経済のグローバル化に伴って、日本企業の海外進出が活発化している。地理的に近く、また今後の市場として有望なアジアには、とりわけ多くの企業が進出しており、地元企業や欧米企業に伍して厳しい競争が展開されている。経営要素には、ヒト・モノ・カネ・情報などがあるが、本報告書は、特にヒトの面から、アジアにおける厳しい競争を勝ち抜くために、日本企業にはどのような現地社員のマネジメントが求められるかについて検討しようというものである。
競争力強化に資する人材マネジメント戦略を築くことは勿論であるが、世界的なCSR(企業の社会的責任)への関心の高まりに伴い、ステークホルダーとしての社員の期待に応え、社員が活き活きと創造的に働ける環境を整備していくことも欠かせない。この2つを両立させ、単に企業の人事労務管理の視点だけではなく、社員が考える働きがいという視点も取り入れ、企業と社員の両者がwin-winの関係になる人材マネジメントのあり方を探っていく。
アジアを舞台とした人材マネジメントを検討するものであるが、人材マネジメントの本質には、アジア向けや、欧米向けなどといった違いはないかもしれない。違いがあるとすれば、人材マネジメントを受け入れる側の、経営インフラの成熟度の違いといったものであろう。したがって、日本企業の人材マネジメント戦略として、単にアジア向けということではなく、最終的にはグローバルにつながるものを目指し、その出発点として、アジアでの人材マネジメントを考えてみたい。
アジアに焦点を当てるとしても、アジアは地理的に広大であり、また民族、宗教、文化、政治・経済体制、経済の発展度合い等、実に多様である。そのような地域の広がりや多様性を認識しつつも、ここでは個々の国の人材マネジメントを検討するのではなく、アジア地域の共通項を念頭に置きながら検討を行うこととする。
検討の対象としては、ブルーカラー層も意識しながら、主に経営管理を担うホワイトカラー層とする。
経済のグローバル化は、世界各地に拠点を持つ日本企業の生産・物流システムに大きな変化をもたらしている。本社を含む、各地の拠点間の関係は、かつての南北の垂直分業から、個々のモジュール(製品などの構成要素)をつなぐ、グローバルな規模のフラットなネットワークに変わってきている。
このグローバルネットワーク化を背景に、それぞれの製造・販売拠点は、ネットワークの一部としてその固有の役割を果たす一方で、従来の本社−現地拠点という縦の関係が変化して権限委譲が進められており、その結果、自立した事業拠点であることが求められている。すなわち、フラット化したグローバルネットワークの中で、各拠点が本社等から支援を受けず自立的に事業運営できることが求められる。各拠点が経営上自立した存在であるためには、資本・技術・ブランド・経営ノウハウ等について、独自の蓄積が必要であり、そのためには現地に根ざした経営が前提になる。
このような経営への要請は、人材マネジメントにも課題を投げかけている。現地に根ざした経営を主に担っていくべきは、どのような人材かという問題である。スタッフの数の制約や現地への理解の深さを考慮すれば、第一に考えられるのは、日本人駐在員・派遣者、あるいは第三国の社員ではなく、現地社員である。こうして、現地の優秀な人材をストックしていくこと、すなわち現地優秀人材の採用・育成・定着が人材マネジメント上の大きな課題となっている。
このような中で、特にアジアにおいてはどのようなことが課題になっているのだろうか。
従来、日本企業がアジアに進出した最大の理由は、生産基地としての労務コストの低廉化であった。
近年では、アジア各国は生産基地としての位置づけは維持しつつも、中国に見られるように、消費市場としてクローズアップされるようになっている。日本国内市場が成熟し、今後の大きな成長が期待しにくい中、アジア市場でシェアを握ることが、企業の成長の可否を握るようになった。また、生産基地という点でも、比較的付加価値の低い製品は、中国等の追い上げもあって競争条件が厳しくなっており、日本企業としては、より付加価値の高い製品を生産・販売しないことには採算が取れにくくなっている。
生産基地であれば、人材マネジメントの中心は日常的な賃金や労働時間の管理である。この場合には、日本からの駐在員・派遣者、あるいは第三国の社員を中心とした対応で可能であった。しかし、消費市場対応となると、現地の市場を熟知した上で製品やサービスを開発することが求められ、このためには日本からの駐在員・派遣者、第三国出身の社員などによる対応よりも、現地高度人材による対応が必要になってくる。そこで、現地高度人材の需要が高まっている。 付加価値の高い製品を生産・販売するという点においても、従来よりも高度な専門知識などを持った人材が求められるようになっているのである。
<1> アジアの人材インフラ
アジアにおいては、学校教育を含めて、必ずしも教育訓練の機会が豊富ではないために、人材マーケットにおける高度人材の層が厚くないと指摘されている。その上、そのようなマーケットから高度人材を獲得するにあたって、人材のグレードによっては、日本企業は欧米企業よりも、報酬設定が低いとされるなどの理由から、欧米企業に対し劣勢に立たされることが多く、結果として、日本企業における高度人材の不足につながっていると言われる。欧米では、高度人材が辞めても外部マーケットから代替要員を確保しやすいという面があるが、アジアにおいては、人材マーケットの層の薄さ、及び日本企業の賃金制度等における競争力の不足が相俟って、外部からの高度人材確保が、他地域に比べて一層困難になっている。
<2> 日本企業の認識
日本企業は、アジアにおける経営上の課題・問題点として、現地国籍の中間管理職・一般社員の能力不足、人件費の高騰とともに、日本人派遣者と現地スタッフ間の意思の疎通、および現地国籍の中間管理職・一般社員の定着・確保を挙げている。#1
アジアにおける競争力向上に必要な手段として認識されているのは、「生産品の高付加価値化」、「マーケティングの強化」、「設計・研究開発の強化」であり、それ以上に「人材育成・スタッフの強化」を挙げる企業が多い。#2
これらから見えてくる日本企業の姿は、競争力向上を図るために、マーケティングや研究開発以上に現地人材の育成に力を入れる必要性を認識しながら、現地社員との意思疎通のしかたなどに課題を抱え、現地社員の定着・確保に悩んでいるというものである。
<3> 現地社員の声
それでは現地社員の側は、日本企業の外国人材活用にどのような印象を持っているであろうか。特にアジア(インド・中国・タイなど)では「日本企業は、昇進のスピードが遅く、仕事を任せておらず、発展空間が小さい」等と感じている者が多い。#3
こうした声の背景には、現地法人の人事制度に対して、これまで日本で実践されてきた年功的な昇進・昇格の仕組みが影響していること、また必ずしも現地への権限委譲が充分に進んでいないことなどがあると考えられる。このままであれば、日本企業で働く現地社員のモチベーション低下、ひいては欧米等他の企業への転職につながり、日本企業の現地人材ストックを質的・量的に低下させることになりかねない。
さらに、現地社員から上がっている日本企業への不満として、以下のような点がよく指摘されている。
アジアの日本企業においては、現地の優秀な人材、特に高度人材の採用・育成・定着が人材マネジメント上の課題となっている。
その現状は、高度人材をいかに自前で育成していくかという課題を抱えつつ、人材の定着・確保に苦労し、また現地社員は発展空間が小さいと感じて必ずしも仕事に満足しているとは言えないことなどがうかがえる。
上記の状況を踏まえ、逆に社員が仕事に満足している、いわゆる働きがいを感じながら仕事を行うことは、企業経営にどのような影響をもたらすのだろうか。
一般論として、社員が働きがいを持って活き活きと仕事をしていれば、定着率が高まる、顧客サービスの質が改善する、企業の評判が向上するといったことが容易に想像できる。
米国に本拠を置く調査会社のGreat Place to Work® Institute Inc.は、1998年以来毎年、経済誌Fortuneに「最も働きがいのある会社ベスト100」(100 Best Companies to Work For)#4 を発表しており、米国では今やこのリストに選ばれることが一流の証とされるようになっている。このGreat Place to Work® Institute Inc.が「ベスト100」に入った企業を継続的に調査して分かったことは、それらの企業に共通して、(1)質の高い人材の確保、(2)優秀な人材の離職率の低下、(3)顧客満足度の向上、(4)イノベーションの推進、(5)創造性の発揮、(6)リスクテイクできる人材の増加、などが見られたことであり、同社は、「働きがいのある会社」であることは、生産性や収益の向上に寄与すると結論づけている。
働きがいのある企業であることは、CSRの観点から言えば、重要なステークホルダーである社員の期待に応えるという面があり、それと同時に企業の生産性や収益を向上させ、競争力を高めることにつながる。
アジアにおける事業展開において、日本企業に働く社員は、様々な「不満」を抱えているようである。日本企業が、アジアにおける競争力の強化を図るためには、こうした社員の不満を解消するのみならず、よりわくわくするような仕事の面白さなどを与え、働きがいのある企業としてのポジションを確立していくが求められている。
それでは、そもそも働きがいとは何によってもたらされるのであろうか。
企業理念をよく理解し、企業活動に対して当事者意識や使命感を持って働けることなど「経営に関するもの」、自分の仕事が公正に評価され、適切な処遇を受け、自分のキャリアのステップアップが明確に提示されているといった「仕事や処遇に関するもの」、上司や同僚とのコミュニケーションが円滑で一体感を持って働ける環境が整っているなど「職場に係わるもの」等々があるだろう。しかし、一つ一つの要素は「経営」、「仕事・処遇」、「職場」のどれか1つに分類できるものもあれば、複数のカテゴリーに跨るものもあるだろう。
このように、働きがいとは、様々な要素が組み合わさった、複合的で多面的なものであると考えられる。
以下では、働きがいをもたらす要素と方策を提示するとともに、駐在員・派遣者の役割や地域・グループとしての対応についても考察する。
各要素と方策の検討にあたっては、国内外の様々な企業のCSR報告書の中に書かれている人事労務施策や、企業の人事担当者からヒアリングした人事労務の実践内容等を抽出して類型化した。
また、要素ごとの実際の企業事例を、別添参考資料として掲げている。
<1> 企業理念の明示
自社が重視する価値、社会的存在意義、社員との関係性などを企業理念・行動基準として明文化する。
特に、日本語ばかりではなく、多国籍の社員に理解できるよう、英語を始めとした多言語で明文化することが重要である。
それを社員ひとりひとりに配布して理解を促進する。配布するにあたっては、携行できるカードにまとめて、社員がいつでも見られるような工夫も必要である。また企業理念・行動基準の理解促進のために、社員に対して研修会を行うことも有効である。
このような方法により、現地社員に企業理念・行動基準の考え方の共有を促せば、現地社員の経営への参加意識、当事者意識が高まり、企業への一体感強化につながるであろう。
<2> 円滑なコミュニケーション
経営者による積極的な発信・コミュニケーション
「日本の経営者は、社員に対してメッセージを発信する努力や工夫が足りない」との指摘がある。労使協議会、対話集会、社内報など、フォーマル、インフォーマルを問わず様々な機会を捉え、経営者はいわば伝道師として、自社の経営理念や行動基準を積極的に社員に語ることが必要である。
日本企業のアジア現地法人において、労使関係に困っているという声が聞かれることがある。例えば、それは過大な賃上げ要求が毎年出されるといったこともある。日常のコミュニケーションを重ねて良好な労使関係を築いていれば長期的に企業を発展させていくためには、何が重要であるかについて理解の共有を図ることができ、過大な要求の予防に有効であろう。
社員の声を吸い上げるチャンネルの確保
経営幹部や職場への要望、また社員のニーズに応えることを目的に作られた人事施策等が、実際に社員にどのように受け止められているかなどを把握しておくことが必要である。例えば、定期的に現地社員に調査する「社員満足度調査」の仕組みを構築することも有効であろう。調査結果レポートを多言語で取りまとめ、社員にフィードバックすることも欠かせない。
職場レベルでの上司・同僚とのコミュニケーション強化
人間関係に悩むことなく、楽しく仕事ができる環境を整備するために、上司・同僚と連帯感を持って働けるようにコミュニケーションを活発にする。
コミュニケーションを行う言語の整備
多国籍の人材がコミュニケーションを行うには、日本本社、駐在員・派遣者を含む、日本人のスタッフ側がまず日本語−英語のバイリンガル・コンピテンシーを確立することが求められる。コミュニケーション改善の第一歩は、まず本社スタッフ、及び日本人の側からの動きにある。
並行して、現地において日本語人材の採用を進める、あるいは日本語教育を積極的に行うことも重要である。
<3> 的確な業績評価と処遇
人事処遇制度
現地での人事処遇制度を整備するにあたって、まず必要なことは現地の人材の情報(経歴・スキル等)を把握し、継続的にキャリアをモニターできる体制を整備することである。各社の人材マネジメントの体制に応じて、各国単位、地域単位、あるいは日本本社がグローバルに人材情報を把握することが求められる。
当該スタッフの人財価値を特定し、業績評価システムと的確な処遇を実効的に運用するパフォーマンス・マネジメントが必要となる。そのためには、i) 評価基準等人事制度をハンドブック等に記載して明示する、ii) 公正・公平な評価を行い、その評価を個々人にフィードバックし、成果・貢献に応じて報酬を決定することなどが求められる。
評価基準を日本本社とアジア現地法人で使い分けず、なるべく共通化することも重要と考えられる。これにより国を跨った社員の異動が行いやすくなるとともに、異動した後も同じように評価されるという社員の安心感をもたらす。
また、報酬の水準については、現地の人材マーケットにおいて、同一職種の報酬水準が明らかな場合は、これを参考にして決定することを基本とし、これに自社の支払い能力(労働や資本によって生み出される付加価値額)を加味して調整することが求められる。
日本企業の多くは、もともと労務コストの低廉化を意図してアジアに進出したと上述したが、それを目的に、無理に報酬水準を低く抑えるとすれば現地社員との信頼関係を損なうことにつながりかねない。社会と共生する企業として、マーケット水準や社会環境等に配慮した報酬水準の設定が求められる。
一方、人材定着という観点において、欧米企業に対して競争力のある報酬水準をどう設定するのかという問題がある。この点については、上述の基本的な考え方を踏まえた上で、報酬水準以外の働きがいの要素、自社の特長なども総合的にアピールしていくことが必要である。
また、特に優秀な人材については、個人の成果に応じた報酬という考え方を徹底し、報酬水準を決定していくことが考えられる。
ダイバーシティーの推進
宗教、人種、国籍、性別等に関係なく優秀な人材を現地において登用していく。ダイバーシティーを事業運営上の制約条件と捉えるのではなく、むしろ企業の成長に欠かせないものとして認識し、推進していくことが求められる。そのためには、透明で公正な人事処遇制度が欠かせない。
他方で、本社における非日本人社員を意図的に増やすことで、本社の中からダイバーシティーに関する問題意識が高まることが期待される。
<4> 発展空間の確保・提示
モチベーションの向上
優秀な人材の定着のためには、挑戦しがいのある仕事を与え続け、自分の成長を実感できる場を提供していくことが不可欠である。さらにその成長が昇進や昇格につながるということを提示することも重要である。
現地社員に対して、企業グループのグローバルな発展の一翼を担うといった積極的な貢献が期待されていると示すことも、モチベーション向上に特に有効であると考えられる。
これらを社員全員に対して行うには困難がある場合は、優秀な管理層から始めるのも1つの方法であろう。
キャリアパス
優秀な社員ほど、勤めている企業において次のステップアップはあるのか、と考える。そのような社員を定着させるためには、次のキャリアの機会を、1年、3年、5年といった期間を区切って具体的に提示し、その企業の中でステップアップしていきたいと思える環境をつくることが必要である。また、次のキャリアにチャレンジする機会を公平に付与する仕組みとして、社内公募制やフリーエージェント制を取り入れることも有効と考えられる(キャリア・マネジメント)。
これらキャリア・マネジメントと前項のパフォーマンス・マネジメントは、車の両輪であって、両者を並行して適切に行うことが望まれる。
権限委譲
現地社員にとって、権限が委譲され、自らの裁量が拡大することはモチベーションを高めることにつながる。ただし、権限の委譲にあたっては、自社のグローバル戦略の中で、現地社員にどのような機能・権限を持たせるかという現地化ポリシーを策定し、そのポリシーに則って権限委譲を計画的に進めていくことが重要である。また、リスクマネジメントの観点から、社内に強固なガバナンスの体制を築き、権限を委譲しつつも、業務をチェックできる仕組みを構築することも必要である。
<5> 積極的な人材育成
アジアにおいては、育成した人材の流出リスクが日本より大きいが、人材育成を積極的に行わないと人材を繋ぎ止めておくこともできない。また、現地法人の自立化を促すためにも現地の人材育成は不可欠である。
基本は、適材適所適時の人材配置を実現するために、必要な訓練を常時実施することである。
育成の方法としては、OJTをベースとしながらも、Off-JTを適宜組み合わせる。リーダー層を中心とした日本本社での研修・実習は、企業グループ全体の方向性を理解させ、事業への参画意識を促す上で役立つ。また、本社主導の研修ばかりではなく、例えば東南アジア、南アジアといった地域ごとの研修を行えば、その地域固有の問題について認識の共有化を図ることができる。
現地社員のなかで、人事(HR)マネジャーのみならず、育成も担当する人事・育成(HRD)マネジャーを確保することも必要であろう。
現地の大学などと連携し、現地経営幹部を対象とした研修コースを設置することも有効な施策である。
<6> 社会的責任の実践
近年の世界的なCSRへの関心の高まりを受けて、様々なステークホルダーが抱く企業への期待が大きくなっていることから、企業がCSRを果たしていくことが以前に増して重要になっている。その内容としては、法令遵守・企業倫理、情報公開、労働、人権、環境、社会貢献など多岐に亘る。
社員の働きがいを高めるには、報酬など直接的に企業から得られるもの以外に、自分の働いている企業が、社会的責任を果たし、社会から高い評価を受けていると感じられることも重要である。
このことが社員に対し、自分は仕事を通じて社会と結びついているという意識、自分が働いている会社は社会に役立っているという誇りを持たせることにつながる。
<7> 駐在員・派遣者の管理能力向上
駐在員・派遣者は、i) 現地化や技術移転の推進、ii) 現地経営を担う管理者、iii) 本社と現地間の情報交換促進、iv) 派遣経験のフィードバック等の役割を担うべきである。ところが、日本から派遣される駐在員・派遣者の中には、語学力を含む、現地社員とのコミュニケーション能力や異文化への適応力が乏しい、あるいはリーダーシップが欠如している人がいるとの指摘があり、充分に役割を果たせていないことも考えられる。これでは、現地社員のモチベーションは高まらない。
駐在員・派遣者には、上記の役割を果たしうる能力として、業務知識・業務遂行能力、管理能力、リスクマネジメント能力、CSR等に関する意識等が求められる。そのような能力を高めるために、人選、赴任前、赴任中、帰任までを一貫してフォローする仕組みの整備が必要である。
<8> 地域、グループとしての対応
拠点ごとの人材マネジメントを検討するばかりではなく、地域単位、あるいはグループ企業まで含めた人事部門のネットワークを作り、情報交換を行って、そこをベースに様々な施策を検討することが、人事処遇制度の整備や人材育成の強化のうえで有効である。
各拠点で行える人材育成の機会は限られているので、地域単位で実施することで、機会が増える。
また、各拠点に留まらず、地域やグループとしてのキャリアパスをローカル社員に提示することで、モチベーションの向上につながることが期待できる。
経済のグローバル化は、国際競争の激化をもたらし、企業はその対応策の1つとして、イノベーションの推進に拍車をかけている。経済学者シュンペーターは、「馬車を何台つなげても機関車にはならない」と述べ、既存の概念の創造的破壊によってイノベーションが生まれると説いたが、そのようなイノベーションを生み出すのは結局創造的な人材であり、従来以上に経営資源としての人材の重要性が増している。
創造性を期待される人材がその力を発揮するには、働きがいを持って活き活きと仕事ができるような制度や環境を整えていく必要がある。日本企業は進出しているアジア各国を含む世界の各拠点において、先に考察した1つ1つの方策を実行していくことで、働きがいのある企業になるとともに、競争力確保への対応策の1つを見出せるであろう。
このような方策は、いわゆる日本的人材マネジメントの特徴とされる、人間尊重の経営、日常的なコミュニケーションに基づくチームワーク、OJTを始めとする積極的な人材育成などと相通じる点が多い。しかしその一方で、日本的人材マネジメントがアジアの各国などで受け入れられるには、責任の所在があいまいにならないよう、チームワークの中でも個々人の責任の所在を明確にすることや、暗黙知に頼り過ぎないよう、OJTにおいても明文化・標準化・視覚化をしていくことなどの修正が必要になってこよう。
日本企業にとって、企業としての競争力と社員にとっての働きがいを両立させた、アジア、さらにはグローバルに通用する人材マネジメントの仕組みを構築することが、世界の厳しい競争に対応するためのインフラの整備につながるであろう。