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APECの発展に向けて

−活動の効率化、集中化と民間の積極的参加の場を−

1997年9月16日
(社)経済団体連合会


【はじめに】

経団連では、1994年に提言「アジア太平洋地域の域内協力のあり方に関する基本的考え」、翌1995年にはAPEC大阪会議に向けての提言「アジア太平洋地域協力における日本の役割」をまとめ、発表した。これらの意見書では、APECのビジョンあるいは自由化計画策定の段階において、APEC加盟メンバーの多様性に配慮すること、日本政府が率先して自由化を行うこと等を求めた。
昨年のAPECフィリピン会議では、マニラ行動計画(MAPA)が採択され、APECは「ビジョン」の段階から具体的な「行動」の段階に入った。それは、APECが、企業活動に直接影響を与えるとともに、民間の生きたビジネス経験や情報が必要とされる時代になったことを意味する。実際、昨年のスービック宣言ではAPECプロセスへの民間参加が強調され、民間経済界への大いなる期待が表明されている。
このため経団連のアジア・大洋州地域委員会では、本年2月経団連メンバー500社を対象に「APECとASEMのあり方に関するアンケート」調査を実施し、民間経済人の意見を聞くとともに、同委員会企画部会の下に設置した「APECスタディ・グループ」での検討を踏まえ、APECにおける活動や運営のあり方、ならびに今後APECで重点的に取り組むべきと考える具体的課題について意見をとりまとめた。

【APECの問題点と対応策】

経団連はAPECがこれまであげてきた成果についてはこれを評価し、今後ともその活動に期待している。しかし、APECの活動が年々活発化するとともに、活動範囲の拡大や機構の複雑化、そして域内自由化の推進と各国・地域の利害の調整、さらには民間参加のあり方などの課題が生じているのも事実である。
われわれはAPECがこうした課題に前向きに対処し、その活動が実効をあげられるよう以下の諸点について提言する。

  1. APECの組織、活動
  2. これまでAPECでは、会合、セミナー、組織作り等の新しい提案があれば、全体的な調整が行われることなく実施に移されてきたきらいがある。その結果、APECの組織、活動は、次第に拡大・複雑化してきており、全体像が見えにくくなっている。
    今後は、全体的視点から組織、活動の整理・簡素化に努めるとともに、APECはその活動をより戦略的、集中的に行い、簡素で効率的な運営を行うべきである。

  3. 自由化の進め方
  4. APECでは、メンバー国・地域の自主性を重視するという非拘束性の原則を採用している。これについては、メンバーの自主性に任せると自由化が遅れるという懸念もあるが、APECを構成するメンバーの経済発展段階、文化などの多様性を考慮すると、この方式を続けることが適当と考える。
    ただし、各メンバーの自主性を尊重するあまり自由化の方向性を見失うようなことがあってはならない。APECメンバーはボゴール宣言において2010/2020年までに貿易・投資の自由化を進めることをコミットしているが、各国の個別行動計画の実効性は必ずしも十分ではない。
    自由化を確実に実行するために各メンバーは、(1)現状から後戻りをしないようにスタンドスティル原則を遵守し、(2)個別行動計画で自由化の最終ゴールに向かっての具体的なロードマップを明示することが求められる。
    一方で、国内産業育成に重点を置いた産業政策が取られる場合には、その国は政策の透明性を確保し、背景や期限も明示すべきである。これに関連する紛争の解決に当たっては、WTOを活用するとともに、あわせて法的手段に頼らない政府間協議および民間同士の話し合いによる解決も重視すべきである。

  5. APECへの民間参加のあり方
  6. これまでAPECでは、民間経済界の意見はPBF(太平洋ビジネスフォーラム)やABAC(APECビジネス諮問委員会)、ならびにAPEC議長国が主催する単発的な民間参加の会合、多種多様な委員会やワーキング・グループなどの活動を通じて反映されている。しかし、民間側の体制が必ずしも十分でないこともあり、官の要請に応える形で民間の意見を個別に反映させるに止まってきた。
    民間の経済活動こそがアジア太平洋地域の経済発展の源泉であるという強い認識のもと、できるだけ民間経済界の意見を反映させるようにすべきである。こうした民間意見をより自主的かつ継続的、効果的に集約するために、各種会合を整理し、それぞれのAPECにおける位置付けを明確にする必要がある。そして内容的に継続性があり、より効果の大きい民間参加の場が実現することを期待する。
    そのためには、APECメンバー国・地域の全国的民間経済団体を活用すべきであり、ABACを補完する形で、将来的にはOECDのBIAC(The Business and Industry Advisory Committee to the OECD)のような、各国・地域の経済団体で構成される機関の設置を検討すべきである。その枠組みの中で互いの経済団体の連携の強化と情報の交換を促進し、民間経済界の意見を取りまとめ、APEC、メンバー国・地域政府ならびにABACに対して提言を行う必要がある。

  7. APECの活動内容の積極的発信
  8. APECは、民間の経済活動に直接影響を及ぼす問題が検討されているにもかかわらず、その実態については、一般にはあまり知られていない。民間の活力こそがAPECの活動を支える大きな要素であることから、APECの活動内容を、各国・地域の民間経済界に、各種情報伝達の手段を利用して、積極的かつ頻繁に発信すべきである。
    インターネットのAPECホームページでは、関連する活動をさらに分かりやすい形で紹介するとともに、データを迅速に更新して、充実化を図るべきである。

【APECで集中的に取り上げるべき重点事項】

アジア太平洋地域の持続的経済発展を図るためには、民間直接投資をさらに活用すべきであり、投資環境の整備を進める必要がある。そのために取り組むべき課題としては、インフラ整備、人材育成、人的・物的交流の円滑化、知的所有権等の保護、情報交流の促進等、多くの問題がある。
中でも、インフラ整備はこの地域の経済発展のための最重要課題の一つであるが、その推進には巨大な資金と技術が必要であり、公的機関によるインフラ整備に加えて、民間活力を如何に生かすかが重要である。さらに、技術開発を促進し、メンバー間の貿易・投資をより一層拡大するためには、知的所有権が十分に保護され、その所有権者が多大な被害を被らないようにすることが肝要である。そこでわれわれは当面のAPECの活動について、民活インフラの推進と知的所有権保護を重点的課題として採り上げ努力を傾注することを提案する。

  1. 民活インフラの推進
  2. 昨年ABACは、官民合同のインフラ円卓会議の開催を提唱し、昨年11月、第1回目の会議がフィリピンで開催された。同様の会議はAPECのみならずASEMその他で頻繁に開催されているが、何れも総論段階に止まっている。今後は各種会合の成果を持ち寄り、具体化を図ることが重要である。
    さらにABACは、非拘束原則の実効性を上げる試みとしてAVIP(APEC自主投資プロジェクト)を提唱した。インフラ整備の重要性に鑑み、AVIPがインフラ整備の分野で積極的に活用されることを期待する。
    民活インフラの推進において、われわれは、特に以下の3点の実現に力を入れるよう求める。

    1. 国際機関・各メンバー政府の協力強化によるリスクの適切な分担と低減
      民活インフラといえども受入国の政策、規制等の公的フレームワークのもとで事業が遂行されることから、当該国の公的部門のコミットメントとサポートが重要な鍵を握っている。この点を正しく認識した上で、先進各国のODAとの連携や世界銀行等の国際機関の協力を得てリスクを低減させるとともに、以下のような環境整備を行うべきである。

      1. 各国・地域において、透明性と一貫性のある投資誘致政策、投資関連法規の整備を進める。そのために先進国政府、国際機関はその助言、技術協力の体制を拡充する。
      2. 個別約定のベースとなる一般約定ならびに民活インフラにおける公的部門と民間部門の役割分担について、APECとしてのガイドラインを策定する。
      3. 民活インフラ・プロジェクトの周辺施設整備に対する各国政府、国際機関の支援を充実させる。

    2. 資金調達のための新たな枠組み作り
      資金調達面でも、国際機関・各国政府の協力により、APECとして以下のような枠組みを作るよう働きかける必要がある。

      1. 受入国の中央政府の保証がなくても、地方政府が保証するプロジェクトや複数国にまたがるプロジェクトに投資国の制度金融が活用できるようにする。
      2. インフラ・ファンド設立の検討、民活インフラの事業体が発行するボンドへの信用補完の拡充、貿易保険の拡充(例えば海外投資保険の期間延長等)など、各国機関や投資家の資金を民活インフラに還流させるための枠組みを作る。

    3. 地場金融・資本市場の整備・育成
      民活インフラ・プロジェクトは事業から得られる収入の大半が現地通貨であることから、資金調達も本来は現地通貨によるべきである。しかし、地場金融・資本市場が未発達な国では、資金調達を外貨に依存せざるを得ず、貸し手にとってのカントリーリスクの問題のほかに、借り手に為替リスクの問題が生じる。
      そのため、中長期的課題として各国・地域は先進国政府、国際機関の協力を得て、地場金融・資本市場の整備・育成に努力すべきである。

  3. 知的所有権の保護
  4. 昨年ABACは、知的所有権を十分に保護するためのメカニズムと手続きの導入を求め、(1)APEC商標・特許中央登録機構の設置、(2)知的所有権の包括的な協力プログラムの設立、(3)WTO・TRIPS協定(WTO未加盟国も同等の義務を負う)の可能な限りの早期実施を提言した。
    われわれは、既存の機関の積極的活用を図るべきであると考えており、新たな機関の設立には消極的であるが、知的所有権の包括的な協力プログラムの設立、TRIPS協定の早期実施に向けて、各国・地域の政府が引き続き努力することを望む。
    さらに、以下の3点の実現に力を入れるよう要求する。

    1. 世界共通の知的所有権の実現
      知的所有権に関する制度・運用の国際的な調和を図る必要がある。そのため、各国・地域の審査結果が尊重され、相互認証が可能となるような、簡易で迅速な多国間にまたがる権利取得手続きのシステムの確立に向け、APECのイニシアティブ発揮が望まれる。
      その場合、新規のシステムを構築するよりも、既存のメカニズムを活用することに努めるべきであり、知的所有権関連の国際協定に多くの国が早期に加盟し、統一スキームが実現することが求められる。(注)
      また、出願状況、公告、登録、著名商標、紛争事例(成功例・失敗例)などを含む英語のデータ・ベースの整備、出願公開制度の導入、先発明主義から先願主義への移行も、あわせて促進されるべきである。

    2. 権利行使(エンフォースメント)
      大部分のAPECメンバーで、知的財産法が整いつつあることを高く評価する。しかし、その運用が強力に行われていないために、知的所有権の侵害が起こり、民間企業の対外貿易・投資の大きな障壁となっている。そこでAPECメンバーの協調により、以下の3点の推進を強く求める。

      1. 裁判制度の充実
        裁判の迅速化を図るとともに、ディスカバリー(証拠開示)制度の適切な採用・充実化が求められる。さらに妥当な賠償額を設定することも重要である。
      2. 関連法の整備
        知的財産法(特許法、商標法等)に加え、不正競争防止法、民法、商法などの関連の法整備も行うべきである。
      3. 知的所有権関連機関同志の情報フローの促進
        特許庁、税関、警察など各国・地域内ならびに、その間での知的所有権に関する機関の間で連絡を密にし、知的所有権の侵害等の情報が円滑に流れるよう努めるべきである。

    3. 知的所有権の教育・啓蒙活動
      市場における秩序維持のためだけでなく、消費者にとっても重要なキーである知的所有権の保護のために、法整備やその運用強化と併行して、人材の育成や教育、啓蒙活動の促進が重要である。
      セミナーの開催、人材派遣、研修制度などを通して官民両レベルでの知的所有権の理解向上に努めるとともに、審査官、保護官などの人材育成を促進し、そのための各国・地域間の協力体制を強化すべきである。

【おわりに】

先のAPECフィリピン会議でも、APECが環境、エネルギー、食糧、人口など長期的課題に取り組んでいくことが確認された。われわれはそれを強く求めるものであるが、中でも特に環境問題を取り上げるべきである。また、域内の途上国の持続的経済発展を図るためには人材育成も引き続き重要であり、この2つを今後の優先課題とすべきである。
環境問題については解決に長期を要するだけに、早期に具体的対処を迫られており、環境対策技術、省エネルギー・省資源技術、ノウハウ等の移転の促進などにできるだけ早く取り組むべきである。
人材育成については既にAPECのみならず各種国際機関ならびに政府機関で企画、実施されているが、官民の努力を結びつけ、重複を避け、実効を上げることが望まれる。
われわれとしては、環境保護と人材育成の問題については、最重要課題の一つとして今後取り組み、さらに意見を述べることとしたい。

以 上

(注)
具体的には、特許については、PCT(Patent Cooperation Treaty、特許協力条約)、 商標についてはマドリッド・プロトコルに多くの国が早期に加盟することを期待する。また、意匠については、既存のメカニズムとしてヘーグ協定が存在するが、その内容が日本や米国等審査主義国にとって不都合なものであるため、現在、それらの国の加盟を促進する目的で新ヘーグアクト草案の起草作業が進められている。この作業が速やかに完了し、それに多くの国が早期に加盟することを期待する。

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