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農業基本法の見直しに関する提言

第III章
農政に係る制度改革の具体的な方向


  1. 優良農地の保全と構造政策の重点化
    1. 近年、耕作放棄地や低利用・未利用農地などが増える傾向にあり、現存する優良農地を保全し、有効に活用することが求められる。
      そのため、経営意欲が低下している農家や、後継者がいないため経営の継続が困難となっている農家の農地については、農業的利用を行う区域と非農業的利用を行う区域を明確化し、農業的利用を行う区域については、継続的に農業を行う経営体の農地と合わせて、農地として厳格にゾーニングし、転用規制を強化することが望まれる。併せて、効率的・安定的に農業を行う経営体にまとまった形で農地を集積していき、効率的な農業生産が可能な優良農地を確保していく必要がある。
      また、農地を効率的・安定的に農業を行う経営体に集積させることを容易にするとともに、都市と農村の交流を深めるための方策として、農村集落内に、農地を貸借に提供した高齢農家に対する生きがい農業のための自家菜園や、市民農園等の設置を促進することも検討すべきである。

    2. 農地の集約化を図る方策としては、例えば、千葉県で実施された地主組合方式を活用することが一つの有効な対策として考えられる。具体的には、各集落毎に地主組合を結成するとともに、所有権を移動することなく、3〜5ha区画の圃場整備を低コストで実施した上、農業者は30〜50haを目安に地主組合から農地を賃借し、地主組合は納められた賃借料を面積割で所有者に分配する方式である。こうした方式以外でも、各地で様々な努力が続けられているが、要は、地域毎の創意を生かし、地域農業の生き残り策を追求することを期待したい。

    3. わが国の農地制度の根幹をなしているのは、1952年に制定された農地法である。農地法の立法趣旨は、戦後の農地改革によって自作地化した農地の所有形態を維持することにあったため、「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認める」自作農主義を原則としている。農地法は、戦後4回にわたって改正されたにもかかわらず、今なお自作農主義に拠っており、株式会社の農地取得制限等の規制が課されている。
      75年の農振法改正、80年の農地利用増進法の制定、93年の農地利用増進法の基盤強化法への改正は、貸借を中心に農地の流動化を図ろうとするものであり評価できる。しかしながら、農地法制定から45年経った今日、農地改革の成果を維持するという農地法の役割は既に終わったと考えられる。自作農主義を原則とした農地法そのものを抜本的に見直し、優良農地の保全とその有効活用という農業経営の視点を柱に据えた法律とすべきである。

    4. 土地改良事業は農業の生産性向上のために必要不可欠な事業とされ、また便益が広く波及することから公共的性格が強いとして、国費の投入が行われてきた。しかしながら、土地改良費の大半を占める圃場整備事業については、受益者が特定でき、私的財への国費投入としての性格が強い財政支出であり、国民の理解を得つつ、思い切った重点化を図る必要がある。
      また、農林水産関係予算に占める公共事業費の割合は、近年5割を超える水準で推移している。ウルグアイ・ラウンド関連農業農村整備緊急特別対策費についても、ウルグアイ・ラウンド農業合意による新たな国際環境に対応しうる農業・農村を構築するという目標に対して、必要かつ効果的な対策が実施されてきたどうかについては様々な指摘がある。
      今後、農業生産基盤整備事業等に対する国費の投入対象は、効率的・安定的に農業を行う経営体の、一層の規模拡大をめざした圃場整備等に重点化し、メリハリを持たせて公共事業を実施すべきである。また、公共事業が必ずしも最小の費用で実施されていないとの指摘を踏まえ、農業者の立場に立って、事業単価の引き下げに取組むことが不可欠である。
      さらに、現在行われている土地改良に係わる費用対効果分析に関して、その見積もり方法を適正化するとともに、事後評価の結果を今後の事業実施に反映させるようにすべきである。

    5. また、農業の生産性の向上や農業経営の近代化を図る観点から、効率的・安定的に農業を行う経営体が農業機械や施設等の整備を行いやすくなるよう、リース方式の活用や、農業改良資金の充実など金融面からの側面支援を検討すべきである。

  2. 多様な担い手の育成
    1. 農業生産法人制度の充実
    2. 兼業化が進むとともに、後継者不足による高齢化が進展し、いわゆるプロの営農者が減少しつつあることを考えると、農業の多様な担い手を確保し、農業生産を活発化させていくことが必要である。現在一定の枠内でのみ認められている農業生産法人制度は、わが国農業の活性化に大きく貢献しており、諸要件を緩和し、制度内容を一層充実させる必要がある。
      農業の法人経営を推進すべき理由としては、

      1. 休日制・給与制の導入や役割分担の明確化、労災保険や雇用保険の適用など、働きやすい農業労働環境の整備につながること、
      2. 良好な労働環境の故に、新規就農者が農業に参入しやすいこと、
      3. 分業体制の推進により、気候変動等に伴う生産リスクのみならず、国際市況や為替動向等の経済リスクや顧客ニーズなどの様々な外部環境にも対処しうる経営が行いやすいこと、
      4. 法人内外における競争の促進によって農業経営の活性化が期待できること、
      などがあげられる。
      現行の農業生産法人制度について、具体的に、以下の規制緩和を行う必要がある。第一に、「農業及びこれに附帯する事業」に限定されている事業要件を緩和すべきである。93年の制度改正によってその範囲は拡大したものの、依然として事業要件が妨げとなって、創意工夫を活かした経営が行えない状況にある。農業生産法人の経営を改善するための一方策として、加工業や流通業、販売業などの事業の多角化が有効であり、基本的に、農業生産を行うことを条件に、他の事業は自由に行えるようにすべきである。第二に、構成員要件を緩和し、農業経営高度化のための資金調達の道を広げ、様々な事業分野と協力・連携を図ることができるようにすべきである。例えば食品産業や小売業、農機具メーカーといった、農産物や農業資材の取引先企業も出資できるようにすべきである。また、市町村などの自治体による資本参加も可能とし、さらに、法人による出資に対して課せられている総量規制も緩和すべきである。第三に、農業生産法人の役員の過半数は、その法人の行う農作業の常時従事者である構成員が占めなければならないとされているが、この経営責任者要件も緩和することが求められる。今後、国際市況や為替動向等の外部環境の変化に対応していく必要性が増加するなかで、農業技術、経営、マーケティングなど、それぞれの専門家に任せていくという、分業体制の強化が必要である。

    3. 株式会社形態による農業経営の導入
    4. さらに農業生産法人制度の充実の一環として、営農形態の選択肢の一つに株式会社形態を加えるべきである。現行の農業生産法人制度は、合名・合資会社、有限会社形態をとることはできるが、株式会社形態は認められておらず、農業経営の高度化や多様な発展の機会を狭めている。株式会社形態の導入は、決して家族経営を否定するものではなく、あくまで家族経営や有限会社等による農業経営と共存する選択肢の一つとして考えるべきである。
      株式会社形態の利点として、前述の法人化のメリットに加えて、何よりもまず、広く外部から資金を調達できるという点がある。この資金調達力を基にして、リスク回避能力や情報収集力、分業体制の強化が図られ、さらに多様な流通・物流システムの活用などが期待できる。
      これらメリットを享受することにより、高生産性を追求した大規模経営の実現と事業の多角化の推進が可能となろう。現に、一部の農業生産法人には、株式会社化を通じ、さらに事業を拡大したいとのニーズがある。

      1. 農地転用規制の厳格化
        株式会社は、利潤動機に基づく組織であることから、採算が合わないと容易に農外転用してしまうのではないか、あるいは転用期待に基づいて農地を購入するのではないかと懸念する向きがある。確かに、現行の農地法と農振法によって農地の転用規制があるにもかかわらず、必ずしも厳格な運用が行われていないという問題がある。
        要は、株式会社の農地取得の解禁如何にかかわらず、農地の転用期待をなくす方向で、土地利用計画の厳格化並びに転用規制の強化により、農地を保全していくことが求められる。このことは、わが国農業の生産基盤の維持のためにも重要な課題である。

      2. 株式会社の農地取得の段階的解禁
        農地転用規制の強化を前提に、株式会社の農地取得を認めるにあたっては、段階的に進めていくことが考えられる。例えば、第一段階として、農業生産法人への株式会社の出資要件を大幅に緩和し、第二段階として、借地方式による株式会社の営農を認める。その上で最終的に、一定の条件の下で株式会社の農地取得を認める方式が考えられる。

  3. 消費者負担型価格政策の見直し
    1. 価格支持制度等価格政策の問題点
    2. 戦後、わが国の農業政策では、コメをはじめとした重要な農産物に関して、品目ごとに異なる仕組みにより、政府が市場に介入する価格支持制度等が導入された。例えば、コメについては、政府の定めた価格に基づき政府米の買入・売渡等が行われているほか、小麦やてん菜・さとうきびについては、市場価格が政府の定めた最低価格を下回る場合に政府が買い支えるという最低価格保証制度が、また、豚肉等については、政府の定めた上限価格と下限価格の幅の中に市場価格を安定させるため需給操作を行う価格安定制度が、さらに加工原料乳について、政府の定めた保証価格と乳業メーカー買入価格の差額を生産者に財政資金で支払うという交付金制度(不足払い制度)がそれぞれ導入されている。
      これらの価格支持制度は、農産物が天候等の自然条件により、生産量や価格が変動しやすいことから、価格を政策的にコントロールすることを目的にしているが、実際には、価格安定機能にとどまらず、農産物価格を高い水準に維持することを通じて、農家に対して実質的な所得補償を行うという機能を有してきた。しかしながら、一般に価格支持制度等による農業保護政策は、政策対象農家を限定することができず、比較的富裕な第二種兼業農家や余暇・趣味的農家まで、広く所得補償機能のメリットを与える面があり、いわゆるプロの農業経営体への施策集中の方向に合致しない。基本法農政において、価格政策に偏重した政策運営を進めてきたことが、零細農家を維持し続け、規模拡大を妨げるといった弊害をもたらし、挫折の途を辿ることになった。
      加えて、価格支持制度の所得補償機能の有効性を確保するためには、国内の価格支持制度に併せて、農産物輸入に対して、厳しい国境措置が必要となる。国境措置を伴う価格支持制度等によって、必然的に内外価格差が生じることになり、わが国の食料品価格を国際的に割高なものにしている。
      さらに、国境措置を伴う価格支持制度は、関税引き下げが進んでいる輸入加工品との競争に晒されているわが国食品工業の経営圧迫要因となり、企業の体力低下や海外移転といったいわゆる「空洞化」を惹起する。この影響は食品工業にとどまらず、食品工業を重要な供給先としている国内農業の需要減につながり、国内農業の存立基盤をも危うくしている。
      そもそも価格支持制度は、財政負担は少なくて済むものの、農産物の保護財源を食品メーカーや消費者に追加的な負担を求める。また、わが国の価格支持制度は、品目毎に、その特性や経緯等に応じて、制度内容や運用が異なっているため、その仕組みが国民一般に極めてわかりにくいという問題がある。特に、国内農業維持のための負担が国民経済的にどの程度になっているか把握しにくい。
      ちなみに、農家と勤労者世帯とを比べると、所得税法の申告納付の仕組みが異なっているうえ、1995年度では、農家の所得水準は勤労者世帯の1.3倍、貯金水準は2.2倍、借入金水準は0.6倍となっており、補助金や価格支持政策等により、広く農業者に所得移転を行う必要性について、非農業者の納得を得ることが次第に困難になってきている。

    3. 価格政策の見直しの方向
      1. 行政価格の引き下げ並びに国境措置の見直し
        ガット・ウルグアイ・ラウンド合意に基づいて、食料加工品関税がすでに引き下げられている実態に鑑み、当面、行政価格の水準を引き下げていくことが必要である。政府は、今後5年程度を視野に入れた行政価格引き下げの目標を定め、その実現に向けて、農地の流動化・集団化や効率化・省力化に資する機械の開発・導入など、生産性向上に資する諸施策を展開していく必要がある。
        加えて、行政価格の引き下げのみならず、コメを除く農産物については、国境措置に関しても同様に、関税率や関税相当量を自主的に引き下げるべきである。さらに、関税割当枠を拡大するとともに、関税割当に伴う国産農産物の引取り義務を廃止すべきである。

      2. 消費者負担型価格支持制度から財政負担型所得政策への転換
        5年程度をかけて行政価格ならびに国境措置を段階的に引き下げた後、現行の消費者負担型価格支持制度を原則的に廃止し、価格形成は市場原理に全面的に委ねる方向に進むべきである。その代替措置として、国民のコンセンサスを得ながら、地域性、目的性、時限性等を考慮したかたちで、財政負担型の所得政策への転換を検討する必要がある。
        さらに、価格安定制度についても、事実上価格支持制度として機能している面があることから、先物市場の整備や農業保険の拡充等により、自己責任に基づくリスク分散・回避に置き換えていくべきである。

    4. 食糧法について
    5. 1995年11月に施行された食糧法は、政府による全量管理が改められ、生産者の自主性を活かした稲作生産の体質強化、市場原理の導入や規制緩和を通じた流通の合理化を目指しており、一定の評価はできる。しかしながら、生産調整助成金の交付が継続されるなど、生産調整に参加するか否かについて生産者自らの主体的判断が行われにくい仕組みが残っているほか、自主流通米の価格決定にあたって値幅制限等が行われ、需給実勢を的確に反映しない仕組みになっているなど、未だ問題は多い。
      コメに関する政府の役割は、備蓄運営に限定化すべきであり、価格形成は市場原理に全面的に委ねていくことが求められる。そのため、当面、自主流通米価格形成センターにおける公正な価格決定・取引方式を確立すべく、より一層の上場数量の拡大や入札回数の増加、値幅制限の緩和・撤廃、売り手・買い手の多様化等の措置を講じていくべきである。さらに現在、民間主導で進められている計画外流通米の現物市場設立に向けた動きは評価でき、今後これを拡大して、現在のような1物3価といった歪んだ価格形成を是正すべく、統一的な現物市場を確立していくべきである。将来的には、農家経営のリスクを軽減するため、先物市場の確立を目指すことも検討に値する。
      生産調整も、市場により形成される価格その他の市場実勢を勘案しつつ、個々の生産者が自らの経営判断に基づいて行うことを基本とすべきでる。
      ガット・ウルグアイ・ラウウンド合意では、コメの関税化は猶予されたものの、2001年におけるコメの関税化は避けて通れない以上、無用の摩擦・混乱を避けるため、上記の諸措置を計画的に推進していくことを期待したい。

  4. 農業技術に係る研究開発の強化
  5. 今後とも、一層の生産性向上や作業環境の改善を図るため、圃場整備コストの引き下げや農作業の機械化・省力化、品種の開発・改良、栽培方法の改善・改良に資する技術開発を推進するとともに、健康的な食生活の実現に配慮しつつ、消費者ニーズの変化に対応できるよう、高品質化・多様化に資する技術開発を促進し、農業を技術集約型産業として確立していく必要がある。
    研究開発の推進にあたっては、個々の農業者自身が主体的に進めていくことには無理があることから、農業生産者団体が率先して取組むべきである。行政改革が最重要課題となっている今日、国や都道府県の試験研究機関についても、スクラップ・アンド・ビルドにより、基礎的な研究・技術開発を中心とした研究開発基盤の整備、能力強化を進める必要がある。
    さらに、これらの農業技術の成果を積極的に発展途上国を中心に諸外国に移転していくべきである。

  6. 農協制度の見直し
  7. わが国農協制度は、本来生産者の自主的な参加によって成立する組織であるにもかかわらず、各種価格政策や補助金政策、政策金融等の下請けを担うなど、行政の下請け機関としての性格を有しており、事実上生産者の加入・脱退が制限されている。また、総合農協は原則的に1地域に1つしか設立できず、営農者がサービスの良い農協を選択する自由が認められていない。農協が本来の生産者の協同組合たりうるよう、農協を下請け機関とする政策展開を見直すとともに、生産者が組合を自由に選択できるよう、農協業務の地域限定制を再検討すべきである。
    さらに、農協については、現行農業基本法において、農業生産の協業を助長する観点から、農協が行う事業について必要な施策を講ずることが明記されているほか、独禁法の適用除外規定や税制上の優遇措置が講じられている。規制緩和に伴い、競争政策の重要性が増しているが、全国組織の農協連合会について独禁法の適用除外とすることが、今日なお妥当かどうか再検討する必要があろう。


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