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21世紀にふさわしい独占禁止法改正に向けた提言

2004年7月13日
(社)日本経済団体連合会

21世紀にふさわしい独占禁止法改正に向けた提言の概要
(PDF形式)

わが国において、規制改革、経済構造改革が進展する中、「公正かつ自由な競争」を実現することは、経済を国際化・活性化し、国民の利益を増進することに繋がる。そのためには、市場経済の基本ルールを定めた経済憲法たる独占禁止法についても、常に時代や市場環境の変化に対応して見直す必要がある。また、これとあわせて公正取引委員会(以下、公取委)についても法が適正に執行されるよう体制を整備していかなければならない。

このような観点から、日本経団連は、昨年来、独占禁止法の措置体系の抜本的な見直しの必要性を提言するとともに、本年4月1日に公取委が提示した独占禁止法改正(案)や6月25日の意見照会に対し、公取委案の問題点を指摘してきた

今後、公取委は、当会をはじめとする各界の提言ならびにこれまでの意見照会を通じて寄せられた国民の意見に真摯に耳を傾け、4月1日の改正案に拘泥することなく、違反行為を抑止し事業者が法令を遵守するために必要な措置を構築するという観点から、全体としてバランスのとれた独占禁止法の改正案を創案すべきである。

その際、当会としては、総理をはじめとする政府の強いリーダーシップの下で、次のような基本的視点に立って、下記の抜本的改革が実現することを強く求める。

  1. 独占禁止法の充実・近代化により、わが国の国際競争力の強化を図る。
  2. これまでつぎはぎ的な法改正が繰り返されたことによる独占禁止法の措置体系の構造的な歪み、課徴金のぬえ的性格を正し、課徴金を制裁と位置付けた上で、21世紀にふさわしい競争政策の土台を構築する。
  3. 課徴金と法人に対する刑事罰の併科を解消し、諸外国の独占禁止法とも整合性のある法改正を行う。
  4. 公取委については、権限の強化に伴い、より一層適正手続(デュー・プロセス)を確保し、準司法機関として真にふさわしい体制を構築する。
  5. 政府全体の責任において、透明かつ公正な手続の下で独占禁止法改正作業を進め、法案提出に向けて、徹底した議論を行う。

1.課徴金制度の見直しについて

課徴金制度については、「不当利得の剥奪」というこれまでの性格付けに制約されて、個々の事件の重大性・悪質性の程度に対応できない硬直的な制度となり、しかも刑事罰との関係があいまいなままで法改正が重ねられた結果、わが国法制度の中で異質のものとなり、ひいては違反行為に対する抑止力の機能が適正に働かない状況に陥っている。今般、独占禁止法を改正するにあたっては、まず、課徴金が「行政上の制裁」であることを明確にする必要がある。その上で、それぞれの制度を「行政上の制裁」に整合的なものとしていくべきである。
そのためには、制裁としての課徴金は、違反行為の重大性・悪質性に見合ったものでなければならず、課徴金の算定にあたっては、違反行為対象の商品役務の実行期間中(終期から起算して3年を限度とする)の売上高に一定率(従来の6%でさえ、不当利得の金額を超えている事例が多く不当利得の剥奪を超える制裁としての意味を十分備えていたと考えられる)を乗じた金額を基準額とし(なお、卸売業はその6分の1、小売業は3分の1(中小企業は6分の1)、その他の業種の中小企業は2分の1とする)、事件の重大性・悪質性の程度に応じて、課徴金の額を加減算する仕組みとすべきである。
その際、公取委の恣意的な裁量を可能な限り排除するため、以下のような透明性のある基準に基づいて、個々の要素あたりの割増率・割引率を設定する必要がある。

(1) 加算要素(例えば、再犯40%、経済的利得の程度20%、その他10%、合計最大100%)
  1. 重大性
    • 経済的利得の程度(経済的利得が基準額を著しく上回っていることを公取委が証明できる場合)
    • 違反行為の継続期間(3年超)
  2. 悪質性
    • 再犯
    • 違反行為において果たした役割(主導的であること)
    • 調査の妨害
    • コンプライアンスへの取組みの有無・程度
(2) 減算要素(例えば、経済的利得の程度・調査への協力各20%、その他10%、合計最大70%)
  1. 非重大性
    • 経済的利得の程度(経済的利得が基準額を著しく下回っていることを事業者が証明できる場合)
  2. 非悪質性
    • 違反行為において果たした役割(主導的でないこと)
    • 調査への協力
    • コンプライアンスへの取組みの有無・程度
    • 違反行為からの離脱の時期

なお、課徴金の対象拡大については、現行の数量・価格カルテルに加えて、実質的にシェア・取引先を制限することにより対価に影響があるカルテルに限定すべきである。課徴金の対象となる行為類型については、規則、ガイドライン等を十分に整備して明確化を図るべきである。
公取委は、これらカルテルに加え、他の事業者を支配することによる私的独占で価格・供給量・シェア・取引先を実質的に制限するものや、購入カルテルに対象を拡大したいとしているが、これらの行為がこれまで実際に違反として取り上げられた例はわずかであり、制裁としての課徴金を課して抑止すべき必要性があるのかといった問題について十分な検討がなされていない。必要性や根拠、行為類型が不明確なままに、いたずらに課徴金の対象を拡大させることは混乱を招く。
特に購入カルテルにおいては、「売上げ」を観念することができず、課徴金の量定が困難であるといった問題がある。しかも、共同購入は幅広く行われている通常の経済行為であるため、何をもって、かつどの程度から違法とするのかが不明なままでは、不必要に企業活動を萎縮させることになる。

2.課徴金と刑事罰の調整方法について

違反行為を抑止する観点からは、法人に対しては刑事罰と行政上の制裁である課徴金の2つの方法が考えられよう。しかし、刑事罰を事業者たる法人に対しての効果的な制裁として機能させるためには、法人処罰制度の根本的な議論が不可欠となる。従って事業者に対する制裁は課徴金に一本化し、刑事罰は行為者個人のみを対象とすることが簡明であり、その方が諸外国の独占禁止法とも整合的である。
わが国の法制度全般にわたる法人処罰制度の議論が集約されるまでの間、仮に事業者に対する制裁として、課徴金と刑事罰とを併存するのであれば、同一事件について課徴金と罰金が併科されることのないよう両者を選択的に適用することとすべきである。その場合、現行制度を前提とすれば、罰金額の方が課徴金額よりも低くなる可能性があることが指摘されている。その点については、罰金と課徴金の水準が均衡するよう罰金の水準の見直しを検討することも考えられる。そうでなければ、刑法等に定める没収規定を適用するかもしくは違法な経済的利得を国庫に納付させる旨の独占禁止法独自の規定を設けることを検討すべきである。

3.措置減免制度について

欧米諸国でリーニエンシー(制裁減免制度)が独占禁止法違反の抑止、摘発に一定の効果を発揮していることの背景には、制裁の柔軟な量定が行われていることを忘れてはならない。
課徴金の措置減免制度は、例えば「調査への実質的な協力」、「独占禁止法違反を防止するための実質的なコンプライアンス体制の有無」など、企業のコンプライアンスへの取組みが課徴金の量定において正当に評価される制度を前提として導入すべきである。措置減免制度と課徴金の量定の柔軟化は密接不可分である。
また、措置減免制度を有効に機能させるためには、措置減免対象となる事業者については、不起訴処分とすることを義務付けることを法律上明定する必要があり、また公共事業分野における指名停止措置についても、本制度と整合的なものとする必要がある。なお、公取委は、最初の申告者については刑事告発を行わないとしているが、事業者への制裁として課徴金と刑事罰が併存している状態では、「告訴不可分の原則」の適用によって違反事実の申告者が訴追される可能性を排除することは困難である。したがって、事業者への制裁を課徴金に一本化することが、措置減免制度が有効に機能するための前提となる。
課徴金の量定の柔軟化と、事業者への制裁を課徴金へ一本化するという前提のもとで、仮に課徴金の措置減免制度を導入するのであれば、次のような制度とすることが考えられる。

違反行為の存在の認知に係る重要な証拠を公取委の調査開始前に提供した事業者については、課徴金を免除または軽減する。ただし、当該事業者がコンプライアンス体制を整備し、それにより違反行為を認識し、その証拠を収集したことを、当該免除の条件とする。

  1. 第一申告者(最初の申告者。但し、公取委において既に違反行為の存在を認知し得る証拠を持っている場合を除く):免除
  2. 第二申告者(第一申告者に該当しない者のうち、申告の時期が最も早い者):50%軽減
  3. 第三申告者以降(第一申告者、第二申告者に該当しない申告者):30%軽減

なお、違反事業者が一斉に申告した場合、むしろ違反行為の解消、審査の進行に資するものであることから、これを除外すべきではなく、当該申告に適用される減免率を当該事業者数で按分して、本制度を適用することが考えられる。
課徴金の量定を柔軟化するとともに措置減免制度を導入するためには、公取委の審査部門は、課徴金の量定につき、事業者ごとに調査協力の内容などについてきめ細かな評価をしなければならず、また、事業者が事実の捏造や迎合的供述など虚偽の申告を行う危険性も考えられることから、審査官には高度な調査能力が求められる。また、課徴金の減免の要件に該当するかどうか判断するために事業者が事前相談において提供した情報が、公取委の審査活動にそのまま流用されないよう、制度的な保証が不可欠である。
そのため、措置減免制度及び調査協力の内容の評価を担当する部門は、一般の審査部門から分離・独立すべきである。その際、当該部門の審査官には検事経験者を登用することを法制化し、また、犯則調査部門、審査部門とともに経験のある法曹資格者を多数起用することを、少なくとも努力義務とすべきである。

4.犯則調査権限の導入について

犯則調査権限の導入によって、裁判所の判断のもとに適正手続が確保されることは評価できるが、その前提として従来の行政調査権限の行使にあたっては、それが犯則調査権限と異なることを明確にすることが不可欠である。これまでの公取委の有する調査権限は、間接強制による行政調査権限であり、被調査者の同意を前提としているにもかかわらず、あたかも裁判所の令状に基く「捜索・押収」のような運用が実態として横行し、調査権限の内容について被調査者に誤解を与える調査が行われている事例がある。権限の行使にあたっては、調査官の有する権限の明確化や、行政手続と刑事手続とを公取委内部で明確に区別できる仕組みを明らかにする必要がある。
また、「行政上の制裁」である課徴金につながるような、犯則調査権限を行使しない従来の行政調査手続についても、犯則調査手続と同様、適正な手続による証拠収集が行われるべきであることは言うまでもない。行政調査は罰則による間接強制を前提に被調査者の同意のもとで行われるものであることを被調査者に告知し、適正な運用がなされるよう、明確なルールをもって徹底すべきである。

5.審判手続の見直しについて

(1) 課徴金が「行政上の制裁」である以上、審判手続においては、刑事手続と同様に適正な手続(デュー・プロセス)を確保することが当然の前提となる。
しかし、現行の審判手続は、裁判官役の審判官と検察官役の審査官が同じ事務総局の中に置かれ、いずれの最終決定権者も公取委の委員であり、公取委の委員は審判開始に先立って、審査官の集めた証拠を見て予断をもった上で審判にあたるという糾問主義的な手続となっており、審判を受ける者が極めて不利な立場にある。現行の糾問主義的な審判手続を改め、審判を受ける者と審査官との立場を対等なものとし、対審構造に基く弾劾主義的な手続に改めるべきである。
具体的には、審判官の身分保障を確保した上で、事実認定は審判廷で直接証拠に接する審判官が独立して心証形成することとし、委員会の関与は法解釈に限定するなどして委員会が審判官の判断を尊重する仕組みに改めるべきである。
審判官は判事経験者を中心とし、合議体の過半数も判事経験者とすべきである。また、審判官への委員会の舞台裏での介入排除・アクセス禁止の担保、審決案へ意見を述べた場合の公開は、審判制度の透明性確保の為には必須の要件である。さらに、公取委の委員についても、判事経験者などの法曹資格者や経済実態に精通した学識者などを登用すべきである。

(2) 従来、勧告または審判開始決定が行われる以外の事件については、警告、注意、打ち切りの処分がとられている。「警告」については、その都度、個別の関係人や被疑事実の概要などが公表されるため、事業者は、社会的な評価・信用の低下といった多大な不利益を被ることになり、実質的には「制裁」として機能している。「警告」は、軽微な事件あるいは違反事実の疑いはあるが証拠不十分な事件、法的判断が困難な事件について公取委の裁量により行われるが、事業者側には、警告に対して反論の機会を与えられておらず、手続的な公正さに欠ける。事業者が違反事実がないことを主張し、公取委としても審判に付するに足る十分な証拠がない場合には、「警告」の一方的な公表は廃止すべきである。

6.公正取引委員会事務総局の体制強化について

自民党独禁法調査会の「取りまとめ」(5月14日)で示されているように、真に国際競争力に資する競争政策を行うためには、法令の効果的な執行、適正手続の確保等が不可欠であり、そのためには公取委事務総局の体制を強化する必要がある。
米国の連邦取引委員会や司法省反トラスト局のスタッフの大半がロイヤーやエコノミストであることを踏まえ、わが国の公取委も、多数の経験豊富な法曹資格者や学識経験者を積極的に採用し、政策立案機能を強化するとともに、独占禁止法の適正・有効な運用を通じて、国民からの信頼を高めることが必要である。

7.入札談合問題への対応について

(1) 課徴金納付命令を受けた独占禁止法違反事件の大半は、国の地方機関や地方自治体の公共入札に係る談合であり、違反事業者も中小から零細に至るような規模の企業が多いことを踏まえ、独占禁止法違反を無くすためには、独占禁止法措置体系の見直しとともに公共調達制度の改善が同時並行的に取り上げられることが必須である。

(2) 公共調達制度の見直しについては、すでに昨年11月、公取委は「公共調達と競争政策に対する研究会報告書」を公表し、現行公共調達制度の問題点を指摘するとともに、今後の方向性として、価格だけでなく、技術や品質なども考慮した入札制度への見直しや、各地方公共団体による指名停止措置に対する整合的な運用の必要性等について提言がなされている。この方向性には賛成であり、公取委は、提言実現のために、他の関係省庁に対し中心的・積極的な役割を果たすべきである。
特に、現行会計法令の原則である予定価格の上限拘束性等の問題については今後の検討課題としており、今後、これらの点も含めて踏み込んだ検討を行い、独占禁止法改正と同時並行的に改善を進めていく必要がある。

(3) 官製談合への対応としては、現行法制では、「入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律」によって、公取委から改善措置の要求などを受けた各省庁・地方公共団体の長等は、必要な調査を行った上で、(1)談合関与行為の排除、または排除されたことの確保に必要な改善措置、(2)国に損害を与えた時に、当該職員に対して損害賠償を請求し、あるいは(3)当該職員に懲戒処分を行うことができるかについての調査を行うこととしているが、「違反行為をそそのかしたこと自体」に関して、発注者側が処分される仕組みにはなっていない。
そこで、日本経団連が再三提案しているように、商法第497条第3項に利益供与要求罪を新設したことにより、この種の行為が激減した実績を踏まえ、入札談合を中心とした不当な取引制限を教唆または慫慂した発注者側の職員を直接の刑事処分の対象とする規定を、「入札談合等関与行為の排除及び防止に関する法律」の中に創設すべきである。

(4) 自民党独禁法調査会の「取りまとめ」にもあるように、ダンピング受注は、手抜き工事や下請事業者へのしわ寄せなどを誘引することから、価格だけでなく技術や品質などを含めた評価の下で、健全な競争が行われるよう入札・契約制度の改革を並行して進める必要がある。

(5) この他にも、優越的地位の濫用や不当廉売は、不公正な取引方法の一般指定で規定されているが、特に不当廉売にあたるのかについて詳細・明確な基準がないために、現場で混乱が生じている。そこで、実効性のある具体的な基準を盛込んだ特殊指定にすべきである。

以上

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