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「独占禁止法改正(案)の概要」に対するコメント

2004年6月25日
(社)日本経済団体連合会
経済法規委員会
競争法部会

去る5月14日、自民党独禁法調査会は、今通常国会への独占禁止法改正法案の提出を見送るとともに、「独占禁止法の見直しに関する取りまとめ」を行い、政府に対して、4月1日に公正取引委員会が示した独占禁止法改正(案)および同調査会の議論を踏まえて、今後の改正に向けての調整にあたっては、関係各方面からの意見を十分聴取しつつ行うよう要請した。また、公共入札・契約制度の改革や官製談合の防止策、ダンピング受注への対応、優越的地位の濫用や不当廉売など不公正な取引への迅速・厳正な対処、そして公正取引委員会の体制強化等の諸課題についても同時並行的に検討するとの方針を示したところである。

当初、意見照会に否定的であった公正取引委員会が、これを受けて、今般、「独占禁止法改正(案)の概要」について意見照会を行うとしたことは評価できる。しかしながら、意見照会の対象となったこの改正案は、公正取引委員会により4月1日に一方的に公表された原案そのままであり、4月15日の当会の意見をはじめ、関係各方面がこれまで指摘した多くの問題点や自民党独禁法調査会の「取りまとめ」で指摘された諸点がまったく反映されていないものであった事はまことに残念である。公正取引委員会は、前回ならびに今回の意見照会を通じて寄せられる国民の意見に真摯に耳を傾け、4月1日の当初案に拘泥することなく、新たな観点からの独占禁止法の改正案を創案すべきである。

日本経団連としても、昨年、「独占禁止法の措置体系見直しについて−日本経団連としての見解−」(9月16日)、「『独占禁止法研究会報告書』に対する意見」(12月1日)を公表し、さらに先般4月15日、公正取引委員会による意見照会に先んじて、「『独占禁止法改正(案)の概要』に対する日本経団連意見」を取りまとめ、公正取引委員会の示す独占禁止法改正案について、細部にわたって問題点を指摘してきた。今般の「独占禁止法改正(案)の概要」に対する意見照会に際しては、その後の議論を踏まえ、これまで当会が主張してきたものを含め、主要な問題点について指摘する事とする。なお、今回指摘していない他の事項については、公取委の改正案に全て賛成しているわけではない点、付記しておく。

なお、日本経団連としても、21世紀にふさわしい独占禁止法のあり方について、後日具体的に取りまとめることとしている。今後、当会の意見を含め、各界有識者の考え方をもとに、昭和52年改正時に、総理府総務長官を座長とする「独占禁止法改正問題懇談会(昭和49年12月16日設置)」を設置して、政府全体の課題として法改正作業を進めたように、政府全体の責任において、透明かつ公正な手続によって、国民的な建設的論議を重ね、早急に成案を得て独禁法改正が具体化されるよう念願している。

公正取引委員会独占禁止法改正(案)の概要
http://www2.jftc.go.jp/kaisei.htm

1.課徴金制度の見直しについて

(1)今回の独占禁止法改正は、平成14年、独占禁止法違反に対する法人の刑事罰(罰金)の上限が1億円から5億円に引き上げられた際に、「措置体系全体について早急に見直すこと」との国会附帯決議がなされたことから始まっている。「措置体系全体を見直す」とは、ひとつの独占禁止法違反事件に対して、法人に対しては課徴金と刑事罰が併科されるという欧米に例をみない二重処罰の問題、さらには民事損害賠償、公共入札では違約金や指名停止を含め、同一事案に対して何重にもペナルティが課されるとの問題をも根本的に見直すことであったはずである。
したがって、単に課徴金に関する問題だけに止まらず、措置体系全体のバランスを適正化するとの視点がないままに、事業者に科す経済的不利益の程度の引き上げのみを行うことは、本附帯決議の趣旨に反するものと考えられる。

(2)平成2年、公正取引委員会が刑事告発を積極化する方針を公表した後も、過去13年間に告発した件数は7件に止まっており、公正取引委員会が表明した刑事罰の積極的な適用には至っていない。これが、公正取引委員会の権限・能力の問題なのか、そもそも独占禁止法違反に刑事罰を適用すること自体に法制度上の無理があるのかについて十分な検討がなされていない。公取委は、課徴金を「行政上の制裁」と認める一方で、犯則調査権限を導入するなどして刑事罰適用に関する権限も強化しようとしているが、その一方で、独禁法の刑事罰が機能していない原因の究明や、刑事罰をどのように運用すべきかについての検討は全く行っていない。刑事罰の根本的問題から目をそらし、課徴金のみを強化しようとするのはあまりにも短絡的である。
公正取引委員会自身、平成13年10月の独占禁止法研究会報告書においては、「課徴金の強化には限界がある」として刑事罰の強化を主張し、その結果として翌14年に法人の刑事罰の上限を引き上げておきながら、今回の改正では「刑事罰には限界がある」などと正反対のことを言っている。このような「その場しのぎ的」な言い方は、課徴金制度の問題に限らず、今回の法改正全般にわたる公取委の姿勢の根本的な問題である。

(3)今回の改正案において、課徴金が「行政上の制裁」であることを明確にした以上、その程度が違反行為の悪質性・重大性に見合ったものにならなければならない。違反行為に係る売上げに一定率を乗じて、画一的に金額を算定する方式を維持した上で、一定率を大幅に引き上げることは、事案の内容に比して不当に重い制裁が科されることになる恐れがあり、憲法31条の適正手続の保障の趣旨から問題である。

(4)公正取引委員会は、今回課徴金引き上げの根拠として、「過去の事件毎に不当利得を算定したデータ」を提示しているが、そのような算定が正しく行えると言うのであれば、なぜ「行政上の制裁」としての課徴金を決定するにあたって、事件毎に個別算定しないのか、明らかにすべきである。

2.課徴金と刑事罰の調整方法について

課徴金は従来、「カルテルによって違反行為者が得た経済的利益を国が徴収する仕組み」であり、「不当利得の剥奪」であって「制裁」ではないと説明されながら「制裁的機能」を有するという「ぬえ的な性格」であった。今回の改正案は、課徴金制度は「行政上の制裁」であることを認めた上で、刑事罰との間で「調整」を行う方針を打ち出した。課徴金が制裁であるとしたことは、当会の再三にわたる問題点の指摘に答え、昭和52年に課徴金が導入されて以来の公正取引委員会の公式説明を全面的に改めたことになり、従来の立場から一歩踏み出したものと理解できる。
しかしながら、前述の通り、事案の悪質性・重大性に拘らず、制裁としての課徴金を画一的・機械的に算定するという硬直的な仕組みを維持している。これでは、従来の「課徴金のぬえ的性格」による措置体系の歪みが改まったとはいえないばかりか、課徴金の引き上げにより、歪みはさらに拡大してしまう。刑事罰と課徴金の根拠や両者の関係が明らかにされておらず、なぜ「罰金額の2分の1を課徴金から差し引く」ことによって調整できるのか、合理的な根拠がない。むしろ、法人に対しては課徴金に一本化し、刑事罰は行為者個人のみを対象とするのが簡明である。

3.課徴金の対象拡大について

公正取引委員会案では、課徴金の対象となる違反行為の範囲を、シェア・取引先を実質的に制限するカルテル・私的独占、購入カルテルに拡大するとしている。しかも、これらは、現行法の「対価に影響がある」ものではなく、「対価に影響することとなる」ものまで含まれることとされている。
しかしながら、これらの行為がこれまで実際に違反として取上げられた例はわずかであることや、OECDのハードコアカルテルの範囲は、現行の課徴金制度の適用となる価格カルテルの範囲と基本的に同一であり、私的独占は含まれていないことなどからも、制裁としての課徴金を課して抑止すべき必要性があるのかといった問題について十分な検討がなされていない。公正取引委員会案のように、必要性や根拠、行為類型が不明確なままに、いたずらに課徴金の対象を拡大させることは国民に混乱を招く。
特に購入カルテルにおいては、「売上げ」を観念することができず、課徴金の算定根拠が不明確であるといった問題がある。しかも、共同購入は幅広く行われている普通の経済行為であるため、どの程度から違法とするのかが不明なままでは、不必要に企業活動を萎縮させることになる。

4.措置減免制度について

欧米諸国で制裁減免制度(リーニエンシー)が独禁法違反の抑止、摘発に一定の効果を発揮しているとの評価があることは事実であるが、その背景には、調査への協力等を評価する「連邦量刑ガイドライン」や司法取引等、制裁の柔軟な量定が行われていることを忘れてはならない。
改正案で示された措置減免制度は、1番目の申請者は100%免除、2番目の申請者は50%もしくは30%減額するという、先着2名に限定して適用者を機械的に決定する仕組みとなっている。このような減免の基準や先着2名に減免を限定する理由、またなぜ複数の事業者が同時に申請することを認めないのかといった制度設計上の理論的根拠は、依然として不透明であり、十分な説明がなされていない。さらに、刑事告発の免除は、最初に申告した事業者に限定されており、個人の刑事責任に対する考え方は明らかにされていない。このように、調査への協力などを一切評価せずに、単に申告の順番のみで適用者を決める硬直的な制度設計の下では、事業者にとって調査への協力を含むコンプライアンスへのインセンティブが働かず、有効に機能するとは考えられない。

5.犯則調査権限の導入について

これまでの公正取引委員会の有する調査権限は、間接強制による行政調査権限であり、被調査者の同意を前提としているにもかかわらず、あたかも裁判所の令状に基く「捜索・押収」のような運用が実態として横行し、調査権限の内容について被調査者に誤解を与えるようなやり方で調査が行われている事例があり、運用の実態に問題が多い。
犯則調査権限を導入し、被調査者に対する物理的強制を伴う処分を裁判官の令状にかからしめるのであれば、従来からの行政調査権限の行使にあたっては、それが犯則調査権限とは異なることを明確にすることが大前提となる。権限の行使にあたっては、自己の有する権限の明確化や、行政手続と刑事手続を公取委内部で明確に区別できる仕組みを明らかにする必要がある。

6.審判手続の見直しについて

(1)課徴金が制裁である以上、審判手続についても、これまで以上に適正な手続(デュー・プロセス)を確保することが当然の前提となる。
しかし、現行の審判手続は、裁判官役の審判官と検察官役の審査官が同じ事務総局の中に置かれ、どちらも最終決定権者は同じ公正取引委員会のメンバーであるという仕組みになっている。また、公正取引委員会のメンバーは、審査官の集めた証拠を見て、予断をもった上で審判にあたるという糾問主義的な手続となっており、審判を受ける者が極めて不利な立場にある。課徴金を「行政上の制裁」と認めるのであれば、現行の糾問主義的な審判手続を改め、対審構造に基く弾劾主義的な手続に改める必要がある。具体的には、審判官の身分保障を確保した上、事実認定は審判官が独立して心証形成することとし、委員会の関与は法解釈に限定するなどして、委員会が審判官の判断を尊重する仕組みに改める必要がある。
改正案では、対審構造の確保は「運用面」で手当てすることを提案しているが、公正取引委員会が強い権能を有し、かつ国民に不利益を課せる権限を有する機関である以上、運用での対応では不十分であり、法改正による抜本的な見直しを行うことが必要である。

(2)一般行政官庁においては、行政手続法第18条で規定されているように、不利益処分が行われ、聴聞が請求された場合には、被聴聞人は、すべての当該事案関係資料を閲覧・謄写できる。独占禁止法においても、第69条で利害関係者の資料閲覧規定があるが、実際には審査官の手持ち資料は閲覧させないという、被審人の権利を無視した運用がなされている例が多い。実際に公正取引委員会側が有するすべての証拠を開示して説明するのか不明である。

(3)改正案では、排除措置命令をしようとするときは、あらかじめ被審人の意見申述等を踏まえ、公正取引委員会の判断で当該証拠について説明を行うこととしているが、公正取引委員会が証拠説明を行うかどうかを決定する権限を有するのでは、適正手続が保障されているとは言い難い。

7.公正取引委員会事務総局の体制強化について

自民党独禁法調査会の「取りまとめ」で示されているように、真に国際競争力に資する競争政策を行うためには、その効果的な執行、適正手続の確保等が不可欠である。そのためには、公正取引委員会事務総局は、法曹資格者や経済分析の専門家の積極的な採用が必要となるが、現行の体制では、質・量ともに不充分と言わざるを得ない。

8.入札談合問題への対応について

(1)課徴金納付命令を受けた独占禁止法違反事件の大半は、国の地方機関や地方自治体の公共入札に係る談合であり、違犯事業者も中小から零細に至るような規模の企業が多いことを踏まえれば、公共調達制度そのものの改革や官製談合に対する発注者側の処罰のあり方などの道筋が明示されなければ、根本解決にはならない。独占禁止法違反を無くすためには、独占禁止法措置体系の見直しと公共調達制度の改善とが同時に取上げられることが必須である。
公共調達制度の見直しについては、すでに昨年11月、公正取引委員会は「公共調達と競争政策に対する研究会報告書」を公表し、現行公共調達制度の問題点を指摘するとともに、今後の方向性として、価格だけでなく、技術や品質なども考慮した入札制度への見直しや、各地方公共団体による指名停止措置に対する整合的な運用の必要性等について提言がなされている。引き続き、踏み込んだ検討を行い、独占禁止法措置体系の見直しと公共調達制度の改善を同時並行的に進めていく必要がある。

(2)また、官製談合への対応についても、現行法制では、「入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律」によって、公正取引委員会から改善措置の要求などを受けた各省庁・地方公共団体の長等は、必要な調査を行った上で、(1)談合関与行為の排除、または排除の確保処置、(2)国に損害を与えた時に、当該職員に対して損害賠償を請求し、あるいは(3)当該職員に懲戒処分を行うことができるかについての調査を行うこととしているが、「違反行為をそそのかしたこと自体」に関して、発注者側が処分される仕組みにはなっていない。
そこで、日本経団連が再三提案しているように、商法第497条第3項に利益供与要求罪を新設したことにより、この種の行為が激減した実績を踏まえ、入札談合を中心とした不当な取引制限を教唆または慫慂した発注者側の職員を直接の刑事処分の対象とする規定を、「入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律」の中に創設することを検討する必要がある。

(3)この他、自民党独禁法調査会の「取りまとめ」にもあるように、ダンピング受注については、手抜き工事や下請事業者へのしわ寄せなどを誘引することから、価格だけでなく、技術や品質なども含めた明確な考え方を示し、ダンピング受注の予防策および取締強化策について並行して検討する必要がある。

(4)この他にも、優越的地位の濫用や不当廉売などは、独占禁止法違反とされていながら、現実には公正な競争の確保のための手段として十分に機能しておらず、これらに対する有効な規制が実現される必要があり、早急に検討を要する。

9.その他

なお、今回の改正案では、上記の問題点のみならず、「排除措置命令について審判請求があった場合において必要があると認める時の排除措置命令の執行停止」や「確定審決違反罪・調査妨害罪に対する罰則の引き上げ」等が提案されている。前者については、命令送達時に原則として執行力を有するのであれば、行政審判制を廃止して、地方裁判所に取消訴訟を提訴できるようにするのが筋である。審判請求により、原則として執行停止とすることとし、緊急を要する場合には緊急停止命令で対応することで足りる。また、後者については、罰則の引き上げ水準の妥当性が不明である。特に調査妨害等については、罰則により調査への協力を強制するよりも、むしろ制裁たる課徴金を調査の協力に応じて量定することで、事業者のコンプライアンスへのインセンティブを高めた方が合理的である。

以上

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