ポスト京都議定書の国際枠組に関する提言

−COP14に向けた産業界の見解−

2008年11月18日
(社)日本経済団体連合会

ポスト京都議定書の国際枠組に関する提言 【概要】 <PDF>

I.はじめに

地球温暖化問題は、人類全体が実効ある対策を長期に講じていかなければならない課題である。このような観点から、日本経団連ではかねてより、すべての主要国が参加する公平かつ実効的なポスト京都議定書の国際枠組の必要性を訴えてきた。現下の世界経済の状況においても、環境と経済を両立させつつ気候変動問題に対応できる国際枠組を構築することが何より重要となる。わが国では、産業界が環境自主行動計画を策定し、技術開発と省エネ努力を継続することで、世界最高水準のエネルギー効率を達成している。今後ともかかる取組を推進するとともに、その経験をポスト京都議定書の国際枠組の構築、低炭素社会の実現のために活かしていく。

ポスト京都議定書の国際枠組については、昨年(2007年)12月のCOP13(国連気候変動枠組条約第13回締約国会議)にて採択された「バリ・アクションプラン」に基づき、2009年末のCOP15における合意を目指して交渉が開始されている。本年12月のCOP14においては、7月のG8洞爺湖サミットや、同時期に開催されたエネルギー安全保障と気候変動に関する主要経済国首脳会合(MEM)の成果も踏まえ、これまでの交渉の中間的なレビューが行われる予定である。

そこで、現在交渉が行なわれている事項(長期ビジョン、緩和(温暖化防止のための行動)、技術、資金、温暖化に伴う悪影響への適応)をはじめとするポスト京都議定書の国際枠組の主要な論点について、以下の通り、産業界の考えを取りまとめた。

II.ポスト京都議定書の国際枠組に不可欠な要素

環境と経済が両立しすべての主要国が参加する公平かつ実効的なポスト京都議定書の国際枠組を構築するため、わが国産業界が不可欠な要素と考えている点は以下のとおりである。

第一は、米国、中国、インドを含むすべての主要排出国の参加である。主要排出国の参加がなければ、温暖化防止のために実効ある国際枠組にならないばかりか、公平性も阻害することとなる。

第二は、公平な中期目標の設定である。公平な中期目標が設定できなければ、主要排出国の参加は望めず、実効ある枠組とはならない。このような観点から、セクター別アプローチに基づく目標の設定、基準年の見直しが重要である。

第三は、技術(革新的技術の開発と既存技術の普及)の重視である。現在の技術の延長線上では、例えば2050年に温室効果ガスの排出量を半減することは不可能であり、温室効果ガスを劇的に削減する上でブレークスルーとなる革新的技術が不可欠である。また、このような革新的技術が開発されるまでの間は、既存の技術を広く普及させることにより、温室効果ガスを削減・抑制させることが重要となる。そこで、ポスト京都議定書の国際枠組においては、革新的技術開発を直接的に促進させる対策や、既存技術の普及を促す施策が盛り込まれるべきである。

わが国をはじめとする各国の政府には、特に以上の点について、十分に配慮し、現実を踏まえた交渉を行なうことを求めたい。

III.個別論点に関する意見

1.長期ビジョン

温暖化防止は、今後数十年に亘り、地球全体が協力して取り組まなければならない課題であり、ポスト京都の国際枠組においては、長期的に世界が共有できるビジョンが不可欠である。洞爺湖サミットでは、世界の排出量を2050年に少なくとも50%以上削減するというビジョンを国連気候変動枠組条約の締約国が採択することを求める、とされた。MEMにおいても、長期ビジョン共有の必要性について合意している。COP14では、まず、長期ビジョンの採択に向けて交渉が前進することが望まれる。

2.緩和(温暖化防止のための行動)

(1) 中期目標をもつ国・地域

実効ある排出削減を行なっていくためには、多くの国・地域が、自らの状況に応じて、効果的な排出削減を進めることが望ましい。
そこで、京都議定書の附属書I国(京都議定書上温室効果ガス削減の数値目標を有する先進国を中心とした国・地域)に加え、OECD加盟国や世界全体に占める排出量のシェアや一人当たりGDP等が高くOECD加盟国と同等と考えられる国・地域については、総量目標をもつこととすべきである。わが国としても、これらの国・地域と共に目標を掲げ、温暖化防止に貢献していくことが重要である。
また、総量目標をもたない国・地域であっても、新興経済国については、近年の経済発展が目覚しく、今後大幅な排出量の増加が見込まれるため、温暖化防止に対する大きな責任を有している。
これらの国については、経済が急速な発展段階にあることを踏まえ、例えば、GDP当たりの温室効果ガス排出量やエネルギー消費量に関する指標を目標(原単位目標)として掲げることを検討すべきである。
さらに、緩和に関する各国の行動については、例えば、セクター別アプローチから示唆される政策措置を約束することも考えられる。

(2) 中期目標の設定方法と、各国の事情に応じた達成のための政策手法の多様性の確保

排出削減に対する多くの国の長期的な取り組みを確保するためには、中期目標が公平かつ客観的に設定され、かつ、目標達成に向けた自国の排出の具体的な削減策、スケジュールが明確であることが重要である。
そこで、製造工程・製品別のエネルギー効率指標や性能指標、技術の現状・普及見通し等の客観的データを踏まえセクター毎に国際合意された基準に基づき、補完性の原則を踏まえ、柔軟性措置に依らず自ら実行可能な削減ポテンシャルを算出すべきである。
例えば、産業については生産一単位あたりエネルギー消費原単位×生産量、業務についてはオフィス面積あたりエネルギー消費原単位×床面積等、家電については製品一台あたりエネルギー消費量×総台数、運輸については自動車一台あたりCO2排出原単位×総台数×走行距離とすることが考えられる。
それらを積み上げる手法(セクター別積み上げ方式)を活用することで、合理的な中期目標を設定すべきである。
ポスト京都議定書における中期目標の達成については、各国において最も有効かつ費用対効果の高い方法でなされるべきであり、達成のための政策手法について各国の事情に応じた多様性が確保されることが重要である。

(3) 基準年に対する考え方

上記の先進国等の総量目標や新興経済国の原単位目標については、基準年からの削減率や改善率ではなく、「セクター別積み上げ方式」の結果得られた総量やエネルギー効率等の原単位そのもので、それぞれ示すべきである。ただし、公平性や客観性が確保されているかどうかを様々な角度から検証する一環として、データの入手が可能な最新の年を含む複数の特定年からの削減率・改善率をベースに交渉を行なうべきである。
京都議定書においては、90年という特定の年からの削減率のみによって国際約束がなされた。しかし、エネルギー供給事情の変化、社会情勢、過去の削減努力等は各国において異なり、公平性の観点から、90年といった特定の年からの削減率によって国際約束を行なうべきではない。

(4) 土地利用・土地利用変化及び林業

緩和に関連しては、排出のみならず吸収にも着目することは当然であり、土地利用・土地利用変化及び林業に関して、京都議定書のルールとの継続性及び整合性を確保し、中期の目標の達成のために活用することを前提とした検討を行うべきである。

3.技術

(1) 革新的技術開発

経済成長との両立を図りつつ温暖化問題を解決するためには、革新的技術が不可欠であり、その開発に世界の資源を振り向ける必要がある。総合科学技術会議は本年5月、36の技術のロードマップ等を整理した環境エネルギー技術革新計画をとりまとめている。これをたたき台としつつ、先進国と意欲ある途上国は、技術ロードマップの共有・連携強化、研究開発投資の拡大を通じて革新的技術の開発を促進すべきである。

(2) 技術支援

地球温暖化を防止するためには、既存の技術を普及し、最大限活用することも重要であり、先進国は途上国に対する技術支援を積極的に行うべきである。こうした技術支援は、途上国におけるエネルギー効率の向上につながるため、ポスト京都議定書の国際枠組に対する途上国の参加を促すことにもつながる。

  1. ビジネス・ベースの技術移転
    途上国への技術移転の方法については、製品の輸出、対外直接投資による現地生産、知的財産権のライセンシング等さまざまなルートが存在し、これらルートを通じて、既に相当の技術移転が行なわれている。このようなビジネス・ベースの技術移転を促進し阻害要因を除去することが、技術の移転を長期的に確保する上で重要である。

  2. 技術移転の障害の除去と公的資金の活用
    現時点において、円滑な技術移転を妨げる要因として、例えば、「技術移転に関するIPCC報告書」(2000年10月)は、

    といった点を挙げている。まず、これらを取り除くことが必要である。技術移転の阻害要因を除去するにあたっては、必要に応じて、公的資金による支援を行うことも検討すべきである。
    なお、技術移転を推進する観点から、知的財産権の強制的な実施許諾や買取について検討すべきであるとの意見がある。
    しかし、このような措置は、長期的な温暖化対策にもっとも必要な革新的技術の開発意欲を削ぐという大きな弊害をもたらす可能性が高い。知的財産権が保護され、研究開発への投資を適切に回収できる市場環境があってこそ、民間の研究開発能力を最大限に引き出すことができる。
    また、技術移転を促進する方法としても有効とは言えない。例えば、温暖化防止のための技術を定着させる上では、知的財産権そのものに加え、当該技術のマネージメントのノウハウ等が不可欠であるが、仮に、強制的な実施許諾や買取を通じて知的財産権を得たとしても、ホスト国側に当該知的財産権を継続的に使いこなすノウハウがない限り活用は望めない。
    さらに、技術は、知的財産権や様々なノウハウの集合体であり、かつ、画一的な市場価格が存在するわけでもないため、強制的な実施許諾や買取の対象を特定し評価することは難しいという問題も存在する。従って、知的財産権の強制的な実施権許諾や買取は認めるべきではない。

  3. セクター別アプローチによる技術支援
    温暖化防止に向けて途上国に対する技術支援を行う上では、技術を有する民間と、民間の取り組みを支援できる官が、協力して取り組むことも有効である。この点に関しては、「クリーン開発と気候に関するアジア太平洋パートナーシップ(APP)」において、先進国、途上国の官民が参加し、ベストプラクティスの普及等技術支援の実践活動の場として成果を挙げている。ポスト京都議定書の国際枠組においては、APPにおける官民協力の経験を活かし、各セクターの民間専門家の知見を踏まえ、ベストプラクティスや技術普及の状況に関する情報の共有や、技術等の導入・運用改善に伴う削減ポテンシャルの分析等を行い、これらを踏まえた支援策を検討することが重要である。また、民間が協力する国際的な技術支援については、その人的貢献も含め、適切に認識されるべきである。

4.資金

(1) 公的資金メカニズムの充実

温暖化の緩和およびその悪影響への適応のためには、途上国に対して公的な資金を供給するメカニズムが必要である。こうしたメカニズムについては、国連気候変動枠組条約に基づくものをはじめ既存の基金が存在する。まずは、これらについて、適切な運営がなされるよう努力すべきである。また、新たな資金需要への対応が必要な場合には、世界銀行等の多国間の枠組への貢献、ODA拠出額、技術支援等さまざまな基準に基づいて各国の取り組みの現状を客観的かつ公平に評価すべきである。

(2) セクター別クレジット・メカニズム

途上国が行う温暖化防止策の支援策の一つとして、セクター別クレジット・メカニズム(例えば、途上国の特定の産業部門においてエネルギー効率に関する目標を設定し、当該目標を達成した場合、超過達成分をクレジットとして売却できる制度)の導入がコンセプトとして提案されている。しかし、

  1. 現状においては、クレジット認証のベースとし得る水準のデータが途上国において十分収集されておらず、適正な目標値が設定し難い、
  2. 甘い目標が設定された場合には、クレジットが濫発され、当該途上国での削減効果が期待できないばかりか、他の国にとっては濫発により価格が低下したクレジットを購入すれば削減義務を果たせることとなるため、地球全体としての削減を阻害する、
  3. 削減努力をしなくてもクレジットを売却できる場合、補助金交付と同様の効果が生じ、輸出補助金を禁止し、また、他国の利益に悪影響を与える補助金について相殺措置の対象とする旨定めたWTO「補助金および相殺措置に関する協定」との整合性が問題となり得る、

等の課題があり得る。
今後の検討に当たっては、

  1. モニタリングができ、削減量に関する報告が得られ、実測データに基づく検証が可能であること、
  2. 安易なクレジット創出を防止し、実質的な排出削減に貢献する仕組の構築が可能であること、
  3. 温室効果ガス削減プロジェクトへの参加インセンティブを確保する観点から、プロジェクトを担った事業者に対して適切にクレジットが還元されるような制度とすること、
  4. 温室効果ガス削減の費用対効果が高い技術は、国・地域により異なることから、すべての技術が公平に扱われるものとすること、
  5. 当該セクターにおける国際的な競争条件を歪めないようなものとすること、
  6. 既存のCDMとの関係を整理すること、

を前提に、コンセプトを具体化し、導入の是非について慎重に検討を重ねることが不可欠である。

5.温暖化に伴う悪影響への適応

気候変動による悪影響を受け易い国に対する適応のための措置を強化すべく、資金メカニズムを整備すべきである。なお、適応のための資金は、採算性の面で民間が拠出することが困難な場合が多いと考えられ、基本的には公的に賄うべきである。なお、途上国の地球温暖化への適応に関して、民間セクターは気候変動リスクの事前評価・マネージメント・克服に係る技術供与(ソフト・ハードの両面)を通じた貢献ができる。

IV.その他の重要論点

1.環境物品・サービスに係る貿易の自由化

現在、WTOにおいて、環境物品・サービスに対する関税・非関税障壁の撤廃等の交渉が行なわれている。優れた省エネ製品や再生可能エネルギー関連製品に対する貿易障壁を取り除くことにより、当該製品の世界的な普及を図っていくことが、地球温暖化防止に有効であり、交渉の加速化が望まれる。G8洞爺湖サミットの首脳宣言でも「WTO交渉における環境関連物品及びサービスに対する関税及び非関税障壁を撤廃しようとする努力は、クリーン・テクノロジーと技能の普及のために強化されるべきである」とされており、地球温暖化防止が喫緊の課題であることを踏まえれば、早急な対応が必要である。WTOにおける交渉では、関税・非関税障壁を撤廃すべき物品サービスについて、我が国を含む各国が提案を行なっている。温暖化防止の観点から、省エネ家電、ハイブリッド自動車等、可能な限り多くの環境物品・サービスについて、関税・非関税障壁が撤廃されることが重要である。

2.わが国の中期目標

ポスト京都議定書におけるわが国の中期目標については、来年の然るべき時期に決定することとされ、先般、地球温暖化問題に関する懇談会の下に「中期目標検討委員会」が設置されたところである。中期目標について、具体的な対策やそれに要するコストを十分検討することなく高い目標を掲げれば、結局は大きな国民負担となって跳ね返ってくる。客観的データに基づき、他国の目標と比べ公平で、かつ、具体的な削減策やコスト面も含めた実行可能性に裏打ちされたものとすることが不可欠である。「中期目標検討委員会」では、国民負担に関する情報開示も十分行い、地に足の着いた議論を行うよう、強く要望する。

V.むすび

日本経団連では、かねてから、たゆまぬ技術開発や省エネ投資により世界最高のエネルギー効率を維持・向上させるとともに、京都議定書の採択に先駆けて、97年に環境自主行動計画を策定する等、地球温暖化防止のため自ら主体的に行動してきた。京都議定書の約束期間はもとより、ポスト京都議定書の下でも、引き続き地球温暖化阻止に取り組むべく、本年8月の東富士フォーラムでは「アピール2008−グローバル化の中での日本企業の針路−」を採択し、ポスト京都議定書における新たな行動計画の策定を決めたところである。日本経団連は、ポスト京都議定書の下でも、自らの製造工程等における排出削減のみならず、優れた省エネ製品等の提供、途上国に対する技術支援、革新的技術の開発等、あらゆる場面で温暖化防止に取り組んでいく。また、引き続き、産業界における排出削減策としての自主行動計画の尊重、原子力エネルギーの積極活用、サマータイムの導入等、わが国の温室効果ガスの実質的削減につながる政策を積極的に求めていく。

以上

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