経済統計の整備に関する報告書

1996年1月16日

社団法人 経済団体連合会
経済調査委員会・経済分析研究会


  1. はじめに
  2. 統計の目的は、わが国の経済社会の実態を正しく把握し、政府や企業等の経済主体の意思決定に資する情報を適時・適切に提供することにある。しかし、わが国の統計が、経済の実態を的確に捉えていない、或いは、情報が利用者に迅速に提供されないものがあるといった問題が最近指摘されるようになっている。経済の急速な構造変化や国際化に対応した統計が体系的に整備され、利用者にタイムリーに提供されるよう統計制度を見直していく必要がある。
    こうした観点から、経済調査委員会経済分析研究会では、わが国の経済統計の改善策を以下の通りとりまとめた。

  3. 統計見直しの基本的な視点
    1. 速報性の向上
    2. わが国の統計は他の先進国、特に米国などと比べ全般的に調査結果の公表が遅く、企業の経営判断を阻害しているばかりか、政府によるタイムリーな経済情勢の把握を妨げ、適切な政策運営の障害となっている。特に、国全体の経済の姿を総合的に示すGDP統計などの重要な統計については、正確性を確保しつつ速報性を高めていく必要がある。

    3. 変化への対応
    4. 経済社会の急速な構造変化が進むなか、既存の統計手法が変化に適切に対応しきれず、統計と経済実態とのズレが顕著となってきていると指摘されるが、こうした変化への対応の遅れは経済主体の意思決定の質を低下させていく惧れがある。
      例えば、物価は実態経済の「体温」に譬えられるほど重要であるが、消費者物価指数は価格破壊が進むわが国の物価動向を的確に捉えていないとの指摘が強い。統計が経済社会の変化を的確に反映した情報を提供していくよう、不断の見直しが求められる。

    5. 利便性の向上
    6. 統計が有効に活用されるためには、利用者が必要な時に、利用しやすい形態で入手できるようにする必要がある。そこで、新たな情報通信技術等を駆使した情報の提供等を通じ、統計の利便性を高めていくことが望まれる。

    以上の基本的な視点に基づき、特に、早急な見直しが必要なGDP統計速報と消費者物価指数の具体的な改善策及び統計の利便性を高めるための具体的な方策は以下の通りである。

  4. 具体的改善策
  5. (A)GDP統計速報の公表の早期化(経済企画庁)

    1. 問題点

      日米でGDP速報の公表時期を比べると、米国では当該四半期の翌月末であるのに対し、日本では約3ヵ月後と著しく遅い(表1参照)。
      これは、米国では民間最終消費支出を小売店等の売上面から、民間企業設備を受注面から推計しているのに対し、わが国では民間最終消費支出の推計に家計の支出調査、民間企業設備の推計に法人企業統計など、集計に時間のかかる統計を利用していることが主たる原因となっている(表2参照)。

    2. 改善策

      1. 各需要項目の推計に用いる統計の早期公表化等を通じ、公表を米国並みに早めるよう努力すべきである。(具体策は、下記参照)
        なお、これが困難な場合は、例えば、以下のように推計に用いる統計を変更することも検討すべきである。

        1. 民間最終消費支出の推計:
          総務庁「家計調査」に代えて通産省「大型小売店販売統計」を用いる。

        2. 民間企業設備の推計:
          大蔵省「法人企業統計」に代えて経済企画庁「機械受注統計」を用いる。

        3. 在庫投資の推計:
          大蔵省「法人企業統計」に代えて製品在庫については、通産省「生産動態統計」、流通在庫については、通産省「商業動態統計」を用いる。また、原材料在庫については、通産省「原材料統計」の公表の早期化を図った上でこれを用いる(注1)。

      2. 加えて、GDP速報の情報の充実化を図るため、家計の形態別最終消費支出の構成(耐久財、サービス別)、設備投資の機械、構築物別の内訳、並びに輸出等、輸入等の財貨、サービス別、財産所得、企業所得別の内訳を公表する。
        なお、わが国では、GDP速報の推計方法が公開されていないが、米国のように情報開示すべきである。

    3. GDP速報の推計に用いられる個別統計の公表の早期化(具体策)

      1. 家計調査(総務庁)

        1. 問題点
          本調査はGDP速報の民間最終消費支出の推計に用いられるが、OCR(光学式文字読み取り装置)を用いずにキーパンチャーが調査内容を入力しているためデータ収集にも時間を要する等の理由から、速報の公表時期が当該月の翌々月の下旬と遅い(表3参照)。

        2. 改善策
          OCRの導入等データ集計段階における情報通信技術の活用、内容の審査期間及び調査分析期間の短縮化等を通じ公表を早める(注2)。
          なお、家計調査については、単身世帯や農林漁業世帯が含まれていないなど、サンプルに偏りがあり、国民全体の消費の実態を的確に反映していないことから、調査対象を見直す必要がある。

      2. 法人企業統計(大蔵省)

        1. 問題点
          本統計の季報はGDP速報の民間企業設備等の推計に用いられるが、OCRを用いずにキーパンチャーにより調査内容を入力していることや調査内容の審査に時間がかかることから、データ集計に相当の時間を要し、公表は概ね当該四半期の2ヵ月半後と遅い(表4参照)。

        2. 改善策
          • OCRの導入等データ集計段階における情報通信技術の積極的な活用、内容の審査期間及び調査分析期間の短縮化により公表の早期化を図る。
          • 重要項目(売上高、経常利益、設備投資、在庫等)については、早期に別途集計し、速報を発表する。

      3. 公共工事着工統計(建設省)

        1. 問題点
          本統計はGDP速報の公的固定資本形成の推計に用いられるが、都道府県及び建設省による調査内容の審査に長時間を要するため、公表時期は当該月の翌々月の10日前後となっている(表5参照)。

        2. 改善策
          公的固定資本形成の推計にあたっては、建設会社による着工段階でのデータ収集に代えて、建設省及び地方公共団体が公共工事の発注に関するデータを収集し、新たに「公共工事発注統計(仮称)」を整備し、これを代用する。これにより、現在の公共工事着工統計の調査対象のカバレッジの低さといった問題点も併せて解消することができる。

    (B)消費者物価指数の見直し(総務庁)

    1. 問題点

      米国では消費者物価上昇率が実際の上昇率よりも過大となっているとされているが(注3)、わが国においても価格破壊が進むなか、消費者物価指数の動きが生活実感と乖離しているとの指摘が多い。
      この理由として、

      1. 本指数が消費品目などのウェイトを基準時点で固定するというラスパイレス方式(固定ウェイト方式)を採用しているため、基準時点から離れるに従い歪みが拡大しやすい、
      2. 調査店舗が消費の実態に見合ったものとなっていない
      等が考えられる。後者については、例えば、消費者物価指数の算出基礎となっている現在の小売物価統計調査(総務庁)では、食品、日用雑貨等は消費者が居住地区付近で購入し、被服、電気器具などは、駅前等の繁華街で購入することを前提に価格調査対象店舗を決めている。この結果、低価格志向が強まるなか、自宅から離れたところにある低価格販売を行う店舗(例えば、ディスカウントストアやロードサイド店等)で買い物を行う消費者が次第に増えているにも係わらず、こうした店舗が住宅街や繁華街から離れた所に立地している場合、価格調査対象とはならない等の問題が生じている。

    2. 改善策

      1. 実際の消費動向に見合うよう品目のウェイトを見直す周期を早める(現行の5年ごとの改定を3〜4年毎に実施する)。

      2. 消費形態の変化を的確に捉えるため、消費者がどのような形態の店舗でどのような買い物をしているか等について十分調査を行い、当該調査地域内の消費者の多くが実際に活用している店舗を把握し、当該店舗が調査地域外であっても調査対象に加えることも含め、調査店舗の全般的な見直しを行う。

    (C)統計の利便性の向上策

    1. 新しい情報通信技術を利用した統計情報の提供

      パソコンの急速な普及が進むなか、速報性の求められる統計及び重要な統計をインターネット等新しい情報通信技術を通じて提供し、利用者が瞬時かつ容易に必要な情報を入手出来るようにする。

    2. マイクロデータ(標本データ)の提供

      米国、カナダ等のように、マイクロデータを、統計記入者の秘密保護に十分留意した上で、データベース化し、前述のインターネット等の新たな情報通信技術を活用して利用者に提供することで、統計情報の利用価値を高める(注4)。

    3. 公表日のスケジュールの公表

      統計の利用者が計画的、効率的に統計を利用できるよう、直前まで公表日が不明であるGDP速報、通関統計、法人企業統計季報等については、公表スケジュールを前広に公表する。

  6. おわりに
    1. 以上、GDP速報及び消費者物価指数を中心に政府が優先的に取り組むべき統計の改善策を示した。この他、経済社会の構造的な変化に対応し見直すべき統計の改善策を別紙に示した。
      なお、こうした統計の全般的な見直しにあたっては、特に、以下の点に十分勘案する必要がある。
      1. 必要のない統計は思い切ってスクラップする。
      2. 報告者負担の軽減に十分配慮する。
      3. 政府部門の情報化の基盤整備を図りつつ、オンライン等の利用により統計の調査票の収集の合理化を図る。
      4. 統計の国際比較性の改善を図る(但し、時系列での比較可能性を担保する工夫が必要である)。

    2. 同時に、各種統計が、多数の省庁により実施されているため、統計の整合性や利便性の面で問題を生じるケースも多く、経済統計の一元的管理を進める必要がある。併せて、政府の有する経済関係の情報の公開〔例えば、米国のニューヨーク連邦準備銀行は為替市場への介入に関する情報を四半期毎に公表している〕を一層推進し、政府活動の透明性を高めていくことも重要である(注5)。



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