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子育て環境整備に向けて

〜仕事と家庭の両立支援・保育サービスの充実〜

2003年7月22日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

わが国経済は、戦後、右肩上がりで安定して成長を遂げ、国民生活も物質的には極めて豊かになった。しかしながら、現在、情報技術(IT)の革新、グローバル化の進展、少子・高齢化の進行など環境が激変する中で、わが国の社会や企業は、大きな変革を迫られている。また、国民の価値観や、ライフスタイルなども、ますます多様化している。あわせて、男女共同参画をより一層推進し、男女それぞれの個性と能力を十分に発揮することができる社会を実現することが求められている。
こうしたことも踏まえ、日本経団連は、企業競争力の強化と国民生活の質的向上に向け、国民・勤労者の多様な働き方・生き方を実現する方策を探る中で、今回は、わが国における極めて重要な課題の一つである少子化問題を取り上げることとした。この問題については、少子化の原因や少子化がもたらす影響、さらには国・地方公共団体・企業などが取り組むべき対応策など、既に多くの調査・報告がなされ、各経済団体からも提言が多数出されている。そのため、今回は、テーマを絞って具体的施策の提言を行なうという観点から、少子化問題に関して、国等が実施すべき各種経済的支援策や、社会保障制度改革などについては、記述していない。当然のことながら、少子化対策については、国が中心的役割を果たすべきであり、引き続き積極的な取り組みが強く求められる。
また、男女共同参画社会の実現についても、法律論から哲学的視点に至るまで多様な提言が出され、既に言いつくされている感がある。したがって、こうした様々な視点からの施策を網羅的に述べるのではなく、企業として具体的に何ができるかという観点に限定した提言を行なった。
わが国経済社会の将来にとって、子どもを育てながら働き続けられる環境を整備すること(以下、「子育て環境整備」と言う)が大きな鍵を握っていると考えられる。社会全体として見ると、まず、少子化による労働力人口の減少や、経済成長率の低下、社会保障等の国民負担率の上昇などの問題に対応するためには、子育て環境整備を通じて、女性の労働力を積極的に活用していく必要がある。また、男女が性別にかかわりなくその個性と能力を十分発揮できる男女共同参画社会を実現していくためにも、子育て環境整備は不可欠なものである。さらに、子育て環境整備により、子育てに関する負担を軽減することを通じて、少子化の進展に歯止めをかける効果も期待できる。一方、企業としても、新たな価値を創造し、競争力を強化していく上で、子育て環境整備は極めて重要な課題である。
以上のような理由から、子育て環境整備にテーマを絞ることとした。まず子育て環境整備に関する全般的な状況を概観した上で、企業として、従業員が子育て期にも十分能力を発揮できるよう仕事と家庭の両立を支援する方策(以下、「仕事と家庭の両立支援」と言う)について、様々な選択肢を提示する。そして、各企業が、それぞれの実情を踏まえて、意識面や人事制度面で主体的に改革を実施していくことを、提言した。
次に、子育て環境整備において必要不可欠な社会的インフラである保育サービスに関し、その現状と問題点を明らかにするとともに、今後進むべき方向性を示す。具体的には、就労者のニーズに合った多様なサービスを提供するという観点から、規制改革や新しい保育所制度のあり方などについて提言を行なった。

第1章 子育て環境整備の現状等

本章では、子育て環境整備に取り組む必要性について、社会全体としての視点、また企業の視点からまとめた上で、子育て環境整備に関する国、企業、個人等の取り組みの現状について、整理する。

1 子育て環境整備の必要性

(1)社会全体として

2003年6月に厚生労働省が公表した2002年の合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む平均の子ども数)は1.32となり、前年の1.33を下回り、過去最低を記録した。この数字は、2002年1月に同省国立社会保障・人口問題研究所が推計していた2002年の合計特殊出生率(中位推計:1.33)よりも低いものであり、「1.57ショック」と言われた1990年と比べ、0.25ポイントも下がっている。このような少子化の急速な進行は、将来の労働力人口の減少を通じて労働市場に大きな影響を与えるだけでなく、経済活動の縮小、経済成長率の低下、社会保障等の国民負担率の上昇など日本の社会システム全体に極めて深刻な影響をもたらす。
これらの問題を克服するには、女性、高年齢者といったこれまで十分な活用が進んでこなかった労働力をはじめ、近年失業率の増加が著しい若年齢者層などの多様な労働力を活用していくことが重要である。同時に、雇用形態や就業形態の多様化を、さらに進めていく必要がある。
このように多様な労働力の活用を推進する上では、日本の女性の労働力率が、出産・育児期に大きく落ち込むM字型となっていることに留意する必要がある。もちろん、退職して育児に専念することを希望している女性も多いが、その一方で、子どもを育てながら働き続けることができる環境が整っていれば、仕事を続けたいという潜在的ニーズも存在するであろう。女性が男性よりも育児を多く担っている現状を踏まえると、こうした潜在的ニーズに応えて、女性の活躍を促していくためには、子育て環境を整備することが是非とも必要である。
また、今後の日本においては、「男女共同参画」の推進がこれまで以上に求められる。男女共同参画社会基本法によれば、男女共同参画社会とは、男女が自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会が確保され、ともに責任を担う社会のことである。このような社会を実現し、男女それぞれの持つ個性と能力を十分に活かしていくためにも、子育て環境整備は重要である。
さらには、現在の日本では、子どもを生み育てることが人生の大きなリスクとしてとらえられている面がある。このようなリスク・負担感を軽減するためにも、子育て環境整備を推進すべきであり、環境整備に社会全体で取り組むことによって、少子化の進展に歯止めをかけることが可能となる。そして、これらの取り組みは、社会保障などの日本の社会システムの安定にも寄与するものと考える。

(2)企業として

子育て環境整備という視点は、企業活動にとっても欠くことができない課題である。企業競争がますます激化する中、その企業の競争力を支える源はやはり「人」である。従業員の能力を最大限引き出し、企業の活力を高め、さらには生産性の向上を図ることが、企業の存続・発展のためには必要不可欠である。したがって、(1)優秀な人材を確保すること (2)獲得した人材が社内で十分にかつ継続して能力が発揮できる環境を整備すること――に企業が人事施策として取り組む必要がある。
企業が、激しい消費市場の変化に対応して、新たな商品・サービスなどを提供していくために、さらには、今後予想される労働力人口の減少に対応するためにも、性別をはじめとする属性に過度にこだわることなく、多様で能力の高い人材を獲得し、その能力を十分に活かしていく戦略が強く求められている。
また、獲得し育成した人材が、出産・育児のために能力を十分に発揮することなく退職してしまうことが、企業にとって大きな損失であることも認識する必要がある。
以上を踏まえると、企業としては、雇用面での子育て環境の整備、つまり、従業員が子育て期にも十分能力が発揮できるよう仕事と家庭の両立を支援することの必要性は極めて高いと言える。

2 子育て環境整備に向けた取り組みの現状と課題

(1)国の取り組み

昨年9月に発表された政府の「少子化対策プラスワン」では、「男性を含めた働き方の見直し」「地域における子育て支援」「社会保障における次世代支援」「子どもの社会性の向上や自立の促進」を4本柱として、具体的な対策を総合的かつ計画的に推進するとしている。
この「少子化対策プラスワン」を踏まえて、本年3月に「次世代育成支援に関する当面の取組方針」が閣議決定されるとともに、次世代育成支援対策推進法案が国会に提出され、7月9日に成立した。「次世代育成支援に関する当面の取組方針」では、国・地方公共団体・企業等が一体となって、次世代育成支援を進め、家庭や地域社会における「子育て機能の再生」を図るとした上で、国としての具体的な取り組みとして、保育サービスの充実や子育てへの経済的支援、子育てに適した住環境づくりなどが挙げられている。また、次世代育成支援対策推進法では、企業について、自主的な取り組みの促進を図るための行動計画を策定することが定められている。
これまでの国の施策の中心であった保育所の整備に関しては、2004年度までの5年計画である「新エンゼルプラン」、さらには、2001年7月に閣議決定された「仕事と子育ての両立支援策の方針について」にもとづく「待機児童ゼロ作戦」により、整備が進められている。しかしながら、待機児童に関しては、2002年4月1日現在、25,447人存在し、2001年4月1日に比べ4,246人増加している。また、この待機児童のうち77.5%は、いわゆる都市部に集中している。そして、内閣府の試算(2003年『保育サービス市場の現状と課題』)によれば、首都圏における「潜在的な保育需要者数」は約24万人にのぼるとされ、保育サービスの提供量は絶対的に不足しているのが現状である。
また、提供されている保育サービスの内容に関しては、ライフスタイルや雇用形態・就業形態の多様化を背景に就労者側のニーズも多様化していることから、延長保育、休日保育などの保育サービスの一層の充実がますます必要となっている。
保育所に関する提言の詳細については第3章にゆずることとするが、一部地方公共団体で就労者のニーズに合致するような新しい保育所制度(東京都の認証保育所制度など)を実施するなど、評価すべき動きもある。しかしながら、全体としては、量的な面、利用者ニーズへの合致という面のいずれについても、不十分と言わざるを得ない。子育て環境整備を進める上では、保育サービスに関するこれらの問題を解決するための仕組みの構築が急務である。

(2)地域の取り組み

子育て環境整備においては、地域社会における取り組みも大変重要である。東京都では、都内34箇所のファミリー・サポート・センターの協力により行なった『平成14年度ファミリー・サポート・センター事業需要調査』の結果を2003年3月にまとめた。この調査によると、依頼会員数が提供会員数の約3.4倍であり、支援する側の提供会員が極めて不足している状況にある。なお、この「ファミリー・サポート・センター」とは、市町村等が設置する会員組織で、子育て支援を受けたい人(依頼会員)と子育てを支援したい人(提供会員)からなり、それぞれのニーズにあわせて、保育所への送迎や子どもの一時的な預かりといった相互援助活動を有償で行なっている。前述した「次世代育成支援に関する当面の取組方針」では、地方公共団体の行なうべき今後の取り組みとして、ファミリー・サポート・センターの設置促進に加え、地域の高齢者やNPOによる多様な子育て支援サービスの充実、世代間の交流推進などが盛り込まれており、今後、地域単位での取り組みを一層充実させることが求められる。

(3)企業の取り組み

企業としても、子育て環境整備に関して、育児・介護休業法などの法律を遵守するのみならず、必要に応じて、法律で規定されている以上の取り組みを自主的に行なっている。
たとえば、育児休業については、法律上、その期間は、子どもが1歳になるまでとされているが、厚生労働省『平成11年女性雇用管理基本調査』(1999年)によると、「子が1歳以上1歳6ヵ月未満」とする事業所の割合は11.5%、「子が1歳6ヵ月以上2歳未満」では1.4%、「子が2歳以上3歳未満」では1.6%、「子が3歳以上」では1.4%となっており、15%を超える事業所が法定以上の規定を設けていることがわかる。
当然のことながら、企業の置かれた環境は一様ではないため、画一的な取り組みを義務づけることは妥当ではない。企業における取り組みについては、第2章で詳しく述べるが、今後も各企業の実情等に応じて企業内制度を見直すなど、子育て環境整備を進めていく必要がある。

(4)個人や職場の意識面での現状

社会経済生産性本部が2003年の新入社員を対象に行なった『働くことの意識調査』(2003年)によれば、仕事と生活のどちらを中心に考えるかという問いに対して、「仕事と生活の両立」と回答した者の割合が、男性で76.1%、女性で85.8%に達しており、仕事と生活の両立に関する意識は相当高いと言える。
しかしながら、総務省『平成13年社会生活基本調査』(2001年)によると、家事関連(家事、介護・看護、育児、買い物の合計時間)に費やす時間は男女の間に大きな差が存在する。15歳以上の人について1991年以降の家事関連時間の推移を男女別にみると、男性は家事関連時間数が次第に増大しているものの、依然、男女の差は大きく、両立に関する高い意識が、実際の行動に結びついていないことがわかる。
一方、職場における意識に関して、『育児・介護を行う労働者の生活と就業の実態等に関する調査』(1999年財団法人女性労働協会による調査)において、育児休業制度を利用しなかった理由を複数回答方式で聞いたところ、「収入減となり、経済的に苦しくなる」(40.2%)、「保育所等に預けることができた」(27.1%)、「仕事に早く復帰したかった」(25.7%)をおさえて、「職場の雰囲気」との回答が43.0%とトップであった。この「職場の雰囲気」には、育児休業を取得する人の日常の業務についての取り組み姿勢も影響を及ぼすと考えられるものの、本人を含む職場での意識が、仕事と家庭の両立に対する阻害要因となっている可能性がある。

第2章 仕事と家庭の両立支援のための企業内インフラ整備

本章では、仕事と家庭の両立支援のために、企業として意識面や人事制度の面で、どのようなインフラ整備に取り組むべきか、という観点から、様々な選択肢を提言する。

1 企業における意識改革

(1)意識改革の徹底

性別にこだわらず多様な人材が活かされるには、企業のみならず社会全体での意識の改革が必要である。徐々に流れは変わってきているものの、社会には依然として、「男は仕事、女は家庭」といった性別役割分担意識が根強くあることは否めない。企業においても、そのような固定的な意識が払拭できていないところがまだ見受けられる。
企業としては、優秀な人材を獲得し、その人材が能力を十分発揮できる職場環境を整備するために、こうした性別による役割分担意識を払拭しなければならない。特に、企業の中において、性別役割分担意識に影響されて男性に求める役割と女性に求める役割に差異があるような場合には、「人材活用は本人の意欲と能力に応じて行なうべき」との意識改革を徹底する必要がある。また、男性・女性問わず、仕事と家庭を両立したいという意思を持つ者については、その意思が尊重されるような風土をつくっていくことが求められる。あわせて、長時間会社にいることのみが評価につながるといった風潮がある場合には、両立支援の観点からも、これを是正する必要がある。
そして、これらの意識改革は、女性自身も含む、経営トップ層から管理職層、一般職層にわたるすべての層において行なわれるべきである。特に、経営トップ自らがリーダーシップをとって、意識の改革に取り組むことが極めて重要である。
意識改革の取り組みについては、「資生堂」の事例を紹介したい。従業員の約4割が女性である資生堂では、社内調査で、会社に対する満足度が男女により異なっていることが明らかとなった。その原因として、仕事における男女の差が存在することが挙げられ、ジェンダー意識が女性社員の能力発揮を阻害していることが判明した。そこで、経営トップが決断し、ジェンダーフリーに関するプロジェクトの設置、社内イントラネットへのジェンダーフリー関係サイトの開設、啓発冊子の作成と配布など、意識改革に積極的に取り組んでいる。(参考事例1参照)
なお、ここで述べる意識改革は、あくまで職業生活における意識改革であり、当然のことながら、個々人の意思により、仕事あるいは家庭のどちらか一方を選択・優先すること、また、ライフステージの各場面においてそれを変えていくことについては、まったく自由である。
日本経団連では、これまでも『経営労働政策委員会報告』等において、意識の改革の必要性については強く述べてきているところである。さらには、この意識改革を一層前進させるべく、現在、この件に関する啓発書を作成しており、年内を目途に完成させ、会員企業等に配布し、広くPRしていく予定である。

(2)ポジティブ・アクション

企業における意識改革の手段の一つとして、性別にかかわりなく意欲と能力のある人材が活躍できるような職場づくりのためのポジティブ・アクションの実施が有効と考えられる。
ポジティブ・アクションは、1999年4月に施行された改正男女雇用機会均等法に盛り込まれた概念である。これは、固定的な性別による役割分担意識や過去の経緯から男女労働者の間に事実上生じている差があるとき、それを解消するために、各企業が個々の実情を踏まえた具体的な目標を定めて行なう、自主的かつ積極的な取り組みのことである。なお、このポジティブ・アクションは、単に女性だからという理由だけで女性を優遇するものではなく、これまでの慣行や固定的な性別役割分担意識などが原因で、女性が男性よりも能力を発揮しにくい環境に置かれてきた状況を是正するために行なうものである。
ポジティブ・アクションの具体的な目標としては、仕事と家庭の両立支援に関する意識改革などを通じて、女性の勤続年数の伸長や女性管理職の増加を図るといったことが挙げられる。また、女性の採用拡大や職域拡大などについても、目標として掲げているケースもある。
事例として、「ニチレイ」のポジティブ・アクションの取り組みを挙げたい。同社では、「顧客の大半が女性であるにもかかわらず、社内的に活躍する女性が少ない」、「成果を生み出す優秀な人材であれば性別は関係ない」という問題意識を有していた。これを解決するために、ポジティブ・アクションとして、管理職に占める女性比率の増加を目標に掲げ、管理職登用制度において女性の優遇措置を期間限定で設けたほか、管理職へチャレンジする女性のための研修や、男性の意識改革のための研修を実施している。(参考事例2参照)
今後、女性を含めた多様な人材を活かすという考えをより徹底すべく、各企業がそれぞれの実情に応じて、積極的にポジティブ・アクションに取り組んでいくことが望まれる。

2 企業内における両立支援のための諸制度の整備

(1)両立支援のための諸制度の整備の方向性

仕事と家庭の両立を支援するためには、企業内の意識改革を徹底していく努力とともに、人事等に関するさまざまな制度を整備していく必要がある。これらについては、企業は順次、整備を進めているところであるが、今後も引き続き、それぞれの実情等に応じ、労働時間、就労場所、休暇などに関して、多様な選択肢を用意する必要がある。
ヒアリング企業の事例を踏まえると、両立支援のために企業が実施している、あるいは実施を検討している制度の例としては、以下が挙げられる。

〔労働時間に関する制度〕 〔就労場所に関する制度〕 〔一定期間仕事を離れ、育児に専念するための制度〕 〔その他〕

また、諸制度を整備する際には、その制度の定着に向けて、各職場の管理職社員へ制度の趣旨等を徹底することなどにより、従業員が利用しやすい仕組みをつくることが重要である。
企業における具体的な取り組み事例を挙げると、まず「旭化成」では、製造、営業、事務、研究まで幅広い職種が存在し、仕事の種類や個人のライフスタイルなどによって必要となる制度は異なるとの考えから、両立支援制度については、複数の選択肢を用意する方向で充実に努めている。たとえば、育児中は休業を希望する従業員には、子どもが3歳に到達した後の4月1日まで取得できる育児休業制度を設けている。また、長期の休業よりも、早期に職場復帰し仕事と家庭の両立を図りたい従業員には、小学校就学まで取得できる育児のための短時間勤務に加え、育児時間やフレックスタイム等も併用可能とするなど、多様化する価値観や仕事のスタイルに対応できる選択肢を準備している。(参考事例3参照)
次に、「日本アイ・ビー・エム」の事例を紹介する。職種の大半が営業、ITスペシャリスト、開発エンジニアという専門職で構成される同社では、子が2歳になるまで取得できるとしている育児休業の平均取得期間が約11ヶ月であることを踏まえ、従業員に能力を最大限かつ継続的に発揮してもらうために、仕事をしながら育児などを行なうという観点を重視した支援策に取り組んでいる。そのため、労働時間についてはフレックスタイム制、就労場所については在宅勤務制など、労働環境の柔軟性を高める施策を充実させている。(参考事例4参照)
このように、企業内の諸制度の整備については、本来、各企業の実情や、従業員のニーズ等を十分に踏まえて、各企業が自主的かつ主体的に行なうべきものである。しかしながら、最近では育児休業の取得率の目標設定など、企業の実情から乖離した国の動きもあり、企業経営への影響は重大である。したがって、法律等による規制は必要最小限のものに限るべきである。
なお、仕事と家庭の両立支援は、支援をする人の協力があってはじめて成り立つものであることから、両立支援制度は、支援を受ける側だけでなく支援する側の納得を得られるものである必要がある。そのため、企業としては、支援することに無関心な層の意識改革を進めることとあわせて、支援を受ける人に対しても、自らの日常の業務に対する取り組み姿勢や行動が、支援する人の動機づけにおいて大切な要素となっていることを自覚させるように努力することが重要である。

(2)ファミリー・フレンドリー施策

仕事と家庭の両立支援の具体的施策は、企業の実情と従業員のニーズに応じて考えていくべきものであることが基本であるものの、両立支援を行なっていく上で、参考となるものとして、ファミリー・フレンドリーという考え方がある。
ファミリー・フレンドリーとは、「労働者の家庭責任に配慮した」といった意味で、女性の職場進出、家族形態の変化、男女労働者の意識の変化、少子・高齢化などを背景に、1980年代以降、欧米において普及している概念である。わが国では、厚生労働省が、労働者が仕事と家庭の両立が容易となる様々な制度を導入し、労働者の家庭責任に配慮した多様で柔軟な雇用管理を行なう企業を「ファミリー・フレンドリー企業」と位置づけて表彰している。
ファミリー・フレンドリー施策は、従業員の家庭責任を配慮して行なう施策であることから、福利厚生としての意味にとられがちである。しかしながら、欧米あるいは日本において先進的に取り組んでいる企業においては、優秀な人材の確保や従業員の能力発揮を促す手段として位置づけられていることに留意すべきである。
厚生労働省は、企業が自らの仕事と家庭の両立支援対策の進展度合いや不足している点を点検、評価できる尺度として、本年4月、「両立指標に関する指針」を策定した。この両立指標は、(1)育児や介護のために休業できる制度等、(2)仕事をしながら育児や介護ができる制度等、(3)それら2点の制度の利用状況、(4)制度を利用しやすい環境づくり、(5)その他の仕事と家庭との両立がしやすい制度等の5つのカテゴリーに分類された項目について、評価結果を点数化し、それを加算して得られる点数で定量的に評価するものである。
この指標については、各企業が、自社の施策の取り組み状況や利用状況を自己診断できるという利点はあるものの、「休業」部分の点数配分が大きくなっており、行政が一定の方向に誘導しているといった問題点も有している。本来、仕事と家庭の両立支援策については、自社の置かれた状況に応じて、自主的・主体的に決定すべきものであり、この指標は、あくまでも参考として用いる程度にとどめるべきである。

第3章 社会的なインフラである保育サービスに関する提言

個人の働き方や価値観の多様化に伴って、仕事と家庭の両立支援については、乳幼児、学童期全般にわたって比較的長期のスパンでの充実を図ることが求められる一方で、乳幼児期の子どもを持つ就労者の負担は極めて大きいことから、これらに対する保育ニーズは特に強まっている。当然のことながら、これらの多様なニーズについて、企業におけるインフラ整備の努力だけで、対応できるものではない。本章においては、国、地方公共団体、保育事業者、企業、個人、それぞれの視点で現在の保育のあり方を見直し、具体的な提言を行なう。

1 保育の現状と問題点

(1)保育の現状

保育サービスは、子育て環境整備のために必要不可欠な社会的インフラである。
児童福祉法では、保育所を、「保育に欠ける児童の保育を行なう」ことを目的とする施設と規定している。つまり、保育所は、保護者が働いていたり、病気であったりして、家庭において十分保育することができない児童を保護者にかわって保育するための施設とされている。
保育施設は、都道府県知事等の認可などを得ているか否かによって、いわゆる「認可保育所」と「認可外保育所」に分けることができる。認可保育所には、市町村が運営する公営の認可保育所と、主に社会福祉法人が運営主体となっている民営の認可保育所がある。認可保育所は、保育に欠ける児童を対象に、市町村の義務として保育を実施するための施設であるため、施設整備や運営等の面で、国の定める「児童福祉施設最低基準」を満たす必要がある。その運営にあたっては、国や地方公共団体から多額の補助が行なわれており、利用者の負担は比較的小さい。
認可外保育所には、地方公共団体が独自に基準を定めて一定の補助を行なういわゆる「準認可保育所」(東京都の「認証保育所」、横浜市の「横浜保育室」、仙台市の「せんだい保育室」等)、補助金を受けずに運営するベビーホテル等の「認可外保育所」、企業が従業員の福利厚生を主たる目的として設置する「事業所内託児施設」などがある。(下記図表参照)
2003年3月現在、認可保育所は全国に22,313箇所設置され、入所児童数は約203万人である。また、認可外保育所については、2002年3月のデータであるが、施設数は9,645箇所、入所児童数は約22万人となっている。このように調査時点は異なるものの、全体の施設数の約7割、入所児童数の約9割を認可保育所が占めている。

保育サービスの提供体制について
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(2)保育の現状についての問題点とその要因
  1. 問題点
    利用者からみた現在の保育サービスに関する問題点としては、まず量的な面において、認可保育所、認可外保育所ともに絶対的に不足していることが挙げられる。第1章でも指摘したように、特に都市部において、認可保育所に入所できずにいるいわゆる待機児童の問題が解決しておらず、首都圏で約24万人の「潜在的な保育需要者数」がいるという試算もあるため、量的な問題点の解消は急務である。
    保育内容の面では、認可保育所については、設置にあたり、施設や保育スタッフの体制など安全等の面で、国による基準(児童福祉施設最低基準)が設けられているため、一定レベルの保育を提供していると言える。しかし、サービス面では、「保育に欠ける児童の保育を行なう」という考え方のために、サービスは画一的になりがちであり、利用者のニーズの多様化に十分応えられているとは言えない。
    認可外保育所は、延長保育や休日保育などの様々なニーズに応える保育サービスを提供している。一方で、安全等の面については、認可保育所に劣らない施設やスタッフを備えているところもあるが、施設により安全等のレベルのばらつきがあるのが実態である。

  2. 要因
    保育サービスの提供が、量的な面でも、利用者ニーズへの合致という面でも不十分であるのは、認可保育所同士ならびに認可保育所と認可外保育所の間において、競争メカニズムが働いておらず、利用者にとっては選択肢が非常に少ないということによるものである。そして、その原因は現行の認可保育所制度のスキームそのものにある。
    認可保育所制度においては、一定の基準に従って多額の公費が支給される結果、自助努力のインセンティブが働きにくく、高コスト体質が温存されている。たとえば、財務省が、保育所の運営に関して、調査のために訪問した保育所で実際にかかっている保育所の運営費を、国が定める基準で計算した保育所運営費と比較したところ、東京都の認証保育所は1.0倍、公営の認可保育所は2.5倍という結果になっており、認可保育所の運営に要する公費負担は極めて大きい(2002年6月の財務省『予算執行調査』)。このように、限られた財源が、高コストの認可保育所に振り向けられているため、量的に新規参入が進みにくいと考えられる。
    また、認可保育所制度においては、利用者と保育提供者が直接契約を締結するわけではないため、保育サービスの内容を向上させ、入所者を確保しようというインセンティブが働きにくい。
    さらに、認可保育所制度では、保育料を利用者の負担能力に応じて徴収する「応能負担」が採用されるとともに、多額の補助が行なわれていることから、利用料金が低額に抑えられている。他方、認可外保育所は補助を必ずしも前提としないため、利用料金は比較的高くなる。その結果、認可外保育所を利用できる人自体が限られるとともに、認可外保育所への参入が、採算面での問題から進まない状況にある。

  3. 問題点の解決の方向性――保育に関する考え方の転換を
    就労者の保育ニーズは、個々人の働き方、価値観、ライフスタイル等の変化によって、急速に多様化している。具体的には、保育時間については、延長保育、一時保育、休日保育等へのニーズが高まり、また、保育内容については、これまでもニーズとしてあったゼロ歳児保育、病児・病後児保育等の充実に加え、小学校入学前教育、習い事ができることなど、従来の保育の機能を超えたサービスも求められるようになってきている。さらには、託児サービスについて、保育所だけでなく、ベビーシッター・サービス、保育ママ、幼稚園による預かり保育などを組み合わせた形でのニーズもあると思われる。
    子育て環境整備において大きな役割を占める保育サービスは、社会にとっても、企業にとっても極めて重要なインフラであることを踏まえ、利用者の多くを占める就労者のニーズに柔軟かつ的確に対応していかなければならない。
    したがって、これからの保育サービスについては、「保育に欠ける児童の保育を行なう」という従来の役割に加え、両立支援、男女共同参画社会の実現といった視点を入れて、「保育を希望するすべての人の多様なニーズに応えるサービスを提供する」ということに変えていくべきである。なお、利用者にも、応能負担の考え方だけでなく、自らのニーズに合致したサービスや付加的なサービスに対しては、それに見合った対価を負担することも求められる。
    このような新しい考え方のもとに、それぞれの主体(地方公共団体、社会福祉法人、その他民間の保育事業者)が、保育の量的な拡大、安全等のレベルの向上、利用者の多様なニーズに合致した保育サービスの提供を行なうことで、より多くの人に、できるだけ多くの選択肢を用意できるような体制を構築すべきである。そして、そのためには、前述したような、保育サービス提供者の間の競争を阻害している要因を除去し、競争メカニズムを機能させることが不可欠である。

2 今後の保育サービスの提供体制(具体的な提言)

保育サービスの提供者間の競争メカニズムを機能させるための方策として、まず、(1)で現行の認可保育所制度を前提としつつ段階的な改革を実施していく方策について述べ、(2)で現在の制度自体を抜本的に見直す方策を検討する。

(1)現状の保育サービスの提供体制を改革するための方策(行政への要望)

認可保育所制度を維持しつつ、競争メカニズムを機能させ、多様な利用者ニーズに対応した保育サービスの提供量を増加させるためには、(1)認可保育所制度の規制改革、(2)地方公共団体独自の認定制度の拡大、(3)利用者ニーズから発想した新しい仕組みの導入、(4)企業の「従業員向けの福利厚生としての保育」への支援、の4つの方策が考えられる。

  1. 認可保育所制度の規制改革
    認可保育所に関する規制改革は、特に2000年以降、「認可保育所の設置主体制限の撤廃(従前は市町村と社会福祉法人に限定)」「賃貸借方式の許容」「定員規模要件の緩和」など一定の進展はみられるものの、実際に参入した民間企業が未だわずかにとどまるなど、必ずしもスピードある改革がなされているとは言えない。したがって、まず行政が行なうべきことは、既に規制改革が行なわれた公設民営方式の促進、民間企業の参入促進、一部特区で実現される見込みの幼保一元化などを着実に実行することである。
    加えて、現時点において存置されている規制のうち、特に経済的規制に関するもの、経済社会環境の変化により実態に合わなくなったもの、利用者のニーズに合致した多様な保育サービスの提供を妨げているものに関して、以下で述べるようにさらに改革を推し進めることが必要である。なお、規制改革を行なうにあたっては、当然、安全等の確保には十分配慮するものとする。

    ○ 運営費補助の余剰金の使途制限の撤廃
    現在、保育所の運営費補助の余剰金が出た場合、その使途は限定されており、借入金の返済や賃料・租税公課の支払いなどには一定の制限がある。他方、たとえば2000年3月の規制改革により賃貸借方式による保育所設置が認められているが、賃料の高額な都市部では、賃貸借方式による設置が進んでいない。これまで行なわれた「設置主体制限の撤廃」「賃貸借方式の許容」といった規制改革を実効あるものにするために、運営費補助の余剰金の使途制限を撤廃することが必要である。

    ○ 施設整備費の支給対象となる設置主体の拡大
    2000年3月の規制改革により認可保育所の設置主体制限の撤廃が実施され、株式会社等の民間主体の参入が認められた。しかし、設置にあたっての施設整備費については、公費による補助の対象は社会福祉法人などに限定されている。社会的なインフラとしての保育所の整備が急務である現状を踏まえ、施設整備費の支給対象に関する設置主体の制限を撤廃すべきである。

    ○ 調理室必置義務の見直し
    1998年2月の規制改革により調理業務の外部委託が認められたが、調理はあくまで保育所内の調理室で行なわなくてはならないこととされ、保育所外で調理し搬入する方法も認められていない。調理・保存技術の進歩等を踏まえ、施設外で調理し搬入することを認めた上で、必要な加熱・保存の設備のみ設置することとし、調理室自体の必置義務は撤廃すべきである。

    ○ 屋外階段設置義務等の見直し
    待機児童の多い都市部においては、大型ビルなどに保育所が設置されるケースがある。たとえば、従来、建物の2階以上の階に保育所を設置する場合には、児童福祉施設最低基準により、屋外階段の設置が義務づけられていた。2003年1月より、2階、3階部分については、屋外階段の代わりに、特別避難階段に準じた屋内避難階段の設置で対応できることとなったが、4階以上の階については、依然として規制が残っている。建築基準法等により最新の防火基準を満たすなど、別の法律で安全が担保されている建物については、実態に応じた設置基準の見直しを実施すべきである。
  2. 地方公共団体独自の認定制度の拡大
    限られた財源の中、低コストで、多様化する保育ニーズに合致した保育所を増加させるための取り組みとして、地方公共団体が独自に保育施設の設置・運営基準を設け、その基準を満たした施設を認定し、助成を行なう制度がある。東京都の認証保育所や横浜市の横浜保育室、仙台市のせんだい保育室などである。
    たとえば、東京都の認証保育所制度は、ゼロ歳児からの受け入れや13時間以上の開所の義務づけ、利用者と保育所の直接契約の導入など、利用者のニーズに合致させるような枠組みを提供している。また、多様な保育事業者の参入を容易にすべく、運営に関して、運営費補助に使途制限を設けないことに加え、駅前に設置した場合に、設置主体に関わりなく施設整備費を支給している。さらに、一部の区では、都市部の高額な賃料に対応する措置として、賃料補助を実施している。
    前述したとおり、認可保育所における公費負担額は極めて大きいことを踏まえると、待機児童が多い地方公共団体において、厳しい財政状況の中で保育所の供給量を増やすためには、認可保育所以外の制度として、それぞれの実情にあわせた独自の認定制度を導入・拡大していくことが必要と考える。

  3. 利用者ニーズから発想した新しい仕組みの導入
    待機児童問題は主に都市部近辺の問題であり、利用者のニーズも高い。しかしながら、都市部では、保育施設として提供できるスペースが限定されていること、施設整備に多額の資金が必要となることなどの問題があり、現状では、量的な拡大は進みにくい。この問題を解決するために、認可保育所、認可外保育所を問わず、次のような仕組みを設けることが考えられる。

    ○ 賃料補助の創設
    待機児童の多い都市部においては賃料が高額であり、保育事業者にとっては賃料をすべて捻出することが困難な状況であるため、一部の地方公共団体で導入され始めた賃料補助の創設を検討すべきである。

    ○ 賃料の軽減を可能にするための措置の創設
    都市部において賃貸借方式を拡大するためには、開発者のメリットを拡大させることで、賃料の軽減を可能とすることも検討すべきである。具体的には、就労者にとって利便性の高い場所に保育所を設置する場合に、その建物に関して、一部実施されている容積率の緩和措置を拡大するとともに、保育所部分の固定資産税の減免措置を新たに導入することなどを検討すべきである。

    ○ 施設整備費に関する無利子貸付制度の創設
    都市部において新たに保育所を設置するには多額の資金が必要であり、事業者単独での調達は困難である。社会福祉法人などが運営する認可保育所に対しては、建設工事費などについて、一定の無利子期間を含め低利で融資を行なう制度が存在する。今後は、貸付先を民間企業にも広げ、かつ、無利子で貸付を実施する制度を創設することを検討すべきである。

    ○ 企業と行政の連携による保育所の共同設置
    企業によっては、自社の従業員のために保育施設を確保したいというニーズがあることから、認可保育所や地方公共団体の助成制度がある認可外保育所(この項で、「公費補助のある保育所」という)に対して、企業が資金等の提供をする形で、事実上の共同設置を認められるような仕組みについても、企業と行政が共同で検討することが考えられる。
    たとえば、下図にあるように、「公費補助のある保育所」の設置・運営にあたり、企業が資金等の提供を行なうことにより、「公費補助のある保育所」に併設された「公費補助外の保育スペース」をつくり、このスペースに見合った人数の自社従業員の子どもを入所させる仕組みが考えられる。現在の公費補助制度を前提とすると、公費補助外の保育スペースに入所している児童については、運営費補助は支給されないものの、「公費補助のある保育所」とのスペースの共用や保育士の兼任は可能と考えられるため、効率的な運営が期待できる。さらに、このような仕組みを検討する中で、公費補助外の保育スペースに入所している児童についても、何らかの助成を行なうような制度とすることも考えられる。

    [企業の資金等の提供を受けて設置する「公費補助のある保育所」について]
  4. 企業の「従業員向けの福利厚生としての保育」への支援
    第2章で記述したとおり、従業員の仕事と家庭の両立のために、企業は必要に応じて企業内の諸制度の整備に取り組んでおり、保育サービスに関しても、ベビーシッター利用の補助、各種の情報提供などの援助を行なっている企業もある。
    しかしながら、都市部においては、十分な量の保育、また、就労者のニーズに合致したサービスが提供されていない現状にある。そのため、多額の費用と事故リスクを負担してでも、自社で事業所内託児施設を設置すべきか否かの選択に直面している企業もある。
    最近の一連の国の少子化対策において、企業に事業所内託児施設を設置することを奨励する項目が盛り込まれているが、事業所内託児施設への行政の支援は、費用と期間の面で極めて限定的と言わざるを得ない。
    企業の一部には、外部への開放、他社との共同設置という形で負担を分け合うことを模索する動きもある。また今後、複数企業間での設置・運営や相互の開放等、企業間の連携を視野に入れていくことも考えられる。このような動きを現実的なものとしていくために、行政には、事業所内託児施設への支援を拡充することや、企業間連携の動きを阻害しない仕組みを導入することが望まれる。

    ○ 企業の実情に応じた設置・運営基準の策定
    現在、事業所内託児施設を設置・運営するにあたって、21世紀職業財団から設置費・運営費・保育遊具等購入費などの助成が行なわれている。その支給要件は現行の児童福祉施設最低基準を踏襲したものとなっているが、企業が事業所内託児施設を設置する場合、保育所の設置を前提としていない既存の施設を改修して設置することが多いことから、企業の実情に応じた設置・運営基準を別途策定することが必要である。

    ○ 事業所内託児施設の設置・運営費の支援の充実
    事業所内託児施設の設置・運営に関する21世紀職業財団からの助成は、設置費・運営費のそれぞれについて2分の1までとされているが、あくまで一定の支給限度額の範囲内とされているため、実際の企業負担はかなり重い。さらに、運営費の支給対象期間は運営開始日から5年間と限定されているため、6年目以降の企業のコスト負担が増大するという問題がある。以上を踏まえて、設置・運営費の支給額増額と支給期間の延長を検討するべきである。
    また、託児施設部分の固定資産税の減免や、無利子貸付制度の創設についても、一定の効果があると考えられるため、検討を行なう必要がある。

    ○ 複数企業間での設置・運営を阻害しない仕組みの導入
    事業所内託児施設設置・運営の助成制度については、事業所内託児施設の外部開放、複数企業間での共同設置を想定した要件の見直しが必要である。たとえば、「原則として、その雇用する労働者(事業主団体にあっては、団体を構成する事業主が雇用する労働者)」となっている事業所内託児施設の利用条件を撤廃するなど、一企業の従業員に限定しない仕組みに変えるべきである。
(2)認可保育所制度の抜本的改革

スピードある改革を実施するためには、現在の認可保育所制度をゼロベースで見直し、大胆に競争原理を導入する方策も検討する必要がある。
すなわち、現行の事前規制としての認可制度自体を廃止し、利用者への情報公開と新たな基準のもとでの第三者評価を前提とした事後規制に変更することを検討すべきである。具体的には、国の定める児童福祉施設最低基準や認可外保育施設の指導監督基準をもとに、現状も踏まえて新たな基準を設定した上で、第三者機関が定期的にチェックし、その評価を公表するほか、苦情解決の仕組みについても、より充実させる。以上のスキームにより、事後規制に移行しても安全等の確保は十分図られるものと考える。
あわせて、利用者が保育施設を自由に選択し契約を結ぶことのできる「直接契約方式」を導入すべきである。この「直接契約方式」を前提として、これまで認可保育所に対して行なってきた公費補助については、保育の提供主体(地方公共団体、社会福祉法人、その他民間の保育事業者)への補助から、利用者に直接補助する方式(直接補助方式)へ移行することも検討すべきである。
以上のような方策を実施することで、保育サービス提供者間で活発な競争が行なわれ、保育サービスの多様化や保育所の量的な拡大などが、飛躍的に進むことが期待できる。

おわりに

急速な少子化の進行に歯止めをかけるため、また少子化から生ずる様々な問題に的確に対応するため、さらには男女共同参画社会を一層推進するためにも、「子育て環境整備」は必要不可欠であり、この整備に国をあげて取り組むことが、わが国の将来にとって極めて重要な課題である。企業として、競争力を維持・強化していくためにも、子育て環境整備を推進することが求められている。
このことを十分に踏まえ、各企業が、仕事と家庭の両立支援に向けて、本報告書に記載した、意識面や人事制度面などにおける様々な方策を参考にして、それぞれの実情に合わせ、主体的に改革に取り組んでいくことを期待したい。なお、意識改革の推進については、日本経団連として年内を目途に作成している「啓発書」を活用することも有効な手段と考えられる。
また、子育て環境整備に不可欠なインフラである保育サービスについては、ますます多様化する個人の働き方・ライフスタイルに適切に対応できるサービスを提供していくことが強く求められる。そのために、国・地方公共団体・保育事業者・企業が、本報告書の提言も踏まえ、それぞれの立場で、就労者の保育サービスに関する選択肢を最大限拡大するよう努力していくことが望まれる。

以上

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