アジア #1 の潜在的な成長力は大きく #2、世界経済危機を克服する上で、この地域が一層の発展を遂げ、世界経済の成長エンジンとなることが期待されている。アジア諸国はその成長を通じて、産業発展、市場・雇用の拡大、さらには民生の安定と向上を図り、豊かな経済社会を築くことが何より重要である。また、アジアの内需の拡大による持続的な成長は、世界経済の発展にも貢献し得る。
アジア経済は、今年に入り、各国の景気刺激策が奏効したことを背景に、既に新興国を中心に着実に回復への足取りを強めている #3。これまでの「世界の工場」としての役割のみならず、「最終消費市場」としての新たな役割に期待するアジア域内外の声に応えていくためには、域内各国が国内消費の拡大を通じた安定成長を持続させ、世界経済を牽引していくことが重要である。
そのためには、地域経済統合の推進による市場拡大と貿易投資の活性化、ハードとソフトの各種インフラの整備を通じた成長のボトルネックの解消等により、域内格差の縮小と成長基盤の確立を図ることが、いま何よりも求められている。
アジア経済が持続的で安定的な成長を達成していくために、わが国には、アジアの一員としてこれに貢献し、共に成長していくという視点が求められており、その経済力にふさわしい貢献を進める必要がある。例えば、(1)地域経済統合推進のための経済連携協定(以下EPA)の面と質の拡充、(2)安定した中長期資金の供給、(3)広域インフラ開発、(4)ソフト・インフラ整備、(5)アジア内需の拡大、(6)環境と経済成長の両立等における貢献と、そのための(7)ODAならびにその他公的資金の抜本的改革が挙げられる。
日本経団連では、既に東アジア経済共同体構想を将来的な目標として打ち出してきた #4。アジアは、異なる国家理念、政治形態、宗教、文化等を有し、様々な経済発展段階にある各国から構成されており、均質な国家間の経済統合とは異なったアプローチが必要である。したがって、この目標を追求する上では、関係各国の官民が、東アジア・ASEAN経済研究センター(以下ERIA)やアジア開発銀行(以下ADB)等の国際機関、アジア太平洋経済協力(以下APEC)と協力しながら、開かれた経済共同体のあるべき姿を検討していくことが重要である。
なお、アジアが安定した経済成長を継続していくためには、同地域の平和と安全保障の確保が欠かせない。とりわけわが国は、これまでの安全保障体制が北東アジアで果たしてきた役割を踏まえ、日米同盟を基軸として、米国、中国および韓国との間で二国間関係の強化を図っていく必要がある。
かかる観点から、アジアの持続的経済成長ならびにその実現のために求められる地域のイニシアティブ及びわが国の役割に関し、以下の7つのアクション・プランを提示する。
アジアの経済成長は、地域内のヒト、モノ、カネ、サービスの自由な移動を確保することによって高まる。こうした地域経済統合を推進するため、物品貿易に加え、サービス貿易、投資、人の移動を含む包括的なEPAの集積からなる経済ネットワークの面的拡大(例えばASEAN+6やAPEC規模のFTAAP)と質的向上を目指すべきである。EPAの拡充は、WTO(世界貿易機関)における貿易投資の自由化を補完する上からも、重要な意義がある。
今日、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの各国がASEANとのEPAないしは自由貿易協定(以下FTA)を締結している。また、わが国でも、官民の努力が結実し、ASEAN全体およびASEAN主要国とのEPAを締結するに至っている。今後は、北東アジア等の空白を埋めることが課題であり、特に現在交渉中の日韓、日インドの両EPAについては、早期締結が求められる。また、日中韓の三国間については、これまでの研究の積み重ねを踏まえ、FTAを推進することが有効と考える。さらに、日中FTAについても着手を検討すべきである。
なお、アジアの地域経済統合は排他的なものではなく、域外諸国にも開かれたものでなければならない。とりわけ、米国、EUとの連携が重要であり、わが国はこれら国・地域とのEPAの締結についても積極的に推進する必要がある。そのためにも、米国、EUがアジア諸国との間で締結しているEPAの現状と運用について、わが国としてその実態を分析し、その情報を民間と共有できるようにすべきである。
物品貿易に関して、これまでのEPAの締結を通じて、関税の引下げは大きく進展した。わが国がアジア諸国との間で締結した全てのEPA において、10年以内の自由化率が90%(貿易額ベース)を超えていることがそれを示している #5。今後は、一部の高関税品目の自由化の検討、関税の段階的削減・撤廃スケジュールの前倒し、EPAの特恵税率とWTOの最恵国待遇実効税率の逆転現象の解消等が課題である。
他方、サービス貿易と投資の自由化については、アジア域内市場での拡大が期待される流通、金融、建設等の分野において、外資制限や不透明な国内規制等が残存しており、これらの障害を早急に解消する必要がある #6。また、人の移動、物の流通を促進し、経済効果を高めるために、EPAの質的拡充と並行して、航空の自由化、いわゆるオープンスカイ政策を進める必要もある。
人の移動に関しては、現地に拠点を置く外国企業がサービスの提供等を円滑に行うことができるよう、各国は企業内転勤に係る人数制限や役員の国籍要件等を可能な限り撤廃することが求められる。また、わが国においても、アジア諸国の人材に活躍の場を提供することが国内の活性化につながる。たとえば、「人文知識・国際業務」、「技術」の在留資格に該当する高度人材の受入れをより円滑化することが重要である #7。これに関連して、わが国は、EPAに基づく、看護師、介護福祉士の受入れのさらなる円滑化に向けた措置が必要である #8。
通貨の安定は、外国企業がアジア諸国で事業展開を円滑に進める上での前提条件である。2000年の第2回ASEAN+3財務大臣会議において合意された、二国間通貨スワップ取極のネットワークである「チェンマイ・イニシアティブ」について、本年5月にマルチ化が合意され前進がみられた。今後は、対象国の拡大、活用の柔軟化等を考えるべきである。その際は、アジア地域のステークホルダーである米国など域外の主要国と連携を図ることが重要である。
アジアで広域インフラ事業等を展開する上で、アジア域内における民間の貯蓄が投資資金として循環するよう、域内での債券・証券の発行・流通市場を整備することが急務である。その際、(1)債権者保護のための法的枠組の構築、(2)市場の透明性確保、(3)ヘッジツールの提供、(4)債券投資に対する税制上のインセンティブの付与等ならびに機関投資家の育成が必要と考えられる。
制度設計に当たっては、ADB、ERIAのほか、各国の証券取引所、証券市場監視機関が連携してその役割を果たしていくことが望まれる。
また、わが国企業が事業を展開する上では、リスクの少ない現地通貨の調達が必要であり、日本政策金融公庫・国際協力銀行(以下JBIC)の投資金融等で対応することが求められる。
アジアが成長する上でのボトルネックとして、国内や域内における交通・物流ネットワークの不足が挙げられる。国際生産ネットワークの展開には、広域物流インフラを整備し、トランザクション・コストの低減を図ることが不可欠となっている。
また、アジア域内では、新興国が経済発展を遂げる一方で、後発国との経済格差が拡大している。広域物流インフラ整備を進め、製造業の水平分業による後発国への産業立地を推進することにより、域内格差の解消へとつなげることが可能となる。
広域インフラ・プロジェクトについては、各国が既に優先度の高いものとして挙げているメコン‐インド間の産業大動脈構想(デリー〜ムンバイ〜バンガロール〜チェンナイ〜メコン)、メコン地域の南北経済回廊、東西経済回廊、南部経済回廊等をベースに検討を行い、全体的なマスタープランを取りまとめるべきである。その際は、ERIAが中心的な役割を果たすとともに、わが国としてもJICA等がこれを積極的に支援していくことが期待される。
マスタープランでは、まず、交通、電力、通信、水資源関連インフラ等の民間投資の呼び水となる基幹インフラ、都市インフラの整備が重点となろう。このほか、アジアの資源・エネルギーの需要が将来増大することを見込み、域内の資源・エネルギー開発案件への投資促進も必要である。さらには、拡大する食糧需要への対応の観点から、地域全体の農業インフラ整備にも留意すべきである。
広域インフラの整備には莫大な資金を要する #9。今日、アジア諸国における投資総額のうち、17.90%が外国企業の直接投資であるのに対して、外国からのODA等の公的資金は1.34%にしか過ぎない #10。このデータが示す通り、アジアにおける広域インフラ整備においては、各国の政府資金やODA等の公的な資金だけでは不十分であり、民間資金を呼び込むスキームが不可欠である。
具体的には、インフラ部分の建設、調達、整備をODA等の公的資金で賄い、民間がその事業運営等を担う仕組みを設ける必要がある。そのためには、民間による資源開発案件やPPP (Public Private Partnership)に係る事業権取得の申請を被援助国政府のODA要請と直接結びつけるスキームの構築が求められている #11。また、PPPの場合、民間が有する資金力と高度な技術・ノウハウ等を効率的に活用できるよう、被援助国側における関連法制の整備やガバナンスの確立を同時に行うことが不可欠である。
民間投資の誘致、技術移転、PPPプロジェクトの円滑な実施・推進のためには、法制度と規範、知的財産権保護の枠組、物流・通関手続、基準・認証等の各種制度の整備と執行体制の確立など、ソフト・インフラの整備が重要である。アジア各国からは、わが国に対して、その経験に基づく法制度整備の支援が要請されている。既に、わが国はODAを活用してメコン諸国を中心に法制度整備支援を進めており、各国の要請に基づき、とりわけ経済分野の支援を拡充すべきである。
アジア地域が、生産・消費に加え、研究・開発の拠点として成長することも考えなければならない。すなわち、イノベーションによって、付加価値の高い製品や新しいビジネス・モデルを世界に対して発信し得る環境整備が必要である。この点に関し、国籍を問わず優秀な人材が域内で自由に交流できる環境の整備、研究開発や域内での人材育成に重点的な資源配分を行う仕組みをつくるべきである。
例えば、わが国への留学生、研究者受入れ拡大のための制度を充実させることが有効であろう。また、標準化等の面で、アジア諸国が協業できる枠組みを整備すれば、共同研究等のコンソーシアムからアジア共通の先端産業分野での標準化を推進することができる。
中国 #12 やインド #13 は、急速な経済成長に伴い富裕層や中間所得層が急増しているほか、最近の景気刺激策によって国内需要も拡大しており、最終消費市場としての役割が高まっている。その他のASEAN諸国でも中間所得層の拡大がみられる #14。しかしながら、マクロ経済的には、アジア地域の貯蓄のGDP比率は国際平均に比べて過大であり、アジアが持続的な成長を遂げ、民生の向上を図っていく上で、中間所得層の育成を通じた消費の拡大を支援していくことが重要である。
国によっては所得の分配構造の歪みや社会保障制度の不備などが、貯蓄率を押し上げていると指摘されており、適切な所得政策や社会政策の充実が期待される。また、国民の教育水準の引き上げや職能訓練等により、中間所得層の拡大を図るべく必要な支援を行うべきである。
アジアで大きな割合を占めている下層所得層(BOP:Base of Pyramid)への教育の普及、所得の底上げによる民生の向上は、アジアの持続的な発展のために不可欠である。また、消費によって、生活の質を向上させるべく、BOPの顕在化していない需要の掘り起こし、教育、衛生、医療など健全な生活を保障するための消費活動に関する啓発活動、現地のニーズにあった商品の開発と提供、マイクロ・ファイナンスや社会企業家との協業のあり方等に関する検討に、わが国も官民連携で取り組むことが重要である。
企業が自ら現地の消費を喚起していくには、金融、広告、流通、小売等のサービス産業が充実していなければならない。しかしながら、域内外からの良質なサービスの移転には、外資規制をはじめ各種の規制が障害となっており #15、一層の規制緩和が不可欠である。
持続可能な成長の達成のためには、地球温暖化問題への対応が欠かせない。本年末の第15回国連気候変動枠組条約締約国会議(COP15)に向け、現在、ポスト京都議定書の国際枠組の議論が行われている。アジア諸国の排出量は世界全体の34%程度を占めており #16、特に、排出量世界第1位の中国 #17、同第4位のインド #18 が積極的に排出削減に取組まない限り、温暖化防止の実効性確保は不可能である。
そこで、アジア諸国は、「共通だが差異ある責任の原則」に基づき、経済の発展段階に応じ、原単位または総量での数値目標を国際約束し、この達成に向けて省エネ等に取組み、温暖化防止に応分の責任を果たすべきである #19。省エネの推進は、限られた資源を有効に活用することであり、エネルギー安全保障やコスト削減に直結するのみならず、経済成長との両立を可能とするため、各国の積極的な取り組みが求められる #20。
地球温暖化防止、省エネルギー、公害対策、水資源の確保、廃棄物リサイクル、生物多様性などの国境を越える課題に対しては、地域が連携して取組むことが重要である。わが国としては、省エネや環境対策に志をもって取り組むアジア諸国に対して、知的財産権に対する適切な保護が与えられることを前提に、ODA等の公的資金も活用しつつ、引き続き、日本の優れた技術・ノウハウによる協力を推進することが重要である。
併せて、わが国は、環境にやさしい製品の普及の面でもリーダーシップを発揮していくべきである。たとえば、省エネ基準等制度の整備や一般消費者に対する省エネ意識向上のための啓発活動を支援することにより、省エネ機器を普及させ、節電と温室効果ガスの排出削減に貢献できる。
上記のアクション・プランを円滑に実現する上で、わが国のODAの役割は大きいが、現状の制度のままでは期待される役割を十分に果たし得ない。ODAの質と量、その他公的資金(OOF) #21 のあり方、官民連携の枠組の構築等について抜本的な改革を推進する必要がある。
財源の拡充も必要であり、ODAの量に関しては、国連目標である国民総所得比の0.7%を踏まえ、増額を目指すべきである #22。少なくとも当面は、1997年をピークに続いているODAの当初一般会計予算の減少に歯止めをかけるべきである。
広域インフラ案件を進めるためには、当面、円借款の執行の迅速化などその制度の改善を図る必要がある。しかし、円借款はアジア諸国の卒業、迅速さの欠如 #23 等、時代の要請に十分応えられなくなっている。中期的には、広域インフラ整備に向けた足の速い大規模な無償資金が投入できるよう、わが国ODAを抜本的に見直すべきである。
広域インフラ開発では、国側がリスクを取ることで民間資金を呼び込むことが求められる。この秋から再開されるJICAの海外投融資スキームを積極的に活用していくことが重要であり、そのためには、使い勝手の良い手続の策定が不可欠である。また、OOFの有効活用の観点から、JICAとJBICの金融機能の一体化も視野に入れつつ、当面はプロジェクトのパッケージ化等の連携の強化を図るべきである。
今回の提言は、東アジア首脳会議を念頭に置いて、緊急に公表するものである。今年から来年にかけては、同首脳会議を皮切りに日メコン首脳会議、APEC首脳会議といった、アジアの首脳が参集する機会が続く。本提言で提起した諸課題について政策対話が促進され、現下の経済危機の克服と、中長期的にはアジアの持続的成長に向けた具体的な共同イニシアティブが推進されることを求める。特に、広域インフラ開発の推進やODAならびにその他公的資金改革の推進については、わが国が主導的に取り組むべき課題であり、積極的な対応が求められる。
日本経団連では、個別の論点における詳細かつ具体的な要望について、11月中旬を目途に改めて意見を述べる予定である。