世界の成長センターとしてアジアの新興国が成長を継続していくには、域内のインフラ整備や企業の事業活動に必要な中長期資金の安定的な供給が求められている。そのためには、制度ならびに機能の両面で域内の資本市場の整備を進めることが重要であり、これにより、アジア債券市場における調達可能額、流動性、投資対象といった面での制約の解消を図ることが期待される。
その具体策として、本年3月15日に開催したアジアビジネスサミット、3月16日に公表した提言「豊かなアジアを築く金融協力の推進を求める 〜債券市場整備でアジアの成長を支える〜」において、機関投資家の育成や決済システム、保証機関、格付け機関、関連法制度などの債券市場に係るハード・ソフトのインフラ整備を提言したところである。
今年に入り、債券保証機関や市場整備に係る官民対話の場の設立など、アジア債券市場育成イニシアティブ(ABMI)の具体策が打ち出され、また、わが国債券市場の活性化に向けた取り組みがみられる。そこで、これまでの提言に盛られた諸点の進捗状況を改めて確認するとともに、民間が政府と連携して主体的に取り組むべき方策を中心に下記のとおり提言するものである。政府ならびに市場関係者には、格別の配慮を求めたい。
債券市場を育成し、成熟させていくためには、発行体、機関投資家、仲介機能の育成・強化が必要である。特に、専門的知見と経験に裏付けられた適切な判断力を持ってリスクテイクを行うことのできる投資家層が十分な厚みをもつことが、効率的な債券市場の形成にとって不可欠である。また、バイアンドホールド型に限らない多様な投資家の増加が、発行市場とバランスの取れた流通市場の育成を促すものと期待できる。このような市場整備の牽引役となる機関投資家を各国で育成するためには、わが国の民間金融機関の役割が重要であり、人材派遣などによる技術支援などのソフト面での協力や、投資家の裾野を拡大するための商品開発を推進するとともに、自ら債券市場に参加していくことが期待される。
また、各国の中央銀行で構成される東アジア・オセアニア中央銀行役員会議(EMEAP)#1は、アジア各国の国債に投資するアジア債券ファンド(ABF)#2を推進している。同ファンドはフェーズ2より民間投資に門戸を開いており、機関投資家の育成の場となっている。民間投資の割合は増加傾向にある。今後、機関投資家のアジア向け投資に関するノウハウの蓄積のため、ABFの規模ならびに対象国を拡大するとともに、民間投資の割合をさらに高めていくことが望まれる。
さらに、アジアにおける社債の発行・流通市場を形成し、機関投資家の市場参加を促すためには、国債の流通市場や金利スワップ市場の活性化を通じ、各国のイールドカーブがより実質的に機能するようにすることが重要である。これにより、社債の信用リスクおよび利回りを合理的に計測できること、社債と国債の入替えが合理的に行えるようになること、デリバティブによるリスクヘッジ手段拡充の基礎ができることなどから、機関投資家の運用の可能性が広がる。各国金融当局はそのための施策を講ずるべきである。
債券市場の整備を推進するためには、現地の金融当局関係者、取引所関係者、市場参加者、学識経験者などの知識や経験・知見の積み重ね、取引技術の熟練を図ることが重要である。特に法制度整備を担う金融当局や自主規制機関の担当者の育成は、国内法制度整備と各国間の法制度の調和のために重要である。
こうした人材育成については、これまでにも、財務省、金融庁、日本銀行、国際協力機構(JICA)、東京証券取引所などにより実施されている。わが国経済界としても、実務的な人材の体系的な育成のため、たとえば、アジア各国の金融当局や取引所との交流を深めて、積極的に研修生を受け入れたり、専門家を派遣したりするプログラムを開発するなど、金融専門家の知識・経験・ノウハウを移転する取り組みを強化する必要がある。
債券市場が健全に発展していくためには、極めて重要な市場インフラの一部として、市場参加者に適切な信用リスク情報を提供する格付け機関の存在が欠かせない。
近年の世界金融危機などの経験を踏まえ、各国で格付けの適切性や格付け機関に対する規制のあり方などに関する議論が続けられている。こうした中、アジア域内では、アジア格付け機関連合(ACRAA)#3のイニシアティブを中心に、アジア企業を深く理解する、信頼性の高い格付け機関の育成や能力の向上、情報仲介機能の強化を進める動きがみられることを歓迎したい。クロスボーダー取引の活性化のためには、アジアにおける格付けの標準化や信頼性向上に向けて不断の努力が不可欠であり、わが国経済界としては、現地格付け機関を利用した現地通貨建て債券の発行に努めることで、現地格付け機関の育成・活性化に貢献することが求められる。
格付け機関の育成支援においては、金融当局も重要な役割を果たすことができる。2008年の金融危機以降、各国で格付け機関に対する規制強化の動きが見られるが、アジアの発行体および格付け機関は相対的に規模が小さく、発行手続きの厳格化に伴う人員の需要増に俄かに対応できない場合が多い。こうした現状に鑑み、各国の金融当局は、規制の導入にあたり、市場の発展段階とのバランスに十分に留意する必要がある。
アジア通貨危機の反省から2003年に開始されたABMIの下で、国際機関や政府系金融機関による現地通貨建て債券の発行や、債券の発行体および種類の多様化が進められてきた。これにより、各国は、世界的な金融危機等に機動的に対応して景気対策を実行する上で財政的裏付けとなる国債の円滑な発行が可能となっている。また、最近ではラオス政府がバーツ建て債券を発行するなどクロスボーダーの債券発行が開始されており、こうした事例の積み重ねがアジア域内の債券取引の活発化に貢献するものと期待される。
各国政府は、引き続きABMIに積極的に協力するとともに、その成果を活用して債券市場制度の拡充、取引所における公正な売買の維持、取引や企業情報の透明性確保、投資ニーズに応える上場商品の供給などに関する機能の強化を図るべきである。
ABMIの成果の1つとして、2010年11月、アジア発行体の債券に対して信用保証を行う信用保証・投資ファシリティ(CGIF)#5が設立された。CGIFの目的は、アジア企業による現地通貨建て債券発行を促進することであり、わが国からは、国際協力銀行(JBIC)がその経験を活かして仕組みづくりに積極的に貢献しており、わが国として、CGIFに経営人材を派遣することを検討すべきである。各国の信用保証制度のモデルとするためにも、低コストで簡素な手続きとすることが重要である。
また、CGIFにおける保証やリスク管理にあたっては、域内企業を共通の尺度でみた信用リスクの審査が重要であり、これにはACRAAとの連携が有効となる。
ASEAN+3では、クロスボーダーの債券取引を促進するため、2010年、官民によるASEAN+3債券市場フォーラム(ABMF)#6が設立され、各国の規制や市場慣行の調和に向けた取り組みが開始された。ABMFにおいては、民間の関係者が金融当局とビジネスの実態に即した議論を行い、アジアにおける法規制の緩和ならびに調和、その他のインフラ整備などについて、工程表を策定し、具体的成果を目指して着実に推進していくことが望まれる。
その際、わが国は官民が連携を図り、積極的に参加し、リーダーシップを発揮していくべきである。また、各国政府は市場の規模拡大のため、外資参入規制の緩和、各種手続きの迅速化などを、各国経済の発展段階を考慮しつつ推進すべきである。
アジア債券市場の整備にあたっては、わが国債券市場の活用を促進し、そのプレゼンスを向上させることが重要である。そのためには、金融当局で検討が進められている英文開示の範囲拡大を早期に実現するなど市場整備を積極的に推進し、海外企業によるわが国市場の活用を促進する必要がある。これにより、わが国債券市場がアジアのモデルとなることが期待される。
なお、わが国債券市場の活用を促進するためには、東京における金融専門人材の充分な確保が必要になる。例えば、英文開示に伴い、低コストで英語のサービスを提供できる弁護士が多数必要となる。国内での育成を図るとともに、外国人弁護士の活用促進のため、わが国弁護士資格を持たない人材が携わることのできる業務範囲の明確化が必要である。
アジア新興国の政府・政府機関や旺盛な資金調達ニーズをもつ企業に東京市場でのサムライ債の発行を促すことにより、わが国の1400兆円の金融資産をアジアの成長に活用する道を開くことは重要な課題である。また、それはわが国資本市場の国際的なプレゼンスの向上にもつながる。
これを促進するためには、アジア各国の企業が日本のサムライ債市場を活用しやすい環境を整備することが必要であり、発行に必要な書類の開示要件の簡素化、発行体本国の財務諸表などの容認、ソブリン基準の適用緩和など、発行に必要な規制の緩和や手続きの簡素化を図ることが求められる。
また、アジア企業が発行するサムライ債のリスク軽減等を制度的に支援することも必要である。2010年4月、JBICによる従来のサムライ債発行支援ファシリティを発展させ、JBIC自身が債券の一部取得を行う新規サムライ債発行支援ファシリティ(GATE)が設立されることが発表された。JBICは、これまでもフィリピンやインドネシアなどのサムライ債の発行保証を実施しており、今後も海外発行体の東京市場への呼び込み・定着、日本の投資家の投資機会の拡大が図られ、ひいては東京市場の活性化につながることが期待される。
2009年6月に開設されたプロ(特定投資家および非居住者)向け株式市場、TOKYO AIM取引所に続き、2011年春にはプロ向け債券市場「TOKYO PRO−BOND Market」が開設されることとなった。同市場では、簡素な発行手続きが容認され、これにより発行可能期間の拡大が見込まれる。
将来のアジア域内の地域的な債券市場の構築に向けて、東京市場のプレゼンス向上は極めて重要な課題である。プロ向け債券市場が発足後その厚みを増していくためには、市場参加者による同市場の活発な活用が欠かせない。そのためには、同市場には低コストかつ簡素な手続きが求められ、特に、有価証券届出書・報告書をすでに発行している企業に対しては、同市場での準用を認めるべきである。
アジア開発銀行(ADB)の試算では、アジアには2010年からの11年間で、電力、運輸・交通セクターを中心に約8兆ドルという大規模なインフラ投資需要が見込まれている。そこで、域内の民間資金を投資資金として循環させる仕組みを確立することが必要である。
これに関し、わが国としては、長期的に安定した収益を求める投資家に向け、官民連携によるODA、OOFなどを投入できるインフラファンドのスキーム開発を進めるべきである。また、民間単独のインフラファンド創設も検討課題であり、年金基金などの機関投資家をはじめとする投資家にとって魅力あるインフラファンド商品を開発するため、民間金融機関は大胆な発想で取り組んでいく必要がある。商品の開発にあたっては、わが国企業の有する世界最先端の技術を活かして海外のインフラ整備に参加する、ジャパン・イニシアティブによるパッケージ型のインフラ海外展開を支援していくことが重要である。
こうしたファンドに対しては、JICAの海外投融資の再開と活用、JBICの投融資や保証機能および日本貿易保険(NEXI)の保険機能の積極的活用を進めていくべきである。これらの支援策がわが国の金融機関とインフラ整備に参加する企業の双方にとってより使い勝手の良いものとなるよう、保証コストの軽減を推進するとともに、保険対象を法人格を持たないファンドに拡大したり、ファンドの特質に配慮し、保険期間および責任財産に限定性を持たせるなどの検討が求められる。このほか、ADBやASEANが進めているファンド構想との連携も考えられ、JBICやJICAが仲介役となることが期待される。