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統計審議会では、1995年3月に『統計行政の新中・長期構想』を答申した。同答申では、(1)社会・経済の変化に対応した統計調査の見直し、(2)報告者負担の軽減と地方統計機構、(3)調査結果の利用の拡大、(4)統計調査の効率的実施と正確性の確保等が提案されている。特に、(2)にある報告者負担の軽減については、具体的な方策として、(i)負担軽減の測定のための指標(報告時間)の開発、(ii)行政記録の活用による統計情報収集の抑制、(iii)母集団情報共同利用による調査客体・調査事項の重複回避等、(iv)調査方法の改善による報告の簡素化・簡便化等が盛り込まれている。総務庁では、この答申に基づき改善策を順次実施しているが、報告者負担が大幅に軽減されるに至っていない。
一方、バブル崩壊後の経営環境の悪化から、企業においては、雇用調整を含む事業の再構築・効率化を進めている。この動きは、従来、統計報告等に当ってきた間接部門において顕著である。このため報告者負担の軽減について抜本策が講じられないならば、回収率の低下や報告内容の精度の低下といった事態が発生・深刻化する惧れがある。
経団連では、こうした観点から、1999年3月に意見書『わが国官庁統計の課題と今後の進むべき課題』を発表し、上記統計審議会答申の趣旨実現に加え、報告者負担軽減の抜本策として、(1)不要統計の廃止、(2)全調査項目の把握・規格の統一・重複排除、(3)統計調査・行政情報の総合的活用、(4)オンライン報告の導入、(5)報告時間・ペーパーワーク削減法の導入を要望した。
今後、報告者負担軽減の抜本策について官民協力して議論を深めていくためには、報告者負担の実態について認識を共有する必要があるが、報告者負担の調査研究は殆ど進んでいない。例えば、上記統計審議会答申では、報告者負担の測定のための指標(報告時間)の開発について「2年を目途に研究開発を行うことが適当」とされているが、未だに開発の目途が立っていない。
そこで、経団連では、経団連意見書の趣旨実現のため、報告者負担等について官民の共通認識を形成する観点から、(1)総体としての報告者負担の把握、(2)統計調査別の報告者負担の把握、(3)重複している調査項目の洗い出し、(4)先進諸外国が進めている報告者負担軽減策についての情報収集を目的に、会員企業に対するアンケート調査・ヒアリング調査、並びに海外調査を実施した。
官庁によって報告者に課せられる行政調査には、
等がある。今回調査では、3.を除いたものを、「『ペーパーワーク』による負担」とし対象とした。3.を除外したのは、企業で通常統計報告等に当っている部署以外に不定期に要請されるものが多く、通常の調査手法では把握が困難なことによる。アンケート調査の質問項目は以下の通り。
調査対象は、経団連法人会員企業1,007社であり、有効回答数269社(回収率26.7%)である。
上記アンケートを補足する観点から、経団連統計制度委員会メンバー企業の実務者からヒアリング調査を実施した。
総体としての報告者負担
アンケート調査結果を基に試算すると、ペーパーワーク及び統計調査への報告に要する時間が総労働時間に占める比率 4は、図表1の通りである。
【図表1】総労働時間に占める比率
ペーパーワーク | |
統計調査 | |
1.6%程度 | 1.4%程度 |
報告者負担については、ヒアリング調査でも、以下のような意見が寄せられている。
統計調査別の報告者負担の実態
アンケート調査では、特に負担感の強い統計調査名と実際に要した報告時間を質問した。
10社以上から指摘があったものについて、平均的な値から極端に異なる数値を除いた上で平均 6した結果は、図表2の通りである。記入に時間がかかる統計イコール悪い統計ではないが、調査票の設計にあたり、数労働日を要する統計には、問題が多いと考えられる。
【図表2】記入に時間がかかる統計調査
重複と考えられる調査項目
重複の排除は、報告者負担軽減の重要な一方策であり、総務庁により形式的な調整は進んでいる。しかし、企業側から依然重複しているとの指摘が多いため、今回のアンケート調査でも、具体的な事例について質問した。重複が見られるとの回答が集中したのは、特に景気・賃金関連であった。
景気関連統計調査については、経済企画庁『法人企業動向調査』、大蔵省『大蔵省景気予測調査』『法人企業統計調査』、通商産業省『産業経済動向調査』『通商産業省設備投資調査』、日本銀行『短期経済観測調査』の間で重複感があるとの意見が多かった。
経団連にて、各々の統計調査について調査項目を比較したところ、図表3、図表4に示すように実質的に重複していると思われる調査項目が多い。詳細は、別紙表Aの通りである。
なお、景気関連は、民間においても類似の調査が多く行われており、更に重複感が強まっているものと思われる。
【図表3】景気関連統計調査における景況判断関連項目の重複状況(抜粋)
調査名 | 法人企業動向調査 | 大蔵省景気予測調査 | 産業経済動向調査 | 短期経済観測調査 |
---|---|---|---|---|
実施機関 | 経済企画庁 | 大蔵省 | 通商産業省 | 日本銀行 |
実施時期 | 3、6、9、12月 | 2、5、8、11月 | 2、5、8、11月 | 3、6、9、12月 |
質問項目 | 国内景気 業界の景気 | 景況 景況変化の要因 | 業況 | 業況 |
質問形態 | 変化 | 変化 | 変化、水準 | 水準 |
把握時 | 当四半期 来四半期 再来四半期 | 当四半期 来四半期 再来四半期 | 当四半期 来四半期 | 最近 先行き (3ヶ月後) |
【図表4】景気関連統計調査における設備投資関連項目の重複状況(抜粋)
調査名 | 法人企業動向調査 | 大蔵省景気予測調査 | 法人企業統計調査 | 産業経済動向調査 | 通商産業省設備投資調査 | 短期経済観測調査 |
---|---|---|---|---|---|---|
実施機関 | 経済企画庁 | 大蔵省 | 大蔵省 | 通商産業省 | 通商産業省 | 日本銀行 |
実施時期 | 3、6、9、12月 | 2、5、8、11月 | 2、5、8、11月 | 2、5、8、11月 | 4、10月 | 3、6、9、12月 |
判断調査 の 質問項目 |
<水準> 生産設備 (製造業のみ) | <水準> 生産・販売などの設備 <選択肢> 設備投資目的 | − | <水準> 生産設備変化 <変化> ・設備稼働率 ・設備投資額 | <選択肢> ・情報関連投資の目的、実施状況 ・重点をおく投資目的 | <水準> 生産・営業用設備 |
計数調査 の 質問項目 |
設備投資額 | 設備投資額 土地購入費 | 固定資産増減 | − |
<全社ベース> ・取得設備額 ・情報関連投資比率 ・新規事業設備投資額(連結ベース、製造業・非製造業別) ・投資目的別構成比 <業種別> ・取得設備額 ・リース契約額 | 設備投資額 |
把握時 |
<判断調査> 当四半期 来四半期 再来四半期 <計数調査> 前四半期 当四半期 来四半期 再来四半期 (または来半期) |
<判断調査> 当四半期末 来四半期末 再来四半期末 <計数調査> 前年度上期 前年度下期 当年度上期 当年度下期 |
<計数調査> 前四半期 |
<判断調査> 当四半期 来四半期 |
<判断調査> 現時点または今後 <計数調査> ・全社ベース調査 前年度 当年度 来年度 ・業種別調査 前年度(上下別) 当年度(上下別) 来年度(上下別) |
<判断調査> 最近 先行き <計数調査> 前々年度 前年度 当年度 (上下別) (3月調査は前々年度対象外) |
賃金関連統計調査についても、労働省『毎月勤労統計調査』『賃金労働時間制度等総合調査』『賃金構造基本統計調査』『賃金引上げ等の実態に関する調査』『賃金事情等総合調査』、人事院『職種別民間給与実態調査』、国税庁『民間給与実態統計調査』について調査項目に重複感があるとの指摘が多く寄せられた。
経団連にて、各々の統計調査の調査項目を比較したところ、図表5に示すように実質的に重複していると思われる調査項目が多い。詳細は、別紙表Bの通りである。
【図表5】賃金関連統計調査における質問項目の重複状況(抜粋)
毎月勤労統計調査 | 賃金労働時間制度等総合調査 | 賃金構造基本統計調査 | 賃金引上げ等の実態に関する調査 | 賃金事情等総合調査 | 職種別民間給与実態調査 | 民間給与実態統計調査 | |
実施機関 | 労働省 | 労働省 | 労働省 | 労働省 | 労働省 | 人事院 | 国税庁 |
実施時期 | 毎月 | 年1回 (1〜2月) | 年1回 (7月) | 年1回 (9月) | 年1回 (7〜8月) | 年1回 (5〜6月) | 年1回 (2月末日) |
計数調査 |
きまって支給する給与額 超過労働給与額 特別に支払われた給与額 賞与額 |
賃金総額 基本給 諸手当 所定外賃金 | − | − |
所定内賃金 所定外賃金 (実在者・モデル) 基本給 諸手当 |
きまって支給する給与総額 時間外手当 その他手当 賞与・臨時給与総額 |
年間給与支給総額 年間源泉徴収額 |
− | − | 初任給 | − | 初任給 * | 初任給 * | − | |
− | − | − |
平均賃上げ率 平均賃上げ額 |
定昇増加額 * 賃金増額とその原資配分 * 一時金とその原資配分 ** |
給与改定率 * 昇給率 * | − | |
個人サンプル調査(年1回の特別調査) * | − | 個人サンプル調査 | − | − | 個人サンプル調査 ** | 個人サンプル調査 | |
データの 把握時 |
毎月月末または給与締め日 * は、7月分 | 11月分 | 6月30日現在または6月分 | 直近実施時 |
6月または7月分 * は当年度 ** は前年冬季及び今年夏季 |
過去1年の月別 * は当年度 ** は4月分 | 前年分 |
統計調査の改善要望
アンケート調査やヒアリング調査において、統計調査について出された改善要望の主な内容は以下の通りである。
統計審議会答申『統計行政の新中・長期構想』には、統計調査の広報、調査結果の利用促進による負担感の緩和がうたわれているにも関わらず、調査実施に理解が得られていないケースも多い。具体的には以下の通り。
ペーパーワークの中には、指定統計・承認統計・届出統計になっていないが明らかに統計調査と言える内容のものや、統計法・統計報告調整法における定義では統計調査ではないが統計調査に類似のものが行われている。これらはいわゆる「ヤミ調査」と呼ばれるものである。
今回のアンケート調査においても、「ヤミ調査」について数多く具体的な指摘があった。経団連にて調査票を入手できたものは、図表6の通りである。
【図表6】いわゆる「ヤミ調査」の具体的事例
調査名 | 実施機関 |
---|---|
設備投資調査* | 通商産業省機械情報産業局自動車課 |
設備投資調査 | 通商産業省生活産業局繊維課 |
設備投資に関するヒアリング調査* | 通商産業省機械情報産業局情報処理振興課 |
近畿地域経済動向アンケート | 近畿通商産業局総務企画部 |
自動車部品企業実態調査 | 中部通商産業局産業振興部 |
中部通商産業局管内主要企業動向調査 | 中部通商産業局産業振興部 |
外航船舶等財投資金融資希望等調査 | 運輸省海上交通局海事産業課 |
研究開発における技術知識の実態に関するアンケート* | 科学技術庁科学技術政策局計画・評価課 |
新事業・新産業創出に向けた企業活動の活発化やITを中心とした技術革新の急速な発展に伴う新商品・サービスの出現にもかかわらず、「日本標準産業分類」は1993年以来、また「日本標準商品分類」も1990年以来改定されていない。このこともあって各省庁では独自の分類・定義を採用しているが、これが企業にとって負担となっている。具体的な意見は以下の通り。
企業内では情報化やネットワーク化が進んでおり、これらを活用して報告者負担を軽減すべきであるとの意見が多く寄せられた。また、同じ情報を調査の度に書かされることについても、改善を求める意見が多かった。
経団連統計制度委員会では、先進諸外国の進めている報告者負担軽減策について具体的情報を得るため、カナダ及び米国について海外調査を実施した。
調査結果によると、カナダ、米国両国とも、デジタル情報化、国際化・州際化、サービス化への動きに対応し、統計制度の見直しを行い、具体的行動を実施している。こうした政府の動きには、統計記入側の企業との協力体制が重要であるという認識が底辺に存在している。この結果として、統計精度の向上、統計把握範囲の拡大を求める一方で、統計概念の整理、統計収集方法の簡素化に向けて、官民の協力体制が着実に形成されつつある。
具体的行動として、以下のような取り組みが行われている。
統計関連官庁の各種の努力は、ほとんど、報告書として発表されるか、担当者に直接インタビューすることが可能となっており、トランスペアレンシーの上で評価出来る。
詳細は、別紙補論の通りである。
過度な報告者負担は、回答率や報告内容の精度を低下させる。特に昨今の企業における事業の再構築・効率化の進展に伴い、統計環境は従来に比べ悪化してきている。
こうした厳しい状況の下で、国民の貴重な共有財産である各種統計の信頼性・正確性の維持・向上を図っていくためには、統計実施者と報告者の相互理解に支えられた協力関係と報告者負担軽減に向けた不断の取り組みが不可欠である。
経団連では、1999年3月の意見書『わが国官庁統計の課題と今後の進むべき方向』で報告者負担軽減策を具体的に提案するとともに、本報告書において、報告者負担の実態や諸外国の報告者負担軽減策からの学ぶべき点を明らかにした。今後は、総務庁をはじめ関係省庁が、これら提言・報告書を真摯に受け止め、官民共通の理解に立って、官民の協力関係の確立と報告者負担軽減に努めることを強く期待する。
重要な統計として総務庁長官から指定を受けているもの。報告者に回答義務あり。例えば、総務庁『国勢調査』。
実施にあたり総務庁の承認を受けているもの。報告者に回答義務なし。例えば、通商産業省『通商産業省設備投資調査』。
地方公共団体・日本銀行等が実施するもので、総務庁に届出ているもの。報告者に回答義務なし。
各社が回答したペーパーワーク及び統計調査への報告に要する時間が総労働時間に占める比率を、従業員数で加重平均した値である。但し、各社の回答は必ずしも全社ベースの総労働時間に対する比率ではなく、過大推計となっている可能性もある。従って、上記比率は、報告負担者側の限られたデータに基づく暫定的な推計値であることに注意する必要がある。
対象企業は、東京、大阪、名古屋のいずれかの証券取引所に上場し、原則として資本金が10億円以上で、合併、決算期変更等によりデータが6年分連続して取れない企業を除いた1,659社。
クレジットカード・割賦金融業、金融・保険業、証券業は含まない。単純平均値から標準偏差の3倍以上乖離したデータを除外して再計算した。
調査客体、都道府県、各地方通商産業局、通商産業省本省間をオンライン・ネットワークで繋いで調査データの収集・還元を図るもの。