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エンターテインメント・コンテンツ産業の振興に向けて

2003年11月18日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

わが国経済は、長年「ものづくり」を牽引車として発展してきたが、世界のフロントランナーとなった今日、知的財産や情報(コンテンツ)を新たな成長基盤とし、産業全体として高度化・高付加価値化を目指し、豊かな社会を実現していかねばならない。そうした中にあって、エンターテインメント・コンテンツは、人の心や精神に直接影響を与え、わが国文化・芸術の発展、豊かな社会の実現に寄与するという意味で、重要な役割を担っている。
政府は知的財産戦略本部を設置し、先般270項目にわたる知的財産戦略推進計画を策定した。その中で「コンテンツビジネスの飛躍的拡大」が大きな柱として掲げられていることは、エンターテインメント・コンテンツ産業の重要性が認知されつつある証左である。
日本経団連は、本年8月、重要性を増しつつあるエンターテインメント・コンテンツ産業が直面している政策上、ビジネス上、倫理上の諸課題について、関係企業トップの参加の下に、業界横断的に交流・検討・情報発信する場をはじめて立ち上げた。時間的制約もあり検討課題の全てについて結論を得たわけではないが、解決が急がれる優先課題について政府の知的財産戦略推進計画の具体化に反映させるため、以下の通り、これまでの検討結果を整理した。

1.基本認識

(1) 文化を生み育てるエンターテインメント・コンテンツ

文化・芸術は、感動を通じて、人を勇気づけ、歓び、憩い、癒しを与え、人がよりよく生きることへの原動力である。また、人と人との心をつなぎ、共同体の形成や、社会の安定と調和のために大きな役割も果たしている。特に、高度に成熟した社会においては、人が人間らしく豊かに生活していくこと、自己実現がより強く求められることから、文化・芸術の重要性はますます高まっている。エンターテインメント・コンテンツは、その中心的な部分を占め、文化の創造、社会の発展に寄与している。

(2) エンターテインメント・コンテンツ産業の現状

文化・芸術が伝統を継承し、新たな価値を創造していくには、活力溢れたエンターテインメント・コンテンツ産業の存在が不可欠である。特に今日の市場経済社会では、人材・資金・技術等の資源を惹きつける競争力のあるエンターテインメント・コンテンツ産業でなければならない。
今までわが国エンターテインメント・コンテンツ産業は、自由な競争の下、企業ならびに業界の自らの努力により発展を遂げてきた。わが国のコンテンツ産業は11兆円産業であり、137万人を雇用し、既に、わが国経済を支える重要産業の一つとなっている。さらにキャラクターを活用したビジネス展開や観光産業、機器の開発・普及を通じた家電分野への好影響など多様な波及効果も有している。また、国際的にも高い競争力を獲得するに至っている分野もある。例えば、米国ゲームソフト市場のシェアの約4割を日系企業が占め、世界でテレビ放映されるアニメの65%が日本製といわれている(経済産業省「コンテンツ産業国際戦略研究会中間とりまとめ」より)。しかし、欧米の市場における欧米メーカーの追い上げは激しく、また、韓国・台湾などは国を挙げたコンテンツの国際展開への取り組みを開始しており、わが国コンテンツの優位性が脅かされている。
現在、コンテンツ産業の対GDP比は、日本が2%にすぎないのに対し、米国は5%、全世界でも3%を占めている(知的財産戦略本部資料より)。これは、わが国のエンターテインメント・コンテンツ産業がさらに成長する可能性を示唆するものである。エンターテインメント・コンテンツ産業自らが魅力あるコンテンツの創造に努力するとともに、政府も産業振興の観点から戦略的・総合的なビジネス環境整備を図ることにより、米国なみの水準を目指すべきである。

(3) デジタル化・ネットワーク化に伴う状況の変化

デジタル技術やネットワーク技術によって、個人がコンテンツの創作者・利用者となると同時に情報発信者になることができる時代になってきた。政府がe−Japan戦略で推進するブロードバンド・ネットワークの整備あるいは携帯インターネットの出現などにより、ネットワーク配信関連事業は大きな成長が期待されている。
こうした状況を最大限活かした新たなビジネスモデルを構築し、権利者がコンテンツに対する適正な対価を得ることを可能にしなければならない。新たな創造を生む基盤として、著作権の保護強化とコンテンツの円滑な流通・利用とのバランスをとった仕組みを構築していく必要がある。

(4) 産業界自らの課題

  1. デジタル化・ネットワーク化に対応した新たなビジネスモデルの構築
    エンターテインメント・コンテンツ産業は、わが国文化の発展に寄与し、海外に対してわが国文化をアピールしているという役割を改めて強く自覚し、世界に通用する魅力あるコンテンツの創造、デジタル化・ネットワーク化のメリットを十分に活かしたビジネスモデルの構築、に邁進する。そのためには、今まで以上に、自由な競争の下、自らの創意工夫を重ねていく。
    まず、ネットワーク環境の整いつつある国内市場においては、消費者の利便に資するビジネスモデルを自ら構築することで、市場の拡大を図る必要がある。わが国には、コンテンツ業界、ハード機器業界、通信サービス業界、それらを支えるブロードバンドのインフラのいずれもがバランス良く存在している。これらの関係者が総合力を発揮し、win-winの関係を築くには、さまざまな技術的な手段を利用して、コンテンツの利用に応じた対価徴収を可能とする、コンテンツの流通の仕組みをわが国の民間企業が率先して構築する絶好の機会である。例えば、ネットワーク配信を核とする新たなビジネスモデルを構築する環境は、世界で最も進んでいると考えられる。

  2. 国際競争力のあるコンテンツの創造と海賊版等への対応
    産業界として何より重要な点は、国際競争力のある良質なコンテンツを、それぞれの市場に応じて、どれだけ提供できるかということである。そのためには、そうしたコンテンツを生み出す企画力のある人材の育成・確保が不可欠である。産業界としては、これまで蓄積してきたコンテンツ創造の知恵・ノウハウを次世代に伝えなければならない。
    また、コンテンツの海外展開の障害となっている海賊版・模造品等への対策は、既に産業界としては自らできうる範囲内で解決に向けた行動をとっているが、国家間の問題を含んでいることから、政府による本格的な対応が必要な段階に来ている。

  3. コンテンツ産業の自己規律の徹底
    忘れてならないことは、エンターテインメント・コンテンツは、視聴覚を通じて人の感情や意識に直接働きかけるという特性を有しており、国民生活、とりわけ児童・青少年および家庭に与える影響が大きいという点である。したがって、エンターテインメント・コンテンツ産業には、高度の倫理性・自己規律が求められている。これまでも、関係業界や個別企業において、コンテンツの表現に関する倫理規定を設け、審査、自主規制を行ってきている。今後も、こうした自主的な取り組みを徹底し、表現のあり方に関し、消費者との対話も含め幅広い対応を継続していくことが必要である。

(5) 政府の役割

  1. 諸外国における国家戦略上の位置付け
    わが国では、エンターテインメント・コンテンツ産業は、国家戦略上、重要な位置付けがなされてきたとは言いがたい。しかし、フランスやアメリカの文化戦略が示すように、諸外国は国家戦略を策定し、通商政策の中に位置付けるなど文化戦略を国策として重視してきた。
    例えば、フランスは、17世紀ルイ14世の治世下、フランス学士院を設立して以来、積極的な文化戦略を推進し、現在に至るまで文化・芸術の中心としての国家イメージを保っている。一方、アメリカでは、1917年にクリール委員会の設置以来、輸出振興策の重要な柱として映画輸出を位置付け、政府支援を行い、現在世界のエンターテイメント・コンテンツ産業の半分をアメリカが占めることとなった。最近では、韓国などアジア諸国も文化戦略の重要性を認識し、大胆な施策を講じつつある。

  2. 総合的なエンターテインメント・コンテンツ戦略の構築
    こうした諸外国に比べ、わが国のエンターテインメント・コンテンツ産業のビジネス環境は劣悪である。文化・芸術交流の視点からの取り組みはあっても、国益増進の一環として、文化戦略をもち、各省庁がこれを共有して推進するという視点に乏しかった。このままでは、本来国際競争力のあるはずのコンテンツすら、世界的な競争において脱落しかねない。
    今後、政府において、エンターテインメント・コンテンツ産業の国家戦略上の重要な役割を認識し、また、デジタル化に対応した新たな視点から、個々の制度の改変にとどまらず、それぞれの制度・施策が有機的に関連し、省庁の垣根を取り払った総合的なエンターテインメント・コンテンツ戦略を構築すべきである。著作権制度を含めコンテンツの法的保護についても、より産業政策的視点にたって議論を深めていくことが望まれる。
    その第一歩として、こうしたエンターテインメント・コンテンツ戦略のバックボーンとなる基本的理念と国の役割を「エンターテインメント・コンテンツ・ビジネス振興法(仮称)」として制定し、個々の具体的なコンテンツ政策の指針とすべきである。

2.具体的な課題

以上の考え方を踏まえ、エンターテインメント・コンテンツ産業の成長基盤整備の観点から、優先的に取り組むべき課題を以下に掲げる。

(1) 国際競争力のあるコンテンツの創造に向けた人材育成

わが国コンテンツの市場拡大を推進していく上で何より重要な点は、良質なコンテンツをどれだけそれぞれの市場に提供できるかということである。そのためには、国際競争力のあるコンテンツを生み出す人材の育成・確保が不可欠である。わが国伝統文化も含めて、技術論のみならず基礎理論から最新テクノロジーまでカバーする体系的・総合的な教育を行う人材養成機関の設置、既存教育機関等の改変・拡大、さらには、国際的な人材交流の観点から交換留学制度等が必要である。また、養成機関においては、日本人のみならず海外からの人材を積極的に受け入れるべきである。そのための奨学金制度を設けるとともに、こうした海外からの人材が日本にとどまり活躍するための環境整備を進める必要がある。

(2) 国際展開の推進

  1. 国際見本市・映画祭等
    日本のコンテンツの輸出を促進するには、大規模で組織的なプロモートの機会を設けることが重要である。基本的には個別企業の努力に負うべきものではあるが、世界に日本の文化を発信する出発点となる国際見本市や映画祭などに対する政府の支援を拡充し、国産コンテンツの輸出促進、海外市場の開拓を図るべきである。

  2. 海賊版・模造品対策
    アジア市場における海賊版・模造品の被害は依然拡大している。水際対策を充実させるとともに、被害が海賊版・模造品の製造が行われている国、それらが出回っている国の政策・執行の問題に起因している場合には、日本政府として、個別問題の解決支援を含め、当該国への働きかけ(制度・運用の改善を含む)を強化する必要がある。
    特に、中国はアジア最大の市場であり、わが国エンターテインメント・コンテンツ産業にとっても将来が期待される市場である。現在、中国は、WTOに加盟後TRIPS協定に従って、法令の整備を行っているが、広大な国土の為、法令の浸透と取締りが徹底されていない。その解決のため、海賊版・模造品製造の被害を受けている各国政府とも連携をとり、中国政府関係への罰則強化・海賊版取締り要請、意匠・商標出願審査速度の向上の要請及び支援(自国出願・審査情報の開示等)を継続的に行うべきである。また、中国の知的財産権政策の実施を担う人材育成にも積極的に協力すべきである。
    同時に、一般の人々に著作権の意味をよく理解してもらい、自浄作用を促進するために、中国での著作権保護団体と協力し、著作権の啓蒙普及を行うことも必要である。
    一方、民間においては、各社は個別に海賊版・模造品対策について努力をし、そのノウハウ・経験をもっている。企業の協力を得て、少なくとも各業界団体レベルで一定のまとまりをもった海賊版・模造品対策が遂行できる枠組みを作り上げることが急務である。

(3) 国内市場の拡大

  1. ブロードバンド時代を見据えた市場創造
    ネットワーク環境の整いつつあるわが国において、ネットワーク配信関連事業の創造のためには、技術的手段を活用して、コンテンツの利用に応じて対価の徴収が可能なシステムを産業界自らが早急に構築することが必要である。
    まず、適切な法的保護と技術的保護という基盤に立ち、権利者の保護等と利用の促進のバランスがとれた流通環境の整備の第一歩として、適正な利用料率の策定や簡便な許諾手続きによる権利処理システムの確立を図るべきである。なお、日本経団連としても昨年2月にブロードバンドコンテンツ流通研究会を設け、権利者・利用者両団体の参加を得て両者間の合意形成促進を働きかけている。
    あわせて、コンテンツの2次、3次利用を可能とするため、利用許諾申請の迅速化に向けた権利情報も含めたメタデータベースの構築、円滑な利用の促進に向けたアーカイブデータベースのセクター間を越えた連携など新たな権利処理システムの構築を図るべきである。

  2. 中古ゲームソフト流通の見直し
    中古ゲームソフト市場は99年から急増傾向にあり、現在、新品と中古合わせた国内ゲームソフト市場の3割を超える規模に達している。一方、美麗なグラフィック、長大なシナリオ、複雑なシステムのゲームソフトが求められる中、その開発には、膨大なマンパワー、制作期間、コストを要するようになっている。拡大する中古品販売により、ゲームソフトメーカーは新たなソフト開発に不可欠な収益を確保することが著しく困難となり、創作意欲喪失の危機にある。わが国ゲームソフトメーカーが魅力溢れるソフト開発に取り組むようにするには、ゲームソフトメーカー、流通業者、消費者それぞれが納得できる、中古販売による利益を著作権者に還元するシステムの構築、法的側面等についての検討が必要である。なお、中古ゲームソフト流通問題の法的側面については、日本経団連の著作権に関する懇談会において、コンテンツ産業とIT産業の協調による産業競争力強化の観点から、優先課題として検討する。

  3. コンテンツ製作環境の整備
    競争力のあるコンテンツを創造するためには、その重要なファクターとなっているコンテンツ製作環境を整備する必要があり、税制、規制さらには資金調達手段のあり方を検討する必要がある。
    企業の租税負担のうち、法人所得課税の割合は、経済界の働きかけによる法人実効税率の引下げなどの成果として確実に軽減されている。ただし、デジタル化に伴う設備投資促進税制の整備、ソフトウエアに関する企業会計と税制上の取扱いの乖離の解消、連結納税制度の見直し等残された課題は多い。一方、法人所得課税における税負担軽減の効果を相殺しているのが、固定資産税などその他の税負担の高どまりである。特に、撮影所の固定資産税負担は、その経営を困難にさせており、早急な軽減措置が必要である。
    また、資金回収リスクの高いエンターテインメント・コンテンツ産業の特性を考慮し、海外からの投資の拡大も含め、新たな投資スキームの構築やそれに対応した税制面での手当てを検討する必要がある。
    一方、特に映画製作にあたっては、ロケ撮影の際、公共施設の管理者の許可が得られない、あるいは申請手続が複雑、申請先が多岐にわたるなどの障害が指摘されている。また、使用許可を得ることができたとしても、交通法規等による規制が適用されるなど、日本国内でロケ撮影は困難を極めている。近年、地域イメージの向上や観光振興の観点から自治体においてフィルムコミッションの設置・運営が始まっており、こうした動きを促進するとともに、規制の撤廃、申請手続の簡素化などを早急に進めるべきである。

  4. 放送メディアにおけるコンテンツの活用
    国民における価値観とメディアへの期待は多様化、個性化してきている。そうした期待に応え、国内コンテンツ市場を拡大し、また、国民生活にとって有意義なコンテンツを十分提供する上で、放送メディアの果たす役割は重要である。そのような観点から、多チャンネル有料放送の視聴者への認知普及促進、メディアの有する既存コンテンツの積極的な活用が必要である。特に、NHKが保有するコンテンツは、受信料によって制作された国民の貴重な財産であり、潜在的な利用ニーズが高いことから、その有効かつ公平な活用と流通を図ることが重要である。

  5. 啓発活動
    ネットワーク化に伴う創作手段・利用手段の爆発的な拡大・普及に対応し、あらゆる職種・年齢層の人々を対象として、権利侵害の未然防止に向けて、著作権に関する知識と意識を普及させるため、総合的な著作権普及啓発事業を官民が協力して推進する必要がある。
    また、店頭における万引きの被害は、例えば、書店1店あたり平均で年間210万円、年間売上額の1〜2%(平成14年10月経済産業省調査)にも及んでいる。これは書店の経常利益率に匹敵する金額である。しかも、犯行は「セミプロ化」「低年齢化」「凶暴化」しているといわれている。実際、万引き犯を取り押さえた店員が負傷する事件も多発しているという。青少年の倫理観の希薄化は、違法コピーの氾濫にも繋がる。このような事態を打開するには、短期的な取り締まりや行政の力だけでなく、万引きを犯罪として厳しく咎める世論の形成、家庭・学校での教育といった長期的に腰を据えた取り組みが欠かせない。各界各層の非行対策への機運を盛り上げるため、官民挙げた啓蒙活動に早急に取り組む必要がある。

以上

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