[ 日本経団連 ] [ 意見書 ]

外国政府の不公正通商措置等に対する
調査開始申立制度の整備を求める

2004年2月13日
(社)日本経済団体連合会

WTOの対象範囲の拡大や加盟国の増加、二国間・地域経済連携協定の推進等により、国際通商体制のルール化が進む中で、諸外国政府による国際ルールの遵守状況に対し、わが国企業もますます強い関心を持つようになっている。

経団連(当時)は、「次期WTO交渉への期待と今後のわが国通商政策の課題」 (1999年5月)、「戦略的な通商政策の策定と実施を求める」 (2001年6月) の提言の中で、外国政府による不公正な通商関連措置等によって企業が損害を被った場合に、日本政府に調査の開始を求めるための手続きを整備することを求めてきたが、未だ実現には至っていない。

米国が1974年通商法、EUが貿易障害規則という形で、諸外国による不公正な措置への対応を法制度として整備しているのに対し、日本において国内手続きが未整備であることは、わが国企業による海外事業活動の安定性を損なう恐れがあり、外国政府に対する交渉力を削いでいる面もある。こうした手続きの整備は、わが国の行政運営における透明性及び公正性を高めるとともに、国民参加の機会を拡大するためにも重要である。わが国において事業を遂行する外資系企業に対しても、こうした手続きが整備されることは、対内直接投資の促進というわが国政府の重要施策にも貢献するものと考える。

さらに、こうした動きは、諸外国に対しWTOを中心とするルールに基づいて、自由貿易を阻害する措置等の是正を促す効果をもち、ひいては、国際通商システムの安定化にも貢献する。

そこで、わが国経済界は、わが国政府が、一刻も早く外国政府の不公正通商措置等に対する調査開始申立制度を整備することを強く求める。

1.調査開始申立制度の必要性

(1) 国際的な動向

GATTウルグアイ・ラウンド交渉を経て1995年にWTOが誕生して以来、多角的な国際通商システムにおいてルールの精緻化が進んでいる。現在のWTO交渉も、市場の自由化、並びにルールのさらなる精緻化のプロセスと考えられる。WTOにおける紛争処理メカニズムも、GATT時代と比べ、パネル設置や報告の採択の承認に関する自動性の向上、解決に要する期限の設定ならびに中立的な上級委員会の設置等により、その有効性を高めている。その結果、WTO紛争処理手続きに付託された案件数は、1995年から2003年までの9年間で304件にのぼり、GATT時代(1948年から1994年の47年間)の合計314件とほぼ並んだ。
また近年は、わが国を含む多くの国が、WTO交渉と並行して、二国間・地域の経済連携協定(EPA)、自由貿易協定(FTA)に取り組んでおり、こうした協定の多くには、紛争解決に関する規定が盛り込まれている。
欧米では、こうした国際通商協定に違反する通商措置・慣行が維持または採択されることを防ぐために、こうした措置等により直接的な影響を受ける企業・団体が、紛争処理制度を活用することによって、自国政府に是正措置を取るよう求めるための法制度が整備されている。さらに、韓国や中国においても、こうした制度整備の検討が進んでいる。

(2) わが国の現状

こうした中、わが国においては、例えば、毎年発行されている「不公正貿易報告書」の作成過程において、企業・団体等が経済産業省に対して、外国政府による不公正な通商措置等に関する情報を提供することは可能であるが、その是正に向けた調査開始を求める手続きは欠如している。
そのため、現状では、外国政府によりこうした措置等が取られた場合、わが国企業は、所管主務大臣に対して、業界団体等を通じた働き掛けを行なうしかない。こうした方法は、政府側、民間側ともに現実的な対応を可能にするという意味で評価できる点もあるものの、行政による裁量を認めることになることから、不透明さや不安定さも同時に指摘されてきた。
また、所管省庁の一例として、一般的な鉱工業品に関する問題であれば経済産業省、食品・農林水産物に関する問題であれば農林水産省、電気通信サービスに関する問題であれば経済産業省ならびに総務省、運輸・物流、建設サービスであれば国土交通省、関税評価に関する問題であれば財務省、入管・就労に関する問題であれば厚生労働省や法務省等というように、問題によって異なっており、それぞれの省庁における対応が統一性に欠ける点も指摘されてきた。さらに、問題によっては、所管主務大臣が容易に特定できない場合もある。

(3) 基本的視点

企業が政府に対して申し立てを行なう際の予見性及び安定性を高めるためには、政府が統一的に、公正かつ透明な法手続きを整備する必要がある。こうした制度は、大企業はもとより、政府に対して直接のコンタクトを持たない中小企業や地方企業にとって大きなメリットになる。
企業が政府に対して調査開始を求めるための手続きを整備することは、直接の利害関係者たる企業や団体にとってだけでなく、不公正な通商措置等によって間接的な被害を蒙っている相手国国民の福利厚生の増大にも資するものであり、ひいては自由貿易の推進と国際通商法秩序の確保を通じて世界経済全体の利益にもつながる。
なお、こうした制度は、国内事業者による申立を法的に可能とする制度であり、現在のように所管主務大臣が職権により調査開始を決定することを排除するものではない。双方の方式が併存することが望ましい。

2.望まれる手続き

わが国経済界は、外国政府の不公正通商措置等に対する調査開始申立に関する法律を制定することを求める。政府は、こうした法整備とあわせて、専門的な人員の拡充、必要な予算措置等を積極的に講じるべきである。
具体的な手続きの内容は、以下の通りである。なお、以下は、欧州委員会の理事会規則3286/94(いわゆる貿易障害規則)ならびに米国1974年通商法301条〜310条を参考としつつ、2003年10月から12月にかけて日本経団連が会員企業563社に対して行なった「日本の国内通商法制に関するアンケート調査」(回答者数121社・団体、回答率21.5%)等に基づいている。

(1) 措置の対象
措置の対象は、わが国が締約する国際協定が保障する利益に不利益を与える又はそのおそれのある全ての措置・慣行を対象とする。こうした国際協定には、WTO諸協定、二国間・地域の経済連携協定等が含まれる。対象行為には、モノ及びサービスの貿易、投資、知的所有権等に関する協定に包含される、全ての措置等を含む。

(2) 申立要件
申立要件は、企業が悪影響を被った又は被るおそれのある、外国政府による国際協定が保障する利益に不利益を与える又はそのおそれのある措置・慣行の存在とする。

(3) 申立者
申立者は、悪影響を被った又は被るおそれのある全ての国内事業者とする。こうした国内事業者には、日本国内で事業活動を行っているすべての輸出者、私企業、業界・経済団体、生産者団体ならびに労働団体等が含まれる。

(4) 申立窓口・調整
政府に対して申立を行なう窓口を内閣に設置する。
なお、この問題は外国政府と通商交渉等を行なう権限及び組織の一元化とも関連するため、そのあり方について政府に早急な検討を求めるとともに、経済界としても考えを取りまとめていきたい。

(5) 申立形式
申立者は、悪影響を与える又は与えるおそれのある措置等に関して、調査の開始を行なうのに必要最低限の証拠をもって、政府に対して調査の開始を申し立てることが出来るようにする。申し立てにおいて添付すべき基本的な書類は明示される必要がある。また証拠については、申立者が合理的に収集し得るものとする。
こうした申し立ては、紛争処理手続きへの付託までは求めるものではないが、こうした措置等が国際協定に違反し、当該措置等が是正されていない場合には、協議又は紛争処理手続きを利用することを念頭に置いて調査を行なうことを期待する。

(6) 処理期間
政府は、企業・団体からの申し立てを受けてから一定期間内で当該案件について正式に調査を開始するかどうかを決定する必要がある。従って、期間については、例えば、原則として45日以内での決定を義務付ける。
さらに調査開始をした後、審査報告の提出までについても例えば6カ月といった期限を設けるとともに、審査報告の提出から、政府が何らかの措置を決定するまでの期限も、同じく6カ月といった期限を設けることが求められる。こうした期限の設定は、問題の迅速な解決を望む企業・産業にとってきわめて重要である。

(7) 理由の提示
政府は、調査を開始しないとの決定に達した場合には、申立者に対して、訴えを却下した具体的な理由を、書面により速やかに回答通知することが求められる。これは、例えば調査を開始するに足る充分な証拠が存在しない、或いは国民的利益から著しく乖離するため調査を開始しないと判断した場合も同様とする。

(8) 適正手続
調査開始に関する通知、利害関係者による意見提出・公聴会の開催等の基本的な適正手続が確保される必要がある。

(9) 情報提供・目的外利用の禁止
政府は、申立者の求めに応じて、申し立てに係る審査の進行状況等を示す必要がある。また、政府による最終的な判断結果は、申立者の同意を前提として、秘密情報に係る部分を除いて、一般に公開すべきである。また提供した情報については、目的外利用の禁止を明記する。

(10) 既存法令との関係
わが国においては、企業が、政府に対してアンチ・ダンピング措置(不当廉売関税)及び相殺措置の発動を求める場合の手続法・制度は、関税定率法において基本的に整備されている。しかし、これらの措置ならびにセーフガード措置に関しても、手続きの迅速化、企業の申立権の明文化等、改善すべき点は多い。また、関税定率法、外国為替及び外国貿易法等の関連する既存法令については、必要に応じて、新法との整合性を確保するよう改正する必要がある。

以上

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