化を図り、それぞれの持ち得る機能を最大限活用する必要がある。
同時に、政府・与党間の連携を強化すべく、自由民主党のFTAに関する特命委員会等の与党組織と政府との責任者会議等の設置を検討されたい。

IV.経済界の決意

EPAへの取組みの成否は、「通商立国」たるわが国経済の今後の展開のみならず、東アジア地域さらには世界の中でのわが国の立場にも大きな影響を及ぼすものであり、国を挙げて取り組むべき緊急課題である。
日本経団連では、引き続き関係委員会との連携を図りつつ、政府・与党のEPAへの積極的な取り組みを求め組織をあげてその動きを支援する。同時に、日本商工会議所、経済同友会、関西経済連合会、日本貿易会等、他の経済団体、さらには日本活性化のための経済連携を推進する国民会議等とも連携し、わが国のEPA推進とそれに向けた国民理解の促進に、これまで以上に積極的に取り組んでいく決意である。

以上

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