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我が国におけるコーポレート・ガバナンス制度のあり方について

2006年6月20日
(社)日本経済団体連合会

我が国におけるコーポレート・ガバナンス制度のあり方について(概要) <PDF>

はじめに

近年、様々な企業不祥事の発生を契機として、政府・与党、証券取引所をはじめ、各界においてコーポレート・ガバナンスに関する議論が活発に行われている。この間、諸外国においても、コーポレート・ガバナンスを強化するための制度改正が実施されてきた。特に米国においては、2001年のエンロン、ワールドコムの不正会計事件の発生以降、法制度・上場規則の見直しが行われ、この動きは他の諸国にも影響を与えている。
一方、我が国におけるコーポレート・ガバナンスに関する昨今の議論は、とかく目先の表面的な事象に捉われ、各国の文化、風土、制度、商慣習、資本市場における取引実態等の違いを十分に認識しているとは考え難い議論が行われがちである。
本来、コーポレート・ガバナンスとは、企業の不正行為の防止ならびに競争力・収益力の向上という2つの視点を総合的に捉え、長期的な企業価値の増大に向けた企業経営の仕組みをいかに構築するかという問題であることから、これら両方の視点を踏まえた議論が行われて然るべきである。また、資本市場を含めた我が国の国際競争力強化のためには、他国にはない日本的経営の強みを活かして、長期的な企業価値を高めていくことの必要性が指摘されている。さらに最近では、企業の社会的責任(以下、CSR)が、企業の存続基盤として再認識されているが、それに加えて、影響力を増している株主・投資家の責任ある行動の重要性も高まっている。一方、昨今議論が活発な企業買収防衛策とコーポレート・ガバナンスを絡めた議論も散見される。
したがって、各国の法制度・資本市場の環境等の違いや、企業の社会の公器としての役割を踏まえつつ、長期的、総合的な視点から、企業価値の向上のための実効あるコーポレート・ガバナンスのあり方について検討することが重要である。
かかる観点から、日本経団連では、本年2月、経済法規委員会の委員となっている企業を対象に「我が国におけるコーポレート・ガバナンスのあり方」に関するアンケートを取りまとめた。その結果をはじめとする企業実態を踏まえた上で、我が国におけるコーポレート・ガバナンス制度のあり方について、経済界としての考え方を、以下に整理した。

1.コーポレート・ガバナンスに関する取組み

(1) 日本における取組み

コーポレート・ガバナンスと企業業績とが相関関係にあることは証明されていないが、我が国では、1990年代のバブル経済の崩壊や企業不祥事の発生、外国人投資家の持ち株比率の高まり、機関投資家の積極的な発言等を背景に、コーポレート・ガバナンスが急速に注目されるようになっている。
我が国の商法・会社法は、伝統的に代表取締役等の業務執行を監督する機能は取締役会と監査役とが独立して担うことになっているが、1974年以降、業務執行の監督機能強化の視点から、一貫して監査制度の拡充に向けた法改正が行われてきた。最近では、2001年改正において、監査役の独立性を強化するため、監査役任期の4年への伸長、全監査役の半数以上を社外者とすることの義務付け、社外監査役は過去に一度も会社および子会社の役員や使用人でなかった者でなければならないこと等が規定された。また、2002年の商法改正では、商法特例法上の大会社(資本金5億円以上、または負債総額200億円以上の株式会社)およびみなし大会社(資本金1億円超で大会社でないものであって、監査等に関する特例の適用を受ける旨の定款の定めのある株式会社)に対して、従来の監査役制度とは別に、米国型の委員会等設置会社制度が新設され、株主総会の承認を経て、両者を選択できるようになった。
監査役は、従来より、会計監査人選任に関する拒否権を有しているが、それに加えて、本年5月施行の会社法においては、会計監査人の報酬に関する拒否権も与えられた。この他、会社法は、大会社に対して、株式会社の業務の適正を確保するための体制(いわゆる内部統制システム)の取締役会決議を義務付けるとともに、その開示を要求している。また、会社法では、社外役員、株式会社の支配に関する基本方針等についての情報開示の拡充が図られている。
一方、証券取引法においても、2003年の内閣府令・様式改正により、有価証券報告書の「提出会社の情報」において、「コーポレート・ガバナンスの状況」の項目が新設され、会社の機関の内容や内部統制システムの整備の状況 、リスク管理体制の整備の状況、役員報酬・監査報酬の内容等の開示が義務付けられた。また、有価証券報告書の虚偽記載等に関する罰則も強化されつつある。
東京証券取引所(以下、東証)も、2004年3月、コーポレート・ガバナンスの原理・原則に関する市場関係者の共通認識の基盤を提供する「上場会社コーポレート・ガバナンス原則」を公表した。また、2003年3月31日終了の事業年度より、上場会社に対して、決算短信において 「コーポレート・ガバナンスに関する基本的な考え方及びその施策の実施状況」を記載することを求めていたが、各社の取組み状況をより投資家に分かりやすい形で提供するため、2006年3月、コーポレート・ガバナンスに関する情報を決算短信から切り離し、詳細な情報開示を義務付ける「コーポレート・ガバナンス報告制度」を新たに導入した。
こうした制度改正を睨みつつ、企業自らが、企業価値の増大に向けて、取締役会の活性化、監査環境の整備をはじめ、自社に適したコーポレート・ガバナンスの充実・強化に向け、様々な具体的取組みを推進している。また、株主・投資家に対する情報開示やIR活動等、透明性の向上にも努めている。

(2) 諸外国における取組み

各国においても、コーポレート・ガバナンスに関して、様々な試みが行われている。例えば、米国では、2001年、エンロン、ワールドコムの不正会計事件の発生を機に、市場への信頼が喪失したため、2002年、いわゆる企業改革法(Sarbanes-Oxley Act)が制定された。同法においては、監査の品質管理・独立性の強化、情報開示の強化、財務報告に関する内部統制の構築・維持責任等を含む経営者の責任の厳格化・明確化、内部告発者の保護を含め、広範かつ詳細な規定整備が行われた。これを受けて、2003年11月、ニューヨーク証券取引所(NYSE)やナスダック(NASDAQ)では、独立取締役の活用等の上場規則の改訂を行った。
欧州においても、1990年代の不正な財務報告、企業破綻等をきっかけとして、コーポレート・ガバナンス改革が行われている。
英国では、1992年にキャドバリー報告書が発表されて以降、1995年のグリーンブリー報告書、1998年のハンペル報告書・統合規範等が取りまとめられ、コーポレート・ガバナンスに関する原則等が示された。その履行に関する情報開示は、財務報告会議(FRC)の決定に基き、ロンドン証券取引所(LSE)の上場規則によって義務付けられている。
また、ドイツの場合は、業務を執行する執行役会と、これを監視する監査役会という二層型機関構造および会社の意思決定に従業員代表、管理者代表、労働組合代表が参加する仕組み(共同決定)という特徴があり、それを前提にコーポレート・ガバナンスの改革が行われてきた。とりわけ、注目されるのが、2002年2月の「ドイツ企業統治規範(クローメ規範)」である。これは、具体的取組みに関する企業の自主性を尊重しつつ、コーポレート・ガバナンスの改善を図ろうとするものであり、コーポレート・ガバナンスに関する営業報告書への報告や、この規範と異なる対応をした場合における理由の明記等を、上場企業に対して求めた。これらの情報開示は、同年8月より、株式法に基づき、法的義務となっている。
フランスでは、ドイツのような二層型機関構造の選択適用や複数議決権が法的に認められている中で、1995年の第一次ヴィエノ報告書、1997年のマリニ報告書、1999年の第二次ヴィエノ報告書が取りまとめられ、2002年、これら報告書による諸提案を集大成した「新経済規制法」が制定された。同法によって、取締役会会長と最高経営責任者の兼務又は分離の選択制や、従業員代表による緊急時の株主総会の招集権および議題提出権等が図られた。
一方、経済協力開発機構(以下、OECD)でも、国によって歴史的、経済的及び法制度的な特色があるためコーポレート・ガバナンスのあるべき姿につき単一のモデルは存在しないことを前提に、良いコーポレート・ガバナンスに共通する要素の整理を試み、1999年に「コーポレート・ガバナンス原則」を策定した。OECD原則では、我が国のように取締役会の他に監査役制度が存在する場合には、取締役会を監査役会と読み替えて適用する等、各国の実情に配慮したものとなっている。その後、米国におけるエンロン、ワールドコム不正会計事件等を踏まえて、2004年5月に原則が改訂された。
このように、国際的にコンセンサスの得られた手法は存在せず、現在は、各国の事情に応じて試行錯誤、創意工夫が行われているというのが実態である。

2.我が国のコーポレート・ガバナンス制度のあり方についての基本的考え方

これらの状況を踏まえて、今後の我が国のコーポレート・ガバナンス制度のあり方についての基本的考え方を示したい。

(1) 企業の社会の公器としての役割の重視

企業は、単なる利潤追求の仕組みではなく、社会から認められる手法で活動し、社会のニーズに応じて商品・サービスを提供する存在である。社会の理解や社会への貢献なくして、企業の存続はあり得ず、社会や顧客の眼が、企業や経営者に対する最も効果的な規律付けとなる。経済広報センターの生活者アンケート(2006年1月)によると、生活者は、企業に多様な期待を持っているが、中でも、「本業に徹する」「社会倫理に即した企業倫理の確立・遵守」「経営の透明性と情報公開」等を指摘する声が強い。また、特に重視すべきステークホルダーについては、最終消費者、従業員、地域社会、取引先等の順であげられている。日本経団連報告書「企業価値の最大化に向けた経営戦略」(2006年3月)でも、「経営理念や企業倫理の徹底」や「IRをはじめとする積極的な情報開示」が、株式時価総額のプレミアムにつながっており、株主からも正当に評価されていることや、株主とステークホルダーとの間に利害の対立は生じていないという結果が得られている。
したがって、企業は、CSRを重視した経営、とりわけ株主と同時に、従業員や顧客、地域社会等多様なステークホルダーにとっての価値の創造に配慮した経営を行っていく必要があり、それが結果的に株主価値の向上につながっていく。コーポレート・ガバナンスについて検討するにあたっては、企業は、社会の公器としての役割を担っているとの視点を持つ必要がある。

(2) 多様な取組みの尊重

日本経団連のコーポレート・ガバナンスに関するアンケートでも明らかなように、多くの日本企業が、既に企業価値の増大に向けて、企業不祥事の防止、健全性の確保の視点に止まらず、競争力の強化、効率性の向上といった視点から、取締役会の活性化、監督と執行の分離、監査環境の整備、外部者の眼や知恵の活用等、経営や執行に対する監督の実効性を高めるための様々な取組みや創意工夫を行っている。
しかし、企業を取り巻く環境は、常に変化を続けており、一時点で効果的な取組みが常に同様の成果をもたらすとは限らない。コーポレート・ガバナンスについても、社会経済情勢の変化やステークホルダーからの期待等を的確に捉え、効率良い企業経営の仕組みをいかに構築するかといった本来の趣旨に照らせば、そのあり方に「完成形」はない。企業は、自社にふさわしいコーポレート・ガバナンスについて、継続的に検討し、改革に取組んでいく必要がある。
そもそも、各国とも特有の文化、伝統、社会常識、商習慣等を有しており、企業は、その国の社会に根ざした経営を行っている。コーポレート・ガバナンスのあり方も、各企業の理念やビジョン、社風、歴史、戦略、業種・業態等の相違によって大きな影響を受け、どのような手法が効果的であるかは、企業毎に異なる。
したがって、企業の取組みについて、特定の手法、仕組み等を限定すべきではなく、多様性を尊重する必要がある。また、各企業が自社にとって有効と考えられる施策を機動的に導入できるよう、柔軟な制度的枠組みが求められる。その意味で、2002年の商法改正によって、株主総会の承認の下で、委員会設置型か従来の監査役制度かの選択が可能となったことは望ましく、今後もこれを維持すべきである。
因みに、OECDの「コーポレート・ガバナンス原則」は、「良いコーポレート・ガバナンスの単一モデルは存在しない」とし、企業組織等について多様性を尊重する考え方に基づいて策定されている。また、東証の「上場会社コーポレート・ガバナンス原則」においても、「コーポレート・ガバナンスを充実させるとされる具体的な施策を集めた特定のモデルがすべての企業に適するとは限らないし、それぞれの企業にあった多様な施策の組み合わせがあり得る。問題は、それぞれの企業において、これらの機能を最も良く実現すると思われる方法が模索され、実際に効果を上げることである」との基本的考え方が示されている。

(3) 形式ではなく、実質、実効性への着目

コーポレート・ガバナンスに関する議論は、形式に捉われがちであるが、重要なのは、企業の競争力の強化、効率性の向上や企業不祥事の防止、健全性の確保を図り、長期的な企業価値を向上させることである。これが企業経営の目的であり、コーポレート・ガバナンスは目的を達成するための手段である。したがって、形式的な手法や仕組みに捉われず、目的・実質に着目して、企業価値の増大にとって実効性のある取組みを推進していく必要がある。例えば、取締役会については、法的にも実際にも、長期的展望に立って、基本戦略の策定や企業の将来に重大な影響を与える事項に関する意思決定、業務執行の監視等を行うことが求められており、取締役の資質や利益相反等については、形式ではなく実質を考慮すべきである。また、昨今、企業不祥事の防止に有効な手段として注目されている内部統制システムについても、形式的な手続面ではなく、各社の実態に適しており、かつ実効性、効率性が高いことが重要である。
現在、各国において、コーポレート・ガバナンスの強化に向けて、様々な試行錯誤が行われているところであり、実効性に関するコンセンサスが得られた普遍的な手法は存在しないのが現状である。内部統制システムを含め、海外で行われている手法を、我が国の制度として一律に導入することは、実務の混乱やコスト等を考えると、企業を含めた関係者にとって過度な負担を課す恐れがあり、避けるべきである。

(4) 規制から市場による判断の重視へ

本来、株式市場とは、ルールや倫理に従って、企業や株主、投資家が自己責任に基いて、各種の株式取引を行うべきところである。また、政府や証券取引所には、市場において、自己責任に基いて行動する投資家の保護(公正取引の確保、適時適切な情報開示等)という役割がある。
企業の株主は、株式取引によって決定されることから、公正な株式取引は、適切なコーポレート・ガバナンスの大前提である。昨今、株式市場に関する法やルールの不備を突いた形での取引が、市場関係者を混乱させている。ルールの透明性向上・不備の迅速な是正、不公正な取引の摘発等を果敢に行う等、取引の公正性を確保するための方策を早急に講ずる必要がある。
コーポレート・ガバナンスに関しては、企業は、各社の戦略、社風等に合ったコーポレート・ガバナンスに関する取組みを進めている。活力ある資本市場を確立する観点から、各社は、自らの責任で、情報開示や説明に努め、各社の具体的取組みへの評価については、基本的に、株主や投資家等市場による判断に委ねるべきであり、企業の創意工夫や株主の判断の余地をできる限り広くすることが望ましい。政府や証券取引所等が、各企業のコーポレート・ガバナンスの具体的手法や仕組み等について特定の方向に誘導すべきではない。
さらに、資本市場の活用を誘導する政策がとられている中で、資本市場における重要なプレイヤーである投資家サイドにも、適切な倫理観、説明責任の遂行等も期待される。

3.社外取締役の導入義務化、社外役員の独立性強化に対する考え方

昨今、我が国では、コーポレート・ガバナンスに関する議論の中で、経営者へのチェック機能を高めるため、米国のように、社外取締役の導入義務化や、社外役員の独立性の強化を求める意見がある。日本経団連としては、取締役会における監督は、経営者や特定の利害関係者の利益に偏ったものであってはならないという基本的な問題意識は共有しつつも、以下のような理由から、法制度等による社外取締役の導入義務化や社外役員の独立性強化には反対であり、各社の創意工夫と市場による評価の相互作用等、市場のダイナミズムを活用すべきと考える。

(1) 諸外国との制度等の相違を踏まえるべき

社外取締役の設置義務付けや社外役員の独立性強化を求める意見は、とりわけ米国における取組みを参考にしているものであるが、ここで留意すべきは、米国において、独立取締役の存在と企業のパフォーマンスとの関係は立証されていない点である。米国が、独立取締役の役割に着目した経営者のチェック体制の確立に努めている背景には、米国型資本主義の特徴の1つである、経営者の高額報酬や過度に短期的利益を追求するどん欲さがある、と言われている。
また、米国では、監査役(会)制度が存在しないことに加えて、取締役の任期3年制を前提とした期差任期付取締役会制度の導入や、取締役の解任に正当事由を要すること、少数株主による株主総会への役員選任議案提出権がないこと、少数株主は株主総会招集権がないこと等の定款による規定、株式内容の取締役会への白紙委任、取締役会決議によるライツプランの導入等、株主の権利、役割が日本とは異なる。
さらに、米国の社外取締役には、経営者の友人・知人が就任している場合が少なくないとの指摘もある。
このように、米国では、実質的に、経営陣に権力が集中しやすい仕組みであるため、取締役の独立性に関する議論が盛んに行われている。
我が国において、社外役員のあり方を検討するにあたっては、諸外国との制度や実態等の違いを十分に踏まえる必要がある。また、米国の場合、役員や幹部職員等の流動性が高く、長期的な企業価値の向上に向けた責任感や取組みの面で、日本企業とは異なることにも留意すべきである。
一方、我が国も、自国の制度(監査役(会)制度の特徴、メリット等)について自ら積極的に情報発信を行い、諸外国からの理解を得る努力を行う必要がある。特に、IR活動の際に、企業の理念・ビジョンとともに、十分なチェック機能が働いていることについて、株主・投資家に対して法制度や資本市場の相違等を踏まえた適切な説明を行うことが望まれる。

(2) 監査役機能の強化、委員会設置会社制度の活用等の効果を見極めるべき

前述の通り、我が国では、2001年11月の商法改正により、監査役の権限の強化が図られた。その際、社外監査役の要件が厳格化されるとともに、社外監査役の人数についても、従来の最低1名以上から半数以上へ増加する等、監査役の機能の強化が図られた。この法改正が実際に適用されるのは、本年の定時株主総会終結時からである。会社法においても、内部統制システム構築の基本方針決議への監査等も含め、監査役の権限がさらに強化されている。
一方、2002年の商法改正で新たに導入された委員会設置型を選択している会社においては、過半数が社外取締役で構成される指名委員会・報酬委員会・監査委員会の3委員会を活用して、経営と執行の分離を図っている。
加えて、最近、市場機能強化の観点から、会社法、東証上場規則等において、コーポレート・ガバナンスに関する情報開示のための様々な制度改正が行われたところである。
したがって、社外取締役の導入義務化や社外役員の独立性の強化については、これらの制度改正等の効果を十分分析した上で、慎重に検討すべきである。

(3) 社外監査役・社外取締役の適格性は、形式的な要件ではなく、総合的、実質的に判断すべき

監査役・取締役には、高度な人格、識見、情報収集力、分析力、業界関連知識等を備え、企業経営の将来に対して責任ある判断ができる能力が求められる。したがって、その選任にあたっては、「社外者であるか」や「独立性があるか」といった属性に関する形式的な要件ではなく、人格、識見、能力等を総合的、実質的に判断すべきである。必要以上の制約は、むしろ有為な人材の選任に支障を来たす。
また、社外者を活用する手法としては、企業が、社外取締役以外にも、社外監査役、弁護士など外部の専門家、アドバイザリー・ボード等、様々な形態があり得る。実際、すでに多くの企業が、経営や執行の効率性や健全性を確保するために、自社の実情に合わせて、「取締役相互による監視、取締役会による監視」のみならず、社内重要会議への監査役の出席や社外監査役の活用等を通じた「監査役によるチェック」や「内部監査等によるチェック」、「社外者によるチェック」等を通じて、経営者をチェックする体制を構築している。とりわけ、各企業の実態を踏まえて、時間をかけて、コスト・パフォーマンスの高い内部統制システムを磨き上げてきた企業も少なくない。公益通報者保護制度も本年4月から施行されており、社内における自浄作用が期待できる。
一方、買収防衛策の導入・発動に関する議論の中で、独立取締役による判断が必要であるとの意見が一部にあるが、2005月5月に経済産業省・法務省が公表した「企業価値・株主共同の利益の確保又は向上のための買収防衛策に関する指針」では、買収防衛策に関する判断は、株主総会の承認や、取締役会の決議で導入する場合における社外監査役や社外取締役、もしくは独立社外者で構成される委員会による判断等、様々な手法があるとしており、独立取締役や社外取締役による判断が唯一絶対であるとの考え方はとっていない。
なお、監査役設置会社においては、法的に取締役会ならびに経営陣から独立性が確保された監査役による二重の監視システムを設けた上で、執行状況の監督の実効性を確保するための様々な取組みを行っている。監査役制度は、我が国独自の制度であり、諸外国には分かり難いとの指摘もあるが、米国証券取引委員会(SEC)からも、企業経営を監視する仕組みとして優れた制度であるとの評価を得ている。今後、監査役の実際の活動について、関係者の理解が深まるよう、透明性が、より一層高まることも期待される。

4.コーポレート・ガバナンスの実効性向上のための制度整備

(1) 「真の株主」を把握できる仕組みの導入

株主や投資家をはじめとする多様なステークホルダーとの適宜適切な情報の共有、迅速なコミュニケーション、IR活動など、企業が説明責任を適切に果たしていくことが必要である。とりわけ、株主・投資家に対して、企業の理念や戦略、コーポレート・ガバナンスに関する考え方等を説明し、理解を得ることが重要であるが、実際に企業が株主との対話を求めようとしても、真の株主を把握するための手がかりがないという問題がある。
英国では、企業がある程度実質株主や真の株主に関する情報を把握する制度が定着し、活発に利用されている。即ち、1985年会社法212条に基き、企業は、株主名簿上の登録株主や、相手が過去3年間に株式を保有していると信じる合理的な理由がある場合には、保有の事実を明らかにするよう請求することが可能である。
我が国においても、公正な証券取引を阻害しないように配慮しつつも、企業が実効あるIR活動を可能とするよう、運用・議決権の行使等に決定権を持つ株主を把握できる仕組みを導入する必要がある。

(2) 長期保有株主への恩典

企業は、社会的存在であり、株主、顧客、従業員、取引先、地域社会等、多様なステークホルダーとの間で長期的に良好な関係を維持していくことが重要である。また、企業が長期的視野から人材育成や技術開発等を推進し、長期的な企業価値の増大を図ることは、株主利益にも合致する。したがって、企業が短期指向に陥らず、長期展望に立った経営を行えるような環境が醸成される必要がある。
フランスにおいては、企業の安定株主や長期的繁栄に一体化する株主を優遇すると同時に、短期的な利益を追求する株主の影響力を排除するため、2年以上株式を保有する株主に対しては1株2票の議決権を付与する「複数議決権」が法的に認められている。
また、米国では、有価証券の譲渡益課税において、長期投資を税制上優遇する仕組みを採用している。
我が国においても、長期的に企業価値を向上させる観点から、長期保有株主について、配当や議決権、税制等の面で恩典を与えることも考えられる。証券取引所の上場制度を含め、制度等が株主、投資家の意思や判断を阻害しないことが重要である。

(3) 委員会制度の見直し

現在、委員会設置会社については、会社法上、監査委員会、報酬委員会、指名委員会の3委員会の設置が強制されている。また、委員会の独立権限制の仕組みしか採用されていないが、一部の委員会のみの設置や社外取締役過半数の場合に取締役会が委員会に代替できる仕組み等、各社が自らの特性に合わせて各委員会の柔軟な利用を可能とすることが望まれる。

おわりに

以上が、我が国におけるコーポレート・ガバナンスのあり方に対する日本経団連の基本的考え方である。
今後、我が国は、経済社会のグローバル化のみならず、少子高齢化の急速な進展等を踏まえ、企業間の違いや多様な価値観を認め、尊重することによる多様性のダイナミズムを力としていくとともに、国の文化や習慣等の違いを問わず、人々が共生していける社会を創造していく必要がある。
企業としても、社会の公器としての役割を自覚し、投資家や社会に対して、適時適切な情報開示を含め、常に説明責任を果たし、透明性の高い経営を行いつつ、企業価値の向上を図ることにより、企業が広く社会から「信頼」される存在でいることが重要である。
これまで日本経団連では、企業不祥事の発生という事態を真摯に受け止め、1991年 9月の「経団連企業行動憲章」の制定以来、数度にわたり同憲章の改訂等を行うとともに、法令遵守の徹底と企業倫理の確立は経営者トップの責務であるとして、会員企業に対してコンプライアンスの浸透・徹底を促してきた。経営者自らが、高い使命感や倫理観、見識の下で、法令遵守と企業倫理の徹底について不断の努力を行うことこそが、事業活動の大前提であると同時に、事業の発展と企業価値の増大に直結する。そうした認識の下、企業は引き続き、自発的にコンプライアンスの徹底とコーポレート・ガバナンスの強化に努める必要がある。また、グループ経営や連結経営の進展が予想される中で、グループ全体のガバナンスのあり方という新たな課題も含め、自らにふさわしいコーポレート・ガバナンスのあり方について更なる検討を行うことが期待される。

以上

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