経団連意見書：地域における産業集積戦略のあり方 (2001-05-22)

【総　論】

はじめに
地域経営を前提とした戦略・施策策定の重要性
遅れをとっているわが国地域の産業集積戦略・施策
地域における三つの「不足」と求められる三つの「転換」
地域における産学官の有機的連携による産業集積
地域の取り組みを加速させる国の制度改革

【各　論】

１．国の地域経済産業政策の見直しと地域による戦略・施策の策定: (1) 国の地域経済産業政策の見直し
(2) 広域行政化の促進と基礎的自治体の育成
(3) 地方自治体による戦略の策定と具体的な施策の推進
２．創業、新規設備投資・事業創出の促進: (1) 地域経済産業の活性化に資する税制の導入
(2) 地域ＮＰＯによる創業支援
(3) 中小企業の創造的事業活動への支援
３．地域に密着した産業・分野の創出・集積: (1) 医療関連産業集積の促進
(2) 環境関連産業集積の促進
(3) 戦略的な産業インフラの整備
４．地域における大学等の研究開発機能の活性化: (1) 産学官連携の中心となる大学の研究開発機能の向上
(2) 大学の研究成果等の民間移転や大学発ベンチャーの促進
(3) 地方自治体による国立大学等への寄附制限の緩和等
(4) 生産・研究開発拠点の複合的集積
５．地域を担う人材の育成・集積: (1) 地域の産業集積戦略を企画・立案・展開する地方自治体幹部の配置
(2) 事業者向けのメンター、コーディネータの招聘・厚遇
(3) 人的ネットワークの形成
(4) 起業家や既存事業の事業再構築に取り組む人材の招聘
(5) 大学における人材育成機能の強化

【総　論】

はじめに

わが国が、世界でも類をみないスピードで進む少子・高齢化とそれに続く人口減少を円滑に乗り切っていくためには、安定的な経済成長を実現する必要がある。そのなかで企業に求められるのは、国民や社会の多様なニーズを的確に把握し、新しい製品やサービスを提供することである。
今日、企業は、バブルの崩壊や経済・社会構造の変化、さらには大競争時代の到来を踏まえ、生産・販売体制の抜本的な再編を進めている。シュリンク・トゥ・グロウを基本とした経営革新は、企業が大競争時代において勝ち残っていくために取り組まなければならない重要課題である。またそのなかで国境を越え、生産拠点等の最適立地が進められているが、日本経済のさらなる発展という観点からすれば、企業が技術革新等を通じて国内各地域の拠点から、高付加価値の製品や高度なサービスを供給する体制を改めてつくりあげることが望まれる。

地域経営を前提とした戦略・施策策定の重要性

わが国の地域産業集積は、高度成長期における地方への産業再配置、安定成長期における知識集約型産業の集積、さらには新事業の創出、基盤技術の高度化などを促す地域プラットフォームを通じた地域活性化など、国が主導し枠組みを設ける産業立地政策の下で変遷を遂げてきた。
しかしながら今日、産業活動が広域化・高度化し、アジア各国を含む地域間競争が激しさを増すなかで、中期的には地域関連政策の立案主体を国から地方に移し、地方自治体が地域経営という観点から、独自の戦略・施策を主体的に策定・実施できるよう、パラダイムを大きく転換すべきである。地方自治体自体が地域に産業を根付かせるための戦略と具体的な施策を持ち、民間企業が積極的に事業を展開できる環境を用意しなければ、製造業における空洞化の現象は、さらに広範な産業・分野に広がっていくおそれが強い。

遅れをとっているわが国地域の産業集積戦略・施策

以上の問題意識から、経団連・産業問題委員会は、昨年秋以来、国内外の産業集積の実態と関係機関の取り組みなどを把握すべく調査を行ってきた。一連の作業を通じて痛感させられたことは、(1)産業集積政策の戦略性という観点からすれば、わが国は米国やアジアの先進的な取り組みを行っている地域・都市から相当遅れをとっていること、(2)大競争時代が到来するなかで、国内の地域・都市においては付加価値創造の源泉となる産業の重要性が再認識されはじめてきたこと、(3)それらを背景として、国内の各地方自治体が過去を省みつつ、自ら新しい産業集積の構築に向けた取り組みに着手している例が見られること、(4)新しい産業集積の実現には、地域における産学官の有機的連携が不可欠であること、などである。

地域における三つの「不足」と求められる三つの「転換」

国内各地域において今日、三つの不足が顕在化しているものと考えられる。すなわち、(1)立地競争力の不足、(2)人材の不足、(3)コーディネート機能の不足であり、これらへの対応が急がれる。具体的には、企業立地環境の改善・整備のみならず、医療関連産業や環境関連産業など、地域において需要が発生し満たされる性格を持つ産業の集積促進や企業の経営革新、市場を意識した基盤技術の高度化、新技術を活用したベンチャーの振興、地域の経済・産業に貢献する大学への転換とそれに対する支援・評価・活用、国立・公立研究機関の充実と相互連携、さらにはそれらを総合的に進める戦略を考え、設定された目標達成のため関係者間の調整を行うコーディネート機能の充実などが重要である。これまでの公共事業を中心としたハードウエア中心の施策から、ソフトウエア、ヒューマンウエア中心の施策への転換、地域の企業が市場に接近しニーズをとらえ製品化する力を伸ばす戦略・施策策定・実施への転換、さらには、地方自治体、大学関係者、企業経営者のマインドの転換が求められる。
地方自治体は、これまでのように、産業の活力を軽視したり、政策の枠組みを自ら考えず国の用意した政策に依存していては、国内外各地域との競争に打ち勝ち、新しい産業集積を実現することはできないことを強く認識すべきである。

地域における産学官の有機的連携による産業集積

地域における良質な雇用の創出を図る観点から地方自治体は、自ら立案した戦略・施策をもとに、持てる資源を集中的に投入し、地域の特色を活かした産業集積のメカニズムを作り上げることが求められる。
むろん新しい産業集積のメカニズムは、地域によって様々であろうが、その基本型は、地域に蓄積された技術や大学等の研究機関が生み出す新技術をベンチャーを含む多様な企業群が活用し、応用を進め新製品の開発を目指す。そのため、地方自治体も積極的に条例等を制定して、創業及び新規設備投資・事業創出の促進税制を独自に導入するほか、立地企業の製品・サービスに係わるマーケティングに協力するなどして、より良い立地・事業環境を用意する。そして関連する川上から川下まで幅広い分野の企業がこの循環に加わり、さらに、技術、法務、財務、人事、マーケティングなどの専門領域に関して適切な助言ができるメンター、コーディネータなどの人材も含めた集積が起こり、社会・国民のニーズに応えていく、というシステムである。生産と研究開発の機能が複合的に集積する、新しい地域の姿を模索することが必要である。

地域の取り組みを加速させる国の制度改革

そうしたなかで国としては、これまでの全国一律的な産業立地政策を改めるなど、地域間競争の激化を踏まえ地域経済産業政策の再構築を図りつつ、世界に通用する企業の育成とその集積、それらを通じた雇用の創出等のための施策を実施することが求められる。また、知的インフラとして重要な大学の改革推進や時代の要請に応え得る基礎的な研究開発プロジェクトの重点的推進を通じた科学・技術開発基盤の強化、創業、設備投資、研究開発、技術集積の促進、各種プロジェクトの推進に向けた税制面等の拡充、エネルギー・物流などの高コスト構造の是正につながる制度改革、さらには地方税財政制度全般にわたる見直し、地方行政の広域化促進などに取り組むことが不可欠である。これらは今日、地方自治体が主体となる産業集積に向けた構想・施策の立案・実施の動きが見られるなかで、地域における取り組みを加速させる環境整備として、極めて重要である。

以下、停滞する日本経済を再活性化させる処方箋の1つとして、具体的に提言する。

【各　論】

１．国の地域経済産業政策の見直しと地域による戦略・施策の策定

(1) 国の地域経済産業政策の見直し

国は、地域経済産業政策の再構築を図りつつ、施策を重点的・集中的に実施することが求められる。一方、地方自治体は、域内の産業集積のための構想・施策を自ら立案し実施することが重要であり、国とは必要に応じて、連携、協力を行う対等な関係のなかで取り組んでいくべきである。
なお、新事業創出促進法に基づく地域プラットフォームについては、都道府県及び政令指定都市単位の設立が基本となっているが、産業活動の広域化を踏まえ、複数の地方自治体が連携して支援事業を推進できるよう、基本構想の作成主体の要件を見直すべきである。

80年代に進められたテクノポリス法や頭脳立地法に基づく各地のプロジェクトは、ハイテク産業を誘致し産・学・住が調和した地域・都市づくりを目指すというものであったが、その多くは当初の目標を達成していない。
テクノポリスの成功例として名高い浜松地域では、地元の政・財界の働きかけと地元の熱意で、既に1981年、(財)ローカル技術開発協会（現(財)浜松地域テクノポリス推進機構の前身）が設立されていた。同財団は、プロパー職員を採用し、産学官連携や異業種交流を積極的に進め、地域産業に関する調査研究や中小企業の育成振興など、いわゆる地域産業の高度化に向けたコーディネート役を果たしているが、他の多くの財団の場合、地方自治体からの出向者が多く継続性が乏しいという問題がある。さらに、(財)浜松地域テクノポリス推進機構では、テクノポリス法による開発計画の承認のみならず、文部科学省や経済産業省関連の各種助成事業など、国の種々の施策を浜松地域にあったかたちで有効に活用することにより、地域の産業集積の活性化に結びつける取り組みも行っている。
2000年12月、北陸経済連合会では、産業活動の広域化に対応する観点から、北陸３県における起業化や既存産業の高度化等への支援を行う組織として、北陸ＳＴＣ（スーパー・テクノ・コンソーシアム）事業部を設立した。

(2) 広域行政化の促進と基礎的自治体の育成

産業活動の広域化・高度化に地域として適切に対応する観点から、地方自治体は、市町村合併等を通じて広域行政化を図り、いわゆる基礎的自治体が、市場の実態と企業の経営戦略を深く理解し、現実的な産業集積施策を推進できるようにする必要がある。
加えて、都道府県合併の制度化や道州制の導入など、さらなる広域化についても検討を進めるべきである。

岩手県北上市は、1954年に黒沢尻町を母体に１町６村が合併して誕生したが、合併直後から地域発展の戦略に工業化を置き、立地環境の良い場所に工場団地を先行的に整備、産業集積の受け皿とした。その結果、現在では、243社（うち誘致企業は130社）の一大集積が実現している。自己完結型の企業だけでなく、地域における技術の集積・高度化に資する企業を主に京浜地区から誘致することで、地域における技術の基礎構造の幅と厚みを持った一大産業集積を実現させた。市町村単独の誘致でこれだけの規模と内容になっているところは全国的にも例がない。

(3) 地方自治体による戦略の策定と具体的な施策の推進

2000年４月に施行された地方分権一括法に基づき、地方自治体に対する国の関与を極力減らし、地方自治体が自己責任により、地域特性に応じた戦略と具体的施策を策定・推進できるようにすることが必要である。加えて、地方自治体の財政的自立を目指し、地方交付税交付金の廃止、地方自治体に対する補助金の縮減等を図る一方、地方消費税の拡充等により、自主財源の拡充を図る必要がある。そのうえで地方自治体は、地域産業集積の戦略・施策の裏付けとなる条例の制定を積極的に行うべきである。
また、そうした施策の有効活用と企業の負担軽減を図る観点から、企業の立地、事業に関わる諸手続を１カ所で対応、処理するワンストップサービスの体制を地方自治体のなかに整備することが不可欠である。
さらに、現在、市場開拓に関する地方自治体の主体的な取り組みの多くは、農産物、伝統工芸品、観光等の分野にとどまっているが、産業集積の経済的波及効果の大きさを考慮すれば、工業製品やサービスのマーケティングについて、地方自治体が外部の専門家を積極的に活用しながら協力することも必要である。

大阪府では、産学官一体となって産業の再生を図るため、「大阪産業再生プログラム」（案）を策定した。この計画では新規の事業所の開業を２万社から３万社に増やし、大阪を活気あふれる「創業」の都にしたいとしている。このプログラムでは、中小企業の活力再生、新たな産業分野の創出、魅力ある都市の創造を狙いとしているが、大阪府下の全大学が参加する大阪版ＴＬＯの設立や投資、社債発行引受けなどによる資金提供の充実、創業促進税制など、独自の施策を推進することとしている。

２．創業、新規設備投資・事業創出の促進

(1) 地域経済産業の活性化に資する税制の導入

地方自治体は、産業創出、企業誘致に資する魅力ある独自の税制を確立することが重要である。具体的には、創業に対する法人事業税の軽減措置や新規設備投資の促進に向けた固定資産税・都市計画税の減免等が考えられる。
国も、地域における設備投資や研究開発の促進に向けて、税制面において、さらなる拡充を図るべきである。具体的には、償却資産に対する固定資産税の廃止、事業用固定資産の法定耐用年数の簡素化・短縮や特別償却制度の拡充（対象及び割増率の見直し）、Ｒ＆Ｄ税制の充実などを図ることが不可欠である。また国は、地域が進めるプロジェクトのうち、先進的でかつ新規雇用の増加や技術集積効果が期待できるものについて、諸外国の例を参考としつつ、関連する民間の設備投資を対象に投資税額控除や投資助成策を講ずべきである。

三重県四日市市では、臨海部における産業のスクラップアンドビルドを進め、併せて内陸部における新規の企業立地を促進するために、2000年4月に企業立地奨励制度を創設した。市内で事業所の新設・増設、設備・装置の新設・増設・更新を行う事業者に対して、固定資産税・都市計画税に相当する額の2分の1を立地奨励金として交付しており、これまで７工場12件に適用されている。
大阪府は、創業および企業誘致を促進するため、税制面での支援措置を2001年度以降講ずる予定である。これは、資本金1,000万円以下（2年度以降1億円の増資まで可能）で創業した企業を対象に、法人事業税の10分の9を軽減する。また、企業誘致のための措置として、府下の産業集積促進地域内において、2006年３月末までの対象期間中に建設された家屋等に対し、不動産取得税の10分の5を軽減する。
中国・上海市では、浦東地区において外国企業投資優遇政策がとられており、インフラ関連投資、製造業、金融機関、輸出型企業・先端技術企業などの分類により、それぞれ免税、優遇税率の適用などの措置が講じられる。例えば、経営期間10年超の外資系製造業の場合、黒字計上を果たした年度から2年間は企業所得税を全額免税とし、また3年目から5年目までは本来払うべき税額の50％を免税とする。
ＥＵのいくつかの国では、ＥＵの政策指針に基づき、地域を限定した投資助成策が講じられている。
イギリスでは、地域経済活性化のために、投資を必要とする地域（援助地域）におけるプロジェクトを対象とした補助金制度を設けている（地域別選別援助＜ＲＳＡ＞）。援助地域は、イングランド、スコットランド及びウエールズの開発地域または中間地域に指定されている地域で、ＲＳＡは、通常、プロジェクトの当初３年間における資本支出額と、雇用の創出または維持が見込まれる数で決められる。補助金額は、申請された事業計画通りにプロジェクトを進行させるために必要とされる額について交渉が行われ、決定される。
イタリアでは、南部地方やその他の低成長の地域における新規投資の促進や雇用機会の創出を図るために、新規の事業活動、並びに既存事業の近代化や拡大を支援する補助金制度を設けている。法律４８８／９２では、新製造施設の建設、拡張計画、近代化、再編成、旧設備の用途転換または再活性化、またはその移転譲渡などに対して補助金を講じている。さらに、同法では、特別補助地域の研究・開発に対する金融上の支援措置も講じており、これらは研究センターの建設に対しても適用される。

(2) 地域ＮＰＯによる創業支援

ベンチャー企業の創業や、中小企業のニーズと大学・公的研究機関におけるシーズとのマッチングを市場機能に委ねるだけでは限界がある。地域に根付く企業を育成する観点から、国は、地域において産業振興・支援を目的としたＮＰＯの設立が行えるよう、特定非営利活動促進法を見直すとともに、ＮＰＯ支援税制を導入すべきである。

東大阪市では、優秀な技術を持つ中小企業のニーズと大学、公的研究機関、及び民間の創意により生まれたシーズのコーディネートをボランティアにより行う「東大阪地域活性化支援機構」が設立されている。
同機構は、1998年12月に施行された「特定非営利活動を行う団体に法人格を付与する特定非営利活動促進法」に基づき設立されたものであるが、同法第２条第１項で特定非営利活動が、

保健、医療又は福祉の増進を図る活動、
社会教育の推進を図る活動、
まちづくりの推進を図る活動、
文化、芸術又はスポーツの振興を図る活動、
環境の保全を図る活動、
災害救援活動、
地域安全活動、
人権の擁護又は平和の推進を図る活動、
国際協力の活動、
男女共同参画社会の形成の促進を図る活動、
子どもの健全育成を図る活動、
前各号に掲げる活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡、助言又は援助の活動、
の12項目に該当する場合しか認められておらず、産業振興・支援のＮＰＯは原則として認められていない。そこで上記の団体は、まちづくりのNPOとして設立されている。

(3) 中小企業の創造的事業活動への支援

地域の産業集積を支える中小企業、ベンチャー企業は、資金調達面で問題を抱える場合が多く、これを解決する観点から、公的セクターの果たすべき役割は大きい。地域における中小企業の技術開発やベンチャー企業の育成支援において、一般の公益法人が一定の役割を果たすことができるようにするため、当面、中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法に基づき、支援機関の指定を行い、公益法人の企業に対する出資、寄附を認めるべきである。また、日本版ＳＢＩＲ制度については、より一層、予算規模の拡充と関係省庁の連携を図り、中小企業の新技術開発と新事業開拓の促進に結びつけるべきである。

大阪府では、1990年に財団法人大阪府研究開発型企業振興財団（ＦＯＲＥＣＳ）を設立し、創造的中小企業創出支援事業として融資（金利1.0～1.5％程度）や債務保証を行ってきたが、98年から創業者や創業初期の企業（原則設立５年未満）の設立新株や増資新株を財団が直接取得する「創業期直接投資事業」を実施している。この制度は、ベンチャー企業への直接投資を可能にしたという点において画期的であるが、同じ公益法人でも東大阪市の振興公社は株式保有が認められていない。この背景には、「公益法人の設立許可及び指導監督基準の運用指針」（1996年12月19日）により公益法人の株式保有が原則禁止される一方で、「中小企業の創造的事業活動の促進に関する臨時措置法」の第14条の2及び3により、指定支援機関として認定された公益法人であれば企業への出資が可能であり、ＦＯＲＥＣＳがその指定支援機関として認定されていることがある。
1999年に新事業創出法の一つの柱として創設された中小企業技術革新制度（日本版ＳＢＩＲ）は、技術力のある中小企業の成長発展のチャンスを与えるものとして期待されている制度である。しかしながら、その予算規模が100億円程度と米国の10分の1以下であるうえ、この制度に参画している文部科学省、農林水産省、厚生労働省、経済産業省、総務省の５省庁の関係法人が個別に補助金を交付しており、縦割り行政の弊害が生じているとの指摘がある。

３．地域に密着した産業・分野の創出・集積

(1) 医療関連産業集積の促進

医療需要は、基本的に地域において満たされるものである。今後、高齢化の進展に伴い医療需要の増大が見込まれるなかで、地域において、効率的な医療ネットワークを構築し、それを活用して、保険者機能の強化と医療サービスの質的向上を図ることが重要である。加えて、病院、大学、企業それぞれが持つ資源を集中投入する地域産業集積の１つの新しいモデルとして、幅広く医療関連産業分野を位置付け、多様な施策を展開することが必要である。

医療情報インフラの整備促進
医療情報の高度化や共有化、経営の効率化、医療費の削減等を図るインセンティブとして、医療機関が行う情報化投資のコストを反映できる仕組みを導入する必要がある。具体的には、保険者と医療機関との直接契約（例えばカルテや健康診断結果等のデータベース共有を含む従業員の包括的管理の委託、レセプトの審査・支払システムの共同運営）を認め、情報化による効率化や医療サービスの質的向上の効果を、保険者が医療機関に対して還元できるような仕組みを構築すべきである。また、地域のニーズに応じて、地方公共団体による税制面・財政面の支援措置が考えられる。

米国では地域別の平均医療費データベースが構築され、メディケアや民間保険の診療報酬・保険料率決定に利用されている。したがって、情報化投資コストを明示的に診療報酬・保険料に含めているわけではないが、医療費の一部として実質的配慮がなされる仕組みになっている。

特定機能病院の見直し等
医療法に基づく特定機能病院については、地域において先進的な医療技術を開発し提供するとともに、優秀な人材の育成を図るという使命を明確にする方向で見直すべきである。地域における国・公立大学附属病院において、特色ある医療研究に取り組めるよう症例集中を図る必要があり、国は一律的に救急救命センター機能を求めるべきではない。

ペンシルバニア州ピッツバーグのＵＰＭＣ（University of Pittsburgh Medical Center Health System）、ミネソタ州のミネソタ大学とメイヨー・クリニックは、高度な医療技術を提供するセンター・オブ・エクセレンスとして、医療による産業集積の中心的役割を担っている。その結果、ピッツバーグを中心とするペンシルバニア州西部地域、ミネソタ州のメディカル・アレイでは、センター・オブ・エクセレンスを中心に、周辺に多くの医療関連企業が立地し、全米でも屈指の層の厚い産業集積が形成されている。

(2) 環境関連産業集積の促進

廃棄物の再資源化を行う環境関連産業についても、地域に潜在的な需要が存在し、今後、成長が見込まれる分野の１つであり、地域における産業集積のモデルとして多様な施策の展開を図る必要がある。
具体的には、産学官の連携の下、国内のみならず、世界をリードする先進的な再資源化技術の開発を行うとともに、大量の処理が可能なリサイクル諸施設の整備、さらには、地方自治体の広域連携による資源循環ネットワークの構築等を通じて、地域における資源循環型ビジネスの育成、並びに効率的な資源循環メカニズムを構築することが必要である。

北九州市では、既存の廃棄物処理・リサイクルインフラを活用しつつ、ＰＣＢの適正処理、最終処分、焼却処理を軸として、リサイクルや研究・研修機能等を拡充し、わが国全体の廃棄物処理・リサイクル体制の拠点となる総合的な廃棄物処理センターを、国、福岡県、北九州市を中心とした西日本地域の自治体、及び産業界からの出資により設立、施設整備を行う予定である。

(3) 戦略的な産業インフラの整備

地方自治体は、地域の特徴を踏まえ、地域の発展に真に必要な産業インフラを自ら戦略的に整備することが重要である。例えば、次世代情報ネットワークに対応した世界レベルの高速大容量の通信環境を整備し、ベンチャー企業の育成、ＩＴ研究者・技術者・指導者の育成・集積、さらにはＳＯＨＯを活用した女性、高齢者、障害者などの就業促進を図るべきである。

三重県では、海底ケーブルの揚陸地である志摩地域に「志摩サイバーべ－スセンター」を整備し、低廉かつ高速大容量の通信環境、良好な立地環境、自然文化環境を兼ね備えた研究開発室の整備、情報発信基地の整備を図り、ベンチャー企業の育成とＩＴ関連情報の提供、情報化の人材集積を図る構想を進めている。
具体的には、揚陸する海底ケーブルと県内の国土交通省情報ＢＯＸとの間を県が光ファイバーを整備し、民間に開放することにより、国際的ネットワークと国内ネットワークを結ぶ。また、「(株)サイバーウェイブジャパン」を設立し、情報通信ネットワークの提供、サーバセンターの整備などの事業活動と、行政情報等のデジタル化サービス、新しい情報ビジネス・情報ネットワーク企画のコンサルティング等の活動を通じて、ＩＴ企業の誘致促進、ＩＴベンチャー支援、県内産業・県内自治体のＩＴ化の促進を図っていくとしている。加えて、SOHOを活用して、高齢者や障害者の雇用、就業機会の拡大を進めていくとしている。

併せて、国・地方自治体が連携、協力して、広域的な交通・物流ネットワークの整備に取り組むべきである。とりわけ重要なのは、24時間対応型の港湾、空港、さらには大都市圏の環状道路等の重点整備である。

台湾では、1995年に「アジア太平洋オペレーション・センター構想」が発表され、アジアにおける輸送のハブ機能を担うべく、高雄港などが重要拠点と位置付けられ、港湾インフラの整備が進められている。
シンガポールでは、「東南アジア地域における空運・海運のハブ化」政策の下、コンピュータシステムの活用により、輸出通関手続などが極めて簡素化されたコンテナターミナルや、中心地から約15Kmという近接地に4,000m滑走路２本を有する24時間空港（チャンギ国際空港）が整備されている。
マレーシアでは、ペナン・セランゴールなどに高水準の設備を備えた港湾を有し、取扱量増加とコンテナ化に対応すべく、整備が進められている。また、クアラルンプール新国際空港は現在、4,000m滑走路２本であるが、将来的に滑走路を５本に拡張する予定である。
中国・上海市では、外高橋地区に水深12.5mのバースの整備などを進めており、貨物取扱能力の飛躍的な拡大を目指している。また、浦東地区には国際空港が整備されており、将来的には4,000m滑走路4本に拡張する予定である。

４．地域における大学等の研究開発機能の活性化

(1) 産学官連携の中心となる大学の研究開発機能の向上

大学改革の推進
国は、大学に対する監督、関与のあり方について、事前チェックから事後チェック型の行政への転換を図ることにより、大学の自立性、大学間の競争を促進する方向で見直すとともに、国立大学等に対する地方自治体の関与の余地を拡大し、地域に開かれた大学運営が行われるようにすべきである。とりわけ、大学における研究機能の強化を図る際には、地域の経済・産業の発展に貢献しているかどうかを一つの基準として、外部（第三者）による研究評価を行うとともに、国内外の優秀な研究者が地域の大学に結集するような環境整備を進めることが必要である。
優れた成果を生み出す研究システムを構築するため、競争的資金の一層の充実に加え、国立大学の独立行政法人化に際し、地域で活動する産業人も参加する評価機関の設立や産業界との共同研究実績・特許取得等に応じた給与制度の導入、非公務員型教職員の採用を大学が選択できる制度の導入、地域の大学間における単位の相互付与制度・学生による教員の評価の導入促進などを図るべきであり、これらにより大学間及び大学内部における研究者間の競争をより一層促進する必要がある。

国立大学の独立行政法人化については、組織業務、目標評価、人事、財務会計(財源、施設整備、税制)など制度の具体的制度設計について、文部科学省が調査研究を進めており、2001年度中に最終報告を行う。

＜検討の方向＞

業務範囲
各大学毎の業務は個別法により、ある程度具体的に規定する。
出資
各大学による外部との連携、研究成果の普及等のためのＴＬＯ等への出資等について検討する。
内部組織
学部・研究科・附置研究所等の設置・改廃は、各大学の判断を前提とする中期計画・年度計画による。学科・専攻・部門等は各大学が決定する。
評価
中期目標期間(５年)終了時に、「大学評価・学位授与機構」が独自に行う評価結果を踏まえ、評価委員会による評価を行う。
身分
国家公務員とする。
給与
原則として、通常の国家公務員や民間の給与等を考慮の上、各法人が法人、職員の業績が反映される支給基準で主務大臣に届け出る。
財源
政府は予算の範囲内で業務の財源に必要な金額の全部、または一部を交付、それをもとに自律的に運営する。
設備
各大学が長期的な施設整備計画を策定し、各中期計画に当該期間中の施設・設備の整備計画を記載する。

政府研究開発投資に占める競争的資金の割合(2000年度)は、米国(33.8％、総額3.5兆円)と比べて、わが国は極めて低い水準(9％、総額0.3兆円)となっている。

産学官連携における大学の役割の重視
地域の大学は、地域の研究拠点としてセンター・オブ・エクセレンスの形成に努めるべきである。具体的には、内外の優秀な研究者を結集させ、実用化を前提とした研究開発を推進するため、任期付任用制の一層の活用を図るとともに、産学の共同プロジェクトにかかわる教官は、一定期間の管理事務、入試、授業担当などの義務を免除するなど、より研究に集中させる環境を整備することも重要である。
産学官の人材交流を進める観点からは、国立大学、国研、研究開発型独立行政法人の研究者等の休職に係る手続の簡素化・任期付任用制における採用手続きの簡素化・任期設定の柔軟化、給与等待遇の弾力化などを図る必要がある。同時に、産学連携をより実効のあがるものにするために、大学内に産と学をつなぐリエゾン担当を配置するとともに、ＴＬＯと連携することにより、産と学のコーディネート機能を強化することが必要である。大学が研究資金集めのために、テーマを外部に説明する機会を積極的に設けるべきである。
加えて、外部資金の受け入れに当たっては、民間の契約事務と同様の柔軟かつ迅速な事務処理が必要である。

1997年施行の「大学の教員等の任期に関する法律」に基づき、大学教員の任期制の導入が図られているが、任期制の導入は52大学597人(2000年)にとどまっている。政府でも、2001年度中を目途に任期付教員の処遇改善等について検討を行うとしている。
東北大学では、産学連携の全学的な推進拠点として、1998年4月に未来科学技術共同研究センター(NICHe：New Industry Creation Hatchery Center)を設立した。ＮＩＣＨｅは、リエゾンオフィス（ＬＯＤ）とインダストリー・クリエーション・セクション（ＩＣＳ）の２部門から構成され、ＬＯＤには米国での産学連携の経験を持つ専任教授1名、民間での職務経験を持つ専任助教授2名（文系、理系各１名）、専任助手1名、専任技官１名が在籍するなど、充実したリエゾン機能となっている。ＩＣＳでは、世界的な開発研究分野の第一人者である教授を、開発研究に専念させ、エリート集団によるプロジェクト研究を推進している。現在、工学部や医学部など全学から学内公募で選ばれた教授9名（うち8名は専任）が世界最先端の研究を行っている。ここでは、管理運営、入試、授業担当業務から解放され、期間も年齢に関係なく5年±2年であり、この間、開発研究に没頭することになる。なお、優秀な研究者は退官後も70歳で非常勤講師・客員教授として参加できる制度も準備されている。
米国では、優れた大学が産業集積の中心となっている例が多く（ピッツバーグのピッツバーグ大学およびカーネギー・メロン大学、ミネソタにおけるミネソタ大学）、世界に通用する最先端の基礎研究を進め、それが民間企業の技術開発、新製品開発のベースとなっている。
米国の大学の研究室には、研究テーマ毎に、全米、全世界から自薦により、多彩な研究者が結集する。その中から過去の研究等で評価された者が選抜され研究に携わる。各研究室の研究資金は、教授自身が研究テーマを民間企業等外部に説明して集める。
米国では、学生・研究者による学部間の移動が活発であり、特に医学部と他学部の境界線が薄い。例えばミネソタ大学は、工学部と医学部、あるいは医療機関と連携することにより、先端的な医療技術の開発に成功している。ピッツバーグ大学ではマクガワン・センターに、外科医や獣医などの医師、化学、機械、ソフトウエアなどのエンジニアといった多様な人材が集まり、経営者がこれらの専門家を最適に組み合わせ研究開発を進めている。また保健医療、生命工学分野において強みを持つピッツバーグ大学と情報通信産業とロボット工学を得意とするカーネギー・メロン大学が、共同で研究開発を進めようとしている。
わが国における国立大学・国研の教員等による企業役員との兼業状況は、以下の通りであり、未だ少数にとどまっている。

ＴＬＯ(技術移転機関)の役員との兼業 24人

研究成果活用企業の役員との兼業 36人

株式会社等の監査役との兼業 8人

(2000年3月現在)

大学における施設整備や技術情報のデータベース化の推進
地域の企業、とりわけベンチャー企業等が大学の研究施設を活用することにより、優れた研究成果の創出と実用化に結びつけることが重要である。したがって、国立大学の施設については、産学の共同研究等を通じて積極的に活用されるべきである。加えて、大学は各大学の教官の専門分野や研究テーマなどを積極的に公開し、民間との共同研究に積極的に活用すべきである。

国立大学等の施設整備について、1996～2000年度の５年間で、事業費約1兆656億円を投入しているが、大学施設の老朽化・狭隘化の状況は、依然として続いている。これへの取り組みは、新しい科学技術基本計画においても重要課題とされている。
(財)浜松地域テクノポリス推進機構では、静岡大学地域共同研究センターと共同で、静岡大学教官の研究課題を紹介するため、関連する全教官の専門分野研究テーマ、技術相談に応じられる関連分野のデータベース化が図られている。

(2) 大学の研究成果等の民間移転や大学発ベンチャーの促進

特許の有効活用
国は、特許の有効活用を図る観点から、国立大学において研究者が発明した特許を大学帰属とし、その収入を研究資金として適切に環流させるとともに、大学及びＴＬＯの活動資金として活用できるよう、また大学と民間企業の間で国有特許の譲渡や専用実施権の付与などが自由に契約ができるよう、制度を見直すべきである。

ＴＬＯを通じた技術移転の現状を日米比較すると以下の通り、極めて大きな格差が生じている。

日本米国

大学における
ロイヤリティ収入 6,917万円 6億4,100万$

ＴＬＯ数 20 139

米国では、大学の資金、施設を利用して生まれた特許は大学帰属であり、その収益をもとに、大学からの資金によりＴＬＯが運営されている。例えばミネソタ大学では、1996年に640万ドルであったロイヤリティ収入が2000年には2,320万ドルにまで拡大している。増加率で見ると、この間の特許取得件数の増加率(25件/年→63件/年)よりも高く、収益をあげる特許が多くなっていることが窺える。

大学の産業連携組織の整備・充実
大学の主体的、組織的な取り組みによって研究成果の社会還元を効果的に進めるため、大学内でリエゾン機能、法務契約機能、ＴＬＯ機能、インキュベータ機能を併せ持つことも重要であり、産学共同研究センター等を活用して、これらに対応する産学連携組織を整備し、専門的人材を配置すべきである。
また、ＴＬＯの技術移転機能の強化のため、ＴＬＯの技術分野ごとの専門性を高めることが不可欠であり、研究開発、製品企画、販売促進等の各分野について、専門知識を有する人材を職員として採用すべきである。さらに、ＴＬＯの役割として、技術移転だけでなく、ベンチャー企業に対する創業支援等のインキュベータとしての機能も付与すべきである。こうした取り組みにより、大学発ベンチャーの促進が図られよう。

ミネソタ大学の技術移転機関は大学主導で設置されており、職員は公募により採用される。職員は、その多くが経営学、工学など修士号を取得し、マーケティング、販売、製品開発など企業での実務経験があり、医学、生命科学、工学など医療関連分野の専門知識と、医療市場におけるマーケティング能力を有するライセンスの専門家、アドミニストレーターからなる。
カーネギー・メロン大学の技術移転機関は、将来性のある企業に対し、大学内のスペースを格安価格で賃貸し、運営資金からの投資を行い、法制・資金面からのアドバイスを行う等、インキュベータとしての役割も果たしている。
地域型のＴＬＯとして注目を集めたタマティーエルオー㈱は、扱う発明・研究成果は製品化できるものに限定し、特許流通アドバイザーが製品化プランを検討しながら特許取得を行い技術移転を推進している。そのために、企業での特許業務、技術移転業務、補助金研究経験者など経験豊かなスタッフ陣を有している。

(3) 地方自治体による国立大学等への寄附制限の緩和等

地域の国立大学等が地域経済・産業の発展に貢献するという姿勢を明確にする場合には、大学の研究者が地域の経済・産業の発展に貢献する研究プロジェクトや関連する施設整備の資金を地方自治体が寄附できるよう、国は地方財政再建促進特別措置法を見直し、寄附にかかる制限を緩和すべきである。また、既に整備が進んでいる公立のインキュベータ施設の活性化を図るべきである。

米国では州立大学をはじめとする大学は、地域に貢献すべき機関とされ、研究開発の拠点であるとともに、こうした研究を基礎に地域での産業・雇用を生み出す人材の供給源とみなされている。このため、地元の州、あるいは市などは大学に対し、積極的に資金援助を行っている。
(例) ミネソタ大学のSponsored Program Expenditure(1999年度)
基金への支出機関支出額（百万＄）比率（％）

国立衛生院（ＮＩＨ） 141.2 42.1

連邦政府他省庁 89.2 26.5

民間企業 29.8 8.9

州、地方政府 34.1 10.2

非営利民間 41.2 12.3

計 335.5 100.0

わが国の場合、1955年に施行された地方財政再建促進特別措置法第24条第２項により、寄附金等の支出が禁止されており、地方自治体が地元の国立大学等に研究支援のための資金を寄附することはできない。　

(4) 生産・研究開発拠点の複合的集積

新しい産業集積は、生産機能と大学を中心とした研究開発機能が一体となった形で形成される。国は、特定産業集積の活性化に関する臨時措置法に基づき、工業用地、業務用地、その他用地を別地区に振り分ける場合には、生産拠点と研究開発拠点を組み合わせ、生産と研究開発の集積メリットが発揮される用地レイアウトが可能となるようにすべきである。そのなかで、産学の研究施設等の相互利用を積極的に推進すべきである。
あわせて、都市計画法に基づく用途地域の変更を柔軟に行うとともに、工業(場)等制限法のさらなる見直しを図り、大都市部における生産機能、並びに大学等研究機能の空洞化を防止する必要がある。

台湾の新竹や台南では、生産拠点と研究開発を同じ地区に混在させている。新竹科学工業園区の英語名は、シンチク・サイエンスベースド・インダストリアルパークで、園区内に大学（清華大学、交通大学）、工業技術院があり、研究開発機能をベースに生産拠点の集積を図ろうとしている。
ピッツバーグでは先端医療分野(人口臓器、再生医療等)について、基礎研究を行う大学(ピッツバーグ大学、カーネギー・メロン大学)と応用研究を行う研究所(マクガワン・センター)を核に、ベンチャー企業が集積し、先端医療の治験を行う大病院(UPMC)とともに、地域産業クラスターを形成している。

５．地域を担う人材の育成・集積

(1) 地域の産業集積戦略を企画・立案・展開する地方自治体幹部の配置

産業集積の促進には、地域特性にあった現実的かつ重点的な戦略の企画・立案、及びその着実な展開が不可欠である。地方自治体は、地域の実情に精通し、かつビジネス感覚に優れた民間人を地方自治体の政策立案執行役員として、例えば首長補佐官に任命し、広範な権限を与えるべきである。またその場合、地方行政の組織、人事、給与などを柔軟に見直すとともに、任期付任用制により身分保証を行うことが必要である。

(2) 事業者向けのメンター、コーディネータの招聘・厚遇

地域に埋没している、優れたシーズを有効に活用するためには、新規創業者に対して、その事業者の志向・能力などを踏まえ、技術、法務、資金調達などの面で適切なアドバイスを行うメンター、コーディネータなどの人材が欠かせない。地方自治体やその関係機関は、業績・能力を正当に評価し、それを報酬に反映させるシステムを構築し、地域における人材育成はもちろんのこと、国内外から人材招聘を進めるべきである。

フィラデルフィアの「サイエンス・センター」は、ペンシルバニア大学と同州政府が活動資金を提供することにより運営されている技術移転機関であるが、インキュベータ機能も兼ね備えており、起業家に対する法制・資金調達面でのアドバイスなどを行うことにより、1962年の設立以来、300社以上の起業に成功している。

(3) 人的ネットワークの形成

地域において、世界に通用する新事業の展開を加速させていくためには、産学官にわたる幅広い人的ネットワークを形成しつつ、それを活用して、産学官連携の技術開発プロジェクトの推進や実用化段階の技術開発促進、販路の開拓、企業ニーズにそった情報化等を総合的、重点的に進めることが必要である。このため国は、必要に応じて、地方自治体と連携、協力し、こうしたネットワークの形成と関連の支援を行うべきである。

(4) 起業家や既存事業の事業再構築に取り組む人材の招聘

地方自治体は、起業家や既存事業の事業再構築に取り組む、国内外の優れた人材を地域に招聘する必要があり、定住促進に資する魅力ある地域・都市づくりや税制面の優遇などに取り組む必要がある。

ピッツバーグのピッツバーグ大学やマクガワン・センター、ミネソタのメイヨー医学校等の優れた研究が行われている大学・研究機関では、世界各国から学生・研究者が集まる。学生や研究者を地域に定住してもらうため、より良い街づくりが進められている。ピッツバーグやミネソタのメディカル・アレイでは、住み心地の良さや最先端の研究にアクセスしやすいことを理由として、多数のベンチャー企業も集積している。
台湾では、米国に留学した技術者・研究者の帰国と国内での事業参加を促進するため、新竹・台南に科学工業園区を整備し、快適な住環境・職場環境を整備するとともに、帰国した技術者に対する税制優遇措置や従業員のストックオプションの実現益に係る課税軽減制度等を導入することにより、活力ある人材の蓄積に注力した。その結果、世界最大級のＥＭＳ企業の集積などの成果をあげている。
シンガポールでは、知識集約型経済の構築という観点から、欧米に留学した技術者・研究者の帰国と国内での事業参加を推進するとともに、外国人研究者の受け入れ、優遇策を実施している。早い段階からの選別教育や英語公用語教育とともに、人材の国内蓄積に努めている。その結果、ＩＴ産業や高付加価値型製造業(電子製品、石油化学等)の集積などに成果をあげている。
マレーシア・ペナン州、中国・上海市では、開発公社や地方自治体による積極的な立地促進施策展開と地域コーディネータ機能の充実により、外資系企業の立地、及び産業集積が進んでいる。
中国は従来までの海外留学政策を転換し、留学生の出入国を自由とした。浦東地区では、海外留学経験者を活用するために、「海外留学経験者創業園」が設立され、海外留学経験者が浦東で企業を興す際に、税制、資金の面での支援策を講じている。その結果、2000年末までに2,000人の海外留学経験者が約260の企業を設立している。

(5) 大学における人材育成機能の強化

地域において技術の商業化や新製品開発を行う起業家など、技術と経営に通じた人材を育成することが重要である。そのために大学が、学外の人材の協力も得つつ、技術開発戦略、経営戦略、知的財産、財務会計など、より実践的なカリキュラムを設け、積極的に人材育成に取り組むべきである。

東北大学では、技術指向型の新規企業の起業家、あるいは既存起業の第二創業を目指す技術系の社会人、理工系大学院生を対象とし、あらかじめ面接等で選別した上で、週１回エクステンションスクールを開校している。このスクールでは、従来のＭＢＡ的起業家教育に加え、技術経営（ＭＯＴ）的な要素を融合した講義を行っている。講師は大学教官だけでなく現役の公認会計士、弁理士、弁護士、ベンチャー企業社長、民間企業製造担当副社長らが務め、講義内容も、

技術経営入門（最先端技術概論、企業組織入門、経営戦略・競争戦略概論、ファイナンス入門など、
ビジネスプラン作成（市場調査・分析、テクノロジーマーケティング、研究開発・生産・品質マネジメント、財務会計・ファイナンスなど）、
リスク管理（企業設立・株式・株主総会・取締役・監査役・製造物責任、企業の財務・税務・製造原価論、資本政策、知的財産権など）、
と実践的なものになっている。

以　上

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地域における産業集積戦略のあり方

―付加価値創造型産業の集積を目指して―

【総 論】

はじめに

地域経営を前提とした戦略・施策策定の重要性

遅れをとっているわが国地域の産業集積戦略・施策

地域における三つの「不足」と求められる三つの「転換」

地域における産学官の有機的連携による産業集積

地域の取り組みを加速させる国の制度改革

【各 論】

１．国の地域経済産業政策の見直しと地域による戦略・施策の策定

(1) 国の地域経済産業政策の見直し

(2) 広域行政化の促進と基礎的自治体の育成

(3) 地方自治体による戦略の策定と具体的な施策の推進

２．創業、新規設備投資・事業創出の促進

(1) 地域経済産業の活性化に資する税制の導入

(2) 地域ＮＰＯによる創業支援

(3) 中小企業の創造的事業活動への支援

３．地域に密着した産業・分野の創出・集積

(1) 医療関連産業集積の促進

(2) 環境関連産業集積の促進

(3) 戦略的な産業インフラの整備

４．地域における大学等の研究開発機能の活性化

(1) 産学官連携の中心となる大学の研究開発機能の向上

(2) 大学の研究成果等の民間移転や大学発ベンチャーの促進

(3) 地方自治体による国立大学等への寄附制限の緩和等

(4) 生産・研究開発拠点の複合的集積

５．地域を担う人材の育成・集積

(1) 地域の産業集積戦略を企画・立案・展開する地方自治体幹部の配置

(2) 事業者向けのメンター、コーディネータの招聘・厚遇

(3) 人的ネットワークの形成

(4) 起業家や既存事業の事業再構築に取り組む人材の招聘

(5) 大学における人材育成機能の強化

【総　論】

【各　論】