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経団連 宇宙政策ビジョン

わが国宇宙開発・利用体制の改革と宇宙利用フロンティアの拡大

2000年6月20日
(社)経済団体連合会

はじめに

わが国の宇宙開発は二つの試練に直面している。

第一の試練は、一連の事故の発生によって損なわれた宇宙開発に対する国民の信頼をいかに回復するかである。そのためには、今までの宇宙開発の目標、政府・宇宙開発事業団等の実施機関・企業の関係と各々の役割等を抜本的に改革し、国民のために貢献する宇宙開発・利用を実現していくべきである。

第二の試練は、宇宙の産業化・商業化という世界の潮流の中で、欧米に対して「勝てる宇宙産業」を育成できるかどうかという点である。宇宙は陸、海、空に次ぐ「第4のインフラ」として国民生活に不可欠な存在となりつつあり、IT革命における基幹的インフラとしてもその重要性が増している。欧米では宇宙の戦略的重要性を踏まえ、冷戦が終了した90年代において、軍事で蓄積した技術と競争力を梃子に、官民が一体となって宇宙の産業化・商業化に取り組む流れが生まれている。

わが国は、これまで蓄積した技術で世界の宇宙市場に躍り出ようとした矢先に、H-II8号機ロケットの打上げ失敗という厳しい現実に直面した。ここで宇宙開発から後退しては、欧米の宇宙開発先進国に大きく遅れをとり、戦略的な産業であり市場でもある宇宙を失うことになる。宇宙開発体制の抜本的改革を実行しつつ、今後とも不退転の決意で宇宙開発を継続する必要がある。

昨年、経団連宇宙開発利用推進会議が開催したセミナー等での内外の宇宙開発関係者との対話を通じ、産業界自らが21世紀の宇宙産業および宇宙開発・利用についてのビジョンを提示すべきではないかとの多くのご意見をいただいた。この提言は、それに対する一つの回答であり、産業界の立場から、今後15年間という中長期的な時間の中で、わが国の宇宙開発が達成すべき目的、わが国宇宙産業の目標、宇宙政策の形成や実施機関のあり方、宇宙インフラ整備および研究開発の重点項目についてのわれわれの考え方を示した。

本提言においては、以下の5つの基本的な考え方に基づき、従来の宇宙開発の転換を求めている。

  1. 宇宙開発の意義については、従来の科学技術政策としての宇宙科学や研究開発に留まらず、宇宙開発・利用が経済、安全保障に果たす役割を明確にし、国の重点分野として位置づけること。
  2. 国としての戦略的な宇宙政策を持ち、政府横断的な体制でそれを推進すること。特に、宇宙の実利用と産業化を視野に入れ、研究開発から産業化まで一貫して推進できる体制と施策を整備すること。
  3. 実施機関の機能の集中化と効率化を図ること。特に、中核的実施機関である宇宙開発事業団については、宇宙プロジェクトの企画、立案、管理および管制運用等の機能に集中し、設計・製造等の「もの作り」は企業の責任において行える体制を整備すること。
  4. 宇宙インフラを国民の社会・経済的要請に応える社会インフラと位置づけ、国がその整備を推進すること。特に、わが国独自のシステム構想に宇宙技術を組み合わせた「勝てるIT宇宙インフラ」を世界に先駆けて構築し、IT革命を推進すること。
  5. 産業競争力強化や技術安全保障の観点から、政府の宇宙機器、サービスの調達を国内の企業から行う方針を明確にすること。

なお、本提言においては、「宇宙産業」の範囲をロケット、人工衛星等の機器製造業に利用側産業を加えた広義の宇宙産業として定義している。また、「宇宙の産業化」とは、宇宙産業の国際競争力強化を意味する。


  1. 日本の宇宙開発・利用の将来像と宇宙産業のあるべき姿
    1. 宇宙開発・利用の意義
    2. わが国が宇宙開発・利用を一層推進するためには、現在の状況を踏まえて、その目的と意義を改めて定義すべきである。その上で、宇宙開発・利用に係る基本政策や法律にその趣旨を明記し、それを実現できる政府の政策形成および実施体制を整備する。併せて、国が中心となって宇宙開発・利用を推進することが不可欠であることについて、国民の広範な理解を求めていくべきである。
      宇宙開発・利用を推進する意義は、第1に人類全体に対する貢献、第2に国益の追求にある。
      第1の人類全体に対する貢献とは、宇宙科学の探求による新しい科学的知見の獲得、地球規模の環境問題等への取組み、人類のフロンティア開拓への参画等である。
      第2の宇宙開発・利用の推進を通じて追求される国益とは、

      1. 科学技術の基盤強化と技術革新による新産業の創出、
      2. 社会インフラとしての宇宙利用の拡大による国民生活の質的向上、
      3. 宇宙産業の国際競争力強化による経済・雇用の拡大、
      4. 国民の安全と安心の確保、
      5. 国際協力を通じた外交政策等への寄与、
      である。
      これまでわが国は、宇宙開発先進国に追いつくため、宇宙科学および先端科学技術の獲得を中心とした研究開発に注力し、技術的にはこれら諸国に近づくレベルまで成果を挙げてきた。一方、欧米の宇宙開発先進国では、国益の追求を主目的として、既に宇宙の産業化を目指した動きが活発である。わが国としても、今後は社会インフラとしての宇宙利用の拡大、欧米における宇宙の産業化の動向、国際情勢の変化等を踏まえ、経済・産業や安全保障上の宇宙開発・利用の意義をより明確にし、研究開発に加えて、宇宙の産業化等の国益の追求に向けた宇宙政策を展開することが必要である。

      1. 科学技術の基盤強化と技術革新による新産業の創出
        「科学技術創造立国」を目指すわが国は、経済を支える次なる産業を創造する技術革新を遂行しなくてはならない。宇宙開発自体は未知および極限環境への挑戦であり、併せて高信頼性・安全性の確保、電子技術から医学の領域に亘る広範な知見の結集が求められる。このように宇宙開発は極めて先端的科学技術の塊であり、新産業を創出する技術革新の牽引車と言える。
        さらに、現在、「次期科学技術基本計画」策定論議の中で、重点的に研究開発投資を行う分野として挙げられている情報通信、ライフサイエンス、材料、環境の4分野において、宇宙は有用な研究開発や利用のベースを提供できる。
        なお、「国家産業技術戦略」(平成12年4月)では、宇宙分野を「急激に拡大する新規市場性を有する将来有望な産業として、また、環境やエネルギー問題といった社会的制約を克服する可能性を有する産業として非常に期待されている」として、16の重要戦略分野の一つに位置づけている。
        このような宇宙開発・利用が次代の産業創出に果たす役割について国民の理解を深め、20年後、30年後を見据え、間断なく宇宙開発・利用を推進していくべきである。

      2. 社会インフラとしての宇宙利用の拡大による国民生活の質的向上
        宇宙を利用したサービスは、衛星通信、BS・CS放送、測位衛星によるナビゲーション、気象衛星を用いた天気予報、地球観測データの利用等、今や国民生活に浸透しており、陸、海、空に次ぐ「第4のインフラ」となりつつある。例えば、気象衛星「ひまわり」の経済効果については、年間1000億円以上の効果があるとの試算もある(注 1-1)。また、衛星放送は、わが国が世界に先駆けて事業化し、大きな市場を創出した分野であり(注 1-2,3)、今秋から開始されるデジタル・ハイビジョンによる多チャンネル衛星放送サービスにより、さらなる市場拡大が期待できる。
        さらに、現在進行中のIT革命においては、地上の情報通信インフラと併せて宇宙は基幹的なインフラを提供し、より高度で多様な情報化ニーズに対応する上で中心的役割を果たすことになる。
        社会インフラとして、多様で広範な宇宙利用サービスを提供することは、国民生活の質的向上、IT革命時代の国民経済の発展を図っていく上で極めて重要である。今後、宇宙を社会インフラとして位置づけ、国として整備を推進することが求められる。

      3. 宇宙の産業化による経済的効果
        欧米では、自国の産業競争力の強化を宇宙政策の重要な目的と位置づけ、国民に新産業や雇用の創出等の宇宙開発を推進する意義を説明するとともに、基本的インフラ整備としての宇宙プロジェクトや国の技術の民間への移転を通じ、産業競争力の強化と雇用の確保に取り組んでいる。
        わが国の宇宙開発は研究開発を中心に行ってきたため、欧米に比べ、宇宙の産業化・商業化では大きく遅れをとってきた。しかし、蓄積された技術を産業化に役立て、国としての宇宙インフラ整備を通じてわが国宇宙産業の競争力を高めることにより、将来性のある宇宙市場を獲得することができ、その経済波及効果には大きなものがある。

      4. 国民の安全と安心の確保
        わが国をとりまく国際情勢および災害に対する地上系通信網の脆弱性等を踏まえると、国の危機管理(情報収集、災害時等の通信網の確保等)、災害・環境監視、安全保障等の国民の安全と安心の確保への要請は著しく高まりつつある。そのためには、広域性、機動性、耐災害性等の特徴を有する衛星を利用したシステムが非常に有効であり、国としても総合安全保障の一環としてそのインフラ整備を推進する意義がある。
        また、国民生活に不可欠となっている宇宙を利用したサービス(気象、通信、放送、測位等)を自律的・安定的かつ継続的に提供するため、技術安全保障の観点からも、宇宙に関する技術の自在性の確保が重要である。重要技術の対外依存による脆弱性から脱却し、外交・国際交渉力を維持するためにも、ロケットの開発・打上げ及び衛星の開発・運用に関してわが国として独自技術を保有すべきである。

      5. 国際協力の推進
        宇宙開発・利用の分野では、国際宇宙ステーションのように、その特性により国際協力を通じて推進することが有益なプログラムがある。諸外国との協力プロジェクトを組成し、わが国として独自の技術と資金を以って、国際的地位にふさわしい貢献を行うことは、わが国の外交政策に貢献することになる。
        また、宇宙を利用したサービスは広域的なものであり、わが国にとって地理的・経済的に関係の密接なアジア諸国に対して宇宙を利用した社会インフラ(情報通信網の構築等)を提供していくような協力は、地域の通信インフラの構築、環境・エネルギー問題の解決、経済発展に有効な手段を提供することになる。

    3. 宇宙市場と宇宙産業の将来像
      1. 宇宙市場と宇宙産業の将来性
        近年、IT革命等により、世界的に情報通信を中心とした宇宙利用の裾野が広がりつつある。世界の宇宙産業(宇宙機器産業および宇宙利用産業)の市場規模は、98年に10.5兆円であったが、2010年には、約4倍の40.2兆円になると見込まれる(注 1-4)
        さらに、上記の分野に加え、生活の質的向上や安全等に貢献できる利用分野(医療・福祉、ITS(注 1-5)等)も大きく拡大することが期待される。これらの宇宙市場は、先進国や新興市場国にとどまらず、発展途上国においても一層拡大するであろう。
        さらに、長期的には、宇宙を利用した人口、食料、エネルギー、環境等の地球規模問題の解決、宇宙への活動範囲の拡大が進み、新たな産業の創出に繋がっていくことが期待できる。

      2. わが国宇宙産業の現状
        利用も含めたわが国の宇宙産業の市場規模は、96年度は7922億円、98年度は1兆1027億円(世界市場の約11%)(注 1-6)に増大しており、サービス分野を中心に2年間で約40%の大幅な成長率を示している。中でも衛星放送・通信およびこれらの関連機器産業は、わが国においても高い成長の期待できる分野である。
        このうち、わが国宇宙機器産業(ロケット・人工衛星等)の規模は3789億円(98年度、世界市場の約6%)(注 1-7)であり、わが国には欧米のように宇宙産業専門の企業は存在せず、各企業の宇宙部門の規模も欧米に比べ大きくないのが現状である。
        わが国の宇宙に関する研究開発投資は、99年度の政府宇宙開発関係予算が2510億円であり、政府によるものが大部分を占めてきた。わが国宇宙機器産業が98年度に投入した研究開発費は約87億円、設備投資額は約67億円であった(注 1-8)。ただし、わが国宇宙産業の97年度の売上高に占める研究開発費の割合は、約3.1%であり、わが国全産業の2.85%を上回る規模である(注 1-9)
        最近、わが国企業は海外を含む民間市場からの受注を目標としつつ、大型衛星組立・試験工場の建設等、戦略的な設備投資を行っている。

      3. わが国宇宙産業の国際競争力の評価
        わが国の宇宙産業は、政府の宇宙開発プロジェクトへの参画を通じ、先端的で信頼性を追求した技術を蓄積し、ロケット・衛星とも技術的には欧米に比肩しうる水準に近づいてきている。しかし、コストおよび納期を含めた国際競争力を有するのは、ロケットおよび衛星の一部のコンポーネントに限られているのが現状である。信頼性の実証、コストの低減、納期の短縮のため、実証機会の拡大が期待される。

        1. ロケット分野
          大型ロケット分野は、純国産ロケットH-IIの開発により、技術面では世界の水準にほぼ達したと言える。コスト面、納期の面でまだ欧米と格差があるが、現在開発中のH-IIAはコスト面でも国際商業市場で競争できる水準に近づくと見られる。しかし、欧米の宇宙開発先進国は更なる競争力強化に取り組んでおり、企業自身の競争力強化への取組みに加え、国による研究開発の継続と強化が必要である。小型ロケットについては、現時点では国際競争力を持つに至っていない。

        2. 人工衛星分野
          トランスポンダー、地球センサー及び太陽電池パドル等、一部のコンポーネントレベルの技術は充分な国際競争力があり、輸出も活発に行われている。しかし、人工衛星システム全体については、商業化に向けた技術開発機会が乏しく、量産に適した設計・生産技術が不足しており、コスト面、納期面での欧米企業との格差を縮小する努力が精力的に行われている。

        3. 宇宙利用サービス分野
          わが国は衛星放送、衛星通信の普及では先行している国の一つであるが、現在は国内中心のサービスで、本格的な国際進出を行っていないのが現状である。今後の国際進出が期待されるが、米国を中心とするグローバルな体制にどう対応するかが課題である。
          地球観測では、欧米との技術的格差は縮まりつつある。今後は世界規模で商業化が進むと予想される分野である。

    4. わが国宇宙産業の国際競争力強化
      1. 国際競争力強化へのロードマップ
        宇宙分野において産業競争力を高め、市場を獲得することはわが国経済の発展のために重要である。しかし、わが国の宇宙開発は従来から研究開発が中心であったため、研究開発から産業化へのロードマップが欠落しており、国際競争力強化へ向けた政策やプロジェクトは希薄であった。
        軍事関連の発注に大きく依存して成り立っている欧米宇宙産業に対し(注 1-10)、わが国宇宙産業が競争力を獲得し、産業として自立するためには、少なくとも欧米と同程度の国による国際競争力強化の施策が必要である。具体的には、わが国の宇宙産業の実証機会の拡大、社会インフラ整備の一環としての国による実利用の増大、大型設備投資に対する支援措置、技術安全保障等の観点を踏まえた調達等を推進すべきである。

      2. 社会基盤としての宇宙インフラの整備
        宇宙利用産業の一層の発展を図りつつ、国民の安全、福祉、生活の質的向上を図る上で、民間では採算の取りづらい宇宙インフラを基本的社会基盤と位置づけ、国として整備していくことが重要である。現在、このようなサービスとしては、気象観測等があるが、危機管理、総合安全保障等に関わる情報収集、環境監視、国土管理、資源・エネルギー探査、道路・交通監視・管制、福祉・医療等、より広範な宇宙インフラの拡大、高度化、多様化を図ることが必要である。また、このような宇宙インフラの提供を可能とする研究開発、及び国家のセキュリティーに関するインフラを安定的かつ継続的に提供できる技術の自在性を担保する必要がある。
        さらに、将来的には民間で供給できる宇宙インフラについても、初期段階では、実証機会の増大のためにも、国によるパイロット・プロジェクトを通じての推進が必要である。

      3. わが国宇宙産業の目標
        ロケット及び衛星については、コスト・納期・信頼性において国際市場で競争できる水準を早期に達成することが目標である。国際競争力がつけば、民需市場において一定量の受注を確保でき、技術レベルの維持・向上を図りつつ産業として自立ができる。
        ロケットおよび衛星の利用側事業者からすれば、サービスを安定的に消費者に提供するためには、価格とともに実証された信頼性が重要であり、すでに市場において価格競争力があり、実績のあるメーカーに発注することになる。従って、国産のロケットや衛星の実績を作り、コストの低減を実現するためにも、国内市場で政府が主要なアンカーテナントとなり、また、政府が引き続き研究開発をリードすることが必要である。
        このような官民が一体となった取組みにより、2010年頃には、利用も含めた宇宙産業で6兆円、その中のロケットおよび衛星等の宇宙機器産業で航空機産業並みの1兆円の産業規模を達成することは可能であり、欧米と比肩し得る宇宙産業の確立を目指したい(注 1-11)

    5. 宇宙開発・利用の推進に向けた国民的コンセンサスの確立
    6. 国家プロジェクトとして宇宙の開発・利用、産業化を継続的に推進し、宇宙産業の育成を図るためには、国としての宇宙開発政策を明確に示すとともに、官民が協力して、宇宙開発・利用、産業化の意義や経済・社会全般に及ぼすメリット、開発努力の実態等を広報し、広く国民の理解と支持を得ることが重要である。


  2. 宇宙開発体制の改革と国家的宇宙政策の策定
    1. 宇宙開発体制の改革
    2. わが国の宇宙開発を今後とも推進していくためには、まず、一連の事故の発生によって損なわれた宇宙開発に対する国民の信頼を回復するため、研究開発の信頼性向上に向けて、宇宙開発事業団等の実施機関のあり方や研究開発の進め方を抜本的に改革し、足元を固める必要がある。その上で、国家的な宇宙政策等の中長期的な体制を整備していくことが望まれる。

      1. 宇宙開発事業団の研究開発の信頼性向上のための改革
        「宇宙開発委員会特別会合」において、宇宙開発事業団の研究開発の信頼性の向上に向けた施策が打ち出されている。その中で、実証機会の拡大は是非、推進すべきと考えるが、宇宙開発事業団の改革の方向については、より抜本的な改革が必要である。
        わが国の宇宙開発は、欧米に比べ実証の機会が少ないのみならず、予算制約から、必要な地上での実験も削られてきた。先般のH-II8号機の失敗も、予見できなかった技術的な困難性が原因であるとされているが、より充実した実験の機会があれば、問題を事前に把握し、信頼性を確実に向上できた可能性もある。同特別会合の報告が指摘している地上試験や宇宙実証の機会の充実を、予算的な裏付けをもって早急に対策として講じるべきである。
        次に、H-II8号機の失敗においては、現行の宇宙開発事業団が複数の企業を取りまとめる方式において、企業の技術情報が十分に共有されていなかったとの指摘がある。同特別会合においては、プライム契約方式の推進、品質保証体制の強化、研究開発活動の強化等の方向性が打ち出されているが、研究開発における宇宙開発事業団と企業の間の役割分担については、より抜本的な見直しが必要である。具体的には、技術の成熟を見つつ、設計・製造といった「もの作り」は企業の責任において行える体制を整備していくべきと考える。

      2. 宇宙開発事業団の改革の方向性
        宇宙開発事業団については、今後、宇宙開発・利用の中核実施機関として、従来の「研究開発プロジェクト」に加え、「宇宙の産業化」ならびに「宇宙インフラの整備」も視野に入れたわが国の宇宙政策に基づくプログラムに貢献できるよう、その体制を改革すべきである。
        限られた予算および人員(注 2-1)で、産業化や宇宙インフラも視野に入れた宇宙開発・利用プログラムに貢献していくためには、事業団が持つ機能・役割の一部において他の実施機関と企業を活用し、事業団自体はプロジェクトの企画、立案、管理および管制運用等の機能を強化する必要がある。

        1. 事業団は、「開発及び利用の促進に寄与すること」を目的としているが、「開発及び利用」は手段として位置付け、「宇宙の開発及び利用を通じた社会への貢献」を目的とすべきである。
        2. 限られたリソースで上記の広範な目的を実現するためには、事業団の担う機能につき、以下の点を考慮して外部リソ−スの積極的活用を図る。
          1. 中核実施機関である事業団の主たる機能をプロジェクトの企画、立案、管理および管制運用等に集中させ、抜本的に強化する。「研究」に関しては、事業団は「開発」フェーズに属する先行試作を除いては、関係研究機関のリソースを活用する。
            具体的には、プロジェクトに関わる研究に関しては、中核実施機関である宇宙開発事業団と宇宙科学研究所、航空宇宙技術研究所、通信総合研究所、工業技術院他の多数の国立研究機関や通信・放送機構、無人宇宙実験システム研究開発機構他の宇宙関連機関の活動との連携強化を図り、目標と責任を明確にした研究移管・委託等により、研究資源を最大限活用すべきである。
          2. 設計・製造等の「もの作り」は、企業の責任において行える体制を推進していくべきである。また、契約方式については、事業団と企業のリスク分担を明確にした上で、米国で実施されているように、契約企業に適正な利益を保証し、経費削減努力のインセンティブを与える方式等を今後検討すべきである。
        3. 事業団は、実利用も視野に入れたプロジェクトを遂行する上で、従来の「安全」と「品質」に加え、「納期」と「コスト」を開発目標に入れる必要がある。なお、「納期」と「コスト」の改善を図るためには、相応の投資が必要である。
        4. 企業との連携を強化し、民間の経営手法等を取り込むため、事業団の幹部等に民間人を登用するとともに、企業との双方向の人事交流を一層推進すべきである。
        5. 省庁再編後の一定期間を経た後に、事業団等の各実施機関の連携が有効に機能し、宇宙の産業化や宇宙インフラの整備等の目的も視野に入れた活動ができているか、総合科学技術会議、宇宙開発委員会等がレビューを行い、問題がある場合には省庁の所管等も含めた制度的枠組みの改革も検討する必要がある。

      3. 宇宙科学研究所のあり方
        宇宙科学の中核実施機関として、同研究所は科学衛星と固体ロケットを開発し、これら衛星から得られる科学観測成果に対して国際的に高い学術的な評価を得ている。しかし、最近、M-Vロケットの打上げ失敗があり、徹底的な原因究明を通じ、宇宙開発事業団と同様に、その技術力についての信頼性を回復する必要がある。同研究所の科学ミッションは、先端的な技術開発を必要とし、その開発成果の民間への移転等も含め、わが国の科学技術基盤の強化を促進する方向での施策を推進すべきである。また、H-IIAロケット等の使用や打上げ頻度増による観測成果の飛躍的拡大を含め、宇宙科学ミッションへの民生技術の活用など、宇宙の産業化に貢献するような取組みも強化していくべきである。

    3. 「次期科学技術基本計画」における宇宙の重要性
      1. 国家的宇宙政策の必要性
        宇宙開発・利用の重要性と多様性に鑑み、国として一元的かつ戦略的な宇宙政策を策定し、実施していくべきことは、欧米では当然のこととして行われてきている(注 2-2)
        宇宙は科学技術から実利用や産業化の時代、さらに、宇宙を国民生活の質的向上や国民の安全確保に必要なインフラとして整備する時代へと入った。欧米では、宇宙産業が民間の力だけでは大きな成長を望めないことを踏まえ、NASA、米国防総省やESA(欧州宇宙機関)等の主導の下、大量の政府調達と大型プロジェクトを中心に宇宙産業支援を行い、着実な成果を挙げている。
        一方、わが国の宇宙利用の実態は、今でも米国等の提供する宇宙インフラに依存している状況にある。国家として産業化や国民への貢献を視野に入れず、一元的、戦略的な宇宙政策と体制を確立する機会を逸するならば、日本は今後とも宇宙インフラの構築を外国に依存するだけに留まらず、科学技術創造立国や安全保障のための重要な基盤を失うことになりかねない。

      2. 「次期科学技術基本計画」での宇宙分野の位置付け
        宇宙開発・利用は将来の鍵となる科学・産業技術を生み出す分野であり、国民の社会・経済ニーズに応える広範な基盤を提供する。科学技術創造立国を目指すわが国としては、このような宇宙分野の持つ戦略的重要性に鑑み、科学技術戦略の中で宇宙分野を重点分野として明確に位置づけ、国として重点的に研究開発投資を推進していくべきである。
        現在、「次期科学技術基本計画」の検討が行われている中で、今後の重点分野として情報通信、ライフサイエンス、材料、環境の4分野が挙げられている。「宇宙」の果たす役割の重要性を踏まえ、「次期科学技術基本計画」においては、上記4分野に並ぶ位置付けを「宇宙」に与える必要がある。

    4. 宇宙開発・利用政策の推進体制の整備
      1. 政府横断的かつ総合的な宇宙政策への転換
        宇宙の開発・利用の産業や国民生活に与える影響が拡大していく中で、わが国の科学技術政策における宇宙の位置付けの明確化、および産業競争力強化を基本とした政府横断的な宇宙政策の策定は不可欠である。また、国民のニーズを踏まえた宇宙開発・利用の意義を明確にするとともに、その目的に沿った政府横断的かつ総合的な宇宙政策の基本方針を審議し、決定することが重要である。
        その際、現在の宇宙開発政策大綱が研究開発を中心とした内容となっているのに対し、基本方針においては、「宇宙の産業化」と国民の生活と安全のための「宇宙インフラの整備」を明確に位置付け、研究開発から利用までも視野に入れた総合的な宇宙政策への転換を図るべきである(注 2-3)

      2. 「総合科学技術会議」の宇宙分野の取組みの強化
        わが国においては、これまで政府横断的な宇宙政策の企画・審議・決定の場であった宇宙開発委員会と、そこで定められた宇宙開発政策大綱とが、来年1月の省庁再編後、文部科学省の所掌下に置かれ、宇宙開発事業団のみを対象とするものとなる。従って、わが国全体としての一元的な宇宙政策を企画・推進する機能を維持していくことが大きな課題となっている。
        わが国の科学技術政策における宇宙の位置付けの明確化、宇宙開発・利用の基本方針の審議・策定、宇宙分野への予算配分の政府横断的な基本方針の策定、プロジェクトの評価については、まず、政府横断的な組織である総合科学技術会議において審議すべきである。さらに、総合科学技術会議のこうした機能をサポートするため、例えば、宇宙専門調査会(仮称)を設けるべきである。
        また、宇宙開発事業団は、今後とも、国の総合的な宇宙政策の下、宇宙開発・利用を推進する中核実施機関として期待されている。従って、総合科学技術会議は、宇宙開発委員会での審議等を踏まえ、宇宙開発事業団を含めた宇宙開発の基本方針を定める必要がある。

    5. 関係省庁に期待される取組み
    6. 宇宙政策に関係する各省庁は、総合科学技術会議の定める宇宙開発・利用の基本方針に基づいて、各々の所管する政策を立案・実施することが期待される。その際、各省庁において、従来からの研究開発に加え、新たな宇宙開発・利用の実証機会の増大を図る等、「宇宙の産業化」と「宇宙インフラの整備」について最大限の取組みを行う必要がある。特に、省庁再編後に設置される文部科学省、ならびに同省に移管され宇宙開発事業団を管掌する宇宙開発委員会においても、「宇宙の産業化」と「宇宙インフラの整備」について取り組める体制とすることが重要である。
      「宇宙の産業化」と「宇宙インフラの整備」に関しては、下記のような施策が必要である。

      1. 産業化につながる研究開発の推進
        研究開発においては、国民の社会・経済ニーズを踏まえ、宇宙の産業化に資する研究開発をタイミング良く推進する。

      2. 宇宙インフラ整備計画の策定と実施
        国民の生活向上と安全の社会基盤となる宇宙インフラの整備を含め、積極的な宇宙利用計画を策定し、実施する。その際、宇宙インフラを推進する上で必要な環境整備(宇宙保険の付保等)を行うことが重要である。また、国の研究開発成果が民間によって有効に活用されるよう、受皿となる利用側産業に対し、財政面を含めた宇宙利用促進策を講じることにより、官民一体となった整備を推進する。

      3. アンカーテナント政策の採用
        わが国として開発したロケット・衛星については、欧米で行われているように、政府自らが需要者となるアンカーテナント制度を導入し、初期の需要の確保による競争力強化策を講じる。

      4. 民間への技術移転の促進
        国の宇宙開発によって得られた技術を、わが国の宇宙産業やそれ以外の産業に活用し、新規市場創出を促進するため、成果技術の利用に係る規制の弾力的運用、国や実施機関の保有する技術の民間への積極的な移転を進める必要がある。また、原則として、研究開発の成果である特許権等はプロジェクトに参加した民間企業が保有できる体制が望ましい。
        具体的には、各実施機関に「技術移転センター」(仮称)を設置し、研究開発の成果である先端科学技術やノウハウを産業へ移転し、実用化やベンチャービジネス設立のサポート等を行う仕組みを検討すべきである(注 2-4)

    7. 宇宙機器・サービス分野での政府調達方針の明確化
    8. 政府が調達する宇宙機器、サービスを国内の企業から行うことは、わが国宇宙産業の競争力強化や生産・技術基盤の拡大のみならず、国民に安定したサービスを提供するための技術安全保障上の観点から極めて重要である。例えば、米国は1999年の改正武器輸出規制法の中で、衛星およびその部品等一切を軍用品として厳しい規制下に置いたため、わが国として、特に技術データの入手が困難となり、技術安全保障上の大きな障害を生じつつある。
      政府においては、米欧の宇宙関係の政府調達等との比較を行いつつ、技術安全保障上の必要性から、国産の衛星やロケットが調達されるための方針と仕組みを検討すべきである。


  3. 産業界の取組みと国として推進すべきプロジェクト
  4. わが国として、ロケット・衛星に関する設計・製造・運用の各技術を自在性をもって利用できる態勢を保持しつつ、わが国の宇宙産業の効率的発展を目指し、宇宙の産業化による新産業・新事業の創出を進めることが急務である。その際、国の主導の下で実施機関と産業界が連携し、研究開発、実用化から商業化へ至る一連の流れを作り出し、国の投資が新技術やそれを利用した新産業・新事業へと結実する循環を生み出すべきである。

    1. 産業界としての取組み
    2. 国・実施機関と企業の関係は、従来の「国の事業を企業が受注する」という関係から、「宇宙開発・利用を推進するパートナー」という関係へ移行しつつある。国の宇宙政策への参画の中で企業として果たすべき役割は、(1)国民の社会・経済的要請に応える新たな宇宙利用、新産業、新事業の創出、(2)国の宇宙政策への協力(プロジェクトを基盤とした産業競争力の強化、宇宙関連技術の開発・継承等)である。

      1. 新産業、新事業の創出
        近年、人工衛星の優れた特徴である広域性・機動性・耐災害性を利用したサービス産業の成長が顕著になっている。通信・放送分野、測位分野、観測分野等での様々な情報サービス産業の活況がその良い例である。将来においても、情報のデジタル化、マルチメディア化、モバイル化の流れの中で、高度情報サービス市場の急速な拡大が予想される。衛星利用産業は、地上高速通信インフラとの補完関係を強めつつ、急速に進展しているIT革命関連分野に幅広い基盤を提供し、さらなる成長が期待できる(注 3-1)。わが国企業は、それらの潜在的な需要を掘り起こし、新産業、新事業の創出に積極的に取り組むことにより、国民に新しい社会インフラを提供する必要がある。
        例えば、通信の分野では、固定端末から移動体携帯端末へ、音声・FAX等の通信からインターネットによるマルチメディア通信へという高速大容量化の流れの中で、低中高度周回衛星システムを利用した新市場が登場している。既に、欧米衛星メーカーはスカイブリッジやグローバルスターといった衛星コンステレーション(衛星群)計画を大型民間プロジェクトとして提案し、衛星を利用した移動体通信や高速インターネット等の提供に取り組んでいる(注 3-2)
        この他にも、観測衛星からの画像データの商用利用、GIS(地理情報システム)と情報通信の融合による高度なカーナビゲーション、BS、CSのデータ放送を利用したEコマースの展開、次世代ITS(注 3-3)等、宇宙利用の新市場は国民生活の利便性の向上という点で、計り知れない可能性を有している。このような新市場の創出と獲得を目指し、欧米の宇宙産業は、新事業を展開している(注 3-4)
        わが国宇宙産業としても、自ら積極的に宇宙利用事業を構想・具体化する取組みを行っていく必要がある。

      2. 競争力強化に向けた企業経営の革新
        欧米では政府が自国の宇宙産業の競争力強化のために手厚い支援策を行っており、わが国でも同様の産業化支援策が求められる。しかし、その前提として、企業自らが競争力の強化(付加価値の向上、コスト削減、納期の短縮)と信頼性の向上に向けて、以下の取組みを進める。

        1. 競争力強化と戦略的な企業間連携
          内外市場の獲得に向けて、市場における自社の技術的優位性を念頭においた戦略的な設備投資、研究開発投資を行い、競争力の強化に努める。市場の動向を十分に踏まえた上で、明確な目標性能、コスト、品質、タイムスケジュールを持った事業計画を立案し、実行していく。
          また、欧米巨大企業の合併、提携の進展を踏まえつつ、国内外企業との戦略的な連携あるいは提携による競争力強化を推進する。

        2. IT化の推進と「宇宙CALS」(注 3-5)による情報交換の円滑化
          わが国宇宙産業の競争力強化のためには、第1に、企業内でのナレッジマネジメント化、設計・生産のIT化を推進する必要があり、第2に、企業、国の開発・利用機関が連携して、ITを活用した設計・生産・運用に関する情報の共有・ネットワーク化を推進し、宇宙CALS等を構築・拡充することが必要である。これにより、製造に係る情報(技術データ、不具合情報等)の共有化、設計の効率化等を実現し、より低コストでかつ信頼性の高い開発を行っていくことが可能となる。
          宇宙CALS等の構築・拡充には、宇宙開発事業団等の実施機関の主導が不可欠であり、産業界としてそれら実施機関の宇宙CALS等の構築・拡充への取組みに全面的に協力していく。

        3. 企業責任の完遂
          宇宙開発プロジェクトを担う企業は、設計・製造・試験の各段階において、関連機関等との技術調整や品質管理等に努めることにより、信頼性の高い製品・サービスを提供し、その責任を全うしなければならない。各企業は、必要な情報の開示と共有化を推進し、宇宙開発事業団等実施機関と企業、および関係企業間の意志疎通と情報交換の円滑化に努める。

    3. 国の取り組むべき課題
      1. 国民のための「IT宇宙インフラ」の整備
        IT革命の進行、最近の国際情勢、災害や地球環境問題の深刻化等を受けて、国民の間に「高度情報化社会の実現による生活の質の向上」「安全・安心な生活の実現」「地球環境保全・エネルギーの安定供給の確保」というニーズが高まっており、国は最大限の努力をもってこの社会・経済的要請に応えなくてはならない。
        特に、わが国ではIT革命を梃子に経済の新生を図ることが喫緊の課題となっているが、その推進は一刻の猶予も許されない。現在、日本において携帯端末が生活に深く浸透しつつあり、大容量かつ高速の情報を移動体に対して双方向で受発信できる情報通信技術等が急速に発展している。これらにわが国独自のシステム構想と宇宙技術を組み合わせ、世界に先駆けて「勝てるIT宇宙インフラ」を社会基盤として構築することにより、このような国民の要請に応える環境を早期に実現しつつ、わが国のIT革命を強力に推進することができる。
        このような「IT宇宙インフラ」の構想としては、以下のような事例があり、政府として優先順位やフィージビリティ等も検討し、着実に推進すべきである。なお、これらの構想の推進に当たり、民間による運営が可能なものについては、事業化の受皿についても検討する必要がある。

        1. 統合情報セキュリティー・ネットワーク
          国民の安全・安心の確保のために、災害、領海・領空侵犯、犯罪等の情報を早期に収集し、リアルタイムの情報処理を行い、危機・災害の予知や予防に役立てる。また、危機・災害発生時には、移動体に対しても双方向で情報(音声・データ・画像等)をデジタル高速送受信し、行政の対応の迅速化を強力に支援する。さらに、国土GIS情報(都市・広域水循環・森林・農業・漁業・河川・土壌等)を一元管理し、国土行政の迅速化・効率化等を図る。
          ネットワークとしては、既存のシステムに準天頂衛星群システム(注 3-6)、超高速大容量通信衛星、観測衛星、携帯端末等の超小型地球局ターミナルを組み合わせて構成する。その際、わが国の技術を結集し、高い安全性を確保する。
          このネットワークは、その高い安全性から、電子政府の基幹ネットワークとして、政府機関や国民のプライバシーに係わる情報伝送、ITS、遠隔教育、遠隔医療、米国GPSと欧州のガリレオ・システムを補完する測位情報サービスも提供できる。

        2. 地球環境の改善・維持・蘇生ネットワーク
          陸域、海洋、大気を全地球規模で継続的に観測する地球環境監視衛星ネットワークを構築し、地球温暖化等の地球環境変動、気象変動の解明、予測に貢献する。具体的には、GCOM計画による環境監視、ALOSのフォローオン計画による陸域の継続的な観測、高分解能センサーによる植生・資源探査、温室効果ガスセンサによる地球温暖化監視、降雨レーダ・雲レーダによる雨・雲・霧の監視等を総合的に行う。

        3. アジア国際協力衛星ネットワーク
          1. で整備するインフラを、その位置する経度的特性からアジア豪州地域に利用範囲を拡大し、それら地域の利用ニーズに対応する国土管理、災害監視、地球環境監視、情報通信(衛星インターネット、マルチメディア、アジア圏測位システム、次世代ITS等)システム等の便益の提供を図る。

      2. 国による研究開発プロジェクトの推進
        国による研究開発と宇宙の産業化は車の両輪という関係であり、研究開発においてもわが国宇宙産業の競争力強化に資するプロジェクトの推進が求められる。特に、研究開発の推進においては、いかに開発のスピードを早め、先進性を失わずに実利用に役立てられるかが重要である。その認識の下で、以下のような研究開発プロジェクトを進める必要がある。

        1. ロケットの改良・開発の継続と関連技術の維持
          H-IIAロケットの開発により、わが国ロケットは技術面ならびにコスト面でも国際水準に近づきつつあるが、引き続きH-IIAロケットの信頼性向上ならびにコスト低減のための研究開発、実証試験の増加等の施策を推進すべきである。軌道上技術実証等に有益な中・小型ロケットについても、市場競争力のあるロケットの早期実用化に向けて技術開発を推進すべきである。
          欧米では現在、より安価かつ高性能の次世代ロケットの研究開発に取り組んでおり、わが国としても、欧米に引き離されることがないよう、ポストH-IIAロケット、安価な中・小型ロケット等、多様なニーズに対応した次世代ロケットの研究開発に取り組んでいく必要がある。
          さらに、長期的には宇宙太陽発電、有人宇宙飛行等の将来も見据え、宇宙往環実験機(HOPE-X)、完全再使用型宇宙輸送機(RLV)等の研究開発に引き続き取り組む必要がある。
          また、国として宇宙インフラ整備を進めていく上で、現状のままの種子島宇宙センターだけでは、打上げ能力に制約を生ずる惧れがある。将来の商業受注の拡大も視野に入れ、打上げ時期の制約の無い近代的な射場環境を目指し、運用費の削減、ターンアラウンドの短縮等を考慮した柔軟性のある射場、あるいは洋上射場システムの保有や、データリレー衛星通信網を使った打上げ管制システムの導入等を検討すべきである。

        2. 衛星の技術水準および経済性の向上の追求
          IT宇宙インフラの構築等の宇宙の実利用と産業化を視野に入れ、研究開発から産業化へのロードマップに基づき、衛星の構成要素技術(注 3-7)と利用サービス技術(注 3-8)について、世界に先駆けて研究開発をタイムリーに行う。そのためには、産官学の関係者で「国家産業技術戦略」を実行に移し、また、維持・改訂していく仕組みを作ることが重要である。
          また、超高速大容量通信衛星、新たな衛星通信/測位利用サービス技術としての移動体向け高速通信測位複合準天頂衛星システム等は、新規性があり高度情報通信社会の基盤となり得るシステムであることから、IT宇宙インフラ構築の事前実証のためにも、その開発を推進すべきである。

        3. 宇宙太陽発電の推進
          宇宙太陽発電の実用化に向け、要素技術の研究開発を早期に開始すべきである。将来、エネルギー問題への対応として化石燃料依存からの脱却を図り、新エネルギーによるエネルギーの安定供給、地球温暖化の抑制等に貢献する。

        4. 先端的宇宙科学ミッションの推進
          宇宙科学分野は、宇宙を支配している物理法則等の新しい科学的知見を得ることにより、人類全体に対する貢献ができる分野であり、独自の技術と国際協力により、人類の未来の宇宙フロンティア開拓への貢献を継続していく必要がある。また、世界をリードする科学的成果を得るためには、最先端の技術開発が必要であり、その開発を通じて得られる技術成果は、技術水準の向上という利益を産業界にもたらす。
          具体的には、わが国が得意とするX線観測衛星(打上げに失敗したASTRO-Eの代替衛星等)、次世代大型宇宙望遠鏡、科学衛星に固有の衛星バス技術の研究開発等を推進していくべきである。また、月・惑星探査も人類の活動範囲を拡大するチャレンジングな研究開発であり、資源利用も視野に入れて、わが国の独自性を発揮しつつ推進するとともに、国際的な共同プロジェクトにも積極的に参画していくことが望まれる。

        5. 国際宇宙ステーションの利用の推進(注 3-9)
          商業利用を含め宇宙ステーションの活用を図ることが、21世紀初めの宇宙開発・利用推進のために重要である。具体的には、宇宙ステーションの民間企業の利用促進のため、昨年4月より開始された先導的応用化研究制度の充実を図るとともに、利用分野の拡充を検討する。特に、宇宙ステーションは、「次期科学技術基本計画」の中の重点テーマでもあるライフサイエンスや材料の研究開発に対しても大きく貢献できるものであり、この分野での利用拡大が望まれる。
          なお、政府として宇宙ステーション利用のための実験・製造機器等の先進技術開発を予算化するとともに、国民に利益還元される実利用プロジェクトを推進するべきである。また、欧米の動きも参考にして、宇宙ステーションの商業利用に向けての方向性を早期に明らかにし、民間企業の参入を促進することが望まれる。
          さらに、宇宙ステーションは、教育等の人文・社会的な利用についても大きな可能性を持っており、宇宙ステーションの各種活動への国民の参加を通じて国民の理解を広く得るとともに、新たな宇宙利用が広がることが期待される。

      3. ITを活用した宇宙CALS等の構築・拡充
        わが国の宇宙開発は、納期とコストを加えた総合的な競争力において、まだまだ改善すべき課題を多く持っている。従って、基盤技術研究の充実(要素技術等)、研究開発段階の充実(試作モデルの試験・評価等)、実証機会の確保・増大(宇宙実証を含む)、既存プログラムの性能向上の継続的実施等、研究段階から実用段階に至るまで、全ての段階において、納期の短縮、安全、高品質、低コストを目指した努力を重ねる必要がある。
        特に、宇宙CALSの構築・拡充を軸として、製造等に係る情報の電子化とデータ共有等を推進するべきである。航空機業界では、国の主導により「航空CALS」が構築されている。宇宙に関しては、USEF((財)無人宇宙実験システム研究開発機構)がCALS導入を検討しており、宇宙開発事業団も技術情報のIT化の検討を開始している。わが国として重複投資とならないよう両者の取組みを一体化し、宇宙産業の国際競争力強化を目指した効果的な情報システムの構築を図るべきである。

おわりに

宇宙開発・利用のあり方をめぐっては、昨年のH-II8号機ロケット打上げ失敗を契機に、宇宙開発委員会をはじめ各方面で今後の宇宙開発の建て直しをめぐり真剣な議論が行われてきた。この中で、一連の事故・失敗は避けることができたものもあれば、研究開発における未知への挑戦であり技術的に及ばなかったものもあるとの評価を受けている。しかし、これは日本の宇宙開発がより高い段階へと飛躍するための試練であり、体制を建て直す重要な契機でもある。

このような事故があると、とかく財政の論理から宇宙開発の縮小均衡論に陥りやすく、中長期的かつ戦略的な視点から宇宙開発・利用を考えることが困難になる。幸い、宇宙開発委員会特別会合報告書では、「宇宙開発が社会インフラとして利用されるようにしていくためには、宇宙開発委員会と行政庁が率先して宇宙開発の意義と重要性の明確化に努め、宇宙開発が重要な国家プロジェクトであることを明確にし、先端的でチャレンジングな宇宙開発活動を、基盤となる地道な研究と最新の科学技術成果の下支えを得つつ、継続的にかつ着実に行っていくことが不可欠である。」と結論づけている。まさしくこのような方向性を実現するためにも、国民のコンセンサスを得ながら、政治のリーダーシップと官民の関係者と協力の下、宇宙開発・利用体制の改革を推進しなくてはならない。

この提言が、今後のわが国の宇宙開発・利用体制のあり方の議論に一石を投じるとともに、関係方面での検討の参考としていただけることを期待したい。また、経団連宇宙開発利用推進会議としても、この提言の実現に向け、国民に向けた広報活動を充実するとともに、あるべき宇宙政策の内容や実施機関の具体的な改革の姿については、引き続き検討を行っていきたい。

宇宙が国民の社会的・経済的要請に応える社会インフラとして大きく貢献できる日はすぐそこに来ている。その時、外国の宇宙産業ではなく、日本の宇宙産業がそれをしっかりと下支えできる社会を日本の宇宙産業は目指していきたい。

以 上

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