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公的年金制度改革に関する基本的考え方

2002年10月7日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

わが国の公的年金制度は、急速に構造変化しつつある経済社会の中で、現行制度の維持を基本とする手直しでは、中長期的な持続可能性が担保されない危機的状況にある。
公的年金制度の改革は、日々の生活と直結した全国民共通の課題であることから、国民に広く信頼されることが必要であり、とりわけ支え手である現役世代に理解・納得されるものでなければならない。
改革にあたって、基礎年金は、全国民共通の老後の基礎的生活部分を賄う社会的セーフティネットとしての役割を担う制度にしていくために、現行制度が抱えている課題を早急に解決していく必要がある。また、厚生年金の報酬比例部分については、基礎年金の上乗せとして、現役時代の保険料拠出の努力を一定程度反映させる制度として、長期・安定的に制度が維持できるよう負担と給付の両面から見直していくことが望まれる。

I.現行制度に関する現状認識と制度設計の問題点

1.現状認識

(1) 経済社会構造の急激な変化
わが国の公的年金制度は、高度経済成長時代における労働生産性の向上と、高齢者人口に比し相対的に豊富な労働力人口に支えられて整備・充実されてきた。
ところが、少子高齢化の急速な進行、構造的な低成長経済への移行、グローバリゼーションに伴う厳しい産業・企業間競争の激化、立て直しを迫られる深刻な国家財政など、公的年金制度を取巻く状況変化が年金財政の基盤を直撃しており、小手先の給付と負担の見直しを繰り返すだけでは、もはや公的年金制度を持続していくことは難しい。

(2) 不十分な情報開示
本年5月に新人口推計に対応した厚生年金・国民年金の最終保険料率への影響試算が厚生労働省によって示されたが、推計値の評価にあたって基本となる財政収支の見通しなどが公表されていない。また、人口要因以外の経済成長率や物価上昇率、運用利回りなど経済的前提等を変更した場合のシミュレーション結果も公表されておらず、さらに、巨額な積立金の運用に関する情報開示も十分とは言えない。
公的年金制度改革の議論にあたっては、厚生労働省の年金財政の推計モデルやデータベースを広く民間に公開し、国民各層において幅広く制度改革の議論を行い、国民の信頼を高めることが必要である。

(3) 国民の制度に対する不信感・不安感の増大と経済への影響
国民年金においては、未納者の増大によって制度の空洞化が進み、合理的とは言えない財政調整が行なわれているため、世代内の不公平が強まっている。加えて、解決すべき問題は後述の通り山積している。
また、これまで財政再計算の前提となる将来人口推計や経済的要素の見通しが楽観的に過ぎてきた中で、給付の維持・改善が図られてきた。その結果、財政再計算の都度、国民にとって予期せざる給付の引下げと負担の引上げが繰り返されることとなり、老後の生活設計を立てる際の不確実性が高まり、負担増大に対する不安や制度への不信が高まっている。
短期的にみると、国民が抱く将来不安は消費の一層の抑制につながっていることが懸念され、現下のデフレ経済を長引かせる要因の1つとなっている。

(4) 保険料の大幅引上げによる制度維持は困難
現行制度を維持していくためには、今後、厚生年金保険料率は総報酬ベースで2025年に現在の13.58%から24.8%(国庫負担1/3の場合)、国民年金保険料も月額13,300円から29,600円へと大幅に引上げなければならない。
高齢化社会の進行を考えると、医療・介護などその他の社会保険に係る負担も増加せざるを得ない。現役世代の生活と活力に直結するこれら負担の問題を考えると、負担を引上げて制度を維持するという安易な選択は絶対に避けなければならない。厚生労働省の試算にある最終保険料率の水準までの負担の引上げを国民に求めることは、決して賢明な策ではない。

2.制度設計の問題点

(1) 基礎年金

  1. 空洞化の進行が止まらない国民年金
    国民年金の保険料の納付状況を見ると、法律通り毎月納めている完納者は1号被保険者の6割未満に留まり、改善の兆しが見えない(補論1参照)。しかも、未納者と完納者に所得分布上の有意な違いがないという事実は、保険料未納の原因が個人の経済的事情に起因しているのではなく、制度に対する不信、不安、あるいは制度に魅力を感じないための無関心や無視などが原因となっていると思われる。
    従って、所得階層を細分化して保険料を納めやすくするというような発想や対応は、未納・未加入者対策として実効を挙げえないことが危惧される。
    強制加入である国民年金が、未納・未加入者の増加によりあたかも任意加入の制度のような実態になっているのであり、こうした状況が続けば、早晩、制度の破綻を招くこととなる。

  2. 不合理な財政調整
    毎年の基礎年金の給付費を賄うため、国民年金、厚生年金それぞれの制度から拠出すべき金額の算定にあたっては、現行では保険料納付者数をベースに拠出金単価が計算されている。多数の未納者・未加入者を抱える国民年金制度と、法律どおり毎月保険料を支払う厚生年金制度が、基礎年金の給付費をこのような形で負担している結果、厚生年金の被保険者と国民年金の保険料納付者は、国民年金未納・未加入による財政的空洞部分を負担している。未納者が増加すれば当然その負担は高まる(補論2参照)。
    また、企業が負担している厚生年金の保険料は、従業員の退職後の生活の安定を目的としたものであり、従業員に対する福利厚生がその本来の趣旨である。基礎年金拠出金制度のもとで、未納者、未加入者の肩代わりとなって財政調整が実施されていることは、制度として合理的とは言えない。

  3. 硬直的な負担と給付
    1号被保険者は、職種、就労形態はもとより、所得の分布に至るまで、わが国経済の成熟と共に極めて多様化している。
    1号被保険者の問題の一つは、このような被保険者の多様化に制度がマッチしていないということである。特に、1号被保険者の保険料は、所得の多寡に関わらず定額となっているため、保険料負担の逆進性が強い。1号被保険者の中には極めて高額の所得者が存在している一方で、申請免除によって保険料を負担しない者も、2000年度末で274万人と多数に上っている。
    さらに、基礎年金の給付は被保険者に対して統一的な定額方式となっているが、負担の仕組みは、1号被保険者、2号被保険者、3号被保険者の区分によって異なっている。
    このように、基礎年金の負担と給付の問題は、1号被保険者の中だけの問題ではなく、基礎年金をどのような制度と考えるのかという基本に係る問題でもある。

(2) 厚生年金

  1. 複雑でわかりにくい制度
    厚生年金制度は当初積立方式とされていたが、その後修正積立方式とされ、今日では賦課方式であると説明されている。このため、今でもわが国の公的年金制度は積立方式であると考えている人が多い。
    厚生年金の受給額の計算にあたっては、加入期間中の月収を年金裁定時に再評価した数字が用いられるが、受給権発生の近い者を除くと、国民が加入期間中にそうした数字を知ることは不可能である。さらに、度重なる制度改正の経過措置が講じられていることもあり、極めて複雑でわかりにくい制度となっている。現行制度は国民に充分理解されているとは言えず、そのことが年金制度に対する誤解を招き、不信や不安を募らせている一因ともなっている。

  2. 解消が望まれる世代間のアンバランス
    これまで繰り返されてきた負担の引上げと財政上の理由による給付水準の見直しは、世代間に負担と給付の大きなアンバランスを生んでおり、世代毎の受益と負担を比較すると、1960年生まれ以降の人は保険料の支払い総額の方が受け取り総額より多くなるとの分析がある。現行制度を改革しない限り、世代間や生年月日の違いから生じるこのアンバランスは将来に亘り発生し続け、後世代ほど受益と負担のアンバランスが大きくなる。現役世代と受給者世代のアンバランスは、このような視点から考えると、もはや社会問題であると認識すべきである。

  3. 現役世代の重い負担
    厚生年金の報酬比例部分について、将来の保険料引上げで充足しなければならないとされている給付現価が330兆円(1999年度末)もの巨額に上っている。しかし、わが国経済の今後を展望すると、かつてのような被用者の所得の伸びを期待することは困難であり、現役及び将来世代と企業がその全てを負担せざるを得ないことは極めて憂慮すべき問題である。
    現在の高齢者が現役世代と比較して一律に経済的弱者でもなければ、社会的弱者でもない実態を踏まえて、現役ならびに将来の世代に安易に過大な負担を負わすことは避けなければならない。

  4. 高い給付水準の見直しの必要性
    老後の生活の備えは、基本的には国民一人一人が現役時代に備えるべきものである。経済社会が成熟し、各人のライフスタイルが多様化すれば、それに伴って老後の備え方も人それぞれによって当然異なることとなる。
    老後生活のための財産形成のあり方として、主に公的年金制度に頼る時代は過去のものとなり、これからは国民一人一人が各人のライフスタイルを念頭に置いて自助・自律の精神によって準備をする時代へと変わっていくべきであり、公的年金制度はその準備手段の重要な選択肢の1つとして位置づけられなければならない。
    こうした考え方に立って年金財政を考えると、現在の給付水準は見直されるべきである。

II.求められる制度改革の方向性

1.活力ある経済社会を維持するため、保険料負担に軸足を置いた制度を構築

公的年金制度を取り巻く諸情勢を考えると、今後、負担の増加を避けて通れないとの指摘もある。しかし、これまでのように保険料率の引上げを前提に年金制度を維持するという発想では対処できない。
社会の活力の源泉は、働いている現役世代の労働意欲と、社会保障制度等の社会システムへの信頼に因るところが大きい。従来のように、財政再計算のたびに保険料率の引上げと給付水準の見直しを繰り返すことによって、年金制度に対する信頼を低下させることは何としても避けなければならない。
経済活動の源泉の中心にある企業にとっても、一層厳しさを増す事業環境の中で、事業主負担の増加は競争力の低下をもたらす。
既に相当に高い水準にある年金給付を維持することを目的とするあまり、現役世代の活力を損ない、企業の競争力を弱めることは絶対に行うべきでない。
そこで、公的年金制度設計の考え方を転換し、負担の限界を充分踏まえ、保険料負担に軸足を置く、即ち、将来において大幅な保険料率の引上げを行わなくとも済むような制度設計をしていかなければならない。
負担に軸足を置きつつ、将来において大幅な改正を行わなくとも済むような制度を構築していくためには、公的年金制度として、国が行う最低保障部分と、自己負担を原則に制度を取り巻く変化に応じて給付が変動する部分を明確に分け、国民にわかりやすく示していくことが、制度に対する安心感を醸成していくこととなる。

2.持続可能な制度を確保するため、国民全体で痛みを分かち合う

少子高齢化が加速する下で、わが国の公的年金制度の中長期的持続性を確保していくためには、現役世代、特に若い世代の年金保険料の負担水準をできるだけ抑制すると共に、既受給者を含め、全般の給付水準の引下げが不可避である。
そのため、これまでの改正ではあまり議論の対象にならなかった既受給者について聖域扱いせず、現在および将来の現役世代の過度な負担を抑制するとともに、現在すでに生じている世代間のアンバランスや、これから生じるであろうアンバランスをこれ以上大きくしないために、既裁定者の給付水準の見直しを早急に実施すべきである。
引下げにあたっては、
 1. 高齢者を一律に経済的な弱者とみなす支給のあり方を改める
 2. 現行の厚生年金のモデル年金の給付水準は平均的な高齢者世帯の消費支出から判断すると高く、
   妥当な水準へと見直す
 3. 年金財政は国民全体で痛みを分かち合い、支え合って制度を維持する
といった基本的な考え方に立った対応が必要である。
この他、これまで付加的な制度として見過ごされてきた仕組みについても、公平・簡素の観点から、直ちに適正化し、わかりやすい制度に改める必要がある。(補論3参照

3.自助・共助に対するインセンティブ強化

老後の生活を賄うにあたっては、退職するまでの長期間にわたって自助努力を基本として準備することを前提とすべきである。その際、老後の生活費の全てをカバーするような公的年金の給付設計を行うのではなく、私的年金等の役割を一層高めていくべきである。
そのためには、自助・共助の役割を重視し、税制上のインセンティブの拡充等が必要である。特に、年金課税については、拠出時・運用時非課税、受給時課税の原則に基づき、全体の改革を急ぐべきである。
また、自助・共助を側面からサポートしていくため、生活設計や投資教育の在り方について、企業だけでなく幅広い教育機会を設けることなどを通じて、国民一人一人が意識を高めていくことも必要である。

4.加入者に対する年金情報の開示

国民が自助努力を基本として老後の生活設計を行っていく際の重要な情報として、加入者の誰もが年金額の概算額を知り得るような仕組みを構築して情報開示を行っていくことが求められる。これにより、加入者にとって年金制度がより身近なものになるとともに、今後自助努力でどの程度の積立を行っていけばよいかを大まかに知ることができるため、国民の合理的かつ効率的な老後設計作りを後押しすることが可能となる。また、企業にとっても従業員の支援のあり方について様々な選択肢を提案しやすくなることが期待される。

III.望ましい制度設計の基本的な在り方

1.基礎年金制度の抜本改革

(1) 基礎年金改革による国民皆年金の確立
基礎年金については、国民の老後の基礎的生活を保障する役割を担っている。そこで、基礎年金を、全国民共通の老後の基礎的生活部分を賄うセーフティネットと位置づけ、国民全員が公正な負担を行い、一定の年齢に達すれば定められたルールに基づいた年金給付が受けられるような真の国民皆年金制度としていく必要がある。
そのためには、既に顕在化している国民年金、基礎年金の問題を保険原理ではなく、世代間・世代内の所得再分配の仕組みとすることによって解決し、制度を再構築することが合理的である。
こうした真の国民皆年金制度は、老後生活の保障が目的の全国民による支えあいであることから、負担と給付について強固な関係を求める必要はない。財源方式としては、現行の保険料を中心とする方式から、税による賦課方式の運営に移行していくことで、制度の安定と持続的な維持が可能となる。

(2) 間接税方式への移行
少子高齢化が進む中にあって税による賦課方式で運営するためには、
 1. 現役世代だけでなく高齢者も含めて広く全国民で制度を支えていくこと
 2. 働き方に中立な負担であること
 3. 経済活動に与える影響が軽微であること
などの考え方を満たすものとして、消費を賦課対象とした間接税方式とすることが望ましい。
間接税方式としていくことで、ライフスタイルの変化に関係のない負担方式となる上、財政的空洞化や、基礎年金拠出金の不合理な財政調整の問題も解消し、3号被保険者問題、無年金障害者の問題も克服できることになる。さらに、明確かつ合理的な財源確保によって、国民の基礎年金に対する信頼性の向上が期待できる。

なお、仮に、現行の保険料方式の下で真の国民皆年金制度を実現するためには、納税者番号制度の導入により所得の把握に努めて免除の可否を厳格に判定するとともに、税と保険料を税務署において一体的に徴収を行い、滞納者に対して厳格な対応を行わねばならない。また、1号被保険者における定額負担の逆進性を解消していくためには、負担能力のある者に対してより多くの保険料負担を求める応能負担へと改める必要がある。

(3) 給付水準の在り方
間接税方式により真に国民皆年金制度とするためには、国の制度、政策として、基礎年金の給付水準の在り方、考え方を明確にしなければならない。
全国民共通の老後生活のセーフティネットとして保障すべき水準としては、食費、住居費、水道・光熱費、被服費等、生活の根幹にかかる費用に対する配慮が不可欠である。その上で、給付水準については、例えば単身の後期高齢者や高齢者の夫婦世帯の基礎的消費支出等を勘案しつつ、検討を行うことが考えられる。また基礎年金の給付と、医療・介護など他の社会保障制度との重複給付について必要な調整を図っていく必要がある。

(4) 間接税方式への移行までの経過期間措置
間接税方式への移行には社会的コンセンサスや制度の設計、その他諸々の諸施策、諸対策の検討と準備が必要であるが、その間にも以下の措置を講じることが必要である。

  1. 国民年金保険料徴収の強化
    まず、何をおいても国民年金の財政的空洞化の進行を食い止めるため、完納者以外の未納者・未加入者・一部納付者に対する保険料徴収を強化すべきである。そのためには、保険料滞納者に対して法律通りに滞納処分を行い、強制的に保険料を徴収すべきである。さらに、税と保険料の一体徴収に向けた体制の整備を早急に図る必要がある。
    この他、例えば、徴収強化の方策として、国民健康保険証や、パスポート、自動車運転免許証等の取得・更新にあたって、国民年金保険料の納付実績の提出を義務づけることも考えられる。

  2. 国庫負担1/2への引上げの実現
    間接税方式への移行までの経過措置として、次回改正において国庫負担の1/2への引上げを確実に実施することとし、その安定した財源を確保する観点から消費税を活用すべきである。その際、公的年金制度においても、上記 1. の対策の他、給付時課税の徹底、物価スライド制の完全実施等を図るべきことはいうまでもない。

  3. 被用者年金における1階と2階の財源の完全分離
    現在、被用者一人一人にとっては、毎月支払っている厚生年金保険料のうち、基礎年金と報酬比例部分にそれぞれいくら充当されているのかが分からない中で、基礎年金拠出金制度の下で財政調整が行われている(補論4参照)。
    基礎年金拠出金制度の透明性を確保し、公正・公平な負担方式を確立していく観点から、被用者年金における1階と2階の完全な分離を行い、被用者にとって分かりやすい仕組みとすべきである。
    具体的には、当面の措置として、現行の2号被保険者の定率負担の内訳について明確なルールを定め、被保険者にとって基礎年金保険料と報酬比例保険料の金額が具体的にわかるような制度とすべきである。

2.報酬比例部分の改革

(1) 報酬比例部分の役割
報酬比例部分については、基礎年金とは制度の趣旨を異にするので、完全に財源を分離した制度とすべきである。すなわち、引退した被用者を対象に、公的な側面から現役時代の保険料拠出の努力を一定程度反映させた基礎年金の上乗せ給付とすべきである。

(2) 保険料負担の上限設定
経済活力の維持・向上の観点からは、保険料負担を安易に引上げることは許されない。基本的な制度設計のあり方としては、現行の硬直的な給付建て方式から転換し、保険料負担に軸足を置いたものとするために、十分な議論・検討を踏まえた上で、現役世代・企業の保険料負担の上限を定めていく必要がある。
その上限については、まず、医療・介護などその他の社会保険料に係る負担が増加せざるを得ないこと、世代間の不公平を是正する必要があることなどを踏まえる必要がある。さらに、基礎年金部分を間接税方式へ移行していくことを考慮すれば、最終保険料率を前回改正で厚生労働省が想定した対総報酬比2割よりも大幅に低い水準に抑制し、この水準を長期間にわたって固定していくことを前提として、保険料に見合った給付を行っていくような制度とすべきである。

(3) 給付水準の引下げ

  1. 現行の給付水準の評価
    報酬比例部分の給付を手厚くすることは、現役時代の所得格差を高齢者になっても持ち込むことになるため、給付水準の設定にあたっては、公的年金制度として行う意義を十分に踏まえる必要がある。さらに、そもそも少子高齢化が急速に進行する中で、賦課方式で報酬比例部分を維持しようとすれば、所得代替率を引下げない限り、保険料率の引上げと給付水準の引下げを繰り返すことになる。
    現行の厚生年金のモデル年金の水準(238,125円/月)は、平均的な高齢者の消費支出(244,697円/月)をほぼカバーするような高いものとなっており、現役世代の負担の観点からだけでなく、世代間扶養を基本とする公的年金制度のあり方から考えてみても、現行の給付水準は高いと判断される。

  2. 給付水準引下げの方向性
    a. 前回改正措置の徹底
    前回改正で報酬比例部分については、新しい乗率が定められているものの、従前額保障の下で、より有利な平成6年再評価率で算出した年金額が支給されており、前回改正の給付面の見直しの柱の1つであった5%削減は事実上行われていない。
    給付水準の見直しにあたっては、まず前回改正時で定めた給付引下げを実効性があるものにすることが必要である。

    b. 求められる大幅な給付水準の引き下げ
    現行のモデル年金の水準は、先述の通り、平均的な高齢者の消費支出をほぼカバーする水準となっている。しかし、教養娯楽費や交際費など、個人差のあるものについてまで公的年金でカバーする必要はなく、現役時代の自助努力により対処することが望ましい。
    そこで、給付水準については、例えば高齢者世帯の消費支出のうち、個人差のあるものを除いた部分などを勘案しつつ、保険料負担に軸足を置いた制度の下での報酬比例部分の給付としてあるべき水準に向け、現行水準から相当程度引下げていく必要がある。

    なお、報酬比例部分の具体的な制度設計の在り方については、世代間の負担と給付のバランスも踏まえつつ引き続き検討を行い、基礎年金の具体的な制度の在り方とともに、別途検討する。

    また、厚生労働省より「支え手を増やす」として、パート等の短時間労働者への厚生年金の適用、高齢就労者に対する年金給付のあり方などが検討項目に挙げられているが、安易に支え手だけを増やす議論に陥らないためにも、これまで述べたような抜本的な改革の方向性を明確にした後に、「支え手」の在り方に関して検討を行う必要がある。
    これらの問題は、企業の雇用政策と密接に関連するため、公的年金制度の枠内だけで論ずることは適当でない。企業の雇用のあり方の観点から別途検討を行う。

3.年金税制の抜本改革

公的年金の役割が縮小していく中で、国民の充実した老後生活を維持していくためには、自助・共助の役割を重視することが必要だが、そのためには拠出時・運用時非課税、受給時課税の原則に基づき、年金税制を抜本改革することが不可欠である。
第一に、高齢者世代と現役世代との間に税負担の不公平をもたらしている公的年金等控除については、原則として廃止すべきである。
第二に、運用時非課税の原則に鑑みて、現在課税が停止されている特別法人税については、即刻廃止すべきである。
第三に、確定拠出年金について、国民一人一人の自己責任、自助努力による老後の生活保障の確保を支援するために、現行の拠出限度額を撤廃するとともに、マッチング拠出や、脱退一時金の受給要件の緩和を含め中途引出しを容認するなどの制度改正を行うべきである。
第四に、確定給付企業年金制度について、自助努力支援の観点から本人拠出分の課税上の制限を撤廃するとともに、キャッシュバランス制度の改善等を進めていくべきである。

4.厚生年金基金の代行(過去分)返上の早期ルール化

厚生年金基金の代行返上については、既に多くの厚生年金基金が将来分の返上の認可を受けているにもかかわらず、依然として過去分返上のルールが明らかとなっていない。金融市場への影響を最小化しつつ、厚生年金基金のポートフォリオ調整を行っていくためには返上までに十分な準備期間が必要である。以下に掲げる諸点を最大限考慮した上で、早期に政省令案を開示して十分な期間を設けたパブリックコメントの募集を行うとともに、通達等も早期に整備すべきである。

  1. 返上額となる最低責任準備金の計算方法について、返還時期によって不公平のない取扱いとすること
  2. 代行返上の場合、基金の解散とは異なり、代行部分以外の企業年金は存続することとなるので、最低責任準備金相当額の年金資産があれば、確定給付型企業年金へ円滑に移行できるようにすること
  3. 物納にあたって、代行返上による市場へのインパクトを最小限に止めていく観点から、物納が認められる資産の種類、パッシブ運用の要件について幅広く認めていくとともに、複数の基金による合同運用・返還のスキームを認めることにより、返上額が比較的小さい基金でも物納が可能な仕組みを構築していくこと
  4. 基本部分の付加給付(基金の給付が国の給付を上回る部分)を代行返上後も引き続き年金給付として残すことは事務的負担が多大であるだけでなく、受給者等にとっても必ずしもプラスでない面もあることから、給付減額の手続きを経ることなく一時金による一括の清算を認めること

5.その他(年金制度による少子化対策)

少子化対応を進めていくことは、わが国のあり方全般に関わる問題である。そのため、必要となる財源については、安易に現役世代や企業に求めるのではなく、老若男女を含め国民全体で支えていくべきである。
この観点から、公的年金制度の財源を制度本来の趣旨と異なる目的に流用すべきではない。対策を行った結果、その影響が20数年後に現れてくるものを当てにする前に、目前に迫っている制度自体の崩壊を回避するための改革を行うことが先決である。

以 上

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