2009年3月25日 (社)日本経済団体連合会 産業技術委員会 |
第4期科学技術基本計画(2011〜2015年度)の策定を睨み、わが国産業競争力強化に資する科学技術・イノベーション政策のあり方を検討する観点から、2009年2月8日〜2月15日に欧州に調査団を派遣し、ドイツ(ミュンヘン、ベルリン)、ベルギー(ブラッセル)、イギリス(ロンドン)の関係府省、公的研究機関、研究拠点、大学、経済団体等、13カ所を訪問し、ヒアリング調査を実施した。その成果を以下のとおり総括する。
世界的にも科学技術政策から科学技術・イノベーション政策への転換が模索されている中、欧州においても、政治主導によるイノベーション政策強化の動きが活発化している #1。こうした傾向は、世界的な経済不況が顕在化した現在において一層強化されている。
これらイノベーション促進を目的とした取組みに共通する思想は、第1に、研究開発成果(シーズ、テクノロジー)の社会還元(プッシュ)から、社会の需要や課題(デマンド)から必要となる科学・技術を引き出す(プル)イノベーションへの転換がある。そのため欧州各国の国家戦略は、将来あるべき社会システムや産業構造を描き、その実現のために必要な研究開発や施策を特定する方向にある。第2に、イノベーション政策の全体目標が新産業の創出、産業競争力の強化、経済成長、雇用の促進等の実現となる中での、教育・人材育成、公的調達、税制見直し、規制緩和、地域振興・クラスター形成等、多面的な総合政策への進化である。さらに、イノベーションの主体としての企業の研究開発支援、オープン・イノベーションへの対応、産学官連携強化、イノベーション・プロセスの円滑化、技術ロードマップ策定等は日本含め各国共通の取組みであるが、欧州特有の事情を考慮したとしても、日本以上に強調されて施策化されていると言える。
わが国においても、イノベーション重視の姿勢が徐々に示されているが、欧州における政治レベルでの「デマンド・ドリブン」の基本姿勢はわが国の一歩先を行くものであると考えられる #2。科学技術政策に精通し、イノベーションの実現に強い意欲を持った政治家の多数の輩出と、政治のイニシアティブの一層の発揮が期待される。また、「第3期科学技術基本計画」終了後におけるわが国の科学技術・イノベーション政策の中期計画においては、政治主導で課題解決指向を基本姿勢として打ち出し、国民に対して将来あるべき日本の姿を明示した上で、その実現に必要な研究開発や諸改革を網羅する総合的なイノベーション基本計画に進化させる視点が強く求められる。同時に、目下必要とされる経済対策においても、新たな成長と雇用創出の源泉としての研究開発への投資拡大が期待される。
欧州では、「リスボン戦略」を踏まえ2002年3月に、いわゆるバルセロナ目標(2010年までにEU域内の研究開発投資総額を対GDP比3%(うち2%分は民間投資)とする)を掲げ、EU、加盟国政府それぞれのレベルで、目標達成に向け政府研究開発投資の増額を図っている #3。また、EUの「第7次フレームワーク・プログラム」(FP7)では、7年分の予算について合意を得ているほか、ドイツでは、連立政権の政策合意に基づき研究開発投資の増額を打ち出しており、消費税率の3%増分を原資にするなど、政治主導の色が強く出ている。昨今の厳しい経済情勢にもかかわらず、イノベーションによる経済再生、雇用回復を狙ってか、政府研究開発投資は増加の傾向を維持している #4。
研究開発投資の負担割合については、欧州全体(EU27)では、政府34.7%、民間56.4%と、わが国(18.1%、81.6%)と比べ政府負担が大きいことが特徴となっている。また、民間企業の研究開発投資の拡大に向けたマッチング・ファンドを活用したプログラムが多く見られるほか、ドイツにおいては研究開発税制の新設が議論されている。
わが国全体の研究開発投資の対GDP比(約3.6%)は世界最高水準となっているが、欧州とは逆に政府負担割合が18%と極端に少ないことが問題である。昨今の厳しい経済情勢の結果、民間企業は研究開発投資を削減せざるを得ない状況に追い込まれつつあり、また、民間では担うことが難しいイノベーションの種となる基礎研究やイノベーションを担う人材育成の重要性が一層高まる中、わが国においても民間の投資水準を維持するための方策を打ち出すとともに、政府研究開発投資の大幅増に対する政治の強いコミットメントが期待される。その意味でも、「第3期科学技術基本計画」の政府研究開発投資の総額目標25兆円の実現はもちろんのこと、次期中期計画策定の出発点においても政府研究開発投資の大幅増加を政治レベルで合意し、科学技術創造立国としてのわが国の姿勢を明確にすることが不可欠であろう。
EUあるいは各加盟国レベルでの司令塔機能は、まさに政治や内閣が担っており、政治レベルでの強いコミットメントが、各省を方向付け、改革の推進力となっている。そのため、日本の総合科学技術会議(CSTP)に相当する組織がある国においても、必ずしも当該組織に強力な企画立案・総合調整の権限が付与されているわけではない #5。しかし、イギリスでは、科学技術会議(CST)の事務局を担う科学庁(GOS)において、将来需要を見据えた長期的な技術予測等が行なわれており、国家的戦略策定に必要な調査分析機能が強化されている。
わが国では、CSTPが科学技術政策の司令塔として期待され、非常勤を含め100名規模の事務局がその運営を支えている。組織の枠組みとしては、欧州諸国より充実している感があり、その意味では、わが国の科学技術政策とイノベーション・システムの特徴と言える。しかしながら、現実には、その期待に比して、CSTPからの意見具申や答申が政治レベルの強いコミットメントや具体的な政策の実現に必ずしも十分つながっていない。
そのため、省益を超え大局的な判断を行なう総理大臣が座長を務める科学技術・イノベーション政策の司令塔として、CSTPが担うべき業務(扱うべきテーマ)、産業界の意見を反映させることを含めたCSTP本会議のあり方、科学技術政策担当大臣のあり方、関係省庁との関係、事務局運営のあり方等についての抜本的な見直しが必要である。併せて、必要に応じ、CSTPならびに事務局の機能・権限を規定する内閣府設置法の見直し等の法的措置に関する検討も求められるものと思われる。
イノベーション政策そのものが総合化する中、府省融合は、日本に限らず多くの国での共通の課題となっている。前述のとおり、欧州では、必ずしも各省間の調整が緻密に行なわれているようには見受けられず、政治的なコミットメントが大きな役割を果たしているように思われる。また、研究開発の予算の多くを握る省庁が、イノベーション促進に積極的に関与している #6。
イギリスにおいては、2007年に貿易産業省(DTI)と教育技能省(DIES)の再編・統合によりイノベーション・大学・技能省(DIUS)が発足した。イノベーションの実現には大学教育と一貫して政策実現を考える必要があるとの考え方は正しい方向にあろう。今次の再編は、設置法がないイギリスならではの機動的な再編であるが、その成否については、引き続き注視していく必要があろう。なおイギリスでは、各省庁の主席科学顧問が省庁間の情報共有に寄与しているとの意見もある。
施策の実施段階における公的機関間の連携もまた各国共通の課題である。ドイツやイギリスでは、基礎研究を担う機関と応用研究・イノベーションを担う機関の連携に対する予算措置がとられており、わが国においても一層充実が求められる施策であろう。
欧州では共通して、イノベーション推進にあたり、民間企業の知見の活用を重要視している。ドイツ、イギリス、EUそれぞれにおいて、イノベーション創出を目標に掲げる組織の諮問機関(一部、意思決定機関)では、メンバー構成は概ね、産業界と学術界が半数ずつとなっていることが多い #7。もとより、イノベーション創出の主体は民間企業であり、民間企業の意見を最大限尊重すべき(場合によっては運営も任せる)との風潮が強く、現地産業界との対話も密に行なわれているようである。
わが国においては、研究開発の成果の社会還元といった視点が重視されてきたことから、CSTPはじめ諮問機能をもつ組織のメンバー構成は、学術界が中心であった。世界の動向がイノベーション重視に向かう中、CSTPにおいてもイノベーション重視の施策が打ち出されてきており、CSTP有識者議員の産業界出身者とアカデミア出身者の比率(現状は産業界2名、アカデミア6名)を同等にすることは必然の流れであろう。CSTPの下部検討組織についても、設置目的に応じメンバー構成が見直されるべきと思われる。
欧州では、わが国を含む諸外国とのベンチマークにおいて、企業による研究開発投資とともに、官民連携の弱さを課題として挙げることが多く、わが国以上に積極的な施策を展開している。
EUレベルでは、戦略上重要な技術領域における産学官協働を促進するため、産業界の主導(欧州委員会は側面支援)により「欧州テクノロジー・プラットフォーム」(ETP) #8 を設置(現在36分野)し、産学官による共通ビジョンおよび中長期的な戦略(SRA)を策定し、その実現に取り組んでいる。欧州委員会はこうした取組みを、中長期の優先研究課題を定義する上で重要な役割を果たすと評価しており、その成果はFP7や景気対策に係るプログラム策定の際にも活用されている。こうした取組みは、加盟国レベルでも採用され始めており、産業界主導のプロジェクトの形成・実施を促進する仕組みとして定着しつつあるように見受けられた。
また、ETPの戦略の実現に向け、FP7において助成制度「ジョイント・テクノロジー・イニシアティブ」(JTI) #9 を創設し、民間が50%以上の資金を拠出することを条件に、競争力強化に資する長期的なプロジェクトを支援している。全体的に、欧州では、民間企業の研究開発投資を促進し、イノベーションを創出する観点から、マッチング・ファンド方式による産業界主導プロジェクトへの助成が数多く行なわれている。
わが国においても、産業競争力懇談会において、産業界主導のプロジェクト形成が進められており、高度道路交通システム(ITS)やバイオ燃料、水資源等、一定の成果が出つつあるが、オール・ジャパンとしての厚みと広がりをもった動きには至っていない。わが国の景気回復とその後の経済成長を実現すべく、政府として産業界主導による産学官協働のプロジェクト形成 #10 を積極的に支援するとともに、こうした政策課題対応型研究開発を対象に、緊急経済対策の一環として、マッチング・ファンド方式による支援を大幅に拡充することが有用であると考えられる。
イノベーション政策が課題解決指向になる中、実施された政策の進捗管理・評価のあり方も、各国共通の課題となっている。例えば、ドイツの「ハイテク戦略」で策定された17分野のロードマップは産学の有識者により構成される諮問組織により毎年見直されており、現在ではそのうち5分野程度を重点分野とする方向にある。また、いわゆるプロジェクト・ディレクター(PD)、プロジェクト・マネジャー(PM)への権限委譲が進んでおり、彼らが、一定期間にわたり責任をもってプロジェクト群の進捗を管理し、成果に対する説明責任を果たす体制が構築されているようである。
評価についても、多くの組織でイノベーション指標の構築が急がれており、成果指標として社会インパクトや経済指標を盛り込むことを検討するところが多いように見受けられた。こうした思想は、国としての重点技術等の選定基準においても現れている #11。また、大学等の機関評価にあたっても、研究科(分野)単位での評価が行なわれるなど、分野毎にベンチマークが実施されていることが多い。
わが国においては、「第3期科学技術基本計画」に基づき戦略重点科学技術が選定され、「分野別推進戦略」に基づき、毎年進捗評価が行なわれているが、当初の理念に沿った運用がなされているとは言いがたい #12。また、課題解決指向に対応すべく、プロジェクト型管理からプログラム型管理への移行の必要性も唱えられつつある。次期中期計画においては、課題解決に向けた明確な戦略の下での機動的な運用が可能となるような枠組みが望まれる。
第1期、第2期の計画で実施された研究開発も5年〜10年程度が経過している。両計画期間中だけでも、多額の国費を投じ様々な施策を講じており、これまでの施策を、研究開発の成果の社会還元の視点から評価を行い、そこで得られた示唆を今後のイノベーション政策に反映させることが必要である。他方、研究開発の成果は短期的に現れるものではなく、また、リスクが高いことも事実であり、研究開発がもつ特殊性にも一定程度配慮する必要があろう。
産業技術・応用研究を担う公的機関として、しばしばわが国の産業技術総合研究所(AIST)とドイツのフラウン・ホーファー協会(FHG)が比較される。FHGは、従業員1万4000人(うち約9000人が研究者)、予算14億ユーロであり、その規模や研究成果に比べ極めて少ない予算規模で運営されている。また予算構成も、約2/3を契約に基づく産業界や公的資金(競争的資金)とし、傘下の各研究所への運営費の配分も獲得した外部収入に連動させるなど、産業界や政府のニーズに合致した研究開発を行なうインセンティブ付けがなされている #13。さらに、組織運営に関する諮問機関のメンバーも産学官バランスよく構成され #14、産業界の意向が研究所の運営に反映される仕組みが構築されている。
他方、AISTは予算約950億円、人員約3200人であり、1人当たりの予算は単純に見てFHGの2〜3倍近い水準である。これは後述のとおり、FHGが若手研究者の積極的な活用と高い労働流動性の確保を実現していることが大きな要因として考えられる。AISTをはじめわが国の産業技術開発、応用研究等を担う機関においては、FHGのような機関の研究成果や運営方法を絶えずベンチマークし、不断の改革を行なうことが求められよう。また、わが国においても、研究開発法人の目的や望ましい収入構成等に応じた運営費交付金の配分を徹底することも必要であろう。
イギリスでは、産業界への助成を強化する観点から、技術戦略委員会(TSB)に政府から独立した裁量権を付与するとともに、予算の大幅な増額を打ち出している。85人の職員のほとんどが産業界出身者であり、産業界の知見を活かし課題先導型イノベーションやイノベーション環境の創出等に取り組んでいる。助成は、産業界とのマッチング・ファンドを基本とし、産学連携や地域開発強化の観点から、案件に応じて研究会議(RC)、地域開発庁(RDA)とも連携するなど、産学官協働のコーディネーションを担うことで、最小限の助成で高い効果を創出することを目指している。また、課題先導型イノベーションの柱として、「イノベーション・プラットフォーム」を推進しており、助成のみならず、公的調達、規制緩和も含めた総合的な支援を目指している。なお、時間的な制約上、詳細な調査はできなかったが、高等教育助成会議(HEFC)においては、高等教育イノベーション・ファンド(HEIF)として、大学の知識移転活動の指標に基づく資源配分等も行なわれている。
わが国においては、経済産業省所管の新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が産業界向け、文部科学省所管の日本学術振興会(JSPS)が大学向け、科学技術振興機構(JST)がその中間的な位置付けにあると考えられる。わが国では、産業界と主に国費による研究実施機関(大学、公的研究機関)との間の研究資金交流比率が低く、各セクターが独立に研究開発を行なう割合が高い。JSTに対しては、イノベーション創出に向けた機能を一層明確にし、欧州におけるETPやTSBの取組み等も参考としつつ、産学官協働に向けたプラットフォーム機能を強化するとともに、競争的資金におけるマッチング・ファンドを拡充するなど、市場ニーズを見据えたイノベーション創出を目的とした研究開発支援を一層充実させることが必要であると考えられる。
高度理工系人材の育成は、日本含め各国共通の課題となっている。欧州においても、その解決に向け様々な施策が展開されており、公的機関が一定の役割を担っている。
FHGでは、毎年、約1000名の学生を有期契約で採用し、約600名が3〜5年程度在籍した後に、産業界に就職している。低い給与水準、有期雇用といった条件が、人材の流動性を高めていることは疑いない。産業界がFHGを研究機関として高く評価しているため、学生もFHGでの研究経験を産業界への就職を目指したキャリアアップのプロセスとして位置づけることが可能であり、低い給与水準でも多くの学生が応募していることが特徴的である。加えて、FHGの各研究所のディレクターは大学のアドバイザーを兼務しており、学生を研究開発に従事させることも可能であり(学位は大学が授与)、実質的に、産業界で活躍する研究開発人材の育成機関として機能している。また、TSBでは、知識移転パートナーシップ(KTP)として、大学院生やポスドク等を中小企業に派遣し、人材育成と知識移転を同時に達成する事業を推進しており、派遣終了後に約60%は産業界に就職している。逆に、研究会議(RC)は、大学と研究会議等で人材が不足している分野において、産業界の研究者を採用するSkill Gap Awardを開始している。
わが国においても、大学院においてイノベーションを担う優秀な博士人材の育成が求められるのは言うまでもないが、公的機関、とりわけ産学の橋渡しを標榜する機関における人材の育成機能を抜本的に強化する必要があろう。理化学研究所(理研)やAISTにおいては、実質的な大学院機能を付与(将来的には大学院としての認可も検討)することが有用と考えられる。理研は、任期付きの研究者が多く、トップクラスの大学教授が多く在籍するほか、バトンゾーンとして産業界との融合連携プロジェクトを推進していることから、同プロジェクトをモデルケースに実施することを検討してはどうか。また、JSTやNEDOにおいても、学生やポスドクの産学官連携プロジェクトでの活用や企業派遣について検討することも有用と考えられる。
世界的に高い競争力を有する半導体研究拠点であるIMECは、企業からの研究収入割合が極めて高く、また、企業の派遣研究員を多数受け入れるなど、企業を顧客とする研究センターのビジネスモデルを確立している #15。研究開発拠点、クラスターの成功要因として考えられるものを以下に掲げる。
わが国においても、現在、つくばでのナノエレクトロニクス拠点の形成が議論されているが、重要な示唆が含まれているものと思われる。
IMECでは、Give and Take、Win-Winの思想を徹底し、コスト、リスク、成果の共有を基本としている。研究開発の成果は、IMECと開発企業の共有(独立に権利行使)とすることを原則に、プロジェクト参加企業に一般的に開放する知財(競争前段階が中心)と、特定のパートナー企業に独占使用を認める知財を組み合わせることにより、プロジェクト参加企業へのインセンティブとしている。また、知財とは直接関連しないが、Win-Winの事例として、参加企業が自社の最先端の装置や材料をIMECに試験的に導入し、さらなる改良につなげるといった取組みも行なわれている。
前述の知財戦略の実効性を担保すべく、契約はIMECと企業が1:1で結ばれ、共同研究の内容や貢献の割合により契約内容も企業毎にカスタマイズされている。データベースへのアクセス、知財の使用等が参加企業毎に厳密に管理されることになり、競合企業による優秀な人材の投入と、真の協働を担保している。また、参加者の貢献の度合いに応じて得る権利も大きくなるようインセンティブ付与の工夫もなされている。
多様な収入ポートフォリオにより特定の企業からの影響力を排除しているほか、フランダース州政府からの助成の使途について裁量権(結果に対する説明責任を5年に1回負う)を与えられている。加えて、プロパー職員を重視することで、IMECとしての運営の独立性を確保している。それにより、独自の戦略を打ち出すとともに、パートナー企業の自由な選定、柔軟なリソース配分等を可能としている。
また、高い志と強いリーダーシップをもつ経営層を配置することは言うまでもないが、IMECではPDやPMは原則プロパー職員とし、研究開発マネジメントに責任を負うのみならず、人選、成果配分等にも権限を有する。必要に応じて、優秀な研究者のチーム単位での受入れも行なわれている。
さらに、世界中の優秀な研究者を集めるために、研究者やその家族が現地での生活に不便を感じないような木目細かいサポート体制が構築されている。
連邦制を敷いている国ではとりわけ、州政府の理解と支援が設立の段階から重要となっている。フランダース州は、IMEC設立当初から、世界の知の誘致と地元の雇用拡大を掲げ、将来のリスクテイクに果敢に挑戦した。IMECに継続して投資しているが、州政府は5年に1回の評価で成果を問うのみであり、予算の使途は現場の裁量に委ねている。
知の創造・移転、人材育成拠点としての大学や公的研究機関との緊密な連携も、拠点の競争力強化に寄与している。IMECは、ルーベン大学に隣接して設置され、その設立時に同大学の教授陣をチームとして受け入れるのみならず、IMECのマネージャー・クラス以上は大学教授を兼務しているほか、IMEC内でルーベン大学の大学院生の研究も可能とするなど、緊密な関係を維持し、IMECの競争力を高めている。
欧州の科学技術・イノベーション政策は、地方自治体、中央政府、EUレベルの重層構造になっており、欧州研究圏(ERA)を目指すEUにおいては、施策(予算)の重複・細分化を排除した一体的な推進が大きな課題となっている。そのため、EUでは、域内統一的な戦略やプログラムを策定し、加盟国に対し整合的な施策を求めているが、現実的にはまだ多くの課題が残されているように思われる。他方、連邦制をとるドイツにおいては、教育や科学技術政策に関する州政府の権限が強く、EUの存在感が高まる中、連邦政府の存在意義が改めて問われているとの声も聞かれる。
また、組織の複雑さ巨大さ故、EUのプログラムに対する官僚主義的な対応、事務処理の煩雑さは、各国から共通して聞かれる課題である。煩雑な事務処理に対応できない中小企業の参画は相対的に少なく、各国政府は、中小企業による予算獲得の支援に乗り出している。EU予算の増加と目下の景気低迷もあり、EU予算の魅力は向上してきており、大企業による予算獲得件数も増加傾向にある。その結果、政府資金の民間活用比率はさらに増加する可能性がある。
ドイツでは、州政府が産業政策や教育、イノベーション政策に大きな権限を有しており、農業州からハイテク州に劇的に変化を遂げたバイエルン州では、連邦政府に劣らず主体的に様々な施策を展開している。スタートアップ企業支援、ベンチャーキャピタル投資支援、クラスター形成等が中心となるが、地元企業等と深い関係を維持していることから、連邦政府に比べ、柔軟にリスク投資を行なっており、高い成果を上げている。
わが国においても、経済産業省と文部科学省を中心にクラスター形成が推進されているほか、道州制に関する議論が活発化している。現時点では、欧州の州政府の取組みをそのまま取り入れることは困難であるが、将来的課題として参考とすべきであろう。
各国のイノベーション・システムは、歴史的経緯や産業構造、雇用慣行等により各国各様である。欧州のシステムや施策をそのままわが国に適用することは適切ではないが、先進諸国の動向を絶えずベンチマークし、他国における成功事例を参考にしつつ、オープン・イノベーション時代にふさわしいわが国ならではのイノベーション・システムを早急に再構築することで、激化する世界的なイノベーション競争に勝ち抜く必要がある。
経団連としても、「第3期科学技術基本計画」の進捗状況を引き続き注視し、必要な働きかけを関係方面に対し行なっていく。併せて、政府・与党との対話を強化しながら、上記で掲げた課題を含め、わが国科学技術・イノベーション政策の中期的なあり方についての検討を一層深め、産業界意見の発信に努めることとしたい。
第4期科学技術基本計画(2011〜2015年度)策定を睨み、わが国産業競争力強化に資する科学技術・イノベーション政策のあり方を検討する観点から、欧州における政策の動向やナショナル・イノベーション・システムを中心に調査する。
2009年2月8日(日)〜15日(日)
吉川誠一 産業技術委員会重点化戦略部会長代行、味の素、東レ、日立製作所、
科学技術振興機構、経団連事務局 計6名