経団連提言
『多様なライフスタイルを可能にする住宅政策を求める』

II.魅力ある居住空間づくりに向けた5つの課題


多様なライフスタイルに応える、魅力ある居住空間をつくるためには、(1)住宅の質の向上、(2)土地の有効利用を通じた居住環境の改善、(3)国民のライフスタイルの変化への適切な対応、(4)高コスト構造の是正、(5)住宅ローンへの負担感の払拭、の5つの課題を克服することが不可欠である。新しい住宅政策は、税制改正、規制の緩和・合理化などにより、これら課題に適切に対処していくことが必要である。

  1. 質の高い住宅の供給
  2. 日本の住宅の床面積は全国総平均で91.92m2となっているものの、東京都では62.05m2となっており(総務庁「住宅統計調査」/1993年)、『第七期住宅建設五箇年計画』(1996年度〜2000年度)における居住水準を指標とすると、東京都では72万世帯(15.5%)が最低居住水準(世帯4人の場合50m2)すら満たしておらず、誘導居住水準(都市居住型の場合、91m2)を満たしていない世帯は318万世帯(68.2%)にも上る。

    居住スペースの狭さは、既婚女性の24.9%が子供を産まない理由に挙げるように少子化の一因となっている(人口200万人以上の都市/厚生省人口問題研究所「第10回出生動向基本調査」/1992年)。あるいはホームパーティーを開けるような場所がない、ゆとりがなく防災上や教育上の問題があるとも指摘されている。さらには在宅介護に必要な設備を置くことや家庭内ゴミ処理装置の設置なども困難になる結果、スペースの乏しさは社会的負荷を高めることともなっている。いかにマルチメディアが発達しようとも、国民は米国のような100インチのスクリーンでホームシアターを楽しむ生活は念頭に置くことさえできず、スペースの狭さは消費の幅を狭め、新規産業を抑制することにもつながっている。ゆとりある居住スペースの取得を誘導する政策が強く求められる。

    また、環境問題、防災対策の重要性、多様なライフスタイルに対応する今後の借家市場の拡充などを考えれば、環境にやさしい省エネルギー住宅、耐震性、耐火性など、高い耐久性を持つロングライフの住宅、さらには情報通信の発達に対応した高機能住宅などの供給が不可欠である。長期間の使用に耐えうるよう、住宅の設計、設備にも、より一層の工夫が凝らされるべきである。住宅の質の向上を図る上で、高齢化社会に対応し、高齢者介護のしやすい高機能住宅、さらにはあらゆる人にとって快適なバリアフリー住宅を実現することも重要な課題である。

    現在の住宅流通市場、とりわけ既存住宅流通市場の整備の立ち遅れは、消費者に十分な情報を与えないまま「一世一代の買い物」を行なうことを強いている。市場原理の機能不全は住宅の質の向上を妨げる一因となっており、新築でない場合でも良質な住宅が適正に評価され、情報開示されるような不動産評価システムの構築が求められる。

  3. 都市機能の更新による魅力ある居住環境づくり─都心居住の推進
  4. 戦後の工業化の過程において、わが国の大都市は業務機能に純化する方向がとられ、このため居住空間は郊外に追いやられてきた。特に東京では、居住人口と従業者人口との間に大きな乖離がある。ニューヨークのマンハッタン(61.39km2)の居住人口は148.8万人を数えるのに対し、ほぼ同面積の東京都心4区(千代田、中央、港、新宿60.33km2)では52.3万人しか居住しておらず、一方、従業者人口はマンハッタンの251.6万人に対し、東京都心4区は317.6万人を擁することに見られるように、都心の居住人口密度が極めて低い水準になっている(居住人口密度はマンハッタン242.3人/haに対し、東京都心4区86.6人/ha)。

    東京/マンハッタンの人口密度比較
    圏域区分実数密度(実数と同年)
    面積
    (km2)
    居住人口従業者数 居住人口(a)従業者数(b)a/b
    人/ha人/ha
    東京都心4区60.33522,63619953,175,807199186.63526.4116.5
    マンハッタン61.391,487,53619902,515,61088/89242.31409.7859.1

    資料:
    『国勢調査』『事業所統計』(農林漁業のうち個人経営の事業所及び外国公務、外国軍は除く)
    『COUNTY BUSINESS PATTERNS(U.S.B.C)』(民間従業者、1988年、農家を除く)
    『U.S.B.Economic Analysis』(公務員、1989年、軍隊を含む)
    出典:
    森ビル資料

    しかし、多機能の集積の中に価値創造の場、生活の場はあり、さまざまな機能を持つ都市こそ公共基盤の効率的な整備を行ない得る。現に利便性の高い都市型のライフスタイルをエンジョイする層、老後生活において利便性を優先する高齢者、「一分でも長い家庭生活」を獲得したいという共稼ぎ家族も多い。東京23区の容積率は141%しか使われておらず(東京都資料、1996年)、都心部の土地の有効・高度利用を進めることにより、職住近接の活気のある都市づくりに向けた都市計画の策定を行なうべきである。

    現在、大都市においては、防災上危険な密集市街地が多数存在し、また、産業構造の転換によって生じた工場跡地、さらにはバブル経済によって生じた虫食い状の低・未利用地が点在している。このような地域を中心に都市機能の更新を図り、有効利用を促進していくことは、日本の経済社会全体の再活性化にもつながる。

  5. ライフステージに応じて選択できる住宅の提供
  6. 高齢化、少子化の進展、雇用の流動化は、国民のライフスタイルをますます多様化し、国民の住宅に対する期待は、働き方、家族状況などによって多様に変化している。持家/借家間の世帯の移転の割合を見ると、20年前(1978年)には持家から借家に移転する人は3.8%に過ぎなかったが、1993年には9.8%にまで上がっている(住宅統計調査)。全国の建て方別住宅数の推移を見ると、20年前(1978年)には24.7%に過ぎなかった共同住宅は1993年には35%になり、相対的に戸建て住宅のシェアが低下している。また、東京都区部だけをみると居住形態は共同住宅が全体の6割以上を占めている。こうした動向の背景にある国民のニーズの変化を的確に捉え、持家(借家)から借家(持家)、都市・高層住宅(郊外・低層住宅)から郊外・低層住宅(都市・高層住宅)への住み替えがスムーズにいくような、ライフステージに応じて選択できる住宅を提供していくことが必要である。

    直近5年間に移転した世帯の割合
    資料:住宅統計調査、出典:住宅宅地審議会資料

  7. 高コスト構造の是正
  8. 海外に比べて日本の住宅は、工事・内装・設備などが分業化されており、工程管理が難しい、あるいは新技術の導入が容易でないという指摘がある。建設業の許可業種区分の見直し、あるいは建築基準法の性能規定化などの作業が進行しているが、これらの規制緩和措置を一刻も早く実施するとともに、住宅関連産業もこれら緩和措置を積極的に活用していくことが求められる。

    また容積率を引き上げることは、床面積を増大させ、都市に居住人口を呼び込んだり、ゆとりある居住空間を形成したりする上で有効であるだけでなく、住宅の床面積あたりの土地コストを引き下げることにもつながる。

    加えて、地方自治体の開発指導要綱による負担金の賦課などの過剰な規制、保有・譲渡・流通の各段階における課税により、住宅の高コスト構造が形成されており、その是正が急務である。

  9. 家計の先行き不安感の緩和
  10. 長引く深刻な不況は、国民に、右肩上がりの経済成長に対する期待を薄れさせ、家計の先行きに対する不安感を生んでいる。住宅ローンを抱える世帯の月収に占めるローン返済額の割合は14.0%に達しており(総務庁『家計調査』/1996年)、所得や資産価格の右肩上がりを前提としない場合、これだけの負担を20〜35年といった長期にわたって支払い続けることへの自信の喪失、雇用・所得の先行き不安感が住宅取得意欲を萎縮させ、住宅投資の伸び悩みがさらに景気の低迷を招くという悪循環にある。国民の将来にわたるローン負担を軽減する仕組みを構築し、国民が安心して住まいを持ち、自らのライフスタイルを決定できるような取り組みが、今、求められている。

    住宅ローン返済負担率(住宅ローンを返済している勤労者世帯)
    (単位:円/月、%)
    実収入
    (A)
    土地・家屋借金返済額
    (B)
    返済負担額
    (B)/(A)
    1990633,79972,70711.5
    1991677,82276,21111.2
    1992689,03878,37811.4
    1993675,83691,25413.5
    1994679,533101,53014.9
    1995679,49994,67413.9
    1996704,07198,90114.0

    注:
    土地・家屋借金返済のある勤労世帯の平均値である。
    資料:
    『家屋調査』(総務庁統計局)
    出典:
    『住宅経済データ集』(1997年度版、建設省住宅局住宅政策課監修)


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