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多様化する雇用・就労形態における
人材活性化と人事・賃金管理

2004年5月18日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

日本経団連では、2002年5月に「成果主義時代の賃金システムのあり方−多立型賃金体系に向けて」を発表し、いわゆる正規従業員の今後の人事・賃金管理の方向性を提示した。
しかしながら、今日、経済のグローバル化に伴う内外の企業間競争の激化、労働者の働き方に対するニーズの多様化などから、いわゆる非正規従業員が増加している。
したがって、企業は、多様な個人が、安心して働き方を選択でき、働きに応じて報酬を得られる仕組みをつくっていく必要がある。従業員を、共通の目標、価値観、嗜好を持つマスとして一律に扱うのではなく、多彩な個性をもつ個人として尊重しなければならない。それが従業員の活力を引き出し、企業収益の源泉となる。
そこで、今回、いわゆる非正規従業員を含めた全従業員の人材活性化策と人事・賃金管理のあり方を検討し、本報告書を取りまとめた。なお、正規従業員と非正規従業員という用語は、雇用形態や就労形態を反映したものではないことから、本報告書では、雇用形態の違いを切り口として、「期間の定めのない雇用契約者」を「長期雇用従業員」、「期間の定めのある雇用契約者」を「有期雇用従業員」という名称を仮に用いた。

第1章では、企業経営の環境変化と人材活用の多様化の現状をみた。
これを踏まえて、第2章では、経営戦略として人材戦略を位置づけ、雇用ポートフォリオの高度化、大集団から小集団・個別管理への転換を図っていくことの必要性を訴えた。
第3章では、長期雇用従業員について、一律型の人事・賃金管理から、仕事と役割に応じた複線型管理への再構築、属人的要素による賃金管理からの脱却などを提起した。
第4章では、有期雇用従業員の活性化策を検討し、とりわけコミュニケーションの充実の必要性を指摘した。
第5章では、労基法やパートタイム労働法・指針の改正の動き、雇止めに関する判例の動向を整理した。
法律や指針の改正に伴い、有期雇用従業員の雇用契約管理や処遇管理について、雇止めや均衡処遇をめぐるトラブルを防止する観点からも、現状を再点検し、必要に応じて長期雇用従業員も含めて管理のあり方を見直していくことが求めらてくる。
したがって、第6章では、長期雇用従業員と有期雇用従業員との間の人事・賃金管理のあり方について提案した。
さらに、第7章では、労働条件の不利益変更についての留意点を整理した。

本報告書が、今後、各社の従業員活性化や人事・賃金管理見直しの参考資料としてご活用願えれば幸いである。

第1章 企業経営の環境変化と人材活用の多様化

わが国企業は構造的な環境変化の潮流の中にある。具体的には、経済のグローバル化、情報通信技術(IT)等の進展、少子・高齢化の進行、労働者ニーズと雇用形態(期間の定めのない雇用、有期雇用など)・就労形態(勤務地の限定、サテライトオフィス、在宅勤務、裁量労働、短時間勤務など)の多様化などである。

1.経済のグローバル化と不安定成長

経済活動のグローバル化が急速に進行し、市場規模が全世界へと拡大していることを背景に、国際競争が激化している。
高・中成長期のように、持続的に経済が拡大していく時代はすでに終焉し、時々の情勢によって経済成長が変動する時代に変わり、企業間競争は熾烈の度を増している。先行きが不透明で売上も不安定になる中で、企業が利益を確保し存続・発展するためには、コスト管理を徹底しなければならない時代になった。
また、デフレ的傾向が依然として続くわが国では、価格競争などを背景とした売上高の減少、これに伴う付加価値の減少と労働分配率(付加価値に占める人件費の割合)の上昇という厳しい事態に陥っており、この状況に歯止めをかける、言い換えれば、「売上が落ちても付加価値が減らない経営」を実現する必要がある。そのためには、諸コストの低減を図るとともに、高付加価値の新商品・新サービスの創造、例えば、画期的な新技術や先端的な製品、ビジネスモデルの開発などを行うとともに、さまざまな種類の能力・ニーズを保有する人材を有効的に活用することが求められる。
また、売上高や付加価値が不安定になる中で、労働分配率を適正水準に管理し、必要利益を確保するためには、総額人件費管理の徹底と人件費の柔軟化が課題となっている。
したがって、生産量や収益の動向、労働者のニーズなどに応じて、柔軟な要員管理と人員配置を行うことが不可欠になっており、パートタイム、フルタイムの有期契約労働者など、いわゆる非正規従業員の活用の重要性がますます高まっている。

2.情報通信技術等の進展

IT化の進展は、IT革命といわれるほど、急速かつ革新的であり、かつて通用した技術・技能が通用しなくなるほどの変化をもたらしている。従来は長期間同一企業に勤め、技術・技能を習熟していくことが求められ、年功型の人事・賃金管理が行われてきたが、技術革新のテンポの速い今日、年功型管理の重要性が相対的に低下している仕事分野が増えつつある。同時に、IT化は、仕事の標準化などをもたらし、それまで正規従業員が担当していた業務がパートタイマーやアルバイトでも十分賄えるようになったため、非正規従業員の増加をもたらしている。
一方、正規従業員には、定型的業務のウエイトが低下し、創造性や創意工夫の余地の大きな仕事、専門性の高い仕事が求められるようになってきている。
さらに、IT化は、在宅勤務、サテライトオフィス勤務、モバイルワークなどの勤務形態や非雇用のSOHOなど、多様な就労形態の増加をもたらすとみられている。

3.少子・高齢化の進展

わが国では、急速に少子・高齢化が進んでいる。
少子化については、2000年の合計特殊出生率(1人の女性が一生のうちに出産する子どもの数)は1.36と、現人口を維持するために必要とされる2.08程度にはほど遠く、日本の総人口は2006年をピークに減少に転じると推計されている。
生産年齢(15〜64歳)人口の推移をみると、1995年の8,717万人をピークに、2030年には7,000万人を割り込み、2050年には5,389万人になると見込まれている。
このような、少子化は、わが国全体でみれば、経済規模の縮小や国内総生産の減少、労働力人口、とくに若年層の労働者の減少など、国力の衰退につながると考えられる。
一方、企業にとっては、変化の激しい企業環境下において、優秀な若年層を獲得・維持し活性化させることが、企業の盛衰を決定づけるといっても過言ではなく、その確保が重要な課題となってくる。
他方、高齢者については、将来的な労働力人口の減少が明らかである中で、労働力の確保、技能・技術伝承という観点からその活用が大切となろう。
さらに、女性の一層の活躍が期待されている。出産や育児、介護といった家庭事情が生じた場合に仕事か家庭かの選択に迫られ、女性従業員が退職せざるを得ないケースや、性別の役割意識により女性が活躍できる場を与えられないケースもあるとの指摘もある。優秀な女性を活用しないことは、企業にとっても大きな損失であり、仕事と家庭の両立支援と組織風土の改革は、女性を活用する上で重要な課題といえよう。
なお、高齢者や女性を活用する上では、企業と本人のニーズや能力に応じた業務内容や雇用・就労形態を用意するとともに、それらに対応した公正な賃金水準・賃金制度の確立も重要な視点になろう。

4.雇用・就労形態の多様化

雇用・就労形態の多様化は急速に進展している。総務省統計局「労働力調査(詳細集計)」(2003年平均)によれば、就業者数6,304万人のうち、雇用者は5,343万人(就業者数の84.8%)、正規雇用は3,839万人(同60.9%)、「パート・アルバイト」、派遣労働者等の非正規雇用は1,504万人(同23.9%)となっている。「パート・アルバイト」が1,089万人で非正規雇用の72.4%を占めている(図表1、図表2)。

図表1 就業者の内訳 (2003年平均) 図表2 非正規労働者の推移/図表3 パート労働者の推移

非正規雇用のなかでも、特に「パート」の増加が顕著である。雇用者数に占める「パート」(就業の時間や日数に関係なく、勤め先で「パートタイマー」またはそれに近い名称で呼ばれている者)の割合は、1994年の11.7%から、2003年には15.1%に上昇している(図表3)。
また、「パート」の仕事内容も変化しており、「パート等労働者」で役職に就いている者の割合も上昇している(図表4)。

図表4 役付職「パート等労働者」の割合

さらに、財団法人21世紀職業財団「多様な就業形態のあり方に関する調査結果」(2002年2月)によると、正社員と同じ仕事に従事しているという非正社員の割合が3年前よりも増加しているとする事業所が43.2%にのぼるなど、従来正社員が行っていた役割の一部を担う非正社員が増加していることがうかがえる。
こうした雇用・就労形態多様化の進展は、企業業績の先行きに不透明感が漂うなか、企業の存続のために時々の企業活動に適応する柔軟な要員管理が行われている現われといえる。
他方、労働者側には、やむを得ずにいわゆる正規従業員以外の雇用形態で就労している者もいる一方、自らのライフスタイルにあう働き方を選択する、家庭生活との両立を優先して選ぶというニーズも強いことが指摘できる。
なお、ニーズ多様化にともなう選択肢の拡大については、企業で働くことによる社会への貢献という視点のみに捕らわれてはならないだろう。例えば、専業主婦の子育てや各地域での活動、PTAへの参加、高齢者等のボランティア活動などの選択肢もあるということは念頭に置いておく必要がある。

5.労働者のニーズの多様化

今日、人々の雇用・就労形態やつきたい仕事・役割などのニーズは多様化している。例えば、仕事中心に生涯設計を立てたい人、家庭や趣味を中心に生活したい人、同一企業で定年まで働きたい人、キャリア形成として転職することを望む人、限られた期間だけ働きたい人、短時間で勤務したい人、高いポスト・役職を望む人、成果に見合って適宜高い報酬を得たい人、創造的な仕事につきたい人、経験を積んで高い技術・技能を取得したい人、指示に従って定型的な業務を行いたい人など、さまざまであろう。
このように、働き方に対する労働者のニーズやライフスタイルが多様化してくると、正規従業員についても、従来型の一律的な雇用・労務管理では、優秀な人材の確保・活用も困難になろう。
企業としては、可能な限り多様な雇用・就労形態を用意するなど、就労しやすい環境を整備し、その能力を最大限に活かすと同時に、それぞれの仕事、役割、貢献度と整合性をもった人事・処遇制度を構築することが重要となろう。いずれにせよ、多様な人材の活用と活性化が、企業の盛衰を左右すると言っても過言ではあるまい。

第2章 人材戦略の構築と展開の必要性

1.大集団から小集団・個別管理への転換

前章において、今日、(1)グローバル化に伴う先行き不透明な経済状況と企業間競争の激化の下で、企業が存続するためには人件費の柔軟化を図る必要があること、(2)IT化の進展などにより、年功型管理の重要性が相対的に低下している仕事分野があるとともに、仕事の標準化は、従来、正規従業員が担当していた業務の一部を非正規従業員が担うという変化をもたらしたこと、(3)企業と労働者双方のニーズから非正規従業員が増加していること、(4)少子・高齢化が進展する中では、若年層の獲得・確保、高齢者や女性の活用が求められていること、(5)人々のライフスタイル、雇用・就労形態などの働き方、仕事や役割などに対するニーズが多様化していることなどをみた。
今後は、正規従業員においても、短時間勤務、在宅勤務など働き方も多様化し、また、仕事、役割、異動の有無・幅・頻度なども多様化しよう。一方、有期契約労働者などのいわゆる非正規従業員についても、雇用期間、勤務時間(フルタイマー、パートタイマー)、勤務時間帯、仕事・役割などがさらに多様化するとみられる。
このような情勢の中で、日本経団連は、多様な人材の活用をはかり、今後の雇用管理の方向を示すものとして、「雇用ポートフォリオ」(雇用の最適編成)の考え方を提唱してきた。
「雇用ポートフォリオ」を実現するためには、経営戦略に応じた人材戦略を展開していくことが必要である。人材の質によって企業の競争力は左右される。今後は雇用形態のみならず、就労場所や労働時間などの就労形態、さらには従事する仕事の選択肢の多様化も進め、従業員の能力活用、モラールアップと生産性向上との両立を実現すべく、自社における雇用ポートフォリオの高度化を推進していくことが求められている。
このように、雇用形態、就労形態、仕事・役割などが多様化していく中では、従来の正規従業員と非正規従業員といった単純な区分管理は適さなくなる。今後は、雇用形態、就労形態、仕事・役割、時間的経過での経験・期待の変化など、さまざまな要素を組み合わせた上での細分化された人事管理、賃金管理をいかに構築するかが課題となろう。
したがって、正規従業員、非正規従業員という用語は雇用形態や就労形態を反映したものではない。この報告書では、雇用形態の違いを切り口として、一般的にいわれている「期間の定めのない雇用契約者」を「長期雇用従業員」、「期間の定めのある雇用契約者」を「有期雇用従業員」という名称を仮に用いることとしたい。
いずれにせよ、企業の存続・発展のためには、経営戦略として人材戦略を位置づけたうえで、「大集団管理から小集団・個別管理へ」「画一管理から多様化した管理へ」といかに管理の仕方を再構築し、従業員個々人をそれぞれの役割でのプロフェッショナルに育て、かつ活性化を図っていくかが求められている。
具体的には、長期雇用従業員については、全社一律型の人事・賃金管理を複線型の人事・賃金管理へと転換し、「仕事・役割・貢献度」と「賃金」の整合性を確保することが、適切な人件費管理のみならず、公正性を確保し活性化を図るために重要となる(第3章参照)。
一方、有期雇用従業員については、雇用契約締結時に仕事・役割を明確に説明することや、コミュニケーションの充実、提案制度・表彰制度の導入などを行い、活性化を図ることが肝要となろう(第4章参照)。
また、労働基準法やパートタイム労働法・指針の改正などに応じて、雇止めや処遇をめぐるトラブルを防止する観点からも、長期雇用従業員と有期雇用従業員双方の人事・賃金管理のあり方を検討することも必要となってくる(第56章参照)。

2.日常の人材活性化・育成の仕組みと展開

前述したように、人材戦略を経営戦略として位置づけ、雇用ポートフォリオの高度化を推進し、「大集団から小集団・個別管理へ」「画一から多様化した管理へ」と細分化された従業員管理を行っていくことが望まれる。
一方、日常の管理においては、人材を育成し、活性化させていく仕組みを展開することも大切となろう。
具体的には、経営幹部は経営方針や経営戦略としての人材戦略と日常の人事管理の重要性を発信し、管理職層は、経営方針・戦略をよく咀嚼して部下に伝えるとともに、人材育成責任をもって、企業が従業員それぞれにどのような知識・技術・技能・行動を期待しているのかという求められる人材像を示す。同時に、従業員がどのような能力を有しているのかという現状を把握して、人材像との差を埋め、活性化させる努力をしなければならない。また、従業員の意識や意見を吸い上げる必要がある。つまり、人材活性化に関してのトップダウンとボトムアップの仕組みをつくることが重要となる。
一方、人事部門はそれを支援するツールの整備や話し合いの場の設定、従業員のモチベーションを高めるための人事・処遇・考課・教育制度の構築などを行うことが肝要となる。
他方、従業員個々人は生涯設計、企業への貢献の仕方、現在の能力や実績などをよく考え、自立意識・自己責任意識をもって受・発信することが大切となる。
以上のように、トップダウンとボトムアップの仕組みを構築し、これを円滑に運営・機能させるためには、「コミュニケーションの充実」が欠かせない。これらなくしては、仏作って魂入れずということになりかねない。

3.コミュニケーションの要は管理職

「コミュニケーションの充実」を図るには、不断の努力が必要である。今日、メールなど情報通信機器の発達・普及に伴い、情報は広く末端にまで迅速に届くようになったが、その反面、肉声による直接対話や共に考える機会が決定的に不足してはいまいか。話し合い・雑談の場、共に考える機会を意図的に設定することが必要不可欠となってきている。
その意味で、管理職の責任は従来以上に重くなっている。管理職には、部下との信頼関係を構築するとともに、リーダーシップを発揮して、部下との、あるいは部・課・グループ内の肉声によるコミュニケーションを効果的に行うことが求められる。その際、管理職には自分の単位組織の企業における位置づけ・役割の認識と部下育成、それに対する「本気さ」「情熱」、部下に対する「思いやり」「暖かいハート・心」「公正さ」、さらには、「部下の意見を聴く力・聞き出す力」「包容力や理解力」「説得できる力量」「褒め・注意する力」などが大切となる。
また、上下の信頼関係構築のためには、日常の業務遂行にあたっても、管理職には「して見せて、言って聞かせて、させてみて、褒めてやらねば人は育たぬ、人は動かぬ」との心構えと実力が必要となろう。
このようにコミュニケーション充実のキーマンは管理職となるが、経営環境変化や技術革新が激しく、また、少数精鋭化の流れの中で、管理職の負荷は大きくなっている。人事部門には、管理職の心身の健康のフォロー、管理職相互に話し合う場の設定、管理能力向上のための教育などが望まれる。
いずれにせよ、コミュニケーションの充実が不可欠であり、日常的に適宜行なうことはもちろん、定期的に話し合いの場を設けることも大切である。現場のコミュニケーションや相互教育には反復が欠かせない。

第3章 長期雇用従業員の人事・賃金管理のあり方

1.一律型管理から複線型管理へ

現在、人事・賃金管理について、長期雇用従業員は一律的な管理、有期雇用従業員は職務内容による時間給管理という雇用形態による2区分の管理を行っている企業は少なくない。
しかしながら、長期雇用従業員についても、企業への貢献の仕方、仕事・役割とその変化、報酬のあり方、勤務時間や時間帯、就労場所、転勤や転務の有無などに対するニーズは多様化している。
また、そもそも成果の現われ方や組織への貢献度は仕事(職掌・職務)と責任(経営上の役割・経営への影響度)の差異に応じて異なっており、これを無視してすべて同一の視点で評価し、同一の賃金体系の中で処遇すれば、公正性を失い、納得も得られない可能性が高い。同一賃金体系の上で人事考課による昇給額の増減を行っても抜本的な解決とはなりにくい。
したがって、長期雇用従業員について、活性化を図ると同時に、合理的・効率的な人件費管理を行うためには、企業の実態に応じて、人事・賃金管理の軸を細分化し、複数設定していくことが望まれる。
全社一律型の人事・賃金管理から、「複線型・多立型の人事・賃金管理」へ転換していくにあたっては、「公正性」「納得性」の観点から、「仕事・役割・貢献度」と「賃金」との整合性を確保することが何より重要となる。
企業の中にはさまざまな仕事と役割があり、その仕事、役割の遂行を通じて現われる成果や貢献度のありようもそれぞれである。限定的な内容の仕事を遂行することで得られる成果と、未知なる分野において新しい価値を創造する職務を遂行することで得られる成果とでは、いずれも「成果」であることに変わりはないものの、その質や貢献度、現われ方はまったく異なる。
したがって、複線型の人事・賃金管理を構築するには、成果の質と現われ方の差異に着眼し、仕事、役割、階層などを切り口として分類し、それぞれにおいて最適な人事・賃金制度を設定することが合理的であろう。
企業内の仕事と役割の分類にはさまざまな方法がある。仕事の面では、定型的な仕事、非定型的な仕事といった分類があろうし、役割の面では、権限と責任、経営・業績への影響度による分類に加えて、将来的に経営幹部として育成されていくことが期待されている人、もっぱら専門能力の発揮を期待されている人、実務担当者として一定の貢献が期待されている人など、期待される役割に着目した分類などがある。
このような分類ごとに、賃金体系、賃金カーブの形と水準、昇降給の基準など賃金制度を設計することで、従業員の公正感、貢献感、将来期待感などを満たし、モチベーションを高めることもできよう。
また、仕事と役割による職群・コース間の乗換えについて、企業側のニーズと個人のニーズ・能力が合致した場合には可能としておくことは従業員のチャレンジ精神などを高めるであろう。
さらに、社内公募制を設けて、コース間のみならず、コース内の職務・役割についても異動を可能とすることは有意義となろう。
ただし、個人の持っている情報や個人の自己能力の認識力には限りがあるため、「本人が希望する仕事」と「本人が遂行可能な仕事・適性のある仕事」とは必ずしも一致しないことから、十分な審査が必要となる。

2.職務特性に応じた複線型賃金管理

長期雇用従業員における複線型賃金管理の導入の可否と制度のあり方を検討するにあたっては、各企業における仕事の種類、技術革新の速さ、仕事間の異動の幅・頻度などさまざまな状況を踏まえる必要がある。
ここでは、「職務特性に応じた複線型の賃金体系(職能給、職務給、年齢給などの賃金項目)」の基本的な考え方を紹介し、併せて、有期雇用従業員の取り扱いについても言及しておきたい。もちろん、職務特性に応じた賃金体系のあり方は、各企業の事業内容や組織構成等に応じて最適の形が検討されることとなるが、ここでは基本的な考え方の切り口について、参考までに提示する。
職務特性の分類と望まれる賃金体系としては、定型的職務と非定型的職務に分類し、検討することが有効であろう。
以下で示すように、まず、定型的職務、非定型的職務など大きな分類の職務従事群別に、職務給、習熟給、職能給、役割給、成果給など、成果・貢献度を反映する賃金項目を中心に据えて賃金体系を構築する。
そのうえで、実態を踏まえて、職掌・職種ごとに人事制度の資格・等級段階数、賃金水準、賃金改定方法などを設定して、コース別管理を行うことが望まれる。

(1) 定型的職務従事群の賃金体系
<定型的職務の特徴>

定型的職務とは、加工・組立職務、機械装置の操作職務、車両運転職務、狭い範囲の店内営業や接客職務、コンピュータ・データ入力職務、賄いや調理職務、保安警備職務など基本的には法律、社内規則・規定、マニュアル、作業標準、社内慣行等に定められた手順・方法や判断により製品やサービスなどの成果物をアウトプットする職務である。
これらの職務では、最終的な成果はあらかじめ設定あるいは想定されており、その職務を「早く正確に」遂行することがもっとも高い成果である。
このように定型的職務では、あらかじめ遂行方法や一定の成果が設定され、その遂行にあたっては、習熟度の相違による遅速や不正確性があっても、誰が遂行しようと同一の最終成果が要求され、また生み出されなければならない。そのため職務の範囲は限定され、その職務遂行に必要な要件もほぼ限定され、職務がもつ価値そのものが成果の高低と一致すると考えることができる。
したがって、それぞれの職務価値に対応して賃金を定める「職務給」を主体とした賃金体系がもっとも適していると考えられる。

<職務給・習熟給による賃金体系設定>

定型的職務で、「完全に遂行できている」とは、すなわち職務に設定される成果を「求められる質」(精度・出来映え)「求められる量」(時間当たり作業量、スピード)で実現するということである。当然ながら、それは当該職務を完全に遂行できる知識・習熟その他必要な能力を保有し発揮できなければ実現されない。
職務の中には、完全に職務遂行が果たせる者しか担当させない職務と、未熟練であっても担当させ、当該職務遂行を通じて職務習熟を図り、習熟により一定限度生産性を高めていく職務の2つがある。
前者については「職務給」だけで賃金を決定するのが妥当であるが、後者については職務給だけでは不十分である。そこで、能力・習熟の伸長度合い(成果の度合い)を「習熟給」として設定し、賃金処遇に反映させることが必要となろう。もちろん、職務の困難度や複雑度により習熟に要する期間は相違するので、職務ごとに習熟給の上限額を設定することはいうまでもない。
いずれにせよ、この体系においては、職務従事者の技能レベル、もしくは習熟レベルが同じであってはじめて賃金は同一となる。また、より高いレベルの職務に上がるか、職務習熟が進展しない限り昇給はなく、毎年賃金が自動的に上昇する仕組みにはならない。そのため、企業にとっては人件費原資のコントロールが容易となるし、雇用の維持・安定という社会的要請にも応えることを可能としよう。また、このことは昇給額管理から絶対額管理に移行することをも意味し、従業員の意識改革にもつながるであろう。
なお、これらの職務は、通常一定の場所で定められた設備機械、什器備品、帳票などを使用して職務を遂行し、その成果は習熟度と就労時間にほぼ比例して発現する。通常1時間就労すれば1時間分の成果が得られる。
そのため、算出される1時間当たりの賃金をそれぞれの職務に対して設定する「時間給」の概念を確立することが容易であるという特徴がある。
したがって、長期雇用従業員に限らず、有期雇用従業員の活用が可能な領域である。
長期雇用従業員については、将来、勤務時間の短い者、いわゆる短時間正社員制度が導入されていくと思われるが、定型的職務領域においては、同一の職務レベルの者と均衡した時間給換算で賃金を設定し、そのベースに人事考課結果を反映させることが合理的といえよう。
フルタイムあるいはパートタイムの有期雇用従業員については、職務の価値を反映したその時々の労働市場における需給状況を踏まえた賃金をベースとし、その上に短期的な貢献・成果を反映させる措置を講じることが好ましかろう。
なお、短時間労働者については、第5章で紹介する「パートタイム労働指針」にしたがって、長期雇用従業員との処遇の均衡に努めることに留意する必要がある。

図表5 定型的職務と非定型的職務

<監督技能職、高度技能職の取り扱いについて>

図表5に示したように、現業監督(技能)職やコア技能を担う高度技能職など、「構築された諸システムの円滑運営のための調整・保守。習得困難な所定手順・方法、システムによる製品・情報加工、サービスのアウトプットなどの職務」については、非定型的職務に含める場合がある。
これらの職務は、非定型的職務に求められる「独創性と完璧性」より、むしろ定型的職務に求められる「正確性と効率性」が強く求められるものの、成果はあらかじめ設定されておらず、担当者の発揮能力によって成果・業績に差異が生じる可能性が高い。
このような職務の取り扱いについては、個々の企業における職務実態によって変わってくるところであり、成果の現われ方が、一般技能職のそれと画然として違うという実態であれば非定型的職務に含め取り扱うのが適切であるし、差はあるものの、あくまでも一般技能職に求められる知識・スキルの延長線上で対応可能な職務という実態であれば定型的職務に含めることが妥当となろう。自社の職務実態を精査し、いずれの取り扱いとするか検討することが望ましい。

(2) 非定型的職務従事群の賃金体系
<非定型的職務の特徴>

非定型的職務とは、研究・開発の業務や管理・企画・営業など、いわゆるスタッフの職務で、「個々人のもつ課題対応能力、人間対応能力、知識、技能により新たな利益につながるシステムの開発や既存のシステムの改善、人事管理、業務管理、組織管理、販売、購買、ソフト開発などを行う職務」である。
これらの職務遂行では、その手段・方法は定められておらず自由裁量的要素が多い。また、成果の質・量は習熟の程度ではなく、職務遂行者の能力に左右される。さらに、成果をあらかじめ設定、あるいは確定的に予測することは困難で、結果が出てはじめて成果が確定するという性格の職務である。
非定型的職務を担当する従業員には職位として2つの種類が存在している。
1つは、育成期間中として、担当者の職能の伸長に対応して課業配分がなされ、また、職能の幅を広げる目的で他の職種に異動させ、その中で新たに管理者により適切な課業配分がなされるなど、職務内容が能力段階に対応してその時々で変わる、企画、調査、各種の折衝・調整等を行う職務群である。
もう1つは、経営目的を達成するためにあらかじめ標準化された職位が設定されており、その職務を遂行する能力を有する者を配置する監督、管理、研究開発、訪問販売、ソフト開発、インストラクターなどの職務群である。
したがって、これら2つの職務従事群は、成果に対する観点を変え、異なる体系で処遇することが望ましい。

<職務内容・範囲が組織的に定まっておらず、随時、仕事が変化する職務従事群(「課業柔軟型・非定型的職務従事群」)の賃金体系>

おもに非定型業務を遂行するが、課業配分が固定的でなく職務遂行能力伸長に応じフレキシブルに変化する職務従事群については、職務の標準化は図れず、職務はその時々により、また担当者により異なる。したがって、職務給の適用はきわめて困難であり、納得性にも欠ける。ゆえに課業遂行の困難度・複雑度などを基準とした職能資格にもとづき、発揮能力を評価して処遇する「職能給」が望ましい。
また、この職務従事群は、一般的に職能開発・育成期間にある場合が多い。したがって、たとえば同じ職能資格であっても、当該資格に昇格したばかりの者と、当該資格に格付けられて数年を経た者とでは、職能レベルに差異があり、受け持つ当該資格相当の課業の数が違ってくる。
そのため、職能給も「同一資格=同一給」では合理性がない。そこで、当該資格相当の課業がどのくらい、どの程度できるようになっているかにより職能の伸長度合いを評価し、その程度に応じて、一定の水準まで昇給していく範囲職能給を採用することが適切となる。
なお、これらの職務では、成果は時間単位で産出されるものでもなく、また、それを求められることもないであろう。一定期間後、少なくとも1ヵ月単位以上での成果を期待する職務であり、期間内での職務遂行に対してはある程度の自由裁量性が与えられ、労働時間が成果に比例することもない。
したがって、職能給では月給が適切といえ、職務遂行に際しての時間概念はきわめて薄いといえよう。
また、この職群には、有期雇用従業員や短時間勤務の長期雇用従業員は一般的にはなじまない。もしも、短時間・長期雇用従業員制度を設ける場合は、仕事内容・貢献度、時間的経過に伴う仕事や期待度の変化などに適合した賃金水準、昇降給の基準など賃金制度を新たに設定することが肝要といえよう。

<職務内容・範囲が組織的に役割・職責として明確に定められ、職務遂行に際して自由裁量性の高い職務従事群(「役割設定型・非定型的職務従事群」)の賃金体系>

この職務従事群では、配分された課業を遂行し、あるいは指示された課題を着実に処理することを要求される職務ではない。それぞれに与えられた職責・役割にもとづきその時々の経営目的達成のために、課題を創造し行動することが要求される職務である。ここでは企業が要求する職責・役割を十分果たし得るかどうかは、必ずしも約束されたものではない。そこで遂行結果にもとづく貢献度に応じて処遇を付加することが公正性を担保することになろう。
したがって、「職務に課せられている会社業績に対する責任の大きさ・範囲」「役割遂行の困難度」に対する定額の「役割給」を基本とし、成果・責任の達成度に対応する「成果(業績)給」で構成することが望ましいといえる。
成果(業績)給は、その時々の成果(会社業績、個人業績)に連動させ、連続性や保証性のあるものとしないことがポイントとなる。評価期間ごとに決定するいわゆる「洗い替え方式」とすることにより、付加価値生産性と賃金に整合性が保たれることになる。
また、これらの職務に要求される成果は、通常決算期単位に応じて、成果の評価も1年間の遂行結果となるのが一般的であろう。したがって、理論的には、賃金も1年間を単位として決定する年俸制が合理的といえる。もちろん、職種によっては、3ヵ月あるいは6ヵ月のほうが評価期間として妥当な場合は、その期間で評価し、その期間の賃金を決定することになる。
なお、この職群のうち、部下を管理する管理者や監督者については、有期雇用従業員や短時間勤務の長期雇用従業員への適応は通常はなじまないと考えられるが、他の従業員との接点や時間的拘束が希薄な研究開発や有期のプロジェクトなど特定の職務の者には適応可能と思われる。この場合は、それぞれに適した役割給や成果給の設定を行うことが望ましかろう。

3.年功型賃金から能力・成果・貢献度反映型賃金へ

(1) 属人的要素による賃金管理からの脱却

仕事・役割・貢献度と賃金の整合性を確保し、長期雇用従業員のモチベーションを向上するために、複線型・多立型の賃金体系を構築するにあたっては、それぞれの職群・コースにおいて、年齢、勤続年数などの属人要素に基づく賃金管理からできるかぎり離脱することが大切である。つまり、年齢給や勤続給を縮小あるいは廃止して、前述したように職能給、職務給、習熟給、役割給、成果給などを賃金体系の中心に据えていくことが望まれる。
能力・成果・貢献度反映型の賃金管理の構築に向けては、属人要素による賃金管理が若年層に比べて、中・高齢者層の賃金水準を相対的に高め、若年層の活力を阻害すること、個人の能力・仕事と賃金のミスマッチを生じさせ円滑な労働力移動を妨げること、60歳以降の雇用確保が求められる中で、企業に過大なコスト負担を発生すること、また、子育てなどにより、キャリアの断絶が起こりやすい女性にとっては、勤続年数による賃金決定は男性に比べて不利なものとなる面があることなどを考慮する必要があろう。

(2) 定期昇給から定期賃金改定へ

長期雇用従業員間の公正性を実現するためには、仕事と役割の分類に応じた複線型・多立型の賃金体系を確立するとともに、同じ仕事・役割を担う従業員間において、人事考課に基づいて賃金や賞与に差をつけることが求められる。
差をつけることで、公正性を確保するともに、自分の賃金等は自分で稼ぐという自立意識を高め、良い意味での従業員間の競争意識も育むことができよう。
さらに、賃金体系にかかわりなく「毎年だれしもが昇給する」という「定期昇給制度」を行ってきた企業は多いが、今後は、人事考課結果によっては降給もあり得る「定期賃金改定」「定期昇降給制度」への見直しが検討されることも増えるであろう。すでに、入社から一定期間経過後の定期昇給制度を廃止・見直した企業は数多い。
このような成果・業績重視の賃金制度を実現するには、透明性・公正性・納得性のある人事考課制度の構築が必要となる。したがって、評価項目の充実、目標管理制度、自己申告・面談制度、多面評価制度、評価結果のフィードバック、能力開発制度、考課者訓練制度など多様な取り組みが望まれる。
その際、人事考課制度への信頼のベースは、日常の上下間におけるコミュニケーションの中にあることを忘れてはならない。
また、評価項目については、目先の業績のみにこだわって、長期的な観点を失しないこと、連帯感や部下育成の視点をおろそかにしないことも大切であり、長期的視野やコミュニケーション能力・実績、業務プロセス、チャレンジ内容などを盛り込んで評価することが好ましかろう。

第4章 有期雇用従業員の活性化策

有期雇用従業員の活用が進んでおり、その活性化を図ることは極めて重要となっている。
有期雇用従業員と一口にいっても、契約社員、嘱託社員、臨時社員、パートタイマー、アルバイトなど呼称はさまざまであり、労働時間、勤務時間帯、仕事・役割なども多岐にわたっているが、いずれにしても、一般的には雇用期間や労働時間が短いことを考えれば、コミュニケーションの充実や存在感、公正感、納得感、達成感の確保に積極的かつ密度高く取り組む必要がある。
有期雇用従業員の賃金の考え方については、前章で触れたとおりである。定型的職務では、職務内容や勤務時間帯などにおけるその時々の需給状況を踏まえて、時間給を設定するのが基本的考え方となろう。他方、非定型的職務では、役割が明確に示され創造性の発揮を求められる研究開発や有期プロジェクトなどの特定の職務において、それぞれに適した役割給・成果給の設定を行い、年俸制や月給制をとることが望ましい。なお、第5章で紹介する「パートタイム労働法・指針」では、短時間労働者と通常の労働者との処遇の均衡の考え方を示しており、これに留意する必要がある。

1.仕事・役割の明確化と周知

まず、同じ企業、職場で働く仲間として、長期雇用従業員との良好な関係をつくっておくことが重要である。
もしも、長期雇用従業員が、有期雇用従業員を下にみる意識や風潮があるとすれば、企業全体の活性化を著しく阻害するであろう。
有期雇用従業員に対しては、雇用契約締結時に仕事・役割をきちんと説明する一方、長期雇用従業員に対しても、有期雇用従業員の位置づけ、働き方、仕事・役割などを説明し、両者の違いは、個々人の能力ではなく、雇用期間や働き方、仕事・役割とその変化などであることを認識しておくことが大切であり、これが相互尊重のベースとなろう。

2.有期雇用従業員の意識の把握と改善

有期雇用従業員は顧客等との接点に立っている場合も多く、彼らの活性度・満足度が高ければ、企業への貢献意識も高まり、顧客のことを考えた対応が行われ、企業の収益の向上につながっていく。
したがって、有期雇用従業員の職場に対する満足度を調査・把握したうえで、満足度が低いところについて、企業と従業員の双方にとってメリットがある場合は、その改善に努めていくことが大切となる。実際に、意識調査や満足度調査を行っている企業は少なくない。
企業事例をみると、調査項目は、仕事の面白さ、人間関係、技能向上、職場環境、やり甲斐、時給・手当等処遇、休日・休暇、余暇など多岐に及んでおり、具体的には、「人格が認められている」「自分の意見が尊重される」「自己成長を支援する人がいる」「仕事による学習・成長がある」「達成感がある」などの場合に、職場への満足度が上がるとの指摘もなされているところである。

3.コミュニケーションの充実

有期雇用従業員のモチベーションを向上するためには、以下で述べるような存在感、貢献感、達成感、自己成長感などの視点から取組みを行うことが有効である。その際、職場内でのコミュニケーションを充実できるかが鍵となろう。
また、その実現に向けては、人事部門の役割が重要であり、管理職や上長の管理能力向上に向けた教育・研修を充実・徹底することが必要である。また、契約更新時の面接制度や定期的な意見交換の場を設定することも望まれる。

(1) 存在感

組織の中における存在感、つまり、「自分は組織の一員、従業員仲間のひとりである」と意識できることが、志気を維持・向上するうえでの基礎となる。存在感の確認は、「自分は見られている。見てくれている人がいる」「話す相手がいる」ことから始まる。挨拶は当然のこと、声を掛け合う、説明し合う、話し合う、誉め合う、注意し合う、激励し合うなど、相互のコミュニケーションの良さが何より大切となる。

(2) 貢献感

「自分の仕事は重要である」「自分は仕事を通じて企業と社会に貢献している」という貢献意識は、自己の存在評価を高め、責任感を醸成し積極性を引き出す。したがって、各人に担当の仕事の意義・意味をよく説明していくことが大切である。さらに、組織内の立場や仕事の内容がステップアップした場合には、改めて立場と仕事の位置づけ、権限・責任などを明確に説明し、認識を新たにしてもらうことが肝要である。

(3) 達成感

「自分の仕事ぶりが認められている」「むずかしい仕事を遂行できた」「目標を達成できた」などの達成感は、次なる挑戦心を生み出す。企業は有期雇用従業員が達成感を味わえるような人間関係や仕組みをつくるよう努めなければならない。
日常的には、管理職が部下のまじめさ、職務遂行の正確さ・迅速さ、報告・連絡・相談等の行動、意欲ある積極的姿勢、協調性やコミュニケーション能力の発揮、成し遂げた成果などについて、その都度「誉める」ことが重要である。勿論、足りないところがあれば注意喚起することも必要である。誉めるに際しては、「あなたは今日一日よくやった」といった漠然とした誉め方ではなく、具体的な行動を誉めることが大切である。
企業事例をみると、誉めるためのチェック項目を文章化し、適宜、該当項目を示して誉めるという仕組みを構築し実践しているところもある。
また、契約更新時や定期的な面接などにおいて、本人に良いところ、注意すべきところなどを説明し、相互対話することは、有意義であろう。

(4) 自己成長感

職場の縦横の人間関係、職務遂行、教育訓練などを通じて、自己の人格、知識、技術、技能、対話・表現能力などが、「向上した。成長した」と感じることは、満足感のみならず、自分自身の能力評価を高め、さらなる向上へのやる気を引き出す。しかしながら、人格や能力は時の経過の中で一進一退しつつ、徐々に向上する場合が多いため、本人が自覚できないことも多い。したがって、本人に「気づかせる。自覚させる」ことが大切となる。日々の業務の中や契約更新時に、管理職が部下の成長した点を具体的に指摘するなどのアクションが重要となる。

4.提案制度や表彰制度の導入

各人が遂行している職務を中心に、仕事の進め方などについての改善提案を行うなど、意見を言える機会を作ることは参画意識を高める。また、優秀者に対する表彰を行うことは、貢献感、達成感を充足し、前向きな姿勢、やる気を高める。
企業事例をみても、提案制度、表彰制度を設け、業務の改善と従業員の活性化に役立てている。

5.その他

有期雇用従業員の間での公正性を図り、やる気を導くために、評価制度を設け、時給や手当に反映させている企業は少なくない。ある企業では、年に4回、5段階評価を行い、評価に応じて0〜数十円の時給の昇給を行っている。
一方、有期雇用従業員のモチベーションを高めると同時に、企業にとっても即戦力の人材の継続的な確保となることから、長期雇用従業員への登用の機会を制度化している企業も少なくない。
なお、有期雇用従業員については、雇止めをめぐるトラブルなどを防止するためにも、契約更新の有無、判断基準などを明示しておく必要がある(第5章参照)。

第5章 法律・指針等の改正の状況

多様な働き方が進展している中で、労働基準法、労働者派遣法、職業安定法が改正され、また、短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(以下、パートタイム労働法)に基づくパートタイム労働指針の改正が行われた。
とりわけ、労基法の改正では、多様な働き方の選択肢の拡大に向けて、有期労働契約期間の上限が従来の原則1年から原則3年に延長されるとともに、トラブル防止のために有期労働契約の雇止めなどに関する基準が新たに示された。一方、パートタイム労働指針の改正では、短時間労働者と通常の労働者との間の均衡処遇の考え方が具体的に示された。
以下では、労働基準法、パートタイム労働指針の主な改正点とそのポイントを紹介する。
なお、日本経団連は、従来から労働市場の規制改革を求めてきた。この分野における規制緩和が徐々に進んでいるわけであるが、今後とも一層の規制緩和が必要である。とりわけ、労働基準法における裁量労働制の一層の要件緩和を進め、また、仕事の成果が労働時間の長さに比例しない労働者が増加している現状を踏まえて、アメリカのホワイトカラー・イグゼンプション制度のような、一定の労働者には労働時間規制の適用を除外する制度の早期検討・導入が必要であることを改めて強調しておきたい。

1.労基法改正による有期契約期間の拡大等

改正労働基準法が2004年1月1日に施行された。改正のポイントは、有期労働契約に関する改正、解雇に関する改正、裁量労働制に関する改正であるが、ここでは有期労働契約に関する改正について紹介する。

(1) 契約期間の上限の延長

有期労働契約については、一定の事業の完了に必要な期間を定めるものの他は、契約期間の上限が「原則3年(従来は1年)」に改正された。また、高度な専門的な知識、技術または経験を有する者(厚生労働大臣が定める基準による)や、満60歳以上の者と有期労働契約を締結する場合の契約期間の上限が「5年(従来は3年)」とされた。

(2) 有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準

有期労働契約の締結時や期間の満了時におけるトラブルを防止するため、使用者が講ずべき措置について、厚生労働大臣が基準を定めることができることとなった。
これに基づいて、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準」が制定された。使用者が講じなければならない措置の主な内容は次のとおりである。

  1. 有期契約労働者に対し、契約の締結時に「契約の更新の有無」を明示すること。契約を更新する場合があると明示したときは、更新する場合またはしない場合の「判断基準」を明示すること。契約締結後に上記につき変更する場合は、速やかにその内容を明示すること。

    <「更新の有無」の具体的な参考例>
    • 自動的に更新する
    • 更新する場合があり得る
    • 契約の更新はしない  等
    <「判断の基準」の具体的な参考例>
    • 契約期間満了時の業務量により判断する
    • 労働者の勤務成績、態度により判断する
    • 労働者の能力により判断する
    • 会社の経営状況により判断する
    • 従事している業務の進捗状況により判断する  等

  2. 契約締結時に、その契約を更新する旨明示していた有期契約労働者(締結している労働者を1年以上継続して雇用している場合に限る)を、更新しない場合には、少なくとも契約期間が満了する30日前までにその予告をすること。

  3. 雇止めの予告後に労働者が雇止めの理由について証明書を請求した場合は、遅滞なくこれを交付すること(雇止め後に請求された場合も同様)

    <明示すべき「雇止めの理由」の具体的な参考例>
    • 前回の契約更新時に、本契約を更新しないことの合意がなされていたため
    • 契約締結当初から、更新回数の上限を設けており、本契約は当該上限に係わるものであるため
    • 担当していた業務が終了・中止したため
    • 事業縮小のため
    • 業務を遂行する能力が十分ではないと認められるため
    • 職務命令に対する違反行為を行ったこと、無断欠勤をしたこと等勤務不良のため  等

  4. 契約を1回以上更新し、1年以上継続して雇用している有期契約労働者との契約を更新しようとする場合は、契約の実態およびその労働者の希望に応じて、契約期間をできる限り長くするよう努めること。

2.有期労働契約の雇止めに関する判例の傾向

有期契約労働者の契約期間満了による雇止めについて、裁判で争われた裁判例をみると、次の6つの判断要素を用いて契約関係の状況を総合的に判断している。
判例では、民法の原則どおり契約期間の満了により当然に契約関係が終了するものと判断された事案がある一方で、契約関係の終了に制約を加え、解雇に関する法理の類推適用等により雇止めの可否を判断し、結果として雇止めが認められなかった事案も少なくない。

<6つの判断要素>
  1. 業務の客観的内容
    従事する仕事の種類・内容・勤務の形態(業務内容の恒常性・臨時性、業務内容についての正社員との同一性の有無等)
  2. 契約上の地位の性格
    地位の基幹性・臨時性(嘱託・非常勤講師等)、労働条件についての正社員との同一性の有無
  3. 当事者の主観的態様
    継続雇用を期待させる当事者の言動・認識の有無・程度等(採用に際しての雇用契約期間や更新ないし継続雇用の見込み等についての雇主側からの説明等)
  4. 更新の手続・実態
    契約更新の状況(反復更新の有無・回数、勤続年数等)、契約更新時における手続の厳格性の程度(更新手続の有無・時期・方法、更新の可否の判断方法等)
  5. 他の労働者の更新状況
    同様の地位にある他の労働者の雇止めの有無等
  6. その他
    有期労働契約を締結した経緯、勤続年数・年齢等の上限設定等

判例の傾向をみると、雇止めが認められた事案の特徴としては、業務内容が臨時的、臨時社員など契約上の地位が臨時的、契約当事者が期間満了により契約期間が終了すると明確に認識している、更新手続が厳格に行われている、同様の地位にある労働者について過去に雇止めの例があることなどが指摘されている。
反対に、雇止めが認められなかった事案の特徴としては、業務内容が恒常的、更新手続が形式的、雇用継続を期待させる使用者の言動がある、同様の地位にある労働者について過去に雇止めの例がほとんどないなどの点が指摘されている。

3.パートタイム労働法・指針の改正

パートタイム労働法に基づく「パートタイム労働指針」は、短時間労働者の適正な労働条件の確保と雇用管理の改善に関して事業主が講じなければならない措置を定めたものであるが、2003年8月に改正され10月1日より適用となった改正のポイントは、短時間労働者と通常の労働者との間の均衡を考慮した処遇の考え方が具体的に示されるとともに、事業主が講ずべき措置が追加されたことである。
ここでは、すべての改正点については触れず、短時間労働者と通常の労働者との処遇の均衡の部分に絞って紹介する。

(1) パートタイム労働法の対象と事業主の責務

パートタイム労働法で対象となる短時間労働者は、1週間の所定労働時間が同一の事業所に雇用される通常の労働者の1週間の所定労働時間に比べて短い労働者である(第2条)。
また、事業主の責務(第3条)は、「事業主はその雇用する短時間労働者について、その就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して、適正な労働条件の確保(以下略)」を図るために必要な措置を講じるよう努めなければならないことを定めている。
なお、ここでいう「通常の労働者」とは、いわゆる正規型の労働者をいい、社会通念に従い、当該労働者の雇用形態、賃金体系等(例えば、労働契約の期間の定めがなく、長期雇用を前提とした処遇を受けるものであるか、賃金の主たる部分の支給形態、賞与、退職金、定期的な昇給又は昇格の有無)を総合的に勘案して判断される。

(2) 通常の労働者との均衡を考慮した処遇

パートタイム労働指針では、「事業主は、短時間労働者について、その就業の実態、通常の労働者との均衡等を考慮して処遇するべきである」と定めている。
厚生労働省の通達によれば、「その就業の実態」には、業務の内容(困難度、複雑度等を含む)、労働時間(所定労働時間の長さ及び時間帯)、所定外労働の有無、配置転換の有無、契約期間、勤続年数、職業能力(技能熟練度、専門的知識の有無、免許・資格の有無等を含む)等が含まれ、「通常の労働者との均衡」とは、短時間労働者と通常の労働者を比較したときのバランスをいうものであること。「考慮」とは、「就業の実態」を前提としてこのバランスを考慮することであり、それだけでは十分でない場合は必要に応じて同業の他社の状況も「等」として考慮することをさすものであること、としている。
その上で、指針では、通常の労働者(以下、「正社員」という)と「職務が同じ」短時間労働者については、「人材活用の仕組みや運用などが正社員と実質的に異ならない場合」と「人材活用の仕組みや運用などが正社員と異なる場合」に分けて、以下の考え方を踏まえるべきであることを明記している。

<正社員と職務が同じ短時間労働者の均衡処遇の考え方>
  1. 人材活用の仕組みや運用などが正社員と実質的に異ならない場合
    職務が正社員と同じ短時間労働者のうち、人材活用の仕組みや運用などが正社員と実質的に異ならない場合は、短時間労働者と正社員との間の処遇の決定方法を合わせる(同一の処遇決定方式)などの措置を講じた上で、意欲、能力、経験、成果などに応じて処遇することにより、正社員との均衡の確保を図るよう努める。
    なお、「処遇の決定方法を合わせるなど」について、厚生労働省は、「例えば、賃金については、正社員と短時間労働者で同じ体系の賃金表を適用する、支給基準、査定・考課基準、支払形態などを合わせること、またこれに相当するような取り組みが考えられる。処遇の決定方法が同じでも、査定や業績評価などを行うにあたって、意欲、能力、経験、成果などを勘案することにより、個々の労働者の賃金水準は違ってくる」としている。

  2. 人材活用の仕組みや運用などが正社員と異なる場合
    職務が正社員と同じ短時間労働者のうち、人材活用の仕組みや運用などが正社員と異なる場合は、短時間労働者の意欲、能力、経験、成果などに応じた処遇についての措置などを講ずることによって、正社員との処遇の均衡を図るよう努める。

上記でいう「職務が同じ」かどうかなどについては、厚生労働省は通達やパンフレット等で以下のように示している。
○ 「職務が同じ」かどうかについては、まず「職務の範囲」を比較し、その場合、通常従事する作業が同じかどうかについて、個々の作業の幅や組合せについても比較して判断する。作業後の清掃など臨時的・付随的な作業に違いがあっても、同じ職務と考えられる。
ただし、作業の幅や組合せが大きく異なる場合、例えば、正社員が短時間労働者の行う作業に加えて、生産計画の策定、顧客対応なども行うような場合には、職務そのものが違うと考えられる。個々の作業を比較するにあたっては、トラブル発生時や臨時・緊急時の対応、ノルマなどが同じように職務上の「責任」として含まれているか、与えられた権限の範囲についても考慮する。また、作業を行うにあたって必要最低限の能力や難易度、複雑度などの職務レベル、肉体的・精神的負担などの労働の負荷なども含めて判断する。
○ 「人材活用の仕組みや運用など」が実質的に異ならないかどうかは、人事異動の幅・頻度、役割の変化(責任・権限の重さの変化)など、労働者が時間的経過の中で、どのような職務経験を積む仕組みがあるのかということと、その仕組みが実際に運用されているか実態をみて判断する。人事異動には転勤も入るが、同じ事業所内の異動や異なる職種への異動も含まれ、その範囲を幅として比べる。頻度についても、回数だけを比べるのではなく、幅とも関連してみることが必要である。このような人材育成のあり方は、時間的経過の中で、労働者にどのような職務経験を積ませていく仕組みがあるかについて、制度化または慣行化され客観的に把握できるものによってみていくことになる。以上のようなことを例示として、総合的に「人材活用の仕組みや運用など」を判断していくが、制度の有無だけで違っていると判断するのではなく、運用も含めて判断する。単に労働時間が短いだけでは、「人材活用の仕組みや運用など」が異なることにはならない。

第6章 有期雇用従業員の活用と人事管理の方向性

前章において、労働基準法やパートタイム労働指針の改正内容と有期労働契約における雇止めの問題などをみた。
今後は、短時間労働者の均衡処遇に努める一方、有期雇用従業員の雇止めの問題にも留意しつつ、人材の活性化と有効活用を図っていかなければならない。
とりわけ、雇止めをめぐるトラブルを回避するためには、有期雇用従業員との契約手続、更新手続、長期雇用従業員との仕事の同一性の有無、労働条件の同一性の有無などに留意する必要があり、長期雇用を前提としたシステムである定昇制度や退職金、配置転換・転勤などの適用についても、慎重な対応を行うことが大切となろう。
ここでは、これらを踏まえての長期雇用従業員と有期雇用従業員との人事・賃金管理のあり方について、以下の型の分類を提示してみたい。

1.長期雇用従業員の人事・処遇制度との均衡確保型

この型は、有期雇用従業員の活用を進め、職務、人材活用の仕組み・運用を長期雇用従業員のそれと同様に行っていく方針の企業において、長期雇用従業員に適用している現行の処遇の決定方法を有期雇用従業員にも適用させ、処遇の均衡を確保していくものである。
この型では、長期雇用従業員への即戦力としての登用も容易となろう。
ただし、有期雇用従業員と同様な職務・仕組みにある長期雇用従業員の賃金制度が年功型であった場合は、人件費コストの増加を招くことになる。また、職務の恒常性、長期雇用従業員との職務、労働条件の同一性の観点から、雇止めが難しくなる場合があることにも留意しておく必要があろう。
いずれにせよ、この型を実際に採用できるのは、限られた企業となるものと思われる。

2.長期雇用従業員の人事・処遇制度見直しによる均衡確保型

有期雇用従業員の職務、人材活用の仕組み・運用を長期雇用従業員のそれと同様に行っていくと同時に、長期雇用従業員に適用している処遇の決定方法を有期雇用従業員にも適用させ、処遇の均衡を確保していくもので、前記した1の型と同様であるが、これを行う前に、長期雇用従業員の賃金制度を職務特性に応じた複線型・多立型の賃金体系に改めるというものである。
職務特性に応じて、合理的な賃金体系、賃金水準が構築され、現行の賃金水準を引き下げることができれば、人件費コストの非効率な増加等は避けることができよう。
ただし、職務に対応して賃金水準は合理的ではあるが、長期勤続として魅力に欠ける場合は、同一職務を定年まで続ける設定の企業においては、長期雇用従業員の確保が困難になる可能性があろう。

3.長期雇用従業員との担当職務の区分明確化型

この型は、企業の人材活用戦略として、有期雇用従業員と長期雇用従業員に同じ職務を担わせないものである。
何より重要なのは、長期雇用従業員と有期雇用従業員の職場の職務編成を明確に区分しておくことにより、均衡処遇の確保による人件費の増加やトラブルを回避することができる。
ただし、長期雇用従業員の担当職務領域においては、業務量変動への対応力が低下する可能性があり、職務区分にあたっては慎重な検討が必要となろう。

4.長期雇用従業員の人材活用の仕組みと異なる制度の明確化型

有期雇用従業員と長期雇用従業員との職務は同じで、人材活用の仕組みや運用は異なる管理を行うことで、処遇の均衡を図るよう努めていく型である。
ただし、有期雇用従業員を更新によって長期間雇用する可能性があり、人材活用の仕組み・運用の実態が長期雇用従業員と混在してしまう可能性があるとか、職務が恒常的であるなど雇止めの有効性が懸念されるような場合は、前述の1または2の型を選択するか、あるいは、これらの問題によるトラブルの発生を防止する観点から、更新回数を抑えることがひとつの方法として考えられよう。
なお、新入社員など育成段階にある長期雇用従業員については、職務が有期雇用従業員と同じになる場合もあるが、こういったケースについては、人材活用の仕組みが異なるということを明確に示しておく必要がある。

いずれにしても、先行きが不透明で売上高も生産量も不安定な中で、企業は、その存続・発展に向けて、多様な人材を効率的に活用して適正かつ柔軟なコスト管理を行うとともに、さまざまな雇用・就労形態の従業員を「公正性」「納得性」などの観点で活性化していくことが肝要である。雇用ポートフォリオの視点から、職務編成を明確に区分しておくことが重要である。

第7章 賃金制度の見直しにおける法的な留意点

長期雇用従業員の賃金水準や賃金制度の見直しを行うことで、労働条件の不利益変更が生じる場合がある。この問題については、法律や判例の積み上げから判断され、また、個々の案件によって結論も異なるため、ここでは参考までに、基本的な考え方と留意点を簡単に示すにとどめる。

1.不利益変更における留意点

不利益変更については、(1)労働協約が締結された場合、(2)就業規則の一方的変更の場合に分けて考えておく必要がある。

(1) 労働協約締結の場合

不利益変更に関して労使が合意し協約が締結されれば、合意内容が相当に組合員に不利益なものであっても、「(2)就業規則の一方的変更」の場合に比べて、基本的には労働組合の自主的判断を尊重してこれが有効視される可能性が高い。

(2) 就業規則の一方的変更による場合

労使が不合意、無組合や非組合員で本人の同意が得られないとき、就業規則の一方的変更が行われることがある。
この場合は、不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの「高度な必要性に基づいた合理的な内容」であるかどうかが問題となる。
具体的な高度な必要性・合理性の判断は、つぎのような項目が重要な要素とされ、総合的に判断されることになる。

(1)、(2)いずれにしても、環境変化、将来見通し、社会的動向、変更の必要性などについて、労使間で十分に情報交換、協議、交渉を行なうことが最も重要となる。

2.新人事・賃金制度導入の留意点

企業を存続・発展させ、また従業員を活性化させていくために、前述したように新たな人事・賃金制度に改めていく必要がある。
新たな制度を導入するに際しては、十分な話し合いを経て労使合意し、新制度に切り替えるのが最良であるが、抜本的見直しの場合、在籍従業員の不利益が大きく労組の合意を得ることが困難な場合も想定できる。
そうした場合は、新たな視点として、新規採用者から新制度を適用することで労使合意を得るのもひとつの方法として検討していくことが必要であろう。しかし、これでは全員に新制度を適用するまでにかなりの年月を要することも事実である。
したがって、全従業員に新制度を適用する一方で、不利益を生じる従業員に対しては、不利益を緩和するために暫定的な補填措置を講じるとか、現在の賃金額と新制度の賃金額との格差のうち、全部ないし部分を調整手当として支給し、漸次この手当を縮小していくことで、労使合意を得るのもひとつの方法である。
いずれにせよ、先行きが不透明な経営環境、雇用・就労ニーズの多様化の中で、合理的な人件費管理と従業員の活性化を図ることは不可欠であり、従業員意識を把握し、制度点検を行って、改革に向けた一歩を踏み出すことが肝要であろう。

以上

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