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国際投資環境のあり方とわが国の対外・対内投資

〜多国間投資協定(MAI)交渉に望む〜

〔各論〕

投資に関わる重要項目について


本論では、国際投資に係る多様な問題の中で、わが国経済界の視点から重要である10項目について取り上げる。それぞれの項目につき、まず(1)わが国経済界の従来からの意見を踏まえた上で、望ましいあり方に関する「基本的な考え方」を示し、(2)各国が改善すべき個別具体的な問題点等を述べ(但し、MAIでの解決には必ずしも馴染まないと思われる事項も便宜上含めている)、さらに、(3)問題点を改善し本来のあり方を目指す上でMAIで同項目をいかに扱うべきかを明らかにする(但し、(8)、(9)、(10)については考え方とMAIでの扱いのみを示す)。

  1. キーパーソネル(社員派遣)
    1. 基本的な考え方
    2. キーパーソネルの入国・滞在は円滑な事業活動に不可欠である。各国においてビザ発給などキーパーソネルの入国・滞在に係る措置が円滑になされるべきである。ビザ取得手続き等の簡素化・円滑化、取得期間の短期化が求められる。
      また、社員派遣に係る公的コスト(社会保険費等)の支払いは、二重支払いが生じないよう、必要な国際ルールの構築と透明な運用が求められる。

    3. 各国が改善すべき問題点
    4. 〔ビザ問題〕
      アジア諸国の一部では特に増員の場合にビザ発給数が実質上制限されている例が散見される。OECD諸国で著しく問題となっている点はほとんどないものの、より円滑なビザ取得システムの確立を目指し、改善すべき問題点の例を以下のとおり挙げることができる。
      1. 社長等キーパーソネルのビザ取得に時間がかかり、現地法人の始動が事実上遅れる例がある。また、立ち上げ時期等には通常より多くの社員の迅速な派遣が必要になる場合が多いが、現行制度では対応できない。立ち上げ時期等の短期ビザの取得の簡素化を検討すべきである。
      2. ビザ申請時、窓口での事務処理は、多くの場合キーパーソネルも移民と同様の扱いで処理される。このため時間がかかり、弁護士等を通じて手続きを円滑化する等の方法をとる必要がある。
      3. ビザ取得手続きが変更され、周知が図られていなかったために手間取る場合がある。
      4. キーパーソネルの家族ビザの取得に特段の問題点はみられないが、成人した子女については独自の就学ビザが必要となる場合がある等、規則そのものの改善が課題となっているケースもある。
      なお、ビザ取得問題に関しては、わが国政府にも改善の努力を求める。

      〔社会保障費〕
      公的年金保険料などの社会保障費の二重支払いの問題が社員派遣コストを押し上げている。日本は目下、二国間の枠組みでドイツ・米国等との年金通算協定締結に向けて準備中であるが、その他の主要国との間でも協定締結を急ぐ必要がある。
      また、MAIの中に社会保障費の負担に関する一般条項を設けることについて検討すべきである。

      〔現地人雇用義務/取締役会の現地人化〕
      適正かつ公正に現地の人材を雇用することは海外での事業展開に不可欠であるが、各国によって、人材の流動性の低さ、雇用人員の人種別割合に関する規則等、個別の事情があり、これを無視して一律に規制することは難しい。しかし、少なくとも、取締役等経営陣の国籍要件等の制約については是正すべきである。

    5. MAI交渉に望む点
    6. キーパーソネルの定義を明確にすべきである。投資の円滑な運営に不可欠な人員の自由な入国・滞在を確保すべきという観点から、経営者、管理者、専門家(specialist)だけではなく、経営トレーニー、特殊技能者(technician)もキーパーソネルと認めるべきである。

  2. パフォーマンス要求
    1. 基本的な考え方
    2. WTOのTRIMs協定では、ローカルコンテンツ要求・輸出要求・輸出入均衡要求等の内国民待遇、数量制限の一般的禁止(ガット11条)に反するパフォーマンス要求が違反と見做される。貿易歪曲効果を有するパフォーマンス要求を禁じるTRIMs協定の趣旨に反してはならないことはもちろん、より広範に外資系企業による自由な投資を歪曲するパフォーマンス要求についても、事実上の措置を含めて是正すべきである。

    3. 各国が改善すべき問題点
    4. パフォーマンス要求が経済活動上の大きな障害となっている例は少ないものの、業種により概観するとOECD加盟国には以下のような不都合が生じている。
      1. 北米では自動車メーカーに課せられる現地調達率の計算方法が各制度間で統一されておらず(ラベリング法、CAFE規制等)、投資企業に負担を与えている。また、これらの計算方法が場合によっては事実上内国企業に有利となっている点にも留意すべきである。
      2. 政治的背景を受けた調達側による自主規制(内国企業製品の優先的購入)など事実上不透明なパフォーマンス要求が発生する場合がある(但し、これは制度上の問題とはならない)。
      3. 各国の環境規制・安全基準のハーモナイゼーションが不十分なため、製造業の直接投資等に際して事実上の障害となっている。(但し、制度上のパフォーマンス要求とは異なる)。

    5. MAI交渉に望む点
    6. パフォーマンス要求が自由な投資を歪曲している場合であっても、外資系企業にとどまらず内国民にも同様の義務が課せられている限り内国民待遇に反するとは言い難いものの、自由な投資を妨げている点でMAI交渉の趣旨に反していると考えられる。
      MAIでは、TRIMs協定の趣旨を確認するとともに、それを越えてTRIMs協定上扱われていない技術/製造移転要求、現地出資要求等の投資歪曲効果を有する措置についても明示的に禁止することが求められる。なお、TRIMs協定と同様に、法令等による義務的措置のほか、何らかの優遇措置(免税、補助金支給等)を得るための条件とされる等、事実上の措置も対象となる旨の明文規定を設けるべきである。

  3. 投資インセンティブ
    1. 基本的な考え方
    2. 投資インセンティブについては、最恵国待遇ベースでの供与が不可欠である。また、外資系企業のみを対象とするのではなく、希望する国内企業にも同様のインセンティブが供与されるべきである。但し、いわゆるアファーマティブ・アクションが必要な期間においては、外資系企業のみに対する投資インセンティブもやむをえないと考える。

    3. 各国が改善すべき問題点
    4. OECD諸国には原料価格の優遇、税制インセンティブ、合併時に社会保険等雇用と関連付けたインセンティブ等多様な投資インセンティブが存在する。OECD諸国において、概ねこれらのインセンティブは適正に機能していると考えられる。しかし、投資決定時に約束されたインセンティブに関して実際の許可取得が困難である等、運用上の問題が生じる場合もあり改善が求められる。他方、非加盟国では投資インセンティブの急激な制度変更や恣意的運用といった問題が相当程度存在する。
      外資系企業のみを対象としたインセンティブについては、投資インバランスの是正への貢献等の意義を明確にし、国内の理解を得た上での導入が望まれる。

    5. MAI交渉に望む点
    6. 経済開発に寄与するインセンティブはOECD非加盟国にとっても不可欠であり、一律に制限することは望ましくない。但し、いかなるインセンティブも、内国民待遇・最恵国待遇を原則として供与されるべきである。なお、パフォーマンス要求とインセンティブ措置をリンクさせることは望ましくない。

  4. 一般例外と留保
    1. 基本的な考え方
    2. 一般例外の根拠となる、安全保障、国際平和、公的秩序は、それぞれ明確かつ厳密に定義すべきである。また、これらの濫用を防止する措置も必要である。
      留保業種は各国の個別事情を背景とするものであり、自由化に向けて段階的に縮小することが望ましい。また、最恵国待遇に反する例外は禁止すべきである。

    3. 各国が改善すべき問題点
    4. 一般例外について、OECD加盟国内での問題は少ない。しかし、例えば米国のエクソン・フロリオ条項では、安全保障が明確に定義されておらず恣意的な運用の懸念がある。取引終了後に同条項が適用される可能性もあり、外資の対米直接投資上、不確定要素となっている。
      また、投資規制についてはOECD非加盟国を中心に、未だに大きな問題となっている。アジアNIEs、ASEAN、ベトナムなどの新興諸国等において国内産業育成を目的とした内国民優遇政策・外資規制策がとられている。概して内国民優遇政策は緩和の方向にあるが、留保に係る規則の不透明性や突然の変更は事業活動上の障害となるため改善が求められる。

    5. MAI交渉に望む点
    6. 一般例外については、安全保障、国際平和、公的秩序の概念を明確化し、できる限り具体的な基準を設けることが重要である。特に国際平和と公の秩序については内国民待遇の例外とする必要はない。安全保障例外についても濫用防止の規定を盛り込む必要がある。
      また、自由化交渉の過程では、各国が留保業種を提示し、それに対してスタンド・スティル(SS)、ロールバック(RB)を適用していく方法を取るべきだが、その監視機構の設置とSS・RBを実施する宣言が必要である。OECD非加盟国の加入に際しては期限設定をより穏やかで段階的なものとすることで実施を促すべきである。

  5. 地域経済協定の取扱い(EU、NAFTA)
    1. 基本的な考え方
    2. EUやNAFTAなどの地域経済協定は、域外国に対する貿易・投資障壁を高めるものであってはならない。内国民待遇/最恵国待遇に係る域内・域外の差異を縮小することで、域外への障壁除去に努めるべきである。

    3. 具体的事例
    4. 地域的経済枠組みが域外国にとり、有効な場合もありうる。例えば、NAFTAのメンバー国に設立した現地法人を足がかりに他のメンバー国への投資が円滑に行われたという経緯もあり、恩典を受けた日系企業もある。このように域外国法人の投資の活性化に寄与する面は評価できる。
      他方、例えばNAFTAによる自動車のローカルコンテンツの段階的引き上げ、米加自由貿易協定のオート・パクトにおける部品輸入関税免除の適用に関して設立時期による取扱の差異が事実上内国民待遇違反となっているなど、具体的な問題も発生しており、改善が必要となっている。

    5. MAI交渉に望む点
    6. MAIは地域統合の扱いを明確にするための条項を含むべきであり、域外国に対する既存の制限へのスタンドスティル義務を明確にするとともに、域内での無差別原則の例外措置によって域外国の不利益が生じることがないよう規定すべきである。

  6. 州政府等への適用
    1. 基本的な考え方
    2. 米国、カナダ、オーストラリア等連邦制の諸国の中には国際条約の履行が実質的に州レベルの対応に委ねられている場合がある。州の独立性等、各国憲法上の問題への配慮は必要であるものの、条約履行を確保することが必要である。

    3. 各国が改善すべき問題点
    4. 条約の履行確保の問題と共に、一国内において州毎に規則・法律が異なることからコストが生じているケースがある。これらを是正し、一律に自由化を目指すことが必要である。

    5. MAI交渉に望む点
    6. 州レベルでの条約の履行確保のために、例えば、国別留保をリスト化する際に州レベルの留保リストを提出するなど、何らかの措置を講じるべきである。

  7. 税制
    1. 基本的な考え方
    2. 〔総論〕で既述のとおり、税制に関しては1,400以上の二国間租税条約(少なくとも締約国の一方がOECD加盟国のもの)が存在するとともに、OECD租税委員会を中心とした取組みが行われている。現状では、既存のルールを遵守するとともに、運用面で透明性を確保する必要がある。

    3. 各国が改善すべき問題点
    4. 〔移転価格税制〕
      米国、オーストラリアは、OECD移転価格ガイドラインによって国際的に合意された独立企業間原則を基準とした移転価格税制を離れ、利益を基準とする利益比準法などを導入し、課税を強化する動きにあり、国際的な投資の阻害要因となっている。

      〔経営指導料、ブランド使用料、ロイヤルティ等〕
      経営指導料、ブランド使用料、ロイヤルティー等が課税対象となる場合がある。これらの率および期間等については当事者間の合意を尊重することとし、これらに係る政府規制の緩和および運用の透明性を向上すべきである。

    5. MAI交渉に望む点
    6. MAIにおいて税制を全く扱わないことは、包括的な投資協定としての意義を著しく損なう。二国間租税条約の体系と矛盾しない範囲に於いて、例えばOECD移転価格ガイドラインの取り込み等を検討すべきである。

  8. 紛争解決
  9. MAIにおいては既存の枠組みを活用し、紛争解決の選択肢を提示する方法が望ましい。そのため、カルボ原則(契約当事者である外国人は契約当事国の国内法に基づく紛争解決に服さねばならない)は撤廃することが望ましい。なお、投資家が国内司法手段と国際紛争解決手段のいずれかを選択できるようにすべきである。 国内司法手段を経た後でないと国際紛争処理機能が使えない、あるいは一度国際紛争処理機能へ移ると国内司法手段が使えないといった二者の関係を整理して、投資家が利用しやすくすべきである。また、既存の国際紛争処理機能の利便性向上を通じた利用の促進を検討する必要がある。

  10. 送金の安定・収用と補償
  11. 投資を促進するために、自由で円滑な送金を保障すべきである。規制の急激な変更、輸出で獲得した外貨しか配当の送金に当てられないといった規制は望ましくない。
    収用時の補償額の換算については、市価または投資の初期コストのうち投資家にとり望ましい方を選択する規定が望ましい。また、補償の支払いは、安定的かつ国際交換性のある通貨で行われるべきである。

  12. 民間慣行
  13. 各国独自の社会的背景に根差す民間慣行の問題について、MAIという法的拘束力を持つ枠組みで規定すべきではない。


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