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農業基本法の見直しに関する提言

第I章
わが国農業をとりまく内外の環境変化と新しい基本法の制定


  1. わが国農業をとりまく内外の環境変化
  2. 現行の農業基本法が制定された1961年当時と現在を比べると、わが国農業をめぐる環境は著しく変化している。
    農業労働力が非農業部門に流出したことなどにより、95年度における農業就業者数は327万人に減少し、総就業者数に占める割合は60年度の27%から95年度には5%になった。そうしたなかで兼業化比率が高まっており、特に第二種兼業農家の比率が総農家戸数の6割を超えていることに加えて、農業従事者の高齢化が急速に進展しており、農業就業者数に占める65歳以上の割合は4割にのぼっている。また、62年には年間7.9万人を数えた新規学卒就農者数は、95年には2千人弱に激減している。
    また、農家の経営規模をみると、95年における一戸当たり経営耕地面積は平均1.5ha(60年は0.88ha)と、規模拡大はあまり進展していない。北海道においては一戸当たり耕地面積は平均13.9haと60年と比べて4倍に拡大しているものの、都府県では平均1.1haと60年と比べて1.1倍の伸びに止まっている。
    さらに、60年に607万haあった農地面積は、96年までに約100万haの拡張が行われた一方、改廃面積が200万ha以上もあったことから、500万ha以下に減少した。さらに、耕作放棄地は16.2万ha(経営耕地面積の3.8%)にのぼっている。
    加えて、戦後わが国農政は、農産物の価格支持制度が農家所得の補償機能を担うべく運用されてきた結果、近年の円高の進展もあって、農産物・加工食品の内外価格差は著しく拡大している。
    1995年1月のガット・ウルグアイ・ラウンド農業合意の実施により、コメのミニマム・アクセスをはじめ、輸入制限品目の関税化や既自由化品目の関税引き下げ等が行われるなど、農業分野においても国際化が着実に進展している。その結果、近年の円高の進展ともあいまって、加工食品・中間製品の輸入が急増している。
    農産物の価格支持政策による原料農産物調達コストの高止まりと、製品関税の引き下げに伴う加工食品の輸入との狭間で、国産農産物の重要な販路である食品工業は、厳しい経営環境に置かれており、空洞化の惧れが現実のものとなりつつある。
    さらに、わが国経済社会全体を展望すると、財政事情は、経済活動の拡大に伴って毎年自然増収を続けた1960年代と異なり、国と地方を併せた債務残高は97年度末で476兆円にのぼっている。また、97年度の国民負担率は38.2%に達している。今後も、高齢化の一層の進展によって、社会保障費をはじめとした国民負担の増大が予想される。財政構造改革は待ったなしの段階にあり、国民負担の増大を抑制しつつ、限られた財政資金を必要な分野にいかに配分するかが厳しく問われつつある。

  3. 新しい基本法の制定
    1. 現行農業基本法の位置づけ
    2. 現行農業基本法は、需要が増加する農産物への生産シフト(選択的拡大)と農業経営の規模拡大・農地の集団化等の農業構造の改善等を通じて、農工間の生産性ひいては所得の格差を是正することを目標としていた。上述のような内外環境の変化のなかで、これらの政策目標の達成度を検証してみると、農工間の所得格差については、農家の所得水準は勤労者世帯の1.3倍(世帯員一人あたり所得水準では1.1倍)と、全国農家の平均値では、農工間の所得格差の是正はほぼ達成している。しかしながら、これは、あくまで兼業収入が増大(60年度には50%あった農家総所得に占める農業所得の割合が95年度には16%に減少)したことにより、実現されたものである。農業の労働生産性については、農業就業人口の大幅な減少や機械の導入による省力化等により、製造業と比べても遜色のない伸びを示しているものの、他産業の生産性も高度成長によって著しく向上したため、依然として製造業の3割程度にとどまっている。
      農地の集約化が妨げられた原因は、地価上昇に伴う資産価値の高まりなど様々であるが、農地法の自作農主義や、農家の所得補償の観点から運用されてきた価格支持制度など、農業保護に係る諸法制が維持・温存されてきたことも大きいと考えられる。現行農業基本法の政策目標そのものは制定当時の状況下では適当であったと考えられるものの、農業基本法制定前に作られた食管法や農地法、農協法等の諸制度が、農業基本法に基づく農政を展開する上で必要な枠組みへと十分に改革されず、後追い農政に終始したことが、現行の農業基本法農政の挫折につながったと考えられる。

    3. 諸制度の改革の必要性
    4. わが国農業をとりまく環境は、前述の通り、現行基本法が制定された1961年当時とは、相当程度異なっている。農業の生産基盤自体が弱体化している中で、我が国経済社会全体の余力が少なくなってきており、また国際化の波は、否応なく、農業分野にも押し寄せてきている。今回の検討にあたっては、現行農業基本法の功罪を洗い出すとともに、農業をとりまく環境変化を十分に認識する必要がある。また、理念法である基本法の改正にとどまらず、農政に係る関連諸法制の抜本改革につなげることが何よりも必要である。
      また、対症療法的な政策対応を繰り返すことは避ける一方、予見不能な超長期の推測を前提として議論することは困難であることを考えれば、新しい基本法の制定にあたっては、ここ10〜20年程度の現実的な見通しに基づいた議論を行うことが重要である。もとより、予期せぬ状況変化が生じた場合には、その段階で新基本法、関連法規の見直しに着手することは当然である。
      農業政策の抜本改革は待ったなしの状況にあり、今回は、前回の基本法制定の轍を踏んではならない。

    5. 情報提供の必要性
    6. 新しい基本法の制定に向け、国民各層における検討を促し、農政改革の実現や食料政策の確立に向けた国民的な合意形成を図る必要がある。そのため、政府は、食料、農業及び農村に関するデータを様々な角度から公平に分析し、わかりやすく国民に開示することが不可欠である。
      具体的には、例えば、現在の農業保護政策を講じることによってどの程度のメリットが生まれているのか、財政負担のみならず、価格支持制度や国境措置という形で課されている消費者負担も含めて、国内農業を維持するために国民が負担しているコストはどのくらいなのか等について、国民に提示することが強く求められる。国際比較に当たっても、財政支出にとどまらず、消費者負担を含め総合的に把握すべきである。


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