公正取引委員会による審判制度の廃止及び審査手続の適正化に向けて

2009年10月20日
(社)日本経済団体連合会

公正取引委員会による審判制度の廃止及び審査手続の適正化に向けて
(概要)
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はじめに

国民生活を豊かにしていくためには、公正で自由な競争を通じて企業の創意工夫やイノベーションを促進し、経済を活性化させることが不可欠である。また、経済のボーダーレス化が進展しグローバルな市場が形成されるに伴い、企業は厳しい競争に晒されているが、企業間の公正で自由な競争を促進するため、市場経済の憲法とも言われる独占禁止法の重要性はますます高まっている。米国、EUをはじめとする諸外国においても、競争法の運用が強化されるとともに、制度間の国際的ハーモナイゼーションが求められている。

新しい競争環境の変化に対応した流れは、もはや後戻りすることはなく、企業自身も競争政策の重要性を充分認識し、法令遵守に努めるとともに、グローバル競争を勝ち抜くために、創意工夫を凝らしながら事業活動を国内外で積極的に展開している。また、外国企業による日本市場への参入も活発化しており、我が国の独占禁止法の運用についての関心が高まっている。

こうした中で、我が国における独占禁止法の運用をめぐっては、適正手続(Due Process)の保障や、運用の透明性、予見可能性の向上に対する強い期待が内外から寄せられている。これらが充分に確保されないままに、当局による恣意的な制度運用がなされるならば、調査を受ける者の基本的権利である防御権を不当に侵害することになるばかりか、誤った事実認定を招き、調査を受ける事業者の自由な事業活動を阻害したり、そのような事態を発生させることに予測可能性を欠くことから、事業活動に委縮効果を与えるおそれがあり、個々の事業者に予期せぬ不利益が及ぶ可能性がある。とりわけ、国際的に制度のハーモナイゼーションが確保されなければ、日本企業が外国企業に比べ不利な取扱いを受ける恐れもある。内外を問わず、我が国独占禁止法の運用実態に対する不信感が指摘されており、その公正かつ適正な法執行に対するニーズに応えること、ならびに各国制度との国際的整合性の確保が喫緊の課題となっている。

本年6月に行われた独占禁止法改正においては、課徴金・排除措置命令の拡充、刑事罰の強化をはじめとして、違反事業者に対する制裁が大幅に強化され、独占禁止法の実体法上のエンフォースメントは国際的に見ても遜色のない抑止力を確保したものとなった。すでに、課徴金の性格は不当利得の返還にとどまらず、違法行為の抑止を目的とする行政上の制裁であるとされ、刑罰に準じた性格が明確化されている。

厳しい制裁を課す以上は、当然の前提として法適用における適正手続が十分に確保され、その運用の公正性、透明性が制度的に担保され、事業者はもとより国民から見ても予見可能性の高い競争環境の整備が不可欠である。独占禁止法の抽象的な要件は、事業者から見た予見可能性の欠如につながり、これまでの各種ガイドラインの制改定によっても十分に解消されているとは言えない状況にある中で、特に、カルテルに比して合法な事業活動か違法な反競争的行為かの境界線が曖昧な排除型私的独占や不公正な取引方法の一部にまで課徴金が導入されたことも、更なる適正手続の確保に対する要請につながったと言えよう。

しかしながら、今般の法改正において、独占禁止法の行政処分手続や不服申立手続の抜本的な見直しについては、経済界のみならず、学識経験者、法曹界、外国政府・外国企業をはじめ多方面から強い要請があったにもかかわらず、見送られた。

改正独占禁止法の附則は、「政府は審判手続に係る規定について、全面にわたって見直すものとし、平成21年度中に検討を加え、その結果に基づいて所要の措置を講ずる」と規定し、また、同法に係る衆参両議院の附帯決議においても、「現行の審判制度を現状のまま存続することや、平成17年改正以前の事前審判制度へ戻すことのないよう、審判制度の抜本的な制度変更を行うこと」ならびに、「公正取引委員会(以下、公取委)が行う審尋や任意の事情聴取等において、事業者側の十分な防御権の行使を可能とするため、諸外国の事例を参考にしつつ、代理人の選任・立会い・供述調書の写しの交付等について、我が国における刑事手続や他の行政手続との整合性を確保しつつ前向きに検討すること」と明記されている。

公取委による審判制度の見直し及び審査手続の適正化をいたずらに先延ばしすることは、事業者間の健全な競争を通じた消費者利益をも侵害しかねず、もはや許されない状況にある。政府においては、附則ならびに附帯決議を踏まえ、具体的な立法の検討を深め、次期通常国会での法改正を実現すべきである。

経団連は、2007年11月に「独占禁止法の抜本改正に向けた提言‐審査・不服申立ての国際的イコールフッティングの実現を‐」を公表したが、今般の独占禁止法改正を機に、改めて、公取委による審判制度の廃止及び審査手続の適正化の実現に向けて、その具体的なあるべき姿を、以下の通り提言する。

1.不服申立手続の公正・公平性の確保

(1)公取委の審判の廃止

現在の公取委による排除措置命令や課徴金納付命令等の行政処分に対する不服申立手続は、処分に不服のある場合は、まず公取委による審判手続に付され、その後に、審級省略により専属管轄を持つ東京高裁における審決取消訴訟に移行するものとされている。現行の事後審判手続制度の下では、公取委自らが審査を行い、企業は簡易な意見申述・証拠提出の手続のみで、公取委から排除措置命令・課徴金納付命令を受け、執行力のある行政処分を下した公取委自らが、その行政処分の当否を審判において判断する仕組みとなっている。行政処分の内容は企業にとり重大な影響を及ぼすものであり、また現行制度は課徴金も極めて高額なものとなり得る中で、公取委自身による審判では公正な審理が確保されないのではないか、という不信感はより深刻であり、現行の不服申立手続が事案の究明及び手続的権利の保障の面からみて問題があることは明らかである。運用の改善といった弥縫策では根本解決にはならない。

公取委の審判において、公取委が検事と裁判官を兼ね、訴追・判定の両機能を備えるのは、もともと独占禁止法が複雑な経済事案を対象とするため、その専門機関として公取委が政策的配慮をしつつ、自らルールを形成していくという歴史的経緯によるものであったと言われている。しかしながら、実際には、独占禁止法違反事件の多くは、違反事実の有無が争点となるものが大半である。また、課徴金が行政上の制裁と位置づけられ、刑事罰に準ずるものとなったこと等を踏まえると、公取委の審判制度は廃止し、公取委の下した処分に対しては、裁判所による中立的な立場からの公正な審理に委ね、不服審査手続全体における「公正らしさ(公正性の外観)」を向上させるのが適切である。

なお、審判制度を廃止することに伴い、実質的証拠法則も当然廃止されるものと考える。現行法では、審判手続において公取委が認定した事実について、これを立証する実質的証拠があるとされると、審決の取消しを求める訴訟において、裁判所をも拘束する「実質的証拠法則」が採用されている(独占禁止法第80条)。この法則により、事実認定については、独禁法の執行機関である公取委の判断が優先され、裁判所において、公取委の実質的証拠に基づいた事実認定は争うことができないこととされている。適正手続が確保されないまま行われた公取委の調査において収集された証拠に基づく公取委による事実認定に拘束されることへの批判は強い。

独占禁止法違反事件であっても、制裁的な不利益処分が課される場合の事実認定では、行政庁が司法判断を拘束する制度は採用されるべきではなく、公取委による審判制度の廃止に伴って、当然に実質的証拠法則も廃止されることを当該事項の削除によって法律上明らかにし、第一審を担う裁判所において公正かつ中立の観点から改めて事実認定を行う仕組みに変更されるべきである。

さらに、審判制度の廃止に伴い、公取委の行政処分に対し裁判所に不服申し立てがなされた場合の当該行政処分の効力ないし執行力、また執行停止制度のあり方については、公取委の行政処分の性格を鑑み、慎重に検討される必要がある。具体的には、例えば、制裁としての性格を有する課徴金納付命令について、不服申立てがなされた場合において、行政事件訴訟法上の「執行停止」の手続(行政事件訴訟法25条)を参考に、事業者の申立てにより、執行が停止されることを原則とすべきである。

(2)地方裁判所に対する行政処分取消訴訟を直接提起する仕組みの構築

審判の廃止に伴い、公取委の行政処分に対する不服申立ては行政訴訟の一般原則に立ち返って、地方裁判所に対する取消訴訟の提起により行う仕組みに改めるべきである。

具体的な仕組みとしては、行政事件訴訟法上、行政処分の取消訴訟における普通裁判籍は、処分若しくは裁決を行った行政庁の所在地を管轄する裁判所(公取委の場合、東京)に属することとされている。したがって、審判の廃止後、裁判所が適切に独占禁止法事案について対応できるよう、当面の間、まずは第一審を東京地方裁判所の専属管轄とし、制度の変更が円滑に進むようにする必要がある。また、将来において、第一審の管轄が複数の地方裁判所に拡がった場合であっても、統一的な判断の確保と効率化の観点から、全国の独禁法に関する事案を集中的に取り扱うよう東京高等裁判所を第二審の専属管轄として、控訴審を行うこととすべきである。

さらに、直接出訴を許容する制度の下では、制裁賦課手続の基本法である刑事訴訟法で伝聞証拠の証拠能力について厳格な制限を設けていることに照らし、制裁賦課手続としての性格を有する独占禁止法においても、調書記載内容の証拠能力について、刑事手続に準じた取扱いを行う必要がある。したがって、公取委の作成する供述調書は伝聞証拠に過ぎないことから、公開法廷の場において、証人への反対尋問での証拠調べを進めることとして供述調書の開示を制限すべきである。

なお、独占禁止法の執行に関する「専門性」を理由に、公取委による審判制度の必然性を主張する意見も一部にあるが、仮に専門性が必要であるとしても、独占禁止法違反事件の多くはカルテル・談合事件など、違反事実の有無が争点となるものであり、この判断に習熟した裁判官に委ねるのが適切である。既に特許訴訟などにおいて、専門家を招いて訴訟に関与させる専門委員制度が存在しており、特に私的独占など経済的知見が求められる独占禁止法違反事案についても、必要に応じて、同様の制度を用いるべきである。

(3)人材の育成・確保

国家財政が逼迫する中で、より簡明で信頼されかつ効率的な法運用を確保すべく、公取委においては、独禁法上多様かつ強力な規制手段を適切に行使し、適正手続に則った違反事件の摘発及び審査や企業結合審査に、案件のグローバル化への対応も考慮し、その限られたリソースを集中することが出来るようにすべきである。こういった観点からも、審判制度の取消訴訟への一元化を進めるべきである。

一方で、裁判所において、独占禁止法事案へ適切に対処する人材を育成・確保するため、裁判所における予算の確保と人材育成の充実、ならびに法科大学院等の教育課程における競争法・競争政策関連科目の充実も併せて実施すべきである。

2.国際水準に適う新たな審査制度の構築

公取委による審査手続において、事業者に正当な防御権が保障されるようにすることは、被調査者に与えられるべき基本的権利であり、我が国独占禁止法の制裁が刑事罰に準ずる強力なものになった今、その必要性は一層高まっている。また、正当な防御権を行使することによって、公取委の主張に適切に反論しつつ真実を明らかにし、事業者の正当な利益を守ることは、株主や債権者など事業者を取り巻く様々なステークホルダー(利害関係者)から経営者に課せられた責務である。

事実、公取委は、行政調査において、「事件関係人又は参考人に出頭を命じて審尋することができる」(独占禁止法47条)など、刑事手続における出頭命令、身柄拘束による取調べに匹敵する権限が与えられており、多くの行政法規において調査手段が「報告・資料提出」に留まることに鑑みれば、より一層被調査者の権利に配慮した適正手続が求められることは明らかである。

国際水準に適った公取委の審査手続の適正化に向けた具体策は、以下のとおりである。なお、これら審査手続の改善は、行政調査のみならず、公取委が犯則調査権限を行使する際にも共通する課題であることを付言する。

(1)弁護士立会権・弁護士顧客秘匿特権・提出命令拒否権の確保

公取委の現行審査手続は、任意の行政調査の場合であっても、実際には「結論ありき」という視点から行き過ぎた調査が行われているとの指摘が数多くなされている。例えば、取り調べにおいても、審査官が準備したストーリーに沿うように誘導尋問がなされたり、取調べを受けている者の真意を反映しない調書が作成され、そのことについての専門家への確認が阻害されたりするなど、被調査者の基本的権利を無視した形で手続が進められている。そのような適正保護を欠いた状態で収集された証拠が、海外の競争当局に提供されたり、裁判の場等において公開されたりすることで、海外当局による調査や裁判において、事業者が適切な防御権を行使することが困難な状態となることも想定される。

欧米諸国では、被調査者に、弁護士の立会いをはじめ、様々な防御権が認められている。企業の従業員など被調査者の防御権を保護する観点から、立入検査の際には検査を受ける者に対し、検査範囲を適切に限定するような事前予告を行うべきこと、取調べにおける自らが有する権利の確認、供述内容の法的効果、誘導的な質問への防御、法的な疑問に対する的確な対応等のために、立入検査時・供述時を問わず調査を受ける者に弁護士が立会うことができるよう、弁護士立会権を保障すべきであり、少なくとも被調査者の求めに応じて、弁護士にタイムリーに相談する権利を保障することを法律上明確に規定すべきである。

また、調査を受けた事業者においては、コンプライアンスの観点から、自浄作用の一環として、自ら社内調査委員会を設ける等して事実関係を調査し、弁護士との相談結果等も踏まえつつ、改善策を講じていくのが通例である。このような過程における事業者と弁護士との間の会話・通信内容には、企業側が弁護士に行った法的相談を含めて機密情報が含まれる場合が多い。これらが適切に保護されず、自ら行った調査結果及び法的評価が無制限に公取委に収集され、むしろ不利な証拠として取り扱われれば、企業や事件以外の関係者にも多大な損害を与える可能性があるとともに、このような事業者の自主的な取組みに対するディスインセンティブにつながる。しかも、一旦、海外の捜査当局等に提供された証拠資料については、各国の法執行が各国の主権に基づいて行われるために、海外での訴訟等の場面において秘匿特権が解除され、機密情報であっても公開されてしまう恐れがある。

そこで、弁護士立会権同様、欧米では当然の権利として認められている弁護士・顧客間の秘匿特権を認め、弁護士と依頼者間の通信や調査内容を含むワークプロダクトについては、提出命令を拒否する権利を保障することを法律上明記すべきである。

(2)公正な審理を行うための証拠開示及び第三者に対する秘密保持

1) 事業者に対する証拠資料の開示
  1. 立入検査時の資料謄写権の法定
    公取委による立入検査時に提出される提出証拠については、実際には立入検査日の謄写を事実上制限する運用が行われる場合があり、被調査者としては、どのような資料が提出されたのか、その全体像すら把握できず、通常の業務のみならず、その後の手続における防御権の行使にも支障を来たしている。提出証拠については、被調査者の申し出により、立入検査当日、提出前に謄写できること、または謄写資料による提出ができることを法律上明らかにすべきである。

  2. 審尋調書・供述調書交付請求権の法定
    前述の通り、審査官は誘導尋問を行う傾向が強く、尋問も一人に対して1日10時間を超える場合もある。したがって、欧米の制度に倣い、審尋調書・供述調書を録取した場合には、供述者の求めに応じて、交付するよう、法律上明確にすべきである。また、案の段階においても、その写しを手交し、帰宅して確認し、必要に応じて修正できるようにすることは、正確な調書作成にも資することであり、法律上認めるべきである。

  3. 公取委が保有する証拠資料の開示請求権の法定
    事業者が訴訟活動中において、公取委が収集した証拠資料にアクセスできるようにすることは、防御権の保障の観点から不可欠である。したがって、審査対象の事業者及び代理人が、公取委が保有するすべての関係証拠資料(他の事業者の機密情報に該当する部分を除く)のうち、特定の記載がなされている証拠を特定して開示が請求された場合には、それを開示しなければならないことを、法律上明記すべきである。

  4. その他審査の透明性の確保
    公取委はこれまで事情聴取において記録を取ることも原則として認めておらず、事情聴取の際に対象者が取っていた記録の提出までをも命じ留置した事例もある。このような法運用は改められるべきであり、事情聴取時に被調査者が記録を作成することを容認するとともに、このような記録は上記2(1)で述べた弁護士顧客秘匿特権の前提資料として提出させることができないことを明らかにすべきである。
    また、密室で行われる取調べにあたって、欧米の制度に倣い、取調べの全過程の録画・録音(取調べの「可視化」)を行うことは、審査の透明性・適正性を確保する上で有効な手段であり、早急に検討を進めるべきである。

2) 第三者に対する秘密保持
  1. 証拠文書等の適正な取り扱い

    (a) 文書提出命令の特則の提出文書の限定

    不公正な取引方法に係る差止訴訟における文書提出命令の特則の創設については、特許事件等とは異なり、提出文書の範囲が際限なく広がるおそれがあることから、対象となる文書が適切に限定されるように規定すべきである。

    (b) 秘密保護規定の強化

    当事者あるいは第三者が参考人の立場で公取委に提出した企業秘密に係る資料や調書などが、公取委の法執行以外の目的で、国内外の訴訟において証拠開示の対象とされたり、海外当局に提出されたりすることになれば、これらの秘密を保有する事業者の利益が著しく損なわれるばかりか、公取委の調査協力依頼にもマイナスのインセンティブとなる。調査段階で公取委が収集した証拠については、諸外国の取扱い同様、提出者の指定により、提出者以外の者に対して企業秘密を開示しないこととすべきである。
    特に、2006年の独占禁止法改正により導入された課徴金減免制度は、秘密裏に行われ摘発が困難なカルテルに対し、自白を促すインセンティブを与える仕組みとして導入された。本制度は、公取委の調査開始前などに、談合やカルテルなどの不正行為を申告した企業に対し、課徴金を減免するものであるため、公取委に企業が違反行為の申告時には、営業秘密を含めた、違反事実を裏付けるすべての証拠の提出が求められる。当該事業者・関係事業者又はそれ以外の第三者の営業秘密が流出すれば、今後の企業活動を展開する中で死活問題につながりかねず、本制度の根幹に係る問題である。上記事情で提出した資料は、違反行為が確定されたか否かを問わず、一切他目的使用を認めないようにすべきである。
    なお、裁判における営業秘密の保護については、すでに2004年6月の不正競争防止法の改正により、(1)証人尋問・当事者尋問などの公開停止、(2)裁判で営業秘密にアクセスした者に対して、営業秘密を裁判以外の目的で利用したり開示したりすることを禁じる秘密保持命令、(3)秘密保持命令違反に対する罰則(懲役刑、罰金刑またはこれらの併科)といった規定が新設されている。
    独占禁止法の運用においても、こうした仕組みを念頭に、公取委が得た企業秘密が適切に保護されるよう、公取委に対して秘密保持が担保・強化される仕組みを構築する必要がある。

    (c) 不服申立手続で使用された証拠の開示制限

    現行制度では、不服申立手続に進むことにより当該手続で使用された供述調書等の証拠が第三者に開示されやすくなるため、不服申立てを躊躇させるという実態がある。この点が是正されなければ、法制の異なる他の法域での想定外の証拠流用等も生じ得ることとなり、日本の独占禁止法の執行においても支障を来す恐れがある。したがって、不服申立手続においても、秘密保持に係る一層の保護・強化が図られるよう、公取委が事業者の求めに応じて秘密保持を図り得る仕組みを構築する必要がある。

(3)防御・釈明に関する適正手続の確保

1) 現行法上の排除措置命令が出されるまでの適正手続の確保

現行法においては、排除措置命令が出る前に事前通知がされ、意見申述・証拠提出の機会が設けられている。しかしながら、実際上この意見申述・証拠提出は、短時日に行われるものであって、排除措置命令等の重い制裁的処分が下されるについて、充分な釈明を担保しうる適切なプロセスとはなっていない。また、審判制度が廃止され、公取委の下した行政処分に対して、裁判所においてその真偽を争うこととなれば、公取委にとっても、行政処分内容の適正性、正確性がより一層求められる。

行政手続法では、不利益処分をする場合には原則として聴聞を行うこととされ(行政手続法 13 条 1 項)、また行政事件訴訟法における出訴期間も原則として6カ月(行政事件訴訟法14条)とされていることから、被処分者の権利保護が尊重されている。米国及びEUの独占禁止法事件処理手続においても、事前の聴聞手続が確立されていることと比較しても、単なる意見陳述権の付与では不充分である。

我が国独占禁止法において、被処分者の権利保護ならびに公取委の行政処分の適正性を高めることは、行政処分後の不服申立裁判が合理的に機能する大前提であることから、被調査者に対して、事前通知から一定期間を確保した上で意見申述・証拠提出の機会が確保されるとともに、公取委が不意打ち的に処分を発することにならぬよう、公取委は自らが発する排除措置命令等の理由及び根拠となる証拠・資料を充分に開示し、争点を明らかにすることにより、双方向の議論が合理的になされ、その後裁判手続も迅速な審理ができるよう、充分な事前聴聞手続が行われることを、法律上明確化すべきである。その上で、公取委が行政処分を出す際にも、命令の理由及び根拠となる証拠・資料を文書で被処分者に対して明確に示すことが必要であり、少なくとも被処分者から要請があった場合は開示を義務付けるべきである。

2) 黙秘権・自己負罪拒否特権の創設及び課徴金減免制度における事業者・従業員間の利益相反に対する調整

我が国憲法では、「何人も、自己に不利益な供述を強要されない」という自己負罪拒否の規定が定められ(憲法38条)、その具体化として刑事訴訟法において被疑者、被告人に黙秘権が認められている(刑事訴訟法198条2項、311条1項)。これは、被疑者に対して防御権を与えることにより、捜査機関の自白強要の防止・被疑者の自白の信用性を担保するという考え方による。また、最高裁判例(昭和47年11月22日川崎民商最高裁判決)では、憲法38条による防御権の保障は、刑事手続においてばかりでなく、それ以外の手続においても、実質的に罰則的な意味合いのある手続においては等しく及ぶものとされている。欧米では、独占禁止法上も、黙秘権・自己負罪拒否特権が規定されているように、我が国独占禁止法の執行をめぐっても、行政手続が、刑事手続になる可能性が否定されていない現行制度において、また課徴金が制裁として、罰則に匹敵乃至それを上回る不利益を課す実態に鑑み、公取委および捜査機関による行き過ぎた取調べを防ぎ、企業の従業員など個人の防御権を保護する観点から、供述者に対して、黙秘権・自己負罪拒否特権を与えることを法律上明記するとともに、取調べにあたり、当該調査が任意であるのか、強制であるのかを示した上で、供述者に対し、それらの権利があることを充分に説明しなければならないこととすべきである。また、行政調査事件から犯則手続事件や刑事事件への移行可能性が完全に否定できないことから、犯則調査はもちろん、必ず行政調査段階においても黙秘権の保障・告知を行うようにする必要がある。手続的には、両手続の峻別がなされているとはいえ、供述者として、同じ公取委に対して、黙秘権が行使できなかった段階の後に、犯則手続への移行により行使可能になったからといって、適切に保障がなされたとは言い得ない。

さらに、課徴金減免制度の下では、違反行為を行った個人と企業との関係を明確化する必要がある。例えば、現在、刑事告発の免除は、最初に申告した事業者及び個人に限定される旨、公取委の方針として明らかにされているが、2番目以降に課徴金減免の対象となった事業者における事件関係者(個人)の刑事責任に対する考え方は明らかにされていない。企業が課徴金減免の申し出を行った際、公取委への調査協力が減免適用の重要な要件となるが、個人が訴追される危険があれば、重要な関係者である個人の調査協力に対するインセンティブは著しく阻害されるとともに、減免の申入れを行った雇用者である事業者との間に利益相反が生じる恐れがある。したがって、法律上、課徴金減免制度が適用された場合には、個人の刑事訴追は行われないことや黙秘権・自己負罪拒否特権を行使したことをもって課徴金減免制度が不適用とならない等、企業と個人との関係を整理する規定を設ける必要がある。

3) 公取委による警告手続の更なる改善・公表要件の明確化

従来、警告の実態としては、排除措置命令を行うほどの確証が得られない事件において、「今後、○○のような行為を行わないこと」といった「指示」という形で事業者に一方的に一定の不作為を指示し、その内容について事業者名を含めて公表するという事実上の不利益処分を用いることにより、履行を強制させるという運用が行われてきたという面がある。事業者は、警告が一旦出されてしまうと、これに従わざるを得ない状況に追い込まれ、またこれを積極的に争う手段を持たないことが最大の懸念であった。先に公表された公取委規則の改正案においては、意見陳述等の一定の事前手続を保証したに留まり、現状の基本的な運用構造を追認するものでしかなく、根本的な問題は解決されていない。

規則において、警告は行政指導であり、公表を含めた不利益処分を行うことは、警告の内容に従うという事業者側の意思表示があって初めて認められることとするとともに、警告そのものに対して事後的な不服申立手続を設けることにより、当該警告が不適法と評価される場合には撤回を求めることができるようにすべきである。

また、警告書には事業者の意見や証拠の概要を含めることとし、警告を対外的に公表する際に、公取委ならびに対象事業者双方の主張を等しく社会一般に知らしめ、法律違反の認定を確定するものではないことを明確化すべきである。

さらに、警告の事前通知を受けた者は、意見申述及び証拠提出の機会を与えられるが、その準備期間が短く設定されてしまうと、実質的な防御の機会を奪われることとなる。準備期間としては、通常、30日間は必要と考えられることから、警告の事前通知に対する意見申述及び証拠提出の「相当な期間」について、「30日を下回らない期間」などと下限を定めるべきである。

3.国際カルテル等のクロスボーダー事案における競争法当局間の協力体制について

国際カルテル等のクロスボーダー事案において、公取委から「海外競争当局への情報提供」時に、我が国企業の利益が侵害される事態に陥らないよう、特段の注意を払う必要がある。例えば、他の法域に所在する企業は公取委に対して提供しないであろう情報を、日本企業のみが公取委に開示し、それをもって海外企業よりも不利益な取扱いを他の法域において行われないようにする必要がある。これは、独占禁止法・競争政策の国際的なハーモナイゼーションが強調される状況においても、各国法の執行は各国の主権に基づいて行われる以上、他法域で不利益になる情報が日本から開示されることがあってはならないことは当然であり、公取委の適切な法運用が求められる。

以上

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