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平成11年度税制改正に関する提言

1998年9月16日
(社)経済団体連合会

はじめに

戦後のわが国の発展を支えてきた政治・経済・社会の制度的枠組みはさまざまな面でいきづまり、高齢化・少子化、グローバル化・ボーダーレス化、メガ・コンペティションへの対応といった時代変化の要請に十分に対応できない状況が目立っている。このため、国民は雇用や老後の生活など将来に対する不安感をつのらせ、消費・投資に消極的となって、現在の景気の低迷を招いている。わが国は、世界的な大転換期の中で、長期的展望に立って、国民すべてが未来に希望を持てる社会を創造するための構造改革の長期ビジョンを描き、その実現に向けて行動を起こすべき時にある。

中でも、税制は国家運営の根幹をなす要素であり、財政運営のみならず経済・社会に大きな影響を及ぼす重要な仕組みである。構造改革を推進するうえで税制改革は欠くことのできないテーマである。

経団連では本年4月に「豊かな国民生活と経済活性化のための構造改革の提言」を発表し、その中で税制改革を構造改革の筆頭に掲げ、具体的には所得税・住民税のすべての階層における税率引き下げによる約4兆円の制度減税と実効税率40%への引き下げによる約3兆円の法人課税の実質減税を提言した。このような観点からは、8月に小渕総理が、所信表明演説において、個人所得課税と法人課税を合わせて6兆円を相当程度上回る恒久的な減税を実施するとの明確な方針を打ち出されたことは、経団連として高く評価し、歓迎するところである。

経団連としては、21世紀を展望し中長期的な視点から社会・経済構造の要請に適合する税制の制度的改革を進めることの重要性をあらためて強調し、先に表明された減税のあり方も含め、とくに平成11年度税制改正において実行すべき課題について提言する。なお、平成11年度税制改正を進めるにあたっては、制度改革の枠組みの中の制度減税と景気対策としての時限的な政策減税との位置づけを明確に区分して講ずることがとくに重要である。

  1. 税制改革の基本的枠組み
  2. 直間比率の是正

    戦後、わが国の税制は、昭和25年のシャウプ勧告を受け、所得課税・直接税中心の税体系が構築されたが、この枠組みは大きな変革のないまま現在に至り、諸外国に比べ個人と法人の所得課税への依存と傾斜の大きい累進課税構造が特徴となっている。

    これは、企業および経済全体の高コスト構造を助長し、国際競争力を弱めるとともに、メガ・コンペティションの時代の中で、国内企業の海外移転をいっそう加速させる一方、外国からの対日投資をさまたげる要因となり、その結果、わが国産業の空洞化を助長し、雇用情勢の悪化にもつながるなど、経済活力を維持・強化していく上での大きな障害となっている。また、グローバル化・ボーダーレス化の中で、活力のある優秀な個人や企業が高い税率の日本から税制上有利な国へ本拠地を移し、税収自体が確保できなくなるおそれがある。経済成長の担い手である勤労者や企業の負担を早急に軽減するために、大胆な個人所得課税、法人課税の制度減税に取り組む必要がある。

    一方、国民の間に広がっている将来に対する不安感・閉塞感の最大の原因は、老後の生活に対する不安である。非常な速度と規模で進行している高齢化により年金をはじめ医療費や介護費用の需要は急速に拡大するが、こうした社会保障制度は、適正な給付水準と、支柱となる財源があってはじめて成り立つものであり、財源を生み出す経済活動と切り離して考えることはできない。社会保障を持続可能な制度とするためには旺盛な経済活力、安定した経済成長が不可欠である。高齢化に伴う社会保障負担の増加等は、消費税のウエイトを引上げ、直間比率の是正によって賄うのが基本的方向である。このために、先進諸外国で一般的なインボイス方式や複数税率など制度の整備を図りつつ、将来に向けて消費税をわが国の税制の重要な柱として位置づけ充実を図る必要がある。

    先進諸外国で進む税制改革

    80年代半ばより、先進国では米英を中心に、経済活力強化を政策課題の中心に据えて、規制緩和や財政効率化とあわせて、所得課税を緩和し、個人所得税減税や法人課税減税を含めた大胆な税制改革を実施してきている。法人課税を例にとれば、先進諸国の法人所得課税の実効税率は80年代初頭には50%前後でほぼ足並みをそろえていたが、それ以降諸外国では税制改革が進んだ。一方、わが国ではようやく平成10年度税制改正において前年度までの49.98%から46.36%に引き下げられたものの、各国に比較して依然として高い水準にとどまっている。

    小さな政府の実現と所得捕捉の向上

    雇用や老後の生活といった国民の将来に対する不安感・閉塞感を一掃し、経済活力の維持・強化を図るために、公平・中立・簡素および国際的適合性の観点にたち、直間比率の是正を基本として、中長期的に耐久性のある本格的な制度改革を加速させることが重要であるが、その前提となるのが、小さな政府の実現と所得捕捉の向上である。

    国・地方を通じた行革による徹底した歳出の削減が行なわれてはじめて、消費税のウエイト引き上げを含めた税制改革に対する国民の理解を得ることができる。また、小さな政府の実現と活力ある民間部門の効率的な組み合わせによって、民間主導による変化に迅速に対応できる柔軟な経済構造を実現することが可能となる。

    課税所得などの捕捉の向上を図ることも重要である。具体的には納税者番号制度の導入や脱税の罰則強化などがある。これは課税の公平の確保に不可欠であるのみならず、国民の納税意識を高め、国・地方の行財政の効率化、歳出削減に対する監視の目を厳しくしていくことにもつながる。

  3. 個人所得課税の制度改革
  4. 政府においては、個人所得課税の減税について、所得税(50%)と住民税(15%)を合わせた最高税率(65%)を50%まで引下げることと期限を設けない定率方式の減税とを組み合わせることが検討されているが、制度改革としての減税と景気対策のための減税とを区分することが好ましい。

    最高税率だけでなく各所得階層の税率引き下げを伴う制度減税をまず基本として実施し、本年において実施された4兆円にのぼる定額の特別減税後の税負担に比べて制度減税の結果増税となる比較的低い所得層については、景気対策として補完的に緩和の移行措置を講ずる必要がある。

    なお、課税最低限は、平成10年分の特別減税によって491.7万円まで上昇したが、特別減税の終了によって元の水準(361.6万円)に戻る。先進諸外国、特に英米に比べて高水準にあるが、当面、特別減税前の水準を維持することが妥当である。景気面からいってもこの水準を引下げることは現時点では望ましくない。

    また、所得税の課税ベースの見直しの中で、米国のような住宅購入にかかるローン利子の所得控除制度の導入を検討し、実現を図るべきである。

  5. 法人課税の制度改革
  6. 3兆円規模の実質減税をともなう形で、国税・地方税あわせた法人所得課税の実効税率を国際水準なみの40%へ引き下げるとの小渕内閣の表明は、これまでの経団連の主張に沿ったものであり、高く評価している。わが国の経済再生のため、平成11年度からこの方針を着実に実行することが重要である。

    今後、その具体化が課題となるが、国税である法人税の税率を大幅に引下げるとともに、地方税に関しては、法人住民税の税割と均等割、さらに法人事業税が上乗せされている複雑な地方法人課税の体系を簡素化する観点から、法人事業税を廃止し、法人住民税に一本化するという方法が好ましい。ただし、実効税率40%の実現自体が画期的な抜本改革であり、これが達成される限りにおいて、税体系自体は現行制度を踏襲しながら、法人税、法人事業税、法人住民税のそれぞれの税率を調整することによって実効税率を40%まで引下げるという方法を否定するものではない。

  7. 土地・住宅税制の見直し
  8. 景気対策としての住宅税制の拡充

    低迷するわが国経済を内需主導によって立て直す必要があり、関連業種への需要誘発効果までふまえると、住宅投資が内需拡大の牽引役として大いに期待される。一方、わが国の住宅レベルは衣食に比べてけっして十分なものとは言えず、とくに大都市において住み替えを含めて良質な住宅を求める潜在的な需要は根強いものがある。この需要に応え、良質な住宅の供給、増改築を促進するため、期間を限定して思い切った税制措置を講ずることが必要である。これらの措置は、あくまでも景気対策としての時限的な措置であることから、住宅取得促進税制を思い切って拡充する(税額控除期間〔現行6年〕の延長〔たとえば10年〕、2軒目までの適用、居住用財産の譲渡特例の適用を受けた住み替えについても住宅取得促進税制の適用を認める、住宅譲渡損失繰越控除制度との併用を認める、所得制限の撤廃、敷地部分までの適用 等)とともに、住宅取得にかかる贈与税の特例を拡充することが考えられる。併せて、住宅にかかる登録免許税や不動産取得税についても、消費税との二重課税であるとの批判もあることをふまえて見直す必要がある。

    固定資産税の負担軽減

    平成9年度税制改正において、土地にかかる固定資産税の負担水準の均衡化が図られたが、その後も地価の下落は継続しており、平成12年度の評価替えに向けて、固定資産税の基本的性格にそって、納税者の納得を得られる負担水準のあり方、評価の方法について検討を進める必要がある。

  9. 企業組織再編にかかる税制度の整備
  10. わが国の企業が経営の効率性を追求し、国際競争力を維持・強化していくためには、経済環境や構造変化に迅速に対応し、企業組織を柔軟に改編することが必要である。実際、このような必要性から、企業のグループ経営は急速に発展を遂げており、さらに昨年実現した持株会社の解禁によって、分社化を通じたグループ経営拡充の動きは強まる傾向にある。

    こうした状況を踏まえて、すでに企業会計制度においては、従来の個別重視から連結重視へと方向転換が打ち出されており、税制面でも、平成11年度税制改正において、企業経営形態の多様化に応じた制度の整備を行なう必要がある。

    連結納税制度の導入

    企業が経営環境に応じた事業組織形態を選択する上で税制は中立的であるべきである。現行制度では、事業部として社内にとどまる限りは、その事業部が損を出した場合、他の事業部の損益との通算が可能である一方、いったん分社化して法人格を別にすると損益を通算できなくなり、グループ全体の税負担は増えてしまう。この意味で、現行制度は分社化による戦略的な経営に対して中立性を欠いている。連結納税制度の導入は、現行制度を企業経営に対してより中立的なものに改めることで自由な経営形態の選択を可能にし、結果として雇用の拡大・創出や企業活力の強化を通じ経済の活性化につながる。国際的にも、先進諸外国のほとんどはなんらかの形で企業グループを一体として納税する方法を採用しており、平成11年度税制改正において本格的な連結納税制度を導入する必要がある。

    組織再編時の税制度の整備

    持株会社は企業再編の要となるものであるが、現行の商法のもとでは、持株会社を設立したり、既存の会社が持株会社に転化したりするための簡便な方法がない。そこで、法制審議会において、持株会社創設の簡便な手続きとして「株式交換」制度が、異例の速さで検討されており、本年末にも結論が出されることが期待されている。

    この「株式交換」制度は、既存会社の株主総会において持株会社を設立すると同時に既存会社の株式を持株会社の株式に交換するものであるが、米国でのスピンオフ税制と同様に、株式交換時において株式の譲渡益課税がなされないようにすることが必要である。これに加えて、新設される持株会社の登録免許税も非課税とする必要がある。

    また、現行商法のもとで現実的な持株会社化の方法とされるいわゆる抜け殻方式(既存会社が子会社を設立し事業全部を移管(現物出資等)することによって自らが持株会社に転化する方法)においても、NTT分割での特別措置と同様に現物出資による資産移転時の譲渡益課税の繰り延べを全面的に認める必要があるほか、不動産の移転にかかる登録免許税・不動産取得税や取得にかかる特別土地保有税の課税問題の他、引当金などの引き継ぎの問題、資産譲渡にかかる消費税課税の問題などについて非課税措置を講ずることが必要である。

  11. 少子・高齢化社会を支える年金改革と税制
  12. 現在、1999年度財政再計算に向けて社会保障制度の中で大きな位置を占める公的年金制度の改革が議論されているが、厚生年金の巨額の積立て不足をはじめとして制度的に大きな問題が明らかにされ、国民の老後の生活に対する不安感が高まっている。国民の豊かな老後の生活を確保するためには、公的年金を持続可能な制度に再構築する一方で、国民の自助努力による退職後の所得の確保、充実が欠かせない。そのために、企業年金・個人年金等の私的年金制度を充実させ、税制面からも支援策を講じる必要がある。

    公的年金を持続可能な制度に改革していくためには、基礎年金部分と報酬比例部分の位置づけを明確にした上で、それぞれの目的にあわせて財政や財源方式の見直しを行ない、財政運営を峻別する必要がある。基礎年金部分については、国が所得再分配機能を果たし、高齢者にとって最低限の生活を保障するという目的に沿い、税による賦課方式に移行することを提言する。その際、国民全体で負担を分かち合うという観点、経済の活性化に対する影響などを考慮すれば、直接税よりも間接税が望ましく、たとえば給付に必要となる金額を現行の消費税に上乗せして徴収することが考えられる。

    一方、企業年金については、私的年金として明確に位置づけ、受給権の確保を図りつつ、労使合意に基づく自由な制度設計を認め、税制上の支援措置を講じる。特に、企業年金積立金にかかる特別法人税(1.173%)は、近年の運用利回りの低下で著しく悪化している企業年金財政にとって過大な負担となっており、企業年金の充実、受給時課税一本化の観点から、平成11年度から廃止する。

    また、確定拠出型企業年金については、ポータビリティの確保、人生設計に応じた運用、退職金制度の見直しの受け皿等の利点から、その早期導入を図る。

  13. 金融ビッグバンに対応した金融・証券税制の整備
  14. 2001年までに、わが国の市場が国際金融市場として再生することをめざして、金融システム改革が推進されている。しかし、金融機関の不良債権問題の重圧、経済不振、超低金利政策の長期化とともに、証券市場は低迷を続けており、来年1月からの欧州単一通貨ユーロの登場も間近となる一方で、円の地盤沈下が懸念されている。近年、国際的な資金の流れが顕著に増大する中で、資金と金融取引を自国内に取り込もうとする内外の金融資本市場の競争はし烈化しているが、このような状況において、金融商品・金融取引に対する税制は、国際的な整合性を十分ふまえた対応が不可欠になっている。

    有価証券取引税・取引所税の廃止

    有価証券取引税・取引所税は取引コストを高めることによってわが国の市場での取引を阻害している。平成10年度税制改正において半減され、さらに平成11年末までに廃止するとの方針が出されているが、一刻も早い廃止を提言する。

    公社債利子の源泉徴収制度の見直し

    わが国の公社債利子に対する源泉徴収は、個人投資家・課税法人、非課税法人、非居住者などの投資家の区分によって異なる取扱いがなされており、源泉徴収がおこなわれる個人投資家・課税法人(事業会社)、非居住者が保有する債券は市場で敬遠され、非居住者や事業会社は債券を適時・適切な価格で転売することができず、債券投資を手控える原因となっている。

    そこで、平成11年度税制改正において、本人確認など一定の要件のもとに、非居住者や事業会社についても源泉徴収の不適用が必要である。

    配当二重課税の排除

    配当は法人税が課税された後の利益から支払われ、それを受取った個人の段階でも所得税が課されることから利益に対して二重課税となり、株式投資への適正課税の点から問題を生じている。現行制度では、個人段階で配当額の一定割合を税額控除することによって調整を図っているが、完全に二重課税を排除してはいない。個人株主育成と証券市場活性化の観点から、ヨーロッパ諸国で一般的なインピュテーション方式(受取配当に対応する法人税額を個人株主の所得に加算して所得税額を計算し、その所得税額から先に加算した法人税額を控除する方式)をも念頭において検討を進める必要がある。

    一方、法人株主が受取る配当についても、持株割合が25%未満の法人からの配当の場合には受取配当額の20%が受取法人側の益金に算入されており、全額益金不算入とする必要がある。

  15. その他
  16. その他、平成11年度税制改正において、以下の措置を講ずる必要がある。

    1. みなし配当課税の非課税措置の恒久化
    2. ストックオプション税制の拡充
    3. 外部委託ソフトウエア開発費用の一時損金算入
    4. 増加試験研究費税額控除制度の拡充
    5. 持合株式相対交換制度創設にかかる税制面での手当て
    6. PFI推進のための税制面での手当て
    7. 地方法人課税納付の一本化

おわりに

平成11年度の税制改正の枠組みとして、小渕総理の英断により大胆な減税が打ち出されていることは経済界として大いに評価するところである。こうした環境整備のもと、企業自ら不断の経営努力を行ない、投資の拡大を通じて、既存事業の強化、新規事業・新産業への展開や国際競争力の維持・向上を図り、経済の再生と雇用の確保・国民所得の向上を実現していく所存である。

当面、この減税は特例公債で賄わざるをえず、財政構造改革法の凍結が必要であることは言うまでもない。しかし、将来財源が不明確なままでは国民の不安は払拭しきれない。将来財源について、景気の回復、経済活性化による税の自然増収もふまえ、国・地方の行財政改革の徹底による歳出削減と直間比率の是正を基本とした道筋を明らかにして国民の理解を得ることが重要である。

以 上

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