経済危機からの早期脱却と生活の安心・充実に向けた財政政策を望む

2009年11月17日
(社)日本経済団体連合会

経済危機からの早期脱却と生活の安心・充実に向けた財政政策を望む(概要) <PDF>

1.はじめに

わが国経済は最悪期を脱しつつあるとは言え、生産や設備投資をはじめ経済活動の水準は依然として低く、雇用情勢は厳しい状況が続いている。経済危機からの早期脱却と民間主導による経済の自律的回復が、当面、最も重要な政策課題となっている。また、少子高齢化が本格化していく中にあって、日々の生活の安心と安全を支える社会保障制度やセーフティネットのほころびや不備を解消していくことも、国民の強い願いである。
他方、極めて厳しい経済環境が続く中にあって、国民の不安心理を断ち切り、景気の底割れを防ぐために、大規模な財政出動が行われたことが、わが国財政をさらに悪化させ、国・地方をあわせた長期債務残高が対GDP比で約170%まで上昇している。また、税金の無駄遣いが様々な行政分野で指摘される等、国民の行政に対する信頼が損なわれている。
日本経団連は、上記の観点を踏まえ、今年3月にまとめた「今後の財政運営のあり方」において、まずは経済危機からの脱却、セーフティネットの機能強化を図り、景気が回復したあかつきには財政健全化に向けて歳出・歳入の一体改革を進め、今後10年程度かけて、先進国で最も悪化した財政を立て直すことを提言している。
さらに、本年10月に公表した「平成22年度税制改正に関する提言」では、税制抜本改革の道筋について、今後5年程度のスケジュールを明確に示した上で、着実かつ段階的に実現を図ることを求めている。
政府は、「平成22年度予算編成の方針」において、概算要求基準(以下、シーリング)を廃止し、政治主導の下、一般会計と特別会計をあわせた国の総予算をゼロベースで見直し、新規施策の実現のために必要な財源は既存の予算を組み替えて生み出すとの方針を打ち出した。
また、予算の効率性を高めるため、予算編成から執行に至るプロセスの抜本的な改革にも着手したことは評価でき、その早期実現を望みたい。
現在、国家戦略室での中長期的な財政運営の方針づくり、行政刷新会議での予算項目ごとに国が行う事業の見直しや政策の棚卸しなどの取り組みが本格化しているが、財政健全化への重要な一歩が踏み出されるものとして期待したい。
当面の予算編成にあたって、まずは景気回復を最優先に取り組むことが求められる。さらに、中長期的には、わが国の厳しい財政状況を踏まえ、新たに財政健全化目標を策定し、景気が回復した後、財政の立て直しに取り組むことで、内外から信頼を得るよう努める必要がある。
これらを踏まえ、今後の財政政策のあり方を提言する。

2.当面の予算編成にあたっての視点

(1) 経済危機からの早期脱却

わが国経済は最悪期を脱しつつあるものの、先行きの見通しは厳しいことから、直ちに公的支出を縮小し、緊縮財政に転ずることは、国民生活や経済活動に多大なマイナスの影響を与えかねない。加えて、今年9月には、景気が確実に回復するまで、景気刺激策を継続することは、G20サミット等で合意されているため、国際的な政策協調の観点からも必要である。
まずは2010年度予算を年内に策定し、今年度内に国会で成立させることが極めて重要である。
さらに、内外の経済の動向に細心の注意を払い、今年度の第二次補正予算において、追加的な景気対策を講じ、早期に成立させるなど、政府として、経済危機からの早期脱却に最優先で取り組むべきである。その際には、特に、深刻化する雇用情勢を踏まえて、雇用の安定と創出策を講じるとともに、即効性があり、かつ継続的な需要創出に取り組むことが求められる。

(2) 生活の安心と安全の確保

政府は、国民生活を支援する観点から、子ども手当の創設、高校の実質無償化、年金記録問題への対応、医療・介護の再生、自動車・燃料諸税に係る暫定税率の廃止、雇用対策等を優先的な新規施策として掲げている。
国民にとって、少子化対策、医療・介護、年金などの社会保障制度は、日々の生活を過ごしていく中で、その安心と安全を支える最大の関心事項であり、社会の安定をもたらす最も重要な社会基盤である。政府の新規施策の中で社会保障分野におけるセーフティネットの拡充、各制度のほころびや不備への対策が進むことを期待する。
同時に、わが国の長期的発展・存立を考えていく上で、人口の減少傾向に歯止めをかけるための正面からの取組みが欠かせない。
出生率を長期的に反転・上昇させていくため、明確な政策目標を掲げるとともに、子育て支援策の充実強化を図るなど少子化対策を抜本的に拡充し、次世代育成支援のための施策を効果的に展開していく必要がある。
生活の安心と安全を支える新規施策が、人々にとって利用しづらく、非効率で縦割りの仕組みとならないよう、制度横断的な視点に立って、現状を的確に把握し、適切かつ有効な仕組みにする必要がある。

(3) 将来にわたる生活の充実に向けた投資

人口減少・高齢化の本格化、グローバル競争の激化という環境の下で、雇用を生み出し、将来にわたって生活の充実を図るためには、国内で絶え間ないイノベーションの創出と生産性の向上を図り、活力ある経済社会を作っていく必要がある。
そのためには、政府が政策の優先順位を大きく見直すにしても、医療・介護をはじめとする高齢化社会への本格的な対応、世界の低炭素社会の実現など、雇用の創出・拡大が期待される分野の人材育成、生活の利便性向上やわが国経済の国際競争力強化に資する基幹的な空港・港湾等インフラの整備、幅広い産業への波及効果が大きく、将来有望な分野を中心とする政府研究開発投資の拡充、イノベーション促進に係る税制措置の拡充は、将来への投資として積極的に取り組む必要がある。
また、行政の無駄と非効率をなくす政府の取り組みを加速化しつつ、利用者の目線に立って、行政手続きに伴う社会コストの削減、行政サービスの質の向上等を図るため、官民連携して、利用しやすく、効率的で透明性の高い電子行政を早期に実現することも重要である。

3.財政政策に関する中長期的な課題

(1) 財政健全化への取り組み

  1. 経済成長力の強化による生活の充実
    デフレと低成長の経済状態では、過去の債務負担が重くのしかかる上、税収の増加も期待できず、財政健全化を進めることは困難であり、国民に大変な苦痛と負担をもたらす。したがって、名目成長率を向上させることが、財政の立て直しを図る上で第一の課題である。
    人口減少・高齢化の本格化、経済のグローバル競争が進む中で、財政の立て直しや持続可能な「中福祉・中負担」の社会保障制度の確立に伴う国民負担の増加や経済への下押し圧力を軽減するためには、あらゆる政策手段を講じて、名目成長率を高めることが必要不可欠である。そのためには、国民の所得の増加や雇用の創出の源泉となる企業の競争力強化、成長産業の育成が求められる。
    2.で述べたとおり、経済危機から早期に脱却し、その後の持続的な経済成長、雇用の確保、生活の充実の実現に向けて、中長期的な成長戦略を速やかに描き、将来への投資を進めていくとともに、後述する税制抜本改革の中で、国際的な整合性を踏まえた法人実効税率の引下げを行うことが求められる。

  2. 税制抜本改革による安定財源の確保
    政府が掲げる歳出の見直しによる無駄の排除は、国民の行政に対する信頼回復を図り、財政改革を進めるための重要な一歩である。
    わが国の財政基盤は、歳入面において、まず税体系が個人所得税や法人税といった直接税に偏っているため、景気変動による税収の増減が著しく、また多額の債務を抱える中で、毎年の歳出の多くを国債発行による収入で賄っており、不安定で極めてぜい弱となっている。
    さらに、急激な少子高齢化の進展により、社会保障費がより一層増えていくことが不可避である。将来にわたって持続可能な「中福祉・中負担」の社会保障制度を確立するためには、裏付けとなる安定財源の確保が最も重要である。
    政府は、これらの問題を先送りしないよう、実効性のある財源論を行い、税制抜本改革の道筋を示すべきである。
    社会保障の安定財源を確保するためには、経済に与える影響も少なく、国民全体で広く負担を分かち合う観点から、消費税が最も相応しい。景気回復を前提に、かつ国民の理解を得ながら段階的に消費税率の引上げを進めていく必要がある。

(2) 地方税・財政制度の抜本改革

日本経団連は、究極の構造改革として、道州制の導入を提言し、地域の活力を高め、地域自らの責任で「地域経営」に取り組むことができる地方体制の構築を求めている。
道州制を支える地方税・財政制度に関しては、国と地方の役割分担に即して、地方が行う行政サービスへの財政的責任と税源とが整合性を持つ形に整理すべきと考えている。
政府は、地方分権の推進、地域の活性化を図る観点から、国と地方の役割を見直し、地方に大幅に権限を移譲するとともに、自治体が地域のニーズに適切に応えられるよう、地方の自主財源を増やす方針を掲げている。
まずは、政府の方針に沿って、国から地方への補助金を見直し、さらに地方の自主性や創意工夫の努力が反映される方向で、地方交付税や国庫補助負担金の改革を進めていくことが求められる。
さらに、道州制の導入に向けて、「道州制推進基本法」を制定した上で、国と地方の役割分担を徹底的に見直しつつ、国と地方の税・財政制度の再編成を行うべきである。
具体的には、国から地方への関与を弱めるため、地方交付税を廃止して、新たに道州間で水平的な財政調整を行うための地方共有税(仮称)を設ける。
社会保障や義務教育、警察など全国的に一定水準を保障するための費用は、国庫補助負担金を廃止する代わりに、国から道州に財政移転を行う制度として安心安全交付金(仮称)を設ける。
あわせて、道州制のもとで道州、基礎自治体が財政面で自立できるよう、個人住民税や居住用資産に係る固定資産税を基幹的財源として位置づけるとともに、税制抜本改革を通じて、地方法人課税の見直し等を行い、地域による税収の偏在性が少なく景気にも左右されにくい地方消費税を充実させる必要がある。

4.財政運営に関する課題

(1) 国の一般会計・特別会計を通じた歳出見直し

政府は、一般会計と特別会計をあわせた国の総予算のゼロベースでの見直し目指すとしており、これを機に財政全体の規律を高め、分野横断的な取り組みがなされることを期待したい。
特に特別会計については、改めてその本来の目的に照らし、費用対効果分析、コストの効率化、事業の優先順位付けの明確化等をより徹底するとともに、従来から問題視されてきた剰余金の取り扱いや積立金の必要水準などに、より踏み込んだ見直しがなされることを求めたい。
また、特別会計に係る政策の棚卸し等の結果、不要と認められる事務・事業は廃止し、国が手離すべきと認められる事務・事業は、地方や民間に移管すべきである。

(2) 透明度の高い予算編成・執行・決算体制の構築

政府は、「予算編成等の在り方の改革について」を閣議決定し、複数年度を視野に入れたトップダウン型の予算編成、予算編成・執行プロセスの抜本的な透明化・可視化等を今後順次進めていくとしており、財政資金の効率的な活用に資する取り組みとして期待したい。
新たな試みを行政府全体において分野横断的かつ継続的な取り組みとして定着させるための基盤整備として、縦割り行政の垣根を越えた電子行政を早期に実現するとともに、予算編成から執行、決算という一連の流れにおけるPDCAサイクルを徹底することが求められる。
その中で、政府諸機関による決算報告及び会計検査院による検査報告の作成、ならびに両報告が国会に承認されるまで時間を要する現在の決算プロセスを早期化し、可能な限り早期に予算編成・執行へ反映していくことが不可欠である。
また、政策を検証するのに役立つ政策評価制度に係る体制・組織・手法を抜本的に見直し、予算編成との連携を強化すべきである。

(3) 財政運営に関する責任の明確化と透明性の確保

2010年度予算から、シーリングが廃止となり、政治主導による予算編成が行われる。財政運営全体に関する透明性を確保しつつ、安定的かつ継続的に財政規律を守るためには、必要な歳出の増加に対応した財源確保策を含む、財政運営の基本方針を定めた「歳出歳入改革法」(仮称)の制定などによる制度的な担保を講じることが求められる。
また、財政改革に対する理解を得るためには、国民の前に財政全体の姿を明らかにすることが不可欠であり、政府の新規施策の導入効果や国の総予算の見直し効果等を反映させた形で、中期的な経済財政見通しを定期的に公表すべきである。なお、経済財政見通しについて、特に歳入見通しの恣意性をできる限り排除する観点から、民間を含む外部の研究機関の経済予測の成果などを判定基準として活用することを検討すべきである。

(4) 財政健全化目標の策定

わが国財政は、国・地方をあわせた長期債務残高が対GDP比で約170%まで上昇し、先進国で最悪の危機的状況にある。
財政規律がなし崩しに損なわれ、債務残高が経済規模の拡大に比べて増加し続ければ、やがて持続不可能な状況に陥り、金利や物価の高騰などによって、国民生活や企業活動に大きな混乱をもたらし、国の活力は失われる。
したがって、政府は、財政健全化に対する姿勢を明確に示し、中長期的な財政の持続可能性を確保していくことが求められる。
そのためには、財政運営に関する責任を制度的に担保するとともに、国の経済規模に対してフロー、ストック両面から確認できる財政健全化目標を常に提示し、内外から政府の財政運営に対する信認を確保することが不可欠である。
財政健全化目標として、景気回復後を視野に、中期的に継続性のある取り組みを着実に実行できる期間(たとえば、10年程度)を想定し、フロー面では、利払い費を含む財政収支対GDP比の改善を図り、ストック面では、債務残高対GDP比を安定的に引き下げることが考えられる。

5.おわりに

日本経団連は、国民が安心して豊かに暮らすことができ、活力ある社会を実現するため、かねてより、中長期的な成長戦略と税・財政・社会保障制度の一体改革の必要性を主張してきた。
政府は、政治のリーダーシップによって、行政に対する国民の信頼を取り戻し、わが国の将来のために、財政健全化をはじめ、継続的に取り組むべき重要課題に対する政策運営の全体像(グランドデザイン)を早期に策定することで、国民の閉そく感を払しょくし、明るい展望を示すことを強く望むものである。

以上

日本語のトップページへ