[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

今後の宇宙開発利用に関する要望

2003年5月20日
(社)日本経済団体連合会

今後の宇宙開発利用に関する要望・概要 <PDF形式>


1.はじめに

わが国の宇宙開発利用は、過去50年足らずの間に、様々な制約の中で着実な実績を残してきた。最近では、国産ロケットの打上げを安定的に成功させ国際的な評価を一段と高めるとともに、安全保障・危機管理といった、国家戦略の根幹に係わる分野においても宇宙利用が拡大している。
近年、頭打ちの宇宙予算、ロシア、中国等の参入に伴う国際市場の激化といった環境のなかで、わが国の宇宙産業・技術基盤の維持強化を図っていくため、日本経団連では、2000年に「経団連宇宙政策ビジョン」、2001年に「宇宙利用の拡大に向けたグランド・ストラテジー」を策定し、宇宙の産業化、利用の拡大に向けた提案や国としての総合的な宇宙開発利用政策の必要性を強く求めてきたところである。
このような中、昨年6月に総合科学技術会議と宇宙開発委員会から、わが国の中長期的な宇宙開発利用政策が示された。また、本年秋には、わが国宇宙開発の中核を担ってきた宇宙開発事業団(NASDA)など宇宙関連3機関が統合し、独立行政法人「宇宙航空研究開発機構」が発足し、宇宙分野の基礎研究から利用に至る一体的な推進機関として新たなスタートを切ることとなっている。
わが国の宇宙開発利用は、今日、新たな局面を迎えつつある。官民が連携を図り、これまでに投入された資源や培われた技術を最大限に活用し、国際競争力の強化に繋がる最適な形で今後の宇宙開発利用に取り組んでいく必要がある。
そこで、今後の宇宙開発利用を一層拡大する上での課題について、以下の通り、産業界の基本的な考え方を示すものである。

2.今後の宇宙開発利用拡大に向けた政策

(1) 基本的考え方

今後の宇宙開発利用の目的を大きく区分すれば、昨年の政府方針にも示された通り、(1)基礎研究を通じた知の創造、(2)安全保障・危機管理、(3)宇宙を活用した国民生活の質の向上(宇宙の一般利用)の3つに整理することができる。未知の世界への挑戦である宇宙開発においては、(1)の基礎研究が政策の前提となることは言うまでもなく、宇宙環境を他の研究分野へ活用していくことを含め、着実に推進していく必要がある。しかし、過去の研究開発の積み重ねを経て、今日では、(2)安全保障・危機管理や、(3)宇宙の一般利用、にその成果を積極的に活用していく時代へと突入している。
国民の安心・安全の確保という国家の最も重要な役割を達成するために、宇宙を安全保障・危機管理のインフラとして利用していく必要性は、今後、一層増大する。また、この面における技術水準の向上自体が、安全保障面に重要な影響を及ぼすことから、国として、これらのインフラの充実を図るとともに、さらなる技術水準の向上を図ることが重要である。
また、(3)の宇宙の一般利用については、情報通信、放送、測位、気象、物流・輸送等において国民生活に不可欠の存在として定着しており、その市場規模は既に2兆円に近い規模に達していると推定される。わが国が科学技術創造立国の実現により、経済社会の活性化、国際競争力の強化を図っていく上でも、宇宙における先端的技術の獲得と産業化を世界に先んじて進めることが欠かせない。生活スタイルの多様化に即した高度情報化社会の実現、高齢化社会における安心・安全な社会生活の実現、地球規模での環境問題の解決といった、わが国が世界のフロントランナーとして活躍すべき分野のいずれにおいても、宇宙利用が大きな役割を果たすことができる。一方、宇宙特有のリスクの高さと投資コストの大きさ、実用化までの期間の長さ等から、この分野の開拓も民間のみで推進することは困難であり、国策としての産業化を視野に入れた宇宙政策の明確化が不可欠である。すなわち、昨年示された政府の長期方針を軸として、最終的に民間ベースでの事業が成立するまでの期間においては、短中期的な計画の立案から、資源の配分、評価、技術力の維持に至るまで、官民の適切な連携の下での推進が不可欠である。
なお、これまでの宇宙開発は、研究開発を中心として進められてきたことから、他の政策や産業化の対象となりにくい面があり、活用分野は限定されがちであった。今日、宇宙は地上インフラと同様、すでに活用が十分可能なインフラであるという観点に立ち、IT政策や環境政策など、他の政策や産業との融合や活用を念頭に置き、広く国全体としての宇宙利用の拡大を図るべきである。また、その際、国民一般に分かりやすい形で、利用を拡大していくことが今後の宇宙分野の発展のために重要である。

(2) 今後の宇宙開発利用の拡大に向けた重点課題

  1. 安全保障・危機管理能力の強化
    わが国を取り巻く安全保障環境の変化や大規模災害の発生等に伴い、安全保障・危機管理に対する国民の関心やニーズが高まっている。このような中、自立的な打上げ手段を確保することや、地球観測衛星、環境監視衛星などの打上げ・運用に続き、情報収集衛星の展開を通じて、わが国の宇宙を利用した情報収集能力を着実に高度化していく必要がある。
    気象観測、環境観測、安全保障等の情報を、地球規模で効果的に入手するためには、宇宙の利用が最も有効な手法である。これらの情報を的確に観測、分析し、事前に対策を講ずることにより、社会経済のリスクを回避し、国民の安心・安全を確保することが可能となる。国の国民に対する役割として、宇宙をより高度に利用し、国産を基礎とした、世界最高水準の安全保障・危機管理インフラの継続的な整備を図っていくことが重要である。

  2. 測位に関する政策の確立
    測位情報は、安全保障・危機管理上に不可欠な情報であるのみならず、国土情報の基盤として、測量・地図、輸送、交通、農林・漁業、建設等にいたるまで、幅広い利用が見込まれる、今後の宇宙利用・産業化に資する最重点情報の一つである。
    既に、米国における現行GPSの高度化の計画、欧州諸国共同による新たな測位衛星の構築計画等、各国とも安全保障・危機管理政策、産業政策の両面から、国をあげた戦略的な取組みが進められている。わが国でも、世界的な潮流に乗り遅れることなく、米国GPSと協調しつつ、安全保障・危機管理政策、産業政策の両面から、国家戦略として方針を早急に明確化する必要がある。
    また、測位情報を高度かつ有効に活用するためには、より高精度な地図情報の整備が不可欠である。各自治体等が保有する地図情報の一元的管理や電子データ化、データ流通の促進など民間による地図情報の活用促進に向けた環境整備も同時に進める必要がある。

  3. 宇宙の積極的利用拡大に向けたインフラの構築
    安全保障・危機管理や測位以外の分野についても、宇宙は地上インフラと共に有効活用すべき生活に密着した社会インフラであり、地上・宇宙の最適な組合せにより、積極的に利用拡大を図る必要がある。
    わが国においても、既に情報通信、放送や観測等の分野について、宇宙インフラを介した様々なサービス提供やビジネスが展開されている。より多くの業種による宇宙インフラの活用により、豊かな国民生活を実現し、宇宙産業の裾野を拡大していくためには、国が社会的なニーズを踏まえ、宇宙を容易に活用できる総合的な宇宙インフラの構築を行ない、官民により、その積極的な利用を推進することが不可欠である。
    その際、国による宇宙インフラ調達の障害となる可能性がある米国スーパー301条(非研究開発衛星の調達手続き)への対処に関する検討も早急に進める必要がある。

  4. 国際化を視野に入れた活動の推進
    利用を含めた宇宙市場は、今後、世界的に飛躍的な広がりを見せることが予想される。民間と同時に、政府は、海外にも広く目を向け、政府機関や企業との交流や経済的支援等を通じて、宇宙外交を積極的に展開していく必要がある。

(3) 産業化に向けた官民の役割分担

宇宙産業を今後のわが国の基幹的な産業として確立していくためには、民間が5〜10年程度で事業化しうる宇宙開発プロジェクトについて、官民による研究・開発・実証から事業化までの一連の過程を考慮した、総合的な産業化プランが必要である。このなかで、費用負担、責任、利用拡大等に関する官民の役割分担の基本を予め明確化する必要がある。
宇宙開発利用は投資コストとリスクが大きく、その上で新産業の起業や雇用の創出、ひいては経済の活性化に結びつけるまでには、政府の果たす役割は大きい。まず、官民の連携の下で、わが国の宇宙の産業化を視野に入れた政策の策定と具体的なプロジェクトの設定を行ない、これにかかる継続的なフォローアップを行なうことが不可欠である。資金負担を含む、官民の役割分担については、十分な透明性を確保しつつ、プロジェクト毎に計画段階から明確化しておく必要がある。基本的には、政府は民間では実施困難なリスクの大きい研究開発、技術実証及び宇宙実証及び政府・自治体内での利用推進を分担し、民間は、開発された技術の移転を受け、その事業化に関する責任を持つ。なお、環境変化に対応した、事業撤退を含むプランも予め検討する必要がある。
また、政府においては、新射場の建設を含む射場の整備・保全、飛行・安全関連業務、衛星周波数や軌道の国際的調整・確保への対応や、宇宙開発利用に必要な法整備・規制緩和等を行なう。民間においては、自己の事業リスクの下、国際市場に展開できるコスト・納期・信頼性等の実現に向け、研究開発や設備投資を積極的に行なうとともに、宇宙利用の裾野の拡大に向け、魅力あるサービスや技術の提案と官民ユーザーの開拓を図る。

(4) 適正な予算の確保

わが国の宇宙予算は、2002年度の2,950億円をピークとして、頭打ちの状況になっている。これに対して、米国では、年間1兆5,000億円を超える民生関連宇宙予算と、これとほぼ同額以上の軍事関連宇宙予算が投入されている。このような制約の下で、わが国の宇宙開発は、国際的に遜色のない国産ロケットを安定的に打上げ、衛星を展開させる水準に至っており、極めて効率の良い投資を行なってきたといえる。
今後、わが国の宇宙開発利用を、これまでの研究開発のみならず、安全保障・危機管理のためのインフラ構築や、一般利用・産業化を視野に入れたプロジェクトへと拡大していくためには、少なくとも、現状の予算規模を維持すべきである。
そして、宇宙分野における研究開発ならびに今後の産業化、利用拡大を国策の観点から適正に評価し、予算の確保を図るべきである。
また、宇宙開発利用がこれまでの研究開発中心から産業化、利用へと方向性が大きく変化しつつあることを踏まえれば、従来の研究開発中心の予算に加えて、各省や自治体による宇宙の積極的な利用やインフラの構築といった、財源の多様化を進めるべきである。
さらに、中長期を見据えて研究、開発、実証、事業化の一連の流れを効率的に行なうための複数年度にわたる予算も検討すべきである。

3.わが国宇宙政策を巡る体制

(1) 宇宙政策の推進体制のあり方

2001年10月に総合科学技術会議の下に宇宙開発利用専門調査会が設置され、2002年6月に宇宙開発利用の推進に向けた中長期戦略が策定された。加えて、総合科学技術会議では、宇宙開発予算を含む優先順位付けや大規模プロジェクトの評価などを行なっている。
一方、宇宙開発委員会は、2001年の中央省庁再編までは総理府の下で、省庁横断的な立場からわが国宇宙開発のあり方に関する検討を行なってきたが、中央省庁再編に伴い、宇宙開発事業団に関する長期計画の議決等を行なう組織へと業務が限定され、今日に至っている。
今後、宇宙開発利用については、安全保障・危機管理や産業化への拡大に伴い、多くの省庁が関与することから、研究開発から産業化、利用に至る一連の過程について、各省庁の一層の連携による、横断的な政策立案と具体計画の作成、その推進、フォローアップが不可欠である。

(2) 宇宙新機関への要望

宇宙新機関の発足を控え、日本経団連では2003年3月に「独立行政法人「宇宙航空研究開発機構」発足に向けた緊急提言」を行なった。
そのなかで、

  1. 現在検討中の新機関の長期計画、中期目標、中期計画に、産業化及び産業界との連携強化の理念を十分に反映し、その着実な実行が可能となるよう必要な措置を行なうこと
  2. 新機関においては、特に、民間では実施困難なリスクの大きい研究開発や宇宙実証を推進し、成果の速やかな民間移転を図るなど、産業化に資する機能を強化すること
  3. 産業界との連携・協力、産業化に資する業務を実施する組織として、新機関に設置が予定されている「産学官連携部(仮称)」が、宇宙の利用、産業化に関連する業務を総合的に経営できる体制とすること
  4. 新機関が産業化に関連する業務を進めるにあたり、所轄官庁である文部科学省のみならず、他の関係省庁や利用省庁、公的研究機関とも緊密に連携すること

を提言した。新機関の発足に際し、これらが具体的に反映されることを引き続き要望する。加えて、民間的発想を取り入れた柔軟な組織・予算運営という独立行政法人化の趣旨を踏まえ、また、産官連携の推進の観点から、新機関と産業界、関係省庁、公的研究機関、海外等外部と広く人材交流を行なうことが望ましい。

4.おわりに

わが国の宇宙の産業化、利用の拡大を含む新たな宇宙開発利用政策は、まだ、緒に付いたばかりである。今後、わが国の宇宙科学技術の水準を一層向上させるとともに、宇宙を利用した国民生活の安心・安全の確保や豊かな暮らしを実現していくためには、産官学が、今後の宇宙開発利用に係る政策の理念を共有し、一丸となって取り組む必要がある。
そのためには、わが国宇宙開発利用の現状を官民が十分認識し、相互理解を深めることが不可欠である。民間は、官依存の姿勢から産業としての自立を目指し、利用拡大を図るとともに、コスト削減を含む絶え間ない経営努力を図る必要がある。官においては、欧米の例も参考にしながら、宇宙政策に安全保障・危機管理政策、産業政策といった視点を十分に取り入れ、関連省庁の強い連携の下での政策遂行が期待される。
宇宙が、わが国が世界に誇る社会インフラとなり、わが国経済社会の持続的発展の基礎となることを切に望む。

以上

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