当会が曩に(五月四日)「物価改訂に関する意見」を発表してより三ヵ月を経た今日、物価改訂はようやくその完了に近づいたが、ここに至るまでの間企業の経理難は更に継続増大し、他方、本予算の成立遅延等の為め民間に対する政府の支払が渋滞し、企業の未払金も亦既に極点に及んで、金融難からくる生産阻害はいよいよ深刻となっている。勿論、インフレの昂進下において通貨金融の引締め政策をとることは、一般論としては妥当である。しかしそれの強行は、一方における原料資材の配給量増大、企業の合理化を促進する諸措置、労働安定対策等一連の非貨幣的施策、並に物価政策及び租税政策等の適正化による企業採算の改善と歩調を合せないかぎり、企業に対しては徒らに無差別的な圧迫となり、所期するところの生産増強ならびに企業経理の健全化を却って妨げることとなる。而して特に物価改訂後の通貨金融政策については、当面の増大する産業資金の供給円滑化を計り、重要産業の生産増強に積極的に資することによってインフレ防遏の基盤を確立すると共に、企業の合理化及び再建整備を促進させることが肝要である。よってここに本問題解決上最も緊要と思われる事項を左記に掲げて関係当局の善処を要望する次第である。
第一 金融操作の改善策として、中央銀行は徴税ならびに政府支払の状況に応じて金融市場の調整を計ると共に、政府は概算払制度の活用等によって産業資金の供給を円滑ならしめられたい。
本年初頭以来の著しい金融の梗塞は徴税の短期強行によって巨額の必要資金が一時に民間から国庫に引上げられた反面、政府が民間に支払うべき多額の資金は支払遅延あるいは次年度予算に繰延となったことに直接の原因がある。その結果重要産業も然らざるものも一律に甚だしい金詰りとなって、勢い生産に重大な障害を与えることとなった。従って今後かかる事態を惹き起さないためには、根本において財政と金融との調整に慎重留意し、必要産業資金の円滑な流通を計るため少くも左記二点の実行が必要である。
(一) 政府の徴税若しくは支払が時期的に過度の偏向を来す惧れのあると官は、政府は予め中央銀行に指示して金融市場に必要資金の供給を行わしめること。
(二) 既に渋滞となっている政府支払については、この際その一掃に万全の努力を払うと共に今後における支払の適時迅速化について例えば概算払制度の拡大運用、政府手形支払制度の創設等を検討し、速かに現行制度の改善を計ること。
第二 生産資金の供給確保策として物価改訂あるいは稼動率の増大に基く増加運転資金については中央銀行から資金の市場供給を行うこととし、このため日銀の斡旋融資を改善合理化し、また必要に応じヒモ付融資あるいは共同融資制度の改善強化、及び商業手形の奨励、手形割引市場の育成等を計られたい。
物価水準が高まり、あるいは原料資材の輸入その他によって稼動率が高まれば、それに応じて運転資金の需要が増大するのは当然である。又公定価格の改訂に際しては時間的ズレによる一時的な資金需要増大が各所に生ずる。これらを市中銀行の蓄積資金のみによって賄わしめようとすれば甚しい無理を生じ、生産を停頓せしめる危険がある。而してこの対策としては次の二つの方途が必要と考える。
(一) 日本銀行の斡旋融資制度を改善合理化し、強制融資的な弊害を伴わない方法で市中銀行に所要資金を供給すると共に、その資金が真に必要な産業に廻るよう工夫すること。
(二) 生産用の運転資金を確保し、しかもそれが赤字埋め等に流用されることのないようにするため、必要に応じヒモ付融資又は共同融資制度を改善強化し、又、原材料、製品等を裏付けとする商業手形の流通を奨励し、且つ公団及び政府を手形関係人たらしめることを考究し、手形割引市場の育成を計ること。
右については時に重要産業と直結する問屋その他商業機関の金融疏通に留意すること。
第三 企業の合理化促進ならびに復興資金確保のため復金融資を活用し、又、長期金融機嗣の存置につき十分の意を用いられたい。
外資援助の実現を目前に控え、今次の物価改訂を契機として、政府は後述の如く資本の待遇適正化につき万般の決意を払う必要があるが、又企業は自らの側において不可避的に合理化と再建整備との一段の促進を要請されるであろう。然るにかかる合理化と再建整備に当っては、退職金の支払い、第二会社の創業費的諸経費、その他特別の資金需要が附随する。また産業復興用の長期資金需要も漸次増大するであろう。これらはいずれも固定性の資金需要であって、いずれかと言えば株式(払込金)によるべきものが多いが国民貯蓄の極めて貧弱な現在、実際上それは困難な場合が多く予想されるので、これが対策として特に次の三点を要望する。
(一) 企業の整備合理化を実行するについて必要とすべき諸施策については四月一日当会発表の「企業の整備合理化に関する意見」を参照されたいが、このために必要とする資金需要については復金融資または復金保障融資等を拡大運用すること。
(二) 将来稼動の見透しあるも、当分休止状態を続ける設備については、復金がその維持費を融通するか、又は産業復興公団がこれを買上げ保有する等の方法を講ずること。
(三) 当面の新たな産業復興用長期資金はこれを悉く株式または社債によって調達することが実際上不可能に近いので、興業債券、勧業債券等のごとき需要範囲の広い証券を発行し、これによって長期事業金融を行う特別機関を、就中当分の間存置するよう政府は十分留意すること。
第四 設備資金の確保上、各種機関による証券の売出に関して連絡調整委員会のごとき強力な調整機関を設置すること
産業復興計画の遂行等に伴って重要化すべき設備資金の確保は、原則として株式払込または長期の社債によることが望ましいが、それについては先ず第一に証券処理調整協議会による持株放出および企業再建整備法に基く増資株の大量売出しが投資市場を攪乱しないように十分注意することが肝要である。この意味で、右両種売出株の応募者に対する証券金融の方針が決定されたことは極めて妥当で、この証券融資が方針通り実行されることを期待して已まない。それと同時に、これ等の売出を投資市場の状況に応じて敏速に且つ統一ある方針の下に調整する強力な機関の設立されることが極めて望ましい。例えば証券市場の実際に通暁した専門家を加え、且つ強い実行力を持った各関係機関の首脳部より連絡調整委員会のごときものの設置がこれである。
第五 企業金詰りの根本的改善策として、政府は資本虐遇の観念を根本から改め、価格政策の不手際等からして明かに政府の責任に帰しうる企業の損失部分に対してはこの際政府補償制度を確立すると共に、金融上特別の考慮を払い、又価格差益金の徴収に当っては少くとも常備のストック部分を差益徴収の対象外とせられたい。
現在、企業が軒並に借金経理になやまされている根本の原因は、政府が公定価格の決定及び賃金政策等において、あるいは税制その他において、依然として資本を虐遇して顧みず、為めに企業の手許資金は月月不足して行くに対し、投資者はかかる企業への投資について何等の魅力をも感じえない状態におかれているところにある。
今日の如く万般の施策において企業採算の改善尊重に関する配慮が乏しい状態にあっては企業自らの側における経営合理化への努力も殆どその効果を期待することができない。よって我々はこの際、企業採算に関する当局の観念の根本的切替えを強く要望すると共に、企業経営の健全性を回復し、資本の建直しを行う差当りの措置として左記の諸事項を特に要望する。
(一) 特経会社新勘定の赤字処理についてはその発生の起因を明かにし、過去における価格政策、賃金政策その他特に政府の諸施策の不手際にその責を明かに帰し得る部分に対しては政府が直接その損失補償をなしうる措置を考究し、復金融資あるいは復金保証融資等の形で金融機関に責任を転嫁するが如き政策を廃すること。
なおこれと関連ある既存の赤字埋め借入資金の回収については生産資金に無理を生じないよう、企業の返済能力を十分検討して行うこと。
(二) 今次物価改訂の時間的ズレによって不可避的に生じた企業の損失に対しては、国家が特別の救済措置を講ずること。
(三) 現実に必要な修理費等が新公債に十分織込まれなかったため資金繰り上赤字を生ずるものに対しては、設備資金等の形で金融の途を講ずること。
(四) 仮装利益たる価格差益の徴収は、金融的にも資金不足を来すことが明かなので、企業経営上当然に必要とする正常な常備ストック部分は差益徴収の対象外たらしめること。