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「知的財産推進計画」の改訂に向けて

2004年3月16日
(社)日本経済団体連合会

「知的財産推進計画」の改訂に向けて【概要】
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はじめに

政府は、昨年7月に「知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画(以下、推進計画)」を策定するとともに、推進計画に沿って施策を推進しつつあり、その成果は今国会への多くの関連法案の提出という形で表れてきている。こうした知的財産立国の実現に向けた大きな流れを、産業界としても高く評価するところである。
推進計画は、その進捗状況や環境の変化などに応じて、必要な施策の追加・拡充を図ることが予定されているが、日本経団連としても、この1年間における推進計画の進捗状況や、その後の情勢変化を踏まえて、推進計画の見直しにあたって、以下の通り意見を述べるところである。
言うまでもなく、知的財産にかかる政策は、わが国産業全体の国際競争力を高めるために行われるべきものである。
これまで、わが国は、デバイス産業、化学・素材産業などが自動車、エレクトロニクスなどの産業を支える形で、競争力の維持・強化を図ってきた。これらの産業においては、今後も、知的財産を数多く創出し、活用していくことで、世界市場で競争力のある付加価値の高い製品を生み出してくことが求められており、政府も、これを促進するための政策を強力に推進すべきと考える。
推進計画に盛り込まれるまで国の政策としてあまり顧みられなかったコンテンツ分野は、特に、わが国文化の発展に寄与し、海外に対してわが国文化をアピールするという大きな役割を果たすのみならず、他分野への波及効果も大きく、わが国の将来を担う産業として非常に重要な分野である。諸外国では、すでに国富の源泉と位置付け国策として振興に取り組んでおり、このままではわが国は、国際的に大きく立ち遅れるおそれがある。今回の改訂にあたり、コンテンツ政策を国家戦略としてより一層明確かつ具体的に打ち出すべきである。
さらには、推進計画の改訂にあたり、政策の実施によって、製造業やコンテンツ産業などの分野で、わが国の国際競争力がどの程度向上したかについて評価する仕組みを組み込むことが重要と考える。

I.特に推進すべき課題

1.知的財産の創造、保護、活用

創造のインセンティブの確保、新たに生み出された知的財産の適切な保護、その効果的な活用を図る目的は、わが国産業の国際競争力の強化である。
これまで推進計画を踏まえて、知的財産訴訟に関する改革、知的財産高等裁判所の創設、水際における情報開示制度の導入など、さまざまな分野において具体策が取りまとめられているが、今後は、わが国産業の国際競争力の強化の観点から重要な課題に重点的に取り組む必要がある。

(1)実効ある産学連携の推進と知的財産権の活用

大学において、知的財産本部の設置など、知的財産権に関する意識が高まってきていることは評価できる。知的財産権は、確保すること自体が目的ではなく、事業に活用してこそ意味を持つものである。また、知的財産権を確保してから事業化を図るには、様々な努力と相当の期間が必要とされることが通例である。
大学の知的財産権の活用にあたっては、産業界の将来のニーズを大学が受け取り、共同で研究を行って、その成果を企業が事業化をしていく形が一般的であり、大学の知的財産権がすぐに企業に活用されるケースは限定的であると思われる。
産学連携をより実りのあるものとしていくために大学に特に期待したいことは、将来の新産業、新事業につながるような研究成果などをもとに、産業界のニーズを踏まえて共同で研究を進めることである。知的財産権の短期的活用のみに重点をおくことは、決して望ましいとはいえないと考える。
さらには、組織としての総合力の発揮である。科学技術が融合し、国際競争が激しくなる中で、個人の力だけでは限界がある。大学の個性に応じて、学部、学科などの枠を越えて総合力を発揮するとともに、研究成果が数多く創出されるような環境を整備し、グローバルな競争力を確保すべきである。
知的財産権の取り扱いに関しても、組織としての総合力を発揮するために、機関帰属を進める必要がある。また、産学連携にあたっては、技術分野や産業分野に応じて、産学双方にとって公正で柔軟な契約の実現を目指す必要があり、そのため、産学双方による話し合いを進めることが重要であると考える。

(2)職務発明に関する制度の見直し

最近、職務発明の相当の対価をめぐる判決がいくつか出されているが、現行の特許法第35条に基づく対価請求の仕組みは、知的財産権を柱とする企業の経営戦略を根本から覆すおそれがある。
利益や貢献度の算定方法が不明確であるため、職務発明の対価についての予見可能性がなく、裁判を行わないと対価が確定できないのでは、投資収益の見通しが立たなくなってしまう。製品化し、利益をあげるまでには、発明者以外の多くの従業者の多大な努力が必要であること、一つの製品に何百、何千の特許が関係することが少なくなく、個別の特許ごとに評価に差をつけるのが不可能なケースが多いことへの配慮も不十分である。また、多数の失敗の中からわずかの成功が生まれ、その成功から得られた利益を次の研究開発投資に充当しており、その際のリスクは研究者ではなく、企業が負っていることが考慮されていないことも問題である。さらには、わが国特許法のような職務発明規定は海外でもほとんど例がなく、わが国への外国企業による研究開投資に悪影響を及ぼすことも懸念され、わが国は技術の最先進国から取り残されかねない。
職務発明の処遇については、国際競争力の維持、強化のため、企業自らが優秀な人材を集めるべくインセンティブを高めることが基本である。職務発明の対価の額の決定については、世界的な潮流に合わせ、特許法第35条により裁判所が決定するのではなく、企業において合理的なプロセスのもとで定められた取り決めに委ねるべきである。
政府において、特許法第35条の改正案がとりまとめられており、この改正案を早期に成立させるとともに、企業と研究者の間で個別契約が結ばれ、その契約が双方の意思を反映しているものであるならば、その契約はすべて合理的とされ、その内容が裁判において尊重されることが法案の趣旨であることを明確化すべきである。
また、今後、特許庁において、参考事例集の作成を行う予定となっているが、作成にあたっては、労使関係を対立構造と捉えるのではなく、企業という様々な人々が集まる組織の一員として研究者が力を発揮することが企業と研究者の双方にとって望ましいという視点で捉えることが重要である。
さらには、同条改正後も、職務発明をめぐる訴訟の状況や、企業における運用状況などを見きわめながら、不断に検討を進め、産業競争力の強化という目的に照らして制度の評価、見直しを行っていくべきである。

(3)模倣品・海賊版対策

ここ数年、各企業の権利行使や行政摘発など官民あげての模倣品・海賊版対策が実施され、模倣品・海賊版の排除はその効果があがりつつあるが、今後も引き続き、関係政府機関の連携の下に、海外における被害実態の調査、海賊版・模倣品の摘発・訴訟への支援、海外諸国における知的財産意識の昂揚のための啓発活動への支援、相手国政府への働きかけなど、海外での海賊版・模倣品対策の強化や、わが国の水際および国内での強力な取締り、政府における個別相談・申立窓口の設置・一元化を進めるべきである。特に、米国に見られるように、模倣品製作国に適切な対応を早急にとるよう強く求めるべきである。
製品分野においては、近年、商標や意匠の一部を変更するなど模倣品実態が高度化していることから、侵害の判断と摘発のプロセスに時間と費用がかかるようになってきている。わが国の産業競争力を維持し、模倣品に対する根本的な解決を図るためには、模倣品問題を世界レベルの通商問題としても再認識し、模倣品製作国に適切な対応を求めるべきである。また、海外における模倣品対策強化のため、意匠権に関する国際的ハーモナイゼーションを推進すべきである。
さらに、特許権侵害については、司法または行政において、技術と法律の双方がわかる人材を活用し、当事者の主張をもとに侵害か否かについての判断を迅速に行う仕組みを導入し、その結果をもとに、税関がその侵害品を輸入者が誰かにかかわらず差止めるようにすべきである。

(4)国際的な知的財産の保護

特許制度は国ごとに整備されてきた経緯から、現在でも属地主義が大原則とされているが、一方で特許制度を利用する事業のグローバル化は著しい。
将来的な世界特許システムの実現に向け、審査協力の推進、わが国における補正出願と分割出願が可能となる期間の拡大、米国における出願公開制度の全面的な導入の働きかけなどに、引き続き積極的に取り組むべきである。
また、わが国企業の海外出願の負担を軽減する観点から、機械翻訳の電子辞書の充実と公開、標準技術用語集の作成に取り組むべきである。

(5)企業グループにおける知的財産の活用

企業においては、近年、事業再編にともなって知的財産権を別会社に移転させるなどのケースが増えていることから、グループ全体の知的財産を効率的に管理、運用することが、グループ全体で最適な知的財産戦略を構築していく上で重要な課題となっている。
第三者との条件交渉、契約作成などの発明に関する業務をグループ企業(完全子会社以外も含む)に行わせた場合、弁護士法第72条に抵触する可能性がある。発明に関する業務については、グループ全体の代表として一グループ企業(完全子会社以外も含む)が行うことを可能とすべきである。

(6)戦略的な国際標準化活動の強化

複数の権利者が存在する場合には、標準を普及させるために、権利者が集まり、標準化団体の外で、参加者の合意に基づき明確化したRAND(妥当かつ非差別的:Reasonable And Non-Discriminatory)条件により運用されるパテントプール機構を形成するケースが増えているが、パテントプール結成が関係者間で合意された場合には、パテントプールがスムーズに運用される環境の整備が重要である。
これらのパテントプールはグローバルに形成されることが多いので、制度面での国際的調和に十分に留意しつつ、わが国においても、独占禁止法上問題とならないパテントプールについて考え方の明示が必要である。
必須特許の保有者でパテントプールに参加しない者の過度な権利行使に対して、独占禁止法上、何が問題であるかについての考え方を整理するとともに、特許法の裁定実施権の適用を含め対抗措置を検討すべきである。
これらのパテントプールに関し、独禁法上の環境整備を行う際には、ガイドライン化を検討すべきである。

2.コンテンツビジネスの飛躍的拡大

メディアの多様化、ブロードバンドの急速な進展により、コンテンツの需要は国内・国際を問わず著しく拡大している。欧米のみならず中国や韓国などのアジア諸国はコンテンツ産業の振興を重要な戦略として位置付け、世界のコンテンツ市場の獲得に向けた熾烈な競争を始めており、国家の命運をかけて様々な施策を展開しつつある。これに対し、わが国のコンテンツ政策は諸外国に比べ極めて遅れており、アニメやゲームなどかつて日本がトップランナーであった分野においてさえ、競争力を失いつつある。こうした危機感を国民が共有し、コンテンツをわが国の将来を支える柱の一つとして育て、ハードとソフトの双方がわが国を支える形へと産業構造を転換させていくには、国は、世界的な展望をもって、コンテンツ政策を早急に国家戦略として打ち出さねばならない。そのために、コンテンツ産業振興の国家戦略としての重要性を国民に周知するとともに、財政、税制、法制など各分野にわたり抜本的な施策を明確に示すべきである。昨年11月の当会提言「エンターテインメント・コンテンツ産業の振興に向けて」において指摘した課題はもとより、以下に掲げる課題に取り組む必要がある。

(1)人材育成

コンテンツ事業の振興には、何よりもそれを担う人材の育成が不可欠である。特に、国際展開を視野に企画・製作し、世界を相手に資金調達やライツ・マネージメントができる映像プロデューサー、専門領域にとどまらず制作全般に通暁し、国際競争力のある作品を制作できる人材(映像プロ)の育成確保が急務である。そのため、高等教育における学部・学科、大学院(専門大学院を含む)、エクステンション・プログラム等の創設も含め、高等教育における映像産業全般の専門人材育成に向けた大学等の自主的な取り組みへの支援の強化、映像プロを目指す基礎となる裾野教育の充実を行う必要がある。
また、こうした教育活動のサポートを行う他、独自の機能(留学、研修、アーカイブ、表彰、製作助成等)を持ち総合的に映像産業全般の振興を推進する、米国のAFI(American Film Institute)や英国のThe UK Film Councilのような機関の設置を支援すべきである。

  1. 専門職大学院の創設への支援
  2. 学部・学科、大学院、エクステンション・プログラムの創設等、高等教育における映像産業全般の専門人材育成に関する自主的取り組みへの支援強化
  3. 義務教育・高等学校・大学一般教養課程における映像関連教育の充実
  4. 映像産業全般の振興推進機関の設置への支援
(2)コンテンツ振興税制の創設

競争力のあるコンテンツを創造するためには、その重要なファクターとなっているコンテンツ製作環境を整備する必要があり、その中でも税制は極めて重要である。諸外国では様々な税制上の支援策を設けている中、これに対抗しうるような措置が不可欠である。コンテンツ産業の特性に応じた税制上の措置(製作投資、寄附、設備投資等)を総合的に整備すべきである。

(3)ロケーションの円滑化

国や自治体の管理する施設、港湾、道路などの公共施設におけるロケーションへの便宜供与は、財政負担の少ない、実質的な行政の支援である。また、観光誘致効果やロケーションに伴う直接の経済効果も期待できる。ロケーションを円滑に進めるには、行政のロケーションへの便宜供与のルール化が必要である。特に世界的に注目度の高い東京が率先して、警察等との連携のもとフィルムコミッションを充実させる必要がある。

  1. 国有施設などの公共施設のロケーション許可に関する窓口の設置や申請・許可ルールの整備
  2. 警察官や消防士の出動など警察や消防の協力に関するルールの整備
  3. 東京都におけるフィルムコミッションの充実
(4)東京国際映画祭及び東京ゲームショウ等、国際的なコンテンツ関連イベントに対する支援

東京国際映画祭及び東京ゲームショウなど既存の国際的なコンテンツ関連イベントを世界的に権威かつ独自性あるものとすると同時に、映画・ゲームのみならず、すでに具体的な取り組みが進んでいる音楽や、テレビ番組などを含めた世界の有力なコンテンツマーケットに成長するよう、施設面の充実を含めた政府の支援を拡大すべきである。また、こうした観点から、東京国際映画祭と近接した時期に、東京ゲームショウの他、様々なコンテンツ関連のイベントを併行して開催し(仮称:東京エンターテインメント・コンテンツ・フェスティバル)、わが国コンテンツを集中的に世界的にアピールすることを官民一体となって検討すべきである。

  1. 東京国際映画祭及び東京ゲームショウへの支援
  2. 1. に付随した音楽、映画、ゲーム等のコンテンツマーケットの創設への支援
  3. 東京映画祭及び東京ゲームショウを含めコンテンツ関連イベントの集中的開催の検討
(5)権利情報データベース整備への支援

コンテンツの二次利用の促進、クリエーター、実演家等への正当な利益の分配を行う基盤として、コンテンツに係る権利情報のデータベースの構築が不可欠であり、民間における取り組みに対し政府として支援すべきである。

(6)万引き・コンテンツ不正複製への対応

わが国コンテンツ事業の発展の障害の一つとなっている万引きや不正複製を未然に防止する観点から、各業界における万引き・不正複製の防止に向けた啓発活動を政府としても支援すべきである。また、盗品の売買が想定されることから、古物営業法に係る規制の見直しや各自治体における青少年健全育成条例の改正を行うべきである。併せて、政府において、古書・新古書店における取引の実態等の調査を行うべきである。

  1. 各業界における万引き・不正複製の防止に向けた啓発活動への支援
  2. 古物営業法に係る規制の見直し(施行規則16条)
  3. 自治体における青少年健全育成条例の改正(年齢や18歳未満の場合の親の同意の確認、違反者に対する罰則強化)
  4. 古書・新古書店における取引実態等(18歳未満の者に対する親の同意の確認、万引き防止等のための自主的取り組み等)の調査
(7)コンテンツの社会的影響に関する調査・研究

コンテンツ産業は、高度の倫理性・自己規律が求められていることを強く自覚し、コンテンツの表現に関し自主的な取り組みを検討・実施していくとともに、消費者との対話も含め幅広い対応を継続していくことが必要である。政府においても、青少年を含め社会に対するコンテンツの影響については解明されていないことから、専門的な調査・研究を行う他、コンテンツに関する国民の理解を深めるよう努めるべきである。

II.その他

1.営業秘密管理および技術流出防止について

企業がグローバル戦略のもとで、海外展開から収益を多くあげていくためには、自社の技術、他社の技術を問わず、海外展開によって生ずる「意図せざる技術流出」を防止していくことが重要である。産業競争力の観点から、わが国企業は、営業秘密の管理や、技術流出の防止に、積極的に取り組む必要がある。
昨年、経済産業省では、営業秘密管理指針および技術流出防止指針を取りまとめ、公表したところであるが、これをさらに規格化する動きがある。営業秘密の管理や、技術流出防止は、企業が実態を踏まえながら自らの判断と創意工夫で対応すべきものである。
規格化によって、取引先からの要請により任意性が実質的に失われたり、企業における取り扱いを第三者が認証したりすることは、適切ではないと考える。営業秘密管理指針や技術流出防止指針は、企業が自ら営業秘密管理や技術流出防止に取り組む上での参考にとどめるべきであり、規格化には馴染まないと考える。

2.音楽CD等の還流問題

日本経団連では、昨年11月12日に、「音楽CD等の還流問題に関する考え方」をとりまとめ、(1)還流問題解決のために輸入を制限する最小限度の著作権法上の措置を講ずることはやむを得ないこと、(2)前提条件が変化した場合や消費者に与える影響が予想と異なった場合には、輸入権は役割を終えるべきであることなどの意見を公表したところである。
現在、音楽CDの還流防止措置の法制化が進められており、関係者の努力を多とするところであるが、推進計画の見直しにあたっては、先の考え方で示したように、音楽CDの還流防止措置について、法施行後一定期間経過後に見直すことを明らかにすべきである。

以上

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