技術革新、グローバル化、少子・高齢化の進展など、わが国の企業を取り巻く環境は大きく変化している。厳しい競争を勝ち抜いていくために、従業員には、これまで以上に独創性や創造性、自ら問題を発見し解決策を導き出す能力が求められる。
日本経団連(当時日経連)は、1998年に市場価値の創造という観点から「日本型エンプロイヤビリティ」(企業に雇用されうる能力)について検討を行い、翌年、「エンプロイヤビリティの確立をめざして−従業員自律・企業支援型の人材育成を−」と題する報告書をとりまとめ発表した。
報告書では、企業は「個」に焦点を当てて、一人ひとりの強みや持ち味を伸ばすキャリア形成支援を行い、従業員側は自分の進むべき道を明確にした上で、企業が提供する支援策を有効に活用していく必要性を指摘した。
その後、報告書のフォローアップとして、2000年に「エンプロイヤビリティ形成支援プログラム−キャリア開発をベースとした社内教育システム構築のための5つの研修プログラム」を開発。2001年には「エンプロイヤビリティ形成・向上のための産学連携教育の推進−大学・大学院における社会人教育および大学におけるキャリア教育−」について提言を行った。
企業の活力・競争力を強化するためには、その源泉となる人材力の向上を図ることが不可欠である。企業としては、OJTを中心とした実践教育とともにOff−JTを適切に行い、従業員一人ひとりの能力や適性に焦点を当てたキャリア開発を目的とした多様な育成策をいかに推進していくかが大きな課題である。
また、従業員は自らエンプロイヤビリティを高めるための自己啓発を継続的に行い、企業としては、事業経営に必要とされる能力伸張を支援すべく環境整備を図るなど積極的な支援を行う必要がある。本報告書は、企業が抱える人事・人材育成制度の問題点等も踏まえて、時代の変化に対応した望ましい人材育成支援策のあり方や具体的な方策について検討を行った結果を取りまとめたものである。
経済活動のグローバル化やICT(情報通信技術:Information and Communication Technology)の進展など、わが国の企業を取り巻く環境は大きく変化している。環境の変化に伴う国内外での企業間競争の激化、資源の需給逼迫と有限性の認識、地球環境問題など、現代はまさに歴史上の激変期にある。
企業の活力・競争力の源泉となる最も大切な資源は人材であり、企業は取り巻く内外の環境変化に伴い、人材管理・育成のあり方を再構築していく必要がある。最先端の分野から現場に至るまで、また、創造的な業務から定型的な業務まで、求められる能力は異なるものの、それぞれの職場で自律型人材(自ら主体的に考え行動する人)が不可欠となっている。
激変期にあって以前と決定的に異なるのは、従来の安定志向的な考え方では、企業も従業員個々人も生き残れないということであろう。企業は原則として、長期雇用の確保を最優先とする姿勢は変わっていないが、大切なことは、環境変化に対応する柔軟性とチャレンジ精神が不可欠という点である。
また、経済・社会、技術、企業業績の変化に伴い、就労形態や処遇を変更せざるを得ない場合も生じてくる。いずれにせよ、安定志向から脱却し、個々人自らが向上、変革していく気概をもつ、意識改革に溢れた社内風土や職場づくりが求められている。
かつては、企業本位の事業展開が中心であったため、過去の前例を参考にしながら○×方式で正解を探し当てる人材、あるいは与えられた課題や目標を着実に実行する人材を求める傾向が強かった。
しかしながら、経済活動のグローバル化、ICTの進展と情報量の増加に伴う業務の複雑化・高度化などに対応し、世界規模での厳しい企業競争を勝ち抜いていくためには、これまで以上に人材の持つ総合的な力、「人材力」の質的水準の向上が不可欠となっている。
従業員一人ひとりが、創造性を発揮し、自ら課題を発見し解決する能力、国際社会に通用する幅広い教養と語学力など、「人材力の向上」が強く求められる所以である。
とりわけ、問題発見能力・課題解決能力を向上させる上では、固定的な価値観から脱却する必要がある。変化のスピードが速く、過去の成功体験が必ずしも役に立つとは限らない環境の下では、過去の前例やノウハウを踏襲した仕事のやり方だけでは通用しないばかりか、自分で考え創造する力を養うこと事態難しいといえる。むしろ、失敗体験が、新たな技術の発見・発展や商品の開発につながるケースも多いといった点にも留意すべきである。従業員のチャレンジ精神、多様な価値観や考え方を重視し、幅広い思考ができる能力を培い、高めていくことが重要となる。
近年、企業は顧客志向の経営を求められている。顧客ニーズの多様化に対応していくためには、今までの慣習にとらわれず、問題の本質をつかんだ上で、迅速に行動し、価値創造、事業革新を図ることのできる「自律型人材」が必要となる。また、与えられた仕事を最後までやり遂げ、さらに自らの付加価値として期待以上の成果を上げることも求められている。
自律した人材の育成に向けては、企業の経営方針やビジョンを明確にして、従業員にその趣旨を浸透させていくトップの強いリーダーシップが大切である。
一方、自律した従業員は、顧客の声、現場の状況をラインを通じて、速やかに上へと伝達していく。こうした風通しの良さを持った組織が、企業をより柔軟にかつ強固なものとしていくことになる。
なお、トップが明確にした目標を実現するためには、自律型人材との接点となる管理職層が、トップの考えを整理し、部下に対してわかりやすく説明できる咀嚼力と具体的な目標による管理、さらには対話力を養う必要があることを付記しておきたい。
従来、日本の企業の多くは、現場に対する深い知識と理解、変化にフレキシブルに対応する力、問題発見・課題解決能力など、いわゆる「現場力」に支えられてきた。そこでは個々人の経験の積み重ねが仕事を遂行する上での大きな要素であり、先輩から後輩へ自然なかたちで技術・技能(匠)の伝承も行われていた。かねてわが国企業では、人と人とのつながりを重視した経営を行ってきたのである。
しかしながら、グローバリゼーションやICTの発展に伴う新たな技術・技能の登場によって、これまで蓄積してきた仕事の経験がそのまま活かされるとは限らないような状況となった。また、ICTによる技術革新は、かつて熟練を要した仕事を、単純化・容易化し、非正規従業員の活用が広がることにもつながった。
一方、インターネットやメールの普及によって、情報の伝達においてもメールでやり取りすることが多くなってきた。こうした状況変化は、時間や距離の壁を越えてコミュニケーションをとることが可能になった反面、直接顔を合わせて話をする機会が少なくなり、相手に自分の気持ちを伝える、逆に相手の気持ちを読み取るといった意思の疎通の難しさの問題を生じさせている。
このような現場力の低下を如何に向上させていくかが、今日の企業にとって喫緊の課題である。そのためには、何よりも話す力・聴く力をベースとした「コミュニケーション能力」の向上と、それによる企業風土の活性化が不可欠といえる。その上でさまざまな技術・技能、ノウハウ、構想力を備えた多様な人材が、密接に連携を図りながら仕事を進めていくことができるかどうかが今後の大きな課題となる。
コミュニケーション能力を向上させるためには、まず、従業員に対話力の重要性について気付かせることが必要である。その上で、従業員相互が語り合ったり、雑談したり、共に考えたりする「Face to Face のコミュニケーション」の場として、同一職場内、部門部署横断の集まりや研修プログラムの中に設定することもひとつの有効な手法といえる。いずれにせよ、コミュニケーション能力の低下が指摘される今日、企業として、その向上を図るべく積極的に手を打っていくことが重要であることは間違いない。
コミュニケーションを円滑に行うことで、現場でおかしいと思うことを関係者と協働の上で改善に結びつけていく。つまり、仕事の本質を見極めることが現場力の向上につながるのである。
企業を取り巻く環境の変化に加え、働く人々の価値観の多様化といった意識面の変化にも直面している。これに対応するためには、従来の「一律的なキャリア形成」の仕組みを、個人に焦点を当てた「主体的なキャリア形成」支援の仕組みへと転換することである。
社会・経済の急速な発展に伴って、企業が必要とする従業員の能力は年々変化しており、変化に対応しうるキャリア形成の重要性が高まっている。
また、すでに指摘したように、顧客ニーズの多様化に対応するためには、常に問題意識を持ち、「自律型人材」を育成する必要が生じているとともに、個人の価値観や就労観も多様化していることから、従業員自身の主体的なキャリア形成への取り組みが不可欠となっている。
さらに、多様な人材の育成・活用に向けて、従来の年齢・勤続年数などの属人要素に偏重した年功型の制度から、能力や職務、役割、業績評価に基づいた人事・賃金制度に移行しつつあり、人材育成制度面でも新たな枠組みを構築することが必要になってきた。
このような状況変化が進みつつあるにもかかわらず、従来の企業における人材育成・キャリア形成支援策は、主に企業主導で自社に適した人材を育てるという目的の下に、年齢や勤続に応じて、正規従業員に対し、一律に実施されるケースが多く見られ、必ずしも従業員個々人の能力や適性に応じたものとはいえなかった。
したがって今後は、個に焦点を当てたキャリア形成支援策へと転換していく必要がある。企業として、従業員一人ひとりの自律を促していく中で、それぞれの能力や適性、意思と意欲に応じた自己選択型のメニューを策定するなど、多様な教育訓練の機会を提供し、キャリア形成支援を積極的に進める姿勢が欠かせない。
一方、従業員には、自分の特性や強み・弱みを認識した上で、どのような仕事がしたいのかを明確にして、主体的にキャリア形成に取組む姿勢が求められている。
因みに、厚生労働省の「平成16年度能力開発基本調査」によると、社員の能力開発に「積極的である」と回答した企業が過半(53.4%)を占めている。また、人材開発投資に熱心な企業ほど業績の回復、向上が顕著である傾向も見受けられる。さらに、能力開発の責任の主体に関しては、これまでは「企業の責任」との回答が6割強(64.9%)を占めていたが、今後については「社員個人の責任」(29.5%→32.5%)とする企業が増加している。
今後、わが国の労働力人口が減少する中にあって、労働力の確保の観点から、女性、高齢者、障害者、外国人労働者など多様な人材の活用を視野に入れて、働くものに対し多様な働き方の選択肢を用意していく必要がある。個人の働き方、価値観、ライフスタイルは多様化しており、能力や意欲のある人が活躍できる多様多彩な職場環境や制度づくりが求められる。
とりわけ、女性の一層の活用に向けては、ポジティブアクションの促進が望まれるが、そのためには、女性自身の意識改革と同時に経営トップ・管理職の理解と実践が重要となる。
一方、2007年から団塊の世代が大量に定年退職を迎える。団塊の世代の退職に備えて、技術・技能、ノウハウをいかに伝承するかという捉え方だけではなく、従業員自身の意識改革、人事・処遇システム全体の見直しを含めて考えていくことが大事である。
仕事と個人生活の関係については、リーダーや管理職を目指して仕事優先の生活を望む人がいる一方で、仕事と家庭の両立を第一に考える人もいる。さらには、限られた期間や短時間の勤務を望む人など、働く人のニーズはさまざまである。企業としては、ワーク・ライフ・バランスの観点からも労働時間、就労場所、休暇などについて多様な働き方の選択肢を用意して、それを活かせる環境を整備することが望まれる。
従来、他の部門、部署の人たちと連携を図りながら「職場の和」を第一に考えて仕事を行うことは、わが国企業の得意とするところであった。
しかしながら、近年、働く人たちの意識、価値観、就労観が変化し、自己の成長や高いモチベーションを求めて仕事を行う、あるいは自分の生き方に合った働き方を選択するといった傾向が強くなってきた。
就職は自己実現の手段のひとつであり、同じ企業に定年まで勤めるという意識も徐々に薄れてきている。職業生活においても、昇進よりも仕事を通じて自らのキャリアを形成し、働きがい、生きがいを追求する人が増えてきており、モチベーションの源泉が処遇や肩書きだけではなくなってきている。
したがって、企業は、従来のように従業員を集団の構成員として一律に扱うのではなく、個人の意思を尊重する姿勢に変えざるを得なくなったといえる。働く側としても、職業生活における自らの将来設計を描いて、職業能力、雇用されうる能力の向上に努める必要がある。
今後、「集団管理から個別管理へ」「画一管理から多様化した管理」へと管理の仕方を改革し、同時に個人の自律を促す中で、新たな「職場の和・チームワーク」のあり方を再構築していく時期にきている。従業員にそれぞれの役割に応じた責任を果たしてもらうためには、個人の「目標設定」から「実績評価」をきめ細かく行い、納得性を高めることが、各人が組織において役割を果たすためのモチベーションアップにつながる。
近年、人々の雇用・就労ニーズの変化、雇用機会の創出・拡大、ICTの進展による仕事の標準化・容易化と人件費管理の適正化といった観点から、雇用・就労形態の多様化が進んでいる。
日本経団連はかねてより、正規従業員、契約、パート、派遣といったさまざまな雇用・就労形態の人たちを、適切に組み合わせて最大の効果を上げる方策として、「雇用ポートフォリオ」(雇用の最適編成)の考え方を提唱してきた。
企業は、正規従業員を活用する一方で、高度の専門知識や技術を必要に応じて提供する有期の専門職、あるいは業務の繁閑に柔軟に対応できる非正規従業員の雇用を拡大している。
正規従業員については、多くの企業において、年齢・勤続に偏重した年功主義の人事・賃金システムの見直しが図られ、人事考課制度に基づいて個人の業績や成果の評価を行い、その結果を賃金や賞与に反映させる成果主義に転換する傾向がみられる。
今後は、正規従業員についても勤務時間や勤務地、また裁量労働、フレックスタイム、在宅勤務など、多様な働き方の工夫が求められる。
企業が存続・発展するためには、企業のニーズに合致する範囲内で、多様な価値観や考え方を持つ人たちが、それぞれのライフプランに合った働き方を選択できる機会を用意し、その働き方と役割に応じた納得性のある評価に基づいた処遇を行う仕組みと、教育システムを構築していく必要がある。
年齢、性別、能力、価値観、人生設計はもちろんのこと、雇用形態、就労形態などが異なる多様な人たちが共に働く職場において、個々人のやる気を引き出し、成果を上げていくためには、管理職のみならず、各階層において組織の中核となって強いリーダーシップを発揮する人材が必要となる。
リーダーシップは、ポジションや職務によって発揮されるというよりも、その人の資質や能力に因るところが大きい。リーダーたるべき人は、明確なビジョンを持ち、その実現に向けて自ら困難な課題に挑戦意欲を持ち、あわせて価値の創造ができる人である。相手の立場や考え方を尊重しつつ、課題の実現に向けて人を巻き込んでいく力、やりぬく力が必要となる。
さらに、仕事を進める上では情報収集力や創意工夫、自己革新、自ら率先して仕事に取組む姿勢と、問題・課題に挑戦して解決する勇気と行動力も必要となる。
また、今日のように変化が速く先行きの不確実な時代には、経営幹部や管理職層は、将来の企業のあるべき姿、進むべき方向を明確に示していくことが重要である。このような資質、能力を備えた「変革型リーダー」候補者を発掘し、育成していくことが望まれる。
近い将来、若年労働力の大幅減少が予測される中、2006年1月時点では、24歳以下の若年層に対する有効求人倍率が1.79倍であるのに対し、完全失業率が7.8%となっているなど、雇用のミスマッチが生じている。また、新卒後就職したにもかかわらず、入社後3年以内に離職する者の割合は、中学卒が7割、高校卒が5割、大学卒が3割強という高水準に達し、いわゆる「七五三現象」といわれる事態に陥っている。
就職・採用におけるミスマッチを解消する観点からも、企業と学校の相互理解をさらに深めていくことが重要である。ここでは、学校段階から身に付けてほしい能力と、企業が求める人材像を学校関係者に向けて明らかにしていきたい。
昨今の若者には自立の遅れや職業観・就労意欲の低下が指摘されている。産業構造の変化などによってサラリーマンの家庭が増えたことで、子どもたちは仕事や職業を身近に捉える機会が少なくなっている。テレビドラマなどをみた範囲で、会社や仕事のイメージを作り上げてしまう傾向も見受けられる。本来、家庭や地域社会、初等・中等教育で身につけておくべき社会的マナーやルール、働くことの意味や職業に関する意識が醸成されてこなかったことが、こうした職業観や就労意識の希薄化・多様化につながったのではないかと考えられる。
そこで、子どもの頃から社会全体で、子どもたちの職業観や勤労観を養うさまざまな社会体験を継続して実施する必要がある。子どもたちが自分の進路について考える機会を適時適切に提供することによって、学校で学ぶことの意味そのもの、つまり社会や企業とのつながりを理解させていくことが大切である。
また、知識偏重の教育から脱して、努力、勤勉の大切さや、集団社会における助け合いの精神を教えていく必要がある。企業としては、学校と緊密に連携を図りながら、子どもたちの成長発達段階に応じて、職場体験やインターンシップ等を積極的に受入れ、学校教育に関与・協力していく姿勢が何より重要である。企業と学校間の交流機会が増えることにより、互いに理解が深まるとともに、さまざまな分野での産学連携協力体制の強化が期待される。
若年者の価値観や職業観が多様化している今日、企業は採用してから組織のニーズに合わせて育てるということではなく、組織のニーズに同調した人の中から最適な人材を選んで採用し、育成・活用する姿勢が必要となっている。
一方、フリーターやニートに象徴されるように、学校から職業生活への移行が困難な若者が増えている中で、大学等の教育機関からは、企業は若年者や新卒者にどのような資質や能力を求めているかを明確に示してほしいとの要望が強く出されている。
したがって、企業としては、若年層に対して企業が求める人材像を具体的に伝えていくことの重要性が増している。企業にとっても、採用基準や職場で求められる能力や資質を明らかにすることで、就職採用時におけるミスマッチを防ぎ、若手従業員の定着率を高める効果も期待できる。また、採用者個々人の能力や適性に焦点を当てた人材力を向上させる育成策がより効果を上げることになろう。
日本経団連が2005年11月に実施した、「2005年度新卒者採用に関するアンケート調査」をみると、景気の回復により企業の採用意欲が高まっているとともに、従来の長期雇用を前提とした春季一括採用から、雇用・働き方の多様化に対応した採用に転換していることがうかがえる。
また、企業が採用にあたって重視する要素の順位をみると、第1位「コミュニケーション能力」、第2位「チャレンジ精神」、第3位「主体性」、第4位「協調性」、第5位「誠実性」と続いている(図表1参照)。
実際に、採用担当者の声を聞くと、これを裏づけるように昨今の若年者の問題点として、「うまくコミュニケーションが図れない」「主体性や創造性に欠ける」「職場適応能力が低い」等が指摘されるところである。こうしたことから、今、企業が求める人材像として、最低限必要な要素は、コミュニケーション能力、主体性、環境適応能力といっても過言ではないといえるだろう。
ところで、日本経団連が2004年4月に発表した「21世紀に生き抜く次世代育成のための提言−多様性・競争・評価を基本にさらなる改革の推進を−」においても、産業界が求める人材像を明らかにしているので、参考までに紹介しておきたい。
提言では、産業界は(1)志と心:社会の一員としての規範を備え、物事に責任をもって取組むことのできる力、(2)行動力:情報の収集や、交渉、調整などを通じて困難を克服しながら目標を達成する力、(3)知力:深く物事を探求し考え抜く力の3つを備えた人材を求めている(図表2参照)。
社会には、多様な能力や資質を持った人材が存在し、適材適所で活躍することによって活力が生まれてくる。したがって、すべての生徒や学生たちに、この3つの能力を完璧に満たすことを期待している訳ではないが、どのような分野に進もうとも、それぞれ最低限の水準は満たされていなければならない。その上で、これら3つの力がどのようなバランスをとるかは、各人の個性や持ち味であり、その多様性の組み合わせこそが社会の活力をもたらすことになると言えるだろう。
なお、前述した「企業が採用選考時に重視する要素」および「産業界が求める3つの力」に基づいて、学生時代に身につけてほしい能力を文系・理系に区分して整理したものが図表3である。学校関係者、学生の皆さんに是非とも参考にしていただきたい。
一般常識・専門知識 | 対人関係能力 | 自己開発能力 | 問題解決力 | |
文系 | 生活をする上での常識(正しい日本語、マナー) 専門分野の知識 |
コミュニケーション能力(会話力・感受性) チームワーク(集団の中での役割意識、行動力) |
社会人になるにあたっての夢や目標 ポジティブ志向、へこたれない強い心(根性) |
論理性(筋道をつけた話し方) 国語力(行間を読む力) |
理系 | 生活をする上での常識(正しい日本語、マナー) 専門分野の知識 |
コミュニケーション能力(会話力・感受性) | 社会人になるにあたっての夢や目標 粘り強さ |
論理性(筋道をつけた話し方) 数学力(数量的分析力) 改善意識、発想力 |
近年、企業においては、自らの規範や価値観に基づいて物事を考え判断し、行動できる「自律型人材」をいかに育成するかが大きな課題となっている。
雇用・就労形態の多様化や働く人の価値観が変化したことにより、企業は従来の企業主導型から、従業員個人に焦点を当てた主体的なキャリア形成へと転換を図っている。こうした中で、従業員には、自らどのような仕事をしたいのかというキャリア開発プランを構築した上で、若年時からその実現に向けて努力する姿勢が求められている。
日本産業訓練協会の「企業内教育に関する総合アンケート調査」(2005年5〜6月実施)をみても、従業員本人の自己啓発を重視する企業の姿勢が強く表れている。本調査における人材開発の特徴の第1位には「自己啓発を重視し、その支援制度の充実をはかっている」(43.8%)が挙げられている。
企業には、管理職層、高度専門技術者や熟練技能者といったプロフェッショナル層、定型的職務担当者層など、さまざまな職務や役割があるが、ここでは、仮に入社後の段階を新入社員、若手社員、中堅社員、管理職の4つに区分し、どのようなキャリア形成の目標が必要となるか、参考までに提示しておきたい。
なお、新入社員、若手社員、中堅社員、管理職それぞれのキャリア形成の段階において求められる能力を、さらに事務系(営業・スタッフ)、技術系に区分したものが図表4である。
(事務系:営業) | ||||
一般常識・専門知識 | 対人関係能力 | 自己開発能力 | 問題解決力 | |
新入社員 | 社会人としての常識(知識・姿勢・ビジネスマナー) 営業の基礎知識・スキル |
コミュニケーション能力(好感の持てる話し方・聞き方) | 職場環境適応能力 ポジティブ志向、へこたれない強い心(根性) |
論理性(要点把握力) 顧客情報収集力 |
若手社員 | 社会人としての常識(時事知識・文書作成力) 営業の専門知識・スキル |
コミュニケーション能力(聞き上手、効果的な話し方) 顧客対応力 |
自己マネジメント力(自己責任意識、柔軟性) | 顧客に対する関心 問題解決力(情報収集力、問題把握・分析力、対策立案力) |
中堅社員 | 企業人としての常識(マネジメント・財務・法律知識) | コミュニケーション能力(説得力、人的ネットワーク) 部下・後輩指導力 |
自己マネジメント力(自己変革) | 顧客が抱える問題に対する解決力 課題設定力(創造力、戦略・戦術立案力) |
管理職 | 経営知識(経営戦略、マーケティング、アカウンティング、リーダーシップ) | 人的調整力(他部門、社外) 部下育成力 |
− | ビジョン・戦略構築力 |
(事務系:スタッフ) | ||||
一般常識・専門知識 | 対人関係能力 | 自己開発能力 | 問題解決力 | |
新入社員 | 社会人としての常識(知識・姿勢・ビジネスマナー) 専門分野の基礎知識 |
コミュニケーション能力(好感の持てる話し方・聞き方) チームワーク(集団の中での役割意識、行動力) |
職場環境適応能力 | 論理性(要点把握力) 社内情報収集力 |
若手社員 | 社会人としての常識(時事知識・文書作成力) 専門分野の専門知識 |
コミュニケーション能力(聞き上手、効果的な話し方) 他部門対応力 |
自己マネジメント力(自己責任意識、柔軟性) | 経営に対する関心 問題解決力(情報収集力、問題把握・分析力、対策立案力) |
中堅社員 | 企業人としての常識(マネジメント・財務・法律知識) | コミュニケーション能力(説得力、人的ネットワーク) 部下・後輩指導力 |
自己マネジメント力(自己変革) | 経営に対しての提言・提案力 課題設定力(創造力、戦略・戦術立案力) |
管理職 | 経営知識(経営戦略、マーケティング、アカウンティング、リーダーシップ) | 人的調整力(他部門、社外) 部下育成力 |
− | ビジョン・戦略構築力 |
(技術系) | ||||
一般常識・専門知識 | 対人関係能力 | 自己開発能力 | 問題解決力 | |
新入社員 | 社会人としての常識(知識・姿勢・ビジネスマナー) 専門分野の基礎知識・技術・技能 |
コミュニケーション能力(好感の持てる話し方・聞き方) | 職場環境適応能力 粘り強さ |
論理性(要点把握力) 技術情報収集力 改善意識、発想力 探究心 |
若手社員 | 社会人としての常識(時事知識・文書作成力) 専門分野の専門知識・技術・技能 |
コミュニケーション能力(聞き上手、効果的な話し方) 他部門対応力 |
自己マネジメント力(自己責任意識、柔軟性) | 新しい技術に対する関心 問題解決力(情報収集力、問題把握・分析力、対策立案力) |
中堅社員 | 企業人としての常識(マネジメント・財務・法律知識) | コミュニケーション能力(説得力、人的ネットワーク) 部下・後輩指導力 |
自己マネジメント力(自己変革) | 新しい技術に対する探究心、開発力 課題設定力(創造力、戦略・戦術立案力) |
管理職 | 経営知識(経営戦略、マーケティング、アカウンティング、リーダーシップ) | 人的調整力(他部門、社外) 部下育成力 |
− | ビジョン・戦略構築力 |
企業における人材育成はOJTが基本となるが、同時にOff−JTを適時適切に実施していくことが重要である。従業員自身がどのような仕事をしたいのかを明確に意識した上でキャリア開発プランを構築し、一方、企業としては節目の時期に従業員が自らのキャリア形成・蓄積を振り返ることができるような機会を提供していくことが大切である。
新入社員に基礎的な能力やスキルを身に付けさせ、一定のレベルまで育て上げるには企業内における基本的な教育訓練が欠かせない。その後、高度な専門性、自ら課題を発見し解決する力、社外にも通用する能力を身に付けるには、社会人向け大学・大学院での学習や異業種交流会への参加等、外部教育機関の活用も必要となる。社外の人たちと幅広く交流することで視野と人的ネットワークが拡大するとともに、コミュニケーション能力や人間関係能力を養う上でも大きな効果が生まれることになる。
将来を担う経営幹部の養成にあたっては、選抜型育成制度の活用が望まれる。選抜によって個人のやる気、チャレンジ精神、行動力を高めると同時に、選抜された者同士がお互いに切磋琢磨しながら成長していくことも期待できる。
また、企業として従業員に主体的なキャリア形成を求めるのであれば、個人の意思と意欲に応じられる選択型の多様なメニューを用意することが必要である。なお、Off−JT実施後には、研修成果の評価と測定を直ちに実施し、以後も適時適切なフォローを行っていくことが、研修の効果をさらに高めることにつながる。
OJTは、上司が日常の業務を通じて部下を指導することにより、仕事に即した能力の向上・改善を図ることができるとともに、お互いの理解を深め信頼関係を築く上でも効果的な方法である。上司には、部下を指導することで自らも成長の機会とする姿勢が欠かせない。
また、指導を行うにあたっては、部下の仕事の質を高め権限の範囲を広める等、積極的に自ら学び成長する場や機会を提供していくことが大事である。OJTにおいても、個々人の主体的な取組みに対して上司が指導を行う姿勢が求められるということである。
人材育成を行う上で仕事の成果を適正に評価し、納得性のある評価に基づいた処遇や配置、教育を行うことが何より大事である。社員一人ひとりが能力を発揮し続けるためには、よりレベルの高い仕事を任せモチベーションを高める、あるいはローテーションを行うなど、育成を目的とした適切なストレッチの仕組みを構築していくことが求められる。
従業員個々人の能力や適性、経験、実績を配慮したローテーションを行うとともに、それぞれの自律を促すための自己申告制度や社内公募制度といった、個人の意思を尊重した人事システムを整備・提供していくことも大切である。
近年、個々人の働き方や価値観、ライフスタイルは急速に多様化している。企業としては、個々のニーズや特性に応じた人材育成を行う一方で、従業員が自分の生き方に適った働き方を選択できるようなしくみ作りを、企業ニーズに合致する範囲で行うことが必要となっている。多様な人材が、それぞれに合った働き方を選択して、自らの能力・強みを最大限に発揮することが、ひいては生産性を向上させ、企業業績の向上に資することになる。
同じ企業内においても管理職のマネジメント力、指導力により従業員の成長度合いは大きく異なってくる。組織の活性化を図るためには、管理職のマネジメント力を高めることが不可欠である。企業が提供する従業員へのさまざまな支援策が、有効に活かされるかどうかは管理職次第と言っても過言ではない。
日本産業訓練協会の「企業内教育に関する総合アンケート調査」で人材開発の特徴をみると、「管理者の教育に重点」を置く企業が前回調査に比べて増加する一方で、「管理者の部下育成能力が低下」と回答した企業が増えている。この結果からも管理職のマネジメント力の開発に注力しなければ、従業員の多様な能力、個性を活かすことはできないといえるだろう。
現状では、部下育成や組織全体の総合力を高め、変革を推進するための基盤形成が十分とは言えない。今後の管理職にはマネジメントの基本を踏まえながら、的確な人材育成・組織づくりを通じて組織の総合力を高め、大きな成果を導くことが求められている。具体的には、(1)自らの役割の再確認、マネジメントの基本の理解、(2)人材育成に関する意識・スキルの強化、(3)成果を上げるチームづくりの理解等が必要となる。
近年、学校においてもキャリア教育の重要性が叫ばれているが、キャリアとは資格を取ることと短絡的に捉えている教師も一部に見受けられる。確かに資格はキャリアのひとつになるが、「キャリア」がイコール「資格」ではなく、資格を取ったことが直ちに就職につながるわけでもない。取得した資格を、さらにその後の仕事にどのように活かすことができるかどうかということを企業は重視しているのである。
広い意味でのキャリアとは、仕事や働くことに対する意識づけと併せて経験の蓄積を図ることである。どのような社会人になりたいのか、どのような人生を送りたいのか、といった生涯にわたる生き方や進路のことであり、それに応じた能力を身に付けていくことである。
学校においては、この点を十分に理解した上でキャリア教育に取り組んでいくことが肝要である。
現在、厚生労働省の労働政策審議会職業能力開発分科会では、若年層に対するキャリア形成支援、また、団塊の世代が大量に退職する2007年問題への対応等について検討を行っているところである。誰もが職業生活を通じて、自らの意欲や能力を十分に発揮できる社会をめざして、従来の人材育成システムを見直すとともに、新たな施策の展開によって働く人たちの能力開発を支援していくという方針である。
企業は、従業員の主体的なキャリア形成に対して、積極的に支援を行っていくことが基本であるが、一企業としての取組みには限界もあり、国としての職業能力開発に関する情報提供や教育訓練制度の整備、助成金支給など、時代の変化、社会のニーズに沿った支援策が望まれる。
企業、個人、国それぞれの責任と役割を明確にした上で適切な支援体制を整え、キャリア形成を積極的に進めていくことが、わが国の競争力、総合力の向上に結びつくものと考える。
近年、CSR(Corporate Social Responsibility)という言葉を耳にする機会が多くなってきた。「企業の社会的責任」、つまり企業は本業を含めて豊かな社会の実現に努めると同時に、社会の一員としてさまざまな公益的な活動をも担い、社会的責任を果たさなくてはいけないということである。
企業理念や経営道義が社内に浸透し実践され、社会的に評価の高い企業には、自ずと主体的に考え行動できる人材が集まることになる。企業が個々のニーズや特性に応じた強みを伸ばす人材育成を行うことで、従業員がそれぞれの能力や持ち味を十分に発揮し、さらに高度な付加価値を創り出していく。
企業としては長期的な視点に立って人材力の質的水準の向上を図るとともに、従業員が自らの成長を実感し、その企業で雇用されることに誇りと喜びを感じるような組織・風土づくりをめざすことにより、さらなる発展につなげていくことが益々重要性を増しているといえよう。
その際、重要となるキーワードは「組織と個人の視点のマッチング」である。ベクトルをあわせた中でこそ、柔軟性、独創性、主体性、多様性などが育くまれ、企業と個人の発展につなげることが可能となろう。