わが国の公的年金制度は、急速に構造変化しつつある経済社会の中で、現行制度の維持を基本とする手直しでは、中長期的な持続可能性が担保されない危機的状況にある。
公的年金制度の改革は、日々の生活と直結した全国民共通の課題であることから、国民に広く信頼されることが必要であり、とりわけ支え手である現役世代に理解・納得されるものでなければならない。
改革にあたって、基礎年金は、全国民共通の老後の基礎的生活部分を賄う社会的セーフティネットとしての役割を担う制度にしていくために、現行制度が抱えている課題を早急に解決していく必要がある。また、厚生年金の報酬比例部分については、基礎年金の上乗せとして、現役時代の保険料拠出の努力を一定程度反映させる制度として、長期・安定的に制度が維持できるよう負担と給付の両面から見直していくことが望まれる。
(1) 経済社会構造の急激な変化
わが国の公的年金制度は、高度経済成長時代における労働生産性の向上と、高齢者人口に比し相対的に豊富な労働力人口に支えられて整備・充実されてきた。
ところが、少子高齢化の急速な進行、構造的な低成長経済への移行、グローバリゼーションに伴う厳しい産業・企業間競争の激化、立て直しを迫られる深刻な国家財政など、公的年金制度を取巻く状況変化が年金財政の基盤を直撃しており、小手先の給付と負担の見直しを繰り返すだけでは、もはや公的年金制度を持続していくことは難しい。
(2) 不十分な情報開示
本年5月に新人口推計に対応した厚生年金・国民年金の最終保険料率への影響試算が厚生労働省によって示されたが、推計値の評価にあたって基本となる財政収支の見通しなどが公表されていない。また、人口要因以外の経済成長率や物価上昇率、運用利回りなど経済的前提等を変更した場合のシミュレーション結果も公表されておらず、さらに、巨額な積立金の運用に関する情報開示も十分とは言えない。
公的年金制度改革の議論にあたっては、厚生労働省の年金財政の推計モデルやデータベースを広く民間に公開し、国民各層において幅広く制度改革の議論を行い、国民の信頼を高めることが必要である。
(3) 国民の制度に対する不信感・不安感の増大と経済への影響
国民年金においては、未納者の増大によって制度の空洞化が進み、合理的とは言えない財政調整が行なわれているため、世代内の不公平が強まっている。加えて、解決すべき問題は後述の通り山積している。
また、これまで財政再計算の前提となる将来人口推計や経済的要素の見通しが楽観的に過ぎてきた中で、給付の維持・改善が図られてきた。その結果、財政再計算の都度、国民にとって予期せざる給付の引下げと負担の引上げが繰り返されることとなり、老後の生活設計を立てる際の不確実性が高まり、負担増大に対する不安や制度への不信が高まっている。
短期的にみると、国民が抱く将来不安は消費の一層の抑制につながっていることが懸念され、現下のデフレ経済を長引かせる要因の1つとなっている。
(4) 保険料の大幅引上げによる制度維持は困難
現行制度を維持していくためには、今後、厚生年金保険料率は総報酬ベースで2025年に現在の13.58%から24.8%(国庫負担1/3の場合)、国民年金保険料も月額13,300円から29,600円へと大幅に引上げなければならない。
高齢化社会の進行を考えると、医療・介護などその他の社会保険に係る負担も増加せざるを得ない。現役世代の生活と活力に直結するこれら負担の問題を考えると、負担を引上げて制度を維持するという安易な選択は絶対に避けなければならない。厚生労働省の試算にある最終保険料率の水準までの負担の引上げを国民に求めることは、決して賢明な策ではない。
(1) 基礎年金
(2) 厚生年金
公的年金制度を取り巻く諸情勢を考えると、今後、負担の増加を避けて通れないとの指摘もある。しかし、これまでのように保険料率の引上げを前提に年金制度を維持するという発想では対処できない。
社会の活力の源泉は、働いている現役世代の労働意欲と、社会保障制度等の社会システムへの信頼に因るところが大きい。従来のように、財政再計算のたびに保険料率の引上げと給付水準の見直しを繰り返すことによって、年金制度に対する信頼を低下させることは何としても避けなければならない。
経済活動の源泉の中心にある企業にとっても、一層厳しさを増す事業環境の中で、事業主負担の増加は競争力の低下をもたらす。
既に相当に高い水準にある年金給付を維持することを目的とするあまり、現役世代の活力を損ない、企業の競争力を弱めることは絶対に行うべきでない。
そこで、公的年金制度設計の考え方を転換し、負担の限界を充分踏まえ、保険料負担に軸足を置く、即ち、将来において大幅な保険料率の引上げを行わなくとも済むような制度設計をしていかなければならない。
負担に軸足を置きつつ、将来において大幅な改正を行わなくとも済むような制度を構築していくためには、公的年金制度として、国が行う最低保障部分と、自己負担を原則に制度を取り巻く変化に応じて給付が変動する部分を明確に分け、国民にわかりやすく示していくことが、制度に対する安心感を醸成していくこととなる。
少子高齢化が加速する下で、わが国の公的年金制度の中長期的持続性を確保していくためには、現役世代、特に若い世代の年金保険料の負担水準をできるだけ抑制すると共に、既受給者を含め、全般の給付水準の引下げが不可避である。
そのため、これまでの改正ではあまり議論の対象にならなかった既受給者について聖域扱いせず、現在および将来の現役世代の過度な負担を抑制するとともに、現在すでに生じている世代間のアンバランスや、これから生じるであろうアンバランスをこれ以上大きくしないために、既裁定者の給付水準の見直しを早急に実施すべきである。
引下げにあたっては、
1. 高齢者を一律に経済的な弱者とみなす支給のあり方を改める
2. 現行の厚生年金のモデル年金の給付水準は平均的な高齢者世帯の消費支出から判断すると高く、
妥当な水準へと見直す
3. 年金財政は国民全体で痛みを分かち合い、支え合って制度を維持する
といった基本的な考え方に立った対応が必要である。
この他、これまで付加的な制度として見過ごされてきた仕組みについても、公平・簡素の観点から、直ちに適正化し、わかりやすい制度に改める必要がある。(補論3参照)
老後の生活を賄うにあたっては、退職するまでの長期間にわたって自助努力を基本として準備することを前提とすべきである。その際、老後の生活費の全てをカバーするような公的年金の給付設計を行うのではなく、私的年金等の役割を一層高めていくべきである。
そのためには、自助・共助の役割を重視し、税制上のインセンティブの拡充等が必要である。特に、年金課税については、拠出時・運用時非課税、受給時課税の原則に基づき、全体の改革を急ぐべきである。
また、自助・共助を側面からサポートしていくため、生活設計や投資教育の在り方について、企業だけでなく幅広い教育機会を設けることなどを通じて、国民一人一人が意識を高めていくことも必要である。
国民が自助努力を基本として老後の生活設計を行っていく際の重要な情報として、加入者の誰もが年金額の概算額を知り得るような仕組みを構築して情報開示を行っていくことが求められる。これにより、加入者にとって年金制度がより身近なものになるとともに、今後自助努力でどの程度の積立を行っていけばよいかを大まかに知ることができるため、国民の合理的かつ効率的な老後設計作りを後押しすることが可能となる。また、企業にとっても従業員の支援のあり方について様々な選択肢を提案しやすくなることが期待される。
(1) 基礎年金改革による国民皆年金の確立
基礎年金については、国民の老後の基礎的生活を保障する役割を担っている。そこで、基礎年金を、全国民共通の老後の基礎的生活部分を賄うセーフティネットと位置づけ、国民全員が公正な負担を行い、一定の年齢に達すれば定められたルールに基づいた年金給付が受けられるような真の国民皆年金制度としていく必要がある。
そのためには、既に顕在化している国民年金、基礎年金の問題を保険原理ではなく、世代間・世代内の所得再分配の仕組みとすることによって解決し、制度を再構築することが合理的である。
こうした真の国民皆年金制度は、老後生活の保障が目的の全国民による支えあいであることから、負担と給付について強固な関係を求める必要はない。財源方式としては、現行の保険料を中心とする方式から、税による賦課方式の運営に移行していくことで、制度の安定と持続的な維持が可能となる。
(2) 間接税方式への移行
少子高齢化が進む中にあって税による賦課方式で運営するためには、
1. 現役世代だけでなく高齢者も含めて広く全国民で制度を支えていくこと
2. 働き方に中立な負担であること
3. 経済活動に与える影響が軽微であること
などの考え方を満たすものとして、消費を賦課対象とした間接税方式とすることが望ましい。
間接税方式としていくことで、ライフスタイルの変化に関係のない負担方式となる上、財政的空洞化や、基礎年金拠出金の不合理な財政調整の問題も解消し、3号被保険者問題、無年金障害者の問題も克服できることになる。さらに、明確かつ合理的な財源確保によって、国民の基礎年金に対する信頼性の向上が期待できる。
なお、仮に、現行の保険料方式の下で真の国民皆年金制度を実現するためには、納税者番号制度の導入により所得の把握に努めて免除の可否を厳格に判定するとともに、税と保険料を税務署において一体的に徴収を行い、滞納者に対して厳格な対応を行わねばならない。また、1号被保険者における定額負担の逆進性を解消していくためには、負担能力のある者に対してより多くの保険料負担を求める応能負担へと改める必要がある。
(3) 給付水準の在り方
間接税方式により真に国民皆年金制度とするためには、国の制度、政策として、基礎年金の給付水準の在り方、考え方を明確にしなければならない。
全国民共通の老後生活のセーフティネットとして保障すべき水準としては、食費、住居費、水道・光熱費、被服費等、生活の根幹にかかる費用に対する配慮が不可欠である。その上で、給付水準については、例えば単身の後期高齢者や高齢者の夫婦世帯の基礎的消費支出等を勘案しつつ、検討を行うことが考えられる。また基礎年金の給付と、医療・介護など他の社会保障制度との重複給付について必要な調整を図っていく必要がある。
(4) 間接税方式への移行までの経過期間措置
間接税方式への移行には社会的コンセンサスや制度の設計、その他諸々の諸施策、諸対策の検討と準備が必要であるが、その間にも以下の措置を講じることが必要である。
(1) 報酬比例部分の役割
報酬比例部分については、基礎年金とは制度の趣旨を異にするので、完全に財源を分離した制度とすべきである。すなわち、引退した被用者を対象に、公的な側面から現役時代の保険料拠出の努力を一定程度反映させた基礎年金の上乗せ給付とすべきである。
(2) 保険料負担の上限設定
経済活力の維持・向上の観点からは、保険料負担を安易に引上げることは許されない。基本的な制度設計のあり方としては、現行の硬直的な給付建て方式から転換し、保険料負担に軸足を置いたものとするために、十分な議論・検討を踏まえた上で、現役世代・企業の保険料負担の上限を定めていく必要がある。
その上限については、まず、医療・介護などその他の社会保険料に係る負担が増加せざるを得ないこと、世代間の不公平を是正する必要があることなどを踏まえる必要がある。さらに、基礎年金部分を間接税方式へ移行していくことを考慮すれば、最終保険料率を前回改正で厚生労働省が想定した対総報酬比2割よりも大幅に低い水準に抑制し、この水準を長期間にわたって固定していくことを前提として、保険料に見合った給付を行っていくような制度とすべきである。
(3) 給付水準の引下げ
公的年金の役割が縮小していく中で、国民の充実した老後生活を維持していくためには、自助・共助の役割を重視することが必要だが、そのためには拠出時・運用時非課税、受給時課税の原則に基づき、年金税制を抜本改革することが不可欠である。
第一に、高齢者世代と現役世代との間に税負担の不公平をもたらしている公的年金等控除については、原則として廃止すべきである。
第二に、運用時非課税の原則に鑑みて、現在課税が停止されている特別法人税については、即刻廃止すべきである。
第三に、確定拠出年金について、国民一人一人の自己責任、自助努力による老後の生活保障の確保を支援するために、現行の拠出限度額を撤廃するとともに、マッチング拠出や、脱退一時金の受給要件の緩和を含め中途引出しを容認するなどの制度改正を行うべきである。
第四に、確定給付企業年金制度について、自助努力支援の観点から本人拠出分の課税上の制限を撤廃するとともに、キャッシュバランス制度の改善等を進めていくべきである。
厚生年金基金の代行返上については、既に多くの厚生年金基金が将来分の返上の認可を受けているにもかかわらず、依然として過去分返上のルールが明らかとなっていない。金融市場への影響を最小化しつつ、厚生年金基金のポートフォリオ調整を行っていくためには返上までに十分な準備期間が必要である。以下に掲げる諸点を最大限考慮した上で、早期に政省令案を開示して十分な期間を設けたパブリックコメントの募集を行うとともに、通達等も早期に整備すべきである。
少子化対応を進めていくことは、わが国のあり方全般に関わる問題である。そのため、必要となる財源については、安易に現役世代や企業に求めるのではなく、老若男女を含め国民全体で支えていくべきである。
この観点から、公的年金制度の財源を制度本来の趣旨と異なる目的に流用すべきではない。対策を行った結果、その影響が20数年後に現れてくるものを当てにする前に、目前に迫っている制度自体の崩壊を回避するための改革を行うことが先決である。