[目次] [はじめに] [第1部] [第2部] [1章] [2章] [3章] [4章] [5章] [6章] [Action21] [おわりに] [参考]

魅力ある日本

第1部 新たな創造にむけて


  1. 蔓延する閉塞感の原因
    1. 明治以来、欧米先進国に「追いつけ、追い越せ」型の経済発展を前提とした日本の経済・社会システムは、今や行き詰まり、むしろ発展の足かせとなっている。バブル崩壊と円高などを背景とする戦後最大の混迷から、日本経済が未だに立ち直れず、国民が将来に自信を取り戻せないのは、そのためである。

    2. わが国は、1970年代に20世紀の「工業文明」に適合した近代国家の建設に成功したが、その後はこれに安住し、「グローバル社会」、「高度情報通信ネットワーク社会」、「循環型経済社会(環境調和型社会)」を特徴とする21世紀文明に対応したシステムへの改革を怠ってきた。その結果、わが国の経済社会システムは、新しい時代の要請に、適確に応えていない。

      1. メガ・コンペティション(大競争)の時代にあって、わが国は、意欲のある若者や、内外の独創的な企業が創意工夫に基づく自由な活動を行うことができる事業環境や生活環境を整備できないままにきた。そのため、グローバル化への対応が遅れ、空洞化(雇用、産業、金融、技術、情報、通信、人材、等)の懸念にさらされ、「ジャパン・パッシング(日本素通り)」といわれるように、世界における日本の存在感は薄れつつある。

      2. 今後、新たな産業革命ともいわれる高度情報通信ネットワーク社会が到来し、欧米諸国やアジアの中進国は、国益をかけて情報通信分野においてリーダーシップを握ろうと激しく競い合っている中で、わが国は政府規制や行政における市場管理意識をはじめとする各種の制約により、この競争から取り残されるおそれがある。

      3. 地球環境問題や都市・生活型環境問題が、ますます深刻化する今日、これまでの大量生産・大量消費・大量廃棄型の経済社会から、環境と調和した経済社会への移行が急務となっている。わが国としても、公害や省エネルギー問題の対応に大きな成果を挙げてきた経験を基に、生活や経済活動が地球や自然とバランスのとれた、新しい循環型経済社会を早急に構築することが求められている。

      4. 加えて、21世紀には、世界に例をみない速さと規模で超高齢化・少子化社会を迎えることがかなり以前から広く認識されていたにもかかわらず、国民が安心感を得られるシステムが未だに構築されないままとなっている。このことが、高齢化社会に伴う産業競争力の低下に対する危機感にもつながっている。その結果、生活・社会基盤整備の立ち遅れ、高い生計費、心のゆとりの喪失とあいまって、国民が必ずしも経済水準に見合った豊かさを実感できない原因となっている。

      5. 国際社会との関係においても、これまで国際秩序の恩恵を最大限に享受する一方、経済面、政治面等において、諸外国の期待や信頼に充分応えていない。また、情報の公開や行政と企業との関係などについて、諸外国に不透明感を持たれている。世界の平和と繁栄の実現に能動的に参画することも求められているが、これに充分対応できる外交力が備わっていない。

      6. これらの目に見える危機の背後には、目に見えない危機、すなわち自己中心主義の浸透による社会的な連帯や責任感覚の希薄化、モラルの軽視、日本としてのアイデンティティーの欠如がある。

    3. 勤勉性、高い教育水準、高度の技術・ノウハウ、豊かな購買力、高水準の貯蓄率、安定した社会など、わが国の発展の潜在能力は、依然として高い。にもかかわらず、これらの問題や課題の解決に向けて、どのように経済・社会システムを変革すれば良いのかという明確な理念や道筋が示されていないことから、国民の間に閉塞感が漂っている。この事態を放置するならば、日本はこのまま衰退の一途を辿り、現在の生活水準を維持することすら困難になる恐れがある。

  2. ビジョンに基づく改革の実行:「活力あるグローバル国家」を目指して
    1. 現在、日本に求められていることは、長期的展望に立って、若者が未来に希望を持てる社会を創造するためのビジョンを策定し、改革を実行することである。

    2. わが国は、個性や独創性が活かされ、かつ倫理感と責任感に裏打ちされた経済社会システムを構築するとともに、物心両面での豊かさと世界の平和と安定を実現することを目指すべきである。

      1. 企業や個人がリスクへの挑戦や独創性を発揮することが高く評価され、その成果に対しては正当な報酬が与えられる仕組みが必要である。
      2. 「仕切られた競争」といわれる政府の規制や管理によって産業毎に分離された経済システムを抜本的に改革しなければならない(ゼロベースを原則)。その結果、活力ある経済活動が展開され、低廉かつ多様な商品やサービスの提供を通じ、幅広い選択肢を有する豊かな国民生活が実現する。
      3. 経済発展は、社会や自然と調和のとれたものでなければならない。企業は、自分と異なる相手の存在を認め合い、ダイナミックな競争を続けるとともに、より発展的に共存するという、共生の考え方をふまえて行動する。

    3. わが国が戦後の発展過程で忘れてきた日本的価値を再認識することも大切である。自立した個としての自己を確立する一方で、相手の立場を察して思いやる心と、社会に配慮しつつ私的利益を追求する良識、責任感をもつことが求められる。長期的かつ総合的視野にたって、勤勉性、協働の精神を維持・発展させなければならない。

    4. 現在のような大転換期は、新たな創造に向けての絶好のチャンスでもある。高度情報通信ネットワーク社会への移行、メガコンペティション、超高齢化社会は、新たな事業機会をもたらす。

    5. 企業経営者、国民、政治家、官僚は、これまで改革を阻んできた既得権益意識や官依存意識を払拭し、次のような発想のもとに、来るべき21世紀に向けて質の高い発展の道を創造していかなければならない。

      1. 企業経営者は、21世紀文明の中心的な担い手たる企業の責任者として、変革と創造をリードするとともに、社会的ならびに国際的な立場を自覚し、責任ある行動をとる。
      2. 国民は、政府依存意識を払拭し、自立、自助、連帯のもとに、政治・経済・社会の運営に主体的に参画する。
      3. 政治家は、総合的かつ地球的視野に立って、日本の進むべき道を国民に示すとともに、これを実現するための戦略的政策を立案し、決定する。
      4. 官僚は、行政情報や意思決定過程の公開を徹底し、政府や国民に、政策のメニューを提示するとともに、決定された政策を誠実かつ効率的に執行する。

    6. このような発想の転換ならびに経済・社会システムの抜本的な改革を通じ、わが国の潜在的成長能力を充分発揮することができれば、2010年頃までは年平均3%程度の成長を達成することは可能である。これはまた、今後の発展基盤を強化し、豊かな社会を構築するために必要不可欠なことである。

    7. 国としてのアイデンティティや方向感を回復するには、経済界自らが、日本の進むべき道を示し、国民の理解と協力を得て、その実現を図っていく必要がある。

    8. そこで、経団連では、国民の自由な創意工夫と活力が最大限尊重されるとともに、地球的な視野で行動し、責任を果たす、「活力あるグローバル国家」としての「魅力ある日本」を創造するためのビジョンを内外に示すこととした。
      このビジョンでは、2020年を念頭において、日本が目指すべき理念を示し、それを実現するために「経済・技術」「政治・行政」「外交・国際交流」「教育」「企業」の5つの分野について、それぞれの望ましい姿を描くとともに、具体的な課題と改革を提言している。改革は、いずれも痛みを伴うものであり、今後の道は決して平坦ではなく、「いばらの道」でもある。しかし、現状を放置していては、21世紀の日本の発展と安定は望むべくもない。

    9. 新しい日本の基盤整備にとって、とくに重要な改革を、「新日本創造プログラム2010(アクション21) 」と位置づけ、官民の適切な役割分担のもとに、人口がピークを迎える2010年までに優先的に推進することを提案したい。

    10. なお、経団連では、今後4年毎にこのビジョンを見直し、諸情勢の変化や内外の人々の声をふまえて、時代の要請に応えたものにしていきたい。


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