戦略的な産業技術政策の確立に向けて

1998年11月17日
(社)経済団体連合会

はじめに

民間企業が国境を越えて競争を繰り広げる大競争時代の到来を迎え、競争力のある民間企業や個人により選ばれる魅力ある国づくりが急務となっている。国の競争力とは、こうした選択を促す国の誘引力であり、国全体の生産性の高さ、経済の発展と繁栄、ひいては良質な雇用機会の確保と国民生活の安定に結実するものである。

国の競争力は、金融資本市場、労働雇用市場等の事業環境、社会資本の整備状況、税制・社会保障制度等の様々な要素により構成される。なかでも技術力は、米国の一連の競争力回復策の指針となった「大統領産業競争力委員会報告書(通称ヤングレポート)」(1985年)でも筆頭に挙げられているように、国の競争力の中核をなすものである。例えば、国の競争力の現れである経済成長は技術革新の軌跡と言っても過言ではなく、米国の場合、戦後半世紀における経済成長の半分は技術進歩によるという分析も存在する。

技術力の持つこのような重要性に鑑み、わが国としても、科学技術政策、なかんずく産業技術政策のあり方、展開の方向について再検討することが急務となっている。

I. 産業技術力強化の必要性

技術力、とりわけ産業活動に直結する産業技術力の強化が、今日のわが国においては喫緊の課題となっている。
欧米諸国を見ても、例えば、米国は「経済競争力の強化、雇用の創出」、ドイツは「世界経済の競争激化への対応」を科学技術政策の主要目的として位置づける等、産業技術力の強化に注力する姿勢を明確にしている。

  1. 産業構造の成熟化
  2. 現在、わが国経済は消費の低迷、企業収益の低下、雇用情勢の悪化等、未曾有の難局に陥っている。しかも、産業構造の成熟化が進み潜在成長率の低下も指摘される中で、経済再生への明確な道筋が明らかとならず、閉塞感は深まる一方である。こうした中、一連の金融安定化への枠組み整備や税財政政策等の動きが急であるが、経済の自律的再生を実現していくには、これら施策に加え、新しい産業フロンティアの開拓に向け、既存事業分野の再活性化や新規事業分野の創出に実効性を有する産業技術政策を集中的に展開することが不可欠となっている。

  3. 産業競争力の危機
  4. 冷戦構造の崩壊とともに始まった地球規模での市場経済化と熾烈さを増す大競争によってもたらされた経済のグローバル化の中で、欧米諸国、なかでも米国は、1980年代以降、官民を挙げ、産業技術政策を梃子として産業競争力の維持涵養に努めている。一方、わが国においては、こうした政策が必ずしも十分に展開されてこなかったこともあって、産業競争力の減衰、ひいては産業の空洞化の惧れが指摘されている。経団連産業技術委員会が本年9月に取りまとめた「産業技術力強化のための実態調査報告書」(以下「経団連報告書」と略す)でも、回答者の約4割が産業競争力の低下に懸念を示している。わが国の貿易収支は全体としては出超傾向にあるが、21世紀に高付加価値型の産業構造を実現するには、特に産業フロンティアにおける産業競争力の維持、向上は不可欠であり、わが国においても遅滞なく産業技術力の強化に着手する必要がある。

  5. 高齢社会の本格的到来
  6. 今後、わが国においては世界でも類例を見ない速さで高齢化が進行すると見込まれており、労働力人口の減少、貯蓄率の低下といった労働・資本面での成長制約の顕在化が懸念される。現在の経済の低迷を背景として、失業率が上昇しているが、他方で情報通信分野等で優秀な若年技術者の不足が指摘されているのも、このような制約の一つの現れである。こうした制約を克服し、21世紀におけるわが国経済社会の活力ある発展を維持する鍵として、産業技術力に期待される役割はますます増大している。

II. 産業技術政策のあり方

  1. 産業技術政策の必要性
  2. 産業技術の担い手は民間企業であり、その革新は民間企業の責務である。民間企業は、これまで、生き残りをかけ、自らの予測に基づき、リスクとコストを負担して、技術革新に挑戦してきた。このような民間企業の「自主、自立、自己責任」の取り組みこそがこれまでの経済成長の牽引車であったし、今後も原動力である。
    しかし、経済の低迷もあって、技術革新に伴うリスクとコストは民間企業にとって看過できない負担となっており、高度かつ先端的な産業技術を中心に、こうした負担が企業体力の限界を超える水準に達している例も少なくない。したがって、個々の民間企業の自助努力のみでは、21世紀に高付加価値型の産業構造を実現していくのに必要な技術革新が十分実現されない惧れがあり、積極的な産業技術政策の展開が必要となっている。
    また、欧米諸国では、政府が産業技術政策を積極的に展開しており、わが国としても、国をも巻き込んだ国際競争の激化に的確に対応し活路を切り開くため、産業技術政策に注力すべきである。
    さらに、社会的要請に応えた産業技術の革新を促進する上からも、産業技術政策の展開が求められている。例えば、社会の持続可能な発展を実現するため、環境保全と資源制約への対応を重視した循環型経済社会システムの構築、地球温暖化問題をはじめエネルギー・環境問題への積極的対応が重要な課題となっている。他方、高度情報化社会を実現していく観点からは、政府、企業、家庭をはじめ経済社会のあらゆる分野における情報化とソフトウェアを含め関連基盤の整備推進が必要となっている。民間企業による産業技術の革新をこうした要請に応えたものに誘導していくには政策的な支援が不可欠である。
    中央省庁等の再編、規制緩和等の行政改革を断行し、小さな政府を実現していくことが最重要課題となっているが、産業技術政策は、外交、国防等と並んで、今日、国が果たすべき最も重要な役割となっている。

  3. 基盤的な産業技術政策の推進
  4. 産業技術政策は、大きく基盤的施策と戦略的施策に大別される。
    基盤的な産業技術政策の領域では、既に、関係省庁が人的基盤の整備をはじめさまざまな施策を展開している。製造業のみならず、金融、流通、物流等のサービス産業を含め、既存事業分野の活性化を図るとともに、住宅関連、都市環境整備関連、福祉関連、ビジネス支援関連、生活文化関連分野等の新規・成長分野の創出・育成のためにはこうした一連の施策を、一層充実・強化することが重要である。

    1. 人的基盤の整備
    2. 技術革新は、個々の研究者の能力に依存するところが大きく、経済社会のニーズに適合した人材の育成、確保が求められる。
      そのため、第一に、大学を中心とする高等教育システムの見直しが求められる。例えば、大学の工学部卒業者の産業別就職状況がかなり変化しているにもかかわらず、大学の工学部の定員構成はあまり変化してきていないことは予ねてから指摘されており、「経団連報告書」でも、回答者の多くが、大学卒業者を中心とする人材の専門性、資質に問題があるとしている。民間企業側において必要な専門性、資質について具体的に情報を発信するとともに、大学、とりわけ産業界と密接な関係を有する工学部を中心とした学部・学科が、民間企業の声にも率直に耳を傾け、経済社会のニーズに適合した人材育成を進めることが強く望まれる。そのため、民間企業の実務経験者の教官への登用等産学の人的交流を活発化するとともに、定員構成の見直しをはじめ、技術経営、知的財産権等の講座の設置、起業家教育等の実践的教育の拡充等、教育内容の見直しに取り組むことが望まれる。
      第二に、わが国企業の海外展開が進展する中で、邦人技術者が、海外市場で活躍するために、国際的に認められる技術者資格制度が必要となっている。既に、米国、イギリスをはじめ他国にも通用する技術者資格制度や、NAFTA協定や汎ヨーロッパ・エンジニア協会連合といった地域経済圏に共通の技術者資格制度が確立しており、APECでも、技術者資格の国際相互承認の議論が進行している。わが国としても世界的な潮流に早急に対応することが求められる。
      同時に、こうした技術者資格制度の早期実現を図るとともに、民間企業から要望が強い即戦力となる良質な人材の育成を進める観点から、大学及び大学院教育における教育内容を、グローバルスタンダードも視野に入れて、経済社会のニーズに応えたものとしていくことが必要となっており、教育内容の外部認定システムの導入を急ぐべきである。
      第三に、専門的人材を確保するには、海外の人材の積極的導入、活用を図る必要があり、入国手続上の障害を除去する等の環境整備を推進すべきである。併せて、グローバルな視点を有した邦人研究者を育成する観点からは、海外における研究機会を拡大するため、若手研究者の海外派遣事業を拡大することが望まれる。

    3. 産官学の連携の促進
    4. 「経団連報告書」でも指摘したように、民間企業は、経営資源の有効活用を図る観点から、総花的な研究開発路線を見直し、コアコンピタンス(事業に必要な中核的能力)を支える技術については経営資源の重点投入を図る一方、新規事業分野等では、連携を積極的に活用し始めている。しかし、今後の連携相手先として、大学、国の試験研究機関等を重視する度合いが減じていることが懸念される。その意味で、大学、国の試験研究機関等の研究開発活動の重点的強化を図ることを前提に、民間企業と大学、国の試験研究機関等との共同研究、民間企業から大学、国の試験研究機関等への委託研究、民間企業の研究者、技術者の大学、国の試験研究機関等による受け入れ等を従来にも増して強力に推進していく必要がある。
      さらに、今後は、大学の研究員が国家プロジェクトに設計段階から積極的に参加すること、民間企業の実務経験者の大学の教官への積極的な登用等を推進すること等が望まれる。

    5. 大学等の研究開発成果の伝播・普及
    6. 大学が、学術研究や教育といった本来の任務に加え、研究成果の社会還元や地域発展のための中心基盤としての役割を発揮することに期待が集まっている。米国では、スティーブンソン=ワイドラー法(産業技術に関する政府機関等のネットワークの整備及び技術移転を政府機関の目的として明確化)、バイ=ドール法(大学等による公的資金援助により得た研究開発成果についての特許権取得及び民間企業に対する特許の使用の許諾・許諾料の徴収を容認)に代表される国有技術の民間企業への移転促進策により、研究開発成果の実用化が進んでいる。今般、わが国でも、大学等技術移転促進法により技術移転機関の設置が可能となったが、同制度の積極的な活用が望まれる。そのためには、産業技術面における大学のシーズと民間企業のニーズの双方について知識を有するとともに、特許制度等に精通した橋渡し役の人材の確保が不可欠であり、例えば、民間企業の実務経験者の積極的活用等を図るべきである。同時に、研究に従事した教官自身が技術移転機関やベンチャー企業等の役員を兼業することを可能とする措置を講ずることも望まれる。
      国の試験研究機関等については、研究開発成果の伝播・普及を行うシステムが設けられているが、なお一層の機能強化が必要であり、例えば、技術移転機関の活用も検討すべきである。また、産学官連携推進センターの整備、各研究所等におけるリエゾンオフィス等の充実も重要である。

    7. 国際標準化活動の積極的展開
    8. 経済のグローバル化の中で、標準化が産業競争力に与える影響は極めて大きくなっている。そのため、欧米諸国が、官民を挙げて、国際標準化機構(ISO)等の場を活用して、自国産業に有利な方向で国際標準化に係る政策論議を先導しているのに対し、わが国の対応は後手後手にまわっているとの感は否めない。わが国としても、国際標準化活動において、産官学が緊密に連携してイニシアティブを発揮する必要がある。
      このような観点から、国際標準創成を目指した研究開発・技術検証プロジェクトに対する支援措置を拡充するとともに、電子商取引に必要な標準化(プロトコル、セキュリティー、認証等)を進める等、非製造業分野についても産官学が連携した研究プロジェクト等を推進すべきである。同時に、国際標準化に係る国際機関等における提案・交渉活動を強化していく必要がある。

    9. 中小・ベンチャー企業等の技術の事業化の促進
    10. 中小・ベンチャー企業等の育成に係る施策は、税制、規制緩和等、既に本年6月の経団連意見書「新産業・新事業創出に関する緊急提言」で指摘したところであるが、とりわけ技術革新の推進を図る観点からは、中小・ベンチャー企業等と大学、国の試験研究機関等との共同研究に対する支援を拡充するとともに、中小・ベンチャー企業等が大学、国の試験研究機関等の研究開発成果を容易に活用できるようにする制度を整備する等の施策が望まれる。
      また、信用収縮が指摘されている現在、資金面における支援措置は不可欠であり、研究開発型企業に対する補助金の拡充、公的なリスクマネーの供給を含め、政府系金融機関による出資、長期かつ低金利の融資の拡充が特に強く望まれる。

  5. 戦略的な産業技術政策の導入・強化
  6. わが国が直面する産業競争力の危機に適切に対応し、良質な雇用機会を創出していくには、高付加価値型の産業構造の実現を先導し、その中核となる事業分野を選択的に育成・強化する必要がある。21世紀のわが国の望ましい産業構造を主体的に実現していくには、こうした国家戦略は不可欠である。
    先導的役割を期待される新規・成長事業分野の候補は、製造業、非製造業を通じ少なくないが、産業技術政策においては、高度技術集約型事業分野の内から戦略的重点分野を選択し、基盤的な産業技術政策に加え、III.以下で詳述する戦略的な産業技術政策を集中的に展開していく必要が高い。
    戦略的重点分野の候補となる高度技術集約型事業分野とは、以下に例示するような、(1)技術革新により高付加価値型のアドバンストマーケット(先端市場)の実現等、大きな経済効果が見込まれるにもかかわらず、技術革新のコストやリスクが個々の民間企業の負担能力を上回っており、かつ (2)当該事業分野の技術革新の成果が他の広範囲の事業分野における技術革新を誘発・助長する可能性が高いか、(3)生産量が増加するほど平均生産コストが低下するといういわゆる規模の経済性が見込まれ、先行企業が市場競争において有利な立場に立つ可能性が高い、事業分野である。

    情報通信関連(ソフトウェア・コンテンツを含む)、エネルギー関連(原子力を含む)、環境関連、バイオテクノロジー関連、高度医療関連、新素材・新材料関連、新製造技術関連、新交通システム関連、航空・宇宙関連、海洋開発関連分野 等

III. 戦略的な産業技術政策の確立

  1. 基本的な視点
  2. 戦略的な産業技術政策の基本は、(1)高度技術集約型事業分野の中から優先的に育成強化を図る戦略的重点分野を選定し、それぞれの戦略的重点分野において達成すべき具体的目標とそこに至る道筋を明らかにする戦略目標の設定、並びに(2)戦略的重点分野への政策資源の集中投入の二点である。
    同時に、戦略的な産業技術政策においては、政策的関与を研究開発、とりわけ基礎研究に集中してきた従来の技術政策から脱却し、技術の創造のみならず、その伝播・普及、活用・事業化まで技術革新の全過程を射程に収めた政策展開が求められる。
    加えて、特に踏まえるべき点は以下の通りである。

    1. 民間企業に主眼を置いた政策展開
    2. 産業技術の本来的な担い手は民間企業である。民間企業こそが、技術革新の成果を製品、サービスとして市場に供給するのであり、市場における評価、受容状況を最も早く正確に察知できる立場にある。こうした民間企業の判断、創意工夫を活かした政策展開が実効ある産業技術政策につながる。

    3. 縦割りを排した総合的な政策展開
    4. これまでの産業技術政策については、省庁毎の施策の重複や競合がしばしば指摘されてきた。現在進められている中央省庁等の再編の主要目的の一つは、こうした縦割り行政の弊害の是正であり、産業技術政策においても、国として一本化された戦略目標を横断的かつ整合的に追求する体制を構築する必要がある。

    5. 迅速な政策運営
    6. 「経団連報告書」で指摘したように、近年、製品ライフサイクルの短縮化が著しいスピードで進行しており、民間企業における開発リードタイムも大幅に縮減する傾向にある。産業技術政策の展開においても、こうした民間企業の実態を踏まえ、政策課題の把握、政策の決定・実施等におけるタイムラグを可能な限り排除し、迅速化を目指すべきである。

    7. 事業分野の特性を踏まえた木目細かな施策
    8. 事業分野毎に、技術革新の態様は相当異なっており、同じく「経団連報告書」で指摘したように、例えば、必要な人材の充足度、大学、国の試験研究機関等に対する期待等にかなりの差異が認められる。産業技術政策を実効あるものとするには、こうした事業分野の特性を踏まえ、木目細かく展開する必要がある。

    9. 海外諸国の政策動向の的確な把握
    10. 戦略的な産業技術政策は国の競争力の向上を目指すものであり、競争相手となる海外諸国の政策動向を不断に把握し、適切に対応すべきことは言を俟たない。そのため、リアルタイムでの情報収集と精度の高い分析は不可欠である。

  3. 展開すべき具体的な施策
    1. 戦略目標の策定のための組織体制の整備
    2. 戦略的な産業技術政策を展開する上で、産官学のコンセンサスとして戦略目標を策定することが決定的に重要な意味を持つ。戦略目標の策定に当たっては、(1)技術性と経済性の両面からバランスのとれた検討を可能とし、(2)政策効果の評価が戦略目標策定に再還元されるプロセスを備えるとともに、(3)広範囲の事業分野のニーズとシーズを汲み上げることが可能な組織体制を構築する必要がある。
      現在、中央省庁等の再編準備が進められており、この機会に必要な組織体制を整備することが望まれる。

      1. 総合科学技術会議による産業技術政策の戦略目標の決定
        新しく内閣府に置かれる総合科学技術会議は、国の科学技術政策の基本、科学技術に関する予算、人事等の資源の配分の基本方針等を審議する。総合科学技術会議は、産業技術政策の国家的重要性を十分に考慮し、これらの方針等において、産業技術政策の推進方向を明確にするとともに、科学技術の推進に関する総合的な計画の中で、産業技術政策の戦略目標の達成等を明確に位置づけるべきである。
        そのような観点から、総合科学技術会議は、当然のこととして産官学のバランスのとれた委員構成とすべきであり、事務局にも産業技術に精通した職員を重点的に配置する必要がある。
        また、産業技術政策は経済産業政策においても重要な構成部分をなすものであり、経済全般の運営の基本方針等を審議する経済財政諮問会議においても検討が行なわれる必要がある。両会議の緊密な連携・協力関係が望まれる。

      2. 経済産業省の産業技術政策に関する企画立案機能等の発揮
        中央省庁等の再編において新たに設置される経済産業省は、民間経済の活性化及び対外経済関係の円滑な発展を中核とした経済及び産業の発展等をその主要な任務とし、技術開発等を主要な行政機能として担う省であり、産業技術政策の展開において主導的な役割を果たすことが期待されている。経済産業省は、各事業分野において民間から提案される産業技術のロードマップ等を踏まえて、総合科学技術会議ならびに経済財政諮問会議において戦略的な産業技術政策が産業活動の実態を踏まえた形で審議されるよう、両会議の事務局に協力することが求められる。また、戦略的な産業技術政策が全政府規模で着実に遂行されるよう、府省間の政策調整において積極的に調整機能を果たすべきである。
        こうした期待される役割を、総合的かつ整合的に担うため、経済産業省においては、知的財産政策を含め産業技術政策に関する企画立案機能を一元化することが望まれる。

      3. 政策立案研究所群の創出
        産業技術政策は、事業分野の特性を踏まえるとともに、海外諸国の産業技術政策の動向を的確に把握して、木目細かく展開する必要があり、その企画立案は、行政機関のみでは必ずしも十分に行えない惧れがある。米国の場合には、行政府に対し政策を提案する大学を含めた研究所群が政策形成に重要な役割を果たしている。わが国においても、中央省庁等の再編を機に、例えば、現在の科学技術政策研究所を抜本的に改組し、各省共管の独立行政法人として総合科学技術会議事務局のアウトソーシング先とする等、新しい府省体制に即して現在の政策研究所を再編し、産学との積極的な人的交流を含め機能充実を図るとともに、大学の政策提案機能を強化する等、政策立案研究所群を形成していく必要がある。
        そうした施策の一環として、技術開発に高い専門性を有する民間のシンクタンクの育成・活用にも積極的に取り組むことが望まれる。

      4. 民間による産業技術ロードマップの作成
        産業技術政策の戦略目標は、広範囲の事業分野のニーズとシーズを的確に把握して策定される必要があり、産業技術の実際の担い手である民間企業がこの策定過程に主体的に関与していく必要がある。その嚆矢としては、化学工業界が設立した(財)化学技術戦略推進機構の例が挙げられる。同機構は、産官学連携で化学及び関連産業の持続的発展のシナリオとこれを実現するための総合的・体系的な技術戦略を検討しているが、各業界がそれぞれこのように自らのロードマップを作成し、経済産業省をはじめ関係行政機関に積極的に提案していく必要がある。関係行政機関においてもこうした取り組みを促すため、必要な支援策を講じていくことが望まれる。

    3. 政策資源の重点投入
      1. 政府研究開発投資の大幅拡充
        科学技術基本法とこれに基づく科学技術基本計画により、科学技術予算の充実が図られているものの、わが国の政府負担研究費の国民総生産比は欧米諸国と比較して未だ低水準である。

        政府負担研究費/国民総生産(%)
        日本(96年)0.63
        米国(96年)0.83
        ドイツ(95年)0.84
        フランス(96年)1.00
        イギリス(95年)0.68
        資料:科学技術庁「科学技術白書」

        厳しい財政状況下であるが、技術革新が孕む膨大な経済効果の可能性を考慮して、科学技術予算をさらに拡充していく必要がある。そのため、現行基本計画における科学技術関係経費総額17兆円(1996〜2000年度)の目標の着実な実現は当然のこととして、産業技術力の強化を中核的な政策目標として位置づけ、投入すべき予算の目標値等を明示した次期基本計画を早急に策定すべきである。
        同時に科学技術関係経費の内、産業技術力強化に充当される予算の割合を飛躍的に拡大すべきであり、科学技術基本計画の下に産業技術力強化計画を作成し、戦略的な産業技術政策の展開に要する費用を中心に、産業技術関係予算を総合的かつ計画的に拡充する必要がある。近年、補正予算において、科学技術関係経費の増額が図られることが多いが、いわゆるハコもの整備に重点が置かれ、優先度の高い事業に必ずしも予算を投入できない事例が見受けられる。戦略目標の達成は計画的な政策展開なくしてはありえず、産業技術力強化計画の早期策定が強く望まれる。

      2. 大学等の研究開発活動の重点的強化
        大学、国の試験研究機関等の研究開発活動も、産業技術政策の戦略目標に即して重点的に展開することが望まれる。
        大学については、既述のような方向で、必要な人材の育成に努めていくことが期待される。同時に、その研究活動も、産業技術政策をも十分考慮して進められるべきである。そのため、大学等の基幹的研究費である科学研究費補助金の拡充を図るとともに、総合科学技術会議が、同補助金等の配分について、産業技術政策上の要請も織り込んだ基本的な指針を明確にし、大学における研究活動を適切に誘導していく必要がある。
        さらに、国の試験研究機関等については、そもそも国の政策目的を直接的に遂行する機関であることから、組織目的を明確にした上で、産業技術政策等、国の諸政策に沿って、研究開発活動を重点強化していく必要がある。例えば、計量標準、標準物質等の知的基盤は、技術革新の促進のみならず、経済社会のあらゆる分野における活動の共通基盤として重要であるにもかかわらず、欧米諸国等と比較してその整備が著しく遅れており、国の試験研究機関等が、その整備、供給を充実していくことが望まれる。
        そのため、第一に、今回の中央省庁等の改革を機に、(1)政策目的との関係や組織目的の不明確な機関、類似の研究開発を行っている機関、細分化されている小規模機関、地域別・業種別等の機関については廃止、または、試験研究を行っている特殊法人を含め大括りに統合するとともに、(2)柔軟で競争的な組織の実現に向け独立行政法人化を徹底し、国として総合的に取り組む必要がある重要な研究分野等を担う強力な中核的機関を育成していく必要がある。
        第二に、総合科学技術会議が、産業技術政策の総合的な推進を図るため、これら中核的機関をはじめとする国の試験研究機関等が、必要に応じ組織の壁を越えた研究開発体制を迅速に構築するよう誘導する必要がある。これを可能とするため、総合科学技術会議に科学技術振興調整費をはじめ政策資源の配分を行う権限を付与すべきである。

    4. 民間企業の技術革新に対するインセンティブの付与
      1. 民間企業に対する支援措置の充実・改善
        欧米諸国では、政府が民間企業の研究開発を資金面で手厚く支援している。わが国も、欧米諸国に遜色ない程度まで、民間企業への補助金や出融資等の支援措置を拡充することが望まれる。

        政府負担研究費の内、
        産業に直接給付される金額の割合(%)
        日本(96年)4.2
        米国(97年)36.8
        ドイツ(95年)16.0
        フランス(92年)26.1
        イギリス(95年)23.5
        資料:科学技術庁「科学技術白書」

        その際、現行の省庁別の補助金、出融資について費用対効果の観点から見直しを徹底し、廃止・統合を進めた上、戦略的重点分野に集中投入を図るべきである。同時に、インセンティブとして十分機能するよう給付、出融資の額・条件を実効性を持つ水準に改善するとともに、効率性を重視し、最高度の技術ポテンシャルや独創的な技術シーズを有するものに選択的に給付、出融資することが重要である。
        当面、例えば、戦略的重点分野を対象とした、研究設備・商業用プラント等の設備投資資金等、新技術の事業化に係る費用への低利融資制度を拡充するとともに、事業化開発への融資の対象を人件費、原材料費等、非設備資金に拡大すべきである。

      2. 政府調達の活用、国家プロジェクトの推進
        政府による民間企業へのインセンティブ策の一環として政府調達の活用、国家プロジェクトの推進も極めて重要である。
        政府調達は、(1)開発された新技術の市場を提供し、技術の伝播・普及を促進するとともに、(2)信用保証、研究開発コストの軽減等を通じ、民間企業の研究開発活動を促進し、また(3)現時点で実現可能性のある最高性能を調達仕様として設定する「トップランナー方式」を採用することで、達成すべき技術水準を明確化する等の効果を有する。したがって、調達方式の透明性、公正性の向上を図りつつ、産業技術政策的観点に立って政府調達を実施することが望まれる。
        同時に、国家プロジェクトの推進も重要である。宇宙開発、原子力開発、海洋開発等のメガサイエンスは、国がその推進に先導的な役割を果たすべきものであり、国際社会に対する貢献という観点からも、計画的かつ着実に推進する必要がある。
        また、米国では環境負荷の小さな次世代自動車の開発、情報通信基盤の整備、有用な遺伝子情報の解析によるバイオインダストリーの育成等については国家プロジェクトとして推進されており、大きな成果を生み出しつつある。翻ってわが国を見ると、さまざまな研究開発プロジェクトが推進されているものの、縦割り行政の弊害を拭えず、また単年度予算にとらわれ計画的効率的な推進がなされていないとの指摘が多い。国家プロジェクトについては、関係行政機関の調整を徹底し、重複を排除して政策資源の集中投入を図るとともに、予算執行面での弾力性を確保しつつ計画的に推進することが望まれる。

      3. 税制上の優遇措置
        税制上の優遇措置は民間企業の研究開発コストを軽減する上で極めて有効な政策手段である。特に、増加試験研究費税額控除制度は、行政の裁量を最小限に限定しつつ、研究開発に積極的に注力する民間企業を選択的に支援する優れた制度である。しかし、試験研究費が過去最高を超えた民間企業しか対象とならないため、景気低迷に伴い1992年度以降、減税規模が大幅に縮減している。厳しい経営環境の下、民間企業は、連携を進めており、個々の民間企業の試験研究費の総額は大幅に伸びる状況にはない。こうした企業経営の実態を踏まえ、本制度を実効あるものに改善することが急務となっている。当面、試験研究費が直近3年間の平均値を上回った民間企業も対象とするよう制度改正することが必要であり、同時に、予定されている法人税率の引き下げも考慮し、法人税額の10%を限度とする上限規定についても見直すべきである。
        また、特別試験研究費税額控除、とりわけ共同試験研究促進税制も産官学の連携強化を図る上で重要であり、引き続き維持すべきである。
        さらに、将来的には、長期的視野に立った民間企業の投資を促進する観点から長期キャピタルゲイン課税の軽減、戦略的重点分野における研究開発を促進する観点から加速度償却制度の導入、途上国等への円滑な技術移転を促進する観点から技術等海外取引に係る所得控除制度の拡充等も検討すべきである。

      4. 知的財産政策の積極的展開
        特許をはじめとする知的財産制度は、技術革新において先行した民間企業が先行者利得を獲得することを確実にすることにより、技術革新に重要なインセンティブを付与する。とりわけ経済のグローバル化に伴い、世界市場で得られる先行者利得は膨大な額となる可能性が高まっており、各国は、国益確保に向けて知的財産権を強化する方向で政策展開を図っている。他方、わが国のこれまでの知的財産制度には、必ずしも産業技術政策上の要請に応えていない面も見られ、わが国が世界の政策潮流から取り残されないよう、産業技術力の強化に資する方向で制度を見直し、強化していく必要がある。
        具体的には、(1)保護対象範囲の拡大、保護水準の引き上げ、審査期間の短縮、訴訟手続の改善、紛争処理の迅速化等の特許関連制度の拡充・強化、(2)デジタル化・ネットワーク化が進展する中で、情報産業の健全な発展を促すとともに、安定的・効率的な著作物の流通取引を可能とする観点からの著作権法等の法制度の見直し、(3)途上国における知的財産制度整備への働きかけを含め、国際交渉における国益確保に向けたイニシアティブの発揮が求められるが、その詳細は、補論に譲る。

    5. 事業化推進のための環境整備
      1. 新産業発展のための新たな制度基盤等の構築
        戦略的な産業技術政策は、事業化までを射程に収める必要がある。そのため、国は、新技術が速やかに社会で受容されるよう、新技術の先駆的な利用に対する支援、社会資本整備を含め条件整備に努めることが期待される。
        例えば、高度情報化社会を実現していくには、国が横断的に行政、教育、医療福祉等の公的分野の情報化を加速するとともに、日本語翻訳技術等の関連技術の開発推進、国際的に見て遜色のないインフラの先導的整備、関連法制の整備・改善等を推進していくことが求められる。
        また、環境関連分野の技術革新の推進を図るには、国が環境負荷の低い、省エネルギー製品、リサイクル製品等を積極的に使用するとともに、技術による問題解決が市場原理を活用した形で実現されるような適切な制度設計を図ることが望まれる。
        さらに、宇宙関連分野では、宇宙の平和利用決議が宇宙の開発・利用の妨げとなっているとの指摘が多い。わが国が専守防衛に徹することは当然であるが、その範囲内で現実的弾力的な対応が望まれる。

      2. 競争政策の見直し
        高度技術集約型事業分野、特に規模の経済性が働く事業分野では、世界規模で市場参加者が限定されるのは当然の帰結である。また、技術進歩により市場構造は常に激変する可能性を有している。競争政策の運用においては、こうした特性に十分配慮し、世界規模での市場動向に配慮するとともに、動態的な競争条件の確保をより重視すべきである。

        1. 共同研究開発・生産の促進
          共同研究開発は、重複投資の回避、研究開発のコスト削減、リスク分散、研究期間の縮減等、研究開発活動を効率的なものとし、技術革新を促進する効果が非常に高い。特に、デファクトスタンダード獲得を目指した共同研究開発は、高度技術集約型事業分野における企業活動においては、盛衰を決する性格を持つ。
          米国は1984年に共同研究開発法(NCRA)を制定し、共同研究開発についての反トラスト法判断に合理の原則(ある行為が反トラスト法違反となるかどうかについて、形式的な判断基準ではなく、当該行為が市場に与える具体的効果や競争促進の可能性等種々の要素を勘案し、ケース・バイ・ケースで判断するルール)を取り入れることを明らかにした他、1993年にはNCRAと同様に共同生産法(NCPA)により、共同生産についても一定の条件の下に競争政策の適用を緩和している。
          わが国の競争政策の運用においても、共同研究開発・生産の有用性や必要性の増大に鑑み、共同研究開発・生産に取り組む企業行動を不必要に萎縮させることのないよう、産業技術政策的見地から弾力化を図るべきである。

        2. 民間企業の連携の促進
          大競争の激化や産業技術の高度化に伴い、規模の経済性が見込まれる高度技術集約型事業分野を中心に、国内にとどまらず国境を越えた合併、合弁、資本・業務提携等、生き残りを賭けた世界規模での民間企業の再編統合が急速に進んでいる。米国やEUではこうした傾向を考慮した競争政策の運用がなされている。例えば、EUは、防衛産業について積極的に生産集約を指示しており、EU圏内の大規模な企業統合が次々に実現している。
          わが国においても、1997年の独占禁止法改正による持株会社設立容認以来、合併や株式保有等に関する企業結合規制が順次見直されてきているが、これらの運用に当っては、国際競争の実態や海外の競争政策の運用状況を十分に勘案する必要がある。

      3. 国益を重視した通商政策の展開
        高度技術集約型事業分野、特に規模の経済性が働く分野では、競争相手の多くは海外の有力企業であり、通商政策や貿易に影響を与える各種制度は企業間競争に大きな影響を及ぼしている。例えば、原産地ルール、政府調達制度、基準認証制度、ローカルコンテンツ規制、直接投資規制、アンチダンピング規制等、恣意的な運用が懸念される各種規制・制度によって、海外の有力競争企業との競争条件が歪められているとの指摘も多い。
        わが国としても、国際貿易が自由かつ公正に営まれるよう、国際社会でイニシアティブを強めていくことが必要である。そのため、WTO等多国間交渉を通じ、正当な国益を確保する活動を行うことは当然のこととして、必要に応じ、二国間協議の場も積極的に活用すべきである。また、他国の不公正な貿易措置や各種制度の是正要求を実効あるものとする観点から、必要な対抗措置の導入も検討することが望まれる。
        なお、武器輸出三原則等に基づく輸出管理政策は、日米防衛協力の強化、デュアルユース(防衛における民生技術の活用)の増大等時代の新たな流れに対応し、少なくとも日米間においては弾力的な運用を図ることが望まれる。

おわりに

大競争の時代にあって、産業技術力の強化を図る上で、国が果たすべき役割はこのように広範多岐に亘っており、その活躍に大きな期待が寄せられている。しかし、産業技術の本来的な担い手はあくまでも民間企業自身である。厳しい経済情勢ではあるが、民間企業が、今日の逆境をむしろバネとし、新たな技術革新に注力していくことが何よりも重要である。同時に、民間企業は、戦略的な産業技術政策の必要性についてのコンセンサス形成に努めていく必要がある。その第一歩は、自らの事業分野の持続的な発展のロードマップを描き、政府をはじめ関係方面に積極的に発信していくことであり、経団連としても引き続きこうした各業界の取り組みに協力していく考えである。

以 上

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