ICTの利活用による新たな政府の構築に向けて

2009年11月17日
(社)日本経済団体連合会

ICTの利活用による新たな政府の構築に向けて【概要】 <PDF>

I.はじめに

現代社会において、ICTは、国民、企業、政府を相互に結び、多様な情報を繋ぐ重要なライフ・ラインの一つである。同時にICTが内包する即時性、正確性、利便性、連携性などにより、様々な業務の効率性・透明性や確実性・安全性を高めることができ、新たな価値を創造することが可能となる。諸外国では、企業と行政の両面でICT利活用を推進することにより、国全体の競争力を高めるよう、政治主導による大胆なICT戦略が遂行されている。

急速に進む少子高齢化、グローバル化の中においても、豊かで活力にあふれる国民生活を実現するため、日本経団連は、かねてより国のICT戦略並びに電子行政の推進を重要課題の一つと位置付け、様々な提言 #1 を公表してきた。とりわけ、電子行政の推進に関しては、諸外国と比しても取り組みが遅れ、国民が実感できる成果を得られていないことから、省庁・国・地方横断的に電子行政を担当する大臣(行政CIO #2)の任命や、政治主導のトップダウンによる業務の抜本的見直し(BPR #3)の推進などを強く求めてきた。しかし、省庁間や国・地方の連携は不十分であり、国全体として最適な業務効率化やICT投資が行われているとは言い難い。

新政権は、国民主権、地域主権の実現に向け、政治主導で、行政のあり方、国民と政府の関係の抜本的な変革を目指している。また、日本経団連が長く提案してきた税と社会保障制度共通の番号制度の検討が開始され、電子行政の基盤としても早期実現が期待される。重要施策である「子ども手当」や「年金通帳」などを、国全体で円滑かつ効率的に実行するためにもICTは不可欠なツールである。新たな国づくりの一環として、今こそ、電子行政を強力に実行する好機である。

そこで、本提言では、この機をとらえ、これまでの反省点を含め、改めて電子行政の推進ならびにICTの積極的な利活用について提案する。

II.政策実現に向けたICT利活用の必要性

プライバシーやデジタル格差に十分な配慮を行いつつ、政府がICTを利活用することにより、政府と国民・企業の絆が確立され、行政における人財の有効活用が図られ、きめの細かい行政サービスを正確、迅速、効率的に提供することが可能となる。国・地方および省庁などの行政機関間の情報連携により、国民や企業が行政手続きを重複なく一括して行うこと(ワンストップ・サービス)や、行政が能動的に国民や企業にサービスを提供すること(プッシュ型サービス)が可能となる。また、行政情報が積極的に公開され、見える化されることにより、国民・企業が情報を管理・利活用できるようになり、新たなサービスやビジネスの創出にもつながる。ICTが社会の紐帯となり国民と政府の間の信頼が回復し、安心感が生まれる。

具体的には、新政権の政策実現も含め、以下の効果が期待される。

1.行政の無駄の排除

省庁・国・地方横断的に、行政手続きの必要性や重複業務を総点検し、簡素化・標準化を行い、これを電子化することにより、行政の事務コストが大幅に削減される。新政権が掲げる新たな政策に関し効率的な実行手段が用意される。国の出先機関廃止も、国と地方との情報連携やオンライン手続きの活用等により大幅に推進される。日本経団連が究極の分権改革と位置付ける、道州制導入による地域主権型国家の実現にも電子行政は不可欠である。

2.安心できる社会保障制度の確立

年金を始めとする社会保障制度を個人ごとに電子的に管理し、適時に通知や確認を行うことにより、将来に対する国民の不安を和らげることができる。同時に、年金・医療・保険といった国民生活に不可欠な行政サービスにICTが利活用され、安心で利便性の高い制度、セーフティーネットが構築される。
税・社会保障制度共通の番号制度の導入により、社会保障に係る様々な個人情報の一括管理や給付つき税額控除制度が可能となり、他の行政サービスとの連携が図られ、ワンストップ・サービスが大きく進展する。「年金通帳」の電子化により、行政窓口や自宅のテレビ・パソコン・携帯電話等で、国民が自ら納付した年金額、将来受け取る予定の年金受給額などをいつでも確認できるなど、制度の透明性向上や信頼回復につながる。

3.国民・企業の利便性向上

民間におけるICTの利活用と同様に、行政においても電子化や民間委託などにより国民・企業に対する継続的なサービス向上が図られる。例えば、行政窓口や自宅のテレビ・パソコン・携帯電話等により、「子ども手当」など各種手当の受給手続を電子的な返信だけで完了したり、引越、結婚、出産、育児、退職、死亡などのライフ・イベントごとに必要な手続きを一括して実施・完了することが可能となる。
また、会社設立や従業員新規採用の際の各種手続き、従業員の年末調整、退職手続き、社会保険・雇用保険関連業務、国・地方への納税申告など、企業が行う行政関連手続きが簡便化・効率化され、企業内のシステムとの連動が図られることによって、事務コストが大幅に軽減し、競争力強化につながる。
電子行政の推進により、国全体の情報の流れの拡大、円滑化、ICT投資の拡大が図られ、新たなビジネスチャンスの創出や景気回復の起爆剤となる。

4.行政の透明性向上

行政の電子化の前提として進める業務プロセスの標準化により、行政手続き自体の効率化、透明化が推進される。また、政府内の個人情報へのアクセス管理やアクセスログ #4 の保存を通じ、不正な情報アクセス・操作の発見・抑止が可能となる。さらに、国民や企業が申請した手続きがどの行政機関によってどのように取り扱われているか等の処理状況を常時確認することが可能となる。予算策定や執行、評価に至る一連の行政手続がICTを用いて公開されることで、国民による監視、評価が可能となる。国民や住民からの行政に対する様々な意見もICTを通じて把握され、民主主義の深化に役立つ。税・社会保障の共通番号の導入により、社会全体の透明性、公平性が高まる。

このほか、医療の充実、ワーク・ライフ・バランスの実現、食の安全・安心の確保など、電子行政以外の分野の施策実現にもICTが積極的に活用される。

III.電子行政の推進を阻害した要因

これまで電子行政の推進を阻害してきた主な要因は以下の通りである。

第一は、省庁・国地方を横断的に俯瞰し、電子行政を立案・推進する予算権限と責任を持つ担当大臣(行政CIO)の不在、政治主導型の推進体制の未整備である。第二は、行政府自体に業務改革やコスト削減の積極的インセンティブが無く、改革意識が不十分であった点である。PDCA #5 サイクルが十分に働かず、評価が問題点の改善に結び付かなかった点も問題である。第三は、各省庁間、国と地方自治体の間の連携不足、枠を超えた改革の不徹底である。第四は、電子行政推進の基盤たる共通番号制度の整備が進まなかったことである。第五に、電子行政の効果に関する国民への広報や利用促進へのインセンティブが不足していた。政府からは、電子行政の推進に関して様々なコスト削減試算が出されているが #6、より精緻な数値の算出を行い、国民の理解を得ることが重要である。徹底した費用対効果の検証により、メリハリの効いた歳出を行うことこそが、中長期的な観点では無駄の無い最適な電子行政の投資につながる。

IV.電子行政実現に向けた5つの原則と3つの施策

1.電子行政推進の5原則

  1. (1) プライバシー、デジタル格差への配慮
    行政の持つ個人情報については、プライバシー保護に細心の注意を払うとともに、ICT弱者に対する十分な配慮を行うべきである #7

  2. (2) 行政手続きの公開・透明化
    申請、認可、予算立案、配分、評価などの行政手続きは国民に対して公開され、十分な透明性を確保すべきである。国民監視の下で行政が遂行されることにより、電子行政の前提となるBPRが円滑に推進され、行政の効率化、信頼性向上に資する。

  3. (3) 国民に対する情報の二重請求禁止
    国民にとって行政は一つであり、行政内に存在する文書については、組織間の情報連携で処理を行い、国民に再度提出を求めてはならない。

  4. (4) 各省庁・地方自治体を通じた電子行政の全体最適化
    政府内のICT投資、電子行政手続きは、国全体として最少のコストで最善のサービス提供となるように最適化すべきである。

  5. (5) 行政文書・手続きの原則電子化・オンライン化
    原則として全ての行政文書・手続きを電子化・オンライン化することとし、例外に関してはその理由の明示を求める。

2.早急に措置すべき3つの施策

  1. (1) 業務改革(BPR)・標準化の推進、人財の有効活用、労働環境改善
    まず必要なことは、行政の原点に立ち返り、国民が必要とする良質なサービスを提供するために、形骸化した手続きの廃止、重複業務の廃止、規制・慣行の見直しなど、徹底したBPRと業務標準化を進めることである。そのツールとして必然的にICTの利活用が必要となる。事務処理の電子化により余裕の生じた人財は、今後ますます需要が高まる、高齢者や障害者や子どもなどの行政サービスの充実に円滑に振り分け、国民福祉の向上を図るべきである。また、行政の電子化を残業減少による公務員の労働環境改善やワーク・ライフ・バランスの率先につなげる有効なツールとすべきである。

  2. (2) 電子行政推進担当大臣(行政CIO)の明確化と電子行政推進体制の整備
    行政におけるICT投資や利活用の全体最適を図るためには、地方自治体も含めた、行政全体の電子化に係る予算や推進権限を有する電子行政推進担当大臣(行政CIO)の明確化が必要となる。現在、政府では強化された官邸機能の下、「国家戦略室(局)」、「行政刷新会議」において国の予算・行政のあり方について抜本的な見直しを続けているが、新たな無駄や二重投資を避けるためにも、担当大臣が重要会議へ参画しICT利活用の視点を政策に反映すべきである。担当大臣の下にはICTと業務効率化の専門家チームを置くことも必要である。
    また、電子行政推進の基本原則やロードマップを明らかにした電子行政推進法(仮称)を制定し、確実に実現を図ること、PDCAサイクルを強化し、継続的に改善を図ることが必要である。
    中長期的な視点からは、行政事務とICTに精通した人材を育成すること、公務員の業務の一環として事務効率化、サービス向上を義務付け、これに対するインセンティブを付与(人事評価など)するなど、電子行政を自律的に推進する体制を整備することが求められる。

  3. (3) 税・社会保障制度共通の番号制度、企業コードの導入
    各組織が情報連携を図る上で共通の番号制度の整備が欠かせない。税・社会保障制度共通の番号制度は、納税者の所得情報の把握のみならず、社会保障給付の効率的かつ適切な受給やセーフティーネットに係るきめの細かい政策展開に資するものである。当該番号の導入を視野に入れつつ、行政機関間の情報連携の基盤を早期に構築すべきである。共通番号制度が必ず実現するよう、早急に制度の法制化までのロードマップを策定するとともに、既存の各種番号との関係整理や住基ネットの有効活用などを図っていくべきである。企業コードについても、現在、国・地方を含め行政機関ごとに異なっており、政府内部での一元化により情報連携を図るべきである。

V.国際競争力強化に向けたICT戦略の確立

より安心・安全な国民生活や魅力ある国家基盤を構築し、国際競争力を強化していくためには、電子行政の推進とともに、ICTに係る人材育成、技術開発、利活用、国際的な展開に至る総合的な国家戦略を立案、遂行しなければならない。国全体のICT競争力を高め #8、わが国が強みを持つ産業のみならず、中小、国内産業の生産性を高めていく必要がある。

特に、国際競争力のある最先端の融合型高度情報通信人材を安定的に創出するため、大学(院)教育やリカレント教育の支援を行う産学官によるナショナルセンターを早期に設立することが不可欠である。医療分野においては、ICTを活用した地域医療の連携体制の構築や遠隔医療による医師不足への対応、医療情報のデジタル化などにより、安全で質の高い効率的な医療を実現すべきである。高齢者、身障者、子どもが安心して移動するため、交通分野においては、路車間、車車間通信技術や衛星測位技術等を活用した運転支援システム等、ITS #9 の推進により交通事故の削減や渋滞を解消し、世界一安全な交通社会を実現していくことが重要である。また、低炭素社会の実現に向けて、産学官が連携して戦略的分野に資源を集中的に投入することが重要であり、ICT自体の省エネ化、低炭素な公共交通機関や交通流円滑化に関するICTの活用、テレワークの充実等が待ったなしの課題となっている。教育現場におけるICT利活用も欠かせない。

経済危機後のわが国経済を展望すれば、こうした戦略の遂行は一刻の猶予も許されない。官邸が主導すべき優先課題の一つとして、政府を挙げて総合的なICT戦略を再構築し、産学官が連携して取り組んでいくべきである。戦略が計画のみに終始しないよう、具体的・定量的な成果目標を設定の上、実現へのロードマップを明示し、必要なものは法的な拘束力をもって推進し、PDCAサイクルを強化したうえで着実に実行、改善を重ねていくべきである。

電子行政、医療、道路交通分野等においては、こうしたICT利活用の実証実験が行われているが、実験にとどまり、実用化に結び付かないケースも見受けられる。無駄を徹底的に排除した上で、実用化に必要な法令の見直しを行いつつ、トップダウンによる選択と集中に基づいた予算投入を行う必要がある。


新政権が掲げる政治家主導による行政の刷新は、電子行政の推進と表裏一体の関係にある。電子行政の実現を通じ、国民、企業、行政に携わる公務員など、社会全体にメリットが生じ、わが国の発展を支える新たな政府を構築すべきである。

日本経団連としては、引き続き、政府の戦略立案、推進に向けて意見発信や世論喚起を継続していく。

以上

  1. 「実効的な電子行政の実現に向けた推進体制と法制度のあり方について」(2008年11月18日)
    「新IT戦略の策定に向けて」(2009年5月12日)など。詳細は経団連ホームページ参照
  2. Chief Information Officer:最高情報担当責任者
  3. Business Process Re-engineering:業務プロセスの再構築
  4. コンピュータへのアクセスに関する動作記録
  5. Plan Do Check Action:計画・実施・評価・改善から成る継続的な業務改善プロセス
    • 電子政府の実現により行政機関の情報システム経費は約1800億円削減
      (総務省「スマート・ユビキタスネット社会実現戦略」2009年6月)
    • 所得税年末調整処理業務の電子化により行政コストは125億円、企業コストは1600億円削減
      (政府IT戦略本部電子政府評価委員会 2008年2月)
    • 住基ネットにより年間約260億円のコスト削減(総務省ホームページ「住民基本台帳ネットワーク」等)
  6. 例えば、インターネットの利用率は30歳代が96%に対し、70歳代では28%(平成21年度情報通信白書)であり、電子行政を推進するうえでも、丁寧な窓口対応などが不可欠である。
  7. World Economic Forumの調査によると、日本のICT競争力の順位は2008年で17位。近年は20位付近に低迷している。
  8. Intelligent Transport Systems:高度道路交通システム

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