豊かさを実感できる住生活の実現に向けた提言

2008年9月16日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

わが国は世界第二の経済大国でありながら、国民に豊かさの実感がないということがしばしば指摘されている。原因はさまざま考えられるが、住生活・住環境の問題もそのひとつであろう。言うまでもなく、衣・食・住は欠くべからざる生活の基盤である。わが国の場合、衣・食が満足できるレベルにあるのに対し、住生活は、その広さ、質的側面において、他の先進国に比べてもはなはだ劣っている。一人当たり床面積を国際比較すると、日本全体での平均は35.5m2、関東大都市圏では30.5m2であり、米国の59m2は言うに及ばず、ドイツの46m2、英国の44m2、フランスの41m2をも下回る。国土交通省の調査によると、4割の人々が住宅に不満を持っており、3割が住環境に不満を持っている。

人々は、住宅に人生の夢を重ね合わせ、少しでも住み良い家を手に入れるために、懸命に働き、貯蓄しローンを返済する。それでも質的に不満足な住環境に甘んじなくてはならないような国を、豊かな国と呼ぶことはできない。心地良い住まいは、人々が英気を養い、活力を取り戻す休息の場となり、また子供たちの健全な成長を支える温かい家庭を作り、高齢者の穏やかな、充実した生活の礎ともなる。国民ひとりひとりが真の豊かさを実感し、活き活きと暮らし、働くことができるようにするために、いま一度、住宅政策を見直す必要がある。そして良質な住宅が夢に終わらず、すべての国民にとって現実に手の届くものとなるよう、実効ある施策を講ずるべきである。

以下は、住宅政策を国策として位置づける必要性を訴えるとともに、今日の住宅を取り巻く状況をも踏まえ、今後の住宅政策全般のあるべき姿から、新たな住宅税制を提言するものである。

I.国策としての住宅政策の位置づけ

良質な住宅は、国民の財産形成における最重要の資産であるとともに、社会インフラとしての側面を持つ。また、地球環境問題等の社会的諸課題への対応においても、住宅の果たす役割はきわめて大きい。さらに住宅投資は経済成長のエンジンとして、内需主導型経済成長の柱となり得る。こうしたことから、住宅政策を国の重要政策のひとつとして位置づけ、強力に推進することが今、求められている。

1.社会インフラとしての良質な住宅ストック

良質な住宅は、個人の重要な資産であるとともに、次のような意味で社会インフラと捉えるべきである。

第一に、良質な住環境におけるゆとりある生活は、精神的な豊かさをもたらし、それによって働く人々の明日への勤労意欲を増進すると同時に、未来を担う子供の豊かな創造力を培う。そればかりでなく、家族の絆の強化やコミュニティの形成等を通じて、地域の安全と社会の安定にも寄与するといった点で、良質な住宅はまさにわが国経済・社会の安定的発展のためのインフラとして位置づけることができる。

第二に、住宅は都市や街並みを形成する重要な構成要素である。地域の中で良質な住宅が多少建てられたとしても、周囲の宅地が細分化され、いわゆるペンシルハウスが乱立したのでは、良質な住環境は実現できない。総体としての住宅ストックの質的向上なくして、魅力ある都市は形成されないという点から、住宅は社会インフラと言うことができよう。

2.地球環境問題等の社会的課題に対応するための良質な住宅ストック

さらに、諸々の社会的課題への対応を迫られている現在、良質な住宅の果たす役割は大きい。

たとえば地球温暖化問題については、京都議定書でわが国はエネルギー起源のCO2排出量を1990年比6%削減することを義務付けられているが、その14%を占める家庭部門(住宅)からの2006年度のCO2排出量は、基準年(1990年)比で約30%増加している。その約半分は照明や家電製品の使用によるものであるが、冷暖房に関わるものも無視できず、住宅の断熱・遮熱性能の向上により十分削減可能である。2005年度に新築された住宅のうち省エネ判断基準を満たすものの割合は約30%であるが、新築住宅の既存ストックに占める割合(床面積ベース)はわずか2.4%に過ぎないことを考えると、住宅の省エネ性能向上によるCO2排出量削減の余地はまだ大きい。

また、少子高齢化問題への対応においても、住宅の質の向上が鍵となる。バリアフリー化の重要性は言うまでもないが、65歳以上の者が居住する高齢居住住宅におけるいわゆる「3点セット」(手すり2箇所以上、段差解消、車椅子通行可能な廊下幅)の普及率は、2003年時点でわずか6.7%に過ぎない。住宅内の高齢者の事故死者数が交通事故死者数を上回るという現実を考えると、バリアフリー化は正しく「待ったなし」の課題である。さらに、広い住宅に二世帯居住し、夫婦が働いている間、祖父母が孫の面倒を見ることにより、独居老人問題や少子化問題の解消にもつながることが期待される。

さらに、国民生活の安全・安心の面でも、良質な住宅ストックの重要性が増している。阪神・淡路大震災以来、各地で発生した震災を契機に、住宅の耐震性への関心が高まっているが、住宅総戸数(4,700万戸)の39%(1,850万戸)は新耐震基準が適用された1981年以前に建築されており、25%に相当する1,150万戸は耐震性が不十分とされている。新築住宅の耐震性強化と同時に、既存住宅の耐震改修あるいは建て替えも促進していく必要がある。また住宅地および住宅内での犯罪が増加する中、住宅そのものの防犯性の強化や、治安の良いまちづくりも急がれる。

さらに、日本の住宅の寿命は平均して30年程度であり、米国の55年、英国の77年の半分以下であるが、良質な住宅ストックを建築・維持し、その流通を促進し、長期にわたり住み継ぐことは、住宅建て替え時のエネルギー・資源使用量や廃棄物の削減という観点からも望まれる。

3.内需振興の柱としての住宅投資

住宅投資は設備投資、個人消費と並ぶ経済成長のエンジンである。しかし、2006年度のわが国のGDP比に占める住宅投資の割合は3.4%で、ピーク時の1987年度の6.3%に比べると大きく低下している。住宅は、建材・住宅設備・家電メーカーなどの関連産業や工務店といった地域経済等に幅広い波及効果を及ぼす。2005年度の住宅生産は19兆円であるが、これが住宅以外の部門に及ぼした生産誘発額は17.5兆円に上る。新しい住宅を買うと、家具や家電製品を買い換えたり、駐車スペースが確保できて車を買ったり買い換えたりする例は多いが、その効果も含めるとこの数字はさらに大きなものになる。

一時的な景気対策ではなく、経済政策として住宅政策を位置づけ、長期的視野に立った恒久的な措置により住宅投資を促進し、内需主導型経済成長につなげていくことが強く求められる。

II.住宅を取り巻く状況の変化

1.量的充足から質的充実へ

わが国の住宅ストック数は2003年時点で総世帯数を14%上回り、量的には充足している。総人口は2004年をピークに減少に転じたものの、世帯数は2015年まで増加を続ける見通しであり、引き続き住宅の新規取得のニーズは存在すると考えられる。とりわけ、今後の住宅取得意向に関する調査に20歳代の半数が「持ち家を買いたい」と回答するなど、若年層を中心に依然として根強い持ち家取得意欲が存在する。ポスト団塊ジュニアと呼ばれる1976〜85年生まれの世代は、将来に対する不安から、一般的に消費性向は控えめだが、住宅に関しては、逆に生活の安定のために持ち家を求める傾向が強いと見られる。

また、人々のライフスタイルに合わせ、二世帯居住や二地域居住、都心・地方への移住など、住まい方の多様化が加速している。たとえば二地域居住は、都市に住む人が地方にも家を持ち、週末を地方で過ごしたり、逆に郊外に住む人が都心にももう1軒、家を持ったりすることであるが、団塊世代の37%がこの二地域居住を希望しており、その49%が二地域居住を実現することは可能であると考えているという調査結果がある。幅広い世代にわたる多様な住まい方を実現するために、新築・既存住宅の一次取得・住み替え、現有住宅のリフォームなど、多様な住宅の建設・流通を促していくことが重要である。

2.住宅取得の抑制要因

2007年6月の建築基準法改正により、構造計算適合性判定員の不足、大臣認定プログラムの整備の遅れ等もあり、建築確認手続きが煩雑化・長期化し、住宅着工戸数が大幅に落ち込んだ。2008年10月より施行予定の建築士法の改正や、2009年10月より施行予定の住宅瑕疵担保履行法についても、同様な事態が懸念される。安心・安全は住生活の基本ではあるが、過度に慎重な制度運用や企業に対する過大な負担は、住宅市場の活性化を阻害し、ひいては良好な住環境の実現を困難なものとしかねない。

加えて近年、個人所得が伸び悩む一方、資材価格の高騰等により住宅価格は上昇している。その結果、住宅価格の年収倍率は2007年にマンションで5.8倍、建売住宅で6.1倍に達しており、そうした多様な住宅ニーズの実現を阻害している面がある。2008年7月の建築資材価格は2000年度平均比で46%上昇しており、なかでも普通鋼鋼材価格は3倍以上になっている。それに伴い、2008年上半期の首都圏のマンション価格は前年同期比3.7%上昇している。資材価格の高騰は今後しばらく続くと予想される。

さらに、今後、住宅ローンの金利上昇懸念が強まっていることもあり、現行の住宅取得支援税制を維持するだけでは、住宅取得の困難を解消することはできない。

III.今、求められる住宅政策

1.住生活基本計画の確実な実現

住宅の量的充足から質的充実へという情勢の変化を受けて、2006年6月に制定された住生活基本法は、基本理念として、(1)良質な住宅の供給、(2)良好な居住環境の整備、(3)既存ストックを活用する市場の整備、(4)住生活の安定の確保を掲げた。

これに基づき同年9月、住生活基本計画が閣議決定され、その中で上記基本理念の達成状況を示す成果指標(新耐震基準適合率、省エネルギー対策率、住宅性能表示の実施率、既存住宅の流通シェア、バリアフリー化率等)と、これを実現するための基本的な施策が掲げられた。これらの数値目標の確実な実現を図ることが求められる。

2.住宅政策の再検証

以上に述べたような住宅政策の意義や、住宅を取り巻く状況等に照らして、住生活基本計画をはじめとする住宅関連諸施策をいま一度、評価する必要がある。そして、その評価を踏まえ、良質な住宅ストックの充実に向けて推進されるべき重点施策を改めて検討し、住生活基本法の理念・精神を実現すべきである。

重点施策として検討すべき課題としては、以下のようなものが考えられる。

(1)良質な住宅の供給促進

良質な住宅ストックを形成していくためには、一定の水準を備えた住宅を新設していく必要がある。省エネルギー、省資源、廃棄物削減の観点からも、短期間に住宅の建設、取り壊しを繰り返すより、質が高く、長期の居住に耐え、価値を失わない住宅を複数の人々が住み継ぐことが望ましい。また住み継ぐことにより、建設コストを複数世代が分担することができ、より良質な住宅に住むことが可能になる。自民党・住宅土地調査会が打ち出し、「長期優良住宅の普及の促進に関する法律案」に結実した「200年住宅」構想も、こうした思想に基づくものである。

また、全国で1,150万戸といわれる耐震性が不十分な住宅は、古くから街の中心部に建てられ、本来、地域の核となるべき場所に立地していることが多い。しかし、こうした地域では、住民の高齢化等に伴い不在化が進んでいることが多く、防犯の面でも問題が多い。そこで、地域全体で良質な住環境を実現する上で、これらの老朽化住宅の良質な住宅への転換が急務である。しかしながら、現実には集合住宅の改修・建て替えや、地域の再開発の実施には、権利者の同意取り付け等、大きな困難が伴うことから、これを円滑化するため、関連する法制度のあり方についても検討を急ぐべきである。

(2)既存住宅の流通市場整備

良質な住宅を長期にわたり住み継ぎ、人々がライフステージに応じて適切な住み替えができるようにすることが、今後の政策課題として重要となろう。既に述べたとおり、わが国の住宅の寿命はきわめて短く、加えて65歳以上の単身および夫婦の持ち家住宅の54%が100m2以上であるのに対し、4人以上世帯の持ち家住宅の29%は100m2未満であるといった状況が生じている。欧米諸国の既存住宅流通シェアが7割から9割程度であるのに対し、わが国では約13%ときわめて低い。住宅に限らず新品を好む日本人の志向を変えていくとともに、良質な既存住宅が円滑に流通する市場を整備する必要がある。そのためには、住宅の流通市場において良質な住宅が適正に評価される必要がある。

既存住宅の購入をためらう理由として、「見た目の悪さ」や「価格の妥当性が不明」「品質に対する不安」といったことが挙げられている。したがって、リフォームに関する情報の提供や住宅の価格査定システム、住宅性能表示、家歴に関する制度の整備等を進める必要がある。

(3)賃貸住宅の質の向上

多様なライフスタイルの中には、あえて持ち家を持たず、賃貸に住まうという選択肢もあり得ることから、国民全体の住生活・住環境の向上を図るためには、新築着工戸数の約4割を占める貸家についても、その質の向上を図る必要がある。

(4)都市計画の見直し

良質な住環境は個々の住宅のみで形成できるものではなく、まちづくりの観点から住宅政策を考える必要がある。特に、まちづくり三法、コンパクトシティ、まちなか居住の推進による中心市街地活性化の進捗状況を見ながら、都市のインフラ整備等も含め、機動的かつ柔軟に都市計画を見直していく必要がある。

IV.良質な住宅取得を促進するための新たな住宅税制

1.現行住宅税制の問題点

こうした中で、国民の良質な住宅取得を促進する上で大きな役割を果たしてきた住宅ローン減税制度が2008年末に終了する。同制度の継続・拡充がなされなければ、建築基準法改正で落ち込んだ住宅着工に、さらに冷や水を浴びせることになろう。

そもそも、住宅ローン減税制度は、1986年に住宅取得促進税制として創設されて以来、数次にわたり延長され、その都度、借入限度額や控除率、控除期間が変更されてきた。その結果、入居年により受けられるメリットが異なるという問題が生じ、特に2005年以降は年々、制度が縮減されてきている。このように不安定な制度では、国民は安心して長期的な住宅取得計画を立てることができない。

加えて、2007年より所得税から住民税への税源移譲が行われたことに伴い、収入の少ない層においては、所得税が、本来、住宅ローン減税制度により還付されるはずの金額を下回ることとなり、同制度の効果がより一層、減じているという問題がある。

また現行のリフォーム税制(耐震・バリアフリー・省エネ)は、地域や対象者等によって適用が制限され、かつ手続が煩雑であるといった問題から、使い勝手が悪く、ほとんど利用されていないのが実態である。

2.新たな住宅税制のあり方

わが国の住宅政策は、住宅の量的充足から質的充実への転換を、より良質な住宅ストック形成へとステップ・アップする段階に来ている。この段階においては、ベースとなる質的充実のための住宅ローン減税制度を継続・拡充するとともに、より良質な住宅ストック形成のために住宅投資減税制度を新たに導入し、二つの制度を並立して、利用者が適用条件に応じ選択できるようにすべきである。

制度設計にあたっては、国民が安心して住宅取得計画を立てることができるよう、安定した、わかりやすい支援税制とすることが重要である。この観点から、減税制度はできる限り恒久税制とする必要がある。

なお、税制の抜本改革の中で消費税率の引き上げが実現すれば、住宅取得時における負担が高まることによる影響が懸念される。負担軽減のために何らかの対応を検討する必要があろう。

(1)住宅投資減税制度の導入

少子高齢化社会における多様な住宅のニーズに応え、安全・安心な、豊かで活き活きした生活を送るベースとして、良質な住宅を建設・維持するためには、従来以上のコストがかかる。そこで、こうした住宅を対象に、自己資金・ローンを問わず、また新築住宅・既存住宅・リフォームを問わず、総費用を対象とする住宅投資減税制度を新たに導入すべきである。

新たな制度は、良質な住宅ストックの形成を促進するための税制として、省エネ、バリアフリー、耐震等の面で一定の性能基準を満たす新築・既存住宅の取得、ならびに同様の性能基準を満たす工事を含むリフォーム全般に適用することとする。

(2)住宅ローン減税制度の継続・拡充

もちろん、若年層も含めて無理なく住宅を取得できるようにするためには、現行の住宅ローン減税制度を拡充した上で、中長期的に安定した制度とすることが不可欠である。具体的な拡充の方法としては、借入限度額を少なくとも3,000万円まで引き上げ、控除率は適用期間を通じて1%、ローン完済時まで適用する、年収制限を撤廃するといった措置が考えられる。

(3)不動産流通税の見直し

同時に、住宅の新規取得時の負担を軽減するとともに既存住宅の流通を促進するために、不動産流通税のあり方についても見直す必要がある。不動産取得税については、2008年度末で期限が切れる土地・住宅に関する軽減税率、宅地等に関する課税標準の特例措置を継続し、不動産売買契約書等に係る印紙税についても軽減税率を継続すべきである。登録免許税については、本来の趣旨に鑑み、手数料化して取引価額にかかわらず一定額とすべきである。

(4)都市・地域再生推進のための特例措置の延長

まちづくりの観点から良質な住環境の実現を図る上で、都市・地域再生に寄与する民間事業への支援、ならびに土地の流動化の促進も不可欠である。この観点から、民間都市再生事業及び民間都市再生整備事業に係る税制上の特例措置を継続すべきである。また、長期所有土地等から、土地・建物への事業用資産の買換え特例については、現行80%となっている課税の繰延割合を100%とした上で、適用期限を延長すべきである。

以上

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