経団連PRTR(環境汚染物質排出・移動登録)調査結果報告

PRTR調査の概要

1998年6月16日
(社)経済団体連合会


  1. はじめに
    1. 地球サミットからOECD勧告まで
    2. PRTRは、古くはオランダの排出目録制度(1974年〜)にその起源をさかのぼることができる。これは企業の自主報告を主体とした制度であるが、その後、1986年、アメリカにおいても、住民の知る権利に対応した情報収集・公表制度が導入され、世界的に取り上げられたのは、92年にブラジルのリオで開催された地球サミットである。地球サミットにおいて採択されたアジェンダ21の第19章「化学物質の適切な管理」において、「化学物質のリスク管理のためには有害化学物質に関する排出目録等の情報システムの改善が不可欠である」旨述べられており、「PRTR」即ち「環境汚染物質排出・移動登録」制度の導入が提言されている。その後、OECDは、地球サミットのフォローアップとして、PRTRの導入のためのガイダンスを作成するよう国連から要請を受け、93年より取組みを開始した。そして、96年2月には、加盟国に対して、PRTRを導入するよう求めた理事会勧告を発表した。なお、この勧告は、加盟各国に対し、99年2月に、PRTR導入への取組み状況を報告することを義務づけている。

    3. 経団連の取組み
    4. 経団連では、OECD勧告を受け、96年の11月より環境安全委員会の下部組織の一つである大気・水質等タスクフォースにおいて、わが国におけるPRTR制度導入のあり方について検討を行なってきた。97年4月には、『「PRTR(環境汚染物質排出・移動登録)制度」導入についての見解』を発表し、通産大臣、環境庁長官はじめ関係各方面に建議した。この見解の中で、産業界は91年の経団連地球環境憲章にはじまる自主的取組みの流れを受けて、PRTR制度についても自主的に構築していく考えであることを明らかにしている。続いて6月には、経団連の呼び掛けに応じた45の業界団体の参加を得て、PRTR作業部会を新規に設立し、対象物質の選定、マニュアルの作成等、制度構築の準備を進めた。97年12月には第一回調査を開始し、各業界団体から提出されたデータを経団連において取りまとめ、今回公表の運びとなった。
      なお、97年10月には、ヨーロッパ、北米の計7カ国へ、専門家や企業の担当者等から成る調査団を派遣し、既にPRTRを導入、実施している諸外国の状況を調査してきた。各国は、ニーズや社会環境等に応じて、独自のPRTR制度を構築・運用し、一定の成果を挙げるなど、当初予想した以上に取組みが進んでいた。また、各国とも、OECD勧告に基づいて、制度改善の必要性を検討しているものの、画一的なPRTRの導入は考えていない。さらには、PRTR実施に際しては、環境政策に優先順位を付けるため、あるいは排出削減の促進のため等、それぞれ明確な目的を持ちつつ、一定の制度の下で、企業の自主的取組みを高く評価・尊重している。一方、産業界の状況としては、欧米各企業とも、環境レポートの発行等をはじめとして、自社の環境関連活動に関する情報提供に積極的に取組み、企業に対する信頼獲得に努めている。こうしたリスクコミュニケーションの促進は、わが国企業が今後、一層の努力を要する点ではないかと考える。
      現在、通産省及び環境庁において、それぞれPRTR法制化が論じられているところであるが、経団連では、環境汚染物質のリスク管理の重要性に鑑み、98年度以降も引き続き、産業界による自主的な取組みを実施する所存である。

  2. 目 的
    1. 産業界による化学物質の自主管理の取り組みの推進
    2. 化学物質は、社会生活を豊かにしていく上で必要不可欠なものであるが、取り扱いなど適切な管理を怠ると、環境・健康・安全に対して悪影響を与え、生物や環境を脅かす物質として作用することもある。
      一方、現在製造、使用されている5万から10万種とも言われる化学物質を従来の法規制で管理することは不可能となっており、化学物質の自主管理において事業者の自主的取り組みが強く求められている。
      そこで、産業界においては、事業者が自ら取り扱っている化学物質の環境への排出量、移動量を把握し、潜在的に有害な環境汚染物質の適正なリスク評価・リスク管理を行うためのツールとして活用することを目的とする。

    3. 社会とのリスクコミュニケーションの一助として活用する。
    4. 調査結果を公表して、自主活動の透明性を高め、社会からの信頼を確保するためのリスクコミュニケーションの一助として活用する。

  3. 基本方針
    1. 経団連が現在実施しているPRTRは最終形態ではなく、社会とのリスクコミュニケーションを行いつつ、継続的に改善していく。

    2. 経団連加盟団体以外にも更に広く参加を呼びかけ、PRTRを全産業の自主的な取り組みとして推進していく。

    3. 排出量削減に向けた産業界の自主的取組みの基礎データとして活用する。

    4. 化学物質の生産から廃棄までの一貫したリスク管理を考える基礎データとして活用する。

    5. データの公表については、当面は産業界全体としての排出量とするが、社会とのリスクコミュニケーションを進めつつ、順次ブレークダウンしたデータを公表することを目指す。

  4. 調査結果の概要
    1. 調査参加業界団体及び企業数
    2. 今回の経団連のPRTR調査の呼びかけに応じて、経団連会員29団体及び非会員16団体の合計45団体が参加を表明した 。この内、7団体は調査体制の準備が間に合わなかったため、報告があったのは38団体であった。また、調査対象物質の日本全体の総取扱量に占める38団体のカバー率#1を算出したところ、物質あたり平均約80%となった。
      参加38団体が会員企業に調査を依頼したところ、合計2,510社の内、63.1%にあたる1,585社から回答があった。
      今回、回答が得られなかった企業にその理由を尋ねたところ、

      1. 調査対象物質を取り扱っていない。
      2. 事業所規模が調査対象外である。
      3. 回答期限までに調査が間に合わなかった。
      等の理由であった。

      #1 カバー率=報告された取扱量/{日本全体の生産量(通産統計値)
      +使用量(生産量で代替)+輸入量−輸出量}

    3. 取り扱い及び排出実績
    4. 今回の調査対象となった174物質の内、取り扱い実績の報告があったのは145物質であった。この内、環境への排出実績のなかった物質は40物質あり、さらにその中の17物質については廃棄物としての移動の実績もなかった。
      また、4団体については、対象物質の取り扱い実績がなかった。

    5. 環境媒体毎の排出量
    6. 環境への排出量は、大気への排出量が一番多く、総排出量で約93%を占めており、ついで公共用水域への排出量が総排出量の約6%である。総排出量に占める土壌への排出量の割合は極めて低く、0.5%にすぎなかった。 物質毎にみると、大気への排出割合の多い物質が72物質、公共用水域への排出割合が多い物質が30物質、土壌への排出割合が多い物質は3物質であった。
      大気への排出量の一番多かったのはトルエンで約41,600トン、次いでキシレンの約31,600トン、ジクロロメタンの約23,500トンであった。
      公共水域への排出量が一番多かったのは、塩化水素の約4,500トン、ジメチルホルムアミドの約680トン、ホウ素及びその化合物の約390トンであった。
      土壌への排出量が多かった物質は、キシレン類の220トン、バリウム及びその化合物の197トン、シュウ酸の120トンであった。(表1〜3参照)

    7. 有害性ランク別の排出状況
    8. 有害性ランクA(ヒト発ガン性があり)の物質については7物質の環境への排出が報告された。排出量の多かった物質は、ベンゼンの約4,400トン、塩ビモノマーの約1,800トン、エチレンオキサイドの約220トンである。
      有害性ランクB(ヒト発ガン性の疑いが強い等)の物質については42物質の環境への排出実績が報告され、排出量の多いものには、ジクロロメタンの約23,500トン、塩化水素の約5,900トン、スチレンの約3,400トンがある。
      有害性ランクCは42物質の排出実績が報告され、有害性ランクDについては4物質の排出実績があった。(表4〜5参照)
      環境への総排出量に占める有害性ランク別の排出量比では、ランクBとランクDがそれぞれ約44%(約74,000トン)を占める。ランクCは約8%、ランクAは約4%となっている。

    9. 有害大気汚染物質の自主管理計画対象12物質の排出状況
    10. 改正大気汚染防止法は、有害大気汚染物質について事業者の自主管理を促進することにより、排出抑制対策を進めていくことを一つの柱としている。自主管理対象12物質については、95年の排出量をベースとして2000年の排出量を約30%削減すべく産業界の自主的取組みが進んでいる。
      今回調査の結果、これら12物質の環境への総排出量は約44,000トンであり、この内、ジクロロメタンが約23,500トン、ベンゼン約4,400トン、トリクロロエチレンが約3,700トンの排出量となっており、この3物質で71%を占めている。(表6参照)

    11. データの精度について
    12. 今回報告されたデータを集計、整理すると以上のようになるが、今回の調査は初めての取り組みでもあり、排出・移動量の算出方法等について必ずしも認識が統一されているとはいい難い。したがって、今回の結果を基に各業界毎に討議を行ない、考え方等を整理して今後の精度向上を図っていきたい。(例えば、公共用水域への排出量が際立って多い塩化水素については、排水の中和用に使用されているものが、相当量含まれていると推定される。)

  5. 成 果
    1. 日本全体の排出・移動量のオーダーの把握
    2. 今回の調査の結果、各物質毎に全国レベルでの排出・移動量のオーダーが把握できたことが最大の成果である。

    3. 世界で初めての広範且つ自主的な産業界の取組み
    4. 経団連の呼びかけに対して、45という多数の業界団体が参加を表明し、最終的に38団体から報告があった。これは、産業界の自主的な取組みとしては世界で初めて且つ広範なものである。

    5. 高いカバー率
    6. カバー率を推算したところ、物質あたり平均約80%という高い値であった。

  6. 今後の課題
    1. 回答率及び参加業界団体の拡大
    2. 当初、45団体が参加を表明したが、報告を提出したのはその内38団体(ゼロ回答4団体含む)だった。今回、体制整備が間に合わなかった7団体を含め、今後、より多くの業界団体に参加を呼びかけていく。
      なお、今回の調査では約30業種を対象としているが、化学物質を大量に取扱っているにもかかわらず対象となっていない業種にも参加を呼びかけて、データの拡充を図る。

    3. データの整合性の確認と精度の向上
    4. 今回は、初めての取組みということで、排出・移動量の算出方法等について、認識が統一されているとはいい難いので、各業界における認識の統一を図るとともに、データの整合性の確認を行なう。
      また、データ作成の際に、購入品等において成分情報の伝達が不十分なケースがあり、算出にとまどったとの意見も見られたので、伝達方法の改善に努力する。

    5. カバー率の一層の向上
    6. 対象物質の取扱量調査の方法を改善し、カバー率の一層の向上に努める。

    7. データ解説の実施
    8. 業界団体から報告されたデータを、リスクコミュニケーションに役立てていくために、産業毎の解析等、データの解説の方法を検討する。また、トータルリスク評価の出来る専門家を養成する必要がある。


日本語のホームページへ