[経団連] [意見書]

科学技術戦略の変革に向けて

2001年6月11日
(社)経済団体連合会

「科学技術戦略の変革に向けて」の概要
(PDFファイル)


経団連では、本年の総会決議において、技術革新が経済の原動力であるとの認識のもとに、産学官の連携・協力の推進や、科学技術政策の遂行にあたっての総合科学技術会議のリーダーシップ発揮を訴えた。総合科学技術会議においても、平成14年度の予算編成を睨みながら、重点分野の推進戦略、産学官の連携を含めた科学技術システム改革の検討が進められている。
本提言は、こうした動きを踏まえ、産学官連携の推進と、平成14年度予算編成に向けた総合科学技術会議のリーダーシップ発揮について、以下の通り、科学技術戦略の変革に向けた経団連の考え方を申し述べるものである。
なお、経団連では、産学官の連携を中心に、今後も、科学技術戦略の変革に向けた検討を行なっていく。

1.産学官連携の推進

米国では、大学が国の競争力向上に大きく貢献しているが、わが国では、産学官の連携が必ずしも十分に行なわれておらず、産学官の連携の差が競争力格差の原因の一つとなっている。国際競争力の観点から、産学官連携の推進に積極的に取り組む必要がある。

(1) 日本企業との関係からみた日米の大学の違い

近年、わが国においても、研究開発の一部を大学など外部へ委託する傾向が強まりつつある。しかし、現状では、わが国の企業は、世界トップの研究開発情報や知的財産権の獲得という明確な目的をもって、米国の大学に対して、まとまった規模の投資を行なっているにもかかわらず、わが国の大学に対しては、小規模の投資が中心であり、その目的も必ずしも明確になっていない。優れた研究開発成果を期待して、わが国の大学に対して多額の投資を行なうという状況は、わが国では、必ずしも一般的にはなっていない。

(2) 産学官連携に向けた課題

わが国の大学が企業にとって魅力的なパートナーとなるためには、まず、実用化を踏まえた世界トップレベルの研究を増やすことが必要と思われる。その上で、大学発のベンチャーの創出などを通じて、積極的かつ組織的にその成果を実用化段階へ橋渡ししていくことが期待される。また、これらを迅速に行なっていくためには、大学の制度そのものの自由度を大幅に拡大するとともに、大学関係者の契約意識を向上させることが不可欠と思われる。
一方、企業においても、わが国の大学の研究成果に目を向けていくとともに、新事業の創出に向け、大学等の外部資源をより活用する姿勢を強めていく必要があると考える。

(3) 経団連の役割

経団連としても、産業界と大学、学会のフランクな対話の場を設置することによって、大学と企業との間の認識のギャップの解消や新たな産学官連携のあり方を模索していきたい。

(4) 海外と競争できる大学を目指した改革の推進

産学官連携の推進をはかるべく、大学の競争力強化や実用化を視野に入れた活動の展開など、大学改革を着実に実施する必要がある。あわせて、国立試験研究機関や研究開発型独立行政法人についても、同様の観点から改革が必要である。

  1. 競争力の強化
    大学の研究環境の改善をはかるべく、大学の施設整備を早急に実施する必要があるが、その際、必要な予算措置として、公共事業関係費を活用できるようにすべきである。その上で、各大学横並びではなく、国際競争力を持つ大学に対して、施設を重点的に整備していくべきである。
    大学を活性化させ、企業からの資金の流れをわが国の大学に引き戻していくためには、企業との契約形態、教官・職員の雇用形態、学部・学科、事務局体制などの組織編成、トップのリーダーシップ発揮などの面で、大学に対して米国並みの自由度を付与することが不可欠である。これらを総合的に実現するため、国立大学の独立行政法人化を急ぎ、非公務員型を導入する必要がある。
    国立大学の自由度を高めていけば、国立大学と私立大学の差は曖昧になる。民間から私立大学への委託研究費の非課税化をはかるなど、私立大学と国立大学間のイコールフッティングをはかる必要がある。

  2. 実用化を視野に入れた活動の展開
    大学は基礎研究の実用化に向けた橋渡しに積極的に取り組む必要がある。競争的資金の配分に際しては、産学共同研究など実用化を視野に入れた目的基礎研究に対して重点化すべきである。また、目利き人材の育成を含め、大学発ベンチャーに対するインキュベータやTLOなど、産学連携支援のための組織・活動のうち、支援体制が充実しており、実績を有しているものについて、重点的な支援を行なう必要がある。優れた研究成果はただちに実用化できるものではない。機能のみを実現する試作品、製品イメージを伴った試作品など様々な段階があり、それぞれに知恵と努力が必要となる。実用化への橋渡しという観点から、こうしたプロトタイプ(試作品)作成に対する支援も重要である。
    実用化を視野に入れた場合、大学研究において、従来あまり重視されてこなかった知的財産戦略を構築することも重要である。特許の取得体制が整っている大学、研究室に対して、競争的資金の配分を厚くし、研究が特許取得につながるようにするとともに、採用にあたって前職で得た機密情報の使用を禁止する条項を雇用契約に盛り込むなど、人材の移動に伴う機密情報の取り扱いについてのルールを明確化すべきである。
    地域の国立大学が地域の経済社会の発展に貢献するということも重要である。地方自治体が、地元の国立大学に係る研究プロジェクトや関連する施設整備の資金を寄附できるよう、地方財政再建促進特別措置法を見直し、寄附にかかる制限を緩和すべきである。

  3. 人材の育成等
    将来を担う研究人材の育成のため、大学の研究機能の強化とあわせて、大学・大学院の教育力の向上、実教育の充実、任期付任用の活用、第三者評価と情報公開、初等中等教育の「理数離れ」への対策も必要である。大学における技術者教育外部認定制度(アクレディテーション)を着実に推進するとともに、これを技術者の継続的な専門能力教育に結び付けていくことも重要である。
    昨年、導入された任期付任用制によって、国家公務員に任期を付して採用され、元の組織に戻る場合、任用前の雇用保険の期間が通算されない場合がある。官民の人材交流を一層促進するためには、任期付任用の際の雇用保険の期間通算を認めるべきである。

2.平成14年度予算編成に対する基本的考え方

平成14年度の科学技術関係予算編成にあたっては、総合科学技術会議がイニシアティブを発揮することが必要である。

(1) 基本的考え方

  1. 科学技術関係予算の増額
    科学技術基本計画において、基本計画期間中の5年間で24兆円の科学技術関係予算の投入がうたわれているが、その着実な実行をはかるべく、来年度の予算編成にあたり、十分な配慮を行なうべきである。

  2. 実用化を視野に入れた思い切った重点化方針の決定
    総合科学技術会議の資源配分方針の決定にあたっては、実用化につながる分野に思い切った重点化をはかる必要がある。あわせて、研究成果が実用化され、ビジネス展開を図る段階までも意識した、環境整備施策も重要である。

  3. 方針に沿った各省による概算要求の提出と要求内容の評価
    関係省庁は、総合科学技術会議が決定した基本方針に基づき、概算要求を行なうとともに、総合科学技術会議がその内容に関して十分な評価を行ない、予算査定に反映させる必要がある。その際、固定化された予算配分を見直すとともに、省庁間の予算の重複も排除するなど、科学技術関係予算の内容を十分精査すべきである。

  4. 中間評価の実施と評価結果に基づく見直し
    継続中の研究についても、中間段階において、総合科学技術会議が厳格な評価を行ない、継続が適切と認められないものについては、中止も含めた、見直しを行なう必要がある。

(2) 重点4分野の予算配分について

科学技術基本計画において、重点4分野に掲げられたライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料の各分野の予算配分にあたっては、以下の重点化が重要である。
なお、リスクは大きいが、将来的に大きな成果を生み出すことが期待される、萌芽的な基礎研究についても、着実な推進をはかる必要がある。

  1. ライフサイエンス
    健康の維持増進と活力ある長寿社会の実現をはかるべく、疾病の治療と予防において、研究から産業化、社会への還元までをゲノム情報の活用により推進するような施策が必要である。
    治療分野においては、ゲノム創薬や診断へのゲノム情報の活用を引き続き推進するとともに、疾病の予防分野では、ゲノム情報の活用を食品の機能や環境因子の身体への影響の解析などに拡大していく必要がある。疾病の予防に効果が期待される健康・機能性食品や環境修復・保全技術の開発には、ヒトだけでなく、植物や微生物のゲノム情報の活用も期待される。さらには、ゲノム情報を活用し、安全性に係る技術基盤の確立を目指し、基礎研究から社会への還元までをスムーズに進めるシステムを整備すべきである。バイオテクノロジーとナノテクノロジーの融合領域であるナノバイオロジーの研究開発の推進も重要である。

  2. 情報通信
    5年以内に世界最先端のIT国家となり、その地位を維持していくためには、情報通信技術の面においても、様々な要素技術の研究開発をシステム全体として構築し、独自技術で世界を先導する必要がある。
    情報通信分野においては、モバイル端末やデバイス、ユビキタスコンピューティング、ネットワークセキュリティ、モバイル、光、衛星による超高速IPネットワークなど、様々な分野の研究開発が行われているが、特に、高度モバイルシステムの構築に向けた研究開発に、総合的かつ加速的に取り組み、全体としてシームレスなシステムの構築を目指すべきである。
    わが国としてポテンシャルを持つ技術を活用し、第4世代モバイル技術を中心として世界をリードしつつ、高度モバイルシステムを構築し、ユビキタスネットワーク社会を実現すべきである。高度なシミュレーションなど高度コンピューティング技術についても重要である。

  3. 環境
    持続可能な経済社会の発展をはかるべく、ゴミゼロ社会の実現に向けて、3R(リデュース、リユース、リサイクル)を強力に進めるための研究開発が不可欠である。
    具体的には、生ごみ、ペットボトル、家電から自動車まで、リサイクル率を一層向上させる技術を中心に、優先順位をつけて、プログラム選定を行ない、5年から10年先を見据えた、関係省庁の連携による統合化プログラムを推進する必要がある。その際、政府の都市再生本部が検討を進めている、広域循環都市プロジェクトと十分な連携をはかることが必要である。衛星を含む環境監視技術も重要である。

  4. ナノテクノロジー・材料
    ナノテクノロジー・材料は、情報通信、バイオテクノロジー、環境など様々な分野を支える基盤技術として重要であるが、5〜7年程度先を展望して、国民に成果を還元するという意味では、IT分野への活用が最重要課題としてあげられる。
    ITナノテクノロジーの研究開発を進めるにあたっては、情報を処理する次世代半導体、情報を蓄積する情報ストレージ、情報を送受信するネットワークデバイス技術について、三位一体で取り組むことが重要である。また、材料ナノテクノロジーや計測・加工・シミュレーションなどのナノテクノロジーの基盤技術を駆使することにより、IT社会への貢献を目指すべきである。
    エネルギーシフトや長寿命化対応材料、超軽量高強度の材料など、持続的発展が可能な社会の構築に向けた、ナノテクノロジー・材料技術の活用も重要である。

以 上

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