[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

農地制度改革に関する見解

〜食料供給力の強化に向けた農地の確保と有効利用の促進〜

2009年2月13日
(社)日本経済団体連合会
農政問題委員会

はじめに

2008年前半に穀物の国際価格は過去最高値を記録した。その後の世界的不況による需要減退懸念などから穀物価格は下落しているものの、世界的な人口増などの構造的要因には変化はなく、国際的な食料需給は不安定なまま推移するものと懸念されている。一方、海外に多くの食料を依存しているわが国の国内では、耕作放棄地の増加や農業従事者の高齢化と深刻な後継者難などにより、食料生産基盤が崩壊しかねない深刻な状況におかれている。

わが国が、国民に対し今後も食料を安定的に供給していくためには、国内における食料生産基盤を維持・強化するとともに、国民や市場のニーズに対応した開発から生産・流通・販売に至る体制を確立することにより、食料自給力の向上を図ることが喫緊の課題である。同時に、海外との連携・協力等を強化し食料輸入を安定的に確保する体制を充実することにより、国内自給力の向上と相俟って、総合的な食料供給力の強化を図っていかねばならない。また、現下の厳しい経済情勢の中で、地域における重要な産業である農業を活性化することは、地域経済の活力の回復と新規雇用の創出につながるものであり、経団連が推進する道州制の導入に向けた基盤作りとしても不可欠の課題である。現在、国民の食の安全・安心への関心は従前になく高まっており、また、昨今の雇用情勢の中、農業分野への就職希望者が増加している。加えて、国産農産物は海外においても高く評価されている。かかる今こそ、わが国が安定的な食料供給体制の構築に取り組む絶好の機会である。

こうした観点から、日本経団連では、農政問題委員会を中心に、わが国の総合的な食料供給力の強化に向けた各種方策について検討を進めている。また、2008年5月の「自立した広域経済圏の形成に向けた提言」では、地域活性化に向け、工場等の社員食堂等における地元農産物の積極的活用等を会員企業に呼びかけるなど、農業界と産業界との連携・協力を推進しているところである。

一方、政府においては、農林水産省が2008年12月に「農地改革プラン」を発表し、今通常国会に農地法改正案を提出すべく準備を進めている。また、去る1月には2010年度以降の10年間の農業政策の方向性を定める新たな「食料・農業・農村基本計画」の検討を開始したところである。

そこで日本経団連では、総合的な食料供給力の確保に向けた各種方策の中で、とりわけわが国の食料自給力の要である生産基盤の維持・強化策として、農地の確保と有効利用などに関する本見解を取りまとめた。政府・議会においては、本見解や「農地改革プラン」を踏まえ、強い危機感とスピード感を持って実効性のある改革方策を取りまとめ、速やかに実行に移すことを切望する。

なお、日本経団連では、上記の総合的な食料供給力の確保に向け、国民や市場のニーズに対応した農産物・農産物加工品の開発・生産・流通・販売体制の構築や世界の食料情勢に対応した国際的な連携・協力などの具体的方策についても、農業関係者等との意見交換を行いながら引き続き検討を深め、政府の食料・農業・農村基本計画の検討に合わせて、考えを取りまとめていく所存である。

1.優良農地の確保と有効利用の徹底

わが国の農地制度の根幹をなしているのは、1952年に制定された農地法である。農地法の立法趣旨は、戦後の農地改革によって自作地化した農地の所有形態を維持すること等にあったため、「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて・・耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図る」、いわゆる「自作農主義」により、耕作者の農地取得を促進するとともに、原則として法人の農地取得等を制限してきた。

この「自作農主義」は、戦後の農村の民主化や経済社会の安定に寄与してきたことは確かであるが、一方で農業経営規模の零細化や農地の分散錯圃を生み出す大きな要因となった。その後、農地法の数次の改正や他法による農地法の特例等により、借地も含めた農地の流動化・規模拡大や農業生産法人制度等による多様な担い手の確保が進められてきたが、担い手の量的な規模拡大には一定の成果があったものの質的には分散錯圃が解消されない等、その成果は十分と言えない。

従って、わが国における食料生産基盤を維持・強化していくためには、農地制度を根幹から見直し、優良農地を最大限確保するとともに、これらの農地の有効利用を徹底していかねばならない。

(1)農地法第1条改正、国・地方自治体・農業事業者の責務の法定化

日本経団連では、既に1982年の提言「わが国農業・農政のあり方」において、農業者は、保有農地を農業のために合理的・効率的に利用する社会的責任があるという理念を確立する必要がある旨、指摘したところであり、また、97年9月の「農業基本法の見直しに関する提言」においては、農地法そのものを抜本的に見直し、優良農地の保全とその有効活用という農業経営の視点を柱に据えた法律とすべきである旨、指摘している。従って、今回の農地制度改革の第一歩は、農地法第1条に定める「自作農主義」規定を見直し、「農地は農業の限りある経営・生産資源であり農地として有効に利用すること」を法の目的と定めることである。その上で、農地の所有と利用を分離し、農地を有効に利用する担い手への農地の集積を促していくべきである。

さらに、農地の確保及び有効利用を推進するため、現在、食料・農業・農村基本法第23条で定められている国の責務に加え、地方自治体や農業事業者の農地の確保及び有効利用に関する責務を法律で明確に定めるべきであると考える。とりわけ、農地の所有権のみならず、使用貸借による権利及び賃借権その他の使用・収益を目的とする権利を含め、農地に係わる権利を有する農家や法人経営体等の農業事業者は全て、その農地を有効利用する責務を有することを法定すべきである。

(2)農地転用規制の見直し

農地を農地として有効利用するためには、上記の目的規定や責務規定だけではなく実際の農地の利用規制・処分手続き等も見直す必要がある。現行では、農地法及び農業振興地域の整備に関する法律(農振法)等により、農地には厳しい利用規制が制度化されており、無秩序な転用や耕作放棄は出来ないこととなっている。また、同制度の運用においても、転用をできる限り営農に支障の少ない農地に誘導し、優良農地の確保を図るとしている。しかしながら、1990年代の20%より低下したとはいえ、近年の全農地転用面積(2006年では約1万7千ha)のうち、依然15%程度は優良農地である農用地区域から除外して転用したものであり、除外の個別手続きに国は一切関与していない。

地方分権の流れの中でも、国は本来果たすべき役割を重点的に担うべきとされており、国民への食料の安定供給のための優良農地を量的に確保することは国の重要な責務である。とりわけ、全国水準での農地の目標面積を確保するためには、国が地域の実情を踏まえつつも全国的な視野に立ち客観的かつ総合的な判断から一定の関与が可能な制度とする必要がある。従って、農用地区域から転用目的での除外の手続きにおいては、担い手の経営基盤となっている農地については除外を認めないこととするとともに、協議等の国の関与を行うべきである。

なお、農地の転用規制の強化は、農地の集約や農地価格の適正化を図る上でも有効である。わが国の場合、国土面積や農地面積の少なさから土地利用の競合が激しく、また、転用規制が必ずしも厳格に運用されていないことから、転用目的の取引価格が農地価格に影響を及ぼすとともに農地の資産的保有を助長している。農地を農地として有効利用することを徹底すれば、農地価格が適正化されるとともに、貸借等による担い手への集約も進むものと考えられるからである。

2.多様な担い手による農地の有効利用の促進

上記1−(1)及び(2)により、農地法の目的を「農地は農地として有効に利用すること」と改めるとともに、特に優良農地の転用規制を強化した上で、農地の有効利用を一層促進するため、法人経営体も含め、農地を利用する意欲を有する多様な担い手を確保していくことも必要である。とりわけ、法人経営体は新規就農の受け皿として期待されていることもあり、当面は、現在、特定法人貸付事業等のリース方式による農業参入の各種規制や農業への参入を認められている農業生産法人制度を見直すことにより、多様な経営体の参画を促すべきである。

なお、一般の株式会社による農業参入(農地所有)については、現在の農地価格の現状から農地を所有し農業へ参入しようとする株式会社等の大きな実需が認め難いことや、地域において共に農業に携わる農業関係者等の意識の問題などもあることから、上記に提案した農地法の見直しや転用規制強化、多様な経営体の参画の進展等を見極めながら、引き続きの検討課題とする。

(1)リース方式による企業の農業参入の推進

リース方式による企業の農業参入は2003年に構造改革特区制度でスタートし、2005年に農業経営基盤強化促進法の改正により、農地法の特例として、農業生産法人以外の一般の株式会社等(特定法人)が農地の使用貸借権又は賃借権を取得し(所有権は不可)、農業へ参入する方式として全国展開された。2008年9月時点で株式会社を含め320法人が同制度を利用して農業に参入している。政府は2010年までに全国で500法人の参入を目標に掲げているが、現行制度の対象農地は市町村が定める実施区域内に限定されているなどの制約があり、実際にリース方式で貸し付けられている農地の約6割が耕作放棄地等である。参入企業に対するアンケートにおいても、参入にあたって苦労・困難であった点として、多くが「農地の改良」や「希望にあった農地の確保」をあげていることから、多様な経営体の参画を一層促すためには対象農地の拡大が鍵となる。

従って、地域の農地利用計画や担い手の経営改善計画との調和を確保しつつ、実施区域の見直しを図るとともに、予め設定された実施区域外でも、貸し手と借り手が合意した場合は、一定の要件下でリース方式による企業の農業参入を認めることも検討すべきである。

(2)経営と投資の安定化のための長期貸借制度の創設

農地の賃貸借の契約期間については、民法原則に基づき最長20年の範囲において自由に設定できることとなっているものの、農業経営基盤強化促進法に基づく実際の契約期間は平均6年程度となっており、借り手の多くが、「6年以上〜10年未満」「10年以上」の契約期間を要望するとともに、契約の安定を求めている。経営と投資の安定化を図るため、契約期間についても現行制度を市町村に徹底するとともに、民法の特例設定による20年超の長期貸借制度の創設も含め、更なる契約の長期化・安定化を促すための措置も検討すべきである。

(3)農業生産法人の要件緩和

農業経営を行うために農地等を取得できる法人として1962年に制度化された農業生産法人は、制度創設以来数次の農地法等の改正により、各種の要件が緩和されてきた。これにより法人数も着実に増加し2008年1月時点で10,519もの法人が農業の担い手として全国各地で活躍している。しかし、一層の農業生産法人経営の高度化・多角化を促進しその競争力強化を図るとともに、農地の現物出資を含め農内外からの新たな参入・出資を促進し一層の多様な担い手を確保するためには、現行の農業生産法人の事業、構成員、役員についての各要件の緩和が求められる。

とりわけ、「農地改革プラン」において、農業生産法人が地域の農業者を中心とする法人であるとの性格は維持しつつ、食品関連事業者等との連携の強化や資本の充実を図る観点から、農業生産法人への出資制限を緩和するとされており、かかる観点も踏まえ、株式会社等の出資を認定農業者に認められている1/2未満まで認めるべきである。

3.担い手の経営面積の大規模化と農地集約への支援

農地の確保と有効利用や多様な経営体の参画を促すための制度改革とともに、「効率的かつ安定的な農業経営」がわが国農業の大宗を占める構造を実現していくためには、農地をまとまった形で担い手に集約し経営規模の拡大と生産性の向上を加速するための支援措置も重要である。とりわけ、土地利用型農業の中で畑作については大規模化が進んでいる地域もあるものの、水田作は全国的に遅れている状況にあることから、水田のフル活用の観点からもかかる措置の充実が求められる。

(1)農地の基盤整備と情報インフラ・利用集約機能の充実

まず、農地の有効利用を促進し農業経営の効率化と農業イノベーションを推進するため、農地の大区画化や畦畔除去等の基盤整備事業を推進することが重要である。農林水産省の調査でも、基盤整備事業が実施された農地は耕作放棄される傾向が低く、農地の有効利用促進に効果的だと考えられる。

また、農地をまとまった形で担い手に集約するためには、市町村、農業委員会、農協、農地保有合理化法人、土地改良区等が有する農地に関する情報を一元化し、関係機関共通のデータベースを構築し、相互に活用するとともに、地域の実情や関係者の意向を踏まえつつ、地域における農地の計画的な利用と担い手への集約・再配分を行う機能を整備することも重要である。

とりわけ、新規参入者や農産物の安定的供給のための規模拡大を志向する経営体にとって、貸出希望等の農地に関する情報が広く公開され容易に入手可能となることが最も望まれている。従って、貸出農地及び賃借料等の情報について、それを個人情報保護に配慮した上で広く公開し新規参入者等が入手できるようなシステムの構築が強く求められる。

(2)農地に係る相続税の納税猶予制度の見直し

現在、農地価格が収益還元価格から乖離していることもあり、経営細分化防止の観点から、農地を農業後継者が相続した場合、一定の要件の下で相続税の納税が猶予される制度がある。本制度の下では、仮に農地が農地として有効利用されていたとしても、農地を貸し出す場合は納税猶予措置が打ち切られてしまうため、特に農地の評価額が高い場合は、貸借による担い手への集約化の阻害要因となっている面がある。

従って、農地を相続した者が農地を担い手に集約すべく利用権等を設定した場合には納税猶予措置の適用を可能とするとともに、耕作放棄等により有効に利用されていない場合は、納税猶予措置を打ち切る措置を徹底すべきである。

以上

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