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21世紀を生き抜く次世代育成のための提言

−「多様性」「競争」「評価」を基本にさらなる改革の推進を−

2004年4月19日
(社)日本経済団体連合会

はじめに

資源の乏しいわが国にとって、競争力の源泉は人材である。とりわけ、少子化・高齢化が進展する中で、活力ある経済・社会をつくるためには、国民一人ひとりが目的をもって生き生きと活躍することが必要である。
戦後の高度成長を可能としたのは、国民一人ひとりの高い勤労観と倫理観に加え、全ての国民に対して高い水準の義務教育が実現し、均質な人材が社会に送りだされたことであった。
これに対して、21世紀はIT化、グローバル化が進展し、情報が瞬時に共有化され、多様な価値観がぶつかり合い融合する時代である。その中で、わが国企業は、創造的な製品、サービスを供給することでグローバルに展開される競争を勝ち抜いていかなければならない。
日本人が世界の舞台で活躍しこの競争を勝ち抜いていくためには、これまでわが国社会が誇ってきた倫理観を改めて身につけ、あわせて自国の文化や歴史などの教養をしっかり持つことが重要である。その上で、与えられた知識だけに頼るのではなく、ものごとの本質をつかみ、課題を設定し、自ら行動することによってその課題を解決していける人材を育成することが急がれる。また、教養を備えた各界におけるリーダーの養成も必要である。
しかし、現在の学校教育は、卒業後の実社会で必要とされる知識と判断能力を十分身に付けさせているとは言い難い。受験のための教育が中心となっているため、学生・生徒の知的世界が狭まっている。急速に進むIT化への対応や国際的なコミュニケーション能力の向上、さらにはものづくりのベースとなる理数系の知識の修得などの面で、学校教育が取り組むべき課題は多い。
より基本的な問題として、いじめや学級崩壊、青少年の規律・風紀の乱れ、少年犯罪の増加といった問題に直面している。近い将来、実社会において生活するための基本的な資質すら持たない青年が増加し、これまでわが国の経済・社会を支えてきた人材力の基盤が崩れ、国家の根幹を揺るがす懸念がある。企業においても、経営者および従業員の倫理観の低下がその存続を危うくする時代であり、家庭や学校における倫理教育の重要性について社会的に関心を高める必要がある。
こうした状況を踏まえ、今こそ、教育を国家戦略の重要な柱として位置付けることが必要である。
日本経団連では、昨年1月1日に公表した新ビジョン「活力と魅力溢れる日本をめざして」の中で、多様性のダイナミズムを引き出すためには、自分の得意分野を持つ多彩な個人と、社会の諸分野で活躍するリーダーが必要になると指摘し、そうした人材を育成するために、均質性を重視してきたこれまでの教育のあり方を根本から見直すことを求めた。以下において、新ビジョンの実現に向けてこれからの教育のあり方を具体的に提言する。

1.産業界の教育界に対する期待

現在、企業は内外の企業との熾烈な競争の中にあり、特に、知恵で競い合う時代になっている。こうした中、産業界は以下の3つの力を備えた人材を求めている#1
第1に「志と心」である。「志と心」とは、社会の一員としての規範を備え、物事に使命感をもって取り組むことのできる力である。顧客への対応や関係企業との関係をはじめ、事業活動を推進していく上で、誠実さや信頼を得る人間性、倫理観を備えていることが不可欠である。また、仕事をはじめ様々な形で社会に貢献しようという意欲、目標を成し遂げようとする責任感や志の高さなども求められる。最近の若者の傾向として指摘されている、自分から果敢に挑戦する意志や情熱に欠けていること、物事に対する好奇心や夢がないことなどの問題を解決していかねばならない。
第2に「行動力」である。「行動力」とは、情報の収集や、交渉、調整などを通じて困難を克服しながら目標を達成する力である。自らの目標達成に向けて、周りの人々、時には外国の人々と議論し理解してもらうためには、高いコミュニケーション能力が必要である。そのためには、意見の違う相手と意見を戦わす訓練を経験しておくこと、自国の文化を十分理解した上で、異文化を理解する能力を磨くことなどが不可欠である。最近の若者の多くは、「知識・情報は与えられるもの」「仕事はマニュアルどおり行うもの」という姿勢が染み付いており、進んで行動する力の養成が必要である。
第3に「知力」である。「知力」とは、深く物事を探求し考え抜く力である。各分野の基礎的な学力に加え、深く物事を探求し考え抜く力や論理的・戦略的思考力さらには高い専門性や独創性が求められる。「正解が一つでない問題」あるいは「解明されていない問題」を大学生に考察させようとすると、思考が止まってしまうという指摘もある。自分の知識を総合し発展させる思考訓練を早い段階から行うことが必要であろう。
社会は、多様な人々が存在し、それぞれの分野で活躍することで活力が生まれる。したがって、すべての生徒・学生に、この3つの能力を完璧に満たすことを期待している訳ではない。しかし、どのような分野に進もうと、それぞれ最低限の水準が満足されなければならない。そのうえで、これら3つの力がどのようなバランスをとるかは、各人の個性であり、その多様性が社会の活力をもたらすことになろう。

図表1:求められる3つの力
図表1:求められる3つの力

しかし、現状の教育は、その期待に応えていない。むしろ現状では、これら3つの力のいずれもが低下する傾向にある。例えば、「知力」について取り上げると、15歳の生徒を対象にOECDが実施した学習達成度調査(PISA)#2の結果、わが国の生徒は、平均点では高水準であるがトップレベルの生徒が少ないこと、読書を通じて自主的に知識を得ることに対する意欲という点で諸外国に劣ることなどが明らかになっている。現行の初等中等教育は、伸びる子に対してより高度な学習機会を与えて能力を伸ばすことや、自律的かつ継続的に粘り強く学習する姿勢を身に付けさせるという点で、不十分である。教育行政、学校・教員には、これまでの教育制度で重視してきた学習到達度の全体の底上げに加えて、トップ層の強化に向けた取り組みを期待したい。

図表2:OECD生徒の学習到達度調査(PISA) 2000年調査結果 −総合読解力−
図表2:OECD生徒の学習到達度調査(PISA) 2000年調査結果 −総合読解力−

さらに、今後の教育には、個々の潜在能力や多様な個性に着目し、知識とあわせて、豊富な経験、高いコミュニケーション能力、構想力と決断力、幅広い教養、高い倫理観や責任感を備えるいわゆるリーダーシップを有する人材を育成することが求められる。それらの人材が社会においてさらに能力を向上させ、政治、行政、企業、研究、文化、地域社会など各界におけるリーダーとなる。彼らが、活力ある経済・社会の再生に貢献することを期待したい。

1 教育問題委員会企画部会委員に、最近の新入社員の問題について照会したところ、「実戦に役立つ知識も経験も場合によっては興味さえも持っていない。少なくとも自分の専門課程に関する知識だけでも、もう少し掘り下げて勉強してきてもらいたい」「仕事を通じて社会に貢献しようという使命感、役割意識が希薄」「物事を深く考えない。議論を避けようとする」「専門性を追究する姿勢が感じられない」「知的世界が小さい(本を読まない、経験が限られている、特に苦しい体験がない)」といった回答が寄せられた。その一方で、期待される人材像については「長期間にわたって技能の形成に取り組むがまん強さ、粘り強さ、愚直さ」「高度な知的能力、コミュニケーション能力(理解力・表現力)」「科学的な考え方、実行過程での困難を克服する達成志向性、フレキシビリティ」「自ら学ぶ姿勢があること」「各々の領域におけるプロとしての自覚と高い専門性」等の高い期待が寄せられた。こうした意見を集約する際、一橋大学商学部の伊藤邦雄教授が、これからの経営者に求められる能力について講演した際の分類方法である「情力」「脚力」「知力」を参考に分類し、それぞれ「志と心」「行動力」「知力」とした。
2 生徒の学習到達度調査(PISA) 平成12年調査 :経済協力開発機構(OECD)は、各国の教育制度や政策を様々な側面から比較する指標を開発するために教育インディケーター事業を進めており、その一環として新たに国際的な生徒の学習到達度調査(PISA: Programme for International Student Assessment)を実施することとした。
読解力を中心とする第1回調査を2000年に実施。2003年には数学的リテラシーを中心とした第2回目の調査を実施、2004年12月公表予定。2006年には科学的リテラシーを中心とした第3回調査を実施する予定である。
総合読解力は、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発展させ、効果的に社会に参加するために書かれたテキストを理解し利用し熟考する能力」と定義されている。レベル5がもっともレベルが高い。図表2の数字は、レベル毎の生徒の割合である。

2.大胆かつスピード感ある改革の必要性

3つの力(志と心、行動力、知力)の向上のために、まず考えなければならないことは、公教育の充実である。IT化やグローバル化に対応した教育については、パソコンの普及率や英語教育者のスキルなどの面が不十分であると指摘されており、新しい時代を担う人材に必要な基礎知識が伝授されているとは言いがたい。しかも近年、わが国では、「学級崩壊などで授業が正常に行われない」「いじめや不登校の問題が依然として解決されない」「教授方法に工夫がない」などの問題から、公教育の不備を補うための塾通い等が常態化している。学校教育よりさらに進んだ学習のための塾通いは、教育の多様性という観点から認められるとしても、純然たる学校教育の補習のための塾通いが存在することは、公教育の不備を示すものである。こうした事態が解消されるよう大胆かつスピード感ある改革が必要である。
教育の現場には、一部では教育改革の芽が出つつあるものの、全般的に見て社会が感じているほど危機意識が十分には伝わっておらず、教員には、改革を目指す動機付けが働いていない。現場の意識改革を待つのではなく、教育機関が互いに切磋琢磨する環境を整備することによって、学校や教員が改革に取り組まざるを得ない状況をつくることが重要である。
初等中等教育、高等教育ともに、教育現場の改革を強く求めたい。

(1)改革に向けた考え方

  1. 均質性を重視した教育からの転換を図る
    戦後の教育行政は、全国均一に教育機会を提供することに主眼を置いてきた。これは、高度成長の時代には成果をあげてきた。しかし機会均等は、生徒・学生の個性や能力を無視した教育内容の均質化を招き、多様でしかも変化の激しい社会には通用しなくなっている。現状は、「学校で教えられる知識では社会には通用しない」「生徒、学生側の多様な教育ニーズに応えてくれる教育機関が存在しない」、さらには「学校の特徴、教育目標が曖昧で、かつその目標を達成するための取り組みも不十分である」など、生徒・学生、保護者、産業界の不満が高まっている。
    そのような事態を招いた理由のひとつに、学校毎の差異や競争を否定する考え方が教育現場に長年存在してきたことが挙げられる。加えて、一部にこうした考え方を組織的に奨励する動きがあったことが、個人の能力を踏まえた教授方法や新しいニーズに対応した教育を提供しようとする動きを阻み、ひいては公教育の質的低下をもたらした。知識の習得が早い子はその伸びが制約され、遅い子はついていけないまま放置されるという状況が続いている。こうした現状を打開するためには、学校や教員が、生徒の多様性を認識し、同質性・均質性を重視した教育から転換することが必要である。
    そうした観点からまず義務教育を見ると、近年、国は「特色ある学校づくり」や「学校の自立」を学校に求めながらも、そのための手段や権限を十分に与えていない。その手段と権限に係る改革の視点として、人事・組織、予算、学級編成と教育課程の編成の3点があげられる。例えば、予算についていえば、初等中等教育学校の設置者(地方行政)が、各学校に対し、学校の裁量で使うことのできる予算枠を与えていない。国立教育政策研究所が全国の市・特別区の教育委員会に行ったアンケート(平成14年7月実施)によると、「特色ある学校づくりのため、学校の自律性を確立するために自由に学校が執行できる予算枠を設けている」と回答したのは、35%程度にとどまっている。また、教育課程の編成では、国が規定している種々の取り決めが、教育現場の新しい挑戦、独創的な取り組みを阻んでいる。例えば、品川区は、社会生活を送る上で必要な規範意識や倫理観など、時代を越えても変わらない価値や、主体的に行動できる力を意図的・計画的に育て、自己を生かす能力と社会性を身に付けるための学習として、新教科「市民科」を導入した。これは、道徳、総合的な学習の時間、特別活動の時間として学校教育法施行規則で規定された時間数を削減してこれを充てるとともに、指導要綱に示された教育目標や内容とは異なる内容を教授することが認められて実現したものである。また、同区では、併せて、小中学校一貫校の設立を進めているが、この教育課程の編成にあたっては、上級学級の内容を先んじて学ぶ順序変更などの試みが取り入れられる。こうした工夫(授業時間数の削減・再編成による特長付けや指導要綱の柔軟な運用)は、特区の研究開発学校設置事業として認定を受けるか、文部科学省から研究開発校の指定を受けることでしか認められないのが現状である。
    また、高等学校レベルでは、例えば、東京都が、進学重点、基礎学力向上、職業教育重点等の特定の目的を持つ高校を指定する、あるいは設立するなど、多様化に向けた動きは見られるが、基本的に行政主導であって学校や教員の発意によるものではない。また、予算や教育課程の編成については、義務教育段階と同様の制約がある。
    高等教育においては、大学設置基準が外国大学の分校を含め新しい多様な設置主体による参入を阻んでいる。例えば、現行の大学設置基準では、運動場の設置が必須とされているが、教育課程の編成上、体育実技の授業科目をもたない大学についてまでも運動場の設置を必須としており、新規参入の障害となっている。
    均質性を重視した教育からの転換のためには、以上のような多様性を阻む制約を一刻も早く取り除くことが求められよう。

  2. 公教育の世界に新しい風を入れる−外部の人材やノウハウを活用
    これまでの教育には、外部の人材やノウハウを入れて教育を活性化させようという発想がなかった。また、初等中等、高等教育ともに社会との関わりを意識させるプログラムが不十分であった。その結果、専門知識を学ぶ意義を見いだせず大学を中退したり、社会に出てから自分の道を見出せず離職するケースが増えている。また、吸収しなくてはならない知識が質・量ともに拡大する中、現在の教員が自ら学びなおすのを待つだけでは追いつかず、知識の伝授という点で十分に対応できない状況となっている。
    教育現場には、学ぶことへの動機付けを行うことはもちろん、知識の伝授という点でも、学校外の人材、知恵やノウハウを積極的に受け入れる柔軟性を求めたい。例えば、企業人が出向いて、その生き方や考え方を説明し、将来の職業の見通しを持たせることも推進すべきである#3。また、IT教育や実践的な英語教育などについては、教員の「学びなおし」を進めつつ、その一方で、外部の人材、ノウハウを積極的に取り入れるべきである。
    すでに、一部ではこうした動きは始まっている。例えば、全国で58人の民間人校長#4が登用されており(公立の中学高校、平成15年4月1日現在)、学校を経営するための独自の手法の導入、インターンシップ受け入れ企業や体験学習の機会の開拓など、教育を活性化させる上で成果をあげている。
    また、埼玉県教育委員会は、小学4、5年の国語と算数での理解不足を克服するため、平成16年度より、塾のノウハウを活用して独自の教材やカリキュラムの開発を始める。この他、港区教育委員会では、国際人育成を目指した学校の設置を構想中であるが、この運営にあたっては、教員の派遣やプログラム開発などの面で、民間の英会話学校と提携して進める計画である。これらは、基礎学力を定着させ、学力低下に歯止めをかけるために、民間のアイディアを活用する好例である。

3 日本経団連では、家庭、地域社会、学校などにおける若者の職業観・就労意識の形成・向上策につき検討し、「若年者の職業観・就労意識の形成・向上のために―企業ができる具体的施策の提言―」<PDF>(2003年10月)として公表した。
4 民間人校長:教員免許状を持たず、「教育に関する職」に就いた経験がない者をいう。校長・教頭に幅広く優れた人材を確保できるよう、2000年4月から、教員免許がなくても一定の要件(10年以上「教育に関する職」に就いた経験がある者)を満たせば、校長・教頭になれるよう資格要件を緩和した(学校教育法施行規則第8条2項)。特に、校長については、教員免許状がなく、「教育に関する職」に就いた経験がない者、すなわちいわゆる民間人であっても、学校の運営上特に必要ある場合には、校長として任命・採用できることとなった(同法第9条の2)。

(2)教育行政の方向性−「多様性」「競争」「評価」

「均質性からの転換」「外部の人材やノウハウを活用」という考え方に立ち教育現場を改革するために、教育行政に対して、「多様性」「競争」「評価」を基本とした取り組みを求めたい。

  1. 「多様性」に富んだ教育に向けて現場の裁量を拡大する
    教育現場の主体的かつ多様な取り組みを促すため、文部科学省の役割を、学習内容の最低基準を提示する役割に絞り、その基準を満たしていれば、アプローチの方法については地方の教育行政、教育機関、教員の裁量に委ねるべきである。また、地域が独自の改革を進めるために、国は教育委員会制度を見直し、地域の教育委員会が地域の特性を活かし具体的な施策を企画し運営できるような体制を整えることが必要である。例えば、学校運営について公設民営型の運営や授業の外部委託を、教育委員会の判断で積極的に導入できるよう規制緩和すべきである#5。この他、株式会社立学校など特区でのみ認められている取り組みを全国的に適用するなど、教育界に新しい風を吹き込むことが重要である。

    5 公立学校における教育活動は、学校教育法第5条に規定される「設置者管理主義」の考えに基づき、公務員である当該学校の校長及び教員が行うとされている。
    公立学校の管理運営を外部に包括的に委託する公設民営については、中央教育審議会が昨年12月にまとめた中間報告で、(1)特区の枠内で高等学校と幼稚園のみ公設民営を認めるが、義務教育段階では認めないこと、(2)委託先は原則的に学校法人とする、という方針を示した。
    これに対し、日本経団連は、(1)情報公開や第三者評価の実施、セーフティーネットの構築があれば、委託によって教育の質が低下するなどの懸念は解消できること、(2)委託先の選定にあたっては、学校法人という形式で線引きするのではなく、教育の質を向上させる担い手としての意欲やノウハウで判断すべきである旨を主張したところである。
  2. 「競争」と「評価」を基本に現場の取り組みを促す
    教育機関が互いに切磋琢磨する環境を整備することによって、学校や教員が改革に取り組まざるを得ない状況をつくることが重要である。そのためには学校選択制の普及など、競争的環境をつくるための仕組みづくりが欠かせない。
    また、予算面では、特に、予算面では、学級数や学生数など学校の規模に応じた予算配分から、現場が創意工夫を発揮してつくりあげた研究・教育プログラムに対する予算配分へと考え方を根本から転換すべきである。また、国際化やIT化など重点的に取り組まねばならない分野には必要な予算を確保することも必要である。教育は国家戦略の重要な柱であるとの認識のもと、ばらまき型の予算配分ではなく、メリハリの効いた予算編成を行い、生徒・学生一人あたりの教育予算が世界最高レベルにまで引き上げるよう努力することを求めたい。

    図表3 OECD諸国との教育予算の比較
    児童生徒一人あたり公財政支出
    初等中等教育費
    学生一人あたり公財政支出
    高等教育費
    (2000年、米ドル)(2000年、米ドル)
    日本5,422日本4,900
    英国4,332英国6,538
    米国7,089米国6,901
    ドイツ4,979ドイツ10,004
    フランス5,933フランス7,176
    韓国2,915韓国1,425
    フィンランド5,266フィンランド8,013
    スウェーデン6,315スウェーデン13,300
    OECD平均4,649OECD平均7,523
    一般政府総支出は、国民経済計算上の一般政府部門(政府又は政府の代行的性格の強い機関)の総支出で、「中央政府」「地方政府」及び「社会保障基金」の支出の合計(純計)で表される。
    教育指標の国際比較(平成16年度版より作成)

    一方、各教育機関の取り組みに対する評価を徹底することも併せて必要となる。その際、生徒・学生、保護者、企業、地域など教育のステイクホルダーが直接学校や教員を多面的に評価できるように、各教育機関に対して、教育目標の開示、その達成状況等について情報公開し説明することを求めたい。さらに、校長や教頭による教員に対する評価とそれに応じた処遇制度(給与・賞与の査定)、校長、教頭を補佐する管理職制などを速やかに導入すべきである。現状では、やる気のある教員が、変化を嫌う事なかれ主義の現場に埋没し、やる気を失ってしまう。現場の努力が正当に評価されるよう早急な改革を望みたい。

3.具体的な政策課題

以上のような考え方に基づき、生徒・学生、保護者、企業、地域など教育のステイクホルダーは、最初から完璧を求めるのではなく、教育機関や教育行政が試行錯誤しながら前例踏襲型でない新しい取り組みを行うことを奨励していくことが重要である。また、様々な試みに対する理解を得るためにも、教育機関と教育行政には、そうした前向きな取り組みを、全国的な研究集会の開催、事例集の取りまとめなどによって広く紹介していくことを求めたい。産業界もこうした活動に協力していく。

(1)高等教育

現状では、新卒採用者の専門知識のレベルは低下し、仕事を通じて社会に貢献しようという使命感、役割意識も希薄になっている。「志と心」、「行動力」「知力」ともに不足していると言わざるを得ない。明確な目標を持ちにくい時代であることもその背景の一つと考えられるが、このような時代を生き抜く上で、大学在学中に、自分で目標を立て、その達成に向けて継続的に課題に取り組む意欲を持続させ、試行錯誤し取り組んだ体験を有することは、その後の人生において大きな拠り所になる。大学がそのような体験を得ることができる機関に生まれ変わることを望みたい。

  1. カリキュラムを工夫し学生のやる気を引き出す
    具体的には、各大学が、人材輩出機関としてどのような役割を果たすかという点について特色ある方針を立て、これを実施することが必要である#6。加えて、学生などによる授業評価を通じて授業の質の向上を図るとともに、授業形式の工夫(例えば、教員側からの一方的な講義から対話型の指導への転換など)に努めるべきである。その上で、成績評価の厳格化に基づき出口管理を強化し、将来の職業生活においてベースになる知識を学生にしっかり身に付けさせてから社会に送り出すことを徹底すべきである。
    また、カリキュラムの充実や既存の教員への刺激という観点から、企業人や外国人など多様な人材を教員として招くことを積極的に進めるべきである。また、外国大学の誘致を積極的に進めるべきである。そのため、教員の処遇改善や生活環境の整備を図る必要がある。

    6 「早期退学の制度」:山梨大学では、出欠やレポート提出などのチェックを厳しく実施しているが、加えて、大学で学ぶ目的を見出せず大学に来なくなる学生に対して、2年生から3年生に進級する段階で「早期退学」を勧告する制度を設けている。この勧告により退学した場合でも、一度社会に出て改めて大学で学ぶ目的を見つけたら、いつでも再入学を許可するという制度である。この例もまた、教育面での工夫の一つと言えよう。
  2. 学部教育の充実を図る
    高度職業人教育については大学院で実施する方向にあり、学部教育の存在意義が問われている。
    学部の役割として第1に教養教育があろう。学生の知的世界が狭くなる傾向にある中、教養教育の重要性は増している。工学系だから人文・社会科学のことはわからない、あるいは、文科系だから自然科学のことはわからない、ということではすまされない時代になっている。文学や哲学、自然、文化など専門分野以外にも関心を持ち、教養、倫理観、社会への使命感などバランスの取れた見識を身に付けることが、仕事の質を高めるために必要であり、また国際化時代において仕事をしていく上でも必要である。
    第2に、専門領域の基礎知識についての教育である。その際、これらの知識が社会でどのように活用されるかを具体的に示すなどして、学ぶ動機付けを行うことに注力すべきである。
    例えば、東京工業大学では、学生にサイエンスやエンジニアリングの面白さを感じさせ、学ぶことの目的を理解させるため、ロボットの性能を競わせるコンテストを海外の2つの大学と共同で実施している。一つの目標に向かってチームで取り組み、課題を一つひとつ克服していくプロセスを経験することは、創造性はもとより粘り強さを育むという点でも非常に有意義である。

  3. 多面的な大学評価を実施する
    大学の多様な取り組みを促すためにも、教育・研究、経営内容などについて多面的な評価が、多様な主体によって実施されることが重要である。国は、多様な評価主体の参画を奨励すべきである#7
    また、高等教育機関に対しては、ア)教育内容に関する各大学の自己点検、イ)新しい教育プログラムの導入状況、ウ)各教官の研究・教育への取り組み状況、エ)国内外の外部人材の登用状況等についての情報、オ)財務状況、などをインターネットなどアクセスし易い形で開示することを求めたい。
    本年4月1日、国立大学は国立大学法人となり、特徴と魅力ある大学になるための自己改革を行うチャンスを得た。しかしながら、依然として国と国立大学法人とはいわば共同設置者として位置付けられており、運営交付金と引き換えに国が管理するという関係が継続され、例えば、国の指導で起債や長期借入れ等も制限されているのが現状である。国立大学の法人化の狙いは、国が高等教育のグランドデザインを描く一方、その具体化の方策は国立大学自らが決定して行動する形へと転換することを目指したものと理解する。したがって、国は、早急に高等教育についての明確なグランドデザインを示すとともに、大学を仔細に指導することは厳に慎むべきである。また、運営交付金の配分が透明性の高いものであることに加え、国立大学の教育研究への取り組み、経費節減や外部資金導入などの努力が経営力の強化につながる仕組みであることを求めたい。一方、国立大学においては、経営の自立を目指し、運営交付金に依存する体制から早期に脱却できるよう努力すべきである。平成16年度決算から、国立大学の会計制度が変わり、教員の人件費と事務職員の人件費が区分されるなど、予算の使途がより明確になる。我々は、こうした点にも注目しつつ、大学経営の効率化に向けた各大学の努力を注視していきたい。
    なお、時代が急速に変化する中にあって、教員は、最先端を行く研究、教育を実施することが求められる。その観点から、大学は、教員の人事評価はもとより、任期付き任用を原則とするなどの人事制度改革を行うべきである。

    7 平成16年度より、各大学は、国が認定した評価機関から評価を受けることを義務付けられる。大学評価・学位授与機構ほか、各種団体が認定申請を出しているが、私立大学が格付け会社に財務の健全性について評価を受けるなどの動きを踏まえ、国は、株式会社、NPOなど多様な主体が大学評価に参画できるよう努めることが必要である。
  4. バウチャー制度の導入により競争を促す
    専門教育を受ける動機付けや将来の職業意識につながる「キャリア教育講座」を大学に導入することは、大学教育の充実や若年者雇用対策という観点から効果が期待される。大学が競い合って質の高い「キャリア教育講座」の導入を促進する環境を整備するために、例えば、図表4のように、大学生を対象にバウチャーを発行し、これを各大学で行われているキャリア教育講座の受講に利用できるようにすることが考えられる。
    日本経団連は、既に新ビジョンの中で、教育内容や研究活動に対する学生や企業の評価を、大学の収入に直接反映させる観点から、大学にバウチャー制度を導入することを提案している。教育バウチャー制度とは、ア)政府が教育サービスの供給者である学校に補助金・助成金を直接手渡すのではなく、教育サービスの需要者である学生や学生の保護者にバウチャーを交付し、イ)サービスの受け手が、自分が選択した教育機関にバウチャーを渡し、必要な教育サービスを受け、ウ)教育機関は、政府からバウチャー分の資金を受け取る、という仕組みである。教育の需要者側のニーズにあったサービスを提供する教育機関には、バウチャー(つまり資金)が多く集まり、教育機関がお互い切磋琢磨する環境が作り出されることから、教育の質的向上が図られることが期待される。この制度を、上述の大学の学部におけるキャリア教育カリキュラムを充実させるインセンティブとして活用することが望ましい。

    図表4:バウチャー制度(キャリア教育講座対象)のイメージ
    図表4:バウチャー制度(キャリア教育講座対象)のイメージ

(2)初等中等教育

初等中等教育については、ここ数年の教育改革によって、学級編成基準の弾力化や特区などの制度によって、地方行政や各学校の発意で柔軟な学級編成やカリキュラム編成が可能になるなど、地方行政や学校の裁量が拡大しつつある。また、学区制の自由化(学校選択制の導入)による競争、学校評価の導入など、民間的な考え方が教育界にも導入されつつある。こうした改革をさらに加速させ、全国に広げる必要がある。また、前述の3つの力(志と心、行動力、知力)は、初等中等教育段階からの積み重ねを通じて養われることから、通常の教科における授業においてはもとより、総合的な学習の時間等を有効に活用して学校や教員の独創的な取り組み、授業改革を進めることが必要である。例えば、杉並区立和田中学校では、唯一の正解がない問題について、各自がそれぞれの「納得解」を導く能力を身に付けさせることに注力している。このアプローチ方法を教えるために、「よのなか」科という授業を開発し、ハンバーガー店の適地選びやコスト計算など身近な題材を使った授業を展開している。「唯一の正解」を教える授業方法を改革していこうという動きが広がっていくことを期待したい。

  1. 国は、教育委員会を根本から改革する
    現行の教育委員会制度の下でも、社会の動きやニーズに対応して教育を改革しようという意欲的な人が教育委員に任命されるケースもあり、また、教育委員会が首長と連携して取り組んでいる自治体がないわけではない。こうした教育委員会は、学校支援、外部人材の活用、学校や教員の評価制度の導入などを積極的に行っている。しかし一方で、多くの教育委員会において、委員職が名誉職になっていることや、教育委員会事務局が行政事務中心となり、教育政策の政策立案機能や各学校の取り組みに対する助言や支援を行う機能を果たしていないといった問題が提起されている。
    こうした現状を打開するため、以下のような改革を検討すべきである。なお、中央教育審議会においても教育委員会のあり方について検討を行うとしていることから、その検討の推移を踏まえ改めて意見を述べたい。
    第1に、教育委員あるいは事務局に専門能力を持つ人を入れるなどして立案機能を強化する。
    第2に、小規模市町村教育委員会では、改革を推進するための体制が十分でないという指摘があることから、国は、地域における教育政策の立案機能や指導・助言機能を向上させるために、例えば、人口30万人程度の中規模都市以上の大括りとし、広域化すべきである。
    第3に、現在は県の教育委員会の権限である学級編成#8に係る権限を、広域化した教育委員会に与える。加えて、現在国が規定している学習指導要領、授業時数、土曜日の活用有無#9等についても、広域化した教育委員会の判断で、柔軟に運用できる形へと弾力化する#10。授業時間の拡大や土曜日の活用などにあたっては、外部人材やノウハウを利用することも考えられる。

    8 学級編成は、都道府県教育委員会の定めた基準に従って、その学校の管理機関(市町村教育委員会)が行う。市町村教育委員会は、毎学年、学級編成について、あらかじめ都道府県教育委員会と協議し、その同意を得なければならない。
    9 学校教育法施行規則で公立学校における休業日を定めている。
    10 地域毎あるいは各教育機関に大きな裁量を与えることによって、どこの学校に通っているかで生徒間の学力に格差が生まれるという点が懸念されようが、例えば、前述のPISAの調査を踏まえ、OECD教育局指標分析課長のアンドレア・シュライヒャ氏は、「各教育機関に大きな裁量を与えている国(フィンランドやスウェーデン)では、生徒間の学習成果の不均衡が(裁量の少ない日本やドイツなどより)小さい」と説明している点も参考にすべきであろう。
  2. 教育委員会は意欲ある学校・教員を支援する
    授業改革への取り組みの輪を広げていくためには、教育委員会による支援が不可欠である。そもそも、教育は地域で行うものである。折りしも、地方分権の流れの中で、地域単位で学校を変えていく道が拓かれつつある。例えば、愛知県犬山市では、学校側が、少人数教育、少人数授業、TT(ティームティーチング)#11などを行いたいと希望した場合、市教育委員会が、非常勤講師を雇って派遣するとともに、校務軽減を目的とする支援を行っている。このように、意欲ある取り組みに対する人員、予算の加配等の支援を行うことによって、学校現場の自立的な動きを促すべきである。また、大阪市のように教育委員会が、習熟度別授業を行う方針を定めるなどの動きもある。文部科学省は、こうした動きを加速させることを奨励すべきである。
    この他、教育現場に、外部人材による新しい教育プログラムの導入を促進することで、現行の教員組織では対応が困難な点を補うことも検討に値する。一例として、品川区では、社会や経済の仕組みや税の意味などの理解を通して、市民としての自覚や豊かな社会性などを身に付けることを目的に、NPO組織であるジュニア・アチーブメント#12のプログラムを取り入れ、現実に近い街と店舗を再現し、経済活動を体験する学習の場を設けている。このプログラムには企業も協力している。
    また、学校評価制度の充実を、教育委員会が支援することも不可欠である。新しい学校評価制度は、具体的な学校目標を立ててその目標の達成状況を評価し、次年度以降の活動に役立てるというサイクルに欠けていたことへの反省から導入された。本来、この制度で、プラン・ドゥー・チェック・アクション(PDCAサイクル)が、生徒、保護者、地域などのステイクホルダーにわかりやすい形で開示されることが必要である。現在、評価項目などは基本的には各学校に委ねられているが、学校評価とその結果の公表を徹底するために、教育委員会は必須となる評価項目を示すとともに、閲覧が容易な形での評価結果公表を学校に促すなどの措置を行うことが必要である。さらに、教育の質は教員の資質によって大きく左右されることから、各教育委員会が、学校の取り組みを評価するとともに、学校評価に基づいて校長を評価することが必要である。加えて、教員評価を実効ある形で導入することも必要である。教員評価にあたり、ア)長期の研修、表彰制度等によって意欲ある教員にインセンティブを与える、イ)指導力不足教員を速やかに発見するために教育委員会内に特任の主事を配置し、指導力不足教員に対し適切な措置をとる、ウ)授業改革、学校目標の達成や校務の円滑化等の観点から厳格に教員評価を行った結果を処遇に結びつけるなどを制度として実施すべきである。
    政府もこうした取り組みを加速するため、教育改革国民会議で議論されながらも実施を見送られた教員の免許の更新制を再び取り上げるべきである。

    11 ティームティーチング:複数の教員がそれぞれの専門性や個性を活かし、協力して指導計画や学習指導案の作成、教材開発、評価を行いながら、分担・協力して指導する方法。
    12 1919年米国で発足した世界最大の経済教育団体(民間の非営利団体)。現在、120か国に活動拠点がある。毎年450万人の青少年が教材やプログラムを使用している。「社会の仕組みや経済の働きについて正しい理解を促す」ことと、「意思決定力の育成」がプログラムの中心テーマ。
  3. 教育委員会は、教員の改革への発意を促す
    多くの教員が、新たな試みに挑戦することに消極的である背景として、ア)これまでのやり方を疑問視せず、また、他者からも指摘されなかったこと、イ)努力しても学校は変わらないということから無力感を感じていること、ウ)教師の間でコミュニケーションがなく、改革への取り組みの輪が広がらないこと、などが考えられる。こうした状況を打開するためには、以下のような教員のやる気を引き出す措置が必要である。

    1. 教員の新しい取り組みへの挑戦を評価する。
      最初から完璧を求めるのではなく、新しい挑戦に取り組んだ点をまずは評価する。この点、特に保護者が理解を示すことも求められる。
    2. 教員に対して、減点主義でなく、加点主義の評価を行う。
      減点主義であると日々無難に過ごせばよいという事なかれ主義の姿勢になり、新たなチャレンジが生まれない。
    3. 教員に「学びなおし」の機会を与える。
      3〜5年に一度、義務化された研修機会を設けて能力向上を促すとともに、学習指導を適切に行う能力を有しているかどうかを確認する。さらにIT研修や国際化研修をはじめ、社会の変化に対応した研修を実施する。また、この「学びなおし」には、企業をはじめ外部での6ヶ月〜1年の研修も含める。学校は、それらの研修で教員が得た情報を学校内で共有するための取り組みを行う。
    4. 学校内でのコミュニケーションを図る。
      今後目指すべき学校経営は、管理職がビジョンを提示するとともに、教員がお互い遠慮なく意見を出し合いながら、試行錯誤を経て新たな動きへとつなげていくというものである。こうした学校経営を行うことができる有能な管理職になり得る人を発掘・登用していくことも重要である。いずれにしても、教員が絶えず向上心を持って教職に携わるとともに、校長の示す学校経営方針に参画・協力することが不可欠である。

  4. 教育委員会は、優れた取り組みを紹介・普及させる
    各教育現場において先進的な取り組みが増えつつある一方で、現状では、個別の取り組みは「点」のレベルといわざるを得ず、残念ながら「線」なり「面」にまで展開していない。教育委員会が、すぐれた改革を実施した学校の取り組みをさまざまな形で評価し、それを他校に紹介するなどして、刺激をあたえ意欲向上を促すことが重要である。例えば、市町村の教育委員会がシンポジウム等を開催し、各学校からそれぞれの取り組みを発表させ優れたものを表彰し、これを県レベル、国レベルへとひろげていくことも考えられよう。また、教育改革事例集を発行することも有効であろう。加えて、教員間で議論し教授法の改善に取り組むなど、企業で行われている小集団活動のような手法を教育界に取り入れることを提案したい。

  5. 国は、学習指導要領のあり方を再検討する
    文部科学省が学習指導要領を最低基準と位置付けたことは、一定の評価ができるが、現行の学習指導要領の内容が本当に「最低基準」として十分なものであるかが検証されていない点は問題である。また、「標準」時数として定められている授業時数が適当であるかという点も検討を要する#13少なくとも、「中レベル」「高レベル」といった段階別の達成目標を参考として示し、発展学習を手がけ易い環境を整えるべきである。

    13学校教育施行規則において、各教科や総合的な学習の時間などそれぞれの年間総授業時数やこれらの年間総授業時数が「標準」時数として定められているが、新学習指導要領実施に伴い減少した「標準」時数も満たされていないのが現状である。すべての公立小・中学校を対象に実施した教育課程編成・実施状況調査(平成15年 文部科学省実施)によると、平成14年度の年間総授業時数の実績は、中学校において、第1・2学年は約2割の学校が、第3学年で3割以上の学校が「標準」時数を下回っている。

4.教育改革を支える地域、家庭、産業界の役割

(1)地域人材を積極的に活用する

学校に対する期待、ニーズが多様化する中で、学校関係者だけではこれに対応することが困難である。地域から、職場体験や奉仕活動の機会を提供してもらうことはもちろん、地域人材を学校内に招き入れ学級活動にも参画してもらうべきである。そのため、学校評議委員の協力を得る、あるいは教育委員会等が仲立ちとなり、学校と地域社会との融合を進めていくことが重要である。
例えば、長野県の諏訪清陵高等学校(平成14年度にスーパーサイエンススクールに指定)では、地元の信州大学、諏訪東京理科大学及びセイコーエプソンの協力により、最先端の研究者や技術者が、高校に出かけていって理数系を選択した生徒への講義、実験等を行うほか、高校生が大学や企業を訪れ、その施設を利用して実験や実習をするなどの連携が行われている。企業、大学、高校が協力して高校生の意欲を伸ばし才能を発掘するという点で注目される取り組みである。

(2)家庭教育を重視する

また、改めて言うまでもなく教育の基本は家庭にある。義務教育段階での教員の仕事の過半が授業そのものよりも「生活指導」に割かれているとの指摘もある。親は、基本的な生活習慣、善悪の判断などの基本的倫理観、社会的なマナーなどを身に付けさせることは自らの義務であると自覚すべきである。また、学校選択制度が導入されるとともに学校毎に特色ある活動が展開されていく中で、親は、子どもの通う学校を選択したという行為に責任を持ち、当該学校の運営に建設的な形で関り、協力することが必要である。
また、昨今の学力低下の原因として、「食事や睡眠といった『生活習慣』をないがしろにしたことで,子どもたちの体力・知力・根気(つまり『生きる力』そのもの)が低下している」との指摘もある#14。朝食を食べているか否かが学力に影響しているという調査結果もある#15。学校でできることには限界があり、家庭が、学力低下の責任を学校に問う前に、自ら取り組むべきことを考えることが重要である。
例えば、英国では「家庭と学校の教育契約」が法的に義務付けられ、学校教育に関するそれぞれの責任を明確化している。また。英国、フランスや韓国では、教育基本法に、生徒の義務として学校の規律を守ることなども明記されている。日本においても、本人や保護者が教育を受ける権利を持つと同時に責任も持ち、学校と協力して教育を再建していくという意識を深める必要がある。

14 陰山英男氏「学力は家庭で伸びる」(小学館)ほか。(同氏は、「読み書き計算」を徹底的な反復学習で鍛え上げる方法「陰山メソッド」を開発した。2003年4月から、広島県尾道市立土堂小学校校長)
15 平成13年度小中学校教育課程実施状況調査ならびに平成14年度高等学校教育課程実施状況調査の結果より

(3)産業界として積極的に協力し、また自らも取り組む

人材が活躍する場である企業自らが、教育の充実に積極的に協力するとともに、次世代を担う人材の育成に取り組むことも重要であることから、下記のような取り組みを行いたい#16
第1に、産業界は教育機関の要請に基づき、時代のニーズを先取りしたカリキュラムの開発や、ビジネスの第一線で働く社会人の講師派遣、研究施設など実践的な場の提供などによって大学教育の質の向上に協力する。例えば、一橋大学はe-commerceの分野で民間企業と連携し、共同での実践的なプログラム開発を行うとともに、企業から講師を招いている。さらに、企業との共同研究プロジェクトを立ち上げている。こうした取り組みがさらに拡大するよう産業界として協力姿勢を打ち出していく。
第2に、産業界は、学生が、実社会との関わりについての理解を深め、職業意識を醸成する意味からも、インターンシップを希望する大学生・高校生を積極的に受け入れる。
第3に、教員を目指す学生は、一時企業で働いて社会常識やルールを身につけてから教職につくこととする。また、教員や職員の企業研修を積極的に受け入れる。あるいは、社会人が、高等教育で学びなおし再び社会(企業)で活躍するといった社会との循環や、企業が社員教育を国内の高等教育機関に委託するなど、多面的な連携の機会を増やす。
第4に、産業界は、地域の一員として、社員が講師として学校教育の充実に協力することを奨励する。また、地元企業を中心に、講師として学校に社員を派遣するなどの取り組みを行う。こうした活動を通じて、生徒の職業観醸成についても協力する。
第5に、産業界は、これまで以上に社員に対し家庭教育を充実させるための機会を与える。また、企業研修に「子育て講座」を設けるなどの取り組みも考えられる。
第6に、産業界は教育機関の要請に基づき、人事評価や小集団活動の方法など企業のノウハウを教育界のために提供する。
第7に、大学に対しては、出口管理の徹底など教育カリキュラムの改善・充実を要請する一方で、企業側でも、卒業学年に達しない学生に対し、面接など実質的な選考活動を行うことは厳に慎む。日本経団連では既に「2004年度・新規学卒者の採用選考に関する企業の倫理憲章」を守るよう会員企業に呼びかけているが、これが実効性を持つよう、今後とも採用活動のあり方について検討を重ねていく。
第8に、採用にあたっては、多様な人材を広く受け入れるために、採用方法をオープン化するとともに、大学名不問の採用を実施する。
第9に、大学に対して、実践的な教育カリキュラムの開発を要請するにあたり、採用試験の主旨、概要および方向性について積極的に公開することにより、産業界の期待する人材像を学生や大学関係者に明示する。

16 日本経団連では、2004年1月に、初等中等教育段階の児童・生徒に対し産業技術に関する理解を浸透させるために産業界として取り組むべき課題について検討を行い、提言「産業技術の理解増進に向けた産業界の果たすべき役割について」をとりまとめ公表した。

おわりに

以上、これからの教育のあり方について産業界の見解を述べたが、21世紀の教育の新しい理念やその理念を実現するための具体的目標や方策は、教育基本法の問題とも密接に関係する。親や教育を受ける側の責務、自国の文化・歴史の教育のあり方など様々な角度から、国会での議論を早期に開始し、教育基本法の見直しを進めるべきである。産業界としても、この点についてさらに検討していきたい。

以上

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