日・トルコ経済連携協定(EPA)交渉の早期開始を求める

2012年3月21日
(社)日本経済団体連合会

日・トルコ経済連携協定(EPA)交渉の早期開始を求める【概要】

1.基本的な考え方

(1) 現状認識

人口7400万人のトルコは、地政学的に重要な欧州とアジアの結節点に位置し、安定した政治と堅調な内需等を背景に力強い経済発展を遂げている#1

わが国は、世界屈指の親日国であるトルコと古くから交流を深め、多方面にわたる友好関係を構築してきた。わが国企業のトルコ事業は、1970年代の建設・インフラ分野の円借款案件や、1980年代の自動車の生産開始を経て、近年ではこれらの産業分野に加えて、保険、宇宙開発、医療、化粧品等、事業の多様化が進みつつある。しかしながら、日ト間の貿易・投資の現状#2は、両国の事業機会が十分に開拓されているとは言い難い。

(2) 本提言の目的と論旨

さらなる経済発展の潜在力を有するトルコにおいて、わが国企業がこれまで以上に積極的にビジネスを展開していくためには、他国企業に劣後しない競争条件を確保するとともに、円滑でより効率的な企業活動を可能とするビジネス環境を整備することが不可欠である。

経団連は、予てよりトルコ海外経済評議会(DEIK)との合同経済委員会等を通じて、両国の経済交流を活性化し、新たな商機を開拓するためには、日・トルコ経済連携協定(EPA)が必要であると主張してきた。また、両国政府は、現在、二国間の経済分野における協力に関する覚書への早期署名を目指しており、わが国経済界は、こうした政府間の取り組みによって、日ト経済関係拡大の枠組みづくりが進展することを期待している。

こうした見地に立って、経団連は、日ト経済関係のさらなる拡大と深化に向けて、以下に掲げる関心事項等を踏まえ、日・トルコEPA締結に向けた政府間交渉の早期開始を強く求める。

2.わが国企業のグローバル・ビジネスにおけるトルコの重要性

(1) 貿易・投資先

トルコは、若く優秀で勤勉な労働力が豊富なことから、生産拠点としても極めて有望である。また、人口は中長期的にみて増加基調にあり、若年層を中心に消費意欲は旺盛である。経済成長に伴い、中間層が厚みを増し購買力の上昇も著しく、市場としての魅力は一層高まっている#3

今後製造業においては、周辺諸国市場向けの輸出型生産拠点にとどまらず、高い消費意欲に支えられたトルコ国内市場も対象とした事業展開への期待も大きい。

トルコでは、すでにわが国企業が、多くの基幹インフラ整備プロジェクトに参画し、実績をあげている。国民生活の向上や国内産業の発展に不可欠なインフラ整備需要は引き続き高く、今後も多くの大型案件が計画されていることから、建設、交通、IT・通信、電力等の分野において、わが国のパッケージ型インフラ輸出の促進が期待される#4

(2) 広域ビジネス統括拠点

トルコは東西の交通の要衝にあって、EU、中東、アフリカ、中央アジア等、周辺諸国との間で長い経済交流の歴史を有する。こうした規模が大きく今後高い成長が見込まれる諸国の市場に容易にアクセスできることは、トルコの競争力を大いに高めている。

こうしたトルコの特長を踏まえ、わが国企業はこれら周辺諸国を含む物流や事業統括の拠点をトルコに設置することや、トルコと民族的・文化的共通点を有する中東・北アフリカや中央アジアなど第三国においてトルコ企業と協業することなどを通じて、広範な地域でビジネスの拡大を図ることができる。こうした諸国のうち、わが国とのFTAの空白地域となっているところについては、日・トルコEPAを通じて、トルコのFTAネットワークの活用も有益である。また、周辺地域に対し近年積極的な外交を展開し存在感を高めるトルコは、企業活動に必要な情報を着実かつ迅速に収集する拠点としても重要性を増している。

このように、わが国企業はトルコを広域ビジネス統括拠点、ひいてはグローバルな事業展開における戦略拠点とすることによって、トルコならびに周辺地域のダイナミズムを効果的に活用した事業を展開することが可能となる。

3.目指すべき日・トルコEPAの姿

(1) 包括的で高水準なEPAの実現

わが国とトルコは、ともに20カ国・地域首脳会議(G20サミット)メンバー国#5として、今後も国際社会で協力し、あらゆる保護主義的措置を回避し、自由貿易を推進する責務を果たしていく必要がある。両国の経済規模や、世界経済に担う役割の大きさに鑑みれば、双方は包括的で質の高いEPAの締結を目指すべきである。

(2) Win-Winの関係の構築

両国は、わが国企業の高い技術力と、トルコ企業の周辺地域における豊富なビジネス経験・ノウハウ等、互いの強みを活かした経済関係を構築することが肝要である。日・トルコEPAは、すでに協力関係を確立している分野のみならず、中長期的にみて有望な新規分野において、互恵的なビジネスの推進に資することが期待される。

(3) 安定的な事業環境の実現

トルコでは、突然の制度変更等により、しばしばビジネスの現場が混乱し、在トルコ日本企業の業務に支障を来たしている。規制・制度の改変にあたっては、事前の意見表明の機会の確保や十分な猶予期間の設定等、予見可能性の向上や安定性の確保を担保する仕組みが必要である。

(4) 他国企業に劣後しない事業環境の確保

トルコは、1996年にEUと関税同盟を締結するとともに、EU域外諸国とのFTA戦略も積極的に展開している。すでに締結済みの北アフリカやバルカン諸国とのFTAに加えて、最近ではアジアや中南米諸国とのFTA締結に向けた動きを加速しており#6、EUとのFTAを発効させた韓国とのFTA交渉も本年6月までに妥結するとの見通しが伝えられている#7。こうしたトルコと第三国のFTA締結状況を注視しながら、日・トルコEPAによって、わが国企業は他国企業と対等あるいはより好ましい競争条件を確保する必要がある。

(5) 制度・ルール・基準の調和の推進

現在トルコは、最大の貿易・投資パートナーであるEUへの加盟交渉#8などを通じて、EUの制度・ルール・基準への調和を目指している#9。他方、わが国は、EUとのEPAの交渉開始に向けたプロセスを進めている#10。日・トルコEPAでは、日・EU EPAを通じて実現を目指す事項にも留意しつつ、日ト双方の制度・ルール・基準との整合性を確保すべきである#11

4.日・トルコEPA実現によって期待される効果

わが国経済界としては、日・トルコEPAを通じて、以下の事項が実現されることを強く期待している。交渉に当たってはこれらに留意し、協定に反映させるよう要望する。

(1) モノ

わが国の対トルコ輸出の9割超を占める機械製品(自動車、建設機械、船舶など)、工業用品(化学品、タイヤなど)、工業用材料(金属品、繊維製品など)において、トルコとの間で関税同盟やFTAを有す国の企業は、関税面の恩恵を享受している。特に、自動車の基幹部品や高付加価値品等、現地調達が必ずしも容易でない品目を中心に、関税引き下げ・撤廃を実現すべきである#12

また、税関手続きの簡素化および貿易円滑化を図るべきである。多くのわが国企業から、窓口における提出書類、法令解釈、対応が担当官によって異なるなどの問題が指摘されている。一貫した運用によって、透明性・効率性を向上させることが重要である。窓口において統一的な対応をとるよう周知徹底するとともに、税関手続きの電子化を推進すべきである。

トルコ独自規格とCEマーキング#13の調和をはじめ、規格・基準認証手続きの簡素化を図るべきである。CEマーキング未取得の日本製品、特に化学品や、トルコにおける大規模建設プロジェクト等で使用するためトルコに持ち込む機械等については、JIS規格との相互承認の実施を要望する。

(2) ヒト

就労許可の発給・更新に関し、発給要件の緩和や手続きの簡素化を図るべきである。特に、発給要件にあるトルコ人雇用義務#14は、人件費負担の増加をもたらすことに加え、柔軟で円滑な人的資源の配置が困難になるなど、わが国企業がトルコ事業拡大を目的にトルコ拠点において機動的な人員計画を実施する際の障壁となっており、早期に見直すべきである。

よって、就労許可の迅速な発給ならびに有効期間の延長が望まれる。特に、トルコで大規模インフラ整備プロジェクトに携わる日本人技術職に対する就労許可の発給については早急な改善が求められる。

2012年2月1日、十分な周知期間を経ずに滞在許可期間の短縮措置が導入されたことにより#15、日本からの人員派遣に支障を来たしている。当該措置を早期に緩和すべきである。

また、2011年3月2日、トルコの社会保険規則が改正され、トルコへの派遣期間が3カ月を超える外国人労働者を対象に、トルコの社会保障制度への加入が義務付けられた。これにより、トルコに進出したわが国企業の駐在員に社会保険料の二重負担が生じている#16。すでにトルコと社会保障協定を締結済みの国の企業と比較してわが国企業が競争上不利となっており、日・トルコ社会保障協定の早期締結を要望する#17

(3) サービス

最恵国待遇の付与とともに、市場アクセス、内国民待遇の付与については、ネガティブリスト方式を採用するよう求める。自由化を留保する場合ならびにすでに十分な自由化が行われている分野は、現状維持を義務付けるべきである。WTOで約束された内容を超える水準を目指し、一層の自由化を図るための見直し条項を設けるべきである。

(4) 投資

多くのわが国企業が、トルコを国内市場はもちろん周辺諸国を含む広域市場を対象とする生産拠点として極めて有望と考えていることから、日トルコ投資促進保護協定(1992年署名、93年発効)では網羅されていない投資参入段階における内国民待遇の付与など、保護の強化と高水準の自由化を達成すべきである。例えば、国産化要求、輸出要求等のパフォーマンス要求を禁止すべきである。トルコでは輸出要求が投資インセンティブと結び付く事例が報告されている#18。外国企業に対する規制の緩和・撤廃に関し、ネガティブリスト方式の導入を求める。

(5) 知識・情報

電源アダプターなどPC周辺機器類などの模倣品被害が報告されている。模倣品の取締りや罰則を強化し、具体的対策と成果を定期的にレビューすることによって、より実効性の高い知的財産権の保護に取り組むべきである。

(6) 政府調達

トルコはWTO政府調達協定のオブザーバー国にとどまっている。同協定への早期加盟を期待するとともに、透明性、最恵国待遇、内国民待遇等について、少なくとも同協定と同水準の内容を確保すべきである。

(7) 競争

反競争的行為に係わる紛争を回避・軽減するため、競争当局が協力して対処する体制を整備すべきである。一方の競争当局が具体的決定や措置を実施する前に、他方の競争当局への通報を義務付けるべきである。

(8) 原産地規則

原産地証明発給の利便性を高めるため、認定輸出者による自己証明制度を導入し、手続きの簡素化、円滑化を図るべきである。原産品判定にあたっては、関税分類変更基準(CTCルール)、付加価値基準(VAルール)、加工工程基準(SPルール)のいずれかから選択する制度を採用することが望ましい。これに関連し、原産地規則の累積規定も整備すべきである。

(9) ビジネス環境整備

わが国企業のトルコにおける事業を円滑に進めるためには、上述の項目で網羅されない分野についても、ビジネス環境の一層の整備が望まれる。

特に、徴税制度においてわが国企業は様々な課題に直面している。徴税制度の効率向上や透明性確保を一層推進する必要があり、例えば、印紙税の定額制への変更・徴収における内外差別の撤廃#19、VAT還付の徹底、RUSFの見直し#20等を通じて、最恵国待遇および内国民待遇付与に基づく公正衡平な事業環境を実現すべきである。

また、法制度が頻繁に変更され、企業の日常業務の遂行に支障を来たしている。規制・制度の導入や変更に際しては、十分な周知期間の設定とともに、事前の意見照会(パブリック・コメント等)の実施や、事前の協議が望まれる#21

国営郵便会社(PTT)を通じた公的通知の発送・到達が遅延し、業務に支障が生じる場合があることから、サービスの改善が求められる#22

以上のような事業環境について両国官民が定期的に議論し、企業が直面する諸課題を解決するための「ビジネス環境整備に関する委員会(仮称)」を設置すべきである。

以上

  1. 2010年のGDP成長率は、前年比8.9%増、2011年は第3四半期までで前年同期比9.6%増を記録した。〔トルコ国家統計庁〕
  2. 過去5年間をみると二国間貿易額は年間約30億ドルで日本側の出超。対トルコ主要輸出品目(2011年実績値)は、機械製品(72.9%)、工業用材料(12.8%)、工業用品(10.9%)、トルコからの主要輸入品目は食用品(39.7%)、繊維製品(23.2%)、工業用品(16.3%)、機械製品(11.6%)。〔財務省貿易統計〕
    他方、2010年末のわが国の対トルコ直接投資残高は約18億ドルと史上最高を記録したものの、欧米主要国平均の10分の1にすぎない。〔トルコ中央銀行国際投資統計〕
  3. トルコは人口7000万人超、1人当たりGDP1万ドル超の世界6カ国の一つ。
  4. 以下の経団連提言を参照。
    「国際貢献の視点から、官民一体で海外インフラ整備の推進を求める」(2010年10月19日)
     http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2010/090.html
    「改めて国際協力の推進を求める」(2011年12月13日)
     http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2011/111/index.html
  5. トルコは2015年にG20議長国を務める予定。
  6. トルコはすでに18カ国・地域とFTAを発効済み(批准手続き中を含む)、13カ国・地域と交渉中、11カ国・地域と交渉開始予定もしくは検討中。
  7. トルコと韓国は、2010年4月にFTA交渉を開始し、これまでに計4回の交渉会合を開催。2012年2月のトルコ・韓国首脳会談においてエルドアン首相と李明博大統領が、2012年上半期中の妥結を目指すことで合意。韓・トルコFTAが締結・発効すれば、わが国企業がトルコとその周辺諸国市場で、特に自動車・エレクトロニクス等の分野において、競争上不利な状況に置かれる懸念がある。
  8. 2005年10月の交渉開始以来、全33分野にわたる交渉項目のうち、1分野で交渉が完了、12分野で交渉中である一方、17分野で交渉凍結ないしは交渉開始不可となっている。
  9. EU側は、いくつかの技術的障壁の撤廃(輸入許可、第三国からの物品の輸入制限、政府補助金、知的財産権の保護、医薬品の新規登録条件、差別的な徴税等)に関し、関税同盟発足時に約束された条件をトルコ側が完全に履行していないと指摘、早期の是正・履行をトルコ側に求めている。
  10. 第20回日EU定期首脳協議(2011年5月28日、於ブリュッセル)概要を参照。
     http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/eu/shuno20/gaiyo.html
  11. 経団連では、これまで2007年から数次にわたり日・EU EPA締結に向けた提言を公表し、日・EU EPAのアウトラインを提示するとともに、業界横断的な課題の解決を主張している。例えば、以下を参照。
    「日・EU経済統合協定交渉の開始を求める−日・EU EPAに関する第三次提言−」(2009年11月17日)
     http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2009/099.html
    「日・EU経済統合協定に関する緊急提言」(2011年10月31日)
     http://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2011/102.html
  12. 例えば、乗用車10%、貨物自動車3.5〜22%、車輌用ディーゼルエンジン・車輌用ガソリンエンジン2.7〜4.2%(2012年3月現在)。
  13. 原則としてEU域内向けに販売される指定の製品に貼付(該当製品の製造業者もしくは輸入者または第三者認証機関が所定の適合性評価を行い、製品、包装、添付文書に付与)を義務付けられる基準適合マーク。EU指令の必須安全要求事項に適合したことを示し、EU域内の自由な販売・流通を保証する。トルコは2004年4月に国内で販売・流通する製品についてもCEマーキングを導入したが、運用面でEU域内と異なるとの指摘がある。
  14. 2010年8月よりトルコ労働社会保険省より、就労許可の発給を求める外国人1人あたり最低5人のトルコ人の雇用を義務付ける旨の通達が発出された。
  15. 不法就労者対策として、2012年2月1日より、滞在許可証を取得していない日本人の滞在期間が「90日間」から「180日間のうち合計90日間まで」に変更。従来、90日以内であれば査証なしで滞在できることから、90日が経過する前に出入国を繰り返す事により長期の滞在が可能だったが、今後は滞在許可証を未取得の外国人は、「180日間のうち合計90日間」を超えて滞在できない。入国後は速やかに滞在許可証を取得することを強く推奨されるものの、時間と手間を要するため対応に苦慮している(特に、大規模建設プロジェクト)。
  16. 2010年10月現在、在トルコ邦人数は1073人(長期滞在者のみ、うち企業関係者は310人)、在トルコ日系企業数は68社。〔海外在留邦人数調査統計(平成23年速報版)〕
  17. 経団連、日本在外企業協会、日本貿易会による提言「社会保障協定に関する要望」(2011年6月14日)において、トルコを含むすでに申入れ等が寄せられている諸国との協定交渉の速やかな開始と早期締結をわが国政府に働きかけた。
  18. 現地生産においてチューナー税16%中8%還付の優遇措置の適用を受けるためには、テレビ画面サイズ毎に、トルコ国内市場向けと同数あるいはそれ以上の輸出実績の達成が義務付けられている。高率なチューナー税によって製品の価格競争力が低下するだけでなく、現地生産拡大やそれに伴う雇用増への意欲を却って失わせる結果を招いている。
  19. 契約金額に対して定率(0.825%)で課される印紙税は、発注した省庁の内部書類や商社口銭も課税対象となっており、企業収益に大きな影響を与えている。国際入札プロジェクトの場合、印紙税が3重に課税(入札結果書、契約書、毎月の出来高払い書)される例も報告されている。トルコ企業は印紙税支払い免除資格を取得できるため、内外差別が発生している。
  20. Resource Utilization Support Fund(与信を伴う輸入に関する課税、トルコ語でKKDF)。トルコに輸入する際に、通関時に代金支払い済みの証明を提出しなければ、関税とは別に、輸入申告額の6%が課税される。関税同盟を締結しているEUにも適用されているものの、実質的な追加関税となっている。
  21. 例えば、2012年7月1日から施行される改正商法に関する情報が不足しており、当局による十分な説明の必要性が指摘されている。
  22. 行政機関や裁判所から発出される公的通知等の送付は、PTTにのみ認められている。

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