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「グローバル経済と企業経営」

第56回東北経営者大会における奥田会長講演

2003年10月30日(木)11:00〜12:00
於:山形グランドホテル「サンリヴァー」(山形県山形市)

はじめに

ご紹介をいただきました奥田でございます。
本日は第56回東北経営者協会に、多数のご参加をいただき、厚く御礼申し上げます。お忙しい中をご来場たまわりましたご来賓の皆様、また、本大会の開催にご協力たまわりました関係者のみなさまに、この場をお借りしまして、厚く御礼申し上げます。
主催の東北経営者協会、社団法人山形県経営者協会のみなさまには、本大会が盛会裏に開催されましたことに、心より、お祝い申し上げます。
東北地方では、今年5月と7月の二度にもわたりまして、大規模な地震が発生し、大きな被害が出ましたことに、まずもって、お見舞い申し上げます。
また、この7月から8月にかけての低温により、10月15日現在の水稲の作況指数が、従来の「非常に悪い」に相当する90となっているのをはじめとして、農産物の作柄に深刻な影響が出ていると伺っておりまして、こちらも、あわせて深くお見舞い申し上げたいと思います。
それでは、ただいまから、1時間ほどお時間を頂戴いたしまして、最近のわが国社会・経済の課題と、必要な取り組み、そして、めざすべき将来像につきまして、私の考えておりますことを、いくつかお話しさせていただきたいと思います。
「グローバル時代の企業経営」という演題を頂戴しているわけでありますが、時あたかも衆議院選挙の真っ最中であり、自民党・民主党のマニフェストをはじめとして、政策論争に火花が散っている時期でありますので、演題からは離れますが、わが国の経済政策を中心としたお話になることを、ご了承いただければと存じます。

1.日本経済の現状

まずはじめに、わが国経済の現状についてでありますが、今年の前半は、イラク戦争や、朝鮮半島を巡る問題など、国際情勢が大きな不安定要因となったほか、新型肺炎SARSの流行などもあり、きわめて厳しい状況が続いておりました。しかし、民間企業のリストラが一巡し、企業業績が改善し、安定してきたことを背景に、5月のりそな銀行の実質国有化をひとつのきっかけとして、株式市場が騰勢に転じました。その後、現在に至るまで多少の調整局面はあったものの、ほぼ一貫して上昇したことから、ようやくわが国経済にも明るさが見えてきたように思われます。
国内消費関連の指標は依然として力強さに欠くものの、輸出はアジア向けを中心に堅調に推移しておりますし、9月の工作機械受注は前年同月比22%増で12ヶ月連続の増加となっているなど、設備投資も回復しております。日本経済の回復に重要な要素である米国経済につきましても、住宅投資が堅調に推移しているほか、減税効果も現れはじめており、今後本格的な回復が期待できるものと思います。
金利の上昇や、最近の円高の進展など、懸念材料もありますが、今のところその影響は限定的なものにとどまると見込まれることから、総合的に見て、日本経済は持ち直しの動きにあり、今年度の実質成長率は、2%強という内閣府の試算を上回ることも期待できるのではないかと考えております。
雇用情勢につきましても、依然として厳しい状況にはあるもの、このところ失業率は低下しつつあり、就業者数もこれまでの減少傾向から、ここ数ヶ月は一進一退の状況となっております。所定外労働時間や新規求人数は堅調な動きを示しているほか、日銀短観の雇用判断DIにも改善が見られるなど、雇用調整は一巡しつつある印象を受けております。当面は、急速な改善までは望みにくいとは思いますが、経済の回復を通じて、着実な改善がはかられることを期待したいと考えております。

2.構造改革への取り組み

このように、足元の情勢には明るさが見えてきたところでありますが、この動きを確実なものとし、力強いものとしていくためには、構造改革を通じた経済活性化に、積極的に取り組んでいく必要があります。
私が関係しております、政府の経済財政諮問会議や、日本経団連が、経済活性化にどのように取り組んでいるのか、ここで簡単にご紹介させていただきたいと思います。

(経済財政諮問会議の取り組み)

すでにご承知のとおり、経済財政諮問会議は、総理のリーダーシップの下に各府省の施策の統一を図るために、2001年1月に内閣府に設けられた機関であります。私は、諮問会議が発足して以来、今日に至るまで議員を務めさせていただいております。
2001年4月に小泉総理が議長に就かれてからは、総理の「改革なくして成長なし」との基本方針に基づいて、構造改革を通じて経済活性化を図るとの観点に立って、活動を進めております。
その結果は、これまで3度にわたる、毎年のいわゆる「骨太の方針」をはじめ、さまざまな答申や意見として公表しており、そのほとんどが閣議決定され、政府の方針となっております。その内容は、経済、財政運営はもちろんのこと、総理が「聖域なき構造改革」とまさに言っておられますように、年金や医療などの社会保障制度の改革や、国と地方の関係、すなわちいわゆる三位一体の改革、あるいは不良債権問題の処理、さらには総合規制改革会議での議論を受けて、規制改革全般や、構造改革特区の活用など、きわめて多岐にわたっております。ときには、経済財政諮問会議の本来の役割からして、いささか多岐にわたり過ぎているのではないかと感じるくらいであります。
一部には、経済財政諮問会議の提言が実現していない、改革が進んでいないという批判もあるようでありますが、私はそれは多分に誤解であると思います。現実に、提言の内容の多くは、すでに各行政官庁の施策に反映され、さまざまな改革が進められておりますし、その結果、経済活性化の成果は目に見える形で現れてきております。
9月2日の経済財政諮問会議におきまして、「構造改革の進捗状況」が議題のひとつとして取り上げられ、不良債権処理や産業再生等の分野における改革の進展状況について具体的な報告がありました。
その中で、改革の具体的な効果といたしましては、たとえば、今年1月から7月までの倒産件数は、昨年の同じ時期と比べて11.3%減少しておりますとか、あるいは今年2月から資本金1円でも会社が興せるようになったことを受けて、新規事業への挑戦が増えており、今年2月から8月半ばまでに、5,800社を超える設立申請が出されている、といった成果が出てきております。
また、規制改革と地域活性化の切り札となることが期待されている構造改革特区につきましても、3次にわたる募集に対し、1000件を超える構想が寄せられており、4月までに164件が認定されて、具体的な取り組みがスタートしております。
こうした報告を聞きまして、私自身も、私が現実に見たり聞いたりしている実感とも考え合わせましても、スピードや規模などの面で必ずしも満足できる状態ではないにせよ、構造改革は着実に進行しているという印象を持ちました。今年前半は低迷を続けていた株価も、このところ1万円台を確実に固めた感がありますが、これも構造改革の進展が内外で評価された結果ではないかと考えております。
ちなみに、経済財政諮問会議では、今後年2回、構造改革進捗レポートを作成する方向で検討しております。
もちろん、なかなか改革が進まない分野や、手のついていない課題もあることも事実であり、これからも精力的に改革を進める必要があることは間違いありませんし、現実に進めていこうとしているところであります。
「改革が進んでいない」と批判する人は、あるいはこうした分野だけを見てそう言っているのかもしれませんが、現実に改革が進展し、成果が現れている事実につきましても、正しい理解をお願いしたいと考えております。

(日本経団連の新ビジョン)

次に、日本経団連の取り組みについて申し上げたいと思います。
昨年5月に、経団連と日経連が統合して、新たに日本経団連が発足いたしましたが、この新しい団体の活動の指針となる「新ビジョン」を、今年1月に発表いたしました。この新ビジョンは、経済や産業のあり方にとどまらず、その基盤となる、これからの時代の新しい社会のあり方につきましても提言しております。その基本的な考え方は、「多様性のダイナミズム」と、それを支える「信頼と共感」でありますが、これは私の日経連会長時代からの理念であります「人間の顔をした市場経済」と「多様な選択肢を持った経済社会」を言い換えたものであります。この考え方を踏まえまして、国民の一人ひとりが、ゆるやかに連帯した新しい協力関係、依存関係を支えあいながら、個人の多様性を生かすことを国全体の活力につなげていく社会を構想しているのであります。
その中における、経済や産業のあり方につきましては、新ビジョンにおきましても、構造改革を通じて2%程度の安定した成長軌道を実現するという考え方に立っております。その具体的な方策は、財政制度改革、社会保障制度改革、国・地方の改革など、基本的には経済財政諮問会議と共通したものであると申し上げてよいものと思います。
ただし、新ビジョンにおいては、経済財政諮問会議の提言よりさらに踏み込んだ提言も行っている点もあります。とりわけ重要なのが、経済、財政、社会保障の総合的なあり方を考える中から、消費税アップについて踏み込んだ提言を行ったことであります。
この問題は、きわめて緊急かつ重要であり、今回の総選挙でも、もっとも重要な政策課題であると思いますので、すこし詳しく、私たちの考え方をご説明申し上げたいと思います。

3.経済・財政・社会保障の総合的改革

(行財政改革について)

小泉総理は、任期中は消費税率の引上げは行わないとの方針を繰り返し明らかにされておりますが、安易に増税に道を開くのではなく、まずは行財政改革、すなわち歳出の削減に全力に努力すべきであるという考え方には、まことに同感であります。もちろん、行財政改革への努力は続けられているわけではありますが、それでもなお、率直に申し上げまして、歳出の合理化や削減に関しましては、行政は民間に較べてまだまだ意識が低いと言わざるを得ないことは、事実ではないかと思います。
現在建設が進められている新しい中部国際空港におきましては、費用が当初計画に対して大幅に削減されておりますが、これは普通の企業が普通にやっていることをやった結果であり、裏返せば、通常の公共事業がいかにムダを含んでいるか、ということの表れでもあります。
たとえば、空港ターミナルビルだけで200億円も節約していると聞いておりますが、これに最も寄与したのは、ビルの設計を、折鶴が羽を広げたような芸術的な外観から、より機能的でシンプルなものに変更したことだということです。
国際空港といえば国の玄関でありますし、ランドマークとしても芸術的な外観とする意味があるのだろうとは思いますが、それにしても、この厳しい財政状況のなかで、そのために数十億円もの費用を費やすというのは、常識的に考えれば放漫とのそしりは免れないのではないかと思います。こうした事例を見ますと、小泉総理の財政規律を重視する方針はまことに理解できるところでありまして、私たちも、消費税率の引き上げにあたりましては、まずは徹底した歳出構造改革が大前提であると考えております。

(高齢化の進展)

それでもなお、私たちが消費税の引き上げを提言いたしましたのは、少子化・高齢化が進むなか、わが国の国民生活の安心感を確保しつつ、産業・経済の活力を維持し、高めていくためには、おもに社会保障の財源として、どうしても必要となると考えるからであります。
少子化がわが国の将来に重大な影響を及ぼすことは、すでに繰り返し主張されてきたところですが、残念ながら、これまで講じられてきた少子化対策では、出生率の低下にはなかなか歯止めをかけられておりません。そして、今から更なる少子化対策を講じたところで、その効果が社会保障の担い手という形で現れるのは、早くて20年後のことであります。
社会保障の財政再計算などにおきましては、政府の人口推計の「中位推計」がもっぱら使用されてきたわけでありますが、現実には、中位推計ではなく、低位推計に近い水準が実現しているのが実態であります。そこで、2002年に公表された「人口推計結果」の低位推計をとりますと、15歳から64歳までのいわゆる生産年齢人口は、2025年には2000年の83%、2050年には56%にまで減少するということが予想されております。
これは、現在、働く人3.5人で1人の高齢者を支えておりますが、これが2025年には2人で、2050年には1.5人で1人の高齢者を支えなければならなくなる、ということであります。これでは、社会保障が持続可能であるとはとても考えられません。これを放置したままでは、これから高齢者となる人も、働き盛りを迎える人も、年金に対する強い不信感を持ち、将来への不安を抱いてしまうのは当然のことであります。こうした不信感が、不払い、未納の増加という形で国民年金の空洞化を招いていることは、たびたび指摘されているところでありますし、また、このような将来への不安が、消費の低迷を招く一因となっている可能性も、否定できないものがあると思います。

(財源としての消費税の必要性)

それにもかかわらず、こうした厳しい状況下にあっても持続可能な、社会保障制度の抜本的な改革は、なかなか進んでおりません。現在、わが国の年金、医療の給付総額は約70兆円でありますが、このままの状況が続けば、2025年には、約2倍の140兆円を超える金額となってしまいます。その財源を、今の制度のまま、所得税や法人税、社会保険料に頼ろうとすれば、富を生む現役世代や企業に、多大な負担増を強いることとなり、経済の活力は大きくそがれることは想像にかたくありません。
私たちは、高齢化の進展によって、負担増が避けられない部分については、全世代ができるだけ公平に負担していく、という考え方が必要であると考えます。そうした観点から、税体系そのものを「薄く広く」を原則として改革すること、すなわち基幹的な税目として消費税を位置づけることが求められます。これが、私たちが新ビジョンで消費税の引き上げを主張した理由です。
とくに、わが国の少子高齢化は、急激に進展していることから、この問題を先送りすることは、国民負担の増大を通じて、わが国産業の国際競争力の低下に直結する問題であるという点に留意しなければなりません。この問題を克服するためには、財政、社会保障制度、税制の改革を一体として大胆に進めていくほかありません。
まさに今現在、経済財政諮問会議におきまして、年金制度改革の議論が行われており、これだけを取っても検討すべき課題や論点は非常に多いのですが、本来であれば年金制度だけではなく、医療、介護、あるいは雇用まで含めて、社会保障全体、さらには経済・財政の全般にわたって、持続可能なグランドデザインを描き、新しい安定的な制度を確立していかなければならないのでありまして、そのための議論に早急に取り組む必要があると思います。

(新ビジョンのシミュレーション)

そのような考えのもと、新ビジョンでは、高齢化がピークを迎える2025年度の姿を示すために、大胆なシミュレーションを行いました。
その結果は、少子化・高齢化が進んでも、これに対応した社会保障制度や財政構造などの改革にしっかりと取り組んでいけば、2025年度までに、年平均名目3%、実質2%程度の経済成長が可能、というものであります。
その前提としては、さきほども申し上げましたとおり、現実的な見通しとして、人口推計の低位推計を使用しております。
また、やはりさきほども申し上げましたとおり、まずは国、地方を通じた、行財政改革を徹底することにより、歳出の抜本的な削減をはかることとしております。現実には、すでに、わが国の国・地方をあわせた長期債務残高は約700兆円にのぼり、GNPの1.4倍にも達しております。新ビジョンでは、公共事業の削減や、社会保障給付の引き下げなども含め、聖域なき行財政改革を強力に進めることで、2010年にプライマリーバランスを回復し、財政破たんを回避することとしております。
2010年にプライマリーバランスを回復できたとしても、そのままでは社会保障給付が増加を続けるので、すぐに赤字に転落してしまいます。
したがいまして、その後も社会保障給付のさらなる削減が避けて通れません。
私は、わが国の個人や企業が潜在的に備えた力を十分に発揮するためには、税と社会保険料を加えた国民負担率を、高齢化社会にあっても50%以内に抑制する必要があると考えておりますので、歳出の規模もそれに応じた程度に抑制される必要があります。
新ビジョンでは、2010年以降、さらに年金の報酬比例部分の15%引き下げなど、社会保障の給付水準などの引き下げを行い、減少する就業人口を補うために、女性や高齢者、あるいは外国人も積極的にその能力を活用し、さらに出生率を高めるために、仕事と子育てを両立できるような環境を整備するなど、あらゆる手立てをとることとしております。 しかし、これらの抜本改革を進めたとしても、日本の人口構成上、社会保障費は増え続けることになり、現在のわが国の財政構造では、活力ある将来の日本を支えるに十分な基盤とはなりません。
少子高齢化社会においても、維持可能な、健全な歳入面の改革をすすめる必要があります。そのためには、繰り返し申し上げてまいりましたように、消費税率の引き上げが不可避であります。
私たちの試算によれば、ただいま申し上げましたような改革に取り組む前提で、2025年時点での消費税率は18%となります。現状5%の税率が18%と申しますと、大変な高い税率であると感じられるかもしれませんが、欧州諸国ではどこも消費税率は15〜25%であり、税率25%でも経済の活力を発揮している国もあります。いずれにしても、高齢化のピークにおいては、これだけの財源をどこかで確保しなければならないのであります。
私はこれ以上、問題をあいまいなままに棚上げしておくことは許されないと思います。経済・財政・社会保障の持続可能なグランドデザインを描き、それに向けてすみやかに抜本的な改革を進めることで、国民に将来の明確な見通しを示し、不安を払拭することが、わが国を活性化していくために必要不可欠であると考えております。そのような考え方のもとに、日本経団連では、新ビジョンの発表に続きまして、5月にはこの問題に焦点をしぼって、さらに詳しく説明した、「見つめよう日本の現実」というパンフレットを作成いたしまして、幅広く広報活動を展開したところでございます。
足元の状況につきましては、さきほども申し上げましたとおり、現在、経済財政諮問会議で、年金制度改革に関する議論が進められております。小泉総理からは、年内には諮問会議として結論を出すようにとの指示が出ておりますので、現在、それに間に合わせるべく、検討を急いでいるところであります。

4.地域活性化と雇用創出

(地域間で異なる景況感)

社会保障の話が長くなりましたが、ここからは、現在経済財政諮問会議で議論が行われている「地域活性化と雇用創出」につきまして、ご紹介してまいりたいと思います。
最初にも申し上げましたとおり、構造改革の推進は、株価回復などの形で成果につながってきておりまして、日本経済に徐々に明るい兆しが現れていると申し上げてよろしいものと思います。雇用情勢につきましても、どうにか悪化には歯止めがかかりつつあるのではないかと思います。
とはいえ、こうした明るい兆しが、日本中あまねく共有されているとは、必ずしも申し上げられないのも、また事実であると承知いたしております。
この20日に発表されました日銀の「全国11支店金融経済概況」によりますと、たとえば工作機械などの輸出が堅調な東海地区においては、設備投資や個人消費も比較的堅調であり、「持ち直しに向けた動きが明確」といった強めの判断になっております。
それに対しまして、輸出産業が少なく公共投資への依存度の高い北海道地区では、設備投資も低調で、「最終需要を中心に弱めの動き」という判断となっておりまして、地域間の格差が拡大し、全体にまだら模様となっているようであります。
なお、東北地方の状況を日銀仙台支店のレポートで拝見いたしますと、厳しい雇用・所得環境が続く中で、冷夏・地震の悪影響が尾を引き、個人消費は低調に推移しているほか、住宅投資、公共投資も減少傾向が続いているなど、全体としてはなお厳しい状態を脱するには至っていないものの、デジタル関連を中心に生産水準の引き上げや設備投資上積みなど一部に明るい動きがみられており、企業の景況感もやや改善しているとのことで、厳しいなかではありますが、明るさを感じておられる向きも多いのではないかと思います。

(持続可能な地域再生)

このような状況のなかで、構造改革の成果を、国と地方が一体となって、日本経済の隅々にまで浸透させる努力が求められていると思います。
こんにち、地域経済の再生におきましては、従来行われてきましたような財政出動や公共事業は、その効果の限界が明らかになってきております。国の主導による地域振興策も、その効果は一時的なものにとどまることが多いようであります。したがいまして、小泉構造改革の基本方針であります「国から地方へ」、「官から民へ」の流れをより強化し、地方の努力、民間の活力、現場の創意くふうを活用した、いわば「持続可能な地域再生」を実現していかなければなりません。
それにあたり、とりわけ重要なのが、雇用の創出、拡大ではないかと思います。現在の企業業績の回復は、企業のリストラ努力が結実したという面が強いわけでありますが、それだけでは、こんにちの米国にみられる、いわゆる「ジョブレス・リカバリー」、雇用なき景気回復となってしまいます。雇用拡大をともなわない回復が力強さを持ち得ないことは、申し上げるまでもありません。
したがいまして、地域の活性化を実現するためには、雇用の創出、すなわち新たな雇用の創出源となる中小企業の活性化が不可欠であります。
国には、そのための支援、すなわち地方や民間の知恵や活力が最大限発揮できる環境条件を早急に整備することが求められると思います。
そのためには、国と地方の関係の見直し、いわゆる三位一体改革を着実に実現し、地方の財政自由度を拡大することが重要であります。
また、補助金等の見直しにあわせて、国が画一的に地方に関与する官々規制を大幅に縮減し、現場の知恵、地域の特性を柔軟かつ迅速に反映することができるよう、柔軟かつ弾力的な執行体制を実現することが求められます。
そのうえで、推進すべき取り組みにつきまして、いくつか申し上げたいと思います。

(行政サービスの民間開放)

第一に取り組むべきなのが、行政サービスの徹底した民間開放、端的に申し上げれば民間アウトソーシングの拡大であります。
欧米諸国に較べまして、わが国は行政サービスにおけるいわゆる「官業」の比率が高いといわれておりますが、その境界領域を再整理し、行政サービスを地域の民間企業などにアウトソーシングしていくことで、雇用の拡大や地域経済の活性化にとどまらず、行政サービスの効率化を通じた財源の有効活用や、住民サービスの質的向上も期待できるのであります。これにつきましては、前回、10月17日の経済財政諮問会議でも、重点的に議論が行われたところでありますので、具体的にご紹介したいと思います。
まず、検討にあたっての基本的な考え方でありますが、小泉構造改革の大原則である「官から民へ」と「国から地方へ」に、「民需の拡大」を加えた3つの視点から検討してまいります。
まず、「官から民へ」ということにつきましては、全国に約1万3千あるといわれる地方公営企業の民営化や、全国に約1700あります都道府県所管の行政委託型法人への委託業務なども含めまして、行政サービスの民間開放を加速させ、民間、あるいは官民の競争原理を働かせていくことが必要であります。
次に、「国から地方へ」につきましては、さきほど申し上げましたように、三位一体改革の実現により、地方公共団体の財政自由度を拡大するとともに、国が画一的に地方に関与する法制度等を見直しまして、現場の知恵や地域の特性が反映できる弾力的な体制を実現していかなければなりません。
また、「民需の拡大」は、きわめて重要な視点であると思います。もともと、経済財政諮問会議の専門調査会が示したように、医療・介護・健康関連サービスや、教育産業など、サービス分野には膨大な潜在的需要、いわゆる「ウォンツ」があるといわれております。
それに対し、厳しい参入規制などにより、サービスの提供主体が事実上公的部門に限られていたことから、供給されるサービスのメニューや品質、価格などが画一的なものにとどまり、ウォンツを掘り起こすことができていなかったのであります。したがいまして、地域が保有する人材や資金、施設や設備、技術やノウハウといった資源を最大限有効に活用するため、地域の特性に応じた潜在的な需要を、民間の知恵と活力で顕在化させ、事業機会や雇用の創出につなげていくことが強く望まれるのでありまして、そこには大きな可能性があるものと思われます。
このような考え方に沿いまして、人材、公共施設の利用や活用、資金の分野を中心に、まずは行政サービスの民間開放を阻害する要因を洗い出していくことが必要であります。そのうえで、実効性ある規制緩和を行うことが求められます。現実には、これらの行政サービスには、さまざまな権限や既得権が絡まっていることは容易に想像できるわけでありまして、このようなしがらみを解きほぐしていくことは簡単な作業ではありませんが、非常に大きな効果が期待できる取り組みであるだけに、しっかりと推進していかなければならないと考えております。

(地域の産業構造転換)

地域活性化と雇用創出のための第二の取り組みは、地域の基幹産業の事業転換などに対する支援であります。
さきほども申し上げましたように、従来型の公共事業には限界があるわけでありますが、地域によっては公共事業に依存した、建設業などが基幹産業となった産業構造を持っておりまして、このような地域では、なかなか経済に明るいきざしが見出せない状況となっているものと思われます。このような地域は、地域レベルでの産業構造転換を進めていかなければなりません。すなわち、建設業の事業転換や、異業種の参入を支援しながら、過度に公共事業予算に依存した産業構造を改めていく必要があります。
また、農業の競争力強化も、喫緊の課題であります。現在のような、政府の補助や通商上の保護政策に過度に依存した体質では、就業者の増加や経済の活性化は、到底期待できないからであります。 これにつきましては、どこまで踏み込んでいけるかは未知数でありますが、私個人といたしましては、「家族的営農」という、何千年も前からのビジネスモデルを根本的に改革する必要があると思います。土地利用のあり方の抜本的な見直し、株式会社の参入をふくむ経営主体の多様化などを通じまして、農業を現代的な産業として再編成していくことが必要であると考えております。
昨今の多国間・二国間の通商自由化交渉においても、農業問題は依然として大きな課題となっているわけでありますが、先日も小泉総理が言われておりましたように、わが国の将来を考えれば、いつまでも「農業鎖国」を続けているわけにはまいりません。いっぽうで、食糧の安全保障という、国家として重要な観点からも、日本の農業を産業として強くしていくことは、喫緊の課題であります。あらゆる面から考えて、私は農業改革は待ったなしであると思います。

(地域の新規産業の創出)

第三の取り組みとしては、地域の新規産業の創出があげられます。さきほども申し上げましたように、サービス分野に眠る膨大な潜在的需要を掘り起こすことで、例えば医療や介護、あるいは健康関連などの新しい産業・雇用を創出できる可能性があります。また、サービス分野の中でも、重要な一分野となるのが観光産業であります。各地域が持つ、美しい国土や景観、街並、あるいは歴史的遺産や伝統行事などの多様な観光資源を生かして、各地域の知恵と、民間の活力により、独自性のある観光サービスを創出していくことが期待されます。
経済財政諮問会議では、このほかにも、地域活性化と雇用創出に関していくつかの議論がありましたが、具体的な取り組み事項といたしましては、以上の三点が、とりわけ重要ではないかと考えております。

5.構造改革特区への取り組み

(構造改革特区の推進状況)

このような、地域主体の取り組みを進めていくにあたり、大きな役割が期待されているのが、構造改革特区であります。その目的は、第一に「特定地域における構造改革の成功事例を示すことにより、十分な評価を通じ、全国的な構造改革へと波及させ、我が国全体の経済の活性化を図る」ということであります。
そして第二に、「地域特性を顕在化し、その特性に応じた産業の集積や新規産業の創出等により、地域の活性化につなげる」ということでありますので、まさに規制改革と地域活性化の起爆剤、切り札として期待されているのであります。
昨年から今年にかけまして、3回にわたって特区構想の募集が行われ、全国からあわせて1,357件の提案が寄せられております。このうち、第1次申請の提案426件のうち57件、第2次申請の提案651件のうち60件が特区の認定を受け、活動をスタートさせております。
率直に申し上げまして、もっと多くの構想が認定されることを期待していたわけではありますが、とにもかくにも、「全国一律でなければならない」という従来の硬直的な発想に風穴が開いたということだけでも、改革の起爆剤として一定の役割は果たしているのではないかと考えております。
いくつか具体例をご紹介させていただきたいと思いますが、たとえば、有名な事例としては、 群馬県太田市の外国語教育特区や、北九州市の国際物流特区があげられると思います。

(群馬太田「外国語教育特区」)

太田市の場合は、市と民間が協力して、小中高一貫教育を実施する学校を設立し、国語等を除いた大半の授業を外国人教諭が英語で行うことにより、生きた英語や世界に通用する感性・国際感覚を身につけられるようにするという試みであります。来年4月には入学予定者を対象に事前の英語教育を行うプレスクールがスタートすることになっておりますが、たいへん人気を集めているようであります。
先月末に募集が締め切られたのですが、太田市以外の市町村、さらには県外からも多数の応募があり、新1年生は定員の3倍にも達しているということで、急遽定員を増やすことを検討しているそうであります。
しかも、人気を集めているのは生徒、児童だけではないのでありまして、この学校の教員を10名前後募集したところ、すでに30人前後の応募と、こちらも3倍の競争率になっているということであります。

(北九州「国際物流特区」)

北九州市の場合は、韓国や台湾、あるいは中国沿海部に近いという立地条件を生かして、通関・検疫の24時間化や、税関の臨時開庁手数料の半額化、企業間での送電規制の緩和などにより、アジアにおける戦略的な産業立地環境を提供しようという構想でありまして、北九州市としては、ここへの企業誘致により、今年度中に3800人の雇用を創出できるとしております。
すでに、特区認定により、世界最大の船会社であるマースク・シーランドが、特区内の太刀浦(たちのうら)コンテナターミナルと、台湾や韓国の主要な港を結ぶコンテナ航路を開設しておりますし、新日本製鉄が電力供給事業の子会社を設立するほか、九州工業大学の教授らが、大学院の試験研究施設を利用して、病気の診断に使うバイオチップの開発製造を行う会社を設立するなど、企業の立地計画も進行しているようであります。

(飯田市「グリーン・ツーリズム特区」)

また、農業と環境産業とを結びつけた「グリーン・ツーリズム」は、地域活性化にもつながるものとして注目を集めておりますが、長野県飯田市のグリーン・ツーリズム特区は、これに特区を利用して取り組もうというもので、面白い取り組みであると思います。
たとえば、消防設備に関する規制緩和により、中山間地の普通の農家が「農家民宿」として観光客を有料で宿泊させられるようにしたり、農地貸し付け方式を活用して、遊休農地を利用した市民農園を、株式会社が運営したり、NPO法人が運営したりすることにより、都市と農村の交流や定住人口の拡大を実現し、中山間地域における地域コミュニティの再生を図ろうという試みであります。さらに、先般締め切られた構造改革特区の第3次申請では、酒税法の特例により、農家民宿によるどぶろくの製造・販売を行うという変更計画を提出しているということであります。

(山形県の特区)

このように、全国各地から、地域活性化と構造改革につながるさまざまなアイデアが出され、実行に移されているわけでありますが、ご当地の山形県におかれましても、山形市や米沢市などが「超精密技術集積特区」として、鶴岡市が「鶴岡バイオキャンパス特区」として認定されたと承知いたしております。
山形市などでは、液晶にかわる次世代技術として期待を集めている有機エレクトロ・ルミネッセンスをはじめ、ナノテクノロジーを応用した分野での産業育成、鶴岡市では、バイオテクノロジーの先端分野における研究と産業化に、地元企業と山形大学との産学連携で取り組まれると伺っておりますが、まことに意欲的かつ野心的な構想であり、ぜひとも大きな成果を上げられることを期待したいと思います。

おわりに−定年延長問題

さいごに、一点だけ、ぜひとも申し上げておきたいのが、先週、坂口厚生労働大臣が仙台市の講演で言及したという、65歳への定年延長、または希望者全員の65歳までの再雇用の義務化についてであります。
詳しい内容は承知しておりませんが、報道のとおり、法律による義務化を目指しておられるのであれば、それは企業経営や経済の実態をまったく無視した議論であると思います。
もちろん、2025年までに、年金支給開始年齢が段階的に65歳まで引き上げられるなかで、雇用延長の必要性、重要性につきましては、十分承知しており、なんら否定するものではありません。また、定年制を採用するのであれば、年金との接続に配慮が必要であることも、理解しているところであります。
実際、1998年には改正高年齢者雇用安定法が施行され、65歳までの雇用延長が努力義務化されたこともありまして、60歳台前半の就労の拡大につきましては、労使ともこれを重要な課題であると認識し、さまざまな取り組みを進めているところであります。
しかしながら、ここで法律によって義務化するとの考えに対しましては、これは反対であると申し上げざるを得ません。
大きな理由としては、3点ほど考えられますが、まず第一に、企業経営に与える影響が大きすぎる、ということであります。
もちろん、高齢者雇用を一律にコストと考えるわけではなく、むしろ、必要であれば、個別に定年を延長するなどして、働き続けていただいているのが、多くの企業の実情であろうと思います。
そのいっぽうで、ほとんどの企業は、5年先や10年先を見据えた中期経営計画を策定しており、その中には人員スリム化計画も含まれていることも多いはずであります。そして、日本経団連が主要会員企業を対象に実施したアンケートの結果をみると、ほとんどの企業が、現行の定年制度、再雇用制度などを前提に計画を策定しているのであります。
日本企業の多くは、雇用を重視する経営政策をとっており、人員のスリム化にあたりましても、定年などによる退職者を補充しないという、いわゆる自然減で進められることが多いわけであります。したがいまして、雇用延長の義務化は、この計画を根底から覆すことになります。もともと、義務化されなくても再雇用されたであろう人を除けば、残りの人の分はそのままコストアップとなってしまうわけでありまして、経営に与える影響は甚大なものとなるといわざるを得ません。
坂口厚労相は、現在経済財政諮問会議で行われている年金制度改革の議論においても、財源の不足に対して保険料率の引き上げを行いたいという意向であります。これでさらに、年金支給開始年齢が引き上げられるから雇用延長を義務化するというのでは、高齢化によるコストのかなりの部分を企業に転嫁しようということであり、到底容認できるものではありません。
雇用延長の法制化に反対する第二の理由は、労働市場に与える影響が非常に大きい、ということであります。
現在、若年雇用問題が深刻に受け止められていることは、みなさんもご承知のとおりでありますが、雇用延長が法制化された場合、そのしわよせが若年層に及び、結果として若年雇用問題がさらに深刻化することは、火を見るより明らかであります。
たしかに、現状だけを見れば、高齢者失業と若年失業の抱える問題は異なるものであり、坂口厚労相としては、高齢者は高齢者、若年層は若年層ということで、別々に考えておられるのかもしれません。しかし、われわれ経営の現場にいる者が見れば、経済や市場というものはさまざまな要因が有機的に絡み合った、いわば生き物であり、高齢者雇用と若年雇用を別々に考えるということは、およそ非現実的であります。
将来にわたってわが国を支えていくべき若年の多くが、能力の向上に資する仕事につけないという現状は、わが国にとってきわめて憂慮すべき問題であります。それをさらに悪化させてまで、本当に高齢者の雇用延長を義務づけなければならないのか、よほど慎重に考える必要があると思います。
また、雇用延長が法制化された場合、未熟練の若年労働者、具体的には高校新卒者や、高卒無業者などが、きわめて大きなダメージを被ることが予想されます。彼らのほとんどは選挙権を持たず、こうした政策に対して投票で意志表示することができません。
万一、雇用延長の法制化を強行しようとするのであれば、坂口厚労相は、若年雇用と高齢者雇用は別々だなどというまやかしではなく、正面からこうした若者たちの主張を受け止め、理解を求める努力をする必要があると思います。
法制化反対の第三の理由は、一律の法制化では、各企業の経営や労使関係の実情に応じた適切な対応ができない、ということであります。
さきほども申し上げましたとおり、この問題に関しましては、すでに労使が自主的な取り組みを進めており、現在すでに、65歳定年、または65歳までの再雇用制度を持つ企業は、全体の7割を超えておりますが、その内容は、各企業の労使が知恵を出しあって、実情に応じた最適のものを目指した結果、さまざまに異なったものとなっております。
また、定年退職から年金支給開始までの間の生計費の確保につきまして、つなぎ年金を設定するなどの取り組みも、行われています。
このように、労使が多様な知恵を出しているときに、一律の法制化を行うということは、こうした努力の余地を失わせてしまうということにほかなりません。定年のような基本的な労働条件に関しては、まずは各労使の取り組みに委ねるべきであり、現時点での法制化は、いかにも時期尚早ではないかと思います。

以上、本日は、ちょうど総選挙が行われている時期でもあり、現在のわが国が直面している重要な課題のいくつかにつきまして、地域経済との関係が深いものを織り交ぜてお話しいたしました。
さいごに、お集まりのみなさんの社業のますますのご発展と、みなさんご自身のご健康をお祈りいたしまして、私のお話をおわらせていただきたいと思います。
ご静聴ありがとうございました。

以上

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